帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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18.ワルキューレの騎行②

 

 新無憂宮正門前の戦闘は一分と掛からなかった。中隊規模の集中射に近距離からの車両機銃や車載砲を喰らえば、重トーチカでも無ければ跡形もない。

 大公妃の号令一下、勢いで引き金を引いてしまったは良いが敵諸共新無憂宮の正門扉を壁ごと吹き飛ばしたことに、顔を白黒させる将兵・士官たち。ジークリンデは摂政印の追加された大公旗をもぎ取ると、肉片と兵器の残骸に建材が散らかる防御線を歩み抜け、崩れかけの門扉の残骸に蹴りを入れる。彼女の強烈な蹴りに朽ちかけの木が倒れるように残骸が崩れ落ちた。

「これで構わぬ。扉如きに臆するな。今、唯一の権威(せいぎ)はこれのみよ」

 黙り込む地上軍将兵達を前に高らかに大公旗を掲げて宣する。

摂政殿下(マクシミリアン・ヨーゼフ)を救う為に必要なものは何でも使え。私が許す。征くぞ」

 入り口も広がり装甲車両を持ち込むのにも便利になった、丁度よかった。そうジークリンデは言い捨てて。

 新無憂宮に(無許可の)戦闘車両を乗り入れさせるという、前代未聞の暴挙をジークリンデは短い号令によって成し遂げた。

 

「「…ヤー!」」

 わざわざジークリンデの後を追い駆けて来た者達はもう戦乙女(ワルキューレ)か何かを見るかのように彼女に付き従う。

 

 新無憂宮を設計した大帝は機械力の介助を嫌い、皇帝と雖も自らの体を使う事を求めた。皮肉にも、その基準が新無憂宮内の道路や園庭の脆弱さをもたらした。結構な重量物(戦闘車両)の展開を阻んだのだ。同時に統帥本部から発せられた凍結命令の影響を受け、戦闘車両の射撃支援(誤射が怖い)や通信機能を奪われる事になり、ただの簡易トーチカに成り下がってしまった。*1

「…最後は人力ね。大帝の夢の城だけに、か」

 彼女と付き従った指揮官たちは即座に徒歩による戦闘に切り替える。

 新無憂宮正門前に車両を集め臨時の前線指揮所とし、警備の兵も付けて、後続する部隊の回収や栓の役目を任せる。

 銀河を支配する皇帝の居城で満足な通信も使えず、伝令が走り回る。索敵などもシステム的に許さぬ場所ゆえに携帯可能なカメラやセンサー、果ては目視による偵察を行う。建屋であれば部屋単位。園庭であれば、四阿を。花壇単位で徒歩の人間が奪い合う。地球上のみが人類の活動範囲だった時代に遡ったかのような戦いを繰り広げていた。変わらないのは愚かさと凄惨さくらいであった。

 摂政印を追加した大公旗と帝国軍旗を掲げさせ、周囲を擲弾兵に護衛させているとは言え、銃火飛び交う最前線を一際目立つ女性軍服を纏った麗人(ジークリンデ)が歩を進める。

「武器を置け!摂政殿下の停戦命令に従わざる者は謀反人である!まして宮殿内で徒に武器を振りかざし、摂政の援兵たる我らに楯突くは大罪人の所業である。伯爵だろうと公爵だろうと構わず打ち倒せ」

 軽装歩兵が室内とは言え、完全武装の装甲擲弾兵相手にそこらの家財(それすらも宇宙暦時代の貴重な骨董品だったりするのだが)で作ったバリケードだけでは、生身を晒すのと代わりない。

 重機銃の弾幕でバリケードとした家財や壁ごと穴だらけになり、破片となった家財に血と臓物を混ぜ込んで撒き散らす。

「武器を取り上げよ!負傷者は後続の者に伝え救助させよ!」

 

 銃撃が阻害される閉所であれば、格闘戦用槌を振りかざし、壁ごと体を吹き飛ばす。

「ぁぁ!…あ……」

 腰から下が半分ちぎれた兵士が声を上げようとするが、叶わず、永遠に沈黙する。その脇で血塗れの戦槌を握る装甲擲弾兵が上半身を突き出し、室内を探る。生き残った私兵がパニックになり、自傷も厭わず手榴弾を投げつける。立て籠る部屋に突撃し、トマホークを振り回して、武器を掴む腕ごと切り飛ばして無力化する。両腕を肘から切り飛ばされて呻く兵士の首元を掴み上げて、装甲擲弾兵が問い詰める。

「殿下は何処におわす!?」

 まともにしゃべる事も叶わないと分かると、脇に投げ捨て、次の部屋を検める。兵士たちの焦燥感は荒々しさとして私兵たちにぶつけられる。普段であれば恐れ多くて武器を構えることすら拒否するだろう新無憂宮で彼らは訓練通り、否、訓練以上に真摯に戦闘行動を行う。宮殿を壊そうとも戦乙女の命令に勝る物などこの地上には無いのだから。

 華麗な女指揮官殿は言われた。武器を取り上げる手段は問わぬ、生きて無力化すれば上々である、と。

 

 

 

 

「殿下!もっと身を下げてください!」

 

「うお!」

 

 穴だらけになった扉の体を為していない、正扉の隙間から飛び込んで来た手榴弾を部屋の外へ蹴り飛ばした兵士がそのまま、マクシミリアン・ヨーゼフの体に覆い被さる。

 一時的な沈黙が降りたのをマクシミリアン・ヨーゼフは感じた。だがそれは、爆発により聴覚が一時的に麻痺しただけである事を、自身を擦り呼びかける兵士によって理解した。

「…大丈夫だ。私は大丈夫だ。扉前の防衛に戻ってくれ…」

 

 一瞬迷う兵士だったが、そのまま頷き、バリケードに戻る。

 周囲を見回すと、床に横たわる身知った顔が居た。

「…」

 恐る恐る近づくと、それは彼の秘書官だった青年だ。

 さっきまでおっかなびっくりではあるが動き回っていた彼が、床に横たわり腹部から大量の血を流し、ボロボロになったシャツの隙間から血以外の何か(恐らく臓物)を晒していた。

「おい…おい!」

 体を揺する事に恐怖を覚え、顔を近づけ声を上げる。

 

「…っ……」

 

 僅かに呼気を感じる。それも鼓膜ではなく、近づけた顔の皮膚が感じるレベルだ。

 もう、死がすぐ傍まで寄って彼の人生を取り上げようとしている事をマクシミリアン・ヨーゼフは直感した。

 自分もまた、彼の後を追うのだろうか。それも数分の差で。

 堪らず、彼は血塗れの秘書官の手を握った。強く握り込めた。

 微かに握り返してくれた、とマクシミリアン・ヨーゼフは信じている。

 

「弾がもうありません!弾幕を張るより、狙い撃て!」

 宮殿内への侵入を許し、じりじりと後退を重ねた。時に運べない戦友や同僚の遺体をバリケードの補強とする程、必死に抵抗するもついに、マクシミリアン・ヨーゼフが潜む執務室前の通路にまで押し込まれた。

「そこら辺の花瓶でも何でもいい!重量物があれば投げてしまえ!」

 執務室前の通路はまだ戦える者たちが絶望的な抵抗を試みている。

 室内は戦う事も出来ないほどに負傷した者達と彼らが守るべき人が残されていた。

「負傷者は下げろ!」

 

 終局がマクシミリアン・ヨーゼフにも近づいていた。銃火と爆発音の形を纏って。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

「…仮帝もグルになったと…」

 新無憂宮に突撃してきたジークリンデの一団に気付き駆け付けた近衛軍の連絡兵から嫌になる情報を得る。同時に彼らが求める人の所在もある程度憶測が着いたのが救いであった。

 彼女の周囲を固める士官たちは吐き気を堪えるような顔をして、言葉をこぼす。

「そうでなければ、このような手際、まるで絵を描いたような展開には…」

 

「確かに(離宮に)押し込んでいたのであろう?」

 ジークリンデの確認に、新無憂宮の事情をある程度知る中堅貴族でもある帝星在駐の地上軍士官が嘆くように答える。

「貴人ですので、数人の侍従は付き添いで残さざるを得ず。また、警備の兵士も宮殿は慣れておりませんし遠慮もしましょう。そこに来て(皇族だけが知る)隠し通路や秘密の連絡網があれば…」

 

 ジークリンデは一瞬唇を噛む。

「結局、摂政殿下の深慮を無下にしたわけか」

 甘いんだから。ジークリンデは抜けた所のある夫の甘さを愛おしく思う。それが彼を窮地に追いやっているのだが。

 だが彼女は夫と違う。彼女は彼女(アウトロー)の価値観と気概でもって落とし前を付けようとした。

「仮帝どのを押し込めた館に迫撃砲を撃ち込む事は可能か」

 

「流れ弾にしては大き過ぎます。ですが…」

「賊徒に押し込まれ、激しい抵抗の末、追い込まれた賊徒が火を放ち…というシナリオで」

 存外、周囲の軍人たちもノリが良かった。老マクシミリアン・ヨーゼフ(グルーベンハーゲン侯爵)が見せる、皇族の粘着質な仕掛けに自分達が担ぎ、忠誠を捧げた貴婦人の夫でもある(おまけでも主君は)主君を害されようとして激怒していた事もあったのだろう。

「お、お待ちください!帝室に連なる方を害するような、そのような謀議に部下を…帝国軍を巻き込むのを見過ごす訳にはいきません!」

 一人の将校が建前論を叫びながらも必死に彼女を止める。帝国軍の中立性はどのような時にも守らないといけないもののはずであった。

 皇族殺しを一片のためらいもなく指嗾するジークリンデは静かに見つめる。

「私の(こころのうち)が騒ぐのよ。アレはここで消さねばならぬ、と。

 私はね、私の内なる声を疑わない事でここに居る。今ここで大義や理由を必要としない。何より…」

 私は私と私の大公(マックス)を舐めた上に弄び、害意を露にした奴をのうのうと生かしておくつもりはない。ジークリンデの宣戦布告(決意)に、周囲の軍人たちは黙り込む。

 

「匹婦の勇と取って貰って構わないわよ。正解を手に入れる(ころす)のに私は”理由”を必要としないのだから」

 

「…」

 PDWを確認すると、老人が隔離された宮殿に向け歩き出そうとするジークリンデを一人の士官が止める。

「お待ちあれ!妃殿下が摂政殿下をお迎えせずに誰がお迎えすれば良いのか。お間違い召されるな」

「…舞台裏から人を操る傀儡師を気取っていたのだから、誰に知られずとも、闇に消え逝ったとして文句を言う謂れもございませんな」

 付き添っていた、ある大佐が観念したかのようにジークリンデに支持を寄せる。

 

「ありがとう」

 

「礼には及びません。敬愛する上官(マクシミリアン・ヨーゼフ)を害されかけ、忠誠を捧げた御方(ジークリンデ)の仇を討たずして騎士を名乗るわけにも参りません」

 一度決心すれば帝国軍は早い。大佐は子飼いの装甲擲弾兵分隊を呼び出し、二、三指示を出すと、分隊長に含ませる。指示を受けた分隊長は最初に眉を顰め、次いで驚愕し、視線をジークリンデに一瞬向けたのち、納得するように頷いた。そして部下を率い、マクシミリアン・ヨーゼフ侯爵が押し込められた館に『救出』に向かっていった。

 

 

 

 

 擲弾兵が分隊単位で各地に飛ぶように走っていく。満足に動かせない戦闘車両を正門付近に固めて臨時の指揮所とした上で正門を占拠したジークリンデ一党。後続する兵士たちを臨時の伝令兵として原始的な連絡線を構築し、新無憂宮各地に派遣して散発的に戦闘している反逆者を打ち払う。孤立し混乱していた近衛軍を再起動させ共同して侵入者達を制圧していく。

 軍務尚書から巻き上げた元帥用ケープを纏い、怯えを感じさせない、堂々たる歩みで進むジークリンデ。

 彼女の周囲を壁のように囲む地上軍の兵士、士官たち。

 貴人を危地に置く事に、軍人で官僚であるはずの士官たちは本来ならリスクを訴え泣いて止めに入るはずが、皆高揚しすぎて顔面を紅潮させて付き従う。危地であろうと、夫を救うのに躊躇しないジークリンデは歩みを止めない。ならばと兵士が率先して彼女の前に出る。兵卒たちは視線で上官たちに、妃殿下を御止めするか、せめてお前が代わりに先頭に立ってでも妃殿下を後方に置くように訴える。そんな空気では前線指揮所で指揮を執るはずの士官達も、大公妃殿下が(最前線に)ご出陣あそばされるのに、従わざる訳にもいかず。 

 もっとも、方面軍からの付き合いのある彼らからすれば、ジークリンデは地上に舞い降りた戦乙女(ワルキューレ)であり、物語の登場人物(架空の人物)のような高貴なる義務を果さんとする、貴人の中の貴人であった。戦乙女殿下(推しのアイドル)の御活躍は自身の目(ライブ)で見たいし、よしんば彼女を護って死ぬとしても間違いなくヴァルハラを約束される(ヴァルハラへ連れて行く戦乙女が隣にいるのだから)とあれば、士気は銃弾すらも避けて飛ぶほどに上がりまくる。

 

「妃殿下!新しい情報です。朗報かと!」

 士官の一人が、服装も装備も乱れた汗だくの下士官を一人、ジークリンデの前に連れてくる。

 

「……妃殿下。小官は摂政警護の選抜中隊でした」

 どうにか息を整えるとその下士官は彼女に大事な情報を伝える。その下士官は今日が当直明けで休暇待機として、城外に出ていた。交代後休憩中に摂政宮殿襲撃と大公妃の突撃を知り、取るものもとりあえず駆け付けてきたらしい。彼は交代直前のマクシミリアン・ヨーゼフの居場所と執務宮殿内のおおよその内部構造の情報を伝える。

 

「よくやった」

 それまで手あたり次第の捜索に苛立ちを募らせていた、大公妃や指揮官達が労いの声を掛け下士官を下がらせると、彼らは決断する。

「これからは、兵力を執務宮殿に集約させます」

「伝令兵!分散させた隊を本営に合流させるよう伝えよ」

 

 進軍速度を上げさせるジークリンデ。反撃、伏撃のリスクを兵士たちの命で贖う事にした。この瞬間は時間が惜しい。

 転がる死体と、爆発により崩れ落ちた四阿。

 本来であれば神経質なまでに切り揃えられた園庭は砲撃や火災で焼け落ち無残な姿を晒している。残った瓦礫に身を寄せて、周囲を伺い、銃声に怯える私兵たち。

 煙を上げる屋敷。銃撃音に悲鳴が遠くで飛び交う。

 

 道中、皇太子宮殿のある東苑から離れた場所で戦闘中の近衛軍の一部隊が保護したという摂政の秘書官から貴重な情報を得る事で、彼女たちは捜し求める人物が立て籠もる具体的な所在を確認する事ができた。

「合流中の分隊も含めて摂政宮殿に転進させます。手持ちの突撃隊に先行させましょう」

 士官達の助言を是とし、力強く頷いた女指揮官の決断に従い、彼女が握る最強の切り札である突撃装甲敵弾兵たちが目標に向けて進撃を開始した。

 最精鋭部隊を先遣隊として、マクシミリアン・ヨーゼフ大公が立て籠もると想定される、摂政執務宮殿に突撃させるような速度で進撃させ、その進撃路を拡げるように後続する擲弾兵を中心とした主力部隊が展開し道を拓いていく。

 

 

 

 

「正門前、バリケード!銃座二と砲架一!迂回しますか!?」

 

 先行偵察を指示した部下からの報告と画像に、突撃隊を率いる隊長は装甲兜内の狭い空間で歯軋りを音高く鳴らす。野郎ども(敵は)、思いつきの襲撃ではないな。ここだけだとしても持ち込む装備が大袈裟すぎる。

 隊長の危機感が高まる。

「左右を二分隊ずつで抜けろ!迂回後の合流挟撃は不要。建屋内に侵入しろ。殿下救出が最優先。残り者は正面突破だ」

 隊長はマクシミリアン・ヨーゼフ救出を優先し、正面突破を図ることで敵の火力を敢えて主隊に拘束させ、分散同時進撃で左右の分隊を建屋内に入れる事を決断した。

 突撃隊標準装備の防盾をかざす隊員。

「盾に御旗(大公旗)を翳して突撃ですか。装甲擲弾兵の誉れここに極まれりです」

 

「我等は騎士だ。忠誠を捧げた貴婦人(ジークリンデ)の願いは万難を排してでも叶えるのが仕事(しめい)だ」

 

使命(おしごと)貴婦人の旦那(マクシミリアン・ヨーゼフ)を救うあたり、横恋慕で終わるへぼ騎士ですが…」

 

 部下のぼやきの体を為した茶々に、隊長はツッコミ返す。

「馬鹿者。禁断の愛というのは傍で見るから楽しいのだ。仮にあの戦乙女殿下(ワルキューレ)の愛を下賜されたとして、お前たち受け止めきれるとでも?」

 

 戯言を流しながらも、弾倉や装備の確認を慌ただしく行う。

「……死んでも戦わんと(エインヘリャルにでもならんと)ダメそうですな」

 

「そういうことだ。…大体だ。摂政殿下に道ならぬ恋(ふりん)がバレようものなら嫉妬で怒り狂って一角犬の猛獣刑か注射器刑だ」

 

「古代の剣闘士はちょっと…」

「ホクスポクス・フィジプス、ホクスポクス・フィジプス…」

 

 部下達の覚悟が決まったのを確認した隊長は敵が構える最大の防御線に向けて突撃の為の号令を掛けた。

「へぼでもヘタレでも騎士は騎士だ。勤めを果せ。いずれにしろ、あれを打ち破らねば、後続の擲弾兵たちの足が止まってしまう。我等装甲擲弾兵は破城槌であり、将にここが正念場」

 命令一下、防盾を構え、装甲服のアシスト機能が許す限りの速度で防御線に向けて突撃する。

 防御線に籠る私兵たちの恐怖心が光弾として装甲擲弾兵に向かい。

 防盾や装甲に弾ける様は遠目に見れば不規則な火花を散らせる花火のように見えたかもしれない。だがそこは間違いなく戦場であり、機関砲の放つ巨大な実体弾の衝撃に耐えきれず、防盾や装甲を砕きながら中身の肉体も削られる装甲擲弾兵がいた。装甲擲弾兵の乱射する擲弾に頭の一部を吹き飛ばされる私兵がいた。

 摂政執務宮殿入口前の戦いは、短くも激しく血生臭いものとなった。

 

 

 ついに、彼女が下した決断の報酬(けっか)が飛び込んで来た。

 

「妃殿下!摂政殿下を保護奉りましたぞ!御無事であらせられます!」

 周囲を固めていた、擲弾兵指揮官の大佐が喜色満面で報告する。

 

「善し!」

 そう呟くと、周囲の士官達を見渡してジークリンデは指示を発す。

「皆の奮闘の成果、ここに結実した。大義である!摂政殿下と合流する」

 

「!!!」

 雄たけびを上げるベルセルクの一団。

 

 

 

 

 近づく銃撃と破壊の音が急速に遠ざかる。

 圧迫感が音とともに引いていき、遠くで悲鳴と銃撃音と打擲音が湧き上がり、それもすぐに静まった。

 崩壊寸前の防衛線を護る者達も圧力が低下した事に違和感を感じるが、頭を上げる事は憚られた。

 生き残った者同士が顔を見合わせながら、様子を伺うべく頭を上げようとした時。

 

「味方だ!殿下はご無事か!?」

 そこには武器を降ろし、血塗れの白旗やボロボロになった大公旗を振り上げる、血や煤に汚れながらも青い肩部装甲が眩しい装甲擲弾兵たちが見えた。

 

「殿下!御味方です!開囲に成功しましたぞ!」

 

 掛けられた言葉の意味をマクシミリアン・ヨーゼフが理解するのに数分を要した。とりあえず、生き長らえそうだと理解するにはまだ足りなかった。

 帝国軍先遣隊が遂に到達したのだ。自分達を追い詰め、撃っていた集団の背後から文字通り突撃し、近接武器で斬殺してのけたのだ。(流れ弾が執務室に立て籠る大公に飛ぶのを怖れて)

 血塗れの白旗と大公旗を掲げ、外部出力全開で味方である事を告げる先遣隊に、構えていた武器を下げて歓呼を上げる籠城者たち。

 

「あなた!」

 

 マクシミリアン・ヨーゼフにとって、運命が耳朶を叩く。彼にとって比翼とならんと望んだ。対となることに大神に感謝した。だが、今はもう、彼の全てと言い切ってもいいとすら思った。

「ジークリンデ!」

 跪き、自分を含め家臣団のために斃れた秘書官の手を握っていたマクシミリアン・ヨーゼフは声の主を求めて首を回す。その仕草は迷子で母親の姿を探し求める幼子のような弱さが滲んでいた。その間にも後続部隊が陸続と接近し、周囲の安全を確保中のさなか、最愛の女が自分を見つけ、近づいてくる。軍服に豪奢なケープをまとい、小銃を担ぎ戦闘用ベストを付けた姿はチグハグで貴婦人からは遥かに遠い恰好ではあるが、彼女が着こなすとそれが正解に思えて(よく似合っていて)納得してしまう。

 

「ちゃんと生きてたわね」

 しゃがみ込んで、視線を同じくすると、ジークリンデは夫の頬を両手で挟み、熱を感じ取るように擦った。

 冷めていく握りしめた部下の手と。自分の頬を掴む妻の手から伝わる熱の落差に感情がぐしゃぐしゃとなって表情を繕うことに失敗し、マクシミリアン・ヨーゼフは泣き笑いながら、震えが混じる声音で軽口を叩いてみせた。

「…ぁあ。約束を破ったらヴァルハラまで追って来て殺されかねないと思ったからね」

 震え、涙ぐむ声で口にした本人ですら情けないと思うばかり。

 頬を掴む妻の手に力が籠る。

「そこはヴァルハラから引きずり戻す、じゃないの?」

 

 周囲の索敵や安全を確保しようと駆け回る兵士、怪我人に駆け寄り救護を始める救護兵、夫妻の会話が聞こえてしまった者たちの何人かは吹き出したり咳き込んだのを責めるのは酷というものであった。

「そりゃそうだ。ワルキューレならヴァルハラと現世くらい行き来できるだろうし、『我らの戦乙女』殿下なら一人(おっと)くらいオーディンの目を盗んで連れ戻す事も出来ましょうな」

 ある兵士の無礼過ぎる現場ジョークにマクシミリアン・ヨーゼフは苦笑いしながら、震えの収まらぬ手でもって自分の頬を掴む妻の手を擦る。彼女の熱を確認するように。

「まったくだ。君以外に殺されるわけにはいかない、と必死で生き残るように頑張って良かった」

 

 大公の台詞に今度ばかりは、と周囲の者たちは笑い声を上げる。

 悲劇のヒロインは彼女には似合わない。悲恋で終わるくらいなら喜劇(笑われるくらい)がいい。この場に居合わせた者たちは皆、そのような思いを抱き、上げた笑い声が新無憂宮の戦いの終わりを告げた。

 

 

 

 

----§----

 

 

 

 

 帝都は一転、常ならぬ活気と喧騒が支配していた。

 普段は皇帝のおわす王城、優雅と美意識による閑静さも大事にする都であったのが、戦闘による崩落や焼失によりあちこちで建築物が欠けており、統一感を損なう事夥しい。新無憂宮すらも焼け落ちた建屋が目立つ。大帝が京師(みやこ)と定めて以降、このような被害は初めてであり帝都から逃れた臣民も数知れず。普段よりも人気が無い上に所々に在る廃墟とあわさり、ここが銀河帝国の首都とは思えぬ惨状に都会っ子を自任する帝都の民はショックで自失していた。

 だがそれも一転。帝都の惨状を聞きつけ、駆け付けた辺境貴族達とその配下の者たちでごった返すあり様に目を回す帝都の民。

 臣民たちは駆け付けた辺境貴族達の群れと物資の山に銀河帝国皇帝の偉大さを再確認し、駆け付けた辺境諸侯達に歓呼を飛ばす。どさくさ紛れに上京した辺境諸侯達にとっても、戦場となった帝都に驚くと共に、帝都の臣民に歓呼付きで大歓迎された事により、胸を張り救援活動に力を入れる。

 皇帝への忠誠(摂政への売り込み)の証として争うように新無憂宮の再建への協力を申し入れる諸侯に対し、摂政殿下は深甚なる感謝を陳べた。「諸侯の忠義は先帝陛下もヴァルハラにて大いに喜ばれている事であろう。しかし、まずは臣民の救恤を進める事こそ御遺志に添うであろう」として、帝都の救援を優先させた。ただし、諸侯の皇帝への忠義を讃え、その証として、黒真珠の間と新無憂宮の正門前から大通りに沿い、上京した諸侯の紋章旗(バナー)を掲げさせた。また帝都の臣民に対し、同様に市中に諸侯のバナーを掲げて謝意を表すよう布告した。

 そこかしこの廃墟と戦いの煙がいまだ燻る中でも、帝都は新帝即位式のような華やかさと、良性の賑やかさに包まれた。

 復興の音は、帝都の人々に心地よい騒音として喜ばれ、救助や復興作業に従事する兵士へ差し入れを押し付ける。

 

 …今なお、皇帝の権威は貶められず。

 

 銀河帝国皇帝と忠良たる貴族との紐帯は不朽である!

 

*1
運転や車載機銃、主砲など基本的な操作部分は緊急時の短絡(ショート)処理で完全手動でぶん回すくらいの現場の工夫は当然であった。ただ精密射撃や観測射撃などは当然不可能




最後の一文は帝国史向け(公式発表)です(白目
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