帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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5.とある大公たちの日常と陛下の未練

 

 

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「ヘルベルトを帝国元帥に叙する。杖をこれに。併せて執政に任じる。これは余が定めたる領域における全権を貸与するものとする。この権能の行使には余が定めたる枢密委員の助言と同意を得る事とし、執政は枢密会を通して、宇宙の安寧を辺境にも齎すべし」

 皇太子という地位を長子グスタフから挿げ替えるのは公私ともにフリードリヒ三世としてもやり難かったようである。

 摂政でもなく、摂政に準ずる権能を持っていた、黴臭い、古職を引っ張り出してきた。

 その意は明快であった。摂政に準ずる、つまり皇帝に次ぐ役職を名前だけでも引っ張り出してきたのだ。皇帝に次ぐ第二者、つまり皇太子に(なぞら)える、と。

 

 三男(ヘルベルト)とて、危機感も無く、安穏と父の跡を待っていたわけではなかった。

 彼は彼なりの(彼のシンパの貴族たちが主な情報源であり、随分偏ってもいたし、煽られもした)危機感と使命感でもって、帝国を背負うべく活動していたのだ。活動の多くは父帝への自身を後継者とする、様々な働きかけ(おねがい)であったが。

 やる気が無いよりはあった方が良いに決まっている。最初から背を向ける次男(マクシミリアン・ヨーゼフ)よりはマシなので、機会を求める三男の前向きさを買ったフリードリヒ三世は次男の辺境武者修行が思いのほか上手くいっている様子から、二番煎じを決めた。三男を新たなる後継者と定め、帝王教育の総括を行うべく、地方で実績を積ませようとした。

 執政の大きな特徴は、特定の地域における内政権限と軍事指揮権を併せ持つ、とした事だった。銀河帝国が範を取った古代地球のある帝国の制度から取って来た、執政官(コンスル)に準えた役職であった。

 責については執政府の最高諮問機関として設えた枢密会と分かち合え、つまり枢密委員(皇帝の重臣で勅任された執政府の高官)も使う事を望んでいた。

 いきなり大領に大軍の指揮権を与えても徒に混乱するばかりであり、まずは手頃な規模から、少数の経験豊富な重臣を目付け役も兼ねて、枢密委員として付けてやらせようとする親心を三男は早速無下に扱い、父帝の不興を買った。

 

「マクシミリアン・ヨーゼフ兄上が務める総督より上なのですよね?(ならば)名実ともにそうであるべきでしょう」

 

 銀河に比類無き第一人者たる皇帝は、息子の我儘に屈した。

 当初より、対象範囲を拡げたのだ。当然支配下に置く帝国軍の数も増え、統治対象の惑星も増える事から部下となる役人たちも増えた。これは統治機構の巨大化を意味し、当初用意するつもりだった皇帝の家臣では足りない事が明白となった。

 この足りない分を、あろう事かヘルベルト大公は自身のサロン仲間で補充しようとした。

 皇帝を間に挟み高貴な者たちの悶着の結果、皇帝は更なる妥協を強いられた。

 執政の直臣団の半分を執政の友人達で賄う事を許したのだ。

 但し、心ある重臣たちの箴言が重なった事と、三男の迂闊さに不安を覚えた皇帝は、軍権に関しては、幾分の意を用いた。帝国軍の指揮に関しては、司令部を構成する、最高指揮官の副署を必須とし、将官以上の人事権(昇進・任免)を取り上げた。

 ヘルベルトとしては不服はあれど、これ以上の我儘は父親の怒りと失望を買い、末弟(リヒャルト)にその地位を奪われかねない、との賢しらな忠告を真に受けて慌てて受ける事にしたのだ。

 これっきり、という事で、軍服の袖を通すのも初めてという20代の将官に、佐官を数名誕生させる事を認めさせた。また令外官として、待遇だけは立派な役務を持たない、政務の官職(無駄飯喰らい)を「執政殿下の幕僚」の数倍用意させ、「地方行幸」に付き合ってくれる、”友情篤い”友人たちに気前よくばら撒いてみせた。

 

「これは、しかし。率直に言えば顰蹙(ひんしゅく)を買っておりますな」

 新無憂宮に帰るのを面倒くさがったマクシミリアン・ヨーゼフに(留守居の)理由作りとして、自身の分+αの仕事を押し付けて任命式に出席したステファンは一言で感想を表わした。

 本来、遠慮され孤立しがちの皇族軍人である、ステファンが苦労せずとも聞こえる程となると、これは相当に酷い話だ。

 帝国を支える柱石たる、軍と官僚組織、双方から顰蹙を買っていた。まだ始まってすらいないのに!

 

 

 

 

----§---- 

 

 

 

 

 辺境に皇帝の威光と安寧を齎すべく肝いりで派遣された執政府-実体はヘルベルト大公のサロンの別邸-は半年で高級売春宿と化した。

 

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 時折り発生する宇宙海賊に対する討伐軍の直卒(同行)。

 事故の救援の現地指揮(見学)。

 管轄する有人居留地で発生した大規模災害の視察。記念式典などがあれば主賓としての参列。時に執政府主宰の催し物であれば、主宰者として。

 初めての事は刺激に満ちており、ヘルベルトにも希少にして不足極まるながら使命感もあったので、周囲の迷惑顔を気にせず足を運んでいた。それも一月も過ぎれば、慣れて三回に一回に減り、三月も経てば飽きて、執政府の官僚や枢密委員(皇帝の目付け役)が強い態度で要請しても二回に一回しか出向かない有様となっていた。今では、父帝の叱責を国務尚書から伝えられて反省している、半月くらいの間に、執政殿下の体(立ち合いや署名)が必要な仕事を集中させて、どうにか廻す有様となっていた。

 たまにやる気を出せば、現地の色街に世情調査の名目で微行(おしのび)と称して怪しげな店に入り浸るとあっては、心ある臣下たちも閉口するのも無理からぬものがあった。

 

 

 

「随分寂しくなりましたね…」

 

「そうかい?」

 こなれてきた間柄となりつつある、若き秘書官(現地採用)の砕けた感想を総督府が入居するホテル・バルティクムゴルフが構える、最大規模の会場でワイングラスを弄びながらマクシミリアン・ヨーゼフはむしろ嬉しそうに見渡す。一時のマクシミリアン・ヨーゼフへの熱すぎる期待から、総督側主催のパーティー(交流会)だけでは足りない、と総督宛ての招待状が引きも来ならなかった。今回のような総督参加の式典となれば、遥か遠くの辺境貴族達で歩き回るのも困難なほど参加者が詰め掛けたものだが。

 

「大物が来たからそっちに群がるのは分からないではありませんが…」

 執政ヘルベルト大公の公式晩餐会やら、視察などヘルベルト大公と接触できる可能性のある催し物への参加権を求めて、マクシミリアン・ヨーゼフが体験した以上の数の辺境の有力者達が群がっているという。

 ヘルベルトも自身が群がられる事にまんざらでもないと聞いている。

「いいじゃないか、その分私に集る()()が減って快適に過ごせるというものさ」

 

「しかし。バルトバッフェル侯の長子(エアハルト)殿が殿下を放って、執政(ヘルベルト)殿下へ駆け付けるのは如何なものかと」

 

「…はは。まぁ彼もまた辺境の貴族ということさ。繋ぎは幾つあっても良い」

 まぁ、それに。マクシミリアン・ヨーゼフは閉じた口内で独り言ちる。

 恐らく、ヘルベルトの周囲は既に帝都の有力貴族達で固められており、辺境の者達が食い込む余地はほとんどないだろう。また、ヘルベルトを始めとした周囲の者達が群がる辺境の者達に対し、見下すような対応を取るのは目に映るように想像できる。それでも、有り余る権力と未来がヘルベルトにはある以上、その程度の邪険で諦めるような者もほとんど居ないであろう。

「つまり、暫くは余計な交友に煩わされる事も減ろう。その分、妻孝行に励めるとというわけだ」

 

「はは。それを言われると、新しい仕事を持ち込むのに躊躇してしまいます…」

 

「当然だ。その為に広言して回っているんだ。ほら、話をすれば」

 腹心と化した高級侍女を後ろに従え、従者の如く人々を引き連れた、ジークリンデが夫に向かってくる。

 バルトバッフェル領で作られた生地で誂えさせたドレスをベースに、彼女の指示で洗練の度合いを更に深めたカクテルドレスを纏っていた。淡紅を流すように、裾に到るごとに濃くなるデザインは、普段の凛々しさに隠れがちな彼女の妖艶さを際立たせる。周囲の者達もため息を吐きながら、熱い視線を送る。

「今夜も私の女王陛下は麗しい。普段、妻を放りっぱなしの不実な騎士が忠義を果したいのですが、エスコートをお許しいただけましょうや?」

 

「…ほんとにねぇ。見栄えの良い他の殿方からの忠誠(おさそい)を受けてしまおうかしら…」

 

「それは困る!」

 ジークリンデの手をさっと取り上げると、自身の脇に挟み込むように通し、しっかり手を握り込む。

 

「さぁさぁ、デートと洒落込もう」

 ジークリンデの呆れた視線と周囲の生暖かい視線なぞ何するもの、とばかりに上機嫌の総督殿下は妻とのささやかな逢瀬を楽しむべく会場を回遊し始めた。

 

 

 

 後継者として一歩も二歩も後塵を拝した、と屈辱感が見え隠れしながら、ヘルベルトの旅立ちを見送ったリヒャルトであったが、ほどなくしてほくそ笑む事になった。

 遠い執政府の体たらく-惨状と言って良い-が新無憂宮の宮廷にすら届くようになると、残ったヘルベルト一派が嘆息するごとに、機嫌が上向きになっていくリヒャルト。朝議に参加する度に、厭らしい笑みが滲む、しかめっ面を必死に維持しながら(父帝の若い頃と良く似ていて、フリードリヒ三世を不機嫌にさせる)、新たに仕入れて来た、執政府の醜態(スキャンダル)(あげつら)っては、苦言を呈すを繰り返した。

 父親の決断を結果として間違っていると貶し、不興を買っている事に中々気付かない末息子(リヒャルト)に、中年期の荒淫と即位後のストレスによる暴食ですっかり弛んだ顎肉を震わして、長口舌を黙らせると、フリードリヒ三世は不機嫌極まる声音で朝議を主宰する、国務尚書を通じて、三男(ヘルベルト)に改めるよう厳しく言い渡すまでが様式と化していた。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

「殿下。特に想いを寄せたる地があるのでなければ、某の領邦を継ぎませんか」

 

 珍しく、叔父の書斎で皇族同士の晩酌に誘われ、一杯目を干したマクシミリアン・ヨーゼフは、唐突な提案に体が強張る。

「叔父上…しかし、それでは、叔父上の長子が困りましょう。私とてエアハルト殿に恨まれたくはありませんよ」

 

「猶子でしかありませぬ。直接の血は繋がっておりません。陛下の御宸襟を騒がせまいとすれば、という奴です」

 甥のグラスにワインを継ぎ足しながらステファンは淡々と呟く。

 若過ぎたか。そう呟いたステファンは自家農場で醸造したワインが注がれたグラスをテーブルに戻し、ブランデーを自分のブランデーグラスに注ぐ。

 

「…しかし、叔父上が継がれた名家を皇族とは言え私のような放蕩者の捨扶持扱いするなど…」

 

「それこそ、です」

 ステファンはブランデーグラスの中身から視線を外さずに苦笑を浮かべながら、甥に吐露する。年若き甥に読み取れたかは不明であるが、それは韜晦というべきであった。

「銀河帝国貴族としては名家かもしれません。ですが…」

 その由緒は、中々に諧謔に富んだものである、と。

 バルトバッフェルの家祖は、現領地-本貫地でもある-の有力者の一人であり、銀河帝国に逸早く恭順した者が帝国初期に辺境伯として封建と言う名の追認を受けたに過ぎぬ。そもそも、家名となった地名自体も銀河連邦期の入植時に名付けられた、由緒も分からぬ地名をそのまま、銀河帝国語風に当て字したものに過ぎない。

 古地球語で探れば、”失敗した顎鬚”となるそうな。そして、この由来を堂々と由緒書に書き記し残しているのだから、帝国の権威に対し一家言あったのではないか。現在にそれは残されていないが。(書き残すには憚られるので口伝としたのだろう)

 中央と適度な距離感を保ちつつ、故郷を保ち育て、侯爵にまで昇った直系のバルトバッフェル家の者たちにとって、皇帝や中央で権勢を競う大貴族とはどのように見えていたのだろうか。

 名家に良くある話で、バルトバッフェル直系が断絶し、傍系が継ぐも何度かの血統断絶があり、ついに帝国預り地となり、皇弟が臣籍降下の際に与えられたに過ぎない。もはや、初代より受け継がれたのは、この家名と領地-城と街-に由緒書くらいのものである。

 

「…」

 

「この地に住まう領民を虐げず、昨日と変わらぬ今日を。今日の日常を明日に繋げば十分です。少なくともこの地の民にとって領主などその程度の存在でしかありませぬ。でなければ不在地主の如き私で勤まるわけもありません」

 自嘲気味にステファンは零す。

「それに…いえ」

 家宰と執事長からは、エアハルトが、どうにも、マクシミリアン・ヨーゼフの嫁御殿(ジークリンデ)にちょっかいを掛けて、相当にやり込められたようだと内々に連絡が来ていた。足一本撃ち抜かれるのが淑女のあしらいとするならば、どのような不逞を働いたのやら怖くて聞く気にもならない。

猶子(エアハルト)の養父、親として後見についていながら放置していた某の責任もあります。エアハルト(あれ)も良い年でありますし、従属爵位から男爵でも与え、領地で修行させた方が本人の為にもなりましょう。お気遣いは不要」

 

「……」

 沈黙から察したのか、妻から何かを聞いていたのか、たまに見せる不可思議な表情を浮かべ、腹を擦る仕草をするマクシミリアン・ヨーゼフ。

 見ない振りをして話を進めるステファン。

「…そうですな。まずはジークリンデ殿を養女として迎え入れるのはいかがでしょうか」

 用意されていたアイスティーグラスに氷を詰め、ブランデーを垂らすと、水差しから水をゆっくりと注ぎ、軽く混ぜて、甥に渡す。

 

「いや、しかし…それでは…」

 

「彼女の身分と殿下のお立場からすれば、内縁とするは致し方なし、と雖も、ジークリンデ殿とて本意ではありますまい」

 何分、彼女からは隠し切れぬ苛立ちが滲んでおりますれば。ステファンは苦笑しながら、マクシミリアン・ヨーゼフに告げる。

 

「…」

 黙り込むマクシミリアン・ヨーゼフ。父帝の死後、臣籍降下に伴い、帝都より遠く離れた地方領主に納まればすぐに、正式に婚儀を挙げるつもりではあったのだ。勿論、それでも貴賤結婚だ。ジークリンデにも多大な苦労を掛けるし、自分も貴族界で大きなハンデを背負う。尤も、その手の社交(嫌がらせ)をしている余裕や暇があるかどうか…マクシミリアン・ヨーゼフはそう睨んでいた。

 間違いなく宮廷を含め、大きな摩擦と混乱が始まるはずだ。そんな最中に、しがない旧皇族の地方領主のスキャンダルを弄繰り回す暇のある貴族などそうそう居はしない…

 叔父には黙っているが、ジークリンデ(アレ)の苛立ちは帝国の国是であり社会構造である、階級格差故の理不尽ではない。いや、多少はそれもあろう。だがより本質的な所で見誤っている。彼女の本質を知るのは自分と彼女だけであろう。そんな生易しいものではないのだ。

 生まれと性別が違えれば。

 驚天動地の野心を胸に秘め、実力でもって天を蓋わんとする、ソリドラマや、小説で大暴れする乱世の奸雄(悪役)(金髪のこぞう?)そのものなのだ。

 彼女のそれを矯めようとも思わないのは、もう惚れた弱みというものだと、自分に言い聞かせている。

 呑みかけのブランデーグラスに氷を乱暴に詰め込み、ブランデーを足すステファン。氷の隙間を流れ落ちるブランデーを見ながら、マクシミリアン・ヨーゼフに諭すように言葉を繋げる。

「貴賤結婚を強行するよりは、軟着陸も図れましょうし、臣籍を得る間、彼女の(領主)婦人教育も施せましょう。あわよくば、地方領主の伝手を作る事も叶いましょうて。彼女も交えて相談の場を頂けませんか」

 

 何となく年の割に重厚で剛直な叔父らしくない、やや粗野に思える酒の作り方に気が向くのを抑え込みながら、マクシミリアン・ヨーゼフはどうにか口を開いた。

「…ありがとうございます。叔父上。少し考える時間を頂いても?」

 

「勿論ですとも、殿下」

 

 

 

「不孝者ばかりか…」

 当世の銀河の支配者であるはずのフリードリヒ三世は寝室で独り籠り、堪えるように顔を顰めながら寝酒を舐める。舌先に隠す気の無い雑味を感じ、野卑だな、と思い、酒瓶のラベルを見れば異母弟(ステファン)三男(ヘルベルト)の執政就任式参加の為、一時帰朝した際に献上された、彼の領邦産のブランデーである事に気づき、微妙な気分になった。

 何と無しに剛直な異母弟の咎めるような視線が思い出され、そっとグラスをナイトテーブルに置き、広すぎる寝台の上に放り出した幾通かの報告書を見遣る。

 

 執政府傘下の帝国直轄領知事たちからの報告。現地帝国軍からの評価、その多くが三男への美辞麗句で彩られている。

 執政府の枢密委員-皇帝の重臣-たちから上がる報告は真逆であった。数少ないがら、官僚たちの批判や苦情の報告こそが真実を記しているのであろう。皇帝の暗澹たる気分を深めるのは、辺境においてすら阿る事を良しとする空気が横溢しているという事実であった。

 この頃のフリードリヒは自身の猜疑心に自らをも傷つけるような状況に陥っていた。

「ヘルベルトめが、もう皇帝にでもなった気か…いや、だとしても酷い。暗愚で済めば良いが…奴の臣が余程に上手く息子(ヘルベルト)を制御するのを願うばかりとは」

 

 一方で、次男(マクシミリアン・ヨーゼフ)の嘆願書と、異母弟で次男の後見役につけたステファンからの報告書を取り上げて再度見直す。

 期待以上に辺境の空気があったようで、見込み以上の働きをこなしているようだ。周囲に良い様に使われているようにも思えるが、少なくとも、使われる相手を見極める目と選ぶ判断力は備えつつあるようで、これはこれで支配者としては合格点を出せそうだと採点していた。だからこそ息子の成長への喜びより腹立たしさが先に立つ。

「マクシミリアン…こいつはこいつで、帝都(こちら)に寄り付かん。皇族が皇帝を厭うなど…馬鹿者が…」

 

「グスタフは…」

 皇后が今日も訪れては、長男(グスタフ)の地位について念押しを執拗に求めてくる。

 息子(グスタフ)を大事にしたいのであれば、皇太子の役目から早く解き放ってやる事が親の役目ではないのか。そう考え、ヘルベルトに任せたのだ。それを皇后(あいつ)は、自身の子(グスタフ)を蔑ろにすると見誤って怒り狂う。矛盾している事すら自覚できんのか。

 

「この状況でリヒャルトが(こら)える事が出来るのであれば、目があろうというものなのだが…あいつもあいつだ。待つこと聞くこと、何故それができんのだ…」

 空気も読めず、三兄(ヘルベルト)の悪行を必要以上に論う。朝議において、執拗な糾弾ばかりでは、廷臣達も白けて追従する気すら起こさせない。それに気づかぬ末息子(リヒャルト)に怒りと憐みを同時に感じ、ますますやるせなさばかりが募る。

 

 寝室のナイトテーブルには、寝酒と軽症向けの睡眠導入剤が常備されるようになって久しい。

 宮廷医師団からは心臓への負荷が高まっており、酒と薬の常用をせめて、量くらいは減らすように、という嘆願にも似た処方が届けられている。

「どうにかなるのならどうにかしておるわ」

「まだまだ死ねぬ。せめてヘルベルトが省みるまで」

 

 それか、長男が死ぬまで。

 

 声には出さなかったが、親が子の死を願うような台詞を胸中で吐いたフリードリヒ三世は強い自己嫌悪を覚えた。それが怒りに転嫁される。

 肉親の情すら許さぬ今の状況にフリードリヒ三世は絶望し、怒りを覚える。

 銀河の統治者たる自分の意を汲まない家族に絶望し、怒りがぶり返す。

 自分の猜疑心を怖れながら、それを抑える働きをせず、返って煽る事ばかり為す廷臣達に怒りが募る。

 警告を兼ねて制裁で留めている、余の恩情すら理解できずに何が帝室の藩屏か。帝位しか見ていない(既に争い始める)貴族達への怒りが更に燃え上がる。

 

 怒りがついに、フリードリヒ三世自身の体を焼き切った。

 肺を構成する太い血管の一本が詰まり、片肺の機能を奪った。

 激痛が走り、息を吸えど、肺がほぼ用を為さず、フリードリヒ三世は水中で溺れる気分を味わう。

 酸欠で喘ぎ、痛みに悶えながらナイトテーブルに備えた呼び鈴を探すように腕を振り回したが、その時にはもう体は寝室の床に伏して藻掻いていた。もう自分がどのような体勢でいるかすら分からなくなっていた。

 

 激痛が遠のくごとに、視界が闇に狭まる。その視界に義父たる先帝レオンハルト二世の顔が浮かぶ。

 物言いたげな義父に、フリードリヒは自分でも良く分からない怒りに駆られた。

 私が殺したわけではない。あのタイミングで死ぬのが自分や周囲にどれほどの疑念を植え付ける事になるのか分かって死んだのか。皇帝として無責任ではないか。

 常であれば、理不尽に過ぎる事を解するフリードリヒであったが、死の顎が急速に迫る事を自覚し、体の自由が奪われていくのを感じる状況で、抑え込んでいた本音が溢れ出した。

フリードリヒ自身は叫ぶように、瞼に浮かぶ義父と義母(レオンハルト二世の皇后)(クリスティーネ)を糾弾していたつもりだった。

 実際は、床で呻くばかりで言葉らしい言葉を成す事もなく、広い寝室に拡散していくだけであった。

 

 故に。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国二十代皇帝フリードリヒ三世の正確な死亡時刻は不明とされた。

 帝国歴335年、宇宙暦644年4月某日のことであった。

 

 

ゴールデンバウム朝関係者の家系図について

  • 入り乱れた家系図は好物
  • ご先祖様自慢は一回で十分
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