帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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第3話

 

 帝国との接触後、初めての最高評議会。

 最高評議会室の円形テーブルに座した評議員達は入室から無言を守り、議長を見つめて、会議の開始を待っていた。

 

 非戦。

 

 議長より極秘扱いの上、評議員のみに内示されていたが、評議員の大半は非戦に向けて、議長の示した政策にこそ注目していた。

 

 評議会室設置の巨大ソリビジョンが起動し、サジタリウス腕に在る、自由惑星同盟の領域を示す簡易星域図が表示される。

 

 冒頭から議長が大方針を発表する。

「戦場と想定される宙域…以後は「戦域」と呼称するが、これに加えて、戦域に接続している周辺星域も放棄し、住民は中枢星域を含む、後方星域へ避難させる。

 この避難を有事法制下の緊急避難を基本として実施するが、軍事面の支援のために疎開作戦を実施する。そのための軍の動員である」

 

 避難対象となる、星系、星域-複数星系で構成される-の名前が次々と赤字に変わる。

 パランティア、エル・ファシル、名だたる有人星系が挙がる。中には、自由惑星同盟成立時の同盟者という、由緒ある星系すら含まれていた。ジャムシード星域、シヴァ星域…有人星系を含む星域に限らず、中枢星域から遠方にあり、管理に難がある無人星域もこの際に放棄するつもりであった。

 

 円形テーブルのそこかしこから、参加者の吐息や呻き声が漏れ聞こえる。

 事前に知らされて居たはずの評議員達ですら、改めて視覚的に叩きつけられると、湧き上がる想いを抑えるのに苦労しているようだ。

 

「総動員令は発動するが実質的な部分動員、かつ時限動員とし、その年限は最大でも5年。これは同時に疎開作戦の最大期間でもある」

 

「なるほど。総動員令下であれば、後付けで避難業務に必要となった民間人を軍属として徴用したり、物資の徴発も容易か…」

 評議員の一人が我慢できず、と言わんばかりに相槌を打つ。

 

「もし、仮に帝国に今回の接触情報が渡っており、遠征軍が来たとしても修正が可能な範囲でもある」

 議長が補足を入れ、評議員たちが納得する。

 

「疎開完了後は当初の戦争計画を修正し、選抜徴兵としつつも、当座10年ほどは総動員時に招集した兵役者の中から成績優良かつ継続勤務を望む者を優先して拡充していく」

 

「予算については、計画通り、戦時国債の発行で賄います」

 

「疎開作戦後は、中枢星域(アクシス)を中心に、疎開させた避難星域の開発に予算を集中投下します」

 

「徴兵された兵役者についても、志願優先ではありますが、同盟市民教育を強化して欲しい。

 可能であれば即応予備役兼務が可能な事業の用意も検討していただきたい」

 

「…」

 本来は主役たるべき、国防委員長は会議どころか入室後から沈黙を守っている。

 軍拡予算だと、相当に出し渋っていた財政委員長と共和国準備銀行(中央銀行)理事会議長の二人が仕方ないという表情を必死に維持しながら、隠しきれない興奮を鼻から漏らす。

 本来は対峙する関係の両者であるが、学派的には積極財政出動を旨とする同志だったな、と国防委員長は思い出した。

 大体、なんで徴兵者の教育に人的資源委員会が口を挟むんだ。市民教育はそっちの予算でやるべきだろう。こっち(国防委員会)の教育は軍人教育なんだぞ!

 

 対帝国戦線となりうる辺境星域からの一斉避難という、最高評議会議長の決断に対し、混乱する同盟社会-主に政界・経済界-に向けて議長が切った巨大なジョーカーの一つが、当初計画にあった軍拡に充てる予定であった大規模予算の付け替えであった。

 一方で総動員令を期間限定・徴兵数を限定し、かつ総動員解除後は選抜徴兵に移行し、軍の拡充を当初予定より大きくペースを落とす。これにより、民間労働力の徴収による経済へのダメージを限定する腹積もりであった。

 

 確保していた軍拡予算の過半を疎開させた避難星域の開発に重点投下する。

 非常時ということで、独占禁止法で禁止されていた、テラフォーミングを含む大規模惑星開発を目的とした公社を、関係する複数委員会の協力の下、設立し主導する。そして公社は、原資および費用回収のため、準備銀行協力の元、惑星開発債*1を盛大に発行し、いくらかを準備銀行が引き受ける事を確約する。(地域社会開発委員長と経済開発委員長、天然資源委員長が普段の対立を忘れてトリオで小躍りしていた)

 纏まった植民人口の欠如と経済性の問題から、大規模惑星開発というギガストラクチュアリングが下火になって久しい同盟社会で、人災(戦災?)とは言え、かなりの纏まった人口を持つ避難民を急いで住まわせるという、巨大な需要が発生したのである。そして、戦時という事で国費の投入、国債の発行(と中央銀行の引き受け)を可能にした。

 償還期間が長いほど、儲かる惑星債の存在は、帝国との戦争到来に慄く同盟社会の視線を幾らか逸らすには十分な目映さを持っていた。

 強制疎開させた市民の不満を宥めるためのバラマキの原資でもある。

 政権の一部、特に中央集権指向の評議員にとって、何より素晴らしいのは、現金を配るより安上がりな上に、保持し続けてくれる市民は、いずれ避難星域(≠中枢星域)に定住してくれる可能性が上がる(潜在的な一惑星主義者を減らせる)のだ。

 建設業界をはじめとしたインフラ関連業界への経済政策としても最上であり、運輸業界にとっても長期にわたる巨大需要の発生が約束される。こうなれば、避難民におかれては、可能な限り快適に過ごしてもらえるように全力を傾ける事こそが、この作戦に関わる者達の使命である、とばかりに奮起していた。

 

 行政においても、結果的に疎開自体がセットバックとなり、支配領域のコンパクト化が行政サービスの効率化を見込めるので、今の混乱を乗り越えれば、更なる国力増大に期待が持てると、前向きな予測がされている。

 

 

 実質、対帝国軍需投資から避難星域への民需投資に代えることで、帝国接触ショックを緩和する(すり替える)。

 

 

 人的資源委員長と法秩序委員長は気の毒そうにこちら(国防委員長)を見るが、喜色が隠せていない。

 人的資源委員長はガチガチの中央集権指向であり、地方自治における独自教育-自由惑星同盟市民の育成を阻害するすべて-に常に批判的であった。(つまり、地域社会開発委員会とは潜在的に対立しており、上院議会の過半とは取り繕う気もないくらい敵対している)

 法秩序委員長は財政畑から法務に転身した異色の経歴を持っており、経済的合理性を優先した開発を主張していた。同時に周辺星域(過疎地域)の無節操な入植には批判的であった。

「これで、開発投資も効率化が進む」

 念願叶ったとばかりに法秩序委員長が賛意を表せば。

 

「反対する上院や、疎開を強いられる星系政府について、ある程度配慮が必要だ。彼らの故郷を捨てさせるのだぞ…」

 連日の上院対策や地方星系政府との対応で疲れ果てている、国務委員長が反論の声を上げる。国務委員長は自身の選挙区が疎開対象に含まれていた。最高評議会メンバーとしての職責と代議員としての二律背反に苦しみながら、必死に国務委員会の仕事を行っている。

 

副議長(国務委員長)。彼らの故郷を奪うのは、銀河帝国とその先兵たる帝国軍だ。吾々じゃない。なに、彼らもこれからは中枢星域(アクシス)の住人です。

 新しいお仲間というわけだ!歓迎しようじゃないか」

 人的資源委員長は同情の色もなく、歓喜の表情で両手を広げてみせた。

 

 

 最高評議会という、同盟政府の最高意思決定機関において、評議員達による、降って湧いた大規模予算の取り合い漫談を尻目に、国防委員長は自身の管轄省庁たる国防委員会が提出した、資料を黙然と眺めていた。

 

 

 動員兵力。

 艦隊乗組員だけで最大240万を越える。

 支援する後方要員などの宇宙艦隊以外の動員数も含めたら1000万を越える数字になる。

 

 避難対象となる市民が2000万人以上でこれらは、兵力になりえない。

 

 作戦中の艦隊乗組員に限定しても、戦傷・殉職者の最大見込みが全体の0.5%で1.2万人。

 自由惑星同盟において貴重極まりないとされる労働人口にして、至宝とも言うべき、出産可能世代を中心とした兵員の死傷者数で、ある。

 疎開であり、避難であるため、大規模戦闘を想定していないにもかかわらず、最高評議会に提出された、正式な数字に国防委員長は目が眩みそうになった。

 帝国軍との決戦ともなれば、このような数字で収まらないだろう。一度の戦いで一割も戦死すれば24万人である。

 

「彼我の兵数が我が方より優勢である帝国軍相手に殺し合いをして、損害一割で済むなら奇跡と称していいのではないですかね」

 総司令官候補の大男と参謀長に目されたノッポはそう計算していた、と聞いた。

 

 人的資源委員会を中心とした労働・経済関連委員会からの付帯意見として、疎開作戦は三年以内の総動員の終了-作戦の完了ではない-を強く求められた。曰く、三年以上の総動員は、特に労働環境への悪影響が顕著になる、からだそうである。

 

 人も時間も限られた中で帝国と戦う。

 

 国防委員長は、背筋に悪寒が走る。

 持てる余力、それこそ、第一線を退いた高齢者達ですら動ける者には働いてもらうことでどうにか回している、吾らが同盟に戦争をする余力-贅沢と言い換えても良い-があり得るのか、と。

 

 中央政界に出て日が浅く。地元では武力担当部署-星間巡視隊-での活躍を出世の糸口としていたが、国防委員を飛び越えて委員長を務めるにあたり、実質、勉強中の身であることを強く自覚していた。だからなのか、国防委員会で扱う数字の異様さに疑問を感じるのは、その空気に染まり切っていない、自分だからだろうか?

 この資料に記載されている数字は帝国との接触以前と変わらないはずなのに、読み取れる意味が余りに違い過ぎる。この数字は兵士であるが同時に市民であり、有権者なのだ。そのはずなのだ。

 国防委員会としては自分たちが必要とする数字を出しているだけなのだろう。だが用意される数字と行われる結果に対して、同盟がどうなるか?ここにまで考えが至っているのか?

 政治家として沸き立つ疑念に悶々とする、彼を置いて議論は進んでいく。

 

「しかし、緊急避難というには作戦期間は年単位ですし、市民財産-動産-の持ち出しは最大限行わなければなりますまい?」

 

「いや、持ち出せる不動産、とりわけインフラ設備は疎開先でも使えるのだから持ち出したい」

 

「避難星域の最初期受け入れのための準備も並行して行わなければ。特定の委員会だけで出来るとは思えませんな」

 

「各委員会から担当官を派遣する必要がありますが、受け入れ体制はどうお考えで?」

 

 主導権の取り合い、もしくは責任の押し付け合いによる致命的な遅延を危惧する評議会の面々。先に「(実務)責任者の所在」をはっきりしないと争いになる事必定である、と議長を見つめる。

 

「折角集める(総動員)のだ、大軍の指揮を経験する最初の機会として軍(と国防委員会)に主体になってもらおうか。今後、必要になるだろうし」

 超高硬度炭素結晶並みの面の皮を持つ、総司令官候補を思い出した議長が決断した。

 

「賛成賛成」

 

「ようやく主役になる機会を奪ってしまう結果になってしまったのだ。形は違うが顔役として頑張って貰おうじゃないか」

 

「…」

 酷い詐欺にあった気がする。

 軍を対象とした予算の過半を横取りされた挙句、厄介事(疎開作戦)は押し付けられるとあっては。

 最高評議会における、同僚諸氏への諸々の悪態を、沈黙を守る事で、国防委員長は乗り切った。

 なお、国務委員長は最高評議会の終了時に二度目の辞意(一度目は疎開の内示時)を表明したが、議長に慰留された。

 

 

 

「非戦だ」

 

「…」

 

 委員長から最高評議会での正式決定を聞かされ、天を仰ぐ国防委員と幹部官僚達。

 さらに、疎開作戦の主担当者(責任者)を申し付かったと聞き、手負いの獣のような唸り声を上げる部下たちを、さらなる奈落に突き落とす。

 

「迎撃作戦の為に招集していた者たちを、そのまま疎開作戦の要員としてスライドさせる」

 

「”あれら”に指揮させるのですか…」

 

「任せるしかなかろうね。今すぐ使える、適度な規模を持つ司令部は”彼ら”の所しかないんだ」

 断ろうものなら、何のための軍かと、政府内だけでなく市民からも叩かれる事必定である。

 

 ああ、吾等が委員長もついに議長に毒されたか。

 委員の一人が悲痛な顔で委員長に泣きつく。

「…その。…委員長や(統合作戦)本部長は当然として、(最高評議会)議長閣下のご助力も願えませんでしょうか?…」

 

「…必要かな?」

 

「せめて吾々が背中を押さねば、司令部は空中分解しかねません…」

 

「……」

 一体全体、あの大男とノッポの二人は軍内で、どう思われているんだ。

 国防委員長の溜息は止まらない。

 

 以後、最高評議会議長、国防委員長、統合作戦本部長と言った上司・上官の面々が疎開作戦司令部を日替わりのように訪れたり、遠隔地にいる時は通信を寄越してでも、司令部スタッフを激励して回る事で、どうにか任務に従事させ続けたのである。

 

彼らの「ささやかな長征」*2はこの日から始まった。

 

 

 

*1
惑星(開発)債:100年単位の償還を設定し、基本無配当であるが、一定数量の債券を保有することで債権者一人につき、開発対象惑星が居住可能になり次第、優先的に移住権の取得・優等居住地の手配が保障される。(この際、償還された償還金も住居の購入や、移住地での生活費に費やされるので、植民惑星経済の成長に資する)中産階級やそれ以下の労働者に積極的に販売され、少数ずつ定期的な購入が推奨されている。家族人数分の債券を取得し、子供・孫世代に豊かな移民先を与えるという、超長期積み立て投資の一種。自由惑星同盟が拡大を続ける限り、損をしないシステム。ネズミ講に近い。今回の場合、むしろ中央銀行の債権引き受けをさせる為に、法律上も管理上も都合が良い公社(官営組織)を設立させて民間に任せられるものは外注(という名の政府投資や梃入れ)で代える、という手段と目的が入れ替わっている。

*2
ささやかな長征(モデスト・マーチ:modest march):疎開作戦に携わった軍属が本作戦を評して。一万光年の脱出行に比べたらささやかなものだ、と励ましあっていたのが由来と言われる。人の移動(避難)と並行して、初期避難先の生活環境整備・当座必要な生活物資の途切れのない配給維持、担当官公庁(周辺星系政府といった地方自治体含む)との折衝に民間組織(企業・NGO団体)との協同など膨大で雑多な任務(業務)を同時並行で捌くという未知のタスクを致命的失敗なく(致命傷に至らない大小さまざまな過誤はそれこそ膨大に起きたが)遂行させた。以後の同盟軍のドクトリンにおいて重要な戦訓と影響を多々もたらした。

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