帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず 作:narrowalley
星々の間を渡る人工物の一団。多くの人間と物資を乗せた宇宙船の群れ。彼らが目指すは、銀河を統べるとされる皇帝のおわすべき
真空がほとんどを支配する宇宙に比して、余りに微小で脆弱な船の群れを統率する、羊飼い役を預かる船団旗艦の艦橋内は、雑然と騒然を抱き合わせたような雰囲気であった。
複数の集団が無理やり同舟しているからか、ぎくしゃくとした、微妙な空気が混ざりあう。そのような艦橋にあって頭目は気にせず、場の空気を解く事もせずに傍らに侍る渋い顔の軍人に語り掛ける。
「中将。折角だ。道中の退屈しのぎに、挨拶の際に教授してくれたトラーバッハ星域会戦の経緯や顛末をあらためて聴かせて欲しい」
不幸だ。なんで私が帝室争いに巻き込まれるのか。アルベルト閣下に売られた…ぶつぶつと傍で聞えよがしに愚痴るミュンツァー中将を黙らせ、気分転換も兼ねるように教えを請うマクシミリアン・ヨーゼフ。
「私は総督殿下の軍事史の御進講係ではありませんが…だいたい、誰に聞いても同じだと思いますが」
「いやぁ、中将の意見も添えた上で、軍の知る経緯や顛末を、だよ」
割と率直に嫌だと述べるミュンツァーを無視して、総督は強請る。彼の話は仕事話であっても退屈させないのだ。
「君たちにとっては今まさに、悪夢の再現かも知れない。だからこそ、そうならないよう、先人達の決断や叡智を知りたいのだ」
「殿下は止血帝に倣わんと?」
「よしてくれ、今帝都には流血帝のような暴君は居ないよ」
どうしようもない、暗君くずれが、それも血を分けた兄弟同士、相争ってはいるようだが。
言葉にはしないが、大公が黙した先の台詞を受け止めたミュンツァーは眉を僅かに下げると、口を開いた。
「憚りながら、小官が御進講申し上げます。そも…」
通り一遍のトラーバッハ星域会戦のくだりをまず話してみせたミュンツァーに頷きつつ大公は口を開く。
「トラーバッハ星域会戦については私ですら学んでいる。止血帝エーリッヒ2世陛下の王道復古の御稜威により、ほぼ戦わず、鎮圧軍を降し帝都に凱旋したと聞く」
「…軍の公式
「…”も”?」
「正義だの王道だのを一端脇においてトラーバッハ星域会戦を客観視すると、帝国軍が相撃ちしたのです」
帝国軍相撃す。帝国軍が恐れる事態の一つである。
「結果は大公殿下の言の通りとなりました。ですが…被害の過多を問題視しているのではありません」
究極的には勝敗すら問題ではない、とミュンツァー中将は宣う。
「…」
眼を見開く大公にミュンツァーは続ける。
「帝国軍同士が双方をそう認識しながら戦った事が問題なのです」
「正統なる軍隊。公的に認められる唯一の武力組織(武装組織ではありません。武力を専らとする組織という意味で)。それが銀河帝国軍なのです」
「従って、相対する者は非公認組織でありまして、いわゆる正規軍ではありません」
「最初期においては、銀河連邦の残党、民主主義者に阿った銀河連邦軍の一部部隊等がありました。が、安定期を越えてこのロジックは事実となりました」
「正規軍同士の戦闘を考慮していない、と?」
「反乱勢力、帝国軍に等しい装備、組織を持つ戦力は常に想定します」
当たり前だろう。いくら何でもリアリズムの徒である軍を何だと思っているのか。ミュンツァーは軽く憤慨してみせた。
「反旗を翻した帝国軍は想定しないのか?」
「その場合は、反乱部隊として相対します」
「…つまり、反乱勢力と定義される分には法的にも問題ないが定まる前に動く事は想定されていない、と?」
「そうでなければ、無法の武装勢力です。そして、帝国軍は自身でそれを決めません」
それはそうだろう。自身で敵を定義する軍隊など、銃口がどこに向かうか分からないのだから危険極まりない。
とは言え。ため息を吐きながらミュンツァー中将は現実を伝える。
「アウグスト二世の放逐に到るエーリッヒ二世陛下の宮廷革命と言われる、一連の事件はどうでしょうか。結果としては人類の安寧を取り戻し、帝国の崩壊を食い止めはしました。
しかし、結果論と言われれば、否定しきれないのも事実なのです」
勝てば官軍。身も蓋もない。
下剋上を良しとしない、法治主義こそが近代国家の最低限の要素であり、何より権威主義とそれによる安定を至高とする帝国社会である。そのような現代社会の軍隊が、法の支配(と権威)を芯材としている以上、軍法を越える事(と権威の元締めである皇帝に背くの)は自己否定となる。
だが、トラーバッハ星域会戦とは戦場の勝敗が定まるまでの間、それが曖昧となっていた。
法的には、アウグスト二世が命じた、鎮定軍が銀河帝国軍であり。後のエーリッヒ二世を旗頭に参集した武装勢力こそが反乱軍であった。
"人道上の危機"に"政治上(帝国存続)の危機"、なにより自分たちの"生命の危機"に曝され、動揺著しかった鎮定軍は必敗し、そのほとんどが
少なくとも戦闘中、戦闘終了後、降した鎮定軍の生き残りを受け入れ水膨れするまで、
勝って一息つくまで、上は首謀者であるエーリッヒから下は参加した兵卒まで生の渇望者、必死への抵抗者として意識が統一されていた。階級社会である事を越えた、歴史的にも珍しい、固い紐帯で結ばれた運命共同体となっていた。(何せ、エーリッヒは敗北し最悪、虜囚となったら流血帝の嗜好に饗される前に自死するつもりで毒薬を体内に仕込んでいたほどと伝わる)
原初的な欲望(生存への渇望)の前に建前などさほどの価値もなかった。
建前を考えるのは余裕が出来てからである。
降伏した帝国軍を加え、帝都に上る必要から、彼らは建前を欲した。もう彼らはアウグスト二世を引きずり倒し、担いだエーリッヒ侯を帝位に就ける以外に帝国では
新無憂宮に至り、流血帝の暴政を一掃するべく帝冠を得て後、気付いた。帝国唯一の正統なる武力である帝国軍を用いて帝位を簒奪したという事実に。
非常時とは言え、
止血帝と主だった廷臣達が有為とされた一つに、トラーバッハ星域会戦に端を発した一連の反乱を有耶無耶にせず総括した事にある。
そして、それを基に帝国軍との合意を経て、皇帝と帝国軍は新たなる信頼関係を定義したのであった。
「それはそれとして」
大公は疑わし気に中将を見ながら疑問を口にする。
「帝国軍、とりわけ中央はどうしてここまで動かない?」
帝都で市街戦をやらかすレベルであれば、大義名分は十分すぎるだろう。喧嘩両成敗でも原状回復でも名分を立てて制圧した所で大きな問題にはなり得ないのではないか。そう大公は示唆するのだが、呆れたような顔を実にわざとらしく作ってミュンツァーは反論した。
「ここ四半世紀近く、それがどのような反応を返すか分からなかったが故に動く事に躊躇しているのです」
レオンハルト二世から先帝フリードリヒ三世への継承。さらに遡るならエーリッヒ二世の代替わりから大小さまざまな悲喜劇が起こっている。独裁者の代替わりに流血は付き物と言われればそれまでだが、取り分けこの四半世紀、フリードリヒ三世の猜疑心たるや、軍高官をして躊躇させるほどである。
皇帝の人事権の範囲内ではあるが、掣肘と言うには度を越えた懲罰人事が度々降れば委縮するのは自明である。
「躊躇するだけではないのです」
尋常ならざる保身が前提で組織が回り出すと、一度立ち止まってしまえば、動き出すのに多大なエネルギーを要するという。
「いっそ、強烈な外圧があるくらいでないと自律的に動き出せないのです。何せ、その場に踏みとどまろうとするのに全力を上げる組織と化していますから…」
マクシミリアン・ヨーゼフは首を傾げつつも想像は容易に出来た。総督として辺境に赴任した時に引き回された過去を思い出したからだ。皇族総督という、強烈な外圧が状況を動かす事が度々あった。
不愉快ながら、と前置きしたうえでミュンツァー中将は評する。
「膠着させるという意味であれば、グルーベンハーゲン侯爵の仮帝宣言は非常に良い一手でした…」
仮即位を宣言し、条件反射で鎮圧に動き出そうとした一部の帝国軍や政府を混乱させ、無意識レベルで刷り込まれた保身感情がブレーキを掛けさせた。以後仮帝は沈黙を守っている。勅命や、反論と言った形で仮帝マクシミリアン・ヨーゼフと帝国軍や政府がやり取りのキャッチボールを繰り返していたら、彼と政府(軍)との間の緊張感が緩む。どのような対話であろうと、コミュニケーションが続けば、人は馴れるものだ。馴れは慣れに通じ、緊張が緩めば硬直した状況も緩み、疑問や違和感を抱く者達が出始める。一定数の者達が膠着した状況に対する疑念を抱いた時、再び不安定化させるだろう。だからこそ沈黙を守り続け、接触を断ち、緊張感を持続させることで、なるべく膠着を長引かせているのだと、ミュンツァーは予想していた。
「だが、ずっと膠着はできまい?」
「殿下の仰られる通りです。ですが、こうは考えられませんか」
膠着自体が目的であり、状況をなるべく長く続けたいのではないか。
「…破滅を先延ばしにするだけだが?」
「少しでも長く生きたいと願うのも人間の性です」
「僅少でも生存できる可能性に賭けるのも追い詰められた人間じゃないかな?」
博打染みた危険な選択肢を取るのでは、というマクシミリアン・ヨーゼフの予想にミュンツァーは否定しなかった。
「援軍…はあり得ませんな。もしくは自分にとって有利な状況の変化が齎されると考えているのかも知れません」
マクシミリアン・ヨーゼフを見つめながらミュンツァーは宣う。
「私はこの状況を終わらせに行くのだ。叔父上のご期待に添えそうには無いな」
「乗らないので?」
心外だと言わんばかりにミュンツァーを見つめる大公。
「…中将。私がそれほどの考え無しか、機会主義の権化に見えるのかい?」
大層、
「きっと状況を打破して頂けると願って付いて来ております」
願って。
信じるでも無いあたりがミュンツァーのマクシミリアン・ヨーゼフへの見方なのだろう。
「いつから帝国軍は他力本願の集団になったんだい、中将。
敢闘精神を忘れず、怯懦を忌み、箴言を躊躇せず、忠勇無比が帝国軍人じゃないのか?」
結局、腰の重い帝国軍の醜態に愚痴をこぼす総督。
「組織(軍)を、引いては帝国の安寧を護る為に忍び難きを忍び、耐え難きを堪え、不満を緘し任務に当たるのも帝国軍人の務めです」
物は言いよう。長い物には巻かれよ。組織人の処世術じゃないか。大公の不満げな視線を鼻で嗤ってみせるミュンツァー。
「殿下も良くご存じでしょう」
「…剛直過ぎると言われないかい?中将」
全体としては鈍足でフラフラ寄り道しながらも、ほぼ一直線に帝都に近づいていく救援船団。追い掛けて来た者、寄り道先で賛同し合流する者、様々な者たちを受け入れて、ゆっくりとではあるが、規模を拡大していく。
総督は合流する度に速度を落とし、参加者と親しく面談し、決起への参加を歓迎した。
皇族でも高位(状況に疎い者たちから見れば)に見えるマクシミリアン・ヨーゼフが面会を快く受け、時には親しく手を取り、参加を喜んで見せるのだ。そして、区切りのタイミングごとに参加者の多くを集め、無理な者にはソリビジョン越しに、決起の意義と集まった人々への感謝、帝都の惨状を伝える。
何と無しに、雰囲気は明るく上向き、同志的連帯感が生まれ始める。本来なら交差する事の無い辺境の者同士、階級別の者達、異なる集団同士が一つの目標に向かって協力を始める。
帝都に向かう珍集団。ミュンツァー中将が当時の船団を評した一文である。
「今回の争乱を鎮定するのに殿下の腹案を拝聴いたしたく」
山積みの仕事を片付ける合間に、総督のサインを求めに近づいたミュンツァー中将が尋ねた。
ミュンツァーの催促にわざとらしく肩を竦める総督。
「在るわけないだろう」
「…」
「私は(騒乱を)鎮めるとは言っていないよ」
「巻き込まれた憐れな臣民を救いに向かうのだ。帝都、帝星の民を」
ミュンツァーの視線を避けるように体ごと向きを変える。
「もっとも、彼らが勘違いし動揺している今なら」
「君たち軍が黙して動かないでいるのであれば」
「君たちが恐れる結末に到らないようにする事が出来るかも知れない」
私なら。他人事のようにマクシミリアン・ヨーゼフは呟いてみせた。
「救助なら君らは動けるんじゃないのかい?帝冠争いへの加担ではない。新無憂宮は無視して宜しい。無辜の民を救うだけだ」
新無憂宮の住人(皇族で今や有力な帝位継承権者)が自身の実家を、それも炎上して暴漢達が暴れているのを捨て置けと宣うのだ。流石のミュンツァー中将も息を呑む。
「まったく。どいつもこいつも、貴族も軍でさえ、私が帝都に向かう、すなわち帝冠争い(新無憂宮制圧)と決めつける。
私は最初からそう言っているんだ。堂々と質せばいいだろう。『本当に救助活動だけですか?』と。簡単ではないか?」
「問われたら、どうするのです。新無憂宮には踏み込めなくなりますぞ」
「建前通り、臣民を救ったら帰るまでだ。あぁ勿論、君達軍や中央政府には(騒乱放置の)不作為を追及して経費のいくらかは請求するが」
実に愉快な未来だ。そう言い放ち、本当に楽し気に嗤う大公。
マクシミリアン・ヨーゼフは嗤い顔を作りながら、内心では悪態を零す。
仮に帝星に到達し救助活動を終え、付き合ってくれた者達と共に辺境に引き上げたとして、後をどうするつもりなのか。今さら新無憂宮どころか帝都まで、血塗れのパイ投げに興じている連中を担いで、やっていけるとでも考えているのか。連中の誰が玉座に着いても、お膝元の臣民や部下たちから暗黙の不信視に曝され続けるのだ。「我らを救った
そして、ここまで助けた(帝国への奉公を示した)辺境の者達の功績を無視し、旗頭たるマクシミリアン・ヨーゼフを害しようとすれば、それは中央と辺境の信頼関係や帝国の一体感と言った意識に致命的な鏨の一撃を加える事になる。
封建的価値観から見れば(勝手働きではあるが)奉公に対し、御恩で報いず罪と鳴らして罰を与えるとなれば、それは帝国の支配階級が拠って立つ社会契約への重大な背信、社会不安となる。
「私としては、建前に縛られるのが一番気楽な選択肢だな。道中で(適当な立場の人間が)聞いてくれないかとすら思う」
恐らく、マクシミリアン・ヨーゼフとそれに付き合わされるミュンツァー達を止めようとする者達(特に軍)は今も躊躇っているはずだ。鎮火してくれる可能性が一番高い御仁に躍り出たのだ。
質して、言質を取った上で乗り込んだマクシミリアン・ヨーゼフが建前を反故にして帝位を奪えば御家争いに巻き込まれるわけで、それはそれで軍の中立性に重大な疵を残す。反対に、建前を墨守してマクシミリアン・ヨーゼフに帝都から去られたら、
今も大公の真意を明らかにすべく、総督府・バルトバッフェル領邦政府・方面軍と、中央政府間の既存の通信網は断絶するどころか通信量を激増させていた。
そして、
今や、メインプレイヤーはマクシミリアン・ヨーゼフであり、傍観者であったことを思い知らされた帝国軍と帝国政府が慌てて繋ぎを取ろうと右往左往している。数少ない、傍観者側に属していたはずが、今では台風の目に巻き込まれていたミュンツァーの視界には自分が所属する勢力たちの無様が繰り広げられていた。ただの傍観者なら喜劇として見られただろう。
大公に侍るミュンツァーは嘆息しつつ、そっと呟いた。
「殿下は、実に悪辣です。…まこと玉座に相応しい」
「実に不愉快で不遜な発言だ。中将。今でなければ罰したい気分だ」
ミュンツァーの呟きを聞き取り、マクシミリアン・ヨーゼフは実に面白からざる、という表情を作る。
可能ならば、騒乱を止めたい。だが自分やジークリンデを含めた、一方的な犠牲やリスクを対価に実行する価値は無い。
何とも傲慢で、実に皇族らしい考えだ。そうミュンツァーは断じた。そして不満そうな表情の、内実は不貞腐れているマクシミリアン・ヨーゼフに剛直を以って返した。
「総督殿下にはその権限がございませんな。
GW進行でペースを上げていきたいと思います(希望的観測