間違いない。
目で見える世界には、嘘が紛れ込んでいる。
別に嘘が悪いわけではない。
ありとあらゆる嘘が悪だというならば、フィクションが悪になる。
要するに、煌びやかな物を見せて騙す『詐欺』がダメなわけで、特別な『世界観』を作り上げ、心を震わせることは良いということだ。
それらを作り上げながらも、ありとあらゆる発想と努力が『金』になる。
だが、人々は金を得るためにアレコレ知恵を振り絞る。なんせ、金がなければやりたいことは何もできないのだ。
しかし、『手に入る可能性があるお金』など、見えない。
だが、一部の人間は言う。
金の匂いがあって、それをたどれば手に入ると。
技術でも、発想でも、経営でも、政治でも、まして努力でもない。
類語を強引につければ『直感』だろうか。
自分のものではないこの世にあるお金を、自分のものにする才能。
そんなものがある人間にとって、世界は、どんな匂いがしているのだろうか。
★
『ア・ナ・タのアイドル♪ サインはB♡』
スマホに映る黒髪は揺れて、星々を宿したような瞳は輝く。
単なる動画。何らかのライブ映像のアーカイブだろう。
しかし、そこに映る絶対的なスターの存在は、見る者すべてを魅了する『カリスマ』に他ならない。
「……」
二十代後半だろうか。
虚ろな目で、スマホをホーム画面にして電源ボタンを押してスリープモードにすると、パソコンで書きかけていた文章の続きを書いていく。
……ただ、もうすでに、ほぼ書き終わっていたのだろう。
文章を保存して、傍にあるプリンターから印刷する。
それらを封筒に入れて、スーツの内ポケットに突っ込んだ。
「……はぁ、最近、自分の金の匂いが弱くなったな」
呟く。
高層ビルの屋上に近いフロアの窓から見る景色は見事なものだが、男の虚ろな目は変わらない。
「……ん?」
ため息を押し殺しつつ、スマホを見ていろいろ検索をかけていく。
その中の一つに目が留まった。
もっとも……男が『それらを自身のこれからの判断材料にするのか』は、誰にも、それこそ男自身にもわからないことだろう。
「……アイが休業中に、何をやっているのか予想するスレか。最近下火になっていたが、まだこんなのがあったのか」
バカバカしい。
そんな表情で、男はスマホをポケットに突っ込む。
そのまま部屋を出て、廊下を歩いて、エレベーターに乗って一番下まで降りる。
エントランスホールから、外に出た。
「一等星のいない期間……か。それだけ暗いなら、『暗黒期』にでも――」
男はそこまで言ったが……よほど衝撃的なことがあったのだろう。言葉が詰まった。
……まあそれはそうか。
角からいきなり現れた男が、自身の腹部大動脈にナイフを刺していたら、そりゃそうなる。
「はっ……ははっ! やってやった。やってやったぞ! 仇を打ったんだ。アハハハハハハッ!」
ナイフを抜いて、高らかに掲げて、宣言している。
正義でも語っているつもりか。
そもそも正義など、度を越えていない悪でしかないし、正義であろうがなかろうが、普通のことは普通にやるのが人間である以上、『正義』など、正当化の道具にしかならないはず。
……男の脳はそんなことをなんとなく考えていたが、腹をおさえつつ、汗を流しながら、呟く。
「君は……」
「俺のことなんてわかんねえだろ! 『森崎鉄工』の、社長の息子だ! お前がライバル会社に投資して、俺の親父は仕事がなくなって首を吊ったんだ。お前は悪だ! 俺のこのナイフは、正義なんだよ!」
「……そうか」
「謝罪か! 今さら謝っても遅――」
「そんな安物のナイフで貫かれるほどか」
「はっ? ……ふ、ふざけんなああああああっ!」
ナイフが再び振るわれる。
男はそれに対して、抵抗しない。
いや……そもそも男の眼は、襲い掛かるナイフに対して、上手く焦点が合っていない。
「ぐっ……」
再び刺さるナイフ。そして抜かれる。
再び刺さるナイフ。そして抜かれる。
再び刺さるナイフ。そして抜かれる。
「がっ、あぐっ……」
「死ね。死ねええええっ!」
「ははっ、ツケが回ったな。こんなことなら……さっきの遺書は、ちゃんと考えて書くべきだった」
「死ね……はっ?」
「お前は知らなくていい。はぁ、はぁ……」
体から大量の血を流す男。
「おい! そこで何をしている!」
警察官が近づいてくる。
ナイフしか持たないのなら、男にもうどうしようもないだろう。
拳銃を取り扱う訓練を積んだ人間を相手になど、普通はできない。
「ははっ、これで俺も終わりか。だが、俺は正義を――」
「お前の正義じゃない。僕が、死神の懐に手を突っ込んだ。それだけだ。君じゃない。君では僕を変えられない。僕の不手際だよ」
「なっ……」
正義を語っていたナイフ男だが、完全に否定されて言葉を失った。
だが、もう、彼にはナイフを突く度胸……いや、勇気すら残っていない。
「……はぁ、一等星が見えていたら、変わっただろうか……いや、それはないか」
男は意識を手放して、地面に倒れた。
一人の、金を得ることにおいて天才と称された『投資家』が、命を落とす。
そして警察に捕らえられたナイフ男だが……彼は、その後、人権が保障されたのだろうか。
金になる。どころではない。金があるところに連れていってくれる男が失われたのだ。
きっと……そう、きっと、何らかの『裏』に巻き込まれるのは、自明の理。
……次の日。
一等星は二つの星をこの世に生み落とし、その匂いにつられたのか、また一人。どこかで……。
★
十五年後。
「んがぁ……鏑木Pの野郎。顔だけの大根ばっかり呼びやがって!」
……とある一軒家。
あまりものが多くない部屋で、パソコンを目に叫んでいる。
外見はそう……端的に言えば、『小柄な長い白髪の美少女』といったものだ。
艶があり、ロリキャラとして芸能事務所にでも売り込めばそれ相応の需要を満たせそうな外見であり……喉仏がはっきり見えるので、外見
性別は男。しかし、圧倒的に男性ホルモンが足りない体付きであり、身長はなんと155センチである。一応15歳である。
「はぁ……そろそろ最終話が出たころかなぁ。ネット民の反応やいかに」
少年はパソコンの傍においてあるメガネをかけると、検索をかけた。
「ん? 『最終話よくね』……だって?」
意外も意外。
そんな表情になった少年だが、とりあえず次々と検索して反応を見ていく。
「ふんふん……ほーん……」
思うところがあったのか、とりあえず話題に上がっている最終話を見る。
「……はぁ、まあ、なんていうか、フォローしきれないよねぇ……」
そう言いながら、カフェオレの缶を手に取って口に運ぶ。
「あ、このストーカーさん初めて見――ぶふっ! げほっ!」
突然むせた。
そして、自身の鼻をつまんで、一回深呼吸。
鼻から指を放して、すうう……と吸い込む。
「コイツから漂ってくる『金の匂い』……なんでアイに似てんのかね」
とりあえず、最終話を最後まで見た後、少年は眼鏡を外して、スマホを手に取る。
どこかに電話をかけて……コール三回で繋がった。
「あ、鏑木P。おひさ~」
『『今日あま』のスポンサー契約の時以来かな。君からの電話は珍しいね』
「そうだね……で、単刀直入に聞くけど、このストーカー役、星野アクアだね。どこから拾ってきたのさ」
『……彼に興味か』
「いまちょおおおっといろいろ検索しながら電話してるけ……ど、ん? 有馬かな。ああ、匂いはコイツと繋がってるね」
『電話する意味あったかい?』
「そうだねぇ……フフッ……面白いことになりそうだなって。この人、上手くひっかけてよ。そしたら、次に出す金は多くしてやるからさ」
『約束だよ』
「おう」
『実はもう次が決まっていてね』
「へぇ……苺プロのホームページにはそれっぽいことは書いてないね……ああ、『今ガチ』?」
『君の嗅覚は怖いなぁ』
「あははははっ! あははははっ!」
少年は笑う。
楽しそうなソプラノが響く。
「有馬かなが関わってるところを考えると、陽東か。俺も行こっと!」
『え、今から入れるのかい?』
「学校なんざ、テストで満点取って金積めば入れんのよ。あはは! 今さらボイレコ用意しても遅いっての」
『油断も隙も無い』
「直感が優れてるからね~」
『それなら、その直感で男性らしさが手に入るサプリでも手に入れたどうかな?』
「はははっ! 言うようになったじゃねえの。まあいいや。鏑木Pからもいい匂いがするぜ」
『それは何より』
電話越しなのに『良い匂い』と言うのはなかなか斬新な表現だ。
もっとも、これまでのことを考えれば、その『良い匂い』というのは『金』のことである可能性が高い。というか金だ。
「それじゃ。まったね~」
『ええ、また。次は接待の場でも――』
「いいっていいって、金なんて出してやるさ。超一流投資家だぜ?」
『やれやれ、私のメイン業務が形無しだ』
「鏑木Pはそれくらいがちょうどいいのさ。それじゃ!」
通話終了。
良い笑顔……そう、とても可愛らしい笑顔で、少年は言う。
すこし、影を落としたような、そんな表情で。
「ふふ、