帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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第7話

 

「じゃ、後は任せたよ」

 定時で退勤する大男の総司令官。

 当時の疎開作戦司令部において、”司令官の大隊”(コマンダーズ・バタリオン)というジョークが流行っていたという記録が残っている。

 大男の司令官の異性関係についての当てこすりである。

 

 毎回、異なる髪色・肌色の女性といる。

 何なら、司令部内でも女性兵士を口説いている。

 連合軍最高司令官も兼務させられて、周辺星域への出張も激増したが、どれだけ多忙でも現地で恋人を作っている。

 一人でいる時はトイレくらいのものだ。

 

 自称他称含めて良いなら数百人…という噂話から「関係者」だけで大隊を編成できるほど…という露悪的なジョークであるが、当の本人は一向に気にせず、後に

「ふうん。どうせなら自分の名を冠した連隊とか師団くらいにしたいものだ」

 と吹聴したとか。これを聞けば国防委員長あたりは額でお湯を沸かせるほどであろう。

 

「過去の女(銀河帝国)から逃げ出した癖に、その女の影を見た途端に慌てる。腰の据わらない事(おびただ)しい。

 いっそ、ケンタウロス腕にでも高飛びするか、新しい女でも探して忘れるのが健全だろうに」

 高級士官用レストランで健啖ぶりを発揮した大男は、今日の恋人を前に政府や軍上層部を腐す。

 

「でも、おっかない過去の女とやらのおかげで貴方は今も首にならないんだから、悪い事ばかりでもないわよね」

 

「ふん、それこそ銀河帝国を出汁に、何でもかんでも通ると勘違いされることの方が深刻さ」

 デザートまで平らげ、食後のコーヒーにたっぷりのクリームを流し込みながら、恋人の感想に答えた。

 

「こいつは一朝一夕で終わらない。自分たちの子や孫に向けて銀河帝国に勝つまで故郷を捨てろ、我慢しろと、強制することが許される社会なんてぞっとしないだろ?

 自分の欲望を満たす事を良しとする民主主義が、自分の欲望どころか生命すら犠牲にするよう求めるなんて、本末転倒さ」

 

「また、随分と極端なことねぇ」

 

「極端な方が物事を単純化できて分かりやすいだろう?」

 

 出張先の土産だと渡された、輝石をあしらったヘアピンを摘まんでみせて、呆れたようにも面白がるようにも見える笑顔を作って彼女は大男の「お盛んさ」を揶揄(からか)う。

 

「だから、あなたはどこでも求めるのかしら?」

 

「民主主義の実践だよ」

 大男はクリームコーヒーを飲み切ると席を立ち、彼女を誘って夜の街に消えていった。

 

 たまたま、同じレストランに居て、恋人たちのささやかな逢瀬の中での小話を聞きつけていた軍人が知り合いの国防委員に告げ口気味に報告し、憤激した国防委員が上司である国防委員長に訴えたことで国防委員長は事の次第を知り得たのであるが、当の委員長は部下の訴えを顔色一つ変えずに退けた。

「代えの人間が居るなら、ね」

 有事でなければ大男の更迭書にサインしたくて仕方なかったはずである。ただし、彼の任免に関しては最高評議会議長の専権事項とされており、国防委員会はおろか、議会が望んでも議長が首を縦に振らない限り叶わぬ願いであった。

 

 宇宙戦艦の装甲板のような面の皮と、超高硬度炭素ワイヤーで()まれた精神を持ち、無能からは程遠い才能を傍若無人に振るう、あの大男が指揮するからこそ、疎開作戦は大小様々な問題が起きつつも致命的な失敗を犯さず進捗している事を、この時の国防委員長は理解していた。同時に統合作戦本部長からは、代える事の出来る人材の不在を告知されてもいた。

 自身の職責から計画の成功のために大男を庇わないといけない国防委員長は、溜息を飲み込んで、その大男に振り回されて、不満たらたらの疎開作戦司令部スタッフを激励しに司令部オフィスに向かうのだった。

 

 

 

----§----

 

 

 

「艦隊指揮がしたいと言うから護衛任務に廻したのに、贅沢な奴だ。航路警備もやるかね?任務は沢山あるし」

 

「艦艇以外…軍以外の船舶の指揮までとは聞いておりません。有象無象の集まりで編成する所からではないですか!しかも軍用艦艇以外も艦隊に混ぜるなど、狂気の沙汰ではないですか」

 

「なんだ、常に補給と訓練が行き届いた艦隊の指揮が取れるとでも思っているのか?」

 

「…」

 

「帝国との戦争で常に勝てるとでも?

 (同盟軍は)不敗だから敗軍をまとめる事など、考える必要がないとでも?

 避難する市民を庇いながら戦わざるを得ない場合もあろう。まさか市民を盾にするわけにもいくまい?

 いずれ後輩達が経験する状況の一助になるのだ」

 画面に写る部下である指揮官に大男は片手を振りながら、話を続ける。

 

「大体、殺す気で撃ってくる敵が居ないだけマシだろうが。失敗したから即死でもなし、多少の失敗は織り込み済みだよ。しっかり報告はまとめてもらうが、やるだけやってきたまえ」

 

「……」

 

 同僚や上司に向ける顔ではないな、と総司令官の後方から画面を見やっていた副官は内心で評した。副官の聴覚が異常ではなかったら、画面に写る若い指揮官が敬礼から通信を切るまでの短い間に、床を蹴りつけた時のような鈍い打撃音がするのを二度聞き取った。

 

 

 司令部との通信を切った後、モニターに常設されている、船団の状況アラートを集約しているダッシュボード(これも、インシデントの振り分けと判断を容易にするために、旗艦スタッフと民間技術者が合力して現場で急遽でっち上げた代物)を見やる指揮官。

 

 指揮官の座乗する旗艦は指揮機能の強化が施され、司令部乗り込みが想定されている分、搭乗可能な人数は宇宙艦隊所属の正規艦艇の中では上位に数えられるほどに高い。

 艦隊指揮ができるなら、と、この任務に志願した若い指揮官に宛がわれた時、初めて乗り込んだ時の興奮は、疎開作戦司令部に配属されると聞かされた時以来の良性の昂ぶりであった。(その直後に大男を総司令官、ノッポを参謀長とする、指揮下で働くと知り、軍人以前に大人として、あるまじき悪態をつくほどに絶望させられた)

 だが、現実は。

 軍人でも限られた人間のみが立ち入りを許されるはずの、艦橋ですら、軍人と徴用された軍属(民間技術者)達が駆け回っている。

 旗艦故に、と多分に(あつら)えられた会議室の多くは、すでに同乗した民間技術者達の作業部屋兼会議室と化している。

 疎開作戦司令部の分室と化したカオスさ加減であり、艦艇乗り(ふなのり)を自任する指揮官は艦橋内の喧騒を眺めながら深いため息をはく。

 

 吐息と共に総司令官への怒りを体内から追い出すと、ネオンのようにアラートを上げ続けるダッシュボードを見つめる。

 

 戦時徴用で傭船した純粋な客船だけでも千隻以上。これとは別に避難民の動産及び、指定された不動産を運ぶ貨物船が追加される。

 実際の計画を策定する段階で、動産・不動産を解体・運搬するための機材を運ぶ必要も判明し、別枠で専用の輸送船舶の徴用。これらを動員した艦艇(同盟軍船籍=軍艦)で護衛や航路啓開を行う。

 さらに宇宙空間を移動している、避難民と疎開作戦に従事する人間のための支援船。病院船や通信船、補給船に工作船。

 航続距離どころか航行速度もまちまちの雑多な船舶が合同した、小中大と規模も異なる船団が文字通り、限界ぎりぎりのピストン輸送を行っている。中枢星域と辺境星域間の航路は現在、同盟史上でも空前の規模の船団数が絶後であろう、超高密度のペースで往還している。

 護衛任務だけに限っても、同盟軍の艦艇だけではとても足りず、超光速航行能力を必要としない星系内については星間巡視隊に全面的に委託するありさまである。

 

 専門家集団であるはずの輸送艦隊司令部は計画段階で卒倒し、介入した後方勤務本部が民間輸送企業の専門家を徴用-片っ端からかき集め-して、中心に据えて立ち上げた輸送管理軍団が取り仕切っている。現在、一番替えが効かないのに無茶をさせている部署の一つに挙げられている。過労による後送者-病院送り-が多発しており、徴用された民間企業や家族からのクレームを受けて議会でも問題視されている。

 運用スケジュールは、担当者をして「理論上は線引き可能だが、事故多発ラインと言われる閾値を超えている。常態化など絶対認められない」と言わしめるレベル。乗組員だけでなく、経路惑星で支援する航路管制要員ですら過労働が危険水域に留まり続けるというありさまであった。

 

「それに対する答えが、ロートル(リタイア済みの高齢者の再雇用)と学徒動員(専門教育中の学徒の繰り上げ投入)か。…これじゃ末期戦じゃないか」

 

 マージンを確保する為に選んだ、最悪の中の次善の選択であった。これについては、疎開作戦司令部の誰もが認める所であった。

 民需への致命的な打撃を避ける限界まで徴用してなお、足りない分について、リタイア済みの経験者と教育中の学生をも動員する事で最低限のローテーションが可能になるようにして時間稼ぎを行っている。過度にこれらの臨時スタッフが偏らないよう、配属には格段の配慮を行い、部署あたり最大でも3割以内に納まるようにしている。もっとも、それだけやっても現場の担当者達には最低限の休養を取らせるだけのマージンしか確保できておらず、長距離航海に当然あるべき航海完了後の長期休養など、とても不可能な状態だ。特にまずいのは船長以上の現場指揮官クラスのローテーションが完全に崩壊している点である。

 苦情を申し立てた若い指揮官に至っては、任務上割り当てられた睡眠以外の長期休養は首都星への召還の間くらいであった。(この間も通信を通して事務仕事をやらされるのであるが)作戦開始から船内と司令部のある建屋の個室でしか休んでいない。

 さらに恐ろしい事に、司令部からは、これでも作戦開始段階という事で、大分控えめだと(のたま)っていることだ!

 動員したロートルと学徒達のOJT(実地訓練・経験)による再戦力化(上は本気で戦力としてカウントしようとしている!)が進めば、さらに動員を進める事で余力を確保できる、はず、との目算らしい。

 

「徴用された民間企業だって、足りない分を退職者の再雇用や臨時雇用(学生バイト)で埋めているはずだ。短期のうちに終わらせるか、何かしらの改善案を実行しなければ、事故多発による悪循環に陥るだろうに」

 

 民間のニュースであるが、中枢星域と辺境星域を結ぶ航路は避難船団が最優先とされているため、民需品の流通が圧迫され、ジリジリと物価全体の高騰を招くであろう、というのが、今後数年の傾向として(トレンド)予測されているという。

 戦場だけでなく、銃後のはずの国民経済すらダメージを受け続けるという現実を突きつけられて、指揮官は押し黙る。

 

「閣下。すいません、またトラブルです」

 

 申し訳なさそうに、当番の幕僚が指示を求めてくるのに、小さく首を振り、指揮官は努めて冷静な態度を装った。

「わかった。船団の全体進捗も含めて報告を」

 

 

 

「走り出したばかりで言うのも(はばか)られるが、(計画全体の)ペースを上げるのは困難だ。作戦参加人員の習得度向上による効率化を見込んでも、危険ではある」

 航行中の疎開船団の情報を一括表示させる、疎開司令部内に設置された巨大な立体映像を見詰めながら大男の司令官はぼやく。

 

「だが、どうする?航行速度を落として、避難民の船内滞在期間を延ばすか?」

 さきほどの若い指揮官と大男のやり取りを画面外の席に陣取って、自身の仕事をこなしながら聞いていたノッポの参謀長は冷淡に返した。

 

「経路上の惑星で滞在するにも、十万単位の避難民の一時滞在など、ほとんどの受け入れ惑星はキャパシティーオーバーになるぞ。各船団の航続距離と中継地点の惑星の受け入れ許容値もギリギリで計画されているんだ。簡単に中継地での休養を増やすということもできん。

 大体、それだけの人間を下船させ、また乗船させるだけでも膨大な手間がかかる」

 

 分かっているさ、と組んでいた腕をほどいて、軽くまわす大男。

「避難民の安全マージンを見込んでの最大効率の航行プランだ。状況を見ながら増発するのか、このペースでリソースを増やしていき、作戦参加人員の負荷を安全域まで抑え込むのか。はたまた、避難民には我慢を強いて航行計画を見直すか。もしくはゼロベースで、もう一回頭を捻るか。

 ま、考えもするし、(避難民を)死なせない為の決断はするさ。後は議長に頑張って貰おう」

 

「数字を揃える(資料を用意する)側の身にもなってくれ」

 

「嫌われ役(プランの修正通知役)は率先して受け持つのが司令官の仕事だからな」

 

「…」

 

 

 

 

 一日、国防委員会の執務室にて、普段は宛名だけ確認して、開封もせず破棄する信書の類の中に極少数ではあるが届く、手紙を見つけたノッポの特命国防次官は宛名を見た瞬間、珍しく、ここしばらく代名詞と化していた不機嫌の表情を崩した。

 不機嫌ではない、程度に機嫌を良くしたノッポは手紙を開いて文面を(あらた)めた。さほどに長い文面でも無かったのか、長い時間も掛けずに読み終えた後、おもむろにカレンダーを確認すると、舌打ちを一つこぼし、仕掛中の仕事の画面を脇に除けると、いそいそとビデオレターを起動した。

「ハイネセンにも疎開による人口流入の影響か、新種の感冒が流行しているらしい。君も気を付けるように」

 

 私信としては短すぎな上に味気なく、情が薄い。

 たまたま、報告に訪れていた、疎開作戦司令官の副官は、眼を大きく開きながら、疫病神にも人間性の存在を確認できたとばかりに、そんな感想を抱いた。

「参謀長閣下はレターに拘りでもあるので?」

 

「なんだ?私にもプライベートはある」

 

「はぁ…」

 悪魔の辞典を教典に聖句(どくぜつ)しか吐かない敬虔な信者だとばかり、思い込んでいた上官のプライベートを垣間見た副官は口ごもる。

 

「総司令官閣下はビデオレターなど撮らずに直接出向いておりますので」

 

「あいつと一緒にするな」

 

 総司令官を挙げたせいか、普段の不機嫌に戻るノッポの参謀長に副官は、ここに来た理由を思い出して、慌てて電子報告書をノッポの端末に転送する。

 ジロリと一瞥したノッポはぞんざいにその内容を見ると、不機嫌さを一段増して副官を見上げる。

「避難民の一時住居が足りない?ハイネセンの建築共同企業体(疎開作戦JV(JointVenture))や後方勤務本部からは遅延が発生しているとは聞いていないが?」

 

「そちら(受け入れ側)ではなく、こちら(現場)の問題ですので。急ぎかつ重要案件だからと私が報告に伺った次第です」

 

「…疎開ペースが予定より早く、疎開先の住居が足りないため、途中のハイネセンで一時的に待機させる?誰が勝手に決めたんだ!」

 

「総司令官です」

 

「あいつ!」

 

 副官には聞き取れない(聞こえないふりをして)、悪態を吐きながら、報告書の詳細を読むノッポ。報告書が表示されたモニターを睨みつけながら、執務机に転がっていたサインペンを掴むと手の中で弄ぶ事数分。

 回答を待っていた副官を睨み上げ、片手を上げると部屋の片隅で固唾をのんで進展を見守っていた秘書官の一人を指さした。

「…まぁいい。短期だし子供、老人、病人は地方の宿泊施設を手配して廻させよう。政府機関や今作戦の人員用にリザーブしている分もいくらか開放させれば、ある程度の纏まった部屋はすぐに確保できるはずだ。何なら、国防委員経由で議会にも当たってもらえば良かろう。お調子者の点取り屋-政治家連中-が盛り上げてくれれば、運が良ければ上等な部屋が手に入るかもしれんぞ。

 あぁ、そうだ。史跡指定されている、ハイネセンポリス旧市街を開放させよう。あそこなら上下水道電気のインフラも古いが敷設済みだから、手を入れたらすぐ使えるだろう。

 優先度は急病、医療介護が必要な者から、宿泊施設、旧市街の順で。他の健常者の分は宇宙港近くにバラック(兵舎)を立てさせろ。滞在期間が延長するようなら設備グレードを上げれば良い。

 あと、在ハイネセンの医療部隊と民間医療機関との連携も行え。受け入れが完了するまでは軍の医療部隊が主体で対応させろ。一時滞在がひと月を超えるようであれば民間(医療機関)に移譲させていく」

 

 自由惑星同盟直轄星として最古の開発惑星と見なされる惑星ハイネセンであるが、その成り立ちから、都市としては場当たり的に拡大した。急造の首都星を揶揄して、「バーラトではなく、バラック(掘っ建て小屋)星系」などと言われることもある。取り分けハイネセンポリスで一番歴史のある、旧市街は、その一部区画が史跡指定されて当時のまま残されており、入植当時の苦労の跡を偲ばせている。歴史の浅い自由惑星同盟において、歴史的記念碑は市民意識の涵養(かんよう)として重要視されていたが、ノッポにとってはただの空住居でしかないようであった。

 

「史跡だろうが使えるものは何でも使え。今困窮してる同胞の為に使われるんだ、これ以上に勝る理由があれば、上(政府)に持って談判するように言え」

 

 秘書官の一人が慌ててノッポの発言を清書し始める。

 

「あぁ、それと。ハイネセン以外の疎開経路近傍の惑星でも(避難民を)吸収させろ。今の対応なら他の惑星でもハイネセンほどではないが、自前で出来るはずだ。ハイネセンだけではすぐ限界が来るだろうからな」

「各地の割り当て可能数と収容可能日は、追って後方勤務本部から作戦司令部に送るようにさせる。後はそっちでやれ」

 話は終わりだと顎を軽く振って見せた。

 

「了解しました!」

 待ってましたと、飛ぶように退室する副官。

 

 これ幸いと仕事を山ほど託された副官は、ハイネセン中を飛び回り、持ち込んだ以上の仕事を持たされて、休む暇も与えられず前線に送り返された。

 

 

 

 

 

「上司は誰になるのですかな!?」

「国防委員長ですか!?」

 

「確かに、国防委員長は上司ですな。もっとも、私の罷免権を握るのは、「吾らが議長」ですよ」

 だよな?と、隣で必死に取りなそうとしていた若い副官に確認する疎開作戦司令官。引き()る副官に確認を取った大男は相対する星系政府のVIP達に告げる。

 

「そして議長からは、疎開させるのを第一に、自由惑星同盟を護れと命令されております」

 避難星系の最後まで居残った民間人である、星系政府首相を始めとした政府・議会関係者に対し、これ見よがしに胸に付けた階級章を撫で、腕部に飾った疎開作戦用に誂えた作戦部隊章ワッペンをさすってみせる。

 

「自由惑星同盟を危険に晒す事態に遭遇した場合、与えられた職権で対応する義務を有しておるのですよ」

 

「軍が民間人を脅すのかね!?」

 顔色を変えて大男の司令官に詰め寄る星系政府首相。

 

「出来る限り安全に配慮せよと、言われてますがね、絶対ではないのです。ついでに閣下の、その論法を演繹(えんえき)するのであればですね」

 自分の胸に手を当てながら、大仰に、大男は口を開く。

 

「私も部下も軍人である前に自由惑星同盟市民でもあるのです。私どもの安全にも考えを及ぼして頂けると幸いです」

「閣下方と御同類で公務員であり公僕なのですよ。吾々軍人も。当然、部下への最大限の安全配慮義務もあるにはあるのですよ、閣下。ご存じないかも知れませんがね」

 

「…同盟、…自由惑星同盟のためにっ!

 そうだ。そう言って全体のために、一部に…吾々に堪え難い犠牲を強いておいて、その言い草か!」

 

「まったくです。私も一方的に強いられたら、閣下の如く掴みかかりたくもなるでしょう」

 

 表情を変えず、首相に同意して見せる大男に、つんのめる様に黙り込む一団。

 

「ですが、私は軍人で、上官の命令には給料分と自由惑星同盟軍基本法に抵触しない限り服従せねばならんのです。そして、今の自由惑星同盟には、この星を帝国から守り切る事は出来ないでしょう。私個人としても議長の決断はやむ得ないものと考えております」

 

「無念もありましょう。怒りも抑えがたいかもしれません。ですが、あなた方も自由惑星同盟市民-国民-であり、非常事態下においては最高評議会議長の命令に従う義務がおありだ。

 議長命令を(くつがえ)す機会が零だったとは思いませんぞ。ましてあなた方は政治家で、星系政府の要人だ。()()願う市民の負託と最高評議会議長の命令を擦り合わせるのが責務でしょう。その果てが今なのでは?

 ……が、幸いにもここは自由惑星同盟です。であれば、今後の選挙で故郷奪還を掲げ「吾らが議長」と為られてから、改めてご下命ください」

 

 沈黙した部屋の空気を打ち払うように手を叩き、笑顔を作ると、大男は明るい声で政治家の一団を励ます。

 

「なに、(疎開先で)新しい出会いもあるでしょう。住めば都。水も女も新しい所のは不慣れで腹を壊す事もありますが、未知もまた人生を豊かにするスパイスの一つですよ」

 

「不謹慎な!そんな例えを出されたとしても!…」

 

「はいはい、文句を言うにしろ、締め上げるにしろ、吾らが議長にお願いしますよ。疎開先は、ここより、『吾らが議長』(ハイネセン)に近いですからね。折角ですので近くまで吾々の足でお連れしますよ。おい、お連れして差し上げろ」

 衛兵を通じて呼び出していた憲兵を手招きして大男は来客達を指さし、部屋から連れ出すよう指示した。

 

「な、なにをする、きさまらー!」

 

 

「選挙対策なのかね。いやはや、政治家も大変だねぇ」

 星系政府高官達が締め出されたのを確認しながら、大男はわざとらしく溜息を吐いてぼやいてみせた。

 

「この手の「儀式」を避難対象の星ごとにやるのか…いっそ国防委員長なり委員を前面に立てた方が彼らも喜ぶんじゃないのか?」

 

「総司令官閣下。既に国防委員会所属の議員だけではなく、最高評議会の評議員(委員長)を始め、政権関係者議員が総出でやってますよ」

 

 傍らの副官の回答に大男は目を丸くした。

「なんだ、それなのに、彼らはうちに押しかけたのか?」

 

「たまたま、吾々が地上に居たからでは?」

 

「たまらんなぁ…」

 

 ほとほと、嫌気が差したと顔を(ひそ)める大男に副官は元気づけるべく、明るい声を出してみせた。

「いいじゃないですか閣下。帝国軍に負け込んだ挙句、司令部まで押し込まれて司令官自身が銃を持って追い払うより、マシじゃないですか」

 

「…嫌な例えだな。俺が帝国軍相手に負けが込むとでも思ってるのか?」

 

「司令部でよく聞いた冗句を自分なりにアレンジしたまでですよ。閣下」

 

「誰がそんなつまらん事を言っていたんだ?」

 

尋ねた司令官から、そっと目を逸らし無言を守る事で副官は答えた。

 

 

 

----§----

 

 

 

 民間人を乗せた、最後の往還シャトルが大地から飛び立った。

 疎開作戦最後の護衛対象が、その故郷から離れたのであった。

 それを地上の作戦指揮所から少しだけ離れた野外で、見上げている二人の軍人が会話をしていた。

 

「これで終わりか」

 

「ふん。始まりの終わりでしかないさ」

 

「いずれ来る銀河帝国との「再」接触まで、宇宙を見上げる日々が続く、か」

 

「向う(銀河帝国)が惰眠を貪る間、吾々は、オリオン腕を伺いながら息を潜めつつ、国力増進を図る、というわけだ」

 

「自由惑星盟にとっては永い片思いの始まりさ。御苦労なことだ。個人の感想としては馬鹿馬鹿しい限りだがね。

 新しい女でも探す方が建設的だと今でも思ってるよ。よしんば、過去の女に復讐(銀河帝国を打倒)を果たせたとしてどうすることやら…」

 

「俺たちが出来る事ではないな。後のことは、他の奴らが給料分働けばいい。死んだ後のことまで、面倒なんぞ看られるか」

 

「同感」

 面白くもなさげに大男は同意した。

 

「それじゃ、撤収だ」

 散文的に会話を切り上げて衛星軌道で待機している旗艦に向かおうとする、大男の司令官。もはや自分の守備範囲の異性の居ない星に、一分でも居残る価値はないと言わんばかりであった。

 指揮所に残っていた年若い幕僚を手招きし、大男は首都に向けての通信を指示した。

 

「最後の護衛対象が中枢星域に向けて発進。吾が軍も事後処理を済ませ次第、首都星に帰還予定」

 

 宇宙暦642年の暮れ。

 疎開作戦発起より2年で主たる状況-市民の避難-を完了させた。なお、疎開作戦の書類上の正式な完了は疎開作戦司令部結成から5年後のことであった。

 

 

 

 

「終わりが見えたか」

 

「始まりの終わりの間違いではないか、と」

 

「君も言うね」

 

 疎開作戦司令部より、最後の市民が避難船団に乗船し移動を開始した旨の通信を受け取った最高評議会議長の執務室で、部屋の主と国防委員長に統合作戦本部長の三人が、ほっと溜息を吐いた。

 

「何はともあれ、これで私も来期の心配をせずとも良くなりそうで安心したよ」

「ランニングメイトでもあった朋友(国務委員長)は今期で引退を表明してしまったしね。議長選に出るとしても誰も付いてくる気配がない。これではドン・キホーテだ」

 議長の自虐的な感想に返答に困る国防委員長。

 大業と言ってよい疎開作戦を任期中に、山場を越えさせた議長の評価は、こと政界においては惨憺(さんたん)たるものであり。自らが予言した通り、来期の議長選挙どころか、自身の選挙区ですら勝利が危ぶまれるラインと噂されている。

 

「とにもかくにも、今度は人員だけは膨れ上がった同盟軍の動員解除に、『帝国と戦える』軍への体制変換という宿題が降りかかるのか」

 

「それだけではないはずさ。日陰者と言われていた国防委員会を率いて、初入閣ながら指導よろしきを得た君の評価は確かなものとなったはずだよ」

 次に待ち受ける難題に溜息を吐き続ける国防委員長を、議長は持ち上げた。

 政権で主担当官庁を率いるという露出度と、若年故の腰の軽さを、逆に武器として、フットワークの軽さに変えて文字通り、宇宙を飛び回って見せた国防委員長の評価は議長と相反するように高まり、次代の「吾らが議長」候補と目されるようになっている。

 

「委員長閣下のお陰様を持ちまして」

 統合作戦本部長も追従してみせた。

 

「嫌味かね?」

 

「とんでもありません。財布(国防予算)は思った以上に広がりませんでしたが、私のポケット(人事権)は相応に大きくなりましたので」

 

「…」

 常に一歩控える謙虚な、あるべき高級軍人の(かがみ)のような統合作戦本部長の発した、珍しくも真っ黒な諧謔(かいぎゃく)に目を大きくする国防委員長。

 後方勤務本部という官衙の中の官衙-兵科にも匹敵する巨大な部局-とも言うべき、巨大な部署を一代で構築して見せたその手腕と実績は、軍内において冠絶たるものがあろう。

 一気に膨れ上がったポスト。特に職業軍人向けのポストの増加と任免権を手中に収めた、現職統合作戦本部長は次の任期も望めば確実であろう。

 

「とは言え、戦時昇進を盛大にばら撒きましたので、本作戦完了後の動員解除に伴う人員整理の対応で暫くは財布(予算)も席(ポスト)も自由にはなりませんが」

 苦みのある笑顔を作る本部長。

 動員解除による兵役者への一時金の支払いに、職業軍人の人員削減による退職金や年金の支払いなど、暫くは人件費が、拡大した国防予算の多くを占めるであろう。また増えたポストの多くも、当座の軍に必要な人間を食わせる為の椅子として使わざろうえない。

 それでも。

「この局面に、吾等が同盟軍の為に骨を折って頂いた国防委員長の事を忘れることなどできません。銃後の戦友とすら思っております。

 もし、今後も国政に献身されるご意思がお有りでしたら、吾等戦友の存在もお忘れなきようお願いします」

 

「…私を戦友と呼んでくれるのかい?」

 

「当然ではありませんか。私どもは戦友を(ないがし)ろにはいたしませんよ」

 

「…ありがとう」

 喉から手が出るほど欲していた、全国区の集票組織が味方に付いた。中央政界に打って出て日の浅い、国防委員長にとっては値千金の報酬である。だが、この場で、本部長がこのような事を言う意味を考えると…

 

「祝杯でも挙げに行くかね?」

 

 主犯の一人が話が終わったとばかりに、誘ってきたのを、委員長は溜息を吐き、忠告した。

「避難民もいるハイネセンで、正式には、まだ作戦中である今、「吾らが議長」が祝杯を挙げている所を見られると、いらぬ噂を立てられるのではありませんか?」

 

「やれやれ、この席にある間は酒も楽しめんようだよ委員長?」

 茶化すように自分が座る議長の執務椅子を軽く叩いてみせる。

 

「いずれ、こちら-最高評議会議長執務室-にお戻りになられることでしょう。「吾らが議長」として」

 現職が居る前で随分攻め込むものだ。謹厳実直な統合作戦本部長もやはり、山場-市民の避難-が想定以上に良い形で納まったことに浮かれているらしい。そう思う事にした国防委員長は、肩を竦めるだけに留めておいた。

 

「仕方ない。酒屋に届けさせるとしようかね」

 自分を出汁にされた事よりも、一人酒を強いられる事に残念さを強く感じている議長はハイネセンで配達を行っている酒屋を探し始めた。

 

「では、せめて私の執務室にある中から、バンプールの良いシャンパンを一本届けさせましょう」

 議長に些末事をさせるわけにもいかない、と委員長が追従する。

 

「付き合ってくれるかね?」

 

「私でよろしければ、喜んで」

 

「…」

 

 上司たる政治家二人のやり取りを黙って見守る本部長。

 

「君も参戦してくれるかね?」

 

 議長の要請に、苦渋の表情を作る本部長。

「まことに慙愧(ざんき)()えませんが、勤務中の飲酒は部下への示しがつきません。

 …ですが、既に定時は過ぎております。後は上司の終業の宣言があると、私の喉も開くというものですが」

 

 執務室にささやかな笑いの波が広がった。

 

 

 

 

 

 

異説・ダゴン星域会戦成らず 終了

 

         




連休中に終わらなかったけど、広げた風呂敷をようやく畳めました。
読んでいただいた方々もお疲れさまでした。
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