帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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ようやく、書きたかったシーンにたどり着きました。
さぁ、ここまでお読み(おつきあい)頂いた読者諸侯も(感想欄にも)御唱和ください!!


15.私の陛下(マイン・カイザー…)

 

【挿絵表示】

 

 宇宙と気圏内を含めた多元的同時進撃により敵をパニックに陥れ、組織的な完全武装の地上軍部隊の威圧でもって引き離していく。

 僅かな戦闘も用意万端、組織化された地上軍相手に一蹴されれば、元々戦意喪失気味の私兵たちの抗戦意欲に止めを刺す。

 皇太后の宣下が発せられ、マクシミリアン・ヨーゼフの摂政就任と同時に帝星在中の地上軍は即応した。私邸に引き上げた貴族の私兵諸共、警備と称して完全武装の帝国軍で囲む。屋敷に向けて銃口を向ける事はしなかったが、これ見よがしに装甲車を巡回させ、敷地上空をわざわざ気圏内戦闘機や偵察ポッドを飛ばして威嚇する。

 別の集団は帝都になだれ込むように展開し、救援団の実戦部隊から引き継ぐように警備を代わり、救助活動に合流していった。

 ある一隊は新無憂宮を完全に囲み、近衛軍全軍による新無憂宮入城と城内の武装勢力の排除を進める。

 そうして、騒動者達を引き剥がし、押し込んだ末。

 

「私は」

「私は皇帝に。…どうして父上は。…ヘルベルトは…」

 玉座に座り込む。深々と座するのでもなく、草臥れて背を丸めるように座り込むその姿は、とても威厳ある支配者には見えなかった。

「私が。帝国は…」

 若々しく活力に富んだ青年皇帝。そうあるべきだった。

 

「リヒャルト…」

 続いて掛ける言葉を失うマクシミリアン・ヨーゼフ。

 迷子の幼子がようやく家族を見つけて安堵するかのような表情で、マクシミリアン・ヨーゼフを見つめるリヒャルト。

「兄上…」

 流され、抗い、その果てに。

 独り黒真珠の間の玉座に座るリヒャルト。付き従う者無き皇帝。

 マクシミリアン・ヨーゼフにとって、それは、うすら寒い想像の具現そのものであった。

 

 

「遅かったじゃないか。だが、まぁ上手く立ち回ったものだ」

 

「叔父上」

 琥珀の間(小謁見室)の玉座に端座する同名の叔父を見つけたマクシミリアン・ヨーゼフは非友好的な視線を向ける。

「リヒャルトに(黒真珠の間を)御譲りしたので?」

 

 甥の下手な当て擦りに気分を害した様子もなく、老いた叔父は薄笑いを浮かべて応える。

可愛い甥(リヒャルト)のささやかな望みくらい叶えてやらんでどうする。年を経れば、それくらいの寛容さは覚えておくべきだて」

 

「肉親の情を発揮するのであれば、(今回の争いを)止めるべきでしょう…」

 

「ふふ。止められると思うてか。一度走り出した彼らを阻もうとするならば打ち斃されるだけよ」

「異母弟殿‥‥君の父親(フリードリヒ三世)のように、だ」

 

「…」

 眉をひそめて、いぶかしむマクシミリアン・ヨーゼフは疑惑の色を強める。

「まさか、父上も…」

 

「ははっ」

 片手を挙げて嗤い声を上げる老マクシミリアン・ヨーゼフ。

「それはあまりにも、御父上を見縊り過ぎだ、若きマクシミリアン・ヨーゼフよ。上位の帝位継承権者を()けて横車を貫き通すには、それだけの力量と覚悟が必要よ。運だけで掴めるほど帝冠は軽くはないぞ?君の御父上は、やはり帝位に相応しい御仁だったよ」

 少なくとも、帝位に就くまでは。老マクシミリアン・ヨーゼフは心の裡で呟いた。

 無言のまま、老いた皇族を見つめていたマクシミリアン・ヨーゼフは興味を無くしたように口を開き、閉幕を告げる。

「貴方もお役御免だ」

 

「ほう?」

 

「私はその椅子(帝位)には座りませんからね」

 操る人形が無くなったのに、舞台裏に何時までも黒子がいるのは滑稽ではないか。大公は嗤う。

 

「ほうほう。古に曰く、天に太陽は二つ無く、地に二主は無し。

 登極せず、誰ぞお主の手元に置いた甥御を玉座に宛がい、わしのように黒子に徹するか。…ふむ。皇帝と違い、黒子は複数居ても良いであろうに。どうだ?」

 

「連星系の恒星なんて吐いて捨てるほどにあるでしょう。そして過去に分割統治を試みた帝国もありました。銀河帝国とて、そのような機会があるかもしれません。過去、前例が全てなら我々皇族など不要でしょう?」

 わざと老マクシミリアン・ヨーゼフの誘いにずれた応えを返す。

 

「雅さに欠けるぞ、若いの」

 

 老人の苦言を無視して、マクシミリアン・ヨーゼフは告げる。

「貴方とは共に仕事は出来そうにありません」

 

「ふむ…ステファンは使うてもか?」

 

 老人にとっての異母弟、マクシミリアン・ヨーゼフにとっての叔父であり後見してくれた恩人であり、今や同志とも言うべきバルトバッフェル侯爵を同列に扱う事に言い難い不快感を感じながらも、大公は問い返す。

「父。それに弟達は玉座を望んだ。父は玉座は掴んだが使い方をしくじった。弟達は…彼らなりに帝国を思ってはいた。掴み切れなかったが…力不足であったかもしれない。運も味方しなかったかもしれない。…それでも彼らは挑んだのだ。

 だが、翻って貴方はどうか」

 

「どう見る?」

 

「貴方は帝国をどうするか興味は無いと見た。皇帝を選ぶ事に執着はしておられるようだが」

 母屋(ていこく)の面倒を一切見る気のない大家(こうてい)など、ただの寄生虫ではないか。

「帝国を捨て置き、玉座を弄ぶ御方とは仕事など出来ようはずが無いではありませんか」

 

 本当に感心したとばかりに顔を綻ばせ、年以上に刻まれた皺を益々深くする、老マクシミリアン・ヨーゼフ。

「流石。帝国を諦めて辺境に逼塞しようとした甥よ。よく見ているではないか」

 

「止してください。私は憧れの辺境スローライフ、妻との隠居生活の為に、帝国の掃除と建て直しに戻って来たのです」

 貴方と一緒にするな。

「マクシミリアン・ヨーゼフ様を離宮にご案内し保護せよ」

 着いて来た護衛にそう指示し、老マクシミリアン・ヨーゼフに玉座から離れるよう促す。

 小玉座から立ち上がりながら、老人は寂しそうにも残念そうにも見える表情をマクシミリアン・ヨーゼフに向ける。

「お甘い」

 

「帝冠争いならそうかもしれません。ですが私にとって()()は玉座を巡る戦いではありませんでしたよ。帝国を建て直す一手でしかありません」

 甥と叔父は決別する。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

「座らないの?」

 

 独り、黒真珠の間でむっつりと玉座を見つめていた大公に声がかかる。彼にとってその声は何よりも大事な女のものであった。振り向いたマクシミリアン・ヨーゼフは驚いた。

「ジークリンデ…て、その恰好はどうしたのさ?」

 妻は貴婦人向けの女性用軍服に元帥のケープ(色、装飾から軍務尚書のものらしい)を纏っていたので、マクシミリアン・ヨーゼフは目をしばたたかせる。

 卸したてのドレスを夫に褒めて貰いたくて、軽く一回りするように。

「途中で元帥閣下にお逢いした際に、お強請りして譲って頂いたの。似合ってない?」

 

「…絵画から飛び出てきたワルキューレの如くだ」

 似合うか似合わないかで言えば。これほど美しく(こわ)い元帥など夫の贔屓目を差し引いても見た事がない。

 活力に溢れた歩みで夫に近づくジークリンデ。夫の手を取り、玉座に近づく。

「思ったより古臭いのね」

 

 玉座の肘掛の手触りをジークリンデは身も蓋もない感想として告げ、マクシミリアン・ヨーゼフを失笑させる。

 

「マクシミリアン・ヨーゼフ一世、叔父様の仮即位を認めたら二世かしら?今なら座れるんじゃない?」

 再び誘う。

 妻の誘いに、心底嫌そうに(かぶり)を振るマクシミリアン・ヨーゼフ。

玉座(ここ)に座る事が割にあうようには思えないね」

 せめて、この座に求められる覚悟を持つ誰かが、それでも欲する誰かが、座ればいい。勝手にしてくれ私たちを巻き込まないでくれ。内心で吐き捨てる。

 

「そう?」

 小首を傾げたジークリンデは軽やかに、玉座に座る。

 

「…!」

 

 浅く座り直し、背を伸ばし足を組む。肘掛に手を置き、面白そうにマクシミリアン・ヨーゼフを見る。

 

「…」

 大公の眼前に、元帥のケープを纏い、華麗な軍服で美しい肢体を飾り立てる佳人が覇気ある笑みを浮かべている。それは、まさに絵画かソリドラマに描かれる戦乙女の大元帥、麗しき女帝の理想の一つがあった。

「思わず、跪いて"私の陛下万歳"(ジーク・カイザーリン)と歓呼してしまいそうだ」

 

 笑いの種類を変えたジークリンデは、体を崩し肘掛に肘を立て、顎を支えながら玉座の間を眺めた。

「思った以上に面白くもない光景ね。もっと高みから睥睨しているのかと思ったけど」

 

「そうだろうね。見る側は仰ぎ見るように作られているはずだし」

 

「ふーん…」

 勢い良く立ち上がるとジークリンデは夫を軽く抱き、飽きたと言わんばかりにマクシミリアン・ヨーゼフの腕を引いて玉座から離れる。

私の陛下(マイン・カイザーリン)ってフレーズは気持ち良さそうだけど。

 "私"はあなた以外の陛下(もの)になった覚えもつもりも予定もないの。だから止めておこうかしら」

 

「それがいい」

 マクシミリアン・ヨーゼフは自分の腕に絡む手を握り込む。

「君に仕える(つきあう)のも、忠誠(あい)を捧げるのも私一人で十分だ。

 何より。君の愛が私以外に与えられるのは、それが臣民であれ、我慢できそうにないや」

 

「…んんん、うふふふ…」

 ご機嫌になった妻の足取りが軽くなる。

「仕方ないわね。第一の臣にして、最高の騎士にして、私の唯一の藩屏である大公様のささやかな独占欲(ヤキモチ)くらい受け止めないでは、私の寛容さを問われるし」

 

 二人は入る時よりも遥かにご機嫌な足取りで玉座の間を後にした。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 ステファンはモニター越しに閣議に使われる大テーブルの主宰席に独り座るマクシミリアン・ヨーゼフを見つけた。領邦で留守居役として多忙の極みの叔父を呼び付けた若き摂政は流し目で空席を見渡すと冗談混じりで誘う。

「叔父上、どの椅子(尚書)が良いですか?」

 

 目を細め、甥に疑いの眼差しを注ぐステファン。

「正気ですか」

 

「まだ権力にも血にも酔っていません。たまたま政争で生き残った『若造』が中途半端な地位(摂政)で期間限定と叫んで回った挙句、ようやく皆が拳を降ろして、とりあえず様子見してくれているのです」

 つまり、いつ何時火が噴き上がるかも分からない鉄火場で誰も手伝ってくれそうもない。

「大体、皇族が大分減りましたからね。生き残った経験豊富な皇族の長老として支えて頂かねば。今回(私が)しくじれば次こそ易姓革命ですよ」

 

「……はぁ。最後まで付き合えるとは思わないでください。年もあります」

 

 これから政治家として脂が乗り出す年の、若過ぎる叔父の冗談と流す大公。

「そこはご安心ください。目途が付いて落ち着きが見えたら先に降りられるように手配します」

 そうしないと、公約を反故にされると見做されかねない。マクシミリアン・ヨーゼフは巻き込む叔父に苦笑と共に青写真を描いてみせた。

 フリードリヒ三世の血縁は退場させると公言している以上、フリードリヒ三世系皇族を少しずつ表舞台から下げていかざるを得ない。ただ、走り出しからそうは言っていられない。数少ない信頼できる人間をかき集めるだけ集めなければ手も目配りも回らない。いきなり失速もありえる。

 画面越しに空席の会議机を見渡し、ステファンは少し真面目な顔を作って甥御に注意する。

「まさか、兼務とか考えていませんな?暗殺より前に仕事に殺されますぞ」

 

「父の代で騒動を静観していた者たちで当座は埋めます。その後は彼らの希望とこちらの都合次第です」

 

 帝国軍に対してはどうするのか、ステファンが話を向ければ、マクシミリアン・ヨーゼフはアイデアを開陳する。

「あぁ、そうだ。付き合わせた方面軍の士官達も引き込みましょう。帝都に」

 

「…正気で?」

 

「いやぁ、名案じゃないですか?折角、彼らの本分を曲げてまで、付き合ってくれたんだ。褒美代わりに中央に召喚しましょう。そうしましょう」

 

 どうやら見た目以上に甥御殿はキレているらしい。普段隠している地が陽気(アッパー)な形で表出している。

「ミュンツァー中将も借りっぱなしだし。ついでに、軍務関連は彼を継続して使いたいなぁ。あぁ、彼を差遣してくれた方面軍司令官の大将閣下…アルベルト閣下も見る目があるし、統制も含めて能力は十分ですよね?昇進の上、協力してもらいましょう」

 

「…可哀想に…」

 帝国軍への楔に、今回の騒動に巻き込み、こき使った方面軍をさらに扱き使う気満々、甥の太々しさに、ステファンは(やつ)れて恨み節で自分たちを見つめる方面軍司令部の面々を思い浮かべて憐れんだ。

 マクシミリアン・ヨーゼフとしては、昇進や中央への召喚といった褒賞人事で方面軍の地方軍人達を自派閥に組み込めるとは思ってはいまい。摂政殿下の捩じ込み人事を中央の軍高官達がそう見てくれれば良いと考えているのだろう。弟たちの派閥はほぼ解体追放が決まっている。権力の真空地帯が生まれるが、そこに今まで絡めなかった勢力を持ち込みたいのだ。それにより、旧来の勢力(最大勢力は帝国軍と官僚)と対峙させる。少なくとも、新たな勢力を招き、かき混ぜる事で混乱を巻き起こし、その間に摂政の権勢を確立させる。

 中央と地方の断絶を改善したい、と考えている彼としては、中央への刺激、地方と中央の交流の切っ掛けにしようと企んでいるようだ。

 中央の有力者が事実上寡占していた、一部中央ポストの地方出身者への開放で付き合ってくれた辺境諸侯への褒賞の一つとする腹積もりという。

 

「とにかく、帝都の騒乱は治めたようですが。玉石混淆どころか呉越同舟状態となっています。どうされるので?」

 

「流石に、宮殿と帝都で撃った者達は無罪にはできません。ただ、御家取り潰しとか族誅(みなごろし)は出来ないでしょう。軽くて罰金、重くても領地替えです」

 公約通り、私闘だの器物損壊だ。大逆罪だのを持ち出す訳にはいかなかった。

 但し、罪の重さにより重いほど、帝都から遠ざける。重罪で辺境への領地替えだ。動産については、没収しないので辺境開発に使ってもらうつもりであった。

「この間に、軍と官庁…法服貴族たちと中央の大貴族(あれら)を切り離す。ついでに寄生虫と墜ちた者たちも間引く」

 

「揺れ動く人心、とりわけ帝都の動揺をどう納めるお積りか」

 

「人心収攬なら、摂政の名で民生改善策を敷きます。大幅に増える直轄領でやります。真面目にやろうと思えば、上から現場まできっちり仕事をしない事には実施出来ませんから。気が付けば、真っ当な官僚組織となっているでしょう」

 

「予算のあては?」

 

「当座は国債と騒乱に参加した貴族の罰金で。5年くらいすれば、(貴族から)収公した中央星域の直轄領同士の統一関税と物流統合を中心とした経済活性化策が動き出すと睨んでます」

 

「軍縮で予算を捻りだせば宜しいのでは?(軍の)不作為を鳴らせば幾らかは呑むと思いますが」

 

「んー…呑みはしますが、不満は溜めるでしょう?最初から相手の面子を(はた)く必要はないでしょう。貸しとして、チラつかせても良いですし、今後の対決時にカードとして残しておきたいですね。

 軍縮もしないが、軍拡もしない。得もしないが、損もしない。軍への態度はこの程度にしておきますよ」

 

 甘い。ステファンは表情で採点してみせたが、それ以上は言わない。マクシミリアン・ヨーゼフは苦笑を浮かべて流す。中庸と妥協を旨とする以上、譲歩は必要だ。我慢ですらない。

「彼ら(帝国軍)には、粛正により空いた席で下の者達(下級~中級将校)を宥める。上は文句は言わせませんよ。後は直轄領か、な。中堅程度の役職を多く作ってばら撒く。これを餌にシンパを現場から作り上げよう」

 ついでに、政府の中央官庁の人間も地方に出すか。一部の中堅ポストは地方出身者にも振る事で混ぜ合わせる。全体として中央政府の管掌として、中央から大貴族の影響を削ぐ。そうマクシミリアン・ヨーゼフは考えを漏らした。

 摂政としては目障りな藩屏を削ぎ、外すに留めたつもりであった。帝国政府としても、貴族の横槍が減る上に中央直轄領の増大は統治上も有利に働く事が多かったので許容した。

 大義を失った(帝都でドンパチした)敗者たる貴族たちの反抗に付き合う者も無く、責務(帝都の争乱を主体的に止められなかった)を果たしきれなかった軍は後ろめたさから、マクシミリアン・ヨーゼフ大公を消極的に支持する他なく(同時にマクシミリアン・ヨーゼフ大公も軍の不作為を罪と鳴らさなかった恩義もあり)、帝国政府は摂政の今後の改革に期待するしかない(軍のついでに免責されたので、何か余計な事を言って揉めると軍も巻き込む)ので、中央においては摂政マクシミリアン・ヨーゼフ大公の権威が確立され、対抗する者も無く(自滅した)なったと見做された。

 騒乱に参加も出来なかった中小貴族、辺境貴族たちにとっては、摂政の決起当初から付き従った辺境の者達への摂政の厚遇と、摂政政権への参画の扉を閉ざさない無言の態度に賛同しない理由もなかった。目障りな上位者たち(中央の大貴族)が消え去った事で空白となったニッチを埋める機会が待っている以上、他勢力以上にこれから始まるであろう摂政の支配を歓迎した。

 

「静謐であるべき宮城で武器を(ほしいまま)にするのも大罪であるのに、皇帝や、皇族を守護すべき警備隊が騒乱に加担するなど本末転倒である。もはや先帝フリードリヒ三世陛下のご遺志は汚された。御稜威を守護奉る為にも厳正なる裁きを遍く下さねばならぬ」

 警備隊を構成していた名門貴族、近衛軍も含めた軍組織に対する買収・恐喝が認められた者達。身分区別なく裁かれ罰せられた。

 取り分け、皇太子グスタフに手を伸ばした者、指嗾した者、妨害した者達に対する処分において、比較的公正温和で慎重なるを本分とすると評されたマクシミリアン・ヨーゼフ大公は意図的とも言われるほどに厳酷かつ冷淡な処分を下した。上訴を求める高位貴族ですら、「尊き精神をさらに汚し、貴族と名乗る事すら許し難い」としてより厳しい罰を追徴するに至り、この件において、皆沈黙を強いられた。法的には皇太子を蔑ろにしたこと、私的には兄弟仲の良さからも、長兄の寿命を削った者へ酷刑に傾きがちであったと推測された。

 

 我慢できなかったのは、地方へ追い出される名門貴族達であった。数世紀に渡り開発した父祖の地や本貫地を失い、辺境の開発後進地を宛がわれるのだ。政争に精を出していたが、多くの貴族たちは本質的に封土は不可分のもの、との意識(土地)に根差している。自業自得(賭けに破れた)とは言え、この時、処分(地方やより辺境に領地替え)された貴族たちの帝国政府と帝室(皇帝を含む)に対し培われる恨みは地下水脈となって深く沈んでいった。後世の騒擾の際に、中央(帝国)に対する冷淡さとして噴出する事になる。

 

 最後の総括点として、どれだけ皇族の罪を鳴らすか。それこそ、皇族の第一人者のみが下すしかない、極めて重要な判断に思い悩むマクシミリアン・ヨーゼフ。

「この際、悪名は父上・弟達に背負って貰おう。それも至尊の座にあった者たちの務めであろうよ」

 そう言い放ってから思い出して舌打ちをする。

 父上の葬儀すらやっていなかった。今も新無憂宮の皇帝の寝室に安置されている父親を送らねばならない。喪主を他者にやらせる訳にはいかない。これは第一人者が誰であるかを知らしめるに、王道であり、一番効果的だからだ。

 死者繋がりで、弟、ヘルベルトも葬ってやらねばならない事を思い出した。

「ふん。皇帝に皇太孫の喪主を勤めるんだから、権勢も二倍にならないものか…」

 言って自分の機嫌を損ねた。

 皮肉としては出来が悪すぎる。評価はどうあれ、肉親、それも近しい家族であったことは間違いないのだから。厄介過ぎたが、殺したいと思うほどに険悪という仲でもなかった。彼らとの間に肉親の情愛が皆無であった訳でも無かった事を思い出して、マクシミリアン・ヨーゼフは暫し沈思する。

「兄上…」

 そして長兄にして忘れられた皇太子グスタフ。久方ぶりに(まみ)えたが、そう遠くないうちにマクシミリアン・ヨーゼフはまた家族を失う事になりそうであった。

「ちくしょう…」

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 西苑にあるオトフリート(一世)ギャラリーを護衛付きで歩きながら大公はぼやく。

「あぁ、大帝の御姿絵が…」

 オトフリート一世が当時一流の絵師に描かせた大帝の全身絵のところどころが焼け焦げているのを見つけた。

「やれやれ。これは大帝陛下も御災難でしたな。とんだ不敬となったな。このギャラリーに納められた宝物の多くが疵物になったか。他も似たようなものであろう。歴代陛下への不敬罪を問うたらほとんど(の参加者を)処刑せねばなるまいな」

 物騒極まる台詞を吐いたマクシミリアン・ヨーゼフに遠慮がちに呼び掛ける声が回廊に響いた。

 

「殿下」

 

 ようよう振り返ったマクシミリアン・ヨーゼフの視線の先に、息せき切って駆け付けた先帝の尚書達が立っていた。

 

「摂政となりましたので、こちらを…」

 国務尚書が典礼尚書を前に押し出すと、典礼尚書が後生大事に豪奢な袱紗に包まれた代物を差し出す。そっと袱紗を開くとそこには銀河帝国の国璽が艶消しの鈍い光を放っていた。

 

「…」

 国璽を撫で上げると、しまうように手振で示し、改めて居並ぶ尚書達にマクシミリアン・ヨーゼフは向き直る。

「この際だ、帝国の柱石たる卿らにも伝えようと思う。箍が緩んでる皇族と貴族を正す」

 百年も緩めばどれだけ精巧な制度とて狂わないわけがない。

 臣下たる彼らが奉る皇族や、同輩たる貴族を掣肘する事は不敬である。必要はあっても踏み込めなかった聖域へ踏み込み、掃除する許可を不可侵の皇族の第一人者(摂政)が旗振りまでしてくれるのだ。

 比較的真っ当な彼らは色めき立つ。

 彼らは貴族ではあるが、同時に官僚(軍人)であり、政治家であった。むしろ、大帝以来の柱石を自負する彼らの軸足は、家業(官僚・軍人)を主としている。

 代打を自認する、若き大公は自分の代理統治の間に高貴なる血を整理するから手伝え、と宣ったのだ。そして、実務家とも言うべき彼らは若き摂政の意思を正しく承った。

 

「両派閥で今次争乱を起こした首謀者、止めるべき義務の不履行者の罪を明らかにする」

「他も責任は取らせる」

 重罪は爵位降格や領地替え、軽くても罰金。

「不服を申し立てるようであれば、ファルケンホルン元帥。皇統を乱し、帝政にまつろわぬ者と討ち取るか?」

 

 無言で首を垂れる軍務尚書。

 

「卿らの同輩において焚きつけた者たちが居れば同様に処す。心すべし」

 同時にマクシミリアン・ヨーゼフは官僚・軍人といえども、癒着甚だしい者は排すると釘を刺す。

「「…」」

 

「司法尚書」

 

「は」

 

「宮内尚書と協力し、調査を開始せよ。但し罰については、当事者たる両派閥のみとせよ」

 

「は!」

 

「国務尚書。判決次第であるが、帝星周辺を大きく整理する。内務尚書と協議せよ。皇帝領に編入し、預かる間に、行政改革の検証を開始せよ」

 

「畏まりて」

 

 

 帝都の戦闘も急速に鎮静化していった。

 救援船団に紛れ込んで上陸、帝都に乗り付けた、ヘルベルト・リヒャルト両派は、あっという間に収束し、マクシミリアン・ヨーゼフ大公の覇権が急速に確立される様を見て、変心した。

 大公妃(今や摂政妃も兼ねる)殿下は道中に仰っていたではないか。帝都に降り立つまでの所業について罪は問わぬ。摂政殿下の御下知に従う限りは、今回の馬鹿騒ぎの連座を免れる、最悪でも御家を残す事は叶いそうだ、と。

 

「あ、おい!お前ら今から新無憂宮に行ってくれ!」

 地上軍の威に屈し、戦闘を停止させられ、退去させられようとしていた武装勢力の一人が、地上軍の後ろから付いて来た領邦軍の中に顔見知りを見つけて声を掛ける。

「…」

「…」

 微妙な沈黙がその場を支配する。

 引き離し監視中の擲弾兵の非友好的な視線と、武装憲兵の疑惑の視線。一定以上の事情通である領邦軍兵士たちからはあっち行けよ、と顎をしゃくられる。その場のあらゆる立場の者達の視線が、救援団に紛れ込んだ両大公のシンパに集中する。

 

「…我々は総督殿下、否、摂政殿下の御意思に賛同し救援に来たのであって、帝都で騒乱を起こすような不躾な者どもの一味と見られるのは御免被る…」

 

「ちょ!おま!」

 

「…あー、どうやら勘違いのようだ。抵抗しなければ制圧はしないからさっさと、引いてくれ」

 

「……あっちの地区の消火と救助活動に行ってくれ。それとも、おたくの元御仲間の地区の方が都合がいいかい?」

 

「………指示通り、あちらの地区の救助活動に向かう」

 

 

 新無憂宮が落ち着いていない事を理由に、摂政マクシミリアン・ヨーゼフは、妻と共に帝都にまで前進した前線司令部内に設置された仮設休憩所を都での仮住まいとした。

 壁も薄く、外も騒々しいが、マクシミリアン・ヨーゼフにとっては戦闘の痕も生々しい新無憂宮よりは遥かに安心できた。

「後は実績を積み上げて、中央の連中の欲気を宥めすかせて、後継者に渡す。そして私たちも職を辞して晴れて帰郷というわけだ」

 仮設休憩所で簡易組み立て式の簡素なダイニングテーブルを挟んで座する摂政夫妻は今後のプランに関して、近衛軍から差し入れられたコーヒーを手に話し合っていた。

 

「どれくらい掛けるつもりなの?」

 

「うーん。四半世紀は長すぎて我慢が効かない奴らが出そうだ。…十年なら我慢してもらえるんじゃないかな」

 

「ふーん。間借りで十年ね。まぁまぁ新無憂宮(あそこ)ならそれくらいの時間は潰せそうね」

 

 宇宙の支配者の住処たる新無憂宮ですら、妻にとっては”あれ”程度。夫は笑いが堪えられなかった。

 リヒャルトとその妻子は隔離した。妻子に関しては後宮に避難させた。皇太后の影響下に置く事でひとまず、マクシミリアン・ヨーゼフの人質という見方を薄めさせている。

 遠く、バルトバッフェル侯領ではステファンが、ヘルベルトの生き残った家族を保護している。

 彼も上京する準備を進めているが、主(ヘルベルト)を失い、帝都の争乱により孤立し崩壊しつつあった執政府とその支配下の領域の回収と復旧をヴィレンシュタイン方面軍と協同して行っており、すぐとはいかない、との連絡を受けている。

 皇太子グスタフを保護下におき、皇太后の黙認も得たマクシミリアン・ヨーゼフ。中央の動揺は摂政を頂点とした新たなる体制により落ち着きを取り戻そうとしていた。地方や辺境に波及した揺れについてはまだ手を付ける事が出来ないが、震源地を押さえた以上、これ以上の不安要素は発生しないはずであった。

 ヘルベルトの遺族。

 リヒャルトとその妻子。

 グスタフと母后(皇太后)。

 主だった皇位継承権者を手中に収めたマクシミリアン・ヨーゼフこそが勝者となった。

 

 

 

 

 と思われた。

 

 

 

 

「「「不逞の輩、マクシミリアン・ヨーゼフ大公から……お救い申し上げるのだ」」」

 

 まだ諦めきれない者たちの最後の宴が始まる。

 




女帝に対してカイザーリンが正解なのか疑わしいのですが、帝国語自体が似非ドイツ語ぽいし、語呂とか語感考えるとカイザーリンが素敵なので、カイザーリンで通しました!(慶事直後の惨事は銀河帝国の伝統芸能
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