帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

20 / 40
期待の大型()新人にたかる、金も人手も万年欠乏中の現場の人間達(既視感)


2.ある総督の仕事始め

 

 

【挿絵表示】

 

 父帝の厚意と叔父の配慮により、後見役の叔父の領邦であるバルトバッフェル侯領を含むいくつかの星系を管轄域と定められたマクシミリアン・ヨーゼフは、後見役のステファン、伴侶たるジークリンデを付き添いとして、一月近い時間を掛けてバルトバッフェル侯領に達した。近隣で一番立派な城館を持ち、城下町が持つ都市機能や、統治機構の流用を考慮して、総督府はバルトバッフェル侯領本星バルトバッフェルの邦都に置かれた。田舎慣れしていない大公への配慮である事は一目瞭然であった。

 主城に構える別邸を大公夫妻の仮の住処に、本邸の一部を総督執務エリアと定め、落ち着く事になった。

 宇宙港から城下町を抜け、城館へ向かう道すがら、久し振りの御領主(ステファン)様の帰還と思わぬ貴人の同伴に、多くの手すきの民が街道に出迎えた。マクシミリアン・ヨーゼフ大公を歓迎するというよりは、物珍しさが多分に含まれていた。

 動物園の珍獣とはこういう気分か、と内心で苦笑するマクシミリアン・ヨーゼフは、小高い丘に建つバルトバッフェル城館に入る。

 本邸では、侯爵夫人の出迎えを受けた。

 居並ぶ家人たちの面々を見た侯爵の表情に疑問が浮かび、執事に目線を一時やるも、無言のまま挨拶を続ける。

「こちらが妻のハンナです」

 侯爵より随分若く見える、夫人が恐る恐るという感じで大公夫妻に挨拶を送る。それでも、見渡す限り百人を越える家人たちを率いる女主人の風格はある、とマクシミリアン・ヨーゼフは感じた。でも、私の妻の方が覇気とか迫力は比較にならないな、とも思った。

「この度は、当家に大公殿下ご夫妻の逗留をお許し頂き、開闢以来の栄誉と皆随喜しております。田舎ゆえ、ご不便もありましょうが、精一杯お世話いたします」

 

「大公殿下。バルトバッフェル家の長子である、エアハルトです」

 割り込むように一人の男性が前にでて客人である大公に挨拶を始める。

 エアハルトと名乗った男性はギリギリ青年と呼びうる、幼さが見え隠れしていた。

 初めて見るばかりか、言葉を交わす距離で皇族と相対するが故か。

 

「ステファン殿のご厚意もあり、公私に渡り世話になる。宜しく頼む」

 長子の無粋を咎める事もせず、大公は流すように、バルトバッフェル侯爵の家族へ短い挨拶を送ると、早々に妻と奥の別邸に引っ込んだ。

 

 

 

----§---- 

 

 

 

 大公としては、職住が叔父の城で完結してしまう事に、不満もあったが、そんな不満(わがまま)は着任と同時に吹き飛ばされることになった。

「某、〇〇星系領主を代々陛下よりお預かりし、○○子爵であります…」

「某、××星系にて先々帝たる…陛下より男爵位を賜った××と申します…」

「某、…陛下の御代より△△男爵を勤める△△家当主…」

 

「叔父上…今日は任地に含まれる地方有力者の挨拶受領と聞いておりましたが?」

 

「だから挨拶でしょう。殿下、もっと上手く流してください。これでは、今日は地方領主だけで終わってしまいますぞ」

 

「任地(総督管轄)外の貴族、叔父上の寄り子までは納得もできます。何故近隣、いえ近隣とすら言えないような遠地の地方領主まで混ざって来ているのですか?」

 

 甥の疑問に、深いため息をこれ見よがしに吐いてみせると、叔父は甥が他者から、取り分け辺境の者達から、どう見られているかを言い聞かせてみせた。

「中央に聳える黄金樹の枝葉が、強風に煽られて辺鄙に舞い落ちたのです。(意訳:ゴールデンバウムの係累がゴタゴタの余波とは言え、辺境に来たのですから)これ幸いと掴みに掛かる(伝手を作りに来る)のは当然でしょう。

 …それが例え、鍍金(メッキ)で実は中央の縁故も伝手も力も無くても、地方から見れば一筋の蜘蛛の糸に見えるのです」

 

「ぐ…」

 まったく容赦のない叔父の評価、それも自覚があるが上に文句も言えない。自分の何に期待をしているか分からない彼ら(辺境領主)の熱苦しいぐらい期待の籠った視線を受けながら、秒単位のスケジュールの面談を受け続ける事は皇族としての態度を徹底されたマクシミリアン・ヨーゼフですら辟易とさせた。

 

「某もバルトバッフェル侯領を下賜された身ではありますが。軍務と国務を与る(陛下の監視を受ける)身ゆえ、ほとんど寄り付きませなんだ。たまに帰れば、この有様です」

 執事が急かすように新たな面会者リストをステファンに渡す。

「まして、今回は皇族たる大物要人(マクシミリアン・ヨーゼフ)の後見人として、です。普段以上に千客万来。さっさと回さねば、食卓どころか寝室にまで付いて来ますぞ」

 

「…」

 意気消沈し、面談する毎に交わす言葉は減り。

 

「……」

 面談の度に隠し切れぬ疲労と不満が面談者を不安にさせ、ますますスケジュールを乱す。

 

「………」

 予定は大幅に未達となり、終業時刻を迎えた時。溜息を吐きながら、ステファンは無情にも甥に言い放つ。

「本日分の残りと管轄地の知事の面談は、明日以降、順延で」

 

 総督は執務机に頭を擦り付けるようにして伸びる。夕暮れの最後の日差しが彼の背中に優しく降り掛かった。

 

 

 叔父の城内をトボトボと歩き、仮の住処と定めた別邸に帰宅したマクシミリアン・ヨーゼフは、私不機嫌です、という空気を纏う妻に出迎え一番に通告される。

 

「あなた。暫く仕事場と別邸以外は叔父様の付き添い無しでは外出禁止ね」

 

「…なんで?」

 そこまで監視されなきゃいけないほど、自分はだらしないと言うのか。そもそも、暫く仕事漬けで一人遊びする暇なんてなさそうだが…少し傷ついたマクシミリアン・ヨーゼフがやや反発気味に聞く。

 それに対し、妻の答えは予想外だった。

「あなたの”女”に成ろうと有象無象の独身貴族令嬢が城下町どころか邸内にまで潜り込もうとしているからよ」

 

「ええぇ?」

 

 玄関ホールの先を睨みつけながらジークリンデは報告する。

「まさか、叔父様…ステファン侯爵の正妻-ハンナ様-が親族を招き入れるとは思ってもみなかったのよ。お陰で本邸はあなたを対象とした狩場よ。別邸は現在掃除中。とりあえず侯爵夫人には突き返すついでに申し入れしておいたから」

 

 妻には睨んだ先に、叔父の正妻どのが見えているのだろう。自分が仕事に()()()()いる間に何をしたのか。

「…もう乗り込んだの?」

 

「当たり前でしょ。あなた仕事で捕まらないし、()()を客間に放つような家主に文句も言わないんじゃ舐められるでしょ」

「あなた。私はね。貴方が馬鹿にされるのも本当は嫌なの。でもいちいち咎める訳にもいかないから視界外は我慢してるの。でもね、視界に入る距離でやらかす馬鹿には容赦しない」

 

「それは、その。本当にすまない…」

 妻と、下宿先の女主人である侯爵夫人への謝罪である(ダブルミーニング)。上手いことを言ってしまった。マクシミリアン・ヨーゼフは内心で自画自賛した。もうそれくらいの逃避はさせて貰ってもいいじゃないか。慣れぬ仕事に疲れ果てて帰宅したら妻の愚痴に相槌を打って謝罪までする、なんて出来た夫なんだ…

 しかし、夫のそんな身勝手な妄想や疲れた雰囲気に配慮するような彼女ではなかった。そんな柔な貴婦人が夫に付き添って辺境赴任なぞできようはずもない。夫の胸を手で押し、玄関ホールの脇に置かれたカウチに押し付けて、座らせる。

「もう。ここじゃ貴方も一国一城…ではないわね。間借りの領地に借り物の城。それでも直径千光年じゃ一番偉いんだから。せめて外では胸を張りなさい。私のマックス」

 カウチに座する夫の膝の上に乗り上げ、両手で頬を挟み、額を突き合わせるほど近づけるジークリンデ。

「先に謝っておくわね」

 

 囁くようにそれでいて熱が籠る、寝室の会話のような妻の謝罪に目を開くマクシミリアン・ヨーゼフ。

「んん?何をだい?」

 

「私の目と耳の届く範囲で私を愚弄する奴は誰であろうと赦さないから」

 遠雷のような恐ろしい気配を漏らす癖に、妻の顔はキラキラしていた。

 

 

 

 

----§---- 

 

 

 

 

 

「男爵の次男である××騎士と申す者。大公殿下への奉公を…」

「帝国騎士である□□。紹介状はここに。何卒総督府でお使い頂きたく…」

 

「叔父上?…」

 

「本日からは紹介状を持った中からマシな者たちの面会です」

 

「だから、どうして…」

 

「貴族の”次男”以下は食い扶持を探さなければならぬのです。例え吹けば飛ぶような置物とて、皇族総督の名は彼らからすれば蜘蛛の糸なのです。一縷の望みとて手を伸ばすのが辺境貴族という者です」

 

「うぐ…」

 

 ああ、そう言えば。総督殿下も「次男坊」でしたな。他人事ではないでしょう?真剣に対応して御上げなさい。

 叔父の当て擦りに、反論したいマクシミリアン・ヨーゼフは黙り込んでしまう。「食い扶持」探しに父親に強請ってコネで(総督)職をあてがって貰い、後見人(監視役)まで付けてもらって、独り立ちの為のモラトリアム。伝手も金も権力もないない尽くしの臣民や下級貴族の同じ立場にある若者から見れば、自分は十二分以上(銀河でも十指に入るくらい)に特権階級であると自覚すれば、普段意識して置き忘れる羞恥心が追い掛けてアピールしてくるというものであった。

 

「少しは御分かりになりましたか。これも辺境の現実です」

 ステファンが積まれた、紹介状の一通を取り上げると眉をひそめ、自身の机に置く。執事に視線で、自机に置いた紹介状の宛名を読むように仕向けた。

 それに対し、執事が申し訳なさげな表情を作り、深く頭を下げた。

「エアハルト様たっての願いという事で、やむを得ず…申し訳ありません」

 

 積み残された大公宛ての紹介状の山を見遣りながらステファンは小さく吐息を吐く。

「エアハルトの横槍分は除外せよ。後で私が再確認して、必要と判断すれば殿下に紹介する」

 より深く頭を下げる執事に紹介状の山を渡すと、エアハルトが捩じ込んだ分の紹介状を分ける作業の待ち時間を、休憩に充てることをマクシミリアン・ヨーゼフに提案する。

 淹れさせた珈琲カップを持つと、密やかに溜息を吐いて、答えを待つ大公に話す。

「エアハルトは、当家の長子ではありますが、私とハンナの子ではありません。いわゆる連れ子と言う奴でして」

 それも正妻である、ハンナの血を分けた子でもない。正確にはハンナの又甥に当たり、バルトバッフェル侯爵家の遠縁に当たるのだという。

 皇弟ステファンが臣籍降下により断絶していたバルトバッフェル侯爵家を相続するに当たり、かつてのバルトバッフェル侯爵家の寄り子の貴族たちからの歎願もあり、血を繋ぐ為にもという事でバルトバッフェル侯爵家(ゆかり)で適齢期の女性の中からハンナがあてがわれたという次第であった。

 ステファンとハンナの間に子が出来るなら良し。駄目でも養子としたエアハルトが長子として、次代のバルトバッフェル侯爵となれば、少なくとも直系の血は繋がれる、というわけである。

 

「そのような事が。叔父上は」

 

「皇族の臣籍降嫁とはそういうものです」

 大公の不躾に過ぎる問いかけを断つように答える。だが同時にステファンの本音でもあった。

 有力貴族の一門から娶れば異母兄(フリードリヒ三世)の猜疑心を刺激する。

 子を成せば、次代の皇帝候補をこさえる事になるので、新たな皇位継承者の誕生で柵を増やす。

 本心を言えば、婚姻などせず、独り身のまま軍人として終わるのが一番「楽」な人生であったと思う。保身の為に今を受け入れた事は納得ずくであったが、巻き込まれた者たち(バルトバッフェル家の人々)は果してどこまで許容できたのか。今となっては栓なき事ではある。

 

 

 

「▲▲星系で商っております▽△商会長の三男で本星支店を任されております…」

「〇●開拓銀行本星支店長の…」

 

「……」

 

「『貴族』だけで世は回っているわけではない事くらい、オーディンでも学んだでしょう?」

「今までは帝室のベールで遮られ、瑣事とされた事は侍従や付き人が代わってましたが、今後、辺境領主として立って征こうとするのであれば、知らねばなりますまい」

 知らなかったでは済まされない。

 失敗は時に人の生き死に直結する。領主、とりわけ辺境の支配者とはそういうものなのだ。

 中身を良く読まずに盲判(めくらばん)の総督印が推された稟議書を摘まみ上げて、自分の執務机に移し、再考のサインを上書きして、マクシミリアン・ヨーゼフに突き返す。

「殿下。我々貴族や皇族と言った、大帝より与った権能を揮う(とうとき)者達は、簡単には間違えられないのです」

「優秀な臣下が正してくれる。それも結構でしょう。代わりの専門家が優れた仕事を為してくれる。それも良いでしょう」

 ですが、とステファンは続ける。

「優秀な臣下を求め、探し、育てるのは殿下の仕事です。そして、諫言を受け止めるのは殿下のみが為すのです。

 代わりに仕事を請け負ってくれる専門家を探し、雇うのは殿下です。相応しい仕事を振るのも評価するのも殿下の責任です」

 最後の決断と責任は殿下が、我々が請け負わないといけないのです。ステファンは厳しく指摘する。

「ですから、大貴族の惣領息子や帝室の惣領候補(皇太子)は幼き頃より、徹底的な教育を施されるのです。少しでも間違わないように、許す限りの時間と経費を掛けて…」

 時に、その教育は苛烈を極める。失格の烙印を推されたら、例え正室の産んだ長子であろうと廃嫡されうる。家を背負う者が無能であったり、脆弱であれば、結局、家を傾け、領民諸共路頭に迷う事になりかねない。そのような末路に至るくらいなら。

「…」

 ステファンが一時黙り込む。今上帝の後継者問題が、総督執務室に居る二人の皇族の頭を過ぎる。皇太子の責を到底負えない長子(グスタフ)。ぼんくら貴族が家と領邦を傾けるのであれば、自分の力で立ち続ける事すら困難な帝室の惣領が傾けるのは家だけだろうか。

「殿下。私はいつも、どこかで怖れてきました」

 ステファンは十年以上抱えてきた恐怖の一部を甥に吐露した。

「私は恐れているのですよ。彼らが(たの)むに値するのが皇帝しかないから(へりくだ)り付き従うのであれば。

 皇帝に代わる第二者が現れる、もしくは、自ら()つ事を選んだ時。帝国や、我々、帝室に連なる者たちはどう相対するのか」

 

 思わぬ過激思想の発露に、若き皇族総督は凍り付いたかのように叔父を見つめる。

「それは…帝国は並び立つ事を許しませんでした」

 

「ですな。力づくでも倒してきました。どれだけの時間を掛けようとも、どれだけの血を流そうとも」

 皇族たちから、時に剛直が過ぎると危惧される、ステファン侯爵の本心が漏れ聞こえた。

「失血死しても倒せぬ敵が現れたら?時間が味方をしない、いえ、敵と回るような対抗者が生まれたら?」

 

 マクシミリアン・ヨーゼフにその声と恐れが染み渡る。

「ここだけの話にしておいてください。オーディンではどこで聞き耳を立てられているか分かったものではありませんから」

 

 逃げたな。甥御の下手な打ち切りに片眉を微かに上げる仕草をしてみせながら剛直を持って鳴る叔父は。

「ここだから言っているのです」

 と言い切った。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

「あれはそういう趣向なのかしら?」

 人力と農業用家畜(牛と馬だと思われる)による耕運を眺める妻の質問に黙り込む夫。

 家畜や耕す田畑の土特有の匂いに、慣れぬ鼻が歪みそうになるのを意識して抑え付けながら、マクシミリアン・ヨーゼフはその光景を呆然として見ていた。

 ジークリンデの発案でバルトバッフェル家直営農場の見学に赴いた大公夫妻。

 そもそもが、大公に纏わりつくバルトバッフェル家長子エアハルトを面倒くさがったジークリンデが案内を求めたのがきっかけであった。城下町の案内-エアハルトが行きつけている瀟洒な店-を想定していたのだろうが、相手は帝国一の洗練された城下を持つ、それも美的センスにおいては至上の宮殿(ノイエ・サンスーシー)で暮らしていたのだ。下心が隠し切れないエアハルトにうんざり気味の妻が、彼を振る理由に挙げたのが、農場見学であった。妻にせがまれ、宅外での夫婦同伴活動がご無沙汰であったマクシミリアン・ヨーゼフも近所であれば…という事でステファン侯爵から許可を貰って正式な視察と相なった。自家の農場に興味もなく、正式な総督業務とあっては、無役の貴族が付き従うのも…となり、エアハルトを追い払う事に成功したのであった。

 

 夫より世俗を知るはずのジークリンデが信じられないという気持ちを言葉として漏らすのだから、夫はそれ以上の衝撃を受けていた。

 

「人だけでやるよりは効率が良いのだろうけども…」

 ぐるりと周囲の付き人にジークリンデは尋ねた。

「農機具の導入はしなくても良いのかしら?食料は足りるの?」

 

 付き人のまとめ役である執事が大公夫妻の疑問に答える。

「農機具を使うにも取り扱いを説明せねばなりませぬ」

「説明書を読めなければ口頭での説明になるのです」

 

「…それは、彼らが文盲であるということか?」

 

 執事が大公の問いに頷く。

「(ここで働く)その多くが解放農奴です。(かしこ)くも御領主様のご芳情により解放されましたが」

 若い者や意欲がある者は教育でどうにか日常生活に堪えうる読み書きは出来るが、それが叶わない者たちもまた一定数出てくる。帝国の自助を至高とする論理を押し出すと、彼らが餓えたり貧困にあるのは自己責任と放置するのが正義となる。

 

 

 

「帝国は。…銀河帝国なのだよな…」

 農場見学より戻ったマクシミリアン・ヨーゼフを執務室で迎えたステファンは、やや、気の抜けた呟きを聞き取る。

 大公夫妻が農場見学に出向いていた事を知っているステファンは訳知り顔で頷く。

「驚かれているようですな」

 

帝星(オーディン)より数千光年の宇宙を支配する帝国。銀河を支配する帝国に、文字すら読めぬ者がそれなりの数いる事が信じられません」

「人類が光速の壁を越える、恒星間航行の術を全員が知る必要はないでしょう。ですが、恒星間航行技術を持ち銀河に広がる帝国において、読み書きすらできぬ者たちが居るのは、違和感が禁じ得ません…」

 

「恒星を跨ぐ事が叶うのであれば、文盲を無くす事など容易であると」

 ステファンは頷く。

「皆無は不可能でしょう。ですが、減らす事は可能でしょうな」

 手に持つ決裁書の一片を見遣り、書かれている文字を見る。

「自助を至上とする。国是と言われております。ですが」

 明日の食い扶持を耕す、探す事に精一杯の生活が複数世代に渡れば、人類の叡智など簡単に揮発する。不要な知識より、今必要な知識や技術の継承に追われるのも止む無し。その上で向上心ある者たちにこそ機会が与えられるべき。

 ステファンの云う、帝国の自助の現実に打ちのめされるように、マクシミリアン・ヨーゼフは呟いた。

「…厳しい」

 

 ステファンはじっと甥を見ながら、指摘する。この世界で怠惰の中で生きている者がいるだろうか。

「ですな。殿下には殿下の御苦労が。貴族には貴族の苦悩が。臣民には臣民の苦難が。辺境の者たちには辺境なりの。棄民においては…」

 

「帝国は…」

 

「それらの者達の中から国是に叶う者、自らを掬う者を探し、目を掛け、帝国に参加させるのも力ある、尊き者たち-貴族-の役目です」

 

「…」

 

「これも、辺境の常でございます」

 

 自助は当然。共助、それとて目と声が届く範囲、公助とくると現地政府の援助が限界。

 この中で、子供たちに与えられる限りの教育となると。階層や地域によって驚くべき格差が発生する。それこそ、恒星間航行技術を学び、日々の糧とする者から、文盲まで。帝国歴を遡っても、人類が宇宙に飛び立ってから千年以上を閲した時代にあってすら。

 そして、一度その階層に落ち着くと。条件(地域や生まれ)によっては強い意思だけでも乗り越えるのは困難。運もあってようやく機会が得られるのだ。

 そう。機会(チャンス)だ。結果ですらない。

 だが、その機会を得るためにだけ。

 (さい)を振るために。私なんかにすら飛びつく者どもが引きも来ならない。

 そう理解すると、マクシミリアン・ヨーゼフは粛然とする。

 

「まぁ…」

 凹ませ過ぎたか。甥にも繊細な所もあるのか、とステファンは可笑しく思いながらぶっちゃける。

「現実には手が回らないので、目がありそうならどんどん雇い、教育して使わないと、領地維持だけで汲々として一生が終わるのですが」

 

 恨みがましい目線をステファンに向ける。

「…叔父上…」

 

 甥の肩の力も抜けたのを見計らいステファンは続ける。

「言っておきますが、そのような不利を物ともせずに食いつく者たちの上昇志向は尋常ならざるものがありますぞ。殿下」

 

「…」

 

 忠誠を得る。得た忠誠を維持し続ける。そこまでして、ようやく家の者、家臣と呼べる貴族にとっての部下となるのだ。

 

「殿下が主として応えられぬのであれば。踏み台と割り切られ、より良い立場を目指して飛び出されるまで」

 

「…」

 

「我々は…」

 銀河帝国貴族。帝国より認められた、人類を繁栄させる務めを任じる優良なる人間。

「…常に上に立つに相応しい、忠誠を捧げるに足る者であると証明し続ける義務があるのです。

 さぁ、総督殿下。殿下はまだ品定めされる者でしかありませんぞ。義務を果たすにも、果す相手すらおらなんだ。早く臣を見つけてくだされ」

 大体だ。ステファンはジロリとマクシミリアン・ヨーゼフを睨みつけ、一喝する。

「憧れのスローライフ。(ジークリンデ)との優雅な隠棲生活を支える忠臣無くして、どうやって領主を営むお積りか」

 

「…」

長閑な生活の為に死ぬほど働くのが貴族なのだ。

 

 




感想の返信は余力無しにより、あいかわらずできていませんが、すべて目を通しております。大変ありがたく、やる気が追加ブーストされます。
アンケートの進捗(投票いただきありがとうございます)を受けまして、試験的に家系図を張っておきます。

ゴールデンバウム朝関係者の家系図について

  • 入り乱れた家系図は好物
  • ご先祖様自慢は一回で十分
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。