帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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おい、バトロワ皇帝(いちばん)決めようぜ…(大帝が陵墓(はかば)から激怒の余り復活しかねない)


6.新無憂宮の戦い(バトル・ロイヤルパレス)

 

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 ゴールデンバウム朝においてすら、皇帝の代替わりは一大事であり、時に流血を伴った。特にここ数代の帝位継承は流れた血の量は異なれど流血劇となった。貴族界の勢力図を激変させる事もあり、皇帝薨去の報は帝国を構成する三柱(貴族・官僚・軍)に血嵐の到来を覚悟させた。

 薨去を発表したのがグルーベンハーゲン侯マクシミリアン・ヨーゼフであったことがまず衝撃を与えた。

 本来であれば、政府閣僚首座を占める尚書職(今回であれば国務尚書)が典礼尚書と連名で発表するのが通例である。有力皇族で皇帝の腹心と見做されてはいたが、閣僚ですらないグルーベンハーゲン侯爵マクシミリアン・ヨーゼフが発表した事で政府(官僚)が主体となっていないという事を知らしめてしまった。

 勿論、目端の利く者、政府関係者も最初は眉唾と信じようともしなかった。それはそうだろう。

 だが、そのような楽観もすぐに暗転する。

 畏れ多くも、侯爵は皇后陛下を玉体にお招きし、その死を確認させたのだ。次代を見つめる者達にとって全く憎たらしい事に、ヘルベルトやリヒャルトと言った皇子ですら一人での拝謁以外を認めなかった。(在京の皇子はリヒャルト大公のみだったので、彼しか確認できていないが)

 大貴族と言えど入城を厳格に制限し、近衛軍は臨戦態勢となった。

 死因を疑う声はすぐに上がるが、有耶無耶となる。グルーベンハーゲン侯マクシミリアン・ヨーゼフに皇帝専属の宮廷医師団を妨害する気はなく、医師団の発表内容は僅かでも皇帝の御姿を知る者達にとっては否定し難いものであった。「血栓症による肺塞栓、心筋梗塞と急性脳血管障害が直接の死因。既往の健康リスクがあり、病死(突然死と見るの)が自然である」

 他殺(の可能性)を否定は出来ないが、自然死と言われても頷くしかないような要因であった。飽食と荒淫を主体とした不摂生を擬人化したような御方だったので。

 

 この際、死因は後回しだ。とにかく今上帝(フリードリヒ三世)先帝に成り遂せ(しんだ)た。

 例え皇帝と言えど死者が権力を振るう事は能わぬ。次代は誰だ。薨去の発表に次期皇帝の指名は無かった。であれば、自動的に皇太子が?しかし、何故皇太子は御出座されぬ?

 マクシミリアン・ヨーゼフ侯爵への問い合わせが殺到し始め、人も通信も集中した新無憂宮がパンクする寸前、更なる爆弾が投下された。

 フリードリヒ三世の異母兄であり、帝都で一番注目を集める、グルーベンハーゲン侯マクシミリアン・ヨーゼフ(大公と同名の別人)が一時的に帝位を預かるとして仮即位を宣言したのだ。当初、三男(ヘルベルト)四男(リヒャルト)は叔父の暴挙に激怒したが、面の皮が厚過ぎる叔父の説明に怒りを抑え込む。

 執政ヘルベルト大公には、彼が帝都に帰還するまで玉座を預かるためであり、その為の仮即位である、と説明した。

 帝都にあり、父帝の死に乗じようとシンパの有力貴族や私兵を動員して玉璽の確保に動こうとしたリヒャルト大公には、軽挙妄動を控えるように促し、同時にヘルベルト不在の間に軍と中央官庁を抑えるよう唆した。

 皇子の中で一番遠方にいる同名の甥(総督)については、複数の経路を使い、事態を伝える程度であった。もし、同名の甥がとんでもない食わせ者の野心家で漁夫の利を狙っていれば、探りを入れる事も叶おう、その程度の意味合いであった。

 政府及び軍は仮帝を宣するグルーベンハーゲン侯に反発したが、当人が帝位の一時預かりと(のたま)い、それ以上の命令(勅命)を出さないため、(官僚組織への)直接的実害が及ばぬが故に、純然たる皇位継承争いと見なさざるを得なかった。口を出されないのだから、反発して手を出す、という論理が通じないのだ。精々がトップ不在の政務停滞であり、その程度で国政が致命的なダメージを負うほど帝国は脆弱ではなかった。

 それに苦情を申し上げるにしても、肝心の申し上げ先が不明な状態であり、不用意に上申すると、それは政府(軍)が誰(上申先)を次代の皇帝と認めると周囲から取られかねないため、身動きが取れなくなった。

 

 ここで一般より事情を知る者達は思い出した。

 フリードリヒ三世には正式に定められた皇太子が居たではないか。

 多くの者から忘れられていた、()()()グスタフ。

 帝位争いに参加していた者達の幾人かは存在感も希薄な皇太子の存在を思い出し、自らが加担する党首に注進した。党首たち(ヘルベルト・リヒャルト)も長兄(グスタフ)の存在は忘れていなかったが、長兄が持つ、皇太子と言う地位は良く忘れていた。長子と皇太子が同一人物であった事を思い出し、動き出したのは両派ほぼ同時だったが、距離だけが絶望的に格差があった。

 距離的に最も近かったリヒャルトが皇太子の身柄を抑えるべく、皇太子の住まいである離宮に駆け付けた。

 

「お逢いになられません。皇太子殿下は現在療養中でございます。また、ご面会の可否は皇后陛下の御心次第でございます」

リヒャルト派閥の大貴族やリヒャルト大公の剣幕を前にしても、近衛師団長たるマイヤーホーファー中将は蒼白な表情ながら決然と拒否し続ける。

 

「では!皇太后陛下を!義母上との面会を取り次いでくれ!」

 

「…承りました。追ってお返事をお送りしますので、今日はお引き取りください」

 

「ばかな!一刻を争うのだぞ!悠長に待っておるなら駆け付けて談判などせぬわ!」

 

「皇后陛下に必ずお伝えいたします。どのような御答えがいつ齎されるかは、陛下の御心次第でございます」

「ここで問答を繰り返しても皇后陛下のお言葉が下る事はございません。お引き取りを」

 

「…く…今は引き下がる。後で使者を使わす。急げよ!」

 

 

 

 激発したのはリヒャルトだけではなかった。ヘルベルト大公もまた荒れた。帝都に逼塞していたが上に中心地に近かったリヒャルトに比べ、離れる事千光年単位。断続的に入る、真偽入り混じった情報が、元々激情家の資質を多分に持つヘルベルトを激発させた。

 形ばかりの主であるが、執政府の長がそのような状況では、組織の者達も浮足立つ。

 執政の叙任と同時に帝国元帥の階級を得た上に、統治下の駐留部隊の指揮権を(形式上とは言え)持っていたヘルベルトに、彼の「執政殿下の幕僚たち(しろうと)」から拙速の極みとも言える提案が出始めて、執政府を預かる先帝の重臣で選抜された枢密委員たちを唖然とさせた。

「麾下の帝国軍を動員、上洛し、帝都の争議を一刀両断す」

 重臣たちからすれば暴論以外の何ものでもなかった。

 皇族、継承権最上位に近い皇子と言えど、独断で軍を率いて上京するなど叛乱と取られても仕方ない、行為であった。

 枢密会からの拒否に続き、執政府主席軍事顧問官兼枢密委員であるランプレヒト上級大将は蒼白にした面のまま、動員を拒絶する。

 

 執政府に派遣されていた、ハーゼンクレーバー提督からの悲鳴のような個人宛の通信を受けて、事態の深刻さを別個に知り得たインゴルシュタット提督は慌てて宇宙艦隊司令部に駆け付け上司に訴えようと試みた。

 しかし、インゴルシュタットの目に映る光景は同僚の悲鳴混じりの報告とさして変わらなかった。

 混乱・動揺・狼狽の三重奏を演奏していたのは帝国軍の中枢とも言うべき軍務省も統帥本部、宇宙艦隊司令部も同じだった。

「そんな馬鹿な…」

 絶句するインゴルシュタット。真意としては馬鹿馬鹿しさの余り開いた口が塞がらない、そういう気分であった。常識と軍人としての自尊心が沈黙を守らせたが、内心は慨嘆するばかりである。

「君君たらずとも臣臣たらざるべからず…とは言うが、主君無き時に臣は誰に剣を捧げ、どうやって社稷を守ればいいのか」

 それでも、彼の義務感は多くの努力が徒労と果てようとも、傍観する事を自身に許す事はなかった。周囲を説得し、叱咤し、少しでも軍が本来、期待される任務に取り掛かれるように準備を始めた。

 

 

 

 この時、執政府の最高司令部に常駐するのは執政が任命した素人軍人(おともだち)ばかりであり、執政の最も近しい政治部門である、執政の政務官たちも同じ有様であった。内実はヘルベルトのサロン別邸であり、執政府のスタッフ達と孤立しがちであった。さらに帝都からも遠く、彼を構いたてるシンパの貴族も付いて来てくれた者たちだけ。

 高級売春宿などと陰口を叩かれるようになって久しい執政の執務エリア。

 最初は遠慮して。やがて呆れ、軽侮に代わり。ついには諦められたヘルベルト大公(と取り巻き達)と執政府の官僚や軍人との断絶は想像以上に、当事者である彼ら自身が考えているよりも深かった。それこそ彼ら自身が驚愕するほどに。

 

 断絶し孤立し、帝都に向かう(かえる)と言えば引き留められる。

 枢密委員ども(父のお目付け役)は足を引っ張るばかり。こういう時に、私に素晴らしい献策をするのが仕事ではないのか。

 帝国軍を動かそうと命じれば拒否される。

 何のための(元帥)杖なのか。呼び出せば(ことごと)く拒否する軍人どもを殴りつけたくなる衝動に駆られる。

 執務室で独り、座り込み、ドアを睨みつけるヘルベルト。

 父の異母兄で茶坊主風情のマクシミリアン・ヨーゼフ叔父が仮帝などと名乗りあげ、玉座を預かったと宣し、自身に軽挙妄動を控えよなどと、賢らに助言する始末だ。私は執政だぞ!?

 ヘルベルトは怒りを爆発させる。

 この怒りは不安の裏返しであった。

 帝都に残ったリヒャルトが長兄グスタフを拐かし、摂政として下剋上を為すのではないか、という不安だ。もしも、リヒャルト一派がもっと大胆に、強引に宮廷クーデターを実行したら?帝位を名乗ってしまえば、もうこちらも正統を守る為にも正面から戦わざるを得ない。

 いや待てよ、帝国を割る事態になれば、元帥たる私をこれほど軽んじる帝国軍も従い、号令一下、帝都へ僭主の討滅軍を起こすのではないか?そうだ、動かしてしまえば良いのだ。後で理由は幾らでも付ければ良い…

 

 彼ヘルベルト大公の数多い欠点の中で特に致命的だったのは、思いつきや妄想を是正するはずの幕僚や政務官が周囲に居なかったこと。居るのは追従を競うばかりの経験浅き者達ばかりであったことが、在り得ない策を実行してしまう。

 執政府の大会議室に呼び付けられた、軍人達は不穏な予感と不安を隠し切れなかった。

 招集に応じ、執政の面前に集まった帝国軍人を前に、ヘルベルトは精一杯の威厳を持って自身の策を告げた。

「来たな。諸提督に告げる。帝都ではリヒャルトとその一党が皇太子殿下を害し奉らんと兵を挙げるべく人や物を集めているという情報が私に届いた。このような愚挙妄動を、正統なる後継者としても、執政としても一刻も放置する事はできぬ。直ちに討伐軍を催し、帝都を鎮め、以って皇統の正統と帝国の静謐を護らん」

 それは杜撰を額縁入りで描いた醜悪な一作となった。

「…」

 軽挙妄動の極みを見せつけれらた提督たちは言葉を失う。

「殿下。怖れながら…」

 シュミードリン提督は勇気を奮う。

「殿下が入手されたという情報の出元、及び正否を確かめる必要がございます。詳しいお話を賜りたく存じます」

 

「ばかな。私の言が信じられぬと申すか」

 握りしめた元帥杖を震わすヘルベルト。

 

「兵を催すとは。それほどに慎重に進めねばなりませぬ。向かう先、相手、準備、何かを一つ間違えれば勝利どころか敵に矛を突きつける事すら出来ないのです。戦場に着く前に迷子で間に合わないでは、帝国軍の鼎が問われまする」

 帝国軍の名誉を汚されまいと、精一杯抗ってみせたシュミードリン提督は報いを受けた。

 怒りで紅顔と化したヘルベルトは「自身の名案」を唯々として受け取らなかったシュミードリンに近づくと、手中にあった()()を激情のままに、振り下ろした。

 元帥杖で肩を打ち据えたのだ。

 驚きと痛み、続いて屈辱で顔が歪むのを堪え切れなかったシュミードリン提督は片膝を付き、面を伏せる事で隠そうとした。

 軍人にとってこのような傍若無人な扱いは堪える類のものでもあるまい。シュミードリン提督に駆け寄った軍人達の隠し難い怒りと殺意に怯える執政は友人たちに囲まれて、逃げるように会議室を後にする。

 

 醜悪な一幕はこれで終わりではなかった。更なる驚愕が執政府を襲う。

 執政の行方不明。

 孤立しがちであった執政の所在を知る者がほぼ(取り巻きしか)居なかった事が災いし、気付くのが日を跨ぐレベルで遅れた。執政府のスタッフが気付き、慌て始めた頃には、取り巻きも居なくなっていた事に気付いたが、それに気を回す者はほとんど居なかった。ヘルベルトが利用した可能性のある全ての高級売春宿に血相を変えた軍人達が部屋を検めに乗り込む始末で笑えない所の話では無かった。行方知らずから、数日を費やして、答えに辿り着いた執政府のスタッフ達は絶望した。

 執政ヘルベルト大公は取り巻きと極僅かな護衛艦を伴って帝都への帰還の途に着いていたのだ。

「任務放棄、任地からの勝手な離脱。もはや軍人としては…」

 ランプレヒト上級大将は卒倒したが、麾下の帝国軍はこれ幸いと、ヘルベルト大公に対し抗命する。

 

 帝都に残留していたヘルベルト大公派も驚倒する。帝国軍という実力を背景に帰還するものとばかり思っていたのが、単身乗り込んできたのだ。

 動揺と混乱のまま、領袖の帰還におっとり刀で駆け付けた自派閥の大貴族を引き連れてヘルベルトは、皇太子に逢いに皇太子の離宮に突撃する。後で知った、仮帝マクシミリアン・ヨーゼフを失笑させ、皇后を苛立たせた。兄弟同士よく似た事よ、と。

 

 皇太子を抑えるべく、長兄の離宮に駆けつけるヘルベルト大公であったが、巌の如く皇后が立ち塞がった。

 彼女を止める者も、護る者も亡く、むしろ皇太子グスタフ(むすこ)を守るのは自分のみとなってしまったと、もう随分前に醒め切った、夫の冷めきり寝室に横たわる(死)体を見て確信した。

 出来の悪かった夫の、粗悪品のような義息子達の傀儡(がんぐ)になど絶対にさせぬ。

 近衛軍に対し、皇太后となった彼女は厳命する。両大公の派閥からの皇太子への接触は指一本たりとて許さない。

 

 帝星への帰還の道中、付き従う盲目的な追従者ばかりであったが故、逐われるように飛び出した負い目から、事実に因らぬ推測と、都合の良い解釈を重ねに重ねた彼らの危機感と外部への不信感は、対立者どころか自分に従わない者たちへの高い攻撃性を持つアクションとなって顕れた。最初から新無憂宮に在り、比較的情報を取捨選択できたリヒャルト大公に比べて、ヘルベルト大公はその差と経験不足(危機対処の不足)により、致命的なアクションを取ってしまう。

 彼は自身を摂政と宣言する。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 地方で終の棲家候補も見つけてソフトランディングを狙っていた総督マクシミリアン・ヨーゼフ。

 何故か、叔父さんである、グルーベンハーゲン侯爵(仮帝などという聞きなれぬ称号がサインに付いていた)から父上が亡くなった、とだけ連絡が来た。事情を明かされたステファンを含む、数少ない腹心達が動揺し騒めく中、当の本人は不思議そうに周囲を見渡す。

「まぁ…悪戯じゃないかな。国務省経由で真意を確認しておいてくれるかい?」

 

「そんな、悠長な!事が真実であれば、大変なのでは!?」

 

「いやぁ、本当とは思えないんだが」

 片手をひらひらさせながらマクシミリアン・ヨーゼフは緊張感無く喋る。

「これが真実ならば、国務尚書なり典礼尚書から、つまり帝国政府からの発表になろう?」

 総督としてなら国務省か内務省経由。皇族としてなら宮内省と典礼省のいずれか。皇族ではあるが、何ら政府の重職に就かない叔父から通知が来るのか。そう大公は指摘する。

「口唇に載せるも恐れ多い事ではあるが真実であったとして、御葬儀ならすぐに始まるものでもない。喪主も決まっている。…あぁ、だが兄上の御身体を考えると御労しい限りだが…いや、皇后陛下が代行してくれるやもしれぬな」

 いずれにしろ、自分の出る幕は無い。案内状が来てからでも遅くない。

 まったく動じず呑気に構える大公に腹心の一人が尋ねる。彼は帝都のお家事情は通り一遍しか知らなかった。

「皇太子殿下はその」

 

「何か?」

「グスタフ兄上は陛下より正式に皇太子に任ぜられた御方だ。正統性を疑うは不敬どころの話ではないぞ」

 普段の優柔なまでの温和さが鳴りを潜め、硬質で高圧的な雰囲気を押し出して部下を黙らせるマクシミリアン・ヨーゼフ。

「いずれにしろ、軽挙妄動は控えよ。事は陛下の消息にまつわるのだ。真偽定まらぬ一報に上も下も右往左往しては総督府、引いては帝国政府も侮られよう」

 普段威容の欠けたる事夥しいと嘆かれる人物に説かれる事を除けば正論ではあったので、落ち着く腹心たち。

「たしかに。失礼しました。複数のルートで問い合わせを行います」

 

「うん。緊急でなくてよいぞ。終業後であれば、翌日の始業後に回して構わない」

 

「は」

 

 この話を一旦脇に置く事でまとめたマクシミリアン・ヨーゼフはいそいそと執務机を整理し、席を立とうとする。

 

「殿下。どちらへ?」

 

 当たり前のような顔で大公は叔父に応える。

「叔父上。予定通り公務をこなすだけですよ。普段から腰が軽いとお小言を貰う身なのです。噂程度の一報に総督が予定を変えるなど、益々、軽侮されかねません」

 

 いや、そうではなかろう。ステファンと総督の予定を把握している腹心たちは確信していた。

 この後、邦都から遠く離れたバルトバッフェル本星でも有数の山脈地帯である、グリューンベルク山系植樹五百年記念祭へ夫婦同伴での出席が一泊二日の予定で組まれていた。宿泊先は山系でも屈指の景勝地で、さらに人気のコテージを大公御自ら選定してわざわざ抑えさせたほどの力の入れようである。

 

「…何か動きなり続報がありましたらお伝えしますので、必ず連絡が付くように…」

 

「当然だ」

 

 公務にかこつけた、大変貴重な妻とのお泊りデートをふいにする訳にはいかないんだろうなぁ…スキップでもしそうなほどに軽い足取りで執務室を出ていく総督をステファンと腹心たちは生暖かい視線で送り出した。

 

 

 

 まったくの迂闊。

 皇太子を蔑ろにする行為と鳴らし、摂政を騙る僭主(ヘルベルト)を討つと称し、派閥が用意した私兵集団を呼び込んだ、リヒャルト大公は勝負を仕掛ける。

 

 本来であれば。

 指揮下にある帝国軍にヘルベルトは護られているはずであった。執政府を飛び出し、単身帝都に帰ったがために帝国軍から見放されていた。それが故に周囲が手薄であった。これ幸いと中立を謳い、動かない帝国軍。

 職掌として宮殿を守護する近衛軍が止めるはずであった。皇帝が薨去し、誰が継ぐか定まらないが故に近衛軍は動くことができなかった。

 周囲に侍り、助言し押し止めるはずの自派閥、取り分け、戻って来たばかりで居残りの者達との連携が取り切れていないままに、走り出してしまったのも災いした。ヘルベルト派閥の中には、自分達の首領が今どこに居るのかすら把握できていない者もいたほどだった。

 これは、仮帝マクシミリアン・ヨーゼフ(グルーベンハーゲン侯)による新無憂宮封鎖も影響していた。暴走したヘルベルトにこそ、その責を求められる、と仮帝は吐き捨てたが。

 それぞれの思惑から軽挙妄動を控えたはずであった。それぞれが職責を果たせば大過なく落ち着く事ができるはずであった。

 その思い込みの錯綜により拡がった隙間がリヒャルトの一突きを成功させた。

 

 させてしまった。

 

 リヒャルト大公もまた、自分勝手な価値観の世界に生きてはいたが、彼も彼なりに帝国とその行く末を案じていたのだ。(彼の派閥の貴族たちに吹聴される情報源が主ではあったが)

 使命感の暴走の果て、狂想に駆られた末に成功(三兄の殺害)してしまったリヒャルトは、呆然とし、ついで吐いた。兄弟殺しは想像し、覚悟はしていたが実際に地に伏したヘルベルトの死体を目の当たりにすると、普遍的な家族愛が刺激されたのか、よく見知った人間の死体にショックを受けたのか。

「旦那様…」

 

「…お前か。義父の邸宅に隠れておれ。新無憂宮(ここ)はもう女子供が居て良い場所ではなくなりつつあるのだ」

 

「…大丈夫ですか?」

 

「何、帝国を治めるのは私の使命だ。同志もいる。安心して義父と共に待っておれ」

 

「私が心配しているのは旦那様です。酷いお顔です。相当無理をなされていらっしゃるのでしょう?」

 

「…これも私の勤めよ。お前にも苦労を掛ける。さぁもう子と供に行くのだ」

 

「…」

 坂を下り走り始めた以上、競争者を全て倒すまでは止まれない。そうシンパの者達に唆されるままに、リヒャルトとしては、迅速と称されるほどの速さで動き出す。

 リヒャルトは、自分が誅した兄よりは慎重だった。即座に摂政を宣言せず、皇太子グスタフの身辺を警護すると宣言し、皇太子の離宮を包囲して周囲から隔離を図る。とにもかくにも、最大の競合者(ヘルベルト)は退場したのだ。時間は味方をするはずである。

 リヒャルト一派の所業に我慢ならなかったのは、ヘルベルトの派閥である。領袖の迂闊さと末路は自業自得であると多くの者たちからは見られていたが、彼に賭けていた者たちにとっては、嘆くだけでは済まない話であった。君側の奸呼ばわりされた挙句、討ち取られたのだ。このままでは叛臣として処罰されかねない。信条的にもリヒャルトを皇帝と仰ぐなど出来ようもなかった。

 リヒャルト大公を弑逆者と(あげつら)い、兵を催す決断をした。ある者は自領に逃げ帰る。立て籠る準備をしたり、兵を整え、帝都に登ろうとする。気が早い者は帝都の別邸に控えさせておいた、領邦軍を武装させ、新無憂宮に駆け付けようとする。

 

 ここで状況をさらに悪化させたのは、先帝フリードリヒ三世が設けた新無憂宮の警備隊であった。

 近衛軍に対するカウンターとして設営された警備隊群。この中に存在する南苑を警護するブラウンシュバイク兵団があった。こちらは冠する名前から分かる通り、名門貴族たるブラウンシュバイク家を中心とするブラウンシュバイク閥が拠出して編成されていた。所謂貴族軍であった。

 ここに、皇帝の歓心を買うべく、ブラウンシュバイク閥からあぶれた貴族たちが対抗し、東苑警護の為の守備部隊設立を志願した。東苑義勇猟兵連隊の誕生である。

 皇帝のおわす宮城に、皇帝に忠誠を疑われる近衛軍、近衛の存在意義を代替するべく作られた、北苑竜騎兵旅団、西苑歩兵旅団。皇帝の歓心を買うべく名門貴族が作ったブラウンシュバイク兵団。ブラウンシュバイク家に対抗する貴族たちが作ったアンチ・ブラウンシュバイク兵団たる東苑義勇猟兵連隊。

 事はヘルベルト派閥対リヒャルト派閥の対立で済まなかった。

 今生存が明らかな皇太子と皇后を守るべく皇太子の離宮を中心に行動を起こそうとする近衛軍。

 近衛軍のカウンターとして設立されたが上に近衛軍の移動を妨害する北苑竜騎兵旅団と西苑歩兵旅団。

 皇太子警護を任じ、近衛と敵対しながら、皇太子の離宮を取り囲むリヒャルト派閥の兵を退けようとするブラウンシュバイク兵団。

 ブラウンシュバイク兵団を最大の仮想敵と見る東苑義勇猟兵連隊がその背を追い掛ける。

 それぞれに、ヘルベルト・リヒャルト両派閥と繋がりのある者が紛れ、逆もまた然り。それぞれの勢力の内通者も当然紛れている。

 

【挿絵表示】

 

 誰が誰に向けて引き金を引いたのかは、今となっては不明である。

 何処かで銃声が聞こえた、という噂が上がった時には新無憂宮のあちこちで銃撃音が重なり、負傷者が生まれ、噂は事実に、事実はより凄惨な状況を生み出していく。

 誰が敵かも、時間と共に曖昧になる、疑心と恐怖の乱闘である。

 閑雅な帝都が俄かに軍靴の音で乱されようとしていた。

 

 この時点で小火(ぼや)で鎮めるために、正統な手順を踏んで摂政職を望んだリヒャルトは長兄グスタフへの面談を再度希望した。

 リヒャルトとしては当然の義務と権利を遠慮しいしい希望という形に収めたつもりであったが、皇太后からすれば、とんだ笑い種であった。宮殿で兄弟殺しをしでかした挙句、戦闘を始めた頭目がどの面を下げて皇太子(むすこ)に会おうというのだ。逢うだけでもおこがましいのに、あの義息子は絶対に不逞な要求をするつもりなのだ…

 当然の如く、皇太后は徹底して面談を拒否した。立ち竦む近衛軍であったが、皇太子と皇太后だけはフリードリヒ三世生存の時から変わらぬ貴人であり、今も継続する、間違いなく護衛対象であった。現在最も高貴な公人(皇太后および皇太子)を守護奉るのが近衛軍の最大の任務であり、最後の拠り所であったので、武装せし一団を通す事は絶対に認めなかった。

 

 ここまでだった。

 皇族として、帝位継承権者の義務として新無憂宮の騒ぎを騒ぎのうちに納めんとする私の邪魔ばかりするのか。父帝も亡く、皇太子の長兄は頼れず、三兄は排した。自分だけが、この責任を負うしかないのに。

 激したリヒャルトもまた、摂政就任を宣言した。

 皇太后を無視し、仮帝マクシミリアン・ヨーゼフを無視しての摂政就任宣言であった。

 誰の意向も無視したリヒャルトもまた、その行いに報いられた。誰からもその意志表明を無視された。

 僭主に弑逆者。

 反逆者同士の争いは新無憂宮に留まらず、城下町に広がり、帝都全体を覆うとしようとした。

 

 銀河を支配する皇帝の住まう場所。頭脳とも中心部とも言える宮城。新無憂宮では、リヒャルト派の私兵とヘルベルトの残党が。皇太子と皇太后が住まう東苑を死守する近衛軍と敵対する北苑竜騎兵旅団と西苑歩兵旅団が。大貴族の私費により結成されたブラウンシュバイク兵団と、それに対抗する貴族たちの私兵連合である東苑義勇猟兵連隊が衝突する。更に、それぞれの区画警備隊に浸透したリヒャルト・ヘルベルト各派が独断で加勢したり裏切ったり。仲間とか集団などという言葉が恥辱の余り逃げ出すような混沌具合となっていた。

 まさに王城で行われる大乱闘(バトルロイヤル)である。

 

 ”新無憂宮の戦い”が始まる。

 

 新無憂宮から発せられる銃撃音に悲鳴。やがて上がる煙により尋常ならざる事態を察知した、周囲の帝国軍は神聖なる宮城に立ち入ることを躊躇する。

 元々、仮帝マクシミリアン・ヨーゼフより苦情という体裁で、周辺の帝国軍や警察に浸透したヘルベルト・リヒャルト派閥の者達が見ない振りや黙認という形で、新無憂宮に手引きしているという警告を政府に出していた。軍務省や内務省が泥縄式に緊急監査を行えば、泥縄程度の監査で(やらかしが)確認出来たこともあり、慌てて出動を取りやめ、基地や拠点内での内部監査を命じる羽目になる。保身感情を泥縄式の身内への内偵が推す。それが、帝星に駐留する帝国軍の動きにブレーキを掛けた。

 そうして、本来は止められるはずの、外部から加勢しようとする勢力、派閥の私兵たちが新無憂宮に集まり始める。

 これ以上の流入は避けねばならぬ、と義務感篤い、数少ない帝国軍部隊が新無憂宮を封鎖しようとすると、それに対し、もはや余裕も無い私兵集団は数を恃み、持った武器を向ける。殺気だった素人に銃口を向けられた本職の軍人がする事など火を見るよりも明らかだった。そして新無憂宮の周辺でも銃火が上がり。やがてそれは新無憂宮のお膝元である城下町へと拡がる。

 城下町の治安は帝都警察(内務省)が担うものという自負があった。帝国軍が「陛下の軍」であるのであれば、「陛下の警察」、ことに帝都警は首都警であり、陛下のお膝元の安寧を代行奉る、警察の中の警察を自任していた。故に、銃火器を振り回す輩に対して、怯む事も背を向ける事も出来なかった。だからこそ、彼らは被害を大きくしてしまう。

 理想を述べるのであれば、軍の法執行機関である憲兵隊と協同して事態の収拾に当たるべきなのだが、頭では分かっていても普段の感情的対立や身内の裏切者を洗い出すのに忙しい上級司令部の沈黙により、現場は現場同士で角逐する有様で被害を拡大させてしまう事態が多発した。

 火元を絶つべきなのだが、貴族達、なかんずく大貴族の私邸とは大使館のような治外法権の象徴であり、憲兵隊や警察と言えど、踏み込むには相応の手順を踏む必要があった。だが今当事者たる貴族達も必死であり、いつも以上に頑なであった。そして、帝国軍を始めとした中央政府もまた踏み込む材料も意思も希薄であり、現場からの介入要請に対し沈黙をもって返すばかりで被害の拡張を看過してしまう。

 かくて、大帝が定め建てた帝都(オーディン)は、その裔と藩屏達によって初めて戦火に遭う事となった。

 

 




フリードリヒ三世陛下の死因については、病理の専門家ではないので、誤解があるかもしれません(ご容赦を
あと、投票ありがとうございました。何となく家系図作りが楽しく感じられてきたので、継続していきたいと思います(白目

ゴールデンバウム朝関係者の家系図について

  • 入り乱れた家系図は好物
  • ご先祖様自慢は一回で十分
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