帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず 作:narrowalley
ヴィレンシュタイン方面軍司令官を務めるアルベルト大将は男爵号を保持する辺境貴族の一角である。
出身は帝都の騎士爵を持つ貧しい下級貴族であったが、苦学してまずまず優秀な成績で士官学校を卒業するとコツコツと任務をこなしてきた。軍人の道を志す時に親や親戚からも散々言われて来たので、門地によるガラスの天井がいつか自分の頭を抑え付けるのだろうとは覚悟していた。
任務先の辺境で知己を得て、過分にもアルベルトを高く買ってくれた、ある辺境貴族から乞われて嫁を娶り婿養子として男爵位を継いだ。内助の功(男爵となって)でガラスの天井を抜け、望外の早さで昇進出来た事は十分喜ばしかった。辺境貴族となった事で、軍中央での出世は望めなくなったが、元より元帥だの三長官だのに就く事など大それた願いだと諦めていた。義父や妻、何より戦友の為に帝国軍人として辺境の安寧に貢献しよう。気分は辺塞を預かる辺境伯である、と。
そうして三〇年以上奉職し続け、軍内でも辺境一筋の経験豊富な将帥の一人と評価されていた。
当時比較的、成功した帝国軍将官と見做されていたアルベルト大将から見るに、総督として自分の庭先に間借りしてきたマクシミリアン・ヨーゼフとは、階級社会の最上位に位置する必要悪であった。
人類を保護し領導するべく期待された優良種(貴族)の育成の際に生じる、剪定の結果、摘果された屑のようなものである。
「方面軍司令部から
「どうやら釘を刺しにか、確保か…とにかく繋げよ」
通信担当者に執務室に繋げるように指示を出し、待ち構えるマクシミリアン・ヨーゼフ。
「お久しぶりでございます。大公殿下」
ヴィレンシュタイン方面軍司令官アルベルト大将はマクシミリアン・ヨーゼフを官職(総督)ではなく、貴族として呼んだ。
「帝都のお話はお聞き及びと存じますが」
「警備を増派してくれるのかな」
「…いまいまは総督府の治安維持機関で事足りると考えておりますが…まさか、今まさに何か起きてるのですか?」
「あぁ、いや。何事もなく、さ。帝都の話は私も心中穏やかではない。しかし、詳細が伝わるには時間がかかるのが辺境であろう?」
実際は、愛妻とデートしたり、臣籍降下後の家探し(領地)や家臣採用で忙しいので、大火炎上する前に鎮まってくれないかなぁ、という他力本願の大公である。
「…そうですな。殿下はこれから、明らかになる事で何某かの動揺が起きるとお考えで?」
何某かの真実を探るようなアルベルトの視線と口調に、はっきりとした苦笑を浮かべて、マクシミリアン・ヨーゼフは否定する。
「ここにまで治安を揺るがすようであれば、大事だろう。そうならぬように勤めねばなるまいよ」
マクシミリアン・ヨーゼフはダメで元々と素直に尋ねる。
「ところで、軍の方ではこの騒乱鎮圧に動くとかの話は聞いていないのかな?」
「私どものところには特には。事態を注視しているとだけ…」
「宮殿だけに留まらず、市街においても戦闘行為が…という証言もあるようだが?」
「左様でございますか。俄かには信じがたい話です。注意深く情報を集めなければいけません」
なんら情報を開示しないアルベルトとの会話を切り上げるべく、マクシミリアン・ヨーゼフは今、思いついたとばかりに頼み事をする。
「ああ、そうだ。アルベルト大将。麾下のブルクハルト中将の連絡先を教えて貰えないだろうか」
「…後で秘書官経由で連絡させます」
「ご無沙汰しておりました、殿下。視察以来ですか」
モニター越しに映るブルクハルト中将は帝国軍の将官制服を纏っていて新鮮にマクシミリアン・ヨーゼフには映った。何分、彼は戦闘服で動き回る姿が記憶に残っていたので。
「うん。だが、部下の方々には妻も含めて世話になりっぱなしだ」
「いえいえ。私どもも殿下のお陰で苦労も減りそうですし、肩身の狭い思いが幾らかでも軽くなっております。奥様もですが、貴人の方々が足繁く現場に運ばれますと、やはり現場の士気も上がるものです。はい」
挨拶代わりの社交辞令のような会話が交わされ、ブルクハルトは本題を催促した。
「それで、どのような御用でしょうか。方面軍司令官(アルベルト大将)どのが気を揉んでましてね。密談はほどほどにお願いしたく」
「あぁ、そう言った謀議の片棒を掴ませようという話ではないのだ。貴官は地上軍であろう。であれば擲弾兵総監や近衛軍総監の伝手が御有りではないか、と思ってね」
急に話が飛んだようにブルクハルトは感じたが、素直に大公に答える。
「…まぁ、地上軍麾下となりますので、宇宙軍よりは伝手が太いとも言えますな」
「うんうん。そこで一つお願いがあって…」
マクシミリアン・ヨーゼフとしては、帝都の異変の中身よりも、巻き込まれたであろう、肉親の一人が気懸りでならなかった。新無憂宮にあって、法的には一番帝位に近く、近衛軍の最重要人物に繰り上げられた異母兄(皇太子グスタフ)の無事と今後の警備の確認がしたかったのだ。
僅かに驚いた風に顔を変え、すぐに微笑みに代えるブルクハルト
「皇族とは言え、肉親への情は変わりませんか…いえ、不敬でしたな。御容赦を。返答が貰えるかは分かりませんが、私から地上軍経由でも働きかけます。今はこの程度のお約束しかいたしかねますが」
「ああ、十分だ。ありがとう中将」
----§----
「帝都からの脱出船がこちらに向かっている?」
「先方はそう名乗っています」
「詳細は?」
「誰何を重ねていますが、それには答えません。総督殿下に直接伝える、とだけ繰り返しています」
ある日、マクシミリアン・ヨーゼフは領邦政府と共有している、通信室に呼び付けられ、不穏な事件の到来を予感させる情報を聞かされた。
普段は、帝都への細々とした連絡(大体は長兄への時候の挨拶)に使うくらいしか寄り付かない部屋に叔父や腹心たちが揃い、深刻な顔をしている。
「発信コードは、皇族用一般コードで、現在では余り信頼度が。ただ、間にグルーベンハーゲン侯爵専用コードを挟んでます」
「叔父上絡みか…」
「その後方に、リヒャルト大公専用コードを発信し続ける部隊…と言って良いか分かりませんが、集団が追跡しているようにも見えます」
「そちらは?」
「『摂政リヒャルト殿下』直属部隊と称しています」
「…」
眉を顰め黙る大公。
『仮帝』グルーベンハーゲン侯のコードと皇族コードを発信しながら身元を明かそうとしない船。
辺境も辺境、マクシミリアン・ヨーゼフ大公の総督管轄域まで追う、リヒャルト大公の一派を名乗る者達。
「いやだいやだ」
逃げ出そうと通信室から退出しようとする大公の腕を掴み、聞かせつけるようにステファンは呟く。
「都合よく捉えるならば…」
「ヘルベルト大公本人。もしくはヘルベルト大公に連なる、それもかなり近しい者達が乗り込んでいる可能性があります。それも相当の確度で」
逃げ腰のマクシミリアン・ヨーゼフは反射的に厄介ごとから逃亡を図る。
「ヴィレンシュタイン方面軍に通報しましょう」
「先方も把握しています。
「じゃぁなんで、拿捕なり保護しないんですか!?」
悲鳴のような声を上げる大公の腕を掴む力を更に強めながら目に力を込めて睨みつける侯爵。
侯爵の普段見た事のない真剣な眼差しと痛い程の握力に、いつか叔父と与太話のように交わした状況が来た事を悟るマクシミリアン・ヨーゼフ。
「……そういうことか」
「そうです。少なくとも方面軍司令部はあれを『御家争い』の一団と見做しているのです」
ヴィレンシュタイン方面軍はあの一行を、逃走するヘルベルト大公残党と、追跡するリヒャルト大公一派と確信している。そうであれば、巻き込まれるのを拒否する為に、敢えて立ち塞がらない。
「叔父上。このままバルトバッフェルに到達したとして、私達はどうすれば?」
私達か。ステファンは甥を睨みつけながら内心で嗤った。自分はマクシミリアン・ヨーゼフに与すると信じているのか。自分だけでは堪らないと、ステファンも巻き込もうとしているのであろう。意識してか否かはさておき…
「それこそ、殿下のお考え次第でしょうな」
追われる側(ヘルベルト残党)を匿うのか。それはすなわち、リヒャルト大公との対立を表す事になる。激突するかは先の問題だが。
(ヘルベルト残党をリヒャルト派に)引き渡すのであれば。リヒャルト大公との協調の可能性を探る事になる。彼の登極を認めるかは先送りだが。
「問題は…今回は、当家の兵力のみで彼らと対峙するにしろ、保護するにしろ、それが出来るだけの力があるかどうか」
「どうにかならないのですか?」
「領邦軍とは言いますが、帝国軍、正規軍からは程遠いモノです。領邦の航路警備に、所領たる惑星警備と救急活動が出来れば十分な程度です。当然、所領に分散配備しているわけで。纏まった数を一度に集結して動員する前提にはないのですよ」
もしやろうとすれば、それは皇帝の勅命による大動員となろう。それすら大帝や二代目ジギスムント一世の時代、銀河帝国創業期にまで遡るような話だ。今とは前提からして違う。
だが。
彼らの深刻極まる相談はまったくの想定外のアクシデントで御破算となる。後で事情を知った大公は渇いた笑いを浮かべ、彼女が私の悩む手間を取り払ってくれたと考えよう、とだけ述べて新たなる状況を受け入れたのであった。
その日、常日頃から領邦軍はおろか帝国軍の活動に理解を深める事に熱心な総督殿下の奥方様のご要望により、軍艦の日常を体験して頂くべく艦艇に御搭乗頂き、本星近傍ではあるが視察される、軍人たちにとっては目出度い日となった。
当時、バルトバッフェル本星にあって、稼働中の領邦軍艦艇は軽巡航艦1隻、駆逐艦3隻、護衛艦3隻、魚雷艇や哨戒艇といった小型艦艇が6隻の13隻であった。
一番大きく旗艦役も兼ねていたのは軽巡航艦であったが、老朽著しくクルーザーとは名ばかりの鈍足で容積の大きさから比較的充実した通信電探機能を搭載していたが、不調の動力炉を宥め賺しながら運用するありさまで、貴人を迎え入れるには相応しくないとされて外された。この時には、本星衛星軌道付近に遊弋し、指揮に専念する状況であった。既に主砲などの主だった武装(運用・維持に金のかかる装備)は除装済みで、クルーザー(巡洋艦)と言うよりは頑丈なクルーザー(巡洋旅客船)でしかなかったので、貴人にお見せするのは憚られるという見栄も働いたと思われる。
駆逐艦3隻は本来の任務(航路啓開や船団護衛)に従事する為本星を離れつつあった。本星に滞在し、見学する為には不適当であり早々に対象から除外された。
貴人を乗船させるのであれば
結果として。数における主力である哨戒艇の中でも比較的新しく、小奇麗な艦艇が対象に選ばれ本星近傍の半日程度の小旅行をジークリンデに供したのである。
「艦長?」
緊急通報による救助要請を受けた哨戒艇の狭い艦橋は、それまでの和やかさが吹き飛び慌ただしさに支配されようとしていた。領邦軍人達が貴人の客人に遠慮しながらも速歩で動き出したのを、これから楽しい突発イベントの到来と期待して目を輝かせながらジークリンデは付き添う艦艇のトップに尋ねる。
「艇長であります。奥様、どうやら
「
「勿論、本船の安全を最優先に出来る限りの救援活動を行うのが船の長たる者の務めであります。そして」
「軍人さんとしては?」
大層な美人に期待の眼差しで尋ねられた艇長はわざとらしいくらいに胸を張り、答える。
「宇宙における警察権を預かる者として眼前で不法行為を見て見ざるが如きは制服を脱がざるを得ません」
「ねぇ」
ジークリンデは艇長に向けて悪戯っけを含む視線を流して希望を伝える。
「ここはステファン侯爵様の御領地で、つまり貴方たちの
「…くっ」
艇長は野蛮な笑顔を浮かべて相好を崩す。場慣れした歴戦の船乗りたちはジークリンデの煽りを受けて意気軒高。
「侍女のお嬢さん。奥様をシャワーユニットにお連れしたまえ。
運用長。直ちに二人分の船内スーツ、与圧ヘルメットと戦闘用装具一式をシャワーユニットにお届けしろ」
「侍女殿と奥様は運用長の指示に従い、船内スーツにお召変えいただきます。与圧ヘルメットを装着の上、こちらにお戻りください」
「あなたたちの本領を特等席で視察できるわけね。楽しみだわ」
「視察のはずが戦闘行動に巻き込み大変遺憾ではございますが、任務優先の為、御容赦願います」
真っ青な侍女と楽しそうな奥様が運用長に連れられて艦橋から退出すると、艇長は普段の地を出す。
「お前たち。殿下の奥方の督戦付きだ。一等一番の見せ場が向うから来た。他の奴らには譲れんぞ!気合を入れろ合戦準備だ」
「「ヤー!」」
「…!!」
哨戒艇の持つ、近接防御兵装である、レールガンが自艦の衝突コースに乗ってくるミサイルを撃ち落とす。それに飽き足らず、レールガンの射程まで敵船に近づいて嫌がらせのように撃ち込む。
多くも無い外部カメラの映像を繋ぎ合わせた合成映像がミサイルを撃破したシーンを写すが、簡易描写であり、現実感が無い。複数の計器の数字が躍るのが艇外のすぐ傍で物質(破片)が高速で飛び散ったり、熱が発生・放散している事を示している。
ジークリンデが乗る哨戒艇はまさかの開幕突撃からのなけなしのミサイル(航宙魚雷)接射で敵方の護衛艦と駆逐艦を撃沈してみせた。
「護衛艦には通報済みです」
ベテラン艇長とスタッフ達の腕前は彼らが自負する通りの腕前であった。
艦橋の大きくもないモニターには、拳大の大きさで宇宙に浮かぶ、バルトバッフェル星がグルグル回る。知る人はそのような視界の動き方を小型高速艇や気圏内戦闘機のような、と表現したかもしれない。元々、戦艦といった大型艦ほどの艦内重力制御機構を持てない哨戒艦艇が乱暴な高速機動を行えば、艦内も大変な事になる。
「奥様のお加減は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。アンカーはこうやって使うのね」
艦橋の人員は各処に設置されたフックをスーツに取り付けたアンカーに繋げる事で体がフライングボールのように艦橋内を飛び回るのを防止していた。
「ええ、磁気靴底による吸着だけでは間に合いませんでね。オプションで取り付けるのです」
「勉強になるわ。実戦を知る者の経験は本当に貴重なのね…」
安全度外視の遊園地のジェットコースターの如き慣性力で振り回されているはずなのに、殿下の奥様は平然としている。皇族の奥様になられる御方は多少の重力加速や偏向もいなせるよう特殊な訓練もなさるのかと、艇長は変な妄想をするが、御付きの侍女は酷い有様で、吐瀉物でヘルメットの中が大変な事になっており窒息のリスクを鑑みて、やむを得ずヘルメットを外させ蓋付きバケツを持たせている。
やはり奥様が特殊なのだな、と艇長は納得し、そこで指揮に意識を集中する。
開幕突撃からのミサイルによる大発破で先方は腰が引けたように、追い払う攻撃に徹している。
賊徒の集団で一番のでかぶつ(多分賊徒の旗艦)は純粋な軍船ではなく旅客船を改造していたようで、その図体に見合う兵装を持っていなかった(護衛用の装備程度)のも哨戒艇に有利に働いた。
既に追跡されていた旅客船から引き離す事には成功していた。賊徒の持つと想定される装備の射程距離でも命中が望めない位置に到達したと連絡が来ており、護衛していた哨戒艇も全力でこちらに戻って来ているという。
お互い、正規軍の大型艦艇が主兵装とするような、大出力艦砲を持っていない為、一撃で致命打を与える事が出来ず千日手となりつつあった。(艇長の狙い通りではあった)
「しかし、それでも戦力の不足は如何ともし難い。ここらが引き際か」
艇長は援軍に駆けつけてくれている僚艇の合流時刻をできうる限り正確に測るように副長に指示を出す。
「このまま、ゆっくりと本星に後退します」
艇長は客人であるジークリンデに分かりやすく今後の流れを説明する。
「あちらの部隊が諦めずに追いかけてきたら?」
「衛星軌道上の惑星防衛システムと地表の防宙兵器とのコンビネーションで迎撃です。そこまで下がれば(援軍も込みで)連中程度の規模ではどうにも出来ません。
それに総督殿下もおわす星の衛星軌道で戦闘が発生しておいて、救援要請も飛んでいるのに無視するような自殺行為は帝国軍でも流石に…」
「じゃあ、艇長は諦めて引くのを期待していると?」
「それが誰もが我慢しうる落としどころではないかと。
(我々と戦っている)連中は
帝国軍は所属不明であったと言い張って、介入が遅れた言い訳や今の立ち位置(中立)を守れます。
私どもは単独で奥様と本星を守り切ったという栄誉(面子)を手にできます」
「次の機会を皆が得られる、つまり選択肢が手に入ると。流石は軍人さんね。視野が広いわ」
もう我慢できないと、副長が口を挟む。
「奥様。艇長の与太話でございます。ほどほどにお聞き留めくださいませ。余り真に受けられては殿下や侯爵閣下にお叱りを受けてしまいます‥‥」
「なんの。辺境で生き残って来た武辺者の処世術、無駄にはなりませんよ」
艇長と副長の漫談を聞きながら、僅かに首を傾げ、ジークリンデは問いかける。
「機会、選択肢…時間に代えるとも言えるかもしれないわね。ねえ、艇長…」
「時間は誰の味方をするのかしらね?」
ジークリンデの問いに艇長と副長は押し黙る。現場の武人の思考で回答した未来予想図に対しては自信があるし、まぁ理想的な未来だと自信を持って言える。(奥様も無傷で)生還できそうだし。
「この際、虚を突き相手の失策を誘うのもアリじゃないかしら?元手も余りかからない手を思いついたんだけど…」
「…拝聴いたしましょう」
後に、艇長はこの時のやり取りについて詰られるたびに、反論したという。他にどう応えろと言うのか。まことに不敬ではございますが、事前に
艇長が予想した通り、両軍後退による自然終戦となる流れにジークリンデは一石を投じた。彼女自ら挑発した(詳細を知る者は口を緘したため内容は不明)結果として、暴走した二隻の小艦艇が賊徒の集団から抜け出して、彼女が同乗する哨戒艇は引き続き、追跡される事に相成った。
「ねぇあなた!見てるかしら!?人手が足りないのも善し悪しね!」
気圏内戦闘機のように宇宙を飛び回る、ミサイル艇を改造した哨戒艇に同乗しているジークリンデからの通信を受けて、夫であり総督であるマクシミリアン・ヨーゼフは周囲の部下に救いを求めるべく見渡す。
大公の視線を、妻を危険に晒した事を咎めるものと勘違いした部下たちは視線を逸らす者、口を緘する者ばかりで、大公の内心を
「違います!現場、艇長も、司令部も、奥様を御諫めしたのです…ですが、賊どもの襲撃が、退避する時間を許さず、奥様が…」
言い出せなかったのだろう、連絡役として出席していた中佐の階級章をぶら下げた帝国軍人は悲痛に歪んだ顔を隠すように俯く。
どうにか言葉を発するマクシミリアン・ヨーゼフ。
「…援軍は?」
「本星在中で航行可能な領邦軍艦艇及び、駐機中だった帝国軍艦艇が現在出撃準備中。近在の手すきの帝国軍部隊も急行しております」
ステファンは救出に向けた状況を説明した。
通信担当者は決定的な事実を報告する。
「奥様のこの通信は、領邦軍と方面軍との協定で設定された通信コード(協定コード)を含む全周波数域で発しております」
ステファンは覚悟を決め腹を据えて決心を口に出す。
「決まったな…見捨てる選択肢は無いのでしょう?」
ステファンは若き上司を見つめる。妻を案じて表情が強張るマクシミリアン・ヨーゼフは当然とばかりに
「妻を見捨てる夫がおりましょうや。皇族としては選択の余地があろうかもしれませんが。男として、人間として、家臣も臣民も私を認めはしますまい」
僅かに目を閉じると、周囲の者達に以後の筋書きをステファンは示す。
「…沙汰については、事件の経緯を関係各所から纏めた上で、私と総督が出席する場で合議する。……それで宜しいですな、総督殿下」
「…バルトバッフェル侯の決定通りに進めよ」
そして、彼らは動き出した。
総督からの緊急要請も「重ねて」出された以上、最寄りの帝国軍も駆け付けない訳にはいかず。一度決定した以上は、救援失敗も下手人(仮定)を取り逃がすのもプロフェッショナル意識からも許し難い帝国軍の救援艦艇は見事というべき速度と手際で、総督殿下の御内儀が同乗する哨戒艇を追い回す愚かな賊徒の艦艇を無力化・拿捕してみせた。
たまたま寄港中だった擲弾兵が、敬愛する
頬を紅潮させ、満足げな笑顔でタラップを降りて来るジークリンデを最敬礼で送り出す哨戒艇の乗組員たち。だが決して、ジークリンデとマクシミリアン・ヨーゼフに視線をあわせようとしない。
「あなた。軍は女人禁制かと思ったのだけど、領邦軍は随分柔軟な組織だったのね」
抱擁を交わす夫妻。
「そりゃそうだろうさ。貴婦人を乗せる事もあるし、旗頭を選んでいられない場合もある。それくらいの想定と準備はしないといけないのさ」
「本当ね。私見誤ってたわ。駆け付けてくださった帝国軍の将校の方も紳士的で。お小言を頂いちゃったわ」
非常に遠回しに、遠慮がちに、しかし迂遠であっても、黙る事無く総督に(奥様の
「なんだって?ジークリンデ…(大公の妻の)立場でもって無体はしていないだろうね?」
疑わし気に妻に確認するマクシミリアン・ヨーゼフ。
「軍営に在っては御上と言えど令に従わざるはなし、でしょ。帝国軍の方々にとって貴方たち(皇族)の扱いがセンシティブなのくらいは私だって知ってるわ。
それにお小言だって、私の安全についてで、生まれだのをあげつらう事はしないし、周りにもさせなかったわ。先に言ったでしょ。紳士だったって」
妻は夫の心配に若干ズレた答えを返す。
「あぁ、(救援部隊の)指揮官は武門の一派だからね。私も大いに助けられてる。今度別に賞しないといけないな…」
夫に対しジークリンデは彼女らしい考えからおねだりを始める。
「それでね、あなた。時間がある時に、私も学びの場に同席してもいいかしら」
「…どこに、だい?」
「だから。軍の、よ」
「…なんで?」
「旗頭になる可能性もあるわけでしょ。
どうせお飾りになるにしても、知らないより幾らかはマシでしょ。内助に励む妻のような台詞を吐くジークリンデ。
「…」
夫は黙り込む。
いや、そんな殊勝なもんじゃないよね。絶対乗りたいでしょ。小船(哨戒艇)はどさくさ紛れに乗り回したから、次はもっと大きな船(巡航艦か戦艦)で。さらには(部隊を)指揮したいんだよね?
女将軍とか作り話の中だから楽しいんだよ。現実にやられたら(自分も含めて)周囲が卒倒するから。
降って湧いたバルトバッフェル本星衛星軌道での乱痴気騒ぎに勝利し気炎を上げる総督府と領邦軍の一方で、ヴィレンシュタイン方面軍は醜態を晒す事になる。
まったく呆れる事に、方面軍は逃亡中の仮称「賊徒」の本隊を方面軍管轄宙域で捕捉してしまった。
「奴らは馬鹿か?堂々と正規の航路帯を飛ぶ逃亡者がいるかよ…」
建前上は、面子のかかった帝国軍としては、捕えたくない相手、リヒャルト一派の無能を罵った。見なかった事にしたいが、見逃した事が総督殿下にバレようものなら、決定的な不信と対立が生じる。
「撃沈は不可だ。極力生かして捕えろ」
さっさと降伏してくれ。
追捕する帝国軍と、逃亡するリヒャルト一派の現実主義者と船員達の願いは報われる事はなかった。
「…それで。遭難、沈没してしまった、と」
マクシミリアン・ヨーゼフはどう言い繕うとも、間抜けを見る顔を作って要旨を口にした。
「…詳細は送信した報告書に記されておりますが、意図して沈めたものではございません」
「…画竜点睛を欠く、幕切れになったか」
「脱出ポッドを回収した際に捕縛した生存者もおりましたが、船員ばかりで首謀者はおらず。取り調べは継続しておりますが、証言の信ぴょう性については、弱いと言わざるを得ません。残念です」
心から残念な表情をするミュンツァー。
大公は通信越しのミュンツァーの表情を見ながら内心で舌打ちをする。生きて捕縛出来なくて残念だったのではなく、方面軍が”帝都のお家争い”に巻き込まれてしまった事を残念がっているんだろうな、と。
「中将、迷惑を掛け通しで済まない。今回の救援要請について、アルベルト閣下にも私が方面軍に対して深甚なる感謝を陳べていたと改めて伝えてくれ」
「…はっ」
とても感謝しているような顔ではない、大公殿下に対して余計な事を述べず短く答えるミュンツァー中将。
マクシミリアン・ヨーゼフが何をどう言ったのか。ヴィレンシュタイン方面軍司令官アルベルト大将からは「殿下はミュンツァー君の事をべた褒めしていた。帝国軍人の鑑のような御仁であり、公人として、忖度無しに私の怠惰を引き締めてくれる」と褒めちぎっていたと言われ、今や司令部内では総督専任参事官扱いされている。ミュンツァー自身の目利き通り、あの皇族総督の根っこは太々しいようだ。
「帝国軍としては、総督殿下の御判断について何を言うつもりも権限もございません。とりわけ当方面軍司令部としても」
総督マクシミリアン・ヨーゼフ大公がヘルベルト大公の残党を保護したという決断に対して、ミュンツァーは彼が帝位争いに加担すると見做した上で、方面軍は中立を堅守する旨を通知する。
「何についてか分かりかねる。もし直近、バルトバッフェル本星近傍で起きた賊徒との戦闘と漂流者を保護した件についてを指しているのであれば、まだ身元確認中だよ」
目を細め、口を真一文字にするミュンツァー。
「私としては保護した者達が言う、道中の帝国軍の不作為(救助要請の無視)について経緯を尋ねたいのだが」
「…」
本気で追及する気は今のところは、ないと大公は暗に告げる。
「ま、現時点では(保護した)彼らの一方的な話でしかないし、身元も確認中ではあるので信頼度もあったものではない。…そういう事になっている」
「……」
「必要があれば、口頭での釈明でも文書での回答でも、なんなら司令部に出頭でも受け入れる用意はあるので、今回の事件について、とりわけ『
納得するモノが出るとは端から期待していないが、私の周囲も含めて
「…かしこまりました」
「ああ、忘れていた、中将。追加だ」
「…なんでございましょう」
「追捕した賊徒だがね。無礼にもリヒャルトの部下を
彼ら(協力した帝国軍)の武功を掠め取るような真似はしたくない。助けてくれた恩を仇で返すと、受け取られるような事はしたくないのでね。そう大公は返す。
ついでに、彼らをリヒャルト一派として認めていないので、口裏を合わせるように。そうミュンツァーに伝える。
「功は譲るので引き取って貰えるかい?ただ、取り調べ結果だけは
「…諸々含めてアルベルト大将に上申します。大将より総督殿下に回答させますので、今暫くお待ちいただけますでしょうか」
ログインしていないと、アンケート結果が見えない仕様らしいので、未ログインの方用にこちらに記載しておきます。
(43) 入り乱れた家系図は好物
(10) ご先祖様自慢は一回で十分
投票して頂いた方、ありがとうございました。最後まで家系図頑張ります(白目