帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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7.オリオネンタリズム

 

「教義と言いますか、方針を定める必要があります」

 

「私の教書演説では不足があると?」

 

「いいえ、閣下そうではありません。事は多層的多角的にアプローチすべきなのです」

 

「続けて」

 

「議長閣下の決断を長期的に推し進めるにあたり、憲章のような基礎となる考え方を公表すべきなのです」

 議長の眼差しが、値踏みから獲物を狙う猛禽のような気配に変化する。

「”それ”に従い、議長が実施するであろう政策、これは政治的なアプローチとなるでしょう。軍は”それ”に基づいた防衛戦略の再整備、及び、実力の提供を準備するでしょう。これはこれで軍事的アプローチとなります。市民に対するイメージ戦略も必要になりましょう。教育の場であったり、メディアだったりソーシャル、プライベート空間へのそれぞれのアプローチが必要になります。

 政府が所掌すべきところは政府で一元的にコントロールすれば良いのです。ですがそれだけでは足りません。何せ相手は吾々より強大…かは分かりかねますが、巨大である事は間違いありません。同じ土俵、同じ手段でやっては物量で押し切られます。質で量を凌駕する事は可能ですが、それはそれで大変なコストを支払うでしょう。

 また、吾々が不得手な所まで手を出す必要も余裕もありません。得意な者たちにやって貰った方が合理的です。何より自発的に参画して貰えば、元手もかからず、期待以上の成果を挙げる可能性も生まれます」

 

「…つまり、官民巻き込んだ、自発的かつ多面的な活動。市民の参加も可能な、そういう”もの”を提示すべき、というのですね」

 

 我が意を得たりと追従してみせる。

「はい。議長閣下」

 

「…市民参加。共和制民主主義の連帯の強力さをアピールするにも悪くないかもしれませんね」

 

 議長がこちらの提案に前向きになったのを絶好機と一気に攻め込んだ。

「タイミングとしては、

 1.対銀河帝国情報収集計画の成功と成果の発表。

 2.新たな回廊の発見。

 3.得た情報を基にした、新たなる対銀河帝国戦略についての”基礎的な考え方”。

 ここになるかと。とにかく衝撃的な報告が大量に齎されるのです。報告を受ける市民達の混乱や不安もどれほどのものになるか…しかし、この状況下においても、同盟政府、最高評議会議長を始めとした最高評議会は希望を持ちうる事を全市民に示すのです。そして、その希望は全市民が参画し、立ち向かう事で、希望をサジタリウス腕に実現させるのです。

 そのための、この”基礎的な考え方”に基づく、「最初のアプローチ」にして、政治的アプローチとしての議長の教書演説が『希望』への最初の一歩となるのです」

 

「結構です。実に良いですね。

 私の教書演説は従来通り、年頭を予定しています。ただし、今回は重大であるとして、両院議会合同で調整をします。そこから逆算して年初もしくは年末までに”それ”を発表出来る形にしなさい」

 

「は…これは急がないといけませんね」

 

「同盟の未来を左右しかねないのです、遅延は共和国への重大なダメージになりかねません。無理してでも完成させなさい」

 

 内心でコミュニティの研究部門長は議長が前のめりである事-この提案を受け入れてくれたこと-に安堵していた。

 

 研究スタッフ達の秘密保守が困難な領域に近づきつつあったのだ。

 長征一万光年から数えて、200年近い空腹を抱え、今眼前に最高の食材が飛び込んできたのだ。

 最高の資料-夢にまで見た、オリオン腕の情報-が届き、研究は国の予算でしてよいが、発表は禁じる、などという学者にとって、材料は(こっち)持ちで料理は作って良いが、味わい論評するのは禁止するという御無体な契約なぞ、守り切れる自信なんて、自分ですら怪しいのだ。

 生物、それも餓えに喘ぐ生き物に”御馳走”を前に断食を強いるが如き、だ。

 

 研究とは、発表して精査を受け、批判・検証される事を繰り返す事で-洗練されて-初めて完成するのだ。

 いくら同盟の安危に関わるからと言って、こんな無茶が何時までも通るわけがない。

 今回の議長の決断により、入手できた、オリオン腕の情報のすべてではないが、開示される方向に向かうだろう。何せ、研究して盛り上げろと仰られるのだ。勿論、内容によっては政治的都合でフィルタリングされたり、捻じ曲げられる事もあろう。だが、それだって、「国防に関わるため」だの「秘密保持契約により」だの注釈をつけておけば、後世にそのような妥協を受け入れざるを得なかった吾々の真意を悟って、正しき修正が為されるはずだ。

 大体、研究を志す者は文脈や行間を読むのは当然で、発表当時の時代背景や研究・執筆環境も含めて調査するのも仕事のうちだろう。さすがに後の世の後輩たちを馬鹿にしすぎであろうか。

 それより何より、まずは知らしめること。知らなければ、情報が無ければ始まらないのだから。

 

 

 最高評議会議長の宇宙暦683年頭に行われた教書演説は様々な意味で、同盟国内に衝撃を与えた。

 新たなる(フェザーン)回廊の発見。銀河帝国の現況報告。報告の資料となる情報収集計画の一部開示。いずれも、衝撃に満ち満ちた内容であった。

 これほどに驚きに満ちた、演説は疎開作戦以来とも言われた中で、特に注目されたのが、議長演説の主題とされた、対銀河帝国戦略における基礎的な考え方(basic idea for Goldenbaum Dynasty Galactic Empire)に基づく政治的アプローチであった。

 同時に、政治関係者達の間で、議長の新しい施政方針-特に対外アプローチ-の基礎的な考え方、その大元となる、一篇の論文に注目が集まった。それは国務委員会下部組織の一つ、対オリオン腕小委員会責任編集とされた草稿であった。年を経て改稿が繰り返され、正式な論文と銘打たれたのは随分後になってからだったが、基本的な考え方については変わり無く存在し続けた。

 発表時の草稿段階こそ短く要点のみが並んでいるため、後世、この第一稿と言われる草稿こそが著名となった。

 個人の著作ではない、としたが、その内容のせいで個人の特定を恐れたのであろうという憶測から、著作者不明(Mr/Ms.X)としてX論文と通称され巷間に流布する事になった。むしろX論文と言う名前だけが独り歩きし始め、内容を知らない者たちの方が多くなってしまったというのは笑い話の類であろう。

 後に、様々な分野からこの論文と開示されたオリオン腕の情報を題材にした発表や著作、研究が行われ、エンターテイメント方面にも多大な影響を及ぼし、自由惑星同盟の対銀河帝国スタンスを決定づけるまでに至った、極めて重要な論文となったのである。

 その論文のタイトルは。

 

 Orionentalism(オリオネンタリズム) *1

 

 オリオン腕の帝国見聞録という体裁を取った、銀河帝国の実情と対抗戦略を論じた内容であった。

 

 

*1
後世、オリオン腕趣味(銀河帝国風とか銀河帝国的思考)という意味を併せ持つようになるが、発表時においては、論文のタイトル以上の意味を持つことはなかった。




次話が最終話となります。
よし、8月中に完結できそう(白目
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