ぴえヨン(アクア)による指導は毎日続く。
とにもかくにも、集中した時の動きや表情を体に叩き込む必要がある。
当然だが、本番中は目の前に客がいて、常に自分たちを見ている。
B小町の振り付けはハードなものが多いが、それを、『ライブ』という形でしっかり仕上げることも必要になる。
歌やダンスを見せると言っても、動画とライブは全くの別物。
昨今は歌やダンスを動画で出すことも多くなっているが、動画というのは『作品』だ。
気を抜いた声や仕草が出ていたら、その部分を撮り直したり、加工したりしてクオリティを上げることができる。
最近は編集ソフトも性能が高いものも多く、優れたMIX師に依頼することができれば、素人の歌でも『俺ってこんなに歌が上手かったっけ?』となることも多い。
プロによる編集というのは、それだけクオリティが高くなる。
多くのスタッフを抱える会社であれば、極論、コンマ1秒単位でクオリティを追求することも出来る。
そういう『世界』であり、そういう『世代』である。
どうあがいても動画相手には精密さで敵わない。
しかし、それでも『ライブ』がなくならないのは、そこでしか得られない熱狂が、臨場感があるからだ。
その『体験』のために動きや声量を調整しつつ、仕上げる必要がある。
(あ、アクア君も十分バケモンだねぇ)
まあ、何が一番問題なのかというと、ぴえヨンの中身がアクアだと知っている真刃が、思わず口から洩れそうになることだ。
アヒル声でひよこの被り物をして走り、踊り、歌うぴえヨン。
中身があの凄いイケメンであると考えると、ただでさえ追い込んでいる腹筋に甚大なダメージが入るのである。
有馬が初見で『変質者』呼ばわりするひよこマスクの中に隠れた、抜群のイケメン。
これで我慢しろというのは、普段はチャラチャラした茶番をする真刃にとってとても大きな問題である。
まあ、アクアにそれを言ったら『帰れ』と言われるだろうが。
「2曲目のサビ前さ! 上手側からぐるっと回って入れ替わったらカッコよくない!?」
「あー良いかも! そしたらここのアレンジもさー」
演出を組んでいるMEMとルビー。
どんな『絵』を作りたいのか。どんな自分たちを見せたいのか。
楽しそうに話して、マグネットを動かして考えているようだ。
そんな二人に対して、有馬は……。
「どっからあの元気出てくるのかしら」
ベランダで少し、冷めた気分になっている。
「有馬先輩。どうしたの?」
風に当たりに来たのか、真刃がベランダに出てきた。
「……あの二人、なんであんなに楽しそうにできるのかなって」
普段から役者業のために、様々な努力をしている有馬かな。
歌に関して、クオリティで言えば、ルビーやMEMよりも断然上だ。
しかし、心がこもらない。
積み上げてきた訓練は人を裏切らない。
それは紛れもなく『自信』だ。
「無意識に、有馬先輩が、『蓋をする』ことに慣れたからじゃない?」
「どういうこと?」
「正直に言って、歌は有馬先輩が三人の中で一番上手い。積み上げてきたキャリアと、そこにある『自信』は本物だと俺は思う。でも……」
「でも?」
「先輩は、『自信がある物』を作ることはできる。でも、『自慢できる物』を作ることができない。そういうことだよね」
「!」
人の意見を聞かない。大御所気取りだった子役時代。
ピークを過ぎて痛感した『周囲の合わせなければ生き残れない』という意識。
それが、『有馬かな』から、『自慢』を奪っている。
確かな実力がある。
子役時代、オリコンで1位を取り、引くほど稼いだ実績がある。
それは『自信』だ。
自分が作り出すものに対して、どこまでだってクオリティを追求できる。
そのためにどんな努力だって出来る。
しかし、有馬かなは、『自慢』ができない。
私を見ろ! と言えない。
私の歌を聞け! と言えない。
「まあ、俺は矛盾してると思うけどね」
「何が?」
「日本人ってさ。『自慢してるやつを見ると腹立つ』って風潮があるでしょ?」
「まあ、あるわね」
「でもさ。就活するときに言われるんだよね。『自己PRしろ』って」
「確かに」
「学校も社会も、自慢するために何が必要なのか。どう組み立てていけばいいのかまったく教えてくれない。でも、最終的には自分のことを自慢できないと、どこも入れてくれない」
「……」
「でもその上で……自慢する術を身に付けてこなかった言い訳に、『面接官の見る目がない』だの、そんなことを平気で言うやつもいる。実力がないのに自慢する奴だっている」
「いるわね」
そもそも『面接官の見る目がない』という言い訳は、『ユーザー目線になって考える』という力の不足に他ならない。
そう言った人間が何かの企画を考えたとしても、まあ、大抵はロクなことにならない。
「で、ヘタウマとオンチ、実力が足りないのにセンターを張りたいなんて馬鹿を言う人もいるわけさ」
「……」
有馬の視線が、チラッと、ルビーとMEMに向かったが、直ぐに真刃を見る。
「でもさ。あの二人のこと。嫌いじゃないでしょ?」
「そりゃそうよ」
「あの二人は、『自慢』ができる。私を見ろって、私の歌を聞けって言える。しかも、MEMは登録者30万人のYoutuberで、ルビーはあのルックスとダンスだ」
「……」
「あのピヨピヨたちを引っ張らないとって思ってるかもしれないけど、それは違うんじゃないかな。せっかくセンターを張ることになったんだし、私についてこいって、デカい背中を見せながら突っ走るくらいじゃないと」
「デカい背中……ねぇ」
有馬は真刃の体を見る。
上下黒ジャージだが、明らかに、男子高校生用のサイズではない。
体つきは細く、身長だけで言えば、有馬は150センチで真刃は155センチなので真刃の方が高いのだが、どちらかというと有馬が特別低い。
顔だちは美しいし、白い髪には艶があり、仄かに光っているように見える。
白い肌も張りがあって、ベランダに来ただけなのに、絵画のようだ。
まあ、背中は……大きくない。
「何を言いたいのかわかるし、話を振ったのは俺だからとやかく言わないけど、視線が露骨すぎる」
「……そりゃそうよ」
有馬は溜息をついた。
「……いろいろ言ってくれたけど、全部わかってるわよ。それくらい」
「でしょうねぇ」
真刃が言ったのはあくまでも現状の分析でしかない。
そして、有馬だって、自慢すべき場面があるのはわかっている。
実際に役として自信満々な人間を演じることは出来る。
しかし……そこまでたどり着くために、強力な導線がない。
「……そういえば、なんでアンタはレッスンに付き合ってるの?」
「自分が煽ったんでしょうが。と言ってもいいけど。『ちょっと嫌なこと』があって、なかなか頭から離れなかったから、とにかく疲れまくろうっていう動機かな」
「……それ、どれくらい本当なの?」
「どうだろうね」
あの再現ドラマを見てから、真刃の心境はかなりボロボロだ。
表に出ないというだけで、相当沈んでいた。
ただ、『悩む』というのはなかなか体力を使うものであり、人間は疲れているときに悩む余裕はない。
その『疲れているときに強烈な悩みを抱える』と、よからぬことになるわけだが。それはそれ。
ちなみに、『体力が必要になるときが来るから、その時のための体力づくり』というのも嘘ではないが、有馬にいっても仕方がないので言わなかった。
「まあ、ぴえヨンもいるし、自分の思考を一回かき混ぜるには十分だからね」
「それは確かに。初見の時ビックリしたわ」
「アレが小中学生に人気っていうのもわからん」
「完全に同意よ」
要するに。
結局ぴえヨンだ。ぴえヨンは全てを解決――
「何の話してるの?」
「「うおおっ!」」
急にぴえヨンが話しかけてきて驚く二人。
「ああ、有馬先輩がセンター張るのに不安そうにしてたから、話してただけですよ」
「へぇ……」
「それじゃ、あとはぴえヨンさんにお願いします」
「えっ」
有馬は少し驚いた顔で真刃を見る。
「フフッ、それじゃ」
そういって、真刃はベランダから中に入っていった。
……別に、大した意味はない。
真刃は最近、この事務所に入り浸っており、有馬達とも距離が近い関係だ。
ぴえヨンは同じ事務所の所属だが、多忙なので距離は少し遠い。
そういう位置の人間とも、『こういう話』を、一対一ですべきだという。そんな思いがある。
それだけのことだ。
決してマスクの中身を漏らしそうだからではない。
決して。決してだ。