帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず 作:narrowalley
「閣下。わざわざ斯様な僻地へと着任おつかれさまでございました」
入封した帝国の支配者の代理人である、新フェザーン男爵を商人的笑顔ともみ手でもって男爵公邸に案内する商人。
貴族的典雅さなどは欠片も感じさせない、金ぴか趣味丸出しの邸内に、男爵はやや鼻白むが、僻地の、辺境商人の精一杯の見栄と配慮であると思い込む事で文句を飲み込む。
これから、
拝跪してみせる商人達に男爵は胡乱下な視線を送る。
「本当に私を助けるのだろうな…」
「勿論でございますよ。男爵様。ここから始まるのです」
芝居がかった仕草で筆頭商人が男爵に向けて、満面の笑顔をもって両手を広げて宣言してみせた。
「フェザーン男爵領の開闢ですぞ」
「このような許可証如きに大袈裟な連中だな…」
新設の、しかも最果ての辺境の男爵-帝都でなら裕福な騎士爵の方がマシだと自身ですら思う-の「お抱え商人」の特許状に如何程の価値があるのか…内心で首を傾げながらも、これも取引になり、代わりに必要なモノを手配すると言うのだ。売り物や値段に注文を付けるほどの余裕の無いフェザーン男爵は、望まれるままに彼らが欲する”鍵”を払い渡してしまう。
「何を仰いますか。有るのと無いのとでは雲泥の差でございますぞ」
フェザーン星域における男爵領特権商人の許可証を押し頂いた、商人は
フェザーン星系に始まり、フェザーン星域内の複数星系にまで急速に手を広げた、或る商社を基幹とした複数の企業・組織によるカルテルは、隠然とした影響力に飽き足らず、更なる拡張を望んだ。
フェザーン星域外への事業拡大を目論見、フェザーン星域内の有力商社や、辺境域の独立系商会を巻き込み、とある運動を開始した。
封建領主の持つ幾つかの特権の一つ、特権商人(古めかしく言うなら政商)の地位取得を目標にした封地(招致)運動であった。
辺境の封地運動にしては、異様なまでの熱心さと歎願(賄賂含む)により、辺境を知る者たちからは「準流刑地」などと呼ばれ忌避されていた直轄地(実体は半放棄地)を手離れ出来るとあって、帝国政府との折衝は思いのほか順調に進み、お調子者の厄介払い(男爵叙任)も兼ねて新たな男爵を送り出した。
フェザーン男爵領の成立に多大な貢献をしたとして、叙任運動の主導者である商人達に、彼らが褒賞として求めている、自身の領内における特権商人の地位を安堵せしめる許可証を与えるにあたり、男爵はある条件を科した。管理の簡便さを求め、許可対象の会社をまとめるように、という条件だった。
何せ、自領の管理をする人間すら満足に集まらないほどの僻地なのだ。手間は減らすに限る。
これに対し、本来ならば、一番金を出した者が一番報酬を得るべきと叫んでも良かった、その商社は、気前よく報酬を協力者たちに分配することにした。
自身が筆頭株主となる、招致運動に協力してくれた複数の商社・商会が出資しあって設立した連合会社に、特権商人の地位を与える事にしたのだ。書類上の組織としては、特権商人の地位にある「連合会社」の関係会社として複数の企業が参画し、特に出資した企業が支配的企業(親会社)として上位に立つという、ややもすると複雑な構成をしていた。
それで問題がなかったのだ。普段はそれぞれ独立して事業活動を営んでいるが、特権商人の地位や権利が必要な時にだけ、「連合会社の関連会社」として活動できれば充分だった。
実体はなく、ただ、領主たるフェザーン男爵から特権商人(お抱え商人)の地位を得るためだけ。叙勲運動に関係した有力商会が談合と調整をする場としたのが始まりとされた。
その為であろうか。社名に関しても奇を
連合会社フェザーン現地法人(同盟表記:overseas affiliated allied company in Fezzan/帝国表記:Übersee-Tochtergesellschaft des alliierten Unternehmens Fezzan)
とある『事件』により、この会社は歴史にその名を遺す事になる。長ったらしい、正式な社名より、後世の人口に
Fezzan Overseas Company(フェザーン現地法人)
俗称であり、誤解でもある。社旗のデザインに含まれるF・O・Cを誤読したのが有力な説と言われる。ただ、これすらも、後世の人間がその後の歴史的経緯を知るが故に有力な説と勘違いしていると言われている。
出資比率により、出資会社が取締役を送り出し、取締役17人による取締役会が最高経営機関を構成した。この取締役会を十七人会と呼んだ。
設立当時の出資比率は、
自由惑星同盟系アンダーカバー企業:12(同盟の様々な組織・勢力のアンダーカバー企業が参加しており、その合算)
銀河帝国系企業:5(地球を含む辺境星域企業に、名貸し目的でヴァルハラ星系企業が一部参加)
となっていた。制限株式(初期発行株式のみ)であり、筆頭株主(同盟系企業)に黄金株(拒否権付特殊株)が付与されるという、非上場かつ特殊企業としてスタートした。
実体ある取締役を同盟側が送り出す事は無く、現地代理人なり、委任状を持たせたエージェントを送るだけに留めておいた。
特権商人という肩書こそが必要であり、会社としての事業活動に期待などしていなかったので、設立当初はそれで問題がなかった。
終ぞ、会社組織として統一会計や簿記を持つことが無かった事からも、組織としての機能性は考慮の範疇外であったことが伺える。(少なくとも同盟系アンダーカバー企業においては、裏取引や裏帳簿の存在があるので、秘匿性の確保から、各組織ごとに裏表と分けて持つようにしていた事もある)
…やがて、参加企業同士で商取引を始めるようになる。それぞれが得意とする事業分野を知るにつれ、
元より、オリオン腕でのアクセス圏の拡大は同盟にとって望むところであり、現地の有力勢力にいきなり接触を図るよりも、「社内の紹介」の方が何かと便利である事に気付くと、急速に社内取引を拡大した。「社内」に希望する事業を得意とする他社がいるのであれば、アウトソースするのは経済的合理性からすれば当然のことである。取引と事業規模の拡大は名ばかりで実体の無い幽霊取締役会-経営機関-であり続ける事に問題を生じさせた。
直接統治をするための高度人材(取締役)を送り込むリスク(同盟人が拘束される・帝国へ転向する)から間接統治を選択していた同盟側としては痛し痒かしといった所であった。
「おたくのボスからは返事が来たのかい?」
「済まん。渉外部の知り合いに秘書部をせっつかせてはいるんだが、まだ何のリアクションも無いんだよ…」
「はぁ~…おたくの所、払いは遅れないし、気に入ったら桁違いに発注くれるし納期も寛容だから待つけど、鈍足にもほどがありゃせんかね」
「済まん…社内の伝手を色々当たってはいるんだが、どうにも決済者が捕まらなくて…いっそ社長室に直訴でもしようかと思った事もあるんだが、俺、そもそも社長の顔知らないんだわ」
「なんだよ、そりゃ」
「だって、俺現地採用だし。給与遅延も無けりゃ、
「かー羨ましいねぇ。会ったこともなきゃ、文句も言われないんだろ?うちなんて、金払いは渋いし、会えば渋い事ばかり言ってきやがる、てのに」
「済まんが、『同僚』の誼ってことで、もう暫く待ってくれ。頼むよ…」
「都合のいい時だけ『同じ会社』の仲間呼ばわりかよ。待つけど、この取引が俺の賞与になるんだ、早めに頼むぞ…」
斯様なやり取りが幽霊組織だった社内のあちこちで起き始めると、商機に聡い者たちの集まりでもある事から、ある動きが生まれる。取締役会の下部組織に属し、現地に立ち上げられた在フェザーン委員会という、事務局からある提言がなされた。
元々、取締役会-十七人会-への事業報告の精査(と議事録の保管・管理)を行うのが目的であったが、急速に拡大する社内間取引と連合会社名義の取引に関する様々な事務作業も請け負う、という提案だった。参加企業各社とも事務手続きの膨張については対応の必要を認識していたし、同盟系企業の『繊細な業務』に関しては、現地の複数のアンダーカバー企業を通じて慎重に処理する事をエージェントを通して徹底していたので、『表の業務』については提案を受ける事にしたのだ。これは、事務要員として現地社員(局員)の採用や人事管理も委託する事を意味し、事務局の拡大も追認する事になった。
事務局長を排出した帝国系独立商会が人件費の一部を負担してでも拡大を後押しした事も流れを形作った。(事務手続きの停滞によるビジネスチャンスの逸失は商人としてはとても看過できないもの、というのは十分な理由に写った)
取引により発生する法務手続きや輸出入手続きの代行、決済代行に始まり、経理・財務の管理も対象業務の拡大という形で請け負っていった。
これには、同盟側も元々『
この提言を行ったのが当時の在フェザーン委員会事務局長を務め、十七人会に取締役を出してもいた帝国系独立商会の幹部社員である、地球出身の商人、レオポルド・ラープであり、彼の名が歴史に初めて登場する。
取引の拡大に伴い、規模と業務内容も拡張されていく。やがて、組織規模も事務総局(事務総長)を頂点とする複数の部局を有する実体ある企業-フェザーン星域屈指の大企業-へ成長していった。FOCの域内における影響力は絶大と言っても遜色がなかった。何せ、フェザーン男爵領内の統治の一部代行すら請け負っていたのだから。(フェザーン男爵家の家宰業務すらFOCから派遣された社員達が担っていたので、公私において影響下にあったと言って良い)
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連合会社フェザーン現地法人設立より半世紀近く後には、フェザーンは”独立商人の領邦”-Land der Kaufleute-、”浄罪の都”-Cleansing City-などと揶揄や罵倒の対象とされていた。
正式人口は辺境の領邦としては破格の億を超え、毎年の流入者は千万単位を数える。
帝国臣民はもちろん、他の領民であろうと、棄民ですら働けるのであれば、拒みはしなかった。棄民であろうと宇宙海賊であろうと、反社会的勢力であろうと、契約遵守できるのであれば、取引した。
辺境において、入用となるものは全てが手に入ると言われていた。
そこには首都星オーディンのような品格や典雅さには欠けるかもしれないが、物資や商品に溢れ、それに釣られた活気や野心が掃いて捨てるほどに溢れかえっていた。
食料・衣服・雑貨。工作機械・建機・重機に宇宙船の部材。型落ちながら軍艦くずれの武装商船すら販売リストに載っていた。
指定された惑星フェザーン同期軌道上には、解体予定、修理や部品取りだったり、登記の書き換え目的だったりと様々な用途の為に銀河中から買い集めてきた、無数の中古宇宙船が疎らで欠けた輪を作る様に留置されていた。たまたま、
建前は上述の通りであったが、実体として、管理が行き届かず、不法投棄、その逆の盗難、脱法改造、そして不法取引の舞台になっていると問題視されていた。しかし、商船無くして交易が成り立たない以上、フェザーンとしては必要悪と言い張るしかなかった。関係者からは皮肉も込めて「勝手に増える宝の山」などと揶揄もされた。
「(宇宙)船舶界隈ではドッペルゲンガーが流行っているらしい」
社会秩序維持局で当時飛び交っていた、苦々しい冗句であった。
「ここ十年で統計上の数字と実体の乖離が著しく進んでいる。元々、統計の信頼性が
当時、設立から300年以上の歴史を誇り、流石に組織としての綻びや硬直化が糊塗しきれない社会秩序維持局ではあったが、機能不全に陥るほどではなく、十分にその本分を果たしてもいた。その組織をして危惧させる変異が辺境域を中心に起きていた。
「領邦船舶(貴族領所属船舶)が増加傾向にある」
横ばいか人口減に応じて辺境域を主航路とする宇宙船舶も減る、というのがここ一世紀のトレンドであったのが変化を示していた。
「同じ船舶が同時に存在し、今も航行している…」
登記上1隻の船舶が同時に複数存在している。明らかに偽装された船舶が存在しているのだ。
「中古船舶を追跡しても、ニコイチや部品取り、そして転籍(転売)を繰り返す事で書類上の追跡を困難にさせている上に実体(書類上の船舶情報)との乖離が著しい」
「何より問題なのは未登記船舶の増加だ。棄民が『運行』し、棄民の地を『就航』している可能性があるなどと」
「まずいぞ、これは帝国の統治方針を揺るがす…否さ、犯す問題になりかねんぞ…」
たまたま、軍用の非公開航路を不法航行していた船舶を強制接舷に成功、拿捕した帝国軍より通報があり、乗組員の素性が判明してからは捜査主体であった警察から引き取り、調査を請け負った社会秩序維持局は驚愕する。
それは、今も動いているのが不思議なくらい(むしろこれで航海する事が自殺行為に思える)のボロ船である事もだが、乗組員が臣民でも近隣領民でもない棄民たちであったこと。船舶を構成する主要部材は予想通り継ぎ接ぎだらけであるが、モノによっては今も登記されている船舶の部材だったのだ。
長年の取り締まりの経験が警笛を鳴らすのを聞き取った、社会秩序維持局の関係者は慎重かつ周囲に不審がられない程度に人員を投入し、状況を再精査した。
辺境域を中心に、違法薬物の流入、流出したと思われる兵器を用いた犯罪や暴動の凶悪化と増加傾向が認められた。そして棄民の地の人口動態の変化、はっきり言えば増加や入出が疑われる事態が散見されていた。そもそも追放することで「正式」に外部から持ち込まれる以外に増える事ができるような余裕などないはずの”棄民の地”で人口が増加するなど青天の霹靂であった。宇宙船を入手できないはずの棄民が宇宙船を持ち、操作しているという事実を、摘発された一件だけが例外と考えるほどに社会秩序維持局は
周辺の貴族領からの不法投棄(棄民を彼らはこう認識していた)や、財務省に軍の汚職を疑うが、事は貴族-宮内省-、軍-軍務省-、果ては身内であるが犬猿の仲とも言える警察-内務省-と管轄違いの領域に調査の手を伸ばすのは如何な社会秩序維持局と言えど、相当の準備と覚悟が必要であり、状況証拠を歯噛みしながら集める事が暫く続いた…
交易で成り立つフェザーンであったから、交易に関わる企業、例えば貿易商社、各種専門商社も揃っていた。船員、船舶などバラバラに貸し出す商船会社から、商船団単位で傭船できる大手船会社まであった。当然船舶の修理だけでなく、部材の作成(やろうと思えば造船)も可能な造船企業集団も擁していた。
船舶に必要なインフラ設備-港湾施設の維持管理も請け負う-企業もあったし、果ては工場の建設から運営までワンパッケージで請け負う専門企業、移民の手配まで一括受注できるテラフォーミング専用商社もあった。
オリオン腕における辺境域とは放棄された植民惑星やそれに数倍する原料採取天体に事欠かないわけで、再入植・再開発する人手と資金さえあれば、調査や初期計画段階の準備費用が不要で取り掛かれる文字通り宝の山と言えた。人手は、帝国の価値観を意図的に無視すれば困らない事(棄民を使えば良い)に誰かが気付いた。技術者や統治に必要な官僚は?中央であぶれる者たちを雇えばよいし、ノウハウを吸収すれば後はこちらで
金の流れが生まれるならば、自分たちも一枚噛むだけでなく、市場を作り胴元としても乗り出した方が早いとフェザーンは辺境域を中心とした金融市場を構築する。帝国市場だけでなく、辺境域の領邦といったローカルの投資先の仲介、
…状況証拠を積み上げると、社会秩序維持局としては、苦虫を噛み潰すレベルではない現実-彼らからすれば悪夢-が数字の間から滲み出でていた。
急激と称して良いペースで取引が、それも辺境域間で増加しているのが読み取れた。帝国内において、交易とは中央と地方の間が主流で、原料を安価に
資本の蓄積が貧弱であり工場といった、オリオン腕における有力な製造業をほとんど持たず、購買力もたかが知れている辺境域で、宇宙船増加の裏側に中古船舶市場の異常なまでの増大があった。財務省から(嫌がらせも兼ねてわざわざ)紙束が積みあがるほどの苦情を甘受してでも手に入れた二世紀分の船舶登記情報と直近半世紀の帝国が管理する船舶履歴を突き合わせると、事態の深刻さは想像以上であった。
一世紀近く前に登録されている宇宙船舶が今も辺境で現役で就航しているのだ。それも同時に、それぞれ別の星域に複数存在していたりする。船舶売買履歴や、傭船契約情報などを更に重ね合わせると、もっと碌でもない事実が浮かび上がる。どうにか追跡できた事例で、酷いモノに至っては辺境貴族領邦を転籍する度に二世、三世と分裂・子孫を残していたりする。帝国製宇宙船舶は長年使用していると、生物的特性を獲得するらしい!
実際の船舶数を把握するには、財務省だけでなく、宮内省を経由して各領邦所属船舶の情報も請求すべきなのだが、そんな事を正規の手順で行えば、情報が集まるのに半世紀はかかる、机上の空論であった。
本来、交易船というハードだけでなく、船員を確保する事すら大変な辺境領邦で交易船が増加傾向にある(取引量が増加しているのだから当然)。それもほぼ辺境全域に渡ってだ。帝国の辺境域が栄えるのであれば、帝国に奉職する社会秩序維持局としても諸手を挙げて寿ぐべきである。それが
帝国では大変珍しく、実はフェザーンでは祖業の一つと言われる人材教育・人材派遣に特化した企業たちが林立し、各種技能を教え、また働き口の紹介も行っていた。
人材こそがフェザーン最高の商品であると豪語する者たちすら居たし、一面では真実であった。
専門技能持ちの人間の確保に四苦八苦していた辺境域において、中央のコネがいらず、金さえ用立てればすぐに手配してくれるフェザーンの辺境におけるシェアと影響力は圧倒的ですらあった。身一つしかない者にとって、自身を商品としたり、価値を高める意味でも、大変な人気があった。
教育内容もほぼ無制限で、読み書きから芸術まで、大学すら用意してみせた。専門技能学校も何でも揃えた。商取引、航宙技術、工業技術、薬学に医術、軍事技能と支払いさえすれば何でも学べた。
人材派遣から派生した、高度人材の転職斡旋業も活発に行っていた。対象は、比較的低身分にあり、「ガラスの天井」により中央での出世が望めない市民階級・低位貴族を狙い撃ちし、中央から地方の辺境貴族領邦への転籍紹介や辺境直轄領における、同業の民間企業への紹介転職を中心に取り扱っていた。急速なペースで交易が活発化し、外部から投資が流入する。同時に違法薬物を始めとした禁制品や武器の密輸入の活発化による治安の悪化が進み、辺境領邦の貴族や直轄領の知事と言えど、それらへの対策を怠れば資本や、人が逃げかねず(人の移動も活発化しており、従来のように強制的に留め置く事が不可能になっていた。高度人材ほど密出国を請け負う、文字通りの「不届き」者たちが出没しているので)、帝国への義務に忠実な者ほど、統治や経済に明るい者を望まずにはいられなかった。状況は日に日に悪化しており、中央のような身分で選り好みしたり、体裁を取り繕う余裕などなく、実力主義による採用が進む。能力と意欲を持て余す、社会構造の犠牲者たちほど辺境にこそ、活路を見出し移動を始める。
身分社会の
身分を
そこに需要が発生するのであれば、フェザーンは当たり前のように取り扱った。経歴書き換え、なりすまし、フェザーンを始め、各種辺境貴族領の領民権の購入から、払えるのであれば帝国市民権の斡旋も行っていた。看板が違うだけで、人身売買そのものであり、自身を買い上げる為にフェザーンに集まり、働き、その稼ぎを合法的に吸い上げる事で、フェザーンはますます豊かになった。
勿論、夢を求めて流れ込む人間の分だけ、夢破れて落人としてフェザーンから消えて行く者もいた。そうでなければ、とうにフェザーンの地上は人で溢れていただろう。
「おかえりなさい。今回の出航前ミーティングは随分長かったですね?」
「…あぁ。次回以降の船員に大きな変更が発生する事になって、その引継ぎがあったからな。やはり船長は今回の用船契約完了で年季明けになるようでね。そのまま転籍になるそうだ」
「転職ではなく?」
「違うようだ。聞けばバルトバッフェル侯領の御用船会社で船長を募集しているらしく、以前の仕事ぶりを高く評価されて、らしい。給与も悪くなく、領民権も家族含めて無条件で付与されるとあってはこちらも引き留めづらいさ…」
「そうですか。また新しいスタッフを探さないといけませんね。…
「そこは分からん。会社はそうしたいみたいだが、船長資格取得の為の教育と試験費用を折半したいようでな。そこで揉めてるよ。全額会社負担なら即答したんだがなぁ」
「勿体ない。1年真面目に勤めればすぐ元を取り返せるでしょうに…」
「お前さんはどうするんだ。玉突きで繰り上げ昇進ということになるなら、お前を推薦したいんだが」
「私はそれ以前ですね。まず
「……私事に立ち入る上に不愉快にさせるかも知れんが、薄給の中から結構な割合を定期的に仕送りしているよな?
そこをどうにか減らして貯める訳にはいかんのか?ずっとじゃない、領民権を購入し、船員資格を得るまでの間だ」
「自分の仕送りがあるから、家族はどうにか死を心配しない毎日が送れるのです。”棄民の地”なんて簡単に人が死ぬんです。自分の仕送りがあるだけでも、全然安全度が違うんです」
「…そうか。流石に領民権の費用の肩代わりはできんが、船員資格試験の費用くらいは貸してやるから、早く上がってこい…」
「ははは、頑張ります…」
「……資格なんてなくたって船は操れるさ。…技能の後は船を手に入れさえすれば。
…どうせ棄民に真っ当な仕事なんて来やしない。…法の外にあるんだから何を取り扱かおうが罪もあったもんじゃない。いつか、もっと稼いで自分の船で故郷に帰るんだ…」
…やがて、社会秩序維持局は様々な調査の末に、ぼやけていた焦点がある辺鄙に収斂されていく事を知る。いや、彼らが低能であるかのように聞こえてしまうが、
こと、宇宙船に限っても、運行するのに、最低限必要な”船”と”人”を供給できる、中央以外の場所となれば百を切るし、さらに辺境という条件を加味すれば、両手指で足りるくらいまでに絞り込めるのだ。
そして、取り扱う商品の多様性と取引量、貪欲なまでの交易路開拓への執着。もうこれだけで、ターゲットは一点に絞られた。
なんとなれば、傍証として、犬猿の仲であった警察局に頭を下げて情報-違法薬物の取り締まり量や流通経路-共有を行えば、確信すら得ることは容易であった。
だが、それでも”そこ”に飛び込む事は、この件に関しては戦友足り得るはずの警察局ですら及び腰になるのだった。
「サイオキシン麻薬の核心に迫れるのですよ!?吾々が協力できれば内務尚書が動きます。状況証拠を持ち込めば、宮内尚書、典礼尚書に国務尚書も拒否は出来ますまい。財務省と軍務省(軍)も巻き込んで大捕り物-成果のシェア-にすれば、逃がさず、必ず息の根を止める事が出来るはずです!」
「その内務尚書が及び腰なのです。
そもそも帝国政府の介入を嫌う貴族にとって要らぬ前例-貴族領への強制査察-を作るくらいなら普段の対立や好悪を抜きにして団結して阻止に出るのは自明。
…財務省は賛同してくれるかもしれません。もっとも彼らが望むのは
官服(文民)側がまとまらないのに軍服(帝国軍)が合力、それも貴族領に対して介入などありえません…」
「このまま放置すれば、帝国の鼎が揺らぎますぞ!それを分かっていながら黙って見ているのが忠臣の所業でしょうか?」
「帝国の忠臣たらんとするからこそ、迂闊に踏み込めないのです。大体、辺境域において、奴らの手も耳も長く深いのですよ…辺境の貴族だけではありません。辺境直轄領(帝国政府の統治領)ですら連中との取引を絶たれる事は無条件で反発されるのです。
そうであれば、吾々も喜んで合力…いやあなた方を旗頭に付き従いますとも」
「っ……」
派遣社員の現地情報、商人の取引先の公開しても問題ない程度の情報、元フェザーン系企業の労働者がちょっとした小遣い稼ぎ感覚で流す転職先の情報。
一つ一つは雑多で無意味であり、ほぼ無価値であるが、集約されるとそれは形を成し、特徴を有してくる。時に貴重な情報に化ける事もあった。
現代における錬金術である。情報もまたフェザーンにとっては重要な商品であった。
孤立しがちの辺境域の領邦で不足する物資の情報は十分な価値があるし、そもそも自社で先駆けて売り込めば確実に儲かる手堅い商いとなった。
同時に
「おや。これはフェザーン男爵。という事はもうそんな時期(社交の季節)ですか。時節柄とは言え、時が回るのは早いですな」
「は。閣下におかれましては益々のご活躍華々しく。遠くフェザーンにも聞こえてきますぞ」
「おやおや、男爵閣下の御領地にまで届くとはお恥ずかしい」
「辺鄙ゆえ中々落ち着かないもので、自領を軽々しく離れるわけにもいかず。ご挨拶にも伺えず、忘れられやしないかとやきもきしておりました」
「ははは。御謙遜を。毎年
「ご配慮感謝いたします。ただ今回はどうしてもお世話になっている閣下にご注進差し上げたく、取るものも取り合えずまかり越した次第でして…」
「…ほう。どのようなお話でしょうか」
「辺鄙ゆえ事の真偽については定かではございませんが、どうにも気になる噂が当方まで届きまして。勿論、閣下の御活躍を羨む宮廷雀どもの
田舎の成り上がりが田舎らしい、垢抜けない品々を持ってオーディンの貴族の邸宅や官公庁を慌てて、頭を下げて回る様は”これぞ田舎貴族”と侮蔑と嘲笑を買うが、それで目溢しされるなら、とフェザーン男爵もそれが家業の一つと家宰(FOC派遣社員)に尻を抓られながらこなす。仕事上がりに、家宰から褒美として、オーディンで美術品を漁ったり遊興に耽る事が許されるので、怒りが湧くたび、希望品目リストを思い出すか、支払い用の白紙の小切手を取り出し眺めては我慢する。
時に
辺境だからこそ中央の視線は常に気にしなければ、気が付いた時には首に縄が巻かれかねないのだから。
表沙汰にはできないが、辺境を中心とした航路情報も売り物としていた。これなどは将にフェザーンの独占商品と言って良かった。
もっとも、航路情報の管理と運用というのは莫大な構築費用と膨大な維持費を要するため、一領邦や一企業如きで運用できるものなどではなかった。それこそ帝国という恒星間国家が本気を出してようやく扱える代物なのだ。
辺境領邦内の航路管制組織にシンパを送り込んだり仕立て上げたり、時には増資して強化もした。また、地域ごとに航宙情報会社や航路管制請負企業を設立して、一元的な管理はしないが、間接的に情報を集約・運用・管理する事で、帝国とは異なる航宙インフラを辺境域限定ながらも構築してみせたのだ。目的地まで複数の領邦を経由するトランスファーであったりトランジットだったり、手間で複雑な手続きを代行する。(
近道、迂回路、隠し道。それぞれの理由で必要とされ、取り扱った。蛇の道は蛇とは言うが、流石にこれは扱いを慎重にせざるを得なかった。
これは、ある面で非常に需要があった。辺境域を股に掛ける商人達にとって、時間は金に換える事のできない貴重な資源であり、高価に過ぎなければ払ってでも利用した。真っ当ではない商売を取り扱う者達にとっては、リスクヘッジの割が合うのであれば喜んで払った。フェザーンにとっても、帝国の知らない航路を握る事は表裏においても極めて重要であったので、投資を惜しまなかった。
「あそこに踏み込みさえすれば、芋づる式で証拠が手に入るのに」
「そう。芋づる式に暗部が引きずり出されるから、誰もが億劫になるのだ。身綺麗と言い切れる人間なんていやしない。いっそ、底が見えないからこそ皆恐怖する。何が出て来るかわからないが故に…」
「吾々とて迂闊に手を出せば反撃される。それも物理的にだ」
機密保持を最優先に拙速とも言える強制査察を遠方辺境で実施した際(辺境貴族が関わる可能性のある禁制品取引だったので直前まで極秘にしたかった)に、”連中”の用意した護衛船団に社会秩序維持局と警察の合同査察部隊が排除されたのだ。法執行機関としては十分過ぎるほど武装していたはずの査察部隊であったが、軍用レベルの武装を施した護衛船団は艦隊のような統制と火力、そして躊躇なき交戦意思を見せ(帝国の法執行機関を明らかにしたにもかかわらずだ)、双方に大量の死者を出して撤収せざるを得なかった。現場が辺境領邦の境界域かつ辺境領邦の貴族が傭船していた船団であったことで、宮内省、国務省にと、わざわざ複数のルートを通して内務省にその貴族から謝罪要求と損害賠償請求まで突き付けられるという泣きっ面に蜂という有様であった。
「中央に楯突く事を厭わない武力に自立しうるだけの経済力。遵法より自己の意思を優先する。もはや帝国の属僚ですらない。反帝国勢力そのものではないか。彼奴らを告発・征伐に持って行けないだろうか?」
「誰を摘発するのか?(辺境)貴族か?企業か?企業なんぞ、摘発したところで、雨後の筍のように、代わり(の企業)がまたぞろ生えてくるだけだ。貴族に手を出すならば余程に外堀を埋め、対象を絞り込まねば、こちらが危うい。そしてそこまで絞るならば、間違いなく根は残る…限りなく黒に近しいが、帝国の一員であると自称しているからな…反帝国ではないが帝国と同一とは思っていないんだろうな」
「馬鹿な…帝国に巣食って肥え太る…癌か寄生虫の類ではないか。それも悪性だ」
「…違いない。きっと奴らも自分たちは帝国の一部だと言い張るだろうから、その表現が適切なんだろうな…」
「辺境において生きることは中央の、それも中間層(一般臣民)以上の者たちの想像を絶する大変さなのだ。それを理解せず、結果として何世紀も放置してきた。国是-自助を至上-を盾に。だから辺境の者たちもまた自助-自力救済-で生きようとしているだけなのかも知れん。やり口は最低どころか問題外だが……いや、それすら他の手が無いから選んでいられないのか」
自力救済なのだから評価基準は実力と実績のみであり、貴族(という権威があろうと)だろうと隙を見せれば臣民でも棄民にですら足元を掬われかねないのだ。近年、辺境貴族同士の摩擦激増による、仲裁依頼が宮内省に留まらず、大声では言えないが、極小規模ながら武力衝突に至り、国務省まで出張る案件があったと聞く。殊に辺境において、貴族で在り続ける事は文字通り支配者に相応しき者どもである事を自他ともに証明し続ける必要があった。そのような一部の辺境貴族たちの態度(自身の周囲の辺境貴族を派閥に組み込むだけでなく、明確な主従関係を結ばせる)は、国務省が危険視し始めた。それはそうであろう。皇帝と言う唯一の支配者の藩屏たる貴族が、皇帝以外に主を持つ*1など、許されざる行為である。
「不味いのは、そんな連中に爪と翼を売り付ける馬鹿者が居て、しかもそいつは帝国に寄生しながら、今も肥え太り、ますます手が付けられなくなっているという事だ…」
長年、社会秩序維持局が追い続ける「星」を彼らは見上げる。
「このままでは帝国は辺境から崩壊していくぞ…何でもいい、あいつらを潰すか止めねば大変な事になる…」
結果として、辺境限定ながら航宙インフラすらも制御する、連合会社フェザーン現地法人とは一企業とも言えない存在に成り果てかけていた。
帝国の
フェザーンの正式な住民達にとって、それは事実であった。
惑星フェザーンの地上にあって、違法な代物は取り扱っていないし、領邦政府も取り締まりは帝国法に準じて適正に行っていた。
あくまで、フェザーンの重力圏においては。
そう
斯くも帝国辺境に咲き誇る華の都-口さがない者は辺境の王都とも呼んだ-を演出してみせた、連合会社フェザーン現地法人であるが、その中核的存在である在フェザーン委員会は最終的に、監査と経営への助言が主たる任務となり、とある『事件』が起きるまでは、在フェザーン委員会の『提案』は十七人会-取締役会-でほぼ無条件に採用されるまでに影響力を拡大していった。
宇宙暦694年。帝国歴385年。
…後に、自由惑星同盟の『古き良き時代』の終わり、同盟建国以来最大の「外交的失敗」とも言われた、対銀河帝国政策の目玉であり、対外政策の
外伝
当初の目論見通り、8月中に完結しました。(良かった…)
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