帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず 作:narrowalley
「…とりあえず、成果については分かった。次は「
これ以上はもう暫くは御免だとばかりに、評議員の一人が議長の許可を得た上で話を国防に移す。
コミュニティのメンバーに代わり、軍服を着た人間が報告を始める。
「巨視的-渦状腕レベル-に俯瞰すると、今日、吾々が脱出回廊と認識しているイゼルローン回廊とは、トンネルのようなものです。安全航路帯として使える宙域が非常に狭く、狭隘部が連続しており、結果として大軍の利点を自然障害が潰す形となっています。
それに対しフェザーン回廊は小海もしくは内海と言うべきでしょう。万単位の艦船が十分に展開するだけの広さがあります」
(宇宙)空間のみを取り上げるのであれば、どちらの回廊もほぼ真空が広がる、差異を探す方が大変な代り映えしない世界なのだが、人類が保有する、恒星間航行能力の限界が星域や星系に独自の環境を象っていた。
「数の利点が生きるのか」
頷きながら、軍人は補足する。
「ただし、フェザーン回廊については、フェザーン星域が「一番狭い」接続部ではあるのです」
核心に迫る様に評議員の一人が軍人に質す。
「ぶっちゃけよう。このフェザーン星域を同盟側で支配、もしくは管理し、帝国軍から防衛するのにどれくらい必要と見積もっているのだ」
軍人がソリビジョンを操作する。フェザーン回廊周辺部がクローズアップされる。
「常駐2万隻、即応4万隻、予備2万隻の計8万隻。
具体的には、フェザーンに2万隻と常駐艦艇の駐留施設に司令部機能。フェザーン回廊に接続するサジタリウス腕側星域、ジャムシード、バラトプール、シャンダルーア星域あたりに即応2万隻と予備もしくは後方司令部機能、中枢星域に即応予備2万隻プラス予備2万隻です」
増量する艦艇だけではない、という事を暗に示していた。中枢星域に待機する4万隻(即応予備2万+予備2万)については、既存の後方設備を使えるが、最前線と目される、
実質的に、一世紀以上掛けて整備してきた、中枢星域並みの軍事拠点をフェザーン回廊周辺に設けよ、との軍からのオーダーであった。
「人口100億になってからの相談だ。つまり一世紀以上は先の話だ」
国防委員長はぶった切る。
「軍事面での回答は予想していたが、やはり、軍事力のみではどうにもならないか」
腕を組んだり、顔を歪ませて溜息を吐く評議員たち。
「お忘れかもしれませんが、旧来の接続宙域である、イゼルローン回廊は閉じていません。そちらも対応の必要があるのです」
軍人が操作し、ソリビジョンに映す銀河座標をイゼルローン回廊に移す。
「国防委員長のプランを先鋭化した、イゼルローン回廊閉塞プランも検討してみました。
要害の建設と維持に膨大な予算が必要になりますが、理論上は可能な位置まで引きずり下ろす事はできました」
概略であるが、ソリビジョンに表示されている、イゼルローン回廊内に設置する阻塞やトラップ、ジャンプポイント閉塞用の使い捨て宇宙船に小惑星、防御陣地を構成する簡易駐留拠点などが、大量に追記される。
最後にこのプランを実現するのに要する予算額が概算であるが、表示される。必要額のディナール(単位)の横に居並ぶゼロの数に、息を飲む列席者たち。続いて示される維持費の額を見て、吸い込んだ空気を溜息として吐き続ける。
「確かに、鏡映しのように接続する回廊を一つ(フェザーン回廊のみ)に絞り切る事が出来、従来の国防戦略を改良すれば行けそうな気もするが、その…フェザーン回廊だったか、そっちはイゼルローン回廊より大軍が扱いやすいとなれば、敵に応じて当方も増強せねばならんのだろう?
イゼルローン回廊の閉塞費用に、軍拡のセットか…どちらか一つだけなら、現実化の欲が湧くんだがなぁ」
嘆息する参加者たち。
現時点での同盟には余りに重すぎる負担であった。
「現時点での大軍拡は国家財政の破綻を
諦めきれないのか、評議員の一人が前のめり気味に軍人に食いつく。
「距離の防壁を活かした従来の戦略、機動兵力による迎撃プランはどうか?」
「イゼルローン回廊とフェザーン回廊の両回廊から同時侵攻してくる、という条件を想定しています。その上で、現在の同盟の有人星域手前を最終防衛ライン-エルゴン・ランテマリオ星域ライン-とする、現行の”前線”を維持する
バーラト星系-首都星-手前の戦略的最終防衛ラインである、マル・アデッタ星域とエルゴン星域後方にあり、恒星間航路の重要ハブであるケリム星域を死守する
バーラト星系から疎開-ハイネセンを放棄-し後方星域に後退して抵抗する
距離の防壁と地の利を活かす前提となりますが、αラインで対応するのに10万隻以上。他のプランは現在研究中で具体的な数字は挙げられませんが、傾向としてβライン、γラインと後退するごとに必要となる艦艇数は減少します。但し…」
それは有人惑星を放棄し焦土化する事であり、市民への直接被害を見込んだ前提となる。政治的リスクが跳ね上がる事を意味するので、軍事的コストと政治的コストが割に合うかは軍としてはお答え出来かねる、という内容であった。
「いずれにしろ、侵攻してきた帝国軍の後方(両回廊と中枢星域の間の星域)に進出してゲリラ戦による出血・消耗を強いる形で持久し、時間差、地の利を含む情報的優位を持って、局所的優勢状態を作り上げてからの連続した決戦を強要する事になります。αラインで撃退できたとしても、軍の人的被害(徴兵された市民の戦死)は相当数に上る事を覚悟しなければなりません」
軍人から引き取る様に会話を繋げ、他の評議員たちに、リスクを分かりやすく説明するボリス国防委員長。
「
頷く国防委員長。
「あくまでも『比較的』マシというだけで、こちらも大概無茶な軍拡を要求してはいます。現在仮計画として形にできているαラインですら、平時における許容限界ギリギリの国防予算を組み続けたとて、実際に運用レベルとして、”形が見えてくるであろう最低限の”整備が叶うのは四半世紀から半世紀は見て貰わないといけません」
迎撃に徹する、最も消極的な軍備の整備に半世紀弱ほど専心して(その間国家予算の弾力性を相当に抑圧するほどの国防予算を注ぎ込んでも)、ようやくスタートラインに立てるかもしれない。それより前に帝国が吾々に気付いて来寇すれば?運よく世紀を跨いで逼塞し続け、「国防」と胸を張れるレベルに軍備が整ったとしとても、吾が共和国は重すぎる国防費に縛られ続けるのだ。どうにも市民の”受け”は宜しくない話だ、と評議員は顔を歪め黙り込む。
「大軍拡しても、塞ぎきれない大穴ならば、政治的にどうにかしないといかんと言う訳か…」
「この数字は本当に必要なのですか?」
軍の予算獲得のための政治活動(誇張)が幾分か含まれているのではないか?という評議員の確認に、表情を変えず軍人は否定する。
「少なくとも過去から研究されていた数字が致命的な齟齬、過大だったり過少だったという事ではなかったのは(今回入手した情報から)確認できました」
今より一世紀以上昔、ゴールデンバウム朝屈指の暴君が誕生した。内在した狂気と絶対的権力の化学反応により、その長くもない治世に、身分に拘わらず「平等」に数百万から一千万を越えると推定される人命が流血帝の嗜好を満たす為だけに饗されたという。治世の終末に、辺境に逃れた皇族の叛乱を誘発し、叛乱平定の為に万余を越える鎮定軍が編成され派遣先で窮鼠に噛み倒された。
同盟の政治家から見れば、血統による権力継承の大失敗の果てに、お家争いで盛大な人命の浪費を払わねば正す事のできない帝国の後進性を示すものでしかないが、同盟軍人たちからすれば、仮想敵の貴重な戦歴を入手できたのだ。
トラーバッハ星域会戦と言われる、帝国史における、一大転機(王道に復すと表現される)とされる戦闘は、止血帝の称揚と正当化、それを補強するべく流血帝の誇張染みた悪逆非道の行いが混じりあっており、その結末(劇的に過ぎる展開と呆気ない終幕)の何処までを事実と見做すかが未だ激烈な議論となっている。同盟軍人たちにとっては、そのような歴史的論議に興味はなかった。事実として、吾が軍に例えるならば、国防委員長を始め、国防委員会の主要メンバーが粛清、少なくない職業軍人も理不尽な処刑に曝され、組織のモラル崩壊の瀬戸際にありながらも、反乱鎮定の為にと、同盟軍から見れば嘆息するほどの大軍を編成し、少なくとも、叛乱軍が待ち受ける辺境の戦場まで軍隊の体を維持したまま長駆遠征させるだけの実力や実績を保持している事が再確認できただけでも十二分な価値があった。
一世紀以上過去の話ではあるが、以降、現在に至るまで軍縮などの大きな組織的変更も無く、治安維持や小規模な反乱鎮圧任務に対し問題なく対応して来た以上、帝国軍の能力は保持されていると見做すべきで、当初の想定通り、圧倒的と称すべき戦力差であり、間違っても全面対決は避ける存在であるという事が分かれば充分だった。
「で、軍からの要望がフェザーン回廊への影響力の行使。より積極的に行うのであれば、閉塞か…」
ここで、軍人と入れ替わるようにコミュニティのメンバーが口を開いた。
「これについても、コミュニティでは幾つかのプランを検討してまいりました」
「知られる前の前提であれば、比較的安上がりなプランAがお勧めです。
フェザーン回廊を構成する星域を無法地帯とし、植民コストを増大させます。疑似的な焦土戦略です。この案のいい所は、仮に知られたとしても、侵攻ルートとしての使用ハードルを上げさせる事もできる点です」
「無人地帯ではなく?」
「無法の結果、無人地帯になるなら、それはそれで構いません。
理想は哨戒している帝国軍相手に略奪行為に走るくらいの宇宙海賊が跋扈するような難治の地を複数星域に渡り現出させることです」
「宇宙海賊を支援するのかね?」
「それでは足りません。海賊連中に餌と火種をくれてやるくらいはしないといけません」
もし宇宙海賊も寄り付かないような辺鄙(つまり無人地帯)なら手を出す必要はないかもしれない。しかし、比較的公正な統治が行われており、治安が安定しているようであれば、こちらで人(宇宙海賊候補)も器(海賊船に武器)もついでに餌(襲撃、逃亡、隠蔽ノウハウの供与や、動機付けとなるような実績ボーナスなり、
「略奪品の下取り、兵器-宇宙船含む-取引、(帝国軍相手の襲撃)ノウハウの提供、人質の購入…んんんっ、解放。後は商品…違法薬物に密造酒などの常習性がある嗜好品を含む、違法でありつつコンパクトで高額なのが理想です。宇宙海賊に”それ”らを流し、裏取引を通じてオリオン腕に流入させ、帝国社会に打撃を与える事が出来れば最高です」
食傷気味に胃を擦りながら、評議員は次を求めた。
「プランBは無いのかね?聞いてて憂鬱になる…」
「プランBは幾つかの条件が必要になりますが、独立勢力を現出させ、支援することです。こちらは独立騒ぎが起きた時点でこちらの存在が高確率で露呈するものとお考えください」
「独立を志向する勢力が成立するほどの社会と人口規模を擁するのが条件となります。一年先の食い扶持の確保に窮するような社会では流石にこのプランは成り立ちません。いっそサジタリウス腕に『救出』してしまった方が早いですからね」
「仮に独立勢力が成立したとして、同盟でいうところの、星系政府規模が精々なのだろう?それでは、鎮圧に動く帝国軍に抗し得るとは思えんぞ。結局、同盟軍が援軍として出づっぱりになって意味が無いのではないのか?」
「よしんば独立勢力が敗れ、帝国に進駐されたとしても構わないのです。(独立勢力を支持する現地民が)ゲリラ戦なりサボタージュを行い、進駐した帝国の連中の手を焼かせてサジタリウス腕にまで進出する余力を奪えさえすれば良いのですから。ただし、これは独立勢力圏内の人民に愛国心(愛郷心)を育て上げ帝国への敵対心を持たせる必要があります。ま、進駐した帝国に失政させる事が出来れば結果は同じになると思いますが」
「連中が現地勢力の粛清を始めたらどうする?社会秩序維持局なんてもんを持つような連中だぞ?」
「それならそれで、構いません。フェザーン回廊を含む周辺星域が疑似的な焦土と化しますので、先に挙げたプランAに近い形となります。生き残った現地民に武器と(宇宙)船を与えれば即席の宇宙海賊もしくは反乱軍の誕生です。仮に帝国がサジタリウス腕への遠征を企んだとして、幾ばくかの足枷にはなるでしょう。さらに、
何より、独立勢力が生まれるのならば、その余地が、帝国の弱点があるという事です。後は似たような「土壌」に種を播いて、肥料を与え水を注げばよろしい。その頃には同盟にはそれをするだけの”長い腕”と”握手する手”があり、”モノ”があるということですから」
宇宙海賊と取引の次は、現地民を指嗾・扇動か……正面切って殴り合いが出来ないのは分かるが、陰謀の類ばかりが並べば、聞かされる政治家としては暗い顔を隠し切れない。評議員ともあろう者たちが、この程度でうんざりするな、と言われるかも知れないが聞いていて楽しい話では無いのは間違いなかった。
「陰鬱な話だな…他には?」
「プランCですか…」
注文の多い列席者にコミュニティのメンバーは不服そうな顔を浮かべると、及び腰になる理由を述べた。
「無いわけではないのですが、正直に言うと、政治的にハードルが高すぎるとして、実現度が低いと考えているプランになります」
「言うだけなら無料なんだ、時間は有限だがね。ここまで並んだモノを見るに、碌なものではないのかもしれんが選択肢は多いに越したことはないさ。話してくれたまえ」
では、とコミュニティのメンバーは気分を改めて口を開く。
「在地勢力を抱き込みます」
「…」
「具体的には地方領主をオルグし、間接的影響力を行使します」
円卓に居並ぶ評議員たちは戸惑い、同僚同士で目線を交わす。
毒を食らわば皿まで…と諦め顔を隠す気も無くした評議員の一人が嚙み砕いての説明を求めた。
「済まないが。具体的な例なり、シナリオを出して貰えないだろうか。素人には理解しづらいのだが」
「いっそ、今まで挙げたプランの折衷案とお考えください。
ほどよく宇宙海賊たちを指嗾させ、経済価値を毀損させた星域を、タネ、貧乏
「そして、難治の地に投資も期待できず支援も期待できない(支援させないように仕向けますが)所で、にっちもさっちも行かず、行き詰った時に吾々の息が掛かった組織が在地勢力-分かりやすくフェザーン回廊の地方領主-に囁くのですよ。『必要なモノを用立てるので多少の目溢しをお願いする』と」
「…」
「そうですね、”領主様のお抱え商人の一人”くらいの地位を築ければ申し分ありません。適宜、鼻薬を効かせて、帳簿には存在しないものを取引させて貰えれば十分でしょう。勿論、意図的にサジタリウス腕に通じる宙域の開発はさせないように仕向けます。
辺境を商う独立商人の集まり-商会-です。当然”自衛力”くらいは持っていないと話になりません。あぁ、そうか。”自力救済”-実力で解決する-がある程度認められているなら、敵対する商人や在地勢力への”妨害”もありでしょう。バックに領主様が居るなら、なおの事やりやすいというものです。必要に応じて、領主に傭兵-領地防衛隊-として提供するというのも、ありでしょうね。
当然、無いものだらけの辺境の商いですから、取り扱い商品なんて選んでいられません。”需要”があるなら何でも取り扱いましょう。”出元がはっきりしない商品”や”法に抵触するかもしれない商品”も取り扱います。勿論、”人間”も取り扱いましょう。”情報”や”ノウハウ”なんて嵩張らなくて最高ですね。むしろ、鼻薬を必要とする真実味が出せます。
なにより、表の肩書(お抱え商人)を得る事でフロント企業を作り、オリオン腕の他の地域へ合法的に向かう事もできるでしょう」
「吾々の存在に感づかれたとしても、治外法権がある程度認められた封地(それも、とんでもなく遠地)での事、よほど目に余るものでない限りは帝国政府も手出しがしづらいでしょう。間接的にアクセスし、情報を制御できれば、比較的長く吾々の存在を隠しつつ、オリオン腕へのアクセスが望みえるでしょう」
コミュニティのメンバーは勿論忘れていませんよ、とばかりに抱き込むべき人間についても条件を提示してみせた。
「(巻き込む)領主に望む資質は、(帝国への)忠誠は鼻薬で寝かせられるが、金銭や権力で買取が出来ない程度には賢明であること。
下手な野心は膨らませず、自身の家-領地-が維持できれば満足できる程度の小心者であること。
必要以上の興味を持たず、見ざる聞かざる言わざるを適宜できれば言う事がありません」
「随分、贅沢な注文だな」
もはや付き合いきれないと匙を投げるように、力なくコミュニティのメンバーに突っ込む評議員。
「全てを最初から満たす必要もありませんよ。一人に全ての要素を求めるから『高度な人材』になりますが、複数人に分散させてお互い足を引っ張り合わせれば、大体問題ないでしょう。それに適当に”腐らせれば”結果として満足できるのではないかと」
「…」
絶句する聴衆たち。
「なんだ、つまり、その。帝国内、オリオン腕で同盟国営の
喘ぐように発言者に確認を求めた。
「そういう顔も持った組織を作れば宜しい、と言っています」
「確かに同盟憲章にクソをぶつけるレベルで喧嘩を売っている方法(政治的ハードルが高い)だが…」
思わず地の台詞が出るが、真っ当からは程遠い提案であり、気にした事かと、その評議員は考え直した。
コミュニティのメンバーはこれ見よがしに首を振り、否定してみせた。
「いえ、問題は国内、サジタリウス腕内ではありません。それこそ、緊急避難で言い訳すれば良いのですから。むしろ、この政策を実行する事が同盟の対帝国の態度を決しかねない重要な判断になると危惧しているので、優先度を下げざるを得なかったのです」
「…」
コミュニティのメンバーの言い分に困惑する評議員たち。
「ちなみに、このプランCで行くなら先ほどの憲章云々の国内問題も解決できます。
御自覚がないようですが、『国外』においては同盟憲章の効力は及びません」
コミュニティのメンバーの発言に評議員たちは固まる。
発言自体は常識的な思考ではあるのだが、受け入れる事に自由惑星同盟市民として、途惑う内容ではあった。
「オリオン腕における、慣習法とでも言いますか、まぁ名称などはこの際どうでもよろしい。帝国法である商取引法、貴族制度を利用するのですよ?すなわち、『外国』法に基づいて活動するのです。
銀河帝国をオリオン腕における統治政体と認めるのです。政治的正当性だとか、実効支配域をどこまで認めるかの
コミュニティのメンバーのこの発言は、評議員たち-同盟の政治家-には、衝撃的であった。外国が概念上の存在となっている同盟において外国法に近しいものは、独立独歩の地方星系政府が中央政府との摩擦を厭わずに死守しようとする、独自の法律くらいであろう。それですら、同盟憲章の下に許される程度の差異、基盤として同盟憲章-基本的人権の確認と尊重-という共通価値観を持つ者たち同士の諍いレベルに収まってしまう。
自由惑星同盟の法治主義とは畢竟、同盟憲章の下に在り、従う事を前提とした人々の集まり、社会であると言えた。
彼らが突き付けられたものとは、異なる考え方に依拠する社会、法制度を持つ勢力-銀河帝国-に対し、どう相対するのか?正式に帝国に通告(内容はさておき)する以前に、接触の仕方次第でその意志を表してしまう、という事であった。
最初の2案(A,B)については、先方(帝国)の存在を認める必要が無い、気付かなかったという(苦しいながらも)言い訳も含める事が可能なロジックで成立していた。
「それぞれのプランで露見した場合についても、複数検討してみました。
さきほど挙げた各プランですが、非合法かつ攻撃的-これは銀河帝国の論理で同盟を見た場合ですが-アクセスをしている勢力(自由惑星同盟)を帝国がどう見て、どう扱うのかが焦点となるのでしょうが、使者を立てて正攻法で(交渉しに)行くなどの真逆のプランも含めてコミュニティで比較検討しましたが、精々、
唯一の統治政体と任じる銀河帝国にとって、まつろわぬ者たちですからね、吾々は。逃亡奴隷に違法取引の罪状が付く程度の差でしかありません」
コミュニティのメンバーの意見は、もっと酷かった。(自由惑星同盟という)存在自体が、彼ら(帝国)からすれば否定的なモノであり、会話すら成り立たない、対等である事すら不逞であるというのだから。
敵を見るように、説明するコミュニティのメンバーを睨む列席者たち。
「(帝国は)一方的に服従を要求するし、問答無用で攻撃することすら有り得ると言うのか」
むしろ穏やかな視線で評議員達を見返す。
「一度は正面から戦わなければならないと、考えております。勝った上でようやく、敵として認められるのです」
「相手は血統主義、貴族主義の権威主義国家ですよ?
対外、特に連中の有難がる権威を無価値どころか悪と見做す吾々においては連中は、力-暴力-によって対話を為そうとするでしょう。連中の価値観の枠内であれば、会話による対話もありえますが、連中の価値観の枠内で対話しようとしたら上下関係が発生します。流石にその状態での対話は同盟のドグマに相容れません。
枠外、埒外から対話しようと思うのであれば、力でもって対峙しなければ。少なくとも殴られる一方の存在ではない、という事を分からせなければ、敵としてすら認識されません」
挑発的にコミュニティのメンバーは言い放つ。
「吾々なぞ、精々が逃亡奴隷の末裔ですよ?慈悲を
「ならば、何をやっても許されると?それは国是に反するのではないかね。帝国相手だから無制限にしてよいという論理は民主主義の精神、いや近代以降の法治主義や人道主義に反するのではないか」
「それは、平時であれば御尤もかと。今は有事ですよ?法律上もそうなっています。疎開作戦が宣言された40年以上前から。そして私達が最優先すべきは、市民の命と自由でしょう?最優先で守るべきは建前ではありません。まして相手は吾々より強大で「話が通じる相手ではない」のです。今は、と但し書きがつきますが」
最高評議会の開会宣言からほぼ沈黙を守ってきた議長が口を開く。
「さして深刻な問題にもならないでしょう。
国家の窮状にあって緊急避難は、それこそ政体の差に関係なく認められたものです。必要最低限という制限はあるかもしれませんが、それすらも今の同盟においては勝たねば意味が無いのですから。
大体、政治的正当性だとか、実効支配を認める云々の議論なんて、
議長は道義的問題を紙屑を捨てるように、簡単に乗り越えてみせた。
「さて、他に問題は?」
押し黙る評議員たち。
議長はレストランで店員が勧めてきたメニューの中から選ぶように軽々しい雰囲気で尋ねた。
「利点においては、説明頂いた中ではプランCが一番美味しそうに聞こえたのですけど?」
「はい。コミュニティとしても可能であればプランCを推したいです。既存の方法(潜入)は手間の割に成果に乏しいのです。まともな成果は、この愉快な放蕩児の帰還までは、精々がイゼルローン回廊のすぐ外の帝国の辺境域-浅深度-が精一杯でした。それですら、工作員の帰還率は惨憺たるものでしたので」
コミュニティのメンバーは自分たちが薦めるプランに食い気を示す上客にアピールする店員のように、利点を議長に並べてみせる。
「合法的に、しかも法人-表の組織-を使えば、手早く、大量に、多様なものを獲る事ができるのです。さらに言えば、吾々の影響力も比較にならないほど投射できるのです」
「つまり、今まで一方的に防衛に回ってきた吾が共和国が帝国に対し、次元は異なれど”攻勢”に出る事ができるのですね?」
「いえ、議長閣下。機会を得る事ができるのです。議長の仰る”攻勢”がどのようなものかは測りかねますが、吾々の存在が露呈しない間は一方的に、です」
「素晴らしいではないですか」
「一方には、疎開作戦のように再び後退し、帝国に共和国の存在を秘匿し続け、国力を涵養するというプランDも残っています。この場合、露呈するかどうかは運任せです。また、もし帝国がフェザーン星域の入植を始めた場合、サジタリウス腕への通路が露見するリスクは上昇します。そして『再接触』した場合、フェザーン回廊の制宙権は帝国に帰する状態で対峙することになります」
コミュニティのメンバーの未来予想図を聞いた瞬間に場は一気に騒がしくなる。
「軍としては、現状の軍事力のみでの解決が無理なのは前述の通りです。その上で、”新たな回廊”に対し、ある程度の影響力を確保しえる可能性があるのであれば、そのプランを支持したいと考えます」
「露見した際のプランC´(ダッシュ)の研究の本格化を求めます。関与するという事は、そこから露見するリスクが新たに生まれるということだろう?」
「勿論です。プランDにはプランDのリスクが、プランCにはプランCのリスクがあります。ノーリスクはノーリターンと言いたいですが、今回において無策は最低の悪手となるでしょう」
「プランDとプランCのリスク比較はできんのかね?時間が吾々の味方となるのであれば、より時間を稼げる方のプランで国力を増大させるという話も出来るであろう?まして、帝国の足を引っ張れるだけでも上等なのではないのか?」
「足を引っ張るための手なり足-アクセス手段-を得るのもプランCなのですが?」
「………」
喧々諤々、散々に議論を始める評議員達。
評議員達が座する、円卓。その円形テーブルの中央に巨大なソリビジョンが出力され、オリオン腕の星域図が描かれている。
全体の三分の二がグレイアウトされており、工作員が通った残り三分の一がクリアーにされており、彼の辿った旅の軌跡も線として描かれ、通った場所、住んだ処まで記載されていた。
議論をしつつも、工作員が持ち帰った様々な文物、情報に評議員達は目を奪われていた。
帝国で一般に流通されている衣服。レトルト食品に保存が効く非常食。携帯用薬品。
規格品であるならタグも含めた規格そのものが重要な情報となった。
そして携帯デバイス。ネジまで含めた部品というハードウェアから、本命であるOSもひっくるめたソフトウェアまで、全てが宝物と言ってよい。
各地の風土、郷土史、帝国史、訪れた地の写真といったビジュアル情報、楽曲も含めた音声情報。地図、民間に出回る星図。通った場所だけだが、航路情報の一部に観測情報、航海記録。それらの基となる、オリオン腕における航海法。
雑誌やメモリデバイス等のオフラインメディア媒体。取引時に入手した現地の商取引法、領邦だけでなく、直轄地で過ごした時に知り得た帝国の民法、刑法に貴族法と言った法律・制度。一部の者たちにとって大いなる福音となったのは、口伝レベルにまで散逸、喪失して久しかった生物資源-種苗-を持ち帰っていたのだ。長征一万光年の旅路に持ち出す事も叶わなかった物品に技術情報や記録の全てではないが、一部を持ち出していた。
持ち帰ったものの中にはロストプラネットにも残されなかったモノたちも多くあった。
それとは別に、オリオン腕で独自に進化した技術などは極めて重要とされた。同盟において同じ技術でありながら、異なる進化を遂げるという事は、帝国との差異を知ることが可能であり、更に技術格差の確認もできるのであるから、無視などできようはずもなかった。
自由惑星同盟にあっては、オリオン腕の領収書、鼻紙一枚でも重要な情報足り得るのだ。
一方で工作員が直に会話を交わした人々との記録-交流の跡-は列席者たちにオリオン腕の人々のリアルを伝えてもいた。サジタリウス腕から見れば地獄のような世界でも、人が生きている。そこには吾々と生物的に変わらぬ人々が、僅かに(政治的には致命的なまでに)異なる社会の中で同じような喜怒哀楽の感情と共に日常を過ごしている。絶対的な敵という抽象的存在であった『帝国』を構成する人民の生活を垣間見る事は、評議員たちに戦う事-戦場で同盟市民と帝国臣民が殺しあう-、戦う相手の顔を想像させる事になる。少なくとも、現代の民主主義国家を自任する政治家は戦争相手の人民を無視することも、無思慮に取り扱って良いわけでも無い事を再認識させた。
会議の列席者にとって、帝国へのアクセスは酷く魅惑的な選択に見えていた。
個人が持ち帰ったものですら、これほどの『黄金』を齎したのだ。組織的に行えばどれだけの宝を手に入れる事ができるか。
いっそ、帝国に同盟の存在が露呈するリスクすら、その魅力に危うさというスパイスを加えるものになっていた。
かつて、地球と言う一惑星の表面のみが人類圏だった時代、欧州大陸に
ある者にとって、オリオン腕に残存するという反帝国勢力の存在は同盟に利する棘に見えていた。今の同盟に彼らが必要とする、様々なモノを送り込む事が出来れば、制御しきれるのならば、オリオン腕に再び民主主義勢力-古くて新しい同胞、同盟者-を打ち立てる事も可能なように思えた。
かつて、地球と言う一惑星のみが人類圏だった時代、人民を虐げていた復古主義者達に抗するためにと、民主主義の兵器工廠を宣言し武器と
ある者からすると、中世的暗黒時代だろうが、遠く分かたれた兄弟-もう思想的には遠い親戚より遠い、赤の他人並みであろうが-には違いなく、助けられるなら助けたいと願った。今なら吾々の祖先のように
かつて、地球を含む太陽系を中心とした数十光年が人類圏だった時代、様々な理想や反省によって制限しようとして、終ぞ根絶する事が出来なかった-それは名を変え形を変え-、人身売買のように。
人によってそれは異なる
余りにも
今思いつく議論が尽くされるにつれ、最高評議会も静けさを取り戻していく。だがそれは落ち着きを示すものではなかった。
誰かの一声で場が決するのではないか、という予感の故に列席者の誰もが口を重くする。沈黙が最高評議会を席捲する。
誰が最後の一押しをするのか。重苦しい熱気を孕んで、列席者たちは沈思の体を取って周囲を伺う。
「……二度めは、ない」
最後まで悩んだボリスは、最後の最後に自身の心の内の声を決断の天秤の片側に乗せる事にした。
一たび声に出すと、驚くほどに簡単に決意は言葉という形を纏って意思を周囲に伝えた。
「一度引いたのだ。これ以上引く事は、新たな疎開者を生む事は、同盟の
評議員たちが国防委員長に視線を集め、彼の発した言葉を咀嚼し味わうように沈黙する。
今の自由惑星同盟にとってこれ以上ないほど見事な建前で包装された、吾々が望む『正義』があるだろうか。国防委員長の言葉を聞いた者達には思えた。
黄金に手を出すに、これ以上相応しい理由があるだろうか?
宗教家が唱える、
「いいでしょう」
観察するような視線を国防委員長に向けていた議長が、評議員たちの表情を見つつ、声を上げた。
参加者の注意が自分に集まったことを確認してから議長は勿体ぶる様に口を開き、重要な決断を伝える。
「国防委員長の意見も、もっともです。プランCで行きます。
コミュニティで急ぎ具体化を進めてください。必要があれば、規定に従いクリーニングを確認した上でリソースの使用を許可します。
予算についても相談なさい。議長決済で間に合う範囲なら私にのみ報告を上げる形も許可します」
持ち帰られた膨大な情報からオリオン腕の様々な事象について、もっと長く説明しているはずです。なので、ここでは描き切れなかった内容もたくさんあるはずです。
読まれた方なりの着眼点とか新回廊に対する提案(プランEでもFでも)などを想像させる事が出来たとしたら、書いた者としては大成功です。