帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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9.ある総督の企み

 

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「で。いつから、うち(バルトバッフェル侯家、もしくはマクシミリアン・ヨーゼフ大公家)は家出息子に不良娘の聖域(アジール)(駆け込み寺)になったのかしら?」

 どこ(誰)が迎え入れるかで混乱するバルトバッフェル家(と寄り子の貴族たち)に業を煮やしたジークリンデは纏めて大公家で引き取り、空き家の別邸にヘルベルト一家を押し込めた。近侍の者達とは引き離し、バルトバッフェル家に押し付けた上で。

 俄かにバルトバッフェルの城館は急な来客もあって賑やかさが増していた。

「どうするの?この爆弾(ヘルベルト一家)抱え込んだ時点で旗色は明快なくらい明快ね。檄文でも書いたら?」

 机に散らかる声明文の文案をチラ見したジークリンデはすげなく切り捨てる。

「もうついでに、こっちも潰そうと考えるでしょうね。一人(ヘルベルト)やったのなら二人目(あなた)はもっとハードルは低くなるわよね。特にあのクズどもは、自己欺瞞なんて息を吐くようにするだろうし」

 

 マクシミリアン・ヨーゼフは妻の予言を否定し難く、唸り声を上げて応える。

 自身のろくでもない未来予測はさておき、玉座争いが続くのは如何にも不味い。と言うより、これが常態化した場合が危険だ。

 今は皆が玉座(に誰が座るか)を見ている。だがこれが、「玉座に(皇帝が)座っていなくても世界は回るし、何なら居なくても困らない?」そう思う者が出て来たら大変だ。

 皇帝が殺され空位が続く事が銀河帝国の崩壊ではない。究極的にはゴールデンバウムの血統以外の”新たなるルドルフ”が帝位を簒奪したとしても、それは第二王朝の成立でしかなく、「帝国」は存続する。

 誰が皇帝になろうと、気にしなくなる。誰もが皇帝を無視する。誰にも見向きもされなくなった時、忘れられた時。その時こそ銀河帝国の滅亡になるだろう。

 

「どうするの?やり方次第なら、あなた、止血帝か再建帝を真似れば、いい所まで行くんじゃないかしら」

 

「だとして、貴族の支持が無いのが痛い。ついでに軍もか。あっても辺境勢力じゃね」

 中途半端に上手くいく方が不味い。

 帝位争いが、中央と辺境の対立軸にすり替わると意味が変わってくる。帝都の火遊び(レベルでは無くなってきているようだが)で済まず辺境で独立や叛乱の機運が高まる、帝国の統一を揺るがす事態となれば、軍が動き出す。建前が用意され、どれほどの暗君であろうと皇帝の命令があれば、帝国軍は帝国の統一を揺るがす存在を殲滅するのに躊躇しないだろう。

「よし、ここはフランツ・オットー大公に倣おう」

 マクシミリアン・ヨーゼフが挙げたのは、第六代皇帝ユリウス一世の長子にして皇太子であったフランツ・オットー大公を指していた。ユリウス帝の下で摂政を務め、内には同性愛を疑われ、逐電した先代カスパー帝のスキャンダルに揺れる宮廷を鎮め、外には乱脈により大きく傾きつつあった帝国の行財政改革を開始し、安定を計った名為政者と呼ばれている。『名君』と成れなかったのは、父親であるユリウス帝が大変な長寿であり、皇太子の間に自身が老衰で亡くなってしまったからだ。フランツ・オットーの孫で、カール大公がユリウス帝の皇太曾孫として摂政職を引継ぎ、政務を執る事になるのだが、この後の話はここでは関係がない。

 

 

 その日、大公からの呼び出しを受けて画面に立ったアルベルト大将は、一瞬目を瞬かせた。

 以前の若き皇族や大貴族の子弟にありがちな浮ついた空気が感じられない。例えて言うなら、親のコネで地位を買い、軍服に着せられている貴族のドラ息子のような雰囲気が鳴りを潜めていたからだ。

 彼の軍人生活で研ぎ澄まされてきた、熟練の域に達した危機意識(組織人の保身術)が久々の高度戦時準備態勢(デフコン3)を求めて来た。このレベルの危機感に襲われて、無事(なにごともなく)は無かった。

「この度は災難でございました。ですが、侯爵閣下の領邦軍と我が軍の奮戦により、御内儀も御無事との事で、司令部一同慶賀の至りでございます」

 

「うん。ありがとう。要請に応え活躍してくれた帝国軍の将兵には私からも、妻からも深甚なる感謝を顕していたと伝えてくれ」

 

「ご芳情有難く。それから以前、殿下より頂戴しておりました、問い合わせに対する回答でございますが」

 

「うん。まさか、我が管轄域にまで影響が及ぶとは露にも思わず。総督として、政府にも状況を問い合わせているのだ。貴軍の情報も是非とも欲しい」

 

「は。ですが、殿下のご期待に沿えそうになく、申し訳ございません。

 軍務省へ問い合わせをしているのですが、状況を注視している、との回答に変わりはなく。一応、こちらは宇宙艦隊司令部から漏れ伝わる話なのですが、中央の艦隊に即応動員が掛かっておるとの由。編制情報がこちらにまで回ってきていませんが、何かしらの対応に動くべく、かと」

 マクシミリアン・ヨーゼフに口を挟む隙を与えず、リヒャルト一派と目される賊徒の引き取りも告げる。

「総督殿下のお手をこれ以上煩わせるのも心苦しいので、下手人は預かりましょう。取り調べの進捗は随時総督府にも回しましょう。必要であれば連絡官を派遣くだされば、より密になるかと」

 

「あぁ。しっかりと調査を頼むよ」

 会話が途切れ沈黙が数舜。話を打ち切りたかったアルベルトが口を開く前に、マクシミリアン・ヨーゼフは本題を切った。

「警護を依頼した際に、護衛は出して貰えるだろうか」

 

「は…それは勿論でございますが。どのような状況をお考えでしょうか?」

 

「何、帝都へ向かう間の道中の、だ」

 

「…」

 一度黙り、アルベルトは目を細め、気楽な風を装う大公を見遣る。

「御用船の速度に併せた艦艇の用意が必要ですな。司令部予備から抽出しましょう」

 

「どれだけ出せるかな?」

 

「…御用船”一隻”の護衛です。大袈裟な数は不要でございましょう。多くても十隻は下回るかと」

 敢えて、総督の座上船一隻が対象であると言い切る。

 

「そうかそうか。大変有難い。その時になったらお願いする。司令官」

 

 

「予想通り、宇宙軍の方は動きが無い。見事なまでに」

 一日、マクシミリアン・ヨーゼフは総督府の執務室でステファンを筆頭に数少ない腹心たちと今後の策について相談していた。

「宇宙軍が動けばすぐにケリがつきそうなものなんだが。どれだけ怯えているんだ…」

 

「余り言うてやりますな。それほど、先帝陛下にやられて来たという事でございます」

 ステファンはソリビジョンを使って銀河帝国の簡易航路図を表示させる。

「悪い事ばかりでもありますまい」

 帝国軍が今も帝国中の恒星間航路を掌握しており、帝都への移動を厳しく規制する以外は平穏を保っている。輸送についても、帝都騒乱の影響は今のところは無い様にも見受けられる。

「宇宙軍が如何なる武装勢力も移動を監視・抑制しているため、我々が帝都に向かえないように、他の勢力も我々に向けて兵力をバルトバッフェル本星に進める事が叶わないのですから」

 つまり、動かなければ、当座の安全は確保できるわけである。

 しかし、天秤を司るキングメーカー気取り?の老マクシミリアン・ヨーゼフは何を考えていたのであろうか。

 膠着が終わりを見せず、延々と続けば、勢力が拮抗している事からも二つの帝国(正統ゴールデンバウム朝(ヘルベルト流)とリヒャルト朝(流))に別たれる可能性だって低くはなかったはずだ。

 分裂した帝国で満足できるのか?

「あの老人の頭の中を想像しても迷宮に深入りするだけだ。不毛だし建設的ですらない。もう止そう…」

 ステファンは諦めるように、切り上げた。

「とにかく、行かねばなるまい。止める為に。止めるだけの力と救うための力を持って」

 くだらなさばかりが増し、被害が増えるが故に後に引けなくなる。余りに馬鹿馬鹿しい、巻き込まれた部外者(オーディンに住む庶民たち)にとっては救いようのない騒乱を止める事ができる第三者として帝都に入城する。

 地方で様子見(うごかない)してても、老マクシミリアン・ヨーゼフはちょっかいを掛け続けて来るだろう。無視して避け続ける事に成功し、勝者が確定した時、帝都の勝者は黙して動かなかったマクシミリアン・ヨーゼフ(その時には、帝位継承権者筆頭に躍り出る)を疑わずに受け入れる可能性はどれほどであろうか。

 とにもかくにも。マクシミリアン・ヨーゼフに都合の良い形で火消しをしなければ、妻との愉快な逃避行一択となる可能性が高い。ケンタウルス腕なりサジタリウス腕なりに旅立つ覚悟が必要だ。

「結局、爆心地(オーディン)に乗り込むしかないではないか」

「あぁ、いやだいやだ。行きたくない行きたくない」

 決意を口にするマクシミリアン・ヨーゼフ。自身が口にした台詞を耳が聞き取って反射的に嫌がる。大公の一人芸に不思議そうな視線を送る腹心たち。

 若き甥の内心を知ってか、大きなため息を吐くステファン。

「殿下。くれぐれも言いますが」

 

「分かっている。私が帝都に向かうのは騒乱を鎮めるのではない。あくまでも民を救う事だ。その結果として騒乱が鎮まるなら僥倖。そういう事だな」

「建前として、私は新無憂宮には立ち入らない。他の勢力から問われたら、そう答える」

「私が新無憂宮に入る条件は以下を満たした場合…」

 密談ではあるが謀議と言うほどには、湿度も陰も少ない会話が続く。世俗の利益で結ばれる集団ではなかったからだろう。どちらかと言えば、生存への団結であり、勝手に自壊しつつあるように見える、巨大な母屋(ていこく)の火消しと建て直しをしないと焼け出されるから仕方なく動き出す夜逃げ直前の店子たち。

 話がまとまり、ステファンを始め、腹心たちが頷く。

「では、必要な事を始めよう」

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 ステファンは総督を伴って、バルトバッフェル城館本邸のダンスホールに呼び出したバルトバッフェル家の寄り子貴族と、総督府と関係の深い貴族の前に姿を現した。

 緊急という総督の副署付きの招集に、駆け付けた諸侯を前に、ステファンは総督の決起を宣し同心を求めた。

 それは、即物的で逃げようが無い故に打算の余地が無い、シンプルな宣言であった。

 要は。

「殿下は(ここで)籠っても破滅。生きる(みち)は帝都へ向かうしかない。帝都の蒼氓(そうぼう)を救い、帝国が割れるのを防ぐ。ここまでやってようやく我々は生きる目が出て来る」

「何故我々が総督殿下と一蓮托生なのか、と考える者もいるであろう」

 疑問の声を上げさせる暇を与えず、ステファンは続ける。

「残念な事ながら我々は帝都で争う者どもから見れば、十把一絡げに総督殿下の一党と見做されるからだ。違うと否定しようが、事実であるか否かは関係ない。殿下と関係があった、という事実だけが問題となる。

 いや、総督の施政域に含まれて(近くに)いた。ただそれだけで判断される。病原菌のようなものだ。接触の有無で感染の疑いがあれば処分する。そういう思考(たてまえ)で動くのだ」

 帝国全体から見れば、一部の患部を周辺組織含めて切除した。そうする事で(帝国)全体の健康を守ったと言い張るだけなのだ。

 ステファンの背後で首を少し傾げ苦笑いを浮かべながら、私は病原菌か、とマクシミリアン・ヨーゼフはぼやく。

 

「殿下が破滅したら、我々も地獄へ一族郎党ともどもお供をする事になるのは理解できたな。次に、帝都の臣民を救う事と帝国の一統を護る事の意味だが…」

 今の状況が膠着し、帝国の統一が動揺する、最悪は帝国が分裂する場合だ。それぞれの片割れは自身を主体とした再統一を目指して全力を投入する。帝国軍も巻き込まれる。舞台は帝都から帝星へ。ヴァルハラ星系を越えヴァルハラ星域をも巻き込むであろう。そうならざるを得ない。相争う者達の中には中央に盤踞する大貴族たちが多く含まれているのだから。

「ヴァルハラ星域を含めた中央星域で生産される物資が途切れれば、我等辺境の者達の生活が脅かされる」

 再統一の為に全力を投入するのだ。辺境との交易のためのリソースなぞ真っ先に争いに回される。そもそも、辺境の者達の都合など斟酌してくれる者達がどれほどいるか。

「短期的なら困ったで済むかもしれんが、長期に渡ったら。畏れ多い事ではあるが、分裂と抗争が固定化したら…中央でのみ生産される必需品が途絶えるのだ」

「買い求めに向かうにも、ヴァルハラ星域へ向かう航路を管理しているのはどこか?中央だ。航路の保全に主たる責任を負っているのは誰だ?帝国軍だ」

 買いに向かう事も困難になると言う。孤立どころの話では無い。

「総督殿下を中心に団結し自給自足体制を全力で確立させる、という案も無いではないが、確立出来る保証は無いし、安定させるまでに相応の時間はかかろう。皆に満足できる量を送り出すまでに時間もかかるし、それまでの間、誰にどれだけの我慢を強いるのか…難しい判断を強いられる」

 それまで我々の体力や団結が続くかも皆目分からん。ステファンの無情な未来予想図にダンスホールは人多きはずがしわぶき一つ起きない。

「諸卿と領民の全てを救う為に、殿下と共に帝都へ上り臣民を救う事で帝国は機能している事を証明すると共に中央の者どもに辺境を思い出させるのだ」

「ここまですれば帝国は機能を取り戻す。目が覚めないようであれば…」

 ステファンは振り返り、総督を見る。

 

「つまりだ。我々は中央の不始末を取り繕わねば、我々の日常を護ることが能わないのだ。自分の生活を他者に委ねられる事の不条理をこれほど強く感じる事はない」

 マクシミリアン・ヨーゼフはダンスホールに集う者達に辺境の不条理を嘆いてみせた。多くの者達は、大公が「我々」と言った事はリップサービスと捉えた。

「目先の玉座に拘る余り他を見ないのであれば。全く遺憾ながら私が鎮める」

「帝位争いに諸卿を巻き込むつもりは無い。先兵とし其の方らの領民達を死なせるつもりも無い。

 帝都の民、今帝都に注目している帝国の人間達に見せつけるのよ。誰が民を救うのか。帝国とはなんであるのか。誰のためのものか。

 そもそも…辺境を省みない玉座に価値があるとも思えん」

 皇族である、マクシミリアン・ヨーゼフが宣うには相当に攻め込んだ内容であった。息を呑み、旗頭となる大公を見つめる者達。

 ここでマクシミリアン・ヨーゼフは肩を竦めて、冗談混じりに報酬について口にる。

「諸卿に饗するものは多く無い」

「あるとすれば、私くらいのものだ」

 

 ステファンが補足するように言葉を繋ぐ。

「殿下は本気ぞ?元々臣籍降下を考えておられ、帝国の礎石とならんと、敢えて辺境に骨を埋めるべく先帝陛下に嘆願し、辺境総督として赴任されたのだからな」

 

 行動に嘘は無いな。動機とか目的は違うが。妻との辺境のスローライフを黙っておけば問題は無い。そうマクシミリアン・ヨーゼフは黙した。

 

「よしんば、本願成就されても辺境にお戻りになられると?」

 

 豪運の結果、中央(オーディン)で権勢を確立したのに、それを捨てて辺境に向かう変人が存在するのか?そう疑う諸侯達に、大公は酷い話だと天を仰いでみせる。

「私の帰る場所はここだぞ?」

「寄り親が欲しい者には私で良ければ勤めよう。中央への伝手も期待してもらおう」

 もし、帝室の血が欲しいというのであれば、養子の()()も用意しよう。

 総督のこのリップサービスには、多くの者が笑い、空気を軽くした。

「皇子殿下や姫君をお迎えするのに男爵子爵では位負け所の話ではありませんな…」

 支度金だけでお家が潰れそうです。大公の発言に冗談で返した者達の何人かは、実際に皇族が押し掛け養子として乗り込んで来て悶絶する。

 

 空手形も良い所ではあったが、いっそ、無茶苦茶なくらいの話の方が彼ら諸侯も腹を括る切っ掛けにはなった。

 自分の預かり知らぬ所で窮地に追い込まれ、自らを救う為に、帝都の民を救うという、不条理の極みのような事を為そうというのだ。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 搦手として、組織の間に挟まれ元々苦労の絶えない上に、帝都の騒動で悩み多き地上軍から落そう(まきこもう)と、マクシミリアン・ヨーゼフは親しくなった方面軍副司令官でもあるブルクハルト中将を呼び付ける事にした。

「中将、相談がある。現場を知る得難い専門家として是非助言が欲しい」

 

「どのようなお話でございましょう」

 

()()()()()()()の治安を回復し、同時に救助活動や復興支援をするのに軍、特に地上軍はどれくらい必要か」

 

 役所の管理職と言われたら納得してしまいそうな、風貌のブルクハルトの眼だけが殺意を含む。

「……騒乱中の大都市でございますか。どれほどの規模を見込んでおりますでしょうか」

 

「都市圏として見れば8000万程度。だが騒動が起きているのは都市の中枢、()()()()とその()()()()()()、500万くらいだと思う」

 城と城下町で500万を数える大都市で現在、騒乱状態とくれば帝都しかない。

 ブルクハルトの雰囲気が軍人のそれに変わる。

「『鎮圧』でも『制圧』でもなく?」

 

「うん。救助活動や復興支援に必要な治安を回復する程度の能力は必須だが、それ以上は不要だろう。一度治安が回復すれば維持は、『現地の立派な兵力』が多数居るのだ。本来は彼らの仕事じゃないかな?中将どう思う?」

 大公のつっこみに、帝都周辺に駐在する帝国軍の存在をすっかり忘れていたと、冗談含みの反省の仕草をしてみせるブルクハルト。

「左様でございました、殿下。

 ああ、そうだ。殿下のご依頼の件ですが、進捗について報告を忘れておりました。大変申し訳ございません。この件に関連するかは不明ですが今ご報告しても?」

 

「伺おう」

 

「(皇太子殿下の消息と安全確保について)擲弾兵総監部および、近衛兵総監部にそれぞれ問い合わせを行いましたが、捗々しくありません。地上軍総司令部まで(強硬策を含めた提案が)行っている事は確認しました。その上で詰まっているようで」

 

「(帝都の軍)上層部か」

 会話を交わす二人の脳裏に帝国軍三部と言われる中枢が詰める、重厚な建屋群が浮かぶ。

「却下なり再検討なりの返信すらありません。”お城と城下町の件”以外においては通達や返事など反応が返って来ているようですので。つまりそういう事かと」

 

 わざとらしく、緩く首を振り、マクシミリアン・ヨーゼフは話を進めるよう促す。

「まぁ『君らの上』の件は腹案がある。今は先の相談を続けたい」

 

「では、話を戻しましょう。救助・復興の方は単純に員数が必要です。何なら装甲擲弾兵と訓練終了直後の一等兵を並べても、復興支援の労働力としてはあまり変わりません」

 

「だろうな。治安回復とそれ以外は実働を分けよう。復興支援なら領邦軍の方が数も用意できるし、経験もある」

 大公はじっと中将を見る。

「治安回復においては現役の専門部隊に任せた方が?」

 

「はい。取り分け市街地戦闘となりますとこれは一つの専門分野となりますので、プロが担うべきでしょう」

 

「中将が動かせて、500万の都市の治安回復に最低限必要な規模。これを提示してもらいたい。復興要員については除外して良い」

 

「物資についても除外しても?」

 

「指揮下の治安回復(実戦)部隊の分だけで良い」

 

「一個軍と言いたい所ですが、手元不如意でして」

 苦笑する中将。

「増強一個師団規模。市街戦に必要な部隊を抽出・統合した任務群として編成すれば良いと考えます。

 大気圏内の航空優勢確保を前提に時間差で常に一対一の戦闘を心掛け、武装勢力同士を引き離した後は、重武装した領邦軍の一部を間に挟めば時間は稼げるようになるはずです。その時間で失火(ぼや)(戦闘)が発生すれば(実戦部隊の)緊急出動で消火を繰り返します」

 

「その間に現地部隊を動かして引き継がせる、か」

 

「さようでございます」

 

「その一個師団?という規模は兵員も万を越えるのであろう?それに装備も相当の量になろう」

 

「その通りで。増強なので、3万とはいかずとも2万は越えましょう」

 

「となると船腹も相応に大きくなるな」

 

「数も入り用になります」

 それに、と中将は続ける。

「それはあくまで、治安回復用の兵力に限ってです。復興支援の方は遥かに多くの人員と、それ以上の物資、つまり船腹は相当数必要になりますぞ」

 

「だな。で、なんだかんだと積み上げると、これは結構な船団規模になるな」

 

「はい…」

 

「護衛する方(船)も相応の数が必要になるな」

 

「…その通りでございます」

 押し黙る二人。但し、一人はさほど悩む雰囲気は出していなかった。

 もう一人が申し訳なさそうに申し出る。

「で、ですね。殿下」

 

「どうした?」

 

「心苦しいご報告が一つ。現地の近衛兵なのですが、新無憂宮が孤立した上に外部と断絶されておりまして。皇太子殿下と皇太后陛下の警護はともかく、皇太子殿下のための医療団の安全が確保できず、途絶えがちになっていると現地の近衛軍部隊から連絡がありまして」

 

 とぼけた雰囲気を崩し、眉をひそめるマクシミリアン・ヨーゼフ。

「どうなっている?流石に仮帝どのもそこまでは拒否するまい」

 

「まったくです。医療団や医薬品の搬入の安全確保の為にも宮殿外に駐在している近衛軍の増派くらいは受け入れて貰えないか、と近衛兵総監部は軍務省にも願い出ているのですが、返事もなく悲嘆にくれる始末」

 

「馬鹿な…、どれだけ怯えておるのだ、軍上層部は」

 

「ならば、せめて帝都から、一時的に皇太后陛下と皇太子殿下を遷御すべきとの案も提示いたしたのですが」

 

「それは仮帝どのも受け入れまい」

 

「はい。軍務省も動かす際のリスクが高すぎると」

 地上軍も憲兵隊を通常任務の範囲でしか動かす事を許されず。警邏仕様の軽装憲兵を通常編成で投入せざるを得ず、帝都で暴れまわる貴族の私兵に撃ち負けるありさまであると、ブルクハルト中将は無念そうに告げる。

「地上軍総司令部の一存ではありますが、帝都の騒乱を演じる馬鹿どもがこれ以上広がらない為にと、帝都を囲むように、駐在中の地上軍部隊を臨戦態勢に移行しております」

 独断で派手な行動は軍務省の横入が確実に入るので、異常事態として現地の警察をせっついて、帝都に繋がる道路に交通規制を掛けさせた。警察業務の支援として、警察のすぐ後方や側方に地上軍を展開しているという。

 

「それはまた…」

 同情の視線をブルクハルトに送る大公。

 

「軍人が警官の背に隠れるなど屈辱の余り、銃口があらぬ方向に向きやしないかと、心配してしまいます」

 この時ばかりは、歴戦の軍人らしい、人殺しの形相をするブルクハルト。

「異常事態として、身綺麗である事が確認できた部隊で基地周辺や展開地域における偵察行動は開始しております」

 

「そうか」

 ここで、マクシミリアン・ヨーゼフは核心に踏み込んだ。

「中将。確認したいのだが。地上軍は『私の救援活動』にどれほど協力を貰えるだろうか」

 

 問われたブルクハルト中将は一度目を閉じて考えを纏め、慎重に答える。

「…治安回復と復興支援については、総司令部も全面的とは言えませんが、”高度な協力”は望みえるかと存じます。が、()()()()()()()()におかれましては…」

 

「まぁ、そこは治安回復と復興支援の端緒が見えてからの話にはなろう。だが、『お城』を落す、いや失言だった。回復するにはどうしても地上軍、本職(プロ)の力が必要になる」

 

「…動かせたとして、こちらから連れて行く兵力の中でも子飼いの部隊のみです…」

 ブルクハルトに許され、大公が欲している、忠誠を信じられる子飼いの部隊規模では到底新無憂宮を制する事は叶わない。

 大公はここで体を逸らし、天井を見る。そのまま、気楽に言葉を続ける。

「理由付けとしては。皇太子殿下の御身の安全確保が最初にして最重要となろう。卿も言っていたが皇太子殿下が必要とされる、医療を保障出来る事が肝要。もし、これが達成できる状況となれば、結果として孤立した近衛軍の本意も遂げような?」

 

 俯きがちだったブルクハルト中将の顔がガバっと起き上がる。

 安心させるような微笑を浮かべ、マクシミリアン・ヨーゼフは望み(おとしどころ)を口に出した。

「必然として皇太子殿下の御側に侍る、皇太后陛下の御身の安全も確保できるであろうな。これでお城は安心だ」

 皇太子殿下こそが王城の主であり、王城そのものなのだ。

「皇太子殿下が御座す所、それすなわち王城である」

 新無憂宮全体を制する必要はない。皇太子の医療の保証。これさえ叶えば、少なくとも皇太后陛下は話は聞いてくれるだろう。

 そして、皇太子不予の際には、皇太后陛下がそのお勤めを代行なされる。

 自分は皇太子に取って代わる意思はない。ただただ、皇太子殿下の安全を願うばかりであり、その為に医師団を遣わす為の努力をするばかりである。

 マクシミリアン・ヨーゼフとしては、グスタフ兄上の体調の心配はあれど、皇太子の地位には興味なぞない。何なら皇太子殿下の安全を保証する(シンパになった地上軍を押し付ける)のも含めて皇太后陛下に直訴して、その為の誓約はいくらでもして良いと考えている。自分とジークリンデの命以外なら。

 とにかく、グスタフ兄上の安全と健康の確保が出来たのなら、改めて皇太后陛下に一つのお願いをするのだ。

「この馬鹿げた争いを止めよ」

 これで、軍も政府も動き出す。言う事を聞かない奴は逆賊だから好きに撃てばいい。鎮めた後の処理は皇太后陛下にお任せしても良いのではないか?自分とジークリンデの命以外なら好きに処断なされば良い。

「とにかくだ。私は近衛兵の忠義と苦闘を知っている。決して見捨てなどしない。だから必ず皇太子殿下と皇太后陛下を守り参らせよ。そう近衛兵総監と現地の近衛兵に、どうにか伝えてはくれまいか?」

 

 喉から絞り出すように万感の思いを込めてブルクハルトは大公に答えた。

「…近衛にとって値千金の賞詞となりましょう。殿下、ありがとうございます。必ずやお伝えいたします」

 

「大袈裟だぞ、中将。今も新無憂宮で悪戦苦闘していると思えば、早く動きたいくらいなのだ」

 

「……フリードリヒ三世(あるじ)に疑われ、遠ざけられること十余年。近侍し守り奉るが責たる近衛兵にとって、そのお言葉こそが至上の労いでございます。少なくとも殿下は近衛兵を味方に付けましたぞ」

 

 安い買い物だな。まぁ父上のせいなのだが。

 親が叩きに叩き続けて底値どころか地面に潜り込んだ、文字通りの掘り出し物を手に入れた事にしよう。

 貴顕らしい恩顧与える笑顔の裡で酷い皮算用をするマクシミリアン・ヨーゼフ。

「で、だ。一度、帝星に降り立ったら最後、我等は一目散に道を啓くのが肝要となろう。誰も先頭には立てんようだからな…あぁ、中将を責めているわけでも、帝国軍を詰っているわけでもない。

 我等は帝都へ、新無憂宮へまっしぐらに駆け上る必要があると考えている。それ以外の事はしなくて良い様に段取りをつけておくのが理想であるのだが…」

 

「さようでございますな…」

 

「その当たりの『土地勘』だとか『友人知人なりの伝手』だのは中将の方が豊富そうだ。期待しても?」

 

「お任せください。情報や物資、交通管制、支援体制においても『私ども』の方で()()()()()()()で詳しい者が揃っております。殿下がお越しの際には、満足頂けるおもてなしをご用意できるかと」

 

「ありがたい。連絡係は中将にお任せするので、準備や計画などの諸々は期待しても?」

 こうして、地上軍に関してはマクシミリアン・ヨーゼフは実りある話が出来た。

 

 

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