帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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第2話

「それにしてもまた、随分とアクの強い連中でしたな」

 

 先に帰した、軍人二人(これ以上、口を開かせないために追い出された大男と摘まみだしたノッポ)を国防委員長は随分、控えめに評した。

 呆れ顔の国防委員長を最高司令官たる議長は苦笑で返した。

「統合作戦本部長からは聞いていたからね」

 

 議長が一人残った軍人である、本部長を見やる。

 

「問題があるとすると、相互に忌避しているということでしょうか。さすがに公人としての良識はありますので、任務についてはご安心を」

 自分が仕える政治家たちの不信感を解消する必要を感じた統合作戦本部長は部下である二人を庇う。

 

「仮にも軍高官を務めるのだから当然としても、態々不安を増やすこともありませんでしょうに」

 庇ったつもりなのか?統合作戦本部長の、あまりな人物評に歪めた表情を緩める事もできない委員長は議長にさらなる苦言をこぼした。

 

「うむ。監察官を務めた経験のある、委員長としては、あの手のトラブルメーカーは気になるか」

 

「むしろ、そのように問題視するのであれば、彼らが同輩・部下からも嫌われている事でしょうか……同盟軍人たるものの覚悟と良識は備えていると信じておりますが」

 

「おい!……命令不服従を疑うレベルは、大問題と言うべきだろう」

 しれっと新たな不安情報を開陳する統合作戦本部長にたまらず、国防委員長は大声を上げてしまう。

 

「能力は間違いないのです。国防委員長閣下の問題視を、問題としないほどには」

 まったくもって不本意でありますが、と幾ばくかの苦渋を表情でアピールしつつも、委員長に対して反論する本部長。

 

「まぁ、問題児(トラブルメーカー)はいっそトップに据えてしまった方が始末が良い場合もある。その辺りの経験は信頼してもらいたい、国防委員長」

 まだ血圧が下がりきらない様子の国防委員長に議長は言を重ねる。

「委員長。吾々には余裕がない。その程度なら問題としないと判断するほどに、だ」

 

「それは…確かにそうですね……」

 議長の思った以上に現実的な回答に委員長は赤面しつつ、意図して深く息を吐いて、冷静さを取り戻す。

 

 今に至る間の同盟市民が安穏と過ごしていたと、国防委員長は決して思わない。惑星ハイネセンに自由の旗を掲げた先達から産めよ増やせと、インフラなど必要な社会資本の整備と並行して民力の余力のほとんどを多産・育児につぎ込んできた。帝国に抗し得るだけの力をつける為の必要な政策の一つである、という意識は同盟市民に共有されていたのだ。それ以上に、人手不足という同盟社会の宿痾に対しての自動的な反応とも言えるかもしれない。

 

 

「吾々は銀河帝国を知らなさすぎる」

「降りかかる火の粉は払うしかないが、相手のリアクションが、その規模が読めない状況は恐怖そのものと言える。彼らが言う通り、下がれるならば、火の粉が飛ばない場所まで下がるのが上策だよ」

 本音が包含された一言を議長はこぼす。

 

「無知は恐怖を喚起し、ヒステリーに繋がりかねません。相手を知る事こそが今の同盟に必要なことです」

 統合作戦本部長が軍人らしく実利的な意見を出してみせた。

 

「だが、最優先はこちらの存在を帝国に秘匿することだ」

 頷きながらも、議長は自分の決断を変える事はしなかった。

 

「委員長。軍の情報関連の部署と他の政府組織の情報機関とのコミュニティを設立しよう。帝国に自由惑星同盟の存在が露呈するのを防ぐこと、そして帝国の情報を得ること。これからの同盟の対帝国戦略の重要な柱となるのは間違いない」

「帝国の情報収集については、勿論、軍にも考えてもらおう」

 

 残った一人の軍人、統合作戦本部長は頷いた。

「量と質。情報に関してはこれに尽きるでしょう」

 

「得体のしれない侵略者という状況は、市民にいらぬフラストレーションを溜め込ませてしまう。

 何より、今後の同盟政府の政策決定…戦争指導に重大な影を落とす事になるだろうからね」

 

 戦争指導という議長の言葉に、喉を詰まらせる委員長。計画上は存在していたが、真剣に考えた事もなかった、政治の形に体が震えた。だが自分は、その『戦争』の政治部門の長として、議長の下で指導するのだ。不覚にも。

 

 当座の軍への大まかな方針を聞き取ると、最後に残った軍人であった統合作戦本部長が議長執務室を辞した。

 

 政治家二人きりになったオフィスで委員長は議長を睨む。

 

「吾々…いや、貴方だけで決めてしまうのですか」

 

「決断の責任というやつだね」

 委員長の厳しい視線を受けても、気負いも見せず、軽く頷いてすらみせた。

 

 一たび開戦し、国防委員会や同盟軍が描く戦略通りに成ったとして、対帝国戦争(同盟軍としては、建国後初めての恒星間戦争であり、同時に人類史上初の”渦状腕”間戦争と考えているようだ)は何世代にも続く可能性が高いと示唆されていたが、非戦、そして、後退するという決断だって、一朝一夕で覆せるものではない。少なくとも以後半世紀は、後継の政権はこの方針前提で運営しないといけなくなるはずだ。

 そのような決断を議長一人で決して良いものなのか。

 委員長は政治家として、根源的な疑問が沸きあがるのを止められなかった。いっそ、今しか尋ねられないとすら思った。正式な決定前、自身と議長の二人だけの今でなければ異議を唱える事すら出来なくなる。議長の決定が公表されれば、政権の閣僚たる国防委員長が、議長の決定に対して疑義を表すことは政権への重大なダメージとなってしまう。

 一方で、一人の現役政治家としては、議会にかけ、市民の、民意の代弁者たる議会で決するべきなのではないか、という思いを捨てきれない。

 勿論、そのような理想論を実際に行っても議論百出し、帝国と戦う以前に同盟が自壊する未来の方が高くなるとは理性でわかる。

 

 政治家としての先達であり、上司でもある議長に対し、直截的な表現を避けて異議を呈する。

「しかし、避難…退去させられる、対象星域の星系政府や議会、特に上院は相当に荒れるのではないですか?帝国と戦う前に同盟の内訌にでもなっては……」

 

 委員長の不安という体の異議に対し、議長は普段の紳士のような表情を捨てて、露悪的に笑いかけてみせた。

 

「そこは私の腕の見せ所だね」

 

「はぁ…」

 

「私は”偉大なる調停者”らしいからね」

 

「あぁ、確かにそうでしたな」

 昨年の最高評議会議長選挙の際の議長の選挙広告の煽り文句を思い出して、苦笑する国防委員長。

 

(あなが)ち間違いというほどでもない、と国防委員長は思っている。

長い経歴において、数々の対立を、粘り強く、公正さを欠かさずに調停する事で評価を積み上げ、ついに今の地位-最高評議会議長-を得るに至ったからだ。帝国との接触という一朝事が無ければ、同盟社会にある様々な課題を解決(ソフトランディング)してくれることを期待して、市民は(現議長)を選んだのだ。自分ではなく。

 

「副議長あたりは頭痛が酷くなりそうですが」

 

「彼は私の要請があったとは言え、望んでその椅子(国務委員長)に座ったのだ。吾等が市民の権利の一部を委託された者として、全力で働いてもらうだけさ」

 

 肩を竦めて答える上司に委員長も諦めたような苦笑に変化させた。

 この場に居ない国務委員長はおそらく、議長の内意を受けて、上院、取り分け、退去させられるだろう星系政府の上院議員達との折衝に追われているのだろう。ご愁傷様と委員長は笑いを深めた。些か以上に苦みが深かったが。

 同時に議長が、従来のスタンス(自身の評判)をかなぐり捨てる積りも無いということに、安堵も覚えた。

 

「異論もあるだろうが、君もまた、私の要請を受けて同輩となったのだ。その地位に託された責務を果たす事を切望する」

 議長としての表情を被り直して、委員長に改めて要請した。

 

「…もちろんです」

 

「どうなるにせよ」

 議長は気負いもせず言い放った。

「最終的には議長大権を使う事になるだろう」

 

「っ…」

 息を詰まらせる委員長を前に、まさかこんな形で振り回すことになるとは。これは恨まれるなぁ、とぼやく議長。

 

 最高評議会議長の専権事項を総称して議長大権と呼ぶ。この権限は強大である。

 その権能の強大さについては、法的側面から法曹界を中心に議論が続いているものであった。それこそ降伏の決断ですら、法的には独りで下せるほどであるからだ。ただし、自由惑星同盟においてこの問題は、あくまで議論の域を出ない話題であった。

 未来において確定された、来るべき帝国からの圧迫に対して、迅速な決断を行う為の余地とされていたからだ。明快な有事-対銀河帝国-を想定されて国家が設計されている、自由惑星同盟という、後世から見れば、特殊な国家であったから、に集約されるであろう。

 後世の一部歴史家達からは、有事を基本として設計された”軍事国家”とまで言い切られる、自由惑星同盟であるが、当時の人々-自由惑星同盟市民-においては、常識とされている国際観念である事に留意しないと、この時代は理解し難いと言われる所以である。

 

 ただし、歴代の最高評議会議長でこれを独断で行使した者は実に少ない。専門家などの助言や閣僚の同意を受けて、行使する事はあっても、議長一人の意思を押し通す為に用いる事は希である。大概は交渉や調停のためのカードとして、議長大権の行使をちらつかせるのが常道であった。

 

 最高評議会議長とは、まず市民の第一人者であり、民意の調停者である。間違っても独裁者ではない。(議長大権は)必要ではあるが、それは最後の選択であるべきだ。

 この時代までの自由惑星同盟社会の最高評議会議長に対する、基調となる認識であった。

 

 不当に行使されたと見なされた場合、まず(両院)議会の支持が下がり、市民からの議長不信任要求が出始め、同盟憲章裁判所へ違憲審査が間違いなく請求される。

 身も蓋もなく評すならば、全方面に不評を買う行為と見なされていた。

 遅かれ早かれ、理由は異なれど、議長の席に座る時間が減るのは間違いなかった。

 

「戦時法制の整備は加速させないといけない。今回だけは未整備の部分が多いゆえに、議長大権で押し通す事になる場合も多々あるだろうが」

 

 議長の政治生命は著しく縮むだろう。下手を打つと致命傷…物理的にもなりかねない。

 

「今は動く時だ。手続き(合意)を重視する余り、決断を実行に移せないようでは本末転倒だ。今の私は市民の生命を守る事に注力すべきだ、と考えている。

 逃がす事しかできないことについて、私とて最善などとは考えてはいない。……が、勝つ目途も立たない戦いに、市民の命を賭ける事は、吾々の仕事ではない、はずだ」

 

「挑まれたら否応なしであった、ですか」

 

「そうだ。戦いとなっていたら、もっとシンプルだったろうね。吾々はただ勝つためだけに集中すれば良かった。

 政治家として勝利のみを求める事が本望なのか?と問われたら、忸怩たるものがあったとは思うが。それだけを考えるならあの二人のように、軍人になっていればよかったのだから……」

「君の不安も理解できるが、万全なる状況など政治に望むべくもないよ、委員長。

 全会一致の決断もまた然り。仮に全会一致となるとしたら、それこそ吾々の絶滅を掛けた、地獄のような状況だろう。政治がどうこうする段階をとうに越えているだろうよ」

 議長の吐露に委員長も押し黙る。

 

 

「それに…」

 

 議長に頼もし気に見つめられた委員長は思わず姿勢を正す。

 

「それに、私の跡を襲う者たちの一人に君がいると知っていれば、易い決断さ。実際、君より私の(政治生命の)方がお安い買い物だと思うよ」

 議長は部下であり、政治家としても後輩である委員長に、そう笑いかけた。

 




それなりに読まれていて望外の喜び。さらには評価に、感想まで頂けて、連休中の仄かな二日酔いの頭が嬉しさの余りに、覚めたので、急遽続きを投入。(意訳:ありがとうございます。
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