帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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14.マクシミリアンの青

 

 現地最高責任者同士による直談判により、状況が動き出した。

 総督率いる救援船団の護衛部隊として、帝都防衛艦隊は帝星へ「護送」する形で問題は先送りしよう、という話であった。

 インゴルシュタット、帝都防衛艦隊の主張は「総督殿下の帝都への護送」である。(インゴルシュタットは内心ではもう身命に代えてでも総督の目的を達成させようと覚悟はしていた)

 総督、救援船団の認識は「帝国軍の護衛でもって帝都へ救援に赴く」となっている。トップ同士(インゴルシュタットとマクシミリアン・ヨーゼフ)で”認識の齟齬が表面化しない限り”(新無憂宮には手を付けない、付けても宇宙軍は巻き込まない)においては致命的な対決には陥らない、それぞれのギリギリの妥協点と言えた。

 

 トップは合意を成したが、現場は大騒ぎである。

 呉越同舟とも、別動隊と合流したせいでますます混沌とした救援船団を護衛する体となった帝都防衛艦隊は、大公を頭に、帝都防衛艦隊司令部を中核とし、再編成しながら帝都に上る。(帝都防衛艦隊司令部に丸投げする)

 

「ミュンツァー中将。どうなっている…」

 

「私に答えられるとでも?」

 

 戦艦カッセルの第二艦橋(第一艦橋は帝都防衛艦隊司令部が占有)を臨時の救援船団統合司令部とし、そちらに司令部要員を迎え入れたインゴルシュタットは、受け入れ担当を押し付けられたミュンツァーと並び立ちながら会話する。二人とも、モニターを眺めながらの体で視線どころか顔すらあわせようとしない。

 

「大公殿下が畏きも帝都の騒乱を憂い、無辜の臣民を救い給うべく上り奉り。帝国への忠義の発露による殿下に付き従いし者たちでありましょう」

 白々しくマクシミリアン・ヨーゼフが掲げる建前をミュンツァーは口にする。

 今や、インゴルシュタット提督は万を越える艦隊の指揮を要求される身の上だ。

 呉越同舟、複数の頭と複数の組織が合同して艦隊行動を行うという悪夢のような指揮をぶん投げられた。

 大公妃の狙い済ました発言に夫婦の息の合った連携で口を挟む暇を与えず、大公がミュンツァー中将に適当な人材の推挙を求め。むっつりした顔のまま、ミュンツァーが大公に推挙したのがインゴルシュタット中将という訳であった。

 ミュンツァーは自身も被害者である事を強調する。

「私は巻き込まれた側。精々、水先案内人か仲介者です」

 帝国軍相撃つ事は防げた。帝都の動乱も終息の目途が微かだが見え始めた。後は新無憂宮のいつもの茶番劇(政争)にまで収まれば、晴れて帝国軍もお役御免となる。

「どなたが即位されるにしろ、結果として、帝国軍からすれば最悪の事態は逃れられるのであれば、大公殿下の不興を今に買う事もありますまい」

 

「…」

 不愉快極まると傍らに立つミュンツァーを睨みながらインゴルシュタットが毒を吐く。

「そして貴官は殿下の覚え目出度く、茶坊主に、か」

 

 インゴルシュタットの嫌味に、視界にギリギリ入る程度に黒目を向けて、ミュンツァーは厭らしく(へつら)って返す。

「…喜んで代わりますぞ、インゴルシュタット提督。(マクシミリアン・ヨーゼフの)人使いの荒さは流石は皇族と。他の皇族の方々はいざ知らず、少なくともタダ働きを当然と受ける御方ではない事は確かです。恐れながら小官が保証いたします。閣下なら、”私より使()()()がある”と殿下に進言いたしますとも」

 

「「…」」

 本当に嫌な奴だ。どちらがより勝ると思ったかは不確かのまま、二人は不機嫌そうにモニターを見つめ続ける。

 

 

「通信管制を掛ける。外部への通信は原則禁止。各隊ごとに隊形を厳守。各隊の距離は広めに取るので、多少隊形が崩れるのは許容するが、落伍は厳禁。離隊する艦、許可無き通信を始める艦は反乱と見做す」

 内部統制を厳にせよ。要約するとそういう指令になる。

 

「むしろ、容疑者の集団護送と監視ですね…」

 

 泣くのを堪える表情の幕僚の嘆きに、インゴルシュタット提督は渋い顔のまま窘める。

「言うな。不敬である」

 

 救援船団合同宇宙艦隊司令部を押し付けられた、帝都防衛艦隊司令部は帝都へ向かわんとする一団を歪で大雑把な球形陣に再編成した。救援船団(むほうもの)を内側に、外周を帝都防衛艦隊で固めて『護送』する。行軍速度は本職の軍人からしたら泣きたくなるほど鈍足となるが、もう機動性は不要であり、軍人の矜持とか誇りもゴミ箱に叩き込んだか棚に一時的に上げたので諦める。

 内側に押し込めた、高貴なる騒乱罪予備軍を帝星まで、監視・拘束する事を第一に即席で考え抜いた編制である。

 ”内部”の敵(予備軍)が余計な事をしでかさないように”統制”する、という意味での内部統制であった。

「…酷い内部統制もあったものだ」

 インゴルシュタットの口から洩れる。

 降下後に(確定的に)騒ぎになるのも(明らか)嫌なので、(嫌々)ミュンツァー中将を通して総督殿下とグルになっていると思われる地上軍に、船団の実情を流した。

 受けた地上軍側も慌てだしたので、物凄く不安になるが決断した以上はもう変更はできぬ、出来る限りを果さねばならない、と悲壮なまでの決意を固めるインゴルシュタット。

 最悪、帝星に宇宙からの艦砲射撃を撃ち込む、最初の帝国軍人として不名誉を受け入れる覚悟を固めながら、インゴルシュタット提督は困難な指揮を執る。

 

 

「それはさておき、帝星到着後もインゴルシュタット提督には働いてもらいましょう」

 

「彼は帝都には降ろさないぞ?」

 救援船団旗艦にて、首謀者と参謀長(役の軍人)が降下後の相談をしていた。

 

「私も彼と同じ帝国軍人ですが?」

 酷い差別を受けていると視線で訴えるミュンツァーをいなして理由を聞く。

 

「元々、船団側で非軍事機関(民間組織含む)の連絡網を任せるつもりでしたが、帝都防衛艦隊司令部(あちら)の方が遥かに規模も練度も装備も優れています。まして、彼らは中央がホームです。我等より詳しいです」

 インゴルシュタット(トップ)の能力は折り紙付きですよ。悪事に巻き込む時の悪いオーラを滲ませながらミュンツァーは断言する。

「殿下はどうせ、軍中央と直接やり取りする意思もないのでしょう?であれば、彼に任せてしまいましょう。軍務省・統帥本部・宇宙艦隊司令部(うえ)もインゴルシュタット提督であれば遠慮なしに呼び付け易いでしょうし」

 

「降りて後は彼らは使わないのか?援護射撃とか衛星軌道上からの監視とか」

 

「彼らに直接(火力)支援を求めるようなら計画はもう御破算寸前です。要らない前提で組まれております。そして彼らからの情報は、地上軍から齎される分でも十分と見込んでいます。少なくとも軍事的には」

「それに、これ以上の協力は彼ら(宇宙軍)の立場が危うくなりますので…」

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 帝国軍を引き連れ、それも辺境の方面軍に、迎撃に向かったはずのインゴルシュタットの艦隊(中央軍)も合同させたマクシミリアン・ヨーゼフというのは、膠着しつつあった、帝都のお騒がせ者から見れば、帝国軍(と中央政府の無言の賛同)を背景に帝都に乗り込んできたように見えた。帝国における、最も強力で正当な武力を、である。

 ヘルベルト派閥は臍を噛み(本来ならばヘルベルトがそうするべきであった)、リヒャルト一派は震えあがった。

 

 帝都の天空の更に上。夜明け前の昏い蒼空のような色合いの宇宙と大気の狭間に浮かぶ、救援船団から揚陸の為の艦艇が降下を開始する。

 

「こちら帝都防衛司令部。貴隊の所属を明らかにせよ!ここは帝都である!当司令部に通知の無い艦艇の侵入は許可できない!直ちに降下を中止せよ!」

 

「こちらは帝都救援船団所属マクシミリアン・ヨーゼフ大公殿下麾下・救援隊警護兵団である。原隊はヴィレンシュタイン方面軍地上軍。

 救援船団統合司令部を構成する帝都防衛艦隊より貴司令部に宛て、宇宙艦隊司令部、統帥本部、予備で軍務省に事前通知済みである。再度確認を願う」

 

「…こちら帝都防衛司令部。上級司令部に再度確認を行う。確認が取れるまで、降下を中止し、現地点で待機せよ!」

 

「それは出来ない。重力は命令しても止まってくれないのでね」

 

「冗談ではないぞ!」

 

「我々は総督殿下の要請と軍法に従い、救援活動中である。停止を受け入れるには、上位の命令を必要とする。直ちに上級司令部に問い合わせを推奨する」

 

「実に楽しいな…」

 揚陸艦のウェルドックから司令部が交わす漫才のような通信を聞き流しながら地上軍中佐が楽しそうにぼやく。

 

「普段お高く泊っている帝都の儀仗兵(帝都防衛軍)を揶揄った上に無視して着上陸とは!」

 装甲擲弾兵の曹長が相槌を打つ。

 

「一生行くことなんて無い、帝星に完全武装で上陸ですか。ちょっとした土産話になりますね、軍曹」

 

「観光気分かよ…まぁ、それくらいの気分の方が変に体が強張らなくていいかもな…しかし、これは落ち着かんな。演習だか救助活動の気分だ」

 

「いいじゃないですか。戦闘しに行くんじゃないんでしょう?我々は救援隊ですし」

 

 肩を竦めて部下の上等兵に同意した軍曹は渋い顔をして、船内で配布・着用を厳命された「腕章」を摘まむ。

 彼らは味方識別符号として、軍装の一部に青色を差し込んでいた。

 青い腕章。

 青い太線を刷いた装甲車。

 肩部装甲に青い染料をぶちまけた装甲擲弾兵。

 青で鼻面を染め上げた気圏内戦闘機。

 青の軍団。マクシミリアン救援団。後に様々に呼ばれる事になる、降下してくる一団。参加した将兵は名誉を持って。その姿を直接見た帝星の住民たちは、当時の感動を振り返って、こう称する事を好んだという。マクシミリアンの青、マクシミリアン・ブラウと。

 …後に救助活動を讃える勲章として制定される事になる、マクシミリアン・ヨーゼフ・メダルにもその意匠が取り入れられている。七宝部分の青色や青綬と、青に拘ったデザインから通称、ブラウアー・マックスと呼ばれるそれである。

 

 

 帝都圏を構成する、ある中規模都市郊外の国定公園に先遣隊として擲弾兵を主力とするヴィレンシュタイン方面軍地上軍の主力が着上陸し、陣地や上陸司令部を構築する。さらに領邦軍でもバルトバッフェル領邦軍と直参貴族軍でも比較的重武装の連合部隊が続く。

 彼らが上陸・展開した場所は、帝都に接続する物流の大動脈が走る地上交通路が通っていた。

 地上軍の主力(警護兵団)が帝都に向けて進軍を開始し、耳目を集中させる間隙を縫って、次々と小規模の警護兵団部隊が降下を開始し、帝都へ接続する主要街道を構成する諸都市を占拠する。

 帝都圏を構成し、主要街道を有する都市に警護兵団部隊が近づくと、そこに不思議な一団が待っている。

 部隊章を隠すように青い腕章を付けた自称義勇兵たちを率いる、階級章を青いリボンに替えた連絡将校を名乗る指揮官が救援隊の地上軍に近づき敬礼する。

 

「救援船団警護兵団の第三連隊第二大隊D中隊です」

 

「お待ちしておりました。帝都義勇兵2224小隊です。案内及び、補給所の担当を請け負っています。こちらへ」

 

 不思議と各都市、各重要地点に救援団を支援する義勇兵たちが待機しており、合流したり、支援を行ってくれる。このような光景が各地で見られ、それらの助けを借りて上陸した警護兵団は速度を維持したまま進撃する。

 先陣を勤める警護兵団の後を領邦軍が続くように降下し、支援物資の配給と、必要であれば、治安回復活動や復興支援に従事する。後事を領邦軍に引き継いだ警護兵団部隊は、何故か在京ながら、上級司令部が沈黙し、衛戍地で即戦待機状態であった帝星在駐地上軍部隊からの物資や情報、後方支援を受ける事で迅速に帝都を包囲下に置いてしまった。僅かに2個師団足らずの兵力での鮮やかな進軍で、後に作戦総括を行った統帥本部を唸らせる機動であった。

 

 

 半日も掛からず、帝都に押し込まれ、恐慌状態に陥ったのは貴族の私兵と持ち込んだ両派閥の貴族たちであった。

 自派閥貴族達の領地から私兵をかき集める事が出来るのであれば、数の上で圧倒する事は可能であるかもしれない。だが、帝星の制宙権を握る(と思われる)マクシミリアン・ヨーゼフシンパの帝国軍の追跡を脱して領地に戻り、兵力を連れて駆け付けるという難事を達成することが必須。その間に帝都は制圧されるだろう。手持ちの兵力で本気の帝国軍に太刀打ち出来ると思っている貴族など居なかった。相争う、眼前の連中と呉越同舟で連合したとしても恐らく帝星の(そら)は解放できない。地上兵力だけなら今も勝るが、それも時間経過と共に失われる程度の優越であり、何より制宙権を握られているという事は惑星内の制空権も敵方に在る訳で。制空権無き地上兵力など数の差を帳消しにされるのは、遥か昔、宇宙軍の居ない地球上でのみ戦っていた時からの鉄則であった。

 

「騒乱の渦中にあって武器を持つ者たちに告げる。

 武器を下げよ。捨てよとは言わぬ。ただ戦闘を停止せよ。可能ならば対抗者より距離を取れ。

 指定時刻を経過後発砲・交戦が認められた地点においては、帝国軍による鎮圧を命じる。繰り返す…」

 

 私兵たちをそれぞれ引き離す、威圧、鎮圧と言った武力行使には本職の地上軍実戦部隊を。

 救助活動や救助施設の設営、物資の配布は本領たる領邦軍を。

 宣言通りの活動を始める救援船団。

 未だに中立性に拘る(大公に乗っかって失敗した場合の詰め腹を恐れて)帝国艦隊と中央軍は帝星オーディンの宙域封鎖と周辺の治安維持に専念してもらい、同心し、付いて来てくれた方面軍と現地軍の一部を指揮下に置き、帝都各地の戦闘を止め武装勢力を引き離していく。

 余りに急な展開に混乱したり、以前までの及び腰の対応に高を括る者達が抵抗を試みる事もあった。

 それまでの帝国軍と異なり、総督殿下の下、救援船団の命令に従い警護兵団は無慈悲なまでの対応を返す。極めて精密な情報支援の下、気圏内戦闘機が適当な精密爆撃でもって建屋に立て籠る私兵ごと建物のみ吹き飛ばす。

 戦闘停止命令に従わない一団が警護兵団と対決姿勢を示せば、十分もせずに飛んできた対地攻撃装備の反重力ローター機(ガンシップ)が多連装銃身を突きつけて、生死を問わず従わせた。

 

「擲弾兵と知己を作っておいて正解だった…」

 マクシミリアン・ヨーゼフの呟きに擲弾兵団長である少将が嬉し気に相槌を打つ。

 ヴィレンシュタイン方面軍副司令官であり地上軍司令官であるブルクハルト中将の努力により、市街戦、都市攻略戦の専門家として擲弾兵団長と擲弾兵や軽装歩兵、軽装甲車両・大気圏内空中騎兵を中心とした機械化部隊による混成部隊を救援船団に差配してくれた。

 移動中、帝都防衛艦隊との対峙中の時間を使い、敵味方識別コードの策定、IFF装置の設定などを済ませ、指示も出来る範囲で行った。

 

「市街地戦闘です。陸戦隊や、義勇兵だけでは混乱を助長していたかもしれません」

 

 市街地にあっても、装甲戦力と航空戦力を持ち込み抑制的な対応を目指し、抵抗には(私兵たちから見たら大人げない火力でもって)容赦しない態度を徹底して、想定よりも警護兵団側の被害は少なく城下町の戦闘を鎮静化していっているとの報告を受けて、マクシミリアン・ヨーゼフはそっと安堵の息を吐く。

「この際、中央軍が引き籠って、戦闘に参加しなかったのは不幸中の幸いか。敵味方がはっきりしているだけマシかもしれない」

 

「そうですね。アンノウンは敵と決めつけられるのは現場としても大分楽になります」

 

「それにしても、中将が本当に大活躍だな」

 降下に付き合わされることを最後まで嫌がっていたミュンツァー中将のことである。当然のように参謀長的立場に据えて関係各所との調整に全力で扱き使っている。

 

「地方の動乱や反乱鎮圧、災害救助に復興支援の経験まであるのが頼もしいですね」

 

 総督と兵団長の会話を聞いた当人はどう思っただろうか。

 

「帝都での騒乱まで治める事になるとは。私はただの参事官だぞ」

 とりあえず、この騒動を収める第一人者と目される大公マクシミリアン・ヨーゼフの第一の軍事顧問と見做される事にミュンツァー当人は大変迷惑していた。同輩たる帝国軍、それも中央軍や軍首脳部からの隔意有り気な視線と態度。剛直で鳴らすミュンツァー中将でさえ吠え叫びたくなる空気であった。

「正しく職責にある者が動けばいいだろう!どいつもこいつも周囲を伺い、総督殿下を伺いながら働くのか。大体、言質が欲しいなら当人(マクシミリアン・ヨーゼフ)から直接貰って来い」

 普段は顔も知らぬ、上級大将だの元帥だのといった上位者たちがミュンツァーを呼び付けようと試みたり、部下を内々に差し向けて繋ぎを取ろうとしたり、命令系統を無視するような連絡を求めてくるのだ。

 組織人であり、真っ当な帝国軍将官を自認するミュンツァー中将は諸々を呑み込み黙して対応するが、流石に堪えかねると、一度は総督殿下に訴えた。

「殿下。私は一介の参事官です。殿下の参謀長ではありません。殿下は私に治安維持を御命じになります。私は一介の参事官です。治安維持(帝都戒厳)司令官ではありません。殿下は私に救援物資の手配と配給を相談されます。私は一介の参事官です。オーディン兵站参謀ではありません。殿下は私に警察機関との協同について調整を求められます。私は一介の参事官です。帝都渉外監ではありません。

 一介の参事官。たかだか一介の参事官が複数の分野にわたる最高度の権限を持つ事も、正規の命令外で権限を揮う事も軍人としてあるまじき姿なのです。仮にそれが許されるとしたのであれば、それは真っ当な軍組織とは言えません」

 

「うーん、この」

 剛直に過ぎるだろう。マクシミリアン・ヨーゼフは呆れた。

「有事である。中将の意には反するし、諫言も有難いが、有事とはそういうものだろう。一刻も早く平時に戻す為にも今は動ける者が動くべきだ。救えるものは一人でも多く救うのだ。苦言忠言は後で纏めて聞く」

 ミュンツァーの心よりの諫言を鬱陶しそうにいなすと、マクシミリアン・ヨーゼフは(彼を)容赦なく使い倒す。

 

「小銃の発砲音が聞こえる?まだ戦闘区域だ、それくらいの発砲など当たり前だ。

 武装憲兵隊は?よし、前線指揮所に連絡官を差遣させろ。引き離し監視中の擲弾兵と交代させていってくれ。憲兵隊のすぐ後方に復興支援隊を続かせろ。すぐに救助活動に入るんだ」

 

「武装解除にも撤退命令にも応じないので制圧して良いかだと?…総督殿下は何と仰っていたか思い出せ。そうだ、救援だ。殲滅でも鎮圧でもない。穏便にお引き取り願え。

 結節点の傍で邪魔……ふぅ…どこぞの貴族の私兵であろう。雇い主の貴族の私邸に引き上げるように説得しろ。私邸内は治外法権だから、敷地から出ない限りは罪は問わないし、武器も取り上げる必要はない。いいのかだと?構わん。総督殿下が御認めになっておられる。治安さえある程度回復できればそれでいい。後は全て殿下が引き受けてくださる」

 

「警察・消防との連絡は取れたか?救援船団統合司令部に官公庁の連絡所を開設させろ。帝都以外の情報はそちらに集約だ。市長からの連絡もだ。帝都周辺の行政機関から警察・消防・医療関連の救援隊の取りまとめをさせろ。通信と監視は艦隊にやらせるんだ。処理能力的にもあちらの方がリソースもある。

 段取り?手順?そこにインゴルシュタット提督が居るだろう。その御仁なら、情報を伝えたら勝手に理解して、必要に応じて動く。しっかり今言った内容を確実に伝えろ」

 

 まこと役に立つ男である。

 

 

 マクシミリアン・ヨーゼフを見守る勢力が緊張する瞬間があった。それまでの彼は自身の宣言通り、新無憂宮は無視していたし、引き連れた帝国軍を踏み込ませる事もしなかった。その彼が初めて、帝都郊外で待機していた近衛軍部隊を帯同させた自身の手の者を遣わした。

 

「兄上!」

 フリードリヒ三世の皇太子であり騒乱の渦中にあって、本来であれば最重要人物と見做されるべき皇太子グスタフは、その病弱さもあって、騒乱前からその身を軽視されていた。父の死後に至って急激に知名度を得たが、騒乱が本格化した後は無視に近い扱いであった。彼の傍にあって彼を庇い続けたのは、近衛軍を除けば彼の侍従たち、生母たる皇太后だけであった。

 近衛軍の連絡可能なルートと、バルトバッフェル侯爵ステファンの皇族の伝手も駆使し、皇太后の生家である貴族家を通し、必要な物資、特に医療設備に医師団を揃えて派遣させたマクシミリアン・ヨーゼフは一人皇太后の許しを得て、兄の寝室に招き入られた。

 

「マクシミリアンか。おかえり…」

 

「御無事で…」

 

「済まない。このような騒ぎの中大変だったろうに…」

 

「いいえ、いいえ…」

 帝都を離れる前に挨拶した時より、更に兄の病みが深化しているようにマクシミリアン・ヨーゼフには見えた。

 

 

「……」

 

「…そんなにか…」

 寝室の外に誂えさせた控室で待機していた医師団から兄の病状の説明を受け言葉が詰まる大公に、説明していた医師が頭を下げる。閉ざされた寝室に続く扉を振り返り、歯を食いしばるマクシミリアン・ヨーゼフ。

 

「大公」

 時を開けず、控室に立ち入り医師団を下げた皇太后はマクシミリアン・ヨーゼフに呼びかける。

 皇太后は能面の如く凍り付いた顔のまま、義理の子であるマクシミリアン・ヨーゼフに告げる。

「もう良いでしょう。あの子…グスタフに今必要なのは静謐です。これ以上、あの子の時間を奪う事も、騒がしくする事も望みません」

 

「は…」

 

「あの子が静かに眠り、旅立てるよう準備なさい。それが叶ったのならば」

 後は貴方の勝手になさい。

 血に汚れた帝冠なぞに価値も興味も認めない。まして、我が子を追い詰め、今も苦しめる帝位なぞ。

 言外の強烈な皇太后の意思を、異なる嗜好ながら同じ価値観を持つからこそマクシミリアン・ヨーゼフは正しく受け取った。

 それは明言できない、譲位の宣言であると見做せるだろう。今生存する、法的瑕疵の認められない最高位の皇族である皇太后が、皇太子グスタフの後見としてマクシミリアン・ヨーゼフを認めるというのだから。

 

「承りて」

 マクシミリアン・ヨーゼフは、ただそう応え、グスタフの離宮から退出することで精一杯だった。

 沈黙を守っていた皇太后より宣旨が下る。

 

 騒乱を鎮めよ。爾後(じご)の上奏はマクシミリアン・ヨーゼフ大公が(あずか)(もう)すように。

 

 ここに、借り物の実力で虚ろな実績を打ち建て、権威も納めたマクシミリアン・ヨーゼフが摂政に上る事が決定した。

 

 

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