帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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このお話屈指のラブコメ回


10.ある大公の求婚と出撃

 

【挿絵表示】

 

 皇太子グスタフが生きている以上、ヘルベルト(故人ではあるが)もリヒャルトも帝号は名乗れない。

 正統な手続きを踏もうとすれば、皇太子グスタフの養子に入り、皇太孫を称させる。そして摂政に上るのが常識的な流れとなる。今さら、継承順位を盾に帝位を主張した所で泥縄(ておくれ)で、落としどころを探すのは不毛でさえある。

 故人であるヘルベルトは生前に皇太孫と成ってから亡くなった事(ヘルベルトの死因については無視する。絶対にだ)とする。そして落ち着いたら帝号を追贈する。ヘルベルト残党には、彼が死後「皇帝と呼ばれる」事で納得させる。死者に名誉ならいくら贈ろうと、顰蹙を買おうとも生者が迷惑を被る事は少ないはずだ。

 リヒャルトを討つ事はリヒャルト一派が納得しないし望まない。だが、()()()()()()リヒャルトの即位は認めない。法的に皇太子の次の継承権者としてリヒャルトをグスタフの養子として迎え皇太孫とする。

 言うのも憚られるし不愉快極まるが、皇太子グスタフが亡くなった後に皇太孫リヒャルトが即位する事とする。

 ただし、玉座に座らせないし、帝冠を被らせない。誰の前にも姿を見せない幻の皇帝とする。

 リヒャルトを禁治産者とし、離宮に隔離の上、終生監視する。

 皇太子グスタフに引き続き、リヒャルト帝の摂政として、マクシミリアン・ヨーゼフが立つが即位はせず、フリードリヒ三世の先代、レオンハルト帝、もしくは先々代フリードリヒ二世の血統から適当な継承権者をリヒャルト帝、もしくはヘルベルト帝の養子とし、即位させる事でマクシミリアン・ヨーゼフは帝国の忠臣に留まり、帝位への野心は無い事をアピールする。摂政職も期限付きで時期を見て、リヒャルトの生前退位と同時に職を辞し次代の皇帝に繋ぐ。

 この建前を公約とし、上流階級を黙らせる。

 

「フリードリヒ三世の血統を外す、と」

 マクシミリアン・ヨーゼフの騒乱後の統治プランを聞き終えたステファンはそう評した。

 

「それが皆が我慢できる落としどころじゃないかな。…少なくとも、父帝以降、うちから出た皇帝候補…継承権者を並べたら、こんなのしか用意出来なかった家が帝冠を被り続けるよりかは、我々家族(フリードリヒ三世血流)以外は納得してくれると期待しよう」

 その間に実務者たち(官僚・軍人)の賛同を得る。彼らの職権を保護・再定義し、不満に思っていながら既得権益層(貴族・皇族)により妨げられていた行財政改革を進めると約せば幾らかは靡いてくれるだろう。

再建帝(オトフリート2世)*1陛下は父帝を廃位して押し込めましたが、私はフランツ・オットー大公に倣いつつ、ですね。

 自分で言うのも何ですが、随分と中途半端だとは思いますよ」

 自身を含めた皇族派閥の伸張を許さなければ。期間限定と約せば。好意的中立を確保できれば儲けものだ。そのどさくさに紛れて辺境の環境改善政策を混ぜ込めば上々。

 帝国の統一を維持して、フリードリヒ三世の因縁から自分と、ついでに帝国を解放する事が最低限の目的なのだ。帝都の物理的復興は建前からも責任は持つが、帝国の立て直しは最悪失敗したら放り出して帰る(にげる)までのことだ。そこまでの責任は持てない。ジークリンデとの生活を捨てるほどの価値は無いから。

 

「フリードリヒ三世の主だった血族は地方に押し込めですか」

 

「あぁ、丁度いい。弟達の子供たちを養子に引き取り、継承権も放棄するか継承順位が十分に落ちるまで監視下に置く。

 すみません叔父上。お家も巻き込む事になるかもしれません」

 

「余りお気になさらず。私も皇族の端くれ。宇宙の安寧の為、高貴なる義務でありましょう」

 我が家で済むなら安い買い物でしょう。むしろ名誉ある処置と誇らしく笑って受けるステファン。

 

 

「あなたも捻くれ者よね。銀河の支配者になると決意すればいいのに、銀河の調停者を目指すなんて」

 ここまでくれば、貴方が帝位を狙ったって文句は言われど、無謀とは判断されがたい所まで来たのではないか。妻は夫の描く未来予想図をそう評した。

 

「あの玉座に座らされる事ほど辛い人生は無いよ。少なくとも私にとっては、ね」

 夫はソファーに座り抱き上げた妻に向かって、深々と訴えた。私をあんな牢獄に押し込むような残酷な未来を薦めないで、と。

 憐れに思うほどに嫌がる夫を見て、仕方ない、と妻はため息をついて夫の提案を受け入れた。

 そのまま、いちゃいちゃしだす夫であったが、妻の雰囲気が呆れを含み出す頃に、大事な用事を思い出す。

「あ、いけない。余りに気持ち良すぎて、大事な事を忘れていた」

 腕の中の妻を抱え直したマクシミリアン・ヨーゼフは緩み切った顔だけ真面目にし、人生で三度目か四度目くらいの量の勇気を奮って口を開いた。

 

「別れる前に結婚しよう」

 

 夫を見る妻の目ではなかった。

 後にマクシミリアン・ヨーゼフがそう零した、ジークリンデは剣呑な表情で夫に問う。

「…離婚の経験をしておきたいの?」

 

「ち、ちがうよ!そうじゃなくてだな…」

 慌てたマクシミリアン・ヨーゼフはポケットから小箱を取り出し、危なっかしい手つきで蓋を開けてジークリンデに差し出す。

「正式に大公妃として共に」

 帝都を目指し、別行動を取る予定である二人。別れた後、生きて再会できるかも分からない。私情として、せめて正式な妻として別れたい、という想いと公人としての地位を持っていた方が彼女の助けになるかもしれない、という複雑な内情が後押しした。

「くそ忙しい最中にしては、随分気が回るじゃない。だけど、こんなものいつ用意していたのかしら」

 

 小箱の中には一対の結婚指輪が収まっていた。それも結構な値打ち物である事はジークリンデですら見て取れた。

 

「叔父上から、侯爵家の財物を借り受けた。今はこれで代用を許して頂けると…」

 

「…」

 尻すぼみになる男のプロポーズに剣呑から困惑に、そして最後に呆れ顔になった女は溜息をつく。

「まぁいいわ。プロポーズは何度受けても悪くない、と知れた事だし…」

 ずい、と左手を差し出す。

 ぱ、と幸福が溢れんばかりの笑顔になるマクシミリアン・ヨーゼフを見つめながら、ジークリンデは内心で自嘲する。私も絆されたものね。

 いそいそと彼女の左薬指に指輪を通すと、自分の指にも一対の指輪を通そうとするマクシミリアン・ヨーゼフの手を掴むジークリンデ。

離婚(生別)は赦さないから」

 掴んだマクシミリアン・ヨーゼフの手を強く握る。

「私の目の届かない所で死別するのも、よ」

 

「ああ!勿論さ。これが終わったら、正式に婚儀も挙げたいし、改めて指輪を用意してプロポーズするんだ」

 

「そうね。気に入らなかったらやり直しを要求するわ」

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 一日、諸々の用事もあって、揚々とヴィレンシュタイン方面軍司令部の置かれた惑星に足を運んだマクシミリアン・ヨーゼフは、ミュンツァー中将を付き添いに、司令官と話し込んでいた。

 自身の決起に方面軍をどこまで巻き込むのかを見定め、アルベルト大将をどう口説き落とすか。

 元々、宇宙軍は宇宙を渡る()以上の期待はしていなかった。だが、保護したヘルベルト残党の話を聞くに、執政府領(あっち)も狙い目である事を知った。”計画”の無数にある難関の中でも大きな関門に対する突破口となり得るかもしれない。手元不如意、万年人手不足、常時与信不足のマクシミリアン・ヨーゼフ陣営は常に張り続けなければ、勝負すら出来ない(帝都にすら到達できない)。

 歴戦の帝国軍人で辺境一筋の百戦錬磨の将官、それも軍中央からも”不動”と”大公の監視”を指示されているらしく、アルベルトは宰相殿の空弁当を決め込んで、マクシミリアン・ヨーゼフの出動要請にも言質を与えてくれない。

 事前にアルベルトの家族や家の事情などを腹心の伝手(辺境貴族同士の横の連携)や奥方からの噂話(辺境貴族の女性陣の情報網)に多少の独自調査を重ね合わせて検討し、方向性を変える事も腹案に納めてきた。

 内心では、護衛用の艦艇を融通してもらうレベルで妥協するか、という覚悟を決めつつも攻め手を変える事にする。

「アルベルト大将。相手が悪いよ」

 

「は?」

 

「リヒャルトはね。父上の悪い所はよく似ているのだ。似ていない、美点もあるが。今回においては特にまずい」

 まぁ、ヘルベルトも似たり寄ったりだったが。つまり、アルベルトにとってはどっちも疫病神だの悪神といった類の貴人であり、接触した時点で触らぬ神に祟りなし(アウト)だったのだ。内心で大公は独語する。

 

「…」

 

「彼は邪魔した相手は忘れない。そして激昂すると周囲が唖然とするような事をしでかしたりする」

 

 具体例を挙げなくても分かるのだろう。帝都で騒乱(ドンパチ)を始める程度の判断力の持ち主である事を思い出し、アルベルトの顔から血の気が引く。

 

「結果として、彼の勝利を確定しかねない一手を潰してしまったんだ。しかも、だ」

 逃亡を図る対抗者の(ヘルベルト)一党を追捕する為に遣わした同志なり部下だ。未だ勝者定まらぬ騒乱の帝都でわざわざ人手を割いてまで遣わしたのだ。それなりに信の置ける有力者のはずだった。

「それを妨げただけでなく、捕え、結果としてほとんどを死なせてしまった…」

(リヒャルト)が勝者となった暁には…彼は彼の為に挺身した忠勇股肱の臣を殺めた(アルベルト)達が自分の臣下に混じっているのを知った時にどうするだろうか」

 

「…」

 

「大将は軍歴の過半を父上(フリードリヒ三世)の御代で過ごしていたね。ならば私より良く知っているし直に見て来たのではないかな?」

 フリードリヒ三世が帝国軍に向ける猜疑心と懲罰的人事を駆使した恐怖政治を。そして、その軍内を生き残るために、軍上層部が人身御供やトカゲのしっぽ切りを縦横に使い対抗して(勿論中央の有力者以外の者達を贄にして)来たのを。

 

「一応、心に秘めておいてくれると助かる。帝室の醜聞と言えなくもないのでね」

 

「…は」

 

 自身と家族に破滅が迫っている事(一部は確信犯的に押し付けられたが)に、ようやく気が付いたアルベルトに憐憫の情から、マクシミリアン・ヨーゼフは真心の一部を吐露してみせた。

「大将。このまま私が(帝都に)向かって破滅しても、ここに留め置かれ、帝都の誰かに排除されても君の未来はそうそう大きく変わらないと思うぞ」

 脅すというよりは、むしろ気の毒そうに唆す。

「アルベルト大将。私は君を悪いようにはしないよ」

 

 よし。

 マクシミリアン・ヨーゼフは損切を決めた。ここで欲張って何も得られないのであれば、妥協しよう。船は他で得る。むしろ、ここは彼ら(ヴィレンシュタイン方面艦隊と司令部)を戦力として当てにするのではなく、押し付ける為のサンドバッグ役として巻き込むべきだ。

「ところで、だ。方面軍配下の地上軍を借り受けたい。ついてはそれらも含めた護衛を依頼したい」

 

「…は?……はぁ?」

 

「ブルクハルト中将には相談してある。擲弾兵総監にも話を通して地上軍経由で方面軍司令部、大将にも話をしておくと確約を貰っていたのだが」

 

「…!…聞いておりませぬが。確認いたします…」

 

「おいおい。火急の時に上部との連絡が付かないのは組織として不味いのではないか?素人ながら心配してしまうぞ。大将」

 

「殿下。その…どのような理由で地上軍を動かすお積りで?」

 

「帝都の救援活動だよ」

 帝都の臣民を救うのに宇宙軍を派手に動かしても、余り意味がなさそうだからね。大公は僅かに笑ってみせる。

「総督府のルートからも現地の情報を求めているし、治安活動や救助支援をさっさと始めるようにも言っているのだが、どうにも動きが悪いようでね」

 この手の事故は初動が肝心なのだが…などと案じて見せる。

「殊勝な事に、遠い帝都を案じて尋ねてくれる諸侯も思った以上に多くてね。そんな彼らの懸念を払う為にも中央政府に…軍もか、とにかく彼らにはしっかり、ここからでも分かるくらいに動いて欲しいのだが…」

 

「さようでございますか。救援活動なのに地上軍を動かす必要が?」

 

「うむ。その救援活動において、歴戦であるところの貴軍隷下の地上軍だからだ」

 全幅の信頼を寄せているのだ、と笑顔で答える大公。

「さっさと彼ら(中央政府や中央軍)が動いて収拾してさえいれば、私もこのような事に悩まされる事もないのだが…まぁ多少の下心も無きにしも非ずなのだが」

 

 なにやら、副司令官(ブルクハルト)とコソコソ、途中からは隠す気も余りない感じで動き回っていたのを知っているアルベルト大将は、怒りで震えそうな蟀谷を必死に固めながら大公の茶番に付き合う。

 

「私と諸侯が救援に向かえば、彼らの面子も掛かっておる事だし、動き出すのではないのか、とね」

 勿論、彼ら、中央政府に軍も動いてくれるなら、引き返すぞ。本来は彼らの仕事なんだからな!大仰に言い訳を並べ続ける大公。

 

 この際だ、疫病神(マクシミリアン・ヨーゼフ)を中央に押し付けてしまえば、この悩み多き生活からも解放されるかもしれない。アルベルトは内心で益体の無い考えを弄びながら、落としどころを考える。

 ここで、断り大公一派と袂を分かつことで、どの程度の損切が可能だろうか。少なくともマクシミリアン・ヨーゼフ以外の勝者からは、敵視はされないだろう。感謝もされないが。

 多分、軍中央からは不興を買う。留め置かなかったから。中央の不興を買って残りの短い軍人生活を冷や飯喰らいで終わろうと、そもそも自分はもう()()()である。怖れるものは降格人事で退職金と軍人恩給の額が減るぐらい。それはそれで痛いのだが。

 では留め置いて監視下に置けと?少ないながらマクシミリアン・ヨーゼフ一党の恨みは買う。そして総督との付き合いを持つ辺境貴族達からの冷遇も覚悟せねばならない。そこまで軍中央の都合に身を捧げても、彼らは何も報いてはくれまい。そして私は退役後に、(領主として)ご近所付き合いから苦労する(空気の読めない大企業勤めだったサラリーマン上がり)というわけだ。

 

 博打も博打、大博打、全面的にマクシミリアン・ヨーゼフに乗っかるのは?勝てば故郷に(本物の)錦の御旗を飾るに留まらない、帝都に私邸を構えるくらいは出来るかもしれない。末は元帥に三長官も夢ではない。辺境務めの地方軍人達の星、辺境貴族の成功者。輝かしい勝者の姿だ。

 …鍍金をはがせば、席を奪った成り上がりの田舎者と、中央のエリート達の嫉視の針の筵の中で残りの軍人生活を過ごす事になる。当然、宮廷政治にも巻き込まれるはずだ。貴族の政治教育も受けた事の無い軍人一筋の自分がだ!どう考えても碌な未来ではない。栄華を極めて転げ落ちる。分不相応な貴族の典型的な破滅劇だ。

 

 …中庸が肝心だ。想定は極端な方がいいが、現実は調和と不偏で納めるべきだ。人間はそこまで吹っ切れた者(マクシミリアン・ヨーゼフ)ばかりではないから。

 大公も言っていたではないか。最善は中央が勤労意欲と職務への誠実義務に目覚め、課せられた仕事を始める事だ。それを確認して(大公が)途中で引き返せば一番、問題が少なくて済む。皆から少しずつ不興を買うが、誰もがこの不幸を少しずつ背負えば多くの者は破滅しなくて済む。地位の高い者は地位に応じた責任を負担すべきだ。それが致死なら仕方ない。死ぬの(それ)もトップの責任の取り方だ。

 無難な結論に至った、アルベルトは苦渋の決断という体で大公に妥協点を提示する。

「移動中の護衛までですが…艦隊はそれ以上は付き合えませんぞ」

 

「十分だよ。流石に、私も付いて行こうと言ってくれる者達の安全くらいは保証したくてね」

 

「大公殿下。くれぐれも申し上げますが、帝国軍は帝室には口を挟まず、手を出さず。軍の本義を冒さぬようにお願いいたしますぞ」

 

「救援だよ。新無憂宮に乗り込むのに使うつもりもない。少なくとも君達宇宙軍(ふなのり)においては確約しても良い」

 付いて来た所で役に立ちそうもないしね。大公の嘲笑未満の苦笑とともに告げられる。

 

「地上軍だけだから良いという話ではありませんぞ。彼らも帝国軍です」

 

 面白いものを見た、という表情を作る大公。宇宙軍が地上軍を仲間呼ばわりするとは。いや失礼。大将は立派な帝国軍人だな。両軍の確執を風の噂で聞いた事があったのだが、大将ともなれば、そのような風聞などに惑わされぬ戦友愛があるのだな。これは失礼した…浮ついた台詞でアルベルトを持ち上げつつ、マクシミリアン・ヨーゼフは建前を告げる。

「軍事活動が主たるならば卿の同意と指揮の下になるのだろう。だが私が要請しているのは救援活動だよ?ただ、現地は大変な混乱と一部暴徒が武装して騒擾を引き起こしているとの事なので、警護と警察活動も出来るよう武装も用意していく。だが、あくまでも復興支援が主たる活動だよ」

「地上軍については地上軍総司令部の同意は取っている。何故かそこから君の所へ連絡が行っていないようだが」

 宇宙艦隊司令部には確認を?そこにも来てないなら、更に上…統帥本部か。せっついてくれるか?手をこまねいている合間にも人死にが出ているのかもしれんのだから。

「さて、軍は自律性の高い組織と聞いている。上部との連絡が途絶え、指示系統に問題が生じた場合、席次に基づき指揮権を継承するとか?」

 素人風情を装いながら、大公は大将が自分の為に軍を動かす理由(いいわけ)を用意していく。

 疫病神(マクシミリアン・ヨーゼフ)が出て行ってくれるなら、人身御供も辞さない気分になっていくアルベルトはしかめっ面を維持しつつ、眼前で自分を巻き込もうとする、帝冠争いのダークホースにどれだけ賭けるのかを考えていた。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

「妃殿下。くれぐれもご自愛ください」

 

「分かっています。借り受けた()()も返さないといけないですから」

 左手指に纏わり付く結婚指輪を軽く擦りながらジークリンデはステファンに応える。

 法的に大公妃と認められるには典礼尚書の許可がいる。さらに彼女は身分高からぬ出であるので宮内尚書の査定と協力もいるだろう。その上で皇帝の裁可を受けなければ帝国において認められる事はない。だが、皇帝不在で肝心の政府も半分以上が機能不全を起こしている今に何をか言わんや。

「献上すると大公殿下には申し上げたのですが」

 

「ちゃんと対でお返しします。欠けたら使い物になりませんから」

 

 不遜なまでの返答に苦笑で返すステファン。

 もし、(マクシミリアン・ヨーゼフ)の目論見が成就する暁には、彼女の地位に表立って文句をつける者は居なくなるだろう。或いはそれ以上の地位-大公妃殿下ではなく皇后陛下-すら望めるかもしれない。

「改めて大公ご夫妻に献上いたします。この件が終わりましたら、爵位ごと」

 

「夫にも伝えておきます。でも」

 私たちは(バルトバッフェル家の)家名や領地よりも貴方を必要とするでしょう。

 剛毅すぎる返答をステファンに与えて、ジークリンデは踵を返し自身にあてがわれた座上船に向かう。

 ヘルベルトやリヒャルトに比べて全くの人手不足であるマクシミリアン・ヨーゼフ一派。一派というには皆が共有する共通利益はささやかであった。

 主たるマクシミリアン・ヨーゼフは帝都に向かい。

 運命共同体と見做された叔父ステファン侯爵は本領に留まり、主不在の間の総督府の管理と寄り子を含む、周囲の貴族達を糾合・管理を請け負った。管理と言うが、その中には積極的参加者を募り、随時適当に纏めてはマクシミリアン・ヨーゼフを追いかけるように物資を持たせ送り出してもいた。同時にヴィレンシュタイン方面軍との窓口も担当するのだから、門閥貴族の領袖と見間違えるほどの多忙ぶりである。

 後にジークリンデからの連絡を受け、主が頓死し、空中分解しつつあった執政府の面倒も押し付けられ、真面目な皇帝並の過酷な労働をこなす事になったバルトバッフェル侯ステファンはこの時を振り返った際に「帝国の一部を一時的に宰領するだけで死が見えた。もう結構だ」としみじみと漏らしたという。

 

 そして、ジークリンデ。

 折角転がり込んだ大公妃(暫定)。使わない手はない。不利な状況。一世一代の大舞台。人手は幾つあっても良いという周囲の空気は、彼女がその本性を”何時もより少し”出しても許される、それどころか結果を出せば黙らせる事すら叶う。

 何より、彼女は生き生きしていた。妄想していた乱世の鳥羽口がいきなり眼前に現れて、傍観者でなく当事者として、しかも有力プレイヤーとして参加できるのだ。当時の彼女の心情は蓋世の意気と称して良かろう。

 マクシミリアン・ヨーゼフが独り怖れていた状況が現れたのだ。ステファンは(まだ)知らない事であったが、彼らの決断は彼らの思惑を徹す為には正しい一手であったと後世に記録される。同時にそれは、大義と権力を一時的にでも危険な人物に貸し与えることでもあり、獣に牙を与え、野(宇宙)に放つ事になる。

 

*1
痴愚帝の皇太子で父親の乱脈財政に激怒し帝位を取り上げ、父親の代の不正の多くを正した




マクシミリアン・ヨーゼフのジークリンデへの最初のプロポーズがどんな様だったか、なんとなく想像して楽しんでもらえたら、本懐です(ヘタレめ
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