帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず 作:narrowalley
総督業務は存外忙しい。これが着任後マクシミリアン・ヨーゼフが自身の職位に対する感想であった。
自分で何かを考えて指導したり決断するものと思っていたが、そんな事はなかった。
否、思い付く暇がない。
これ幸いと、様々な案件が持ち込まれる。
官僚から。総督府は当然として、管轄域に在る帝国直轄領の行政府や居候先のバルトバッフェル侯領邦政府からも。
貴族から。総督府の施政域に隣接する領主までは利害関係者と呑み込めるが、管轄外の叔父の寄り子である貴族も混じって来る。
臣民も。商人、住民、総督の施政域に関わる者たち。
「何故、ここまで具体的な話を持ち込んでくるんだ…」
そもそも、なんで進んでいない。私が来る以前から取り掛かればいいのに。マクシミリアン・ヨーゼフは曳き回されながらぼやく。
「それが出来ないから、棚ざらし、塩漬けされて諦めていたのです」
「担ぐには
ステファンは言う。誰の面子も潰さない、上位の人間。責任を取るのに誰もが文句を言えない人間。そして中央との伝手を持つ人間。中央から金や人、リソースを引っ張ってこれるかもしれない人間。これほどの要素を兼ねる人間が来たのだ。それも、中央もある程度、地方の需要を酌んだ人事だ。
マクシミリアン・ヨーゼフに持ち込む程度には頭が回る者たちには繋ぎを取るべきだ。ステファンは甥にそう諭した。
とにかく、会議、儀式…etcあらゆる集まりに引っ張り出される。
何か意見を言う必要はない。(事前に黙っておいてと念押しされる)
笑顔のまま。(言葉を交わさないで)
握手する。(それ以外何もしてくれるな)
頷く。(もう全部段取り済み)
署名する。(最後の儀式)
「総督と書いた人形でも用が足りるんじゃないかな?」
不貞腐れる総督。
「殿下。殿下の仕事は、彼らを見出し、適切な仕事を与え、正しく評価する事なのです。最後に責任を引き受ける。これを代わる者がいないのです」
「それに。人形は文句も言いませんし、寝食も不要ですな」
人形以下と言われたくなければ、スケジュール通りにこなしなさい。そう言われてぐうの音もなくやりこめられる、マクシミリアン・ヨーゼフ。
当初引率として付いて来た中央の官僚以外に総督府が雇用した現地スタッフも揃い始め、それ以上に総督が”お飾り”以外にも使えそうだ、という事が知られる度に、本来の意味での歎願・陳情・提議などの仕事が申し込まれ始めた。総督本人を除く周囲の者たちの多くにとっては嬉しい誤算であった。
人員が増え、仕事相手も多岐に渡り出すと、バルトバッフェル侯爵本邸の一部を間借りでは手狭でセキュリティとしても問題が多くなってきた事から、宇宙港傍の湾岸に面したホテル・バルティクムゴルフに総督府を遷す事にした。勤務先が叔父の家の外になる事に喜ぶ暇は、この時のマクシミリアン・ヨーゼフにはもう無かった。
中央から派遣された官僚達からは腰が軽いと揶揄される大公であったが、現地採用された者たちから見れば、つぶさに話を聞き、歎願が適当であれば、嫌味も言わず、現地にすら足しげく通ってくれる皇族などは神のような存在であった。総督殿下が動くのであれば、迎える側も相応に真面目に動かねばならず、貴顕の問いに対し、
ステファンにそう仕向けられた事もあるし、当人が真面目に働く事を苦としない性格もあった。何より、マクシミリアン・ヨーゼフ本人は愛妻との(優雅な)辺境のスローライフの為に必要な事と認識したので、伝手作りや自身の家臣団の形成の為にも率先して人と会うようにしていた。
時に視察先は大規模災害(総督府からの救援要請を要するような)の起きた惑星もあった。
「君も付いていくの?物見遊山ではないよ」
「分かってるわよ。貴方は視察。私は慰問よ」
救援物資などが物的支援となるのであれば、被災地にいち早く貴族の慰問というのは心的支援となると聞いた、とジークリンデは応える。
「それに。貴方不在のお城は色々面倒くさいのよ」
眉をしかめるジークリンデ。
「何か起きるのかい?」
「
躾がなってない。
ぽつりと妻が零す不満に、マクシミリアン・ヨーゼフはギョッとする。
「それはそれとして、知り合った地上軍の方々からも奨められたのよ。御婦人でしか出来ない事もある、とね」
「そうか…」
辺境ではありふれた領邦の一つのどこにでもある、宇宙港と言うにもおこがましい、湾内に簡易な波止場を設けただけの粗末な宇宙港で事故は起きた。
定期輸送船が下降中に操船ミスか機関部の重大な障害か、とにかく何某かのトラブルが発生し、湾内に墜落した。墜落時の爆発や降下中に剥離した落下物により、湾内の設備や港湾都市に被害が及んだ。
状況を悪化させたのは、救援の際に利用する港湾設備の破壊と湾内の海底の状況が分からないという事であった。
救援どころか物資の輸送ルートごと断たれ、即時の復旧が困難である、つまり外部からの救援なくば、物資不足による惑星規模での遭難が確定されたため、帝国軍への救援が求められた。
遭難した惑星の住民と政府も多くの支援を求めており、一報を受けた帝国軍としても、工兵を含む大規模動員が必要である事はすぐに察せた。短期・小規模な出動で済むとも考えられず、複合的な支援を計画するならばついでに、という事で総督からの救援要請と視察を求めた次第であった。
視察は楽しいものではなかった。
少ない惑星人口の多くが邦都-首都-たる港湾都市とその近傍に在住していた結果、惑星の全住民が割合単位で被災していた。
救助に加担すべき者達が遭難している、控えめに言っても過酷に過ぎる世界がマクシミリアン・ヨーゼフの視界に広がっていた。
自身が望み、総督自身の陣頭指揮という政治的点数稼ぎも兼ねて(周囲の者たちで安全確認済み)上陸したわけだが、素人に出来る事などなく、黙って座っている事くらいが貢献というのを自覚していたので、前線指揮所で報告を受け、言われるがままに頷く事を繰り返していた。
救援部隊のお飾りという任務に忠実であるために、文字通り鎮座して、報告を聞くだけのマクシミリアン・ヨーゼフに、野戦服姿の救援統合部隊指揮官ブルクハルト地上軍中将が近づき、上機嫌と言っても良い笑顔を浮かべ彼に感謝を陳べた。
「奥方様にも助けられております」
「このような修羅場に妻や侍女たちが付いて来ては邪魔にはならないのか?それを言うなら私もだが…」
地上軍の将官としては、初めて言葉を交わすブルクハルト氏は小太りの中年男性で、野戦服からスーツに着替え、官公庁街を歩けば、中堅官僚にしか見えない、それまで大公が見て来た厳つい将校とはかけ離れた風体であった。
「そのような事はございません。統治機構が麻痺しかけて治安悪化しますと、真っ先に犠牲になるのは女子供というのはどこも変わりませんでな」
僅かに顔を顰めてブルクハルトは囁くようにマクシミリアン・ヨーゼフに災害地の事情を話す。
「貴婦人方の慰問というのは、目に見えてモラルを取り戻せるのです」
手を出すには危険すぎるから、軍人を侍らせておけば、十分な抑止となる。
「それに、女性の世話はやはり同性が行う方が良いものでして、男手では却ってやりづらい事もお願いできますから」
「…なるほど。そこまで思いが到らなかった」
女子供を中心に隔離された避難所に救援物資を持ち、作業服に着替え、手伝う気満々の妻と侍女たちを遠目に見ながら、マクシミリアン・ヨーゼフは呟いた。
「よほど妻の方が役に立つな…」
「皮肉ね」
「うん?」
「インフラ基盤が貧弱だから、災害支援の内容も簡易で十分なんですって」
ジークリンデは隣に立つ夫にだけ見せる、呆けた顔で呟く。
「…」
帝都であれば、上下水道電気通信他様々なインフラの復旧と復興、被災前に原状復帰するのにかかるリソースは膨大になる。街自体が歴史博物館のような値打ち物なのだ。このようなレベルの被災から復旧するのにどれほどの帝国マルクを費やすのか。想像するだに恐ろしい。
だが。辺境の低開発地域であれば。最低限生存に必要な基盤(インフラ)立て直しに限定すれば、少数の軍の支援部隊で事足りる。
「後は領主の仕事。それはそれで正解なのだろうけどね」
工兵隊が設営しつつある、几帳面なまでに等間隔で並ぶキャンプ施設と簡易兵舎をぼう、と眺めながらジークリンデは呟いた。
「…」
喪われた輸送船の代替と、港湾施設の復旧。被災した領地の復興と課題は山積している。これらを傷ついた領民たちと為す。これが帝国の、辺境の実状。
指揮所で聞きかじった情報が脳裏に様々に浮かび、マクシミリアン・ヨーゼフの口を重くした。
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「叔父上、軍の輸送網の余剰を使うのは難しいですか?」
「…」
唐突な総督の質問に瞼を閉じ、すぐに見開くとステファンは口を開いた。
「殿下…何かお考えの上での質問だとは思いますが」
軍の余剰は保険であり、一見無駄に見えるものも有事の際に対応するための余力である。当然、用途においても規定があり、勝手に使う事も流用する事もできない。
「災害等の有事においては、代用を認る、とありますが」
「現地政府の要請、もしくは、軍以外の政府機関の機能が停止し、代行が止むを得ないと判断された場合によります。それですら独断は非常に厳しい条件と厳格な運用が求められます」
「…軍籍があればなぁ」
「ないものねだりをしても、何も解決しませんぞ」
「多くの問題で船が、交易船舶、交易船団があればどうにかなりそう、とは思うのです」
「…」
だが、甘い。そうステファンは内心で評した。港湾施設、航路、船員、船を動かすだけでも最低限これらが必要になる。
確かに、軍船を、軍を使えば、単体で解決できる見込みが高い。軍とは完結性の高い組織であるし。
「目の付け所は悪くはありません。直答過ぎるのです。結果だけを揺るがせずにいられるなら、遠回りも受け入れるべきかと」
「即時は無理ですか」
もどかしそうにマクシミリアン・ヨーゼフは聞く。
「殿下が今お答えした通りです。『無理』を通すという事はどこかで誰かと衝突する、という事です」
「急がば回れ、かぁ…」
嘆息するマクシミリアン・ヨーゼフは机の上に散らかる紙片を見つめていた。
駄目だな。下手な考え休むに似たり。なら休んだ方がマシと言うもの。
気心も知れるようになった年下の秘書官に妻の所在を尋ねる。
幸いにも城下町からそう遠くない侯爵家の御料地で体験会に参加しているという。
「よし、妻孝行をするぞ」
「殿下。本日のご予定は?」
嫌そうな顔を作り、諦めつつも総督に仕事の存在を訴えてみる。
「明日にしよう。今日やっても良い結果は出せそうにない。であれば、今日やるはずだった仕事が可哀想ではないか」
「…」
「ささ、案内せよ」
諦めて出掛ける用意を始めながら、せめて
「後で侯爵様に謝っておいてくださいよ」
「そのような不忠を言うのであれば、このまま私一人で繰り出すぞ」
「…はぁ…」
ジークリンデの手元を見つめる。
どう見ても軍用ライフルである。火器に詳しくないマクシミリアン・ヨーゼフでもそれくらいは分かる。貴族の為の猟銃には古式ゆかしい火薬式ライフルのタイプもあるのは知っているが、そのような銃は華美な装いが施されている事が多い。
貴族の嗜みとして、狩猟に参加する事はある。貴婦人向けかと言えば、若干首を傾げるが女性がやってはいけないルールもなし、乗馬と並んで好むご婦人もいる。
ジークリンデの方もマクシミリアン・ヨーゼフに気が付くと、即席のシュートレンジから離れながら、軍用ライフルを控えていた兵士に返し、夫に向かって歩み寄る。
「仕事を抜け出してきたの?叔父様に怒られるわよ」
地上軍の作業服?姿になった妻の格好に災害地視察の時を思い出し、一瞬苦い思いが表層に浮かび上がるのを抑えつけて冗談を返すマクシミリアン・ヨーゼフ。
「その時には君を出汁に、減刑を歎願しよう」
「ますます叔父様の怒りの炎に薪をくべる事になりそう」
「それはそれとして、どうしてライフルを?」
夫の当たり前の質問に、机に置かれていたサイドアームと言われる護身用のレーザーガンを手に取り、弄びながら、妻は話す。
「あら、(新無憂宮の)侍女教育で最低限の護身と警護は躾けられたわよ。でもわたし思うのよね。銃の撃ち方を憶えた方がもっと効率的にできるって」
何をだい?
そう聞きたいマクシミリアン・ヨーゼフ。意図的に省いた目的語は何なのか。素直に答えられても困る(大逆案件だったら聞かない方がいい)ので
教官役と思しき立派な体格の軍人が遠慮しいしい、マクシミリアン・ヨーゼフに言い訳する。
「辺境故に、帝都に比べると荒々しさがどうしても気風となります。奥方様が望むなら護身用火器の訓練などされても宜しいかと愚考いたしまして御進講いたした次第で…」
「あら!いいじゃない!折角だし私だけじゃ勿体ない、他の者も受けさせたいわ」
余計な事を、と思わないでもなかったが、妻が望むなら、とマクシミリアン・ヨーゼフは皇族らしい鷹揚さを見せるべく頷いて流す。
訓練を再開する妻を少し離れた所から見ながら、大公はある事に気付く。
「はて?あちらの教官役は領邦軍ではないようだが…」
付き添いの侍従が、主たる大公に説明した。
「はい。たまたま寄港している擲弾兵、正規地上部隊から派出されてきた教導官です」
「?」
艦隊の寄港なら分かるし、陸戦隊の一部は軍艦に乗り込むから分かる。だが、方面軍隷下の正規地上部隊(擲弾兵)が何故、基地もないバルトバッフェルに?
その疑問に侍従が答える。
「恐らくは周辺の有人惑星への治安維持任務にかこつけた支援物資の配給ついで、かと」
持ちつ持たれつであり、領邦政府側が寄港時に優遇したり、ささやかな付け届けの理由付けとして、今回の護身術や、救助活動の教導を求めて、それに応えてやったりしているという。
「どういうことか?」
辺境において民間の輸送網は地域の領主次第の所がある。たまたま帝国の重要拠点などがあり、国費による整備があれば、そのおこぼれに与れるが、そうでない所の方が圧倒的であり、そのような辺境域では逼迫している程度ならまだマシ(計画通りなら必要最低限は満たせるから)で、需要以下の能力しか持たない所もざらであった。自然、そのような所では、どうするか。供給能力に合わせて需要(人口)を減らすか、他所から持ってくるか。
それだけではなく、アクシデントもある。人為(略奪行為)か自然(遭難)かは問わないが、とにかく余裕のない輸送網でトラブルが起きれば、あっという間に物資不足に陥るし、最悪は飢餓が襲う。
有事における支援活動の義務が軍にはあるが、平時の民間支援は対象外である。
軍もまた、任務の為の
建前は建前として、現実は足りないわけで、そこに物資と足(船)があるのであれば、借りたいと考えるのは自然な発想である。頼られる側とて、周囲の現実を見知っているわけで、困窮しかねない民を前に法理のみを盾に無下に断るのは心情的に大変な重圧なのだ。
辺境に生きる者達の交渉の結果。
ヴィレンシュタイン方面軍においては、民間の輸送能力の不足に対し、地上軍が犠牲になる事で緩和を計っていた。(それでも需要には足りてない)
具体的には地上軍が保有する揚陸艦、弾薬運搬船を流用していた。
方面軍司令部の過半が宇宙軍で占められている、帝国軍の軍制が地上軍に対し宇宙軍の方が優越している、即応性という意味では地上軍所属の擲弾兵は艦隊(所属の陸戦隊)よりは低い…などの理由で割りを食わされていた。
堂々と動かすわけにもいかず、先方からの依頼、それも『完全武装の兵士をそこそこまとまった数』必要とするような協力依頼を出す事を各領邦持ち回りでやっていた。
方面軍としても、管理域の各領邦との友好関係醸成や、航路啓開、事前拠点の見積もりなどもあるので、度が過ぎない限り、黙認をしていた。
擲弾兵をはじめとした地上軍を犠牲にして。
そのような、辺境ゆえの太々しいやり取りを何とも言えぬ表情で聞き入る大公の視界の隅でジークリンデと軍人との間で話が盛り上がり-妻が一方的に軍人に言い寄り、聞く側に回った軍人の表情が青ざめていくのを盛り上がると評していいなら-を見せていた。
話がまとまったようで、夫に近づき、結果を伝える。
「こちらで見つけた、おつきから希望者にも受けてもらうつもり。皆魅力的だから、余計な
妻になった彼女は過去に、言い寄ったヘルベルト大公に肘鉄を食らわせたことがあるのを夫は思い出して、彼女と武器に交互に視線を向ける。
「…」
ジークリンデの御付きの女性たちと教官役の軍人たちの表情が引き攣っているように見えるが、マクシミリアン・ヨーゼフは見えない振りをした。
妻との愉快な
「殿下…その」
マクシミリアン・ヨーゼフが現地採用した政務官が遠慮がちに総督に声を掛ける。
「あぁ…済まないな。急ぎの仕事があれば、そちらを先に見よう」
「あ、はい。それもありますが。その、机の上の…」
政務官の視線が机上の端に除けておいた、殴り書きのメモ書きやアイデアの紙片を見やる。メモ書きを見た事で課題を思い出した、マクシミリアン・ヨーゼフはため息を付きそうになるのを、ぐ、と堪える。上に立つものが徒に見せて良い態度ではないと思い直した。そうして、気楽そうに話す。
「あー、片付けておいてくれるかい」
政務官は大公の執務机に積まれた紙片たちをじっと見つめる。
「殿下」
決意溢れる政務官は上司に視線を戻すと、提案を口にした。
「こちらの案件ですが、私どもで研究していた試案に流用できるものがありまして、そちらを是非殿下に御覧頂きたいのです」
覚悟した政務官の表情に、マクシミリアン・ヨーゼフなら無下にしない、という期待の熱を感じた。自分だけが気付いた、悩んでいる、という考えが傲慢であった事を実感し内心で赤面するマクシミリアン・ヨーゼフ。そうだ。ずっと昔から
「…聞こう。予定の調整とか準備は」
「お任せください!」
僅かばかりの希望の光が差し込んだようにマクシミリアン・ヨーゼフには感じられ、思わず、皇族としての笑い顔ではない、素の笑顔になる。それを見た秘書官もまた、つられるように笑みを浮かべていた。
「うん。では仕事を片付けよう。早く終わらせないと話を聞く事もできない」
「そうですね。今夜は、明日午前中に要するものを優先して処理いたしましょう、殿下」
「想定がお甘い」
「幅広い軍政に精通しているとは聞いていたが、本当に大変助かる。いや本当に感謝しているんだよ?」
皇族総督たっての依頼など、軍人からしたら厄介ごとでしかない。関わり合いたくないという意識がほぼ素通りでミュンツァーを呼び出す事に成功していた。
呼び出されたミュンツァー(警備管区巡回中)も
性格もあって地方巡り(左遷人事)が多いミュンツァー中将。適正もあるが、法務方面専攻もあって、関係機関や民間部門との折衝や、訴訟も扱ってきたため、とにかく軍政経験においては豊富過ぎる実績を持つ。人手不足の辺境において、時に行政官紛いの業務もこなしてきた。そうでなければ、上層部から扱いづらいと認識されながらも昇進を重ね、中央に戻る事などできない。そういう男であった。
「軍の協力を求めるのであれば、運行情報も提出するべきでしょう。殿下から見れば、警察も軍も同じ帝国政府の機関なんだから情報共有がされるもの、とのお考えがあるかもしれませんが、隣の人は何する人ぞ。役所とはそういうものなのです。特に軍は完結性が高いが故に閉鎖的です」
「うんうん。ありがたい。私もまだまだ甘いのだよ。これからもどんどん指摘して欲しい。それで、今回の場合、連携すべきは中央と現地司令部だけで足りるかな?現場も入れるべきかな?」
これからも聞かれる?今回は?次回は無いし、これっきりにして欲しい。喉から出そうになる台詞を呑み込み、最後まで渋い表情のまま、ミュンツァーは大公の下問に答える。
「…そこは今後の実績で検討しましょう。この手の情報は伝手を増やすほどに制御が困難になりますから」
そうして。
部下や知人達の助力を得て、どうにか形にした合作を、マクシミリアン・ヨーゼフはステファンに披露する。
「叔父上。バルトバッフェル侯爵家に交易船団は?」
「恒星間航行可能な宇宙船としてならば、領邦軍(警備隊)と連絡船、家臣団用の交易船程度です」
「組織はあるわけですよね?」
「ええ、まぁ。ですが、交易を大々的にやるならば、領内の民間企業もありますが…」
「いや、出だしがそれだとやりにくいでしょう…」
マクシミリアン・ヨーゼフのアイデアはこうだった。
バルトバッフェル侯爵直営の交易会社を設立し、そこに船と人員、関連する設備を所属させる。
ここに、協賛と言う形で総督府より資本金を出資する
船舶、船員の所属はバルトバッフェル侯領邦政府。
傭船契約主は総督府。
必要に応じて、総督は近在の帝国軍に傭船契約した交易船団の警護を依頼する。公務によるものに限定はするが。
「軍に倣い、常に社有船舶には一定の空積載と定係港及びハブ港湾施設に緊急用物資の貯蓄を義務付けます」
「有事の際には、救援活動を最優先とするのです」
「これで、地上軍、取り分け船舶関連部隊の負荷を軽減出来るんじゃないかな?」
ステファンは確認するように問う。
「ですが、何時までも、総督府の予算は使えませんぞ」
「そこは採算性と重要航路上にある、貴族や領邦の企業から投資を募りましょう」
災害時に積み荷を途中の港に置かれて有事に(船舶が)徴用されるとあっては、依頼主や投資家にとっても無視出来ぬリスクとなる。そこをステファンは突く。
「ですから、交易保険もセットで販売しましょう」
「ふむ…」
「それぞれの都合で投資や参画、利用してもらえば良いのです」
「公益性に注目し、期待して投資する貴族や利用する荷主には、交易保険も購入する事でリスクヘッジと継続性を高めます。利益重視の投資家はリスクを織り込んだ投資のみで」
「そして、公益性の高い企業と認められれば、航路上に連なる貴族領での税関や港湾設備利用の優遇も要請しましょう。中央政府にも総督からの提案として、多少の税制優遇を引っ張ってきましょう」
地上軍の負担は確実に減るので、方面軍経由で軍の賛同も得られるなら成立性は高まると見積もっていた。
「ですが、大きな穴がありますな」
ステファンの指摘に笑顔を崩さず待ち受ける。
「是非頂戴したく」
「軸にバルトバッフェル家を置く、という事になりますし、最初は当家の寄り子を中心に募るお積りですな?
となると、バルトバッフェル侯爵の影響が強い組織になりはしませんかな。とても公益性を担保出来るとは思えませんが」
そこか、という顔でマクシミリアン・ヨーゼフは答える。
「今は大きな問題とはなりませんね。総督府の資本がある間は大丈夫でしょう」
総督府の予算から投資が、会社の決定に影響を及ぼす規模で投下する以上、それは帝国政府の監査対象となる。半官半民の組織となるわけで、新興組織としては贅沢なほどガバナンスの整った企業が期待できる。後は中央からの良からぬ思惑や介入を阻止しながら、当初の目的を維持すれば良い。
「叔父上が現役で在る間も、いや、むしろ叔父上が(バルトバッフェル家)惣領であるからこそ成立するとも言えますね」
悪びれもせずマクシミリアン・ヨーゼフは楽し気に暴露する。
「皇族ですからな」
「それだけじゃありませんよ?(当地におけるステファンの)地縁血縁が薄いが故に公平性を担保出来るとも言えます」
「…」
「その後は、成果次第ですが…」
想定通り、長期継続する事が出来れば、これだけの好条件を持つ企業だ。余程に下手を打たない限り勝手に大きくなるはずだ。公益性の確保(有事の際の救援活動)には規模の利点を活かす事が大前提なのだから。
そして、企業規模の拡大に伴い、増資を募る。辺境の様々な階層や地域から株主と言う形で参画する事で、原参加者(バルトバッフェル家関連)の持ち株比率を下げて行けば。特定の派閥の影響を抑制できるであろう。義務条項については、軍なり内務省なりの監査を定期的に入れる事で空文化を防ぐ。より実効性を持たせるなら、軍務省なり内務省からの投資も要請すれば良い。結果的に企業の評価を保障もしてくれるだろう(勿論、投資額は慎重にコントロールしなければならないが)
辺境における運命共同体の一つの結晶となれば、良い。大公の考えだった。
「まぁ。共助の一つの形です」
「…なるほど」
ステファンは本当に感心したと頷く。
「巻き込んで行く。誰も考えて来なかったと殿下はお思いですか?」
「まさか」
緩く首を振る。
「様々な柵に身動きが取れなくなって、と言った辺りじゃないかな?」
「そうですな…」
深い溜息をステファンは吐く。
「柵が薄く、皇族としての地位を振り回す、周囲が期待するものを演じる。まさに臣籍降下した皇族のあるべき姿」
甥一人で考え付いたとは思わない。甥が求めて作らせたのか、甥が託され、それに応えたのかは分からない。このような話をする、誰かしらを持つ事が出来たのは確かだった。
「良き臣下を得られたようですな」
そして、意見を容れる度量を納めつつある。そう叔父は甥を評価した。
「常に全周囲に気を張り続けなされ。期待と思惑に振り回されるのは宿命なれど、操られるばかりでは、ハーメルンの笛に誘われる子供と同じ末路です」
最後に先達者としてお小言染みた注意を述べ、ステファンは合格点を出す。
満面の笑みを浮かべるマクシミリアン・ヨーゼフから視線を手元の書類に戻し、ステファンはきっちり締める。
「さて、企画は殿下にお任せしますので、うまく纏めて早めに出してくだされ」
「ええぇ…」
「優秀な脚本家なり傀儡師を見つける間はご自身で動くしかないでしょう?あと、この企画のせいで総督の業務を疎かにする事は許しませんぞ」
「…」
原作設定を回収(護身用に銃を携帯していた逸話)
ストック分は出し切ったのと年度末進行で次回はしばし時間が開きます。
ゴールデンバウム朝関係者の家系図について
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入り乱れた家系図は好物
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ご先祖様自慢は一回で十分