帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず 作:narrowalley
(後の)祭りの後は
悪い夢を見ているようだ。
ヴィレンシュタイン方面軍司令官アルベルト大将は妄想に逃避していた。
隠す所の無い、多少は他人に誇っても良い軍歴の中で悪夢のような事件に巻き込まれたが、大過なくやり過ごせた。その過程でお偉いさんに少しばかりの恩も売れた。そのお陰か新帝即位のおこぼれか、退役直前に上級大将に万歳昇進も出来て、最後の花道を予想外に飾る事も叶った。
妻の実家に預けた長男は義父の指導の下、まぁまぁの働きらしい。次男は長男の手伝いをするという。自身の経験から別の生計を、と思わないでもないが、辺境の男爵領で学もある、男の働き手がどれほど貴重かは、辺境巡りの間によくよく思い知らされているので、次男の意思を尊重したい。
三男は父の希望と貴族の義務として、士官学校を希望している。軍人としての身内贔屓は厳に慎むべきだが、もう退役する身だ。男爵として士官学校への推薦状くらいは許して貰おう。後は下の娘に良い嫁ぎ先を探さないと。それも早急に。あぁ、他にも領主として、自分もやるべき事が一杯ある…
「…閣下。閣下!…大丈夫ですか?」
参謀長の声で現実に帰る。
「…あぁ。悪い夢…いや、良い夢を見ていたはず…だったんだが」
現実の方が悪い夢のようだ。心の裡で叫ぶアルベルト。
摂政に御成りになった
「…」
「…その。摂政殿下からの新たなご指示で?」
恐る恐る、副司令官であるブルクハルト中将が尋ねる。
メモを握りしめ。
「卿らも帝都に」
共に行こう、と続けようとしたアルベルトに対し、顔を歪め溜息を吐いた副司令官と、絶望し漂白した顔の参謀長が異口同音に、司令官の台詞を遮った。
「「もう結構です!」」
----§----
全てが終わったわけではなく。
これが始まりを意味する者達も居た。
血臭が拭いきれぬ戦場帰りの摂政は、三長官を最高緊急度で呼び付けた。
所々かすれがちながらも真新しい青の一本線の塗装が眩しい、実弾装填済みの戦闘車両と誇らしげに青い腕章を携えた地上軍将兵が軍務省を囲み砲口を向ける中、殺気だつ完全武装の擲弾兵を護衛に軍務省庁舎内をマクシミリアン・ヨーゼフは突き進む。詰めていた将校達はその一団をのけぞるように避ける。尚書執務室に人殺しの空気を纏ったまま向かう摂政の一行に警護兵が駆け寄るが、相手を見て凍り付き立ち尽くして通していく。立ち塞がる任務に忠実な衛兵も居たが、殺意剥き出しで完全武装の擲弾兵がセーフティの外れた血糊が残る、銃剣付きライフルの銃口を向けられれば、黙って道を開けるしかなかった。
乗り込んだ軍務尚書執務室で、打って変わって冷淡極まる声音で摂政は部屋の主たる老元帥を指弾する。
「ファルケンホルン元帥。どう責任を取るつもりだった?」
「皇太子の身柄を保護奉り、以って正統を明らかにした上で、帝都を鎮めるべきであったろうに…」
「全くもって釈明の余地無く」
「摂政宣下の前であれば、目も瞑ろうとも思うたが…」
彼らの骨身にまで染みた保身感情に、マクシミリアン・ヨーゼフも覚悟を決めた。帝国の主権代行者たる摂政の勅命に従えぬ軍人を据える訳にはいかぬ。
「元帥。帝都騒乱の不始末、皇太子保護の不作為。軍の第一人者として、主たる責任を問わざるを得ない。
元帥杖を取り上げる(上級大将への降格)。その上で軍務尚書から更迭する」
同席していた軍人達がどよめく。それは軍人の名誉を著しく貶めるような罰だった。
「自裁をお許し頂きたく」
青褪めたファルケンホルン元帥が言葉を絞るように、自死による責任の取り方に代えるよう嘆願するが、摂政は無情に拒否する。
「ならん。生きて粛軍を見届けよ。それが軍務尚書であった、帝国軍人の第一人者だった卿の務めであり、私からの罰と心得よ」
統帥本部総長が一言なかるべからずと一歩進み出たが、摂政の背後に立ち護衛役を任じる擲弾兵がライフルを構え銃口を自身に向けようとするのを見て、固まる。向けられた銃口に怒りを覚え怒鳴りつけようとする統帥本部総長の機先を制するように大公は舌鋒を突き付ける。
「アイヘンドルフ元帥。統帥本部総長として、卿の職責について確認したい事がある。近衛兵総監を始め、地上軍からの報告や意見について、意図的に無視した嫌疑がある」
「…」
「現場の艦隊にも不用意な掣肘を加えていたという訴えも複数届いている。
卿の統帥本部総長としての最後の仕事は今回の一件における、統帥本部の総括となろう。粛軍に資する内容が齎されるものと期待する」
もはや存在しないものとして視線すら合わせる気の無くなった摂政に、観念したアイヘンドルフは短く応えた。
「…承りて」
「カルステン長官」
最後に残った三長官の一角たる宇宙艦隊司令長官を、大公は酷く冷めた視線のままに語り掛ける。
「卿が帝国軍に残る為の席は一つしかない」
視線を凍りつく宇宙艦隊司令長官から、青褪めた軍務尚書に移す。
「
震え上がる。
最後の不始末で摂政を完全に敵に回した事を三長官は自覚した。
カルステン元帥は現役続行(=軍務尚書就任)を断りたかったが、それはファルケンホルン元帥とアイヘンドルフ元帥から押し止められた。
大公と入れ違うように軍務省官房部と人事部から悲鳴のような報告が届いてたからだ。
自身の暗殺未遂の一件で摂政殿下は軍への態度を一変。強烈な横車を推し始める。(軍高官達から見て)裏切者のミュンツァー中将が嫌々持たされてきた、摂政肝いりの軍高官人事リストが軍中央を占める高官達を震え上がらせる。
オスヴァルト・フォン・ミュンツァー中将を大将昇進の上、軍務省次官への着任。
ゴットリーブ・フォン・インゴルシュタット中将の統帥本部作戦部次長への転任。
アルベルト・フォン・ファーレンハイト大将を上級大将昇進の上、宇宙艦隊司令長官への着任。
主だったものだけでも、(摂政の)身内贔屓と捉えられかねない、人事を突き付けて来たからだ。やり過ぎであると苦言を呈せば、「ならば、(この人事案に)頷く人間を軍務尚書に据えるまでだ」と言い放たれた上で突き返されたそうである。(ミュンツァー中将談)
軍中央への強烈な不信感の表明とそれに対する処方であると既存の軍高官たちは見做した。
「しかし、宇宙艦隊司令長官を上級大将ですか。いつの時代の話でしょうか」
言うべきことを伝えると、さっさと出て行った摂政を見送った後、嘆息するカルステン元帥を窘める両元帥は深刻な顔のまま、陰鬱な未来図を宇宙艦隊司令長官に開陳し慄然とさせた。
「摂政殿下は三長官全てを上級大将で充てがうつもりよ」
「は?」
目が点となるカルステン元帥。
「辺境方面軍上がりのアルベルトを(宇宙艦隊司令)長官に据えるのは手始めのようだ」
忌々しそうに眉を歪めてアイヘンドルフ元帥は自身へ下された沙汰を零す。
「統帥本部の後任(総長)は私の推挙リストから選ぶと言質を頂いておるが、(元帥への)昇進は認めないと」
「摂政殿下は余程にクロスバトンがお嫌いのようだ…」
元帥を表す、肩章に飾られた
「だから、カルステン卿は是が非でも軍籍を保って貰いたい。摂政殿下は自身(の任期)を十年と宣言しておられる」
「摂政殿下が摂政職を辞するまで軍務尚書の席を守り通してほしい。孤塁となって申し訳ないが…」
軍から放逐される両元帥の頼みに、カルステンは天井を仰ぐ。
「これは、つまり?」
「軍縮であろうな」
帝国軍三長官は上級大将以上を以って任じると帝国軍法に記される。現実は、皇族を除けば百年以上前から元帥を以って任じるのが常態となっていた。威儀だけでなく、常設階級(上級大将を最高位とする)だけでは組織を賄いきれないほどに帝国軍が巨大過ぎたからだ。私設軍たる貴族軍も指揮下に組み込む前提と、軍籍を保持する諸侯も指揮する可能性を考慮すれば、階級においてもバッファを確保する事は必須であった。様々な要請が、常設階級としての元帥位を帝国軍が受け入れて久しかった。
これに対し、摂政は帝国元帥を排し、上級大将を最高位とすると明らかにした。逆説的に上級大将で管理し切れる規模まで帝国軍を縮小させる、という意思表示となった。
「だけで済めば良いが」
アイヘンドルフがファルケンホルンの言葉を継ぐ。
「地上軍の連中が摂政殿下と誼を通じたのは知っていよう。(地上軍の)連中は株を挙げたと息巻いておる」
皇太子及び皇太后の安全保護責任の未達と摂政暗殺未遂事件について、近衛兵総監は摂政マクシミリアン・ヨーゼフに対し自身の去就(自身の生命含む)を預ける旨申し出ている。当時の近衛軍の事情(フリードリヒ三世からの冷遇)も勘案し、恩典無しの懲戒除隊処分と近衛軍の縮小で調整しているが総監の推挙者を上級大将に昇進の上、後任として任じるつもりであるという。
父帝の猜疑心の結晶である、新無憂宮の警備隊群は(今回の争乱に対する)罪を鳴らした以上、廃止は必須であったが、粛軍の象徴(摂政暗殺未遂事件の現場警備責任の詰め腹)として、近衛軍の廃止も決意していた摂政。だが、諦めと頭の血の巡りが悪い一部勢力によるテロ騒ぎが複数回起きると、やむを得ず縮小に留める事とした。途中から、地方から連れてきた貴族や従者達の受け入れ先として使いだす。地方から引き立ててくれた摂政マクシミリアン・ヨーゼフ大公への恩義≒忠誠という一点において、彼らの能力や経験を問題としなかった(摂政の肉壁が勤まるなら十分過ぎる)からだ。
摂政時代の近衛「隊」は地方出身者ばかりのやたらに下士官・士官(つまり貴族子弟)の多い、頭でっかちの軍組織となってしまった。帝国軍としては摂政にお小言を並べるが、規模としても任務範囲も皇族の趣味と我慢しうる規模に縮小されていた事もあり拒否はできなかった。その後、
「これで、擲弾兵総監や近衛兵総監(などの地上軍の高位将官職)は上級大将のまま。翻って、
恒星間国家であるところの銀河帝国において、宇宙を駆ける宇宙軍こそが帝国軍の
「地上軍の連中も三長官に手が届くかも…」
粛軍に巻き込まれ近衛軍が縮小する事に不満をこぼす地上軍高官も居たが、「
「摂政殿下の治世下の例外としても、前例は前例。そして前例が出来たら…」
軍も官僚組織であり。前例があれば、それを否定する事は大変苦手なのだ。
宇宙軍の上級大将で三長官が勤まるなら地上軍の上級大将でも、なんなら専門職の上級大将でも良かろう。同じ階級なのだ。間違いなくその論法を振りかざし、摂政の意に添わない態度を取ったが最後、宇宙軍(の高官)から三長官職を取り上げる流れである事くらい元帥たちには理解できた。(マクシミリアン・ヨーゼフも隠す気も無かったが)
本気の悲痛な表情を作りながらカルステン元帥は訴える。
「十年、摂政相手に抗しろと?御無体を仰せになる。死ねと命じているのと変わりませんか?」
「帝国軍を護る為よ。卿も帝国軍人の一人として歴史と伝統ある帝国軍の栄誉を護るために死んでくれ…」
「…」
その後、摂政時代を通じて帝国軍三長官は上級大将が任じられ、周囲から強く推されても決して新たな元帥杖を与える事を肯じなかった。「無元帥時代」と言われる。マクシミリアン・ヨーゼフ大公の粛軍への無言の強烈な意思は摂政時代を通じて帝国軍を先帝フリードリヒ三世とは異なる意味で委縮させる事になった。
「上級大将では足りない?(元帥位が無いと職責と釣り合わない)なら、上級大将で足りる程度の組織にまで縮小すれば良いではないか」
当時の帝国軍人、とかく、高位軍人にとって、摂政マクシミリアン・ヨーゼフ大公とは疫病神そのものであった。
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軍人だけが官僚ではない。その事を痛切に思い知る者達がまた…
「摂政殿下。此度の帝国軍への峻厳なる態度、幾ばくかの恩情を頂けないものかと…」
事件前の温和さが引っ込み、
「急な軍縮は混乱を呼びまする。彼ら軍が担っていた治安維持についてもご高配を賜りたく」
「それよ」
不服であると表情で伝え、亡父の廷臣達に不満をぶちまける摂政。
「は?」
「国務尚書。短くはあるが、私も辺境で総督を務め、つぶさに見て来たが。何故軍が、民生を担わなければ生計が立たぬように(辺境を)放置してあるのか」
ずらりと並ぶ尚書たち、その中で国務尚書より一歩引いた位置にいる内務尚書や財務尚書を特に他の者にも分かるくらいに見つめるマクシミリアン・ヨーゼフ。
無言の内に込められた摂政の弾劾に室内の居心地が急降下していくのを自覚し口が重くなる尚書たち。
「そも軍が担うべきでない事ぐらいは経験浅い私とて分かる。そちら(帝国)政府が十全にその任を全うでてきおらぬからではないのか?」
「それは…」
自助が至上と、据えてはいるが。大帝は共助も公助も否定はしておらぬ。必要なものは必要な範囲に応じて帝国が行うべきなのだ。大公は昨今の帝国政府の辺境に対する態度を不作為と見做し批判する。
「軍が本来の任務に立ち戻るべく粛軍を行う。卿らが担うべき、本来の任務を内務省なり財務省がそれぞれの責において行え。粛軍により生じるであろう、余剰予算と予備役将兵を使い警察権を持つ国内予備軍、国家憲兵を整備するのも良いだろう。辺境の航路と輸送網については、帝国がもっと介入し、遍く臣民たちの安寧に資するべきだ」
全国規模の法執行機関や航路・輸送網管理組織を軍縮予算を元に整備するのだ。そこに利権(ポスト)が生じるのだから、それを元手に動くべきだ。それすら思いつかず、動けないようなら、その地位(尚書)には相応しくない。マクシミリアン・ヨーゼフはそう見切っていた。
一人の尚書が摂政に意見する。
「殿下。宮殿に帝都の再建にも予算が必要です」
「宮内尚書。何故その為の予算を帝国軍が血肉を削って用意する金で充てがうのだ?」
どういう事だ?問い返された宮内尚書以外の閣僚達も摂政の問いに戸惑いの視線を交わす。
不興を承知で宮内尚書が摂政に答えを求めた。
「と言いますと?」
宮内尚書の意見が理解の埒外にあるかのように摂政は答える。
「焼いた者たちに責を取らせるのが筋というものよ」
「いや!しかしですな!既に処分は決せられた上で更に処分を科すと言うのは…」
品定めと言うよりは屠畜の対象を選ぶような物騒な光を強める視線で宮内尚書の言葉を途中で黙らせる摂政。
会議室にまで連れ込んだ、護衛役の擲弾兵二名が戦場の汚れも拭わぬままの視線を尚書達に注ぐ。彼らは尚書達が少しでも摂政に対し不自然な動きをした瞬間に飛び掛かるのであろう。無礼であると尚書を勤める高位貴族でもある彼らは怒鳴りたかったが、護衛を連れ込んだ摂政本人が開口一番に、「卿らは私の部下どころか味方であるかさえ未だ定かならぬのでな」と言い放たれてしまえば、否とも言い難い。
「帝国を想い手弁当で駆け付けて、救援活動だけでなく、宮殿復旧の名誉まで求める辺境諸侯を前にして貴族であり続けるというのであれば、頷かせてまいれ。
辺境へ領地替えした者達については、分割払いと供出猶予を許す。領邦安堵した者達、取り分け本貫地安堵した者から優先して、出させろ。額は財務省と司法省と合議して罪に応じて算出せよ」
帝室の藩屏であり、帝国の一柱を任じ、時に法の支配を越えるのが貴族であるならば、法が求める以上の犠牲をその身を以って示すのが尊き者達の勤めではないか。まして自身の
帝国予算からは1マルクも出させない。摂政の岩盤の如き拒絶に尚書たちはたじろぐ。
「しかしですな。早急に建て替えねば、権威に…」
典礼尚書が食い下がる。
「急ぎは国費で建て替えよ。必要最低限で良い。それがみすぼらしいと嘆くなら、連中からしっかり取り立てよ」
我々に罰金の取り立てをしに各(貴族)家を回っていけと?絶句する典礼尚書に向かって、大公は一睨みして黙らせる。
「急げよ。
ふふ、野趣と辺境諸侯の忠義溢れる、新無憂宮もまた良いやもしれぬな…」
大公の揶揄に典礼尚書は目を回し、国務尚書は目を剥いた。
散々に帝国の権威が傷ついたのだ。帝国の自傷を傍観していた者達が被害者ぶったところで糊塗できるものでもあるまい。本当に帝国(権威)を建て直したいのであれば、行動を以って、皇帝の支配する所、遍く対処せねばならぬ。
「帝国の復興に立ち向かう覚悟ある者のみが私と共に重大な職責に就くべきだ」
「…承りて…」
渋々と留任する閣僚達。
ここで辞任した所で、今回の一件の不作為を問うて罰する気満々の大公である。
そして、辺境の者達を引き上げるのであろう。ここで大公の行き過ぎを掣肘しなければ、子や孫から奪われた席(職)について、恨まれることになろう。サボタージュしても罰せられ排除される。(摂政殿下の)意に沿わない仕事をしても席を奪われる。とにかく摂政殿下の下、帝国の復興に勤しみつつ席を守り、後輩達に引き継ぐという、中々に困難な仕事が待っていた。
かくして。
摂政マクシミリアン・ヨーゼフ大公の帝国復興政権は中々に
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そして、帝国の
「ヘルベルト大公殿下閥ではありましたが、グルーベンハーゲン侯に指嗾され…」
「殿下!違いまする!兵が!兵の一部が彼奴に唆されて殿下に牙を剥いただけで、某の忠誠は殿下に!」
「どちらの『殿下』に忠誠を捧げていて、
「……御慈悲を…」
「罪一等を減じ族誅から爵位と領地の召し上げ。三親等以内の親族の帝都追放。但し、
先帝陛下に
「某の一死で、どうか…」
「控えよ!」
摂政暗殺未遂事件に参加した貴族たちは様々であったが故に暗殺対象の当人をして呆れさせた。当初はリヒャルト派の一部だけかと考えていたマクシミリアン・ヨーゼフであったが、取り調べが進むごとにヘルベルト・リヒャルト派閥以外の者どもや、中立を堅持したはずの貴族の配下の一部が勝手働きしたりと、貴族界の複雑な繋がりに恐怖すら覚えた。
そして、鍵となる傀儡の糸を手繰っていくと、糸使いとしてグルーベンハーゲン侯爵マクシミリアン・ヨーゼフ老人の名が方々から顔を覗かせてくることに摂政をはじめとした関係者たちは慄然とした。皇族の古老として、先帝の腹心として、あるいは社交界の古株、趣味人、様々な顔を持ち多様な伝手を使い、情報を主な武器として状況を動かしていたらしい。もはや直接問いただすことも叶わぬために推測でしかないが、ある意味でとても皇族らしい皇族であった、ということであった。
余りに複雑に張り巡らされたコネクションを明らかにし、処断する事は貴族界の崩壊すら招きかねない。だが、ここを有耶無耶にする事は第二第三の暗殺未遂を引き起こす可能性が高まる以上、裁かない訳には行かなかった。何より、マクシミリアン・ヨーゼフの妻が許してくれそうにない。再びこのような暴挙を許せば、「戦乙女」が「復讐の女神」に転向し仇を血祭にあげて周る
「次でございますが…」
「リヒャルトの正妻どの?主だった者は裁断したと思っていたが何故正妻どのとその御実家が残っている?」
宮内尚書が手渡してきた調査書を流し読みする。
老マクシミリアン・ヨーゼフ最後の一手。摂政暗殺未遂事件の主力であり、リヒャルト派閥の主たる大貴族たちが多く名を連ねていた。リヒャルトは生かすが、残すのはリヒャルトのみで十分であり、外戚化するのも不満分子の種子になるのも面倒なので、まとめて処刑する事をジークリンデの強い意志で押し切られようとしていた。家ごと逆張りして、被害者であるマクシミリアン・ヨーゼフ自身でも庇いきれない者達以外は頑張って罪一等を減じて、所領・財産没収の上、庶人に落として辺境追放にしていたが。(
「それが、正妻ではありましたが、(実家が)派閥内では弱小であった上に、事件には参加しておりませんで」
というより、実行戦力を帝都に持って来る事が出来なかった上に、帝都での家人も少なかったので、最後の最後で当主とリヒャルトの正妻の統制が利いて暴走を許さなかったのが真相に近い、とマクシミリアン・ヨーゼフは調査書から読み取った。
「で、微妙な一線に居るので後回しにしたと」
傍らにいる司法尚書が頷く。
リヒャルト派の大物貴族の一人で重要なリヒャルトの一族(嫡子の母親でもある)ではあるが、この場の裁断の鍵となる摂政暗殺未遂事件への参加を拒否したのであるから、お家取り潰しなどの重刑を科すつもりはなかった。リヒャルトの子供(それも嫡子)の扱いについて、
「摂政殿下。咎人が慈悲を請いまする。どうかリヒャルト殿下の御側に侍る事をお許し頂きたく」
華奢と言うには貧相が近い、震えるか弱い女性の代名詞のようなリヒャルトの正妻が震えを抑えながら声を上げた。
「…」
「
リヒャルトの正妻の発言は一瞬、その場を沈黙させた。すぐに反発するように沸騰する。
「言葉を慎まれよ!その言自体不敬であるのに、摂政殿下の御前でなど!」
罵声の集中砲火に竦みあがり、口を緘するリヒャルトの正妻。
片手を挙げて周囲を黙らせるマクシミリアン・ヨーゼフ。
「…続けよ」
「立派な主人ではなかったかもしれません。家を守れぬ当主であったかもしれません。ですが…」
「夫として否定される事は妻としては許し難く。もはや、
言い切った彼女は華奢な身で深く腰を折る。
「!」
口を開こうとする彼女の父親である伯爵は場を思い出し、必死に口を閉じ、歯を食いしばる。
思いもかけぬ伯爵親娘の愁嘆場に白けたように無表情を向けるマクシミリアン・ヨーゼフ。実際は面食らい固まっていただけだった。お飾りの皇帝として、リヒャルトを担ぐが、リヒャルト派閥の貴族は排除・抑制する前提であったし、それ以前にお家存続の為(摂政への忠誠の証)に頼まなくてもリヒャルトからは距離を取るであろうと決めつけていた。リヒャルトの正妻も家の(当主である伯爵の)都合で離縁になるものだとばかり考えていたのだ。
とにもかくにもと、マクシミリアン・ヨーゼフは当初の処分の一部を彼女に告げる。
「リヒャルトの子供は後宮で引き取り、帝位継承権は放棄させる。勿論正妻どのの子も含まれる」
「温情*2有難く」
彼女は迷いなく謝辞を口にする。
家を捨て
しかし、彼女の決断を否定したくはなかった。
そこに妻を見たのか、マクシミリアン・ヨーゼフは瞼を一瞬閉じ、心を入れ替えた。
「(リヒャルトの)皇妃を名乗る事は許さぬぞ」
摂政が折れた事を告げたので正妻は伏せた顔を上げる。
「リヒャルト殿下の御側に侍るのに不要でございますれば。摂政殿下への二心無き証に大公妃も返じたく」
彼女の
「…其方の想い、確かに受け取った。リヒャルトも果報者であったか」
ようやく柔らかい雰囲気に切り替えたマクシミリアン・ヨーゼフは
「奥方殿。不出来な弟にこれほどの出来過ぎた嫁御料が居た事に気付かなかった
どうか、末長く健やかにお過ごしあれ」
マクシミリアン・ヨーゼフの餞に初めて、薄っすらとではあるが、笑みを浮かべ無言で深く頭を下げ、退出するリヒャルトの正妻。
彼女の後ろで立ち尽くしていた、正妻の実父である伯爵を見やり、マクシミリアン・ヨーゼフは告げる。
「伯爵。よく出来た娘御であるな。余程に良い教育を施されたと見える。子に救われたな」
「は…」
血の気が無かった伯爵が息を吸う度に血色を戻す。
「罪一等を減じ、財貨で贖う事を許す。額は追って司法省と財務省で合議の上、通達する」
多分、マクシミリアン・ヨーゼフは