「失礼しまーす……あ、今日は原作者が来るんだね。主要な人が全員揃ってるわけだ」
稽古が始まって数日。
稽古場の中でいくつかのグループが出来上がる中、真刃は稽古場にやってきた。
金田一が座っているところに行って、パイプ椅子を一つ並べて横に座る。
「ちょっと横、失礼しますね」
「ああ。で、『気になること』ってのは分かったのか?」
「あー、まだなんとも、原作者が来るなら何か動きはあると思いますけどね」
「となると、分かるのは今日か」
「まあそんな感じです」
16歳と56歳の会話ではないが、真刃は今回の公演の一番大きなスポンサーであり、言い換えれば金を出している方。
ただし、真刃は別に上からスポンサー特権を振りかざすタイプではない。
金という土台は用意するから、その土台で良い物を作ってくれ。という立場で『スポンサー』という立ち位置にいる。
もちろん、自身がトップとなるグループにおいては自分の意見を通す……というか、真刃が持つ『コンパス』を関係者全員が当てにしているので、そもそも真刃の意見を聞かない奴はいない。
というかもっと聞くことができるタイミングを増やしてくれ。という人も多い。
とまぁ、そんな感じで、『大金を出している』という意味ではなんとなく真刃が上だが、その真刃が『自分を下げている』ので、こんな会話になる。
少なくとも、『真刃と付き合いが長い人間』は、これくらいが丁度いいと分かっている。
「……で、ちょっと疲れてないか?」
「え、ああ……GOAさんが脚本の舞台と、ララライの最近の舞台を見たり、あと東ブレの原作を読んだりアニメ見たり、ネットの反応をエゴサしたり、いろいろ『現状を確認』してたので」
「そんなあちこち行って大丈夫なのか?」
「まあ、パソコン一台あればどうにでもなりますから」
「そうか」
メディアミックスという形でかなり多くの人間の立場が入り混じっている。
そういう環境だと、とにかく全体を見ないとはっきりしない。
「しかし、そこまで色々調べるってことは、今回の舞台は月影も気になるのか?」
「んー……まあ、その不思議な匂いがする現場なので、俺からすると『外れ値』なんですよ。最初から見ておいた方が良いと思っただけです」
「そうか」
真刃は鼻で息を吸った。
(うーん……やっぱり、脚本から何の匂いもしない。初めてだこんなの)
真刃も多くの企業と関わる人間であり、様々な企画書、報告書を見ている。
その中から良い匂いがする方を辿り、印をつけて『こっちに進んで』と子会社に伝えるのが彼の仕事だ。
当然、利益のために全員が仕事をしているわけで、まったく匂いがしないということはあり得ない。
しかし、それが起こる現場というのは、真刃にとって初めてである。
「やっほ。来ましたよっと」
「あ、GOAさん、久しぶり」
「お久しぶりです」
「GOAさんが脚本書いた『The seven bullets』見ましたよ。七つの弾丸が入った一丁の拳銃を取り巻く異能サスペンス。めちゃくちゃおもろかったです」
「そう言っていただけると嬉しいですよ」
「アレ、多分続編やるでしょ。一見分かりにくいけど大きな伏線が四つあったし、『弾倉』の闇商人の匂いがしてワクワクしました。楽しみにしてます」
「す、すごく見てますね。今そのあたりを煮詰めててね。頑張ります」
真刃はGOAとはかかわりが浅い。
そして、金を出している立場というのは『どれほど金を回収できるか』に目を向けるもの。それが正しい在り方だ。
ただ、真刃はそういうタイプではない。
『クリエイターが込めたモノ』……それも、『気付いてくれなくてもいいけど気付いてくれたらうれしい』というのが『伏線』なので、それを言い当てて、『金じゃなくて作品を見てますよ』とアピールしている。
このやりとりだけで、真刃とGOAの間はかなり
もっとも、GOAはまだ29と若い。金田一ほど、真刃に馴れ馴れしくはできない。
「クリエイターを誑かすのが相変わらず上手いな」
「デカい組織のトップですしこれくらいはね」
金田一からの余計な茶々が入ったが、真刃は軽く流した。
「はぁ、で、GOA、調子はどうだ?」
「別件の脚本、スケジュールがガタガタでね。朝までに修正寄越せとか言われて大変だったよ。眠い眠い」
「お気の毒に」
「売れっ子脚本家は大変だねぇ」
真刃は『東京ブレイド』の脚本を読みながら呟く。
「今回の脚本、真刃さんはどう思います?」
「そうだなぁ……」
真刃は脚本。ではなく、稽古場に集まっている面々を見て……。
「『窮屈』」
「え……」
真刃がそうつぶやいた時。
「話の途中にすみません。黒川が脚本について質問があるみたいなのですが」
アクアが話しかけてきた。
GOAがそれに反応。
「えっと」
「そちらから先で大丈夫です」
真刃がそう言うので、GOAはアクアの方を向いた。
「では、演出の金田一さんの意見も踏まえてお伺いできたら」
「ちょっとアクアくん……!」
「二人同時に聞けばスジは通るだろ」
「それはそうだけど……」
あかねには普段の稽古の流れがある。
しかし、アクアはそういうわけではない。
鏑木にねじ込まれたが、そもそも役者志望ではない身だ。
「んー? なになに」
「言ってみろ黒川」
「あの……『鞘姫』のキャラクターなのですが、なんていうか……脚本からだとキャラが少し理解できなくて、この意図というか……」
「ああ、原作よりだいぶ好戦的な感じだしね」
「そうなんです! 原作だともっと葛藤が……!」
「まーね……そこは僕もかなり悩んだ……」
漫画から演劇に。
そこには、文字通り『物理的な壁』がある。
「ただその『葛藤』を演劇というメディアに変換した時、出来ない事はないんだけどやや『尺』を取りすぎてしまう。漫画では大ゴマの表情一つで語れた心情を、板の上で遠い席のお客に伝える為にはそれなりに時間の長い演技が必要になる」
「まあ、尺の問題は付きまとうよねぇ。知り合いの作家さんが言ってたけど、小説だと、一巻で十万字とか十二万字くらいだけど、『まだまだ文字数を増やせます』って言われたみたい。何かのメディアは、別のメディアと同じ土台では構築できないからねぇ」
「そう。ただでさえ登場人物が多く、様々な思惑が錯綜する群像劇を2時間程度の尺に入れ込むとなると、それなりにシンプルに整理する必要がある。じゃないと全てのシーンが散漫になるし、お客に伝わらない分かりづらい作品になってしまう」
『複雑』をどうわかりやすく見せるか。そこはそれで腕の見せどころではあるが、そもそも漫画は、二時間という時間を制約に作る物ではない。
GOAが得意とする分野があり、原作やらスポンサーの意向やら、いろいろな制約のもとでこの脚本が作られている。
「全て原作通りにするなら脚本家という職業は要らない。盛り上げる所をしっかり定めて、そのために要素を取捨選択していく」
真刃は『取捨選択っていうか変更では?』という言葉が喉まで来たが、無理矢理に止めた。
「僕も原作のファンだからさー。あんまり手を入れたくないんだけどね。そういう汚れ役も僕の仕事の内だと思ってるからさ。と言っても演じるのは黒川さんだから、引っかかってる部分があるなら今からでも直すよ?」
「役者を甘やかすな」
GOAの提案を金田一が止める。
「俺も原作は最初の何巻かは読んだが、ここで『鞘姫』の心情を入れれば間違いなくノイズになる。いっそ活発なキャラにした事で対立構造がシンプルになり、魅せたい部分を分かりやすく魅せることができている」
「うーん、まあ、組織のトップが『葛藤』なのか『苛烈』なのかっていうのはストーリーのテンポにすごく影響するけど、その辺も上手く作られてるからねぇ」
もっと言えば、『鞘姫』という組織のトップ。
この一点の流れを変更することで、『2時間の劇としては非常にスッキリする』ということだ。
「作劇としてこの判断は間違っていない。だから採用した」
「ネットに転がってる二次小説でも、12巻が出て以降に掲載され始めたものは、鞘姫が苛烈に変更されてるケースもあるし、一定の支持もあるみたいだね」
「まあそれはそれとして、この舞台においてお前の役割は人物の深さを魅せることじゃない。人物像の対立を分かりやすく明示する舞台装置としての説得力なんじゃないか?」
真刃は脚本に対して、賛成も反対もない。
ただ、完全否定する理由がないので、時々フォローを入れている。
その程度の認識だろう。
「……だそうだけど、納得出来たか?」
「……うん」
すごくモヤモヤしているのは間違いない。
少なくとも、メディアミックスを含め、『公式』が発表する資料の中で、鞘姫は葛藤を抱えたキャラクターだ。
材料が、揃わない。
「……ん?」
真刃のズボンのポケットで、スマホが振動した。
取り出して、メールを確認。
少し、眉をひそめて……。
「ちょっと席を外すよ」
時間的にはもうそろそろ原作者が来るが、真刃にも真刃の事情がある。
何かのメールの対応か。それとも電話か。
椅子から立ち上がると、稽古場を出ていった。
★
「わかりやすくかぁ……」
思うところはあるが、演出家一人に指揮系統を絞るべきというのはあかね自身が納得していることだ。
しかし、それでは構築しきれない部分もある。
「はーいおつかれー!」
雷田の声が出入り口から響く。
「今日はスペシャルゲストがお越しですー!」
雷田が連れてきたのは、二人の女性と編集部の男性。
「あ……えと……こんにちは……」
「『東京ブレイド』作者のアビ子先生! ……と付き添いの吉祥寺と申します」
話すのが得意ではないアビ子の代わりに、吉祥寺が紹介している。
「吉祥寺先生お久しぶりです!」
「有馬さん。『今日あま』の打ち上げ以来ですね……! アクアさんもまたお会い出来て嬉しいです」
「光栄です」
有馬とアクアは言い距離感だ。
「先生おひさっす」
「あっ……ども……」
吉祥寺の眼からハイライトが消えた。
「分かっちゃいるけどやや塩対応だな……」
「そりゃお前『今日あま』では滅茶苦茶してたしな。原作者からしたら親の仇みたいなもんだろ」
「……まぁな」
散々やった過去はぬぐえないし消えない。
そして挽回する機会もなかった。
こうなってしまうのも、当然と言えば当然。
「先生初めまして」
あかねがアビ子に挨拶して……シュッと隠れた。
というか、明らかに隠れるのにとても慣れた動きだった。
「ほら先生、ちゃんと挨拶して」
「無理……イケメンと美少女は、目を合わせただけでテンパる……」
「まぁ分かるけど……」
そもそも、どこか日常とは違う世界観を醸し出すのが役者というものだ。
一流だけが揃う劇団ララライに、顔面至上主義の鏑木が揃えたキャスト。
コミュ障から見れば、お腹いっぱいだろう。
「まぁゆっくり見学なさってください」
「ありがとうございます」
吉祥寺先生、師匠というより保護者である。
そして始まる東京ブレイド。
はっきり言って、その完成度は高い。
ここにいる役者は誰も彼もが、『キャラを理解し、そこに感情を乗せる』ということが普通にできるものばかりだ。
セリフをただ喋るだけとは違う。
そこに動きを乗せる上に、その練度も高い。
「……皆、演技上手。良い舞台に出来ると思う」
「そりゃララライは一流の役者しか居ませんから!」
「皆きっと……たくさん練習してくれてるんですよね……」
「先生。舞台の時は練習じゃなくて稽古って言った方が良いですよ」
「そうなんですか? すみません私何も知らなくて……」
アビ子は役者たちを見て……。
「すごいな……私には出来ない……」
半ばうっとりしている様子のアビ子。
自分の漫画がアニメになった時、映画になった時、そこに生まれる動きと声は、『新しい出会い』に他ならない。
そして演技になると、その感動もまた大きいはず。
「だからこそあれですよね……私が言わなきゃですよね……」
アビ子は、脚本を見ながら呟く。
隣で、吉祥寺先生が『あ、これヤバくね?』と言った表情になる。
「脚本て今からでも直して貰えますか?」
「んんっ!」
雷田が汗を流しながら反応。
「もちろんですが……どの辺を……」
「どの辺ていうか、その……」
これまでの流れを、断ち切るには十分。
その一言は、全員の背中を冷たくさせる。
「脚本……全部直してください」
何の匂いもしない脚本。
何の、金の匂いもしない脚本。
この脚本は、未来につながらない。
「ぜ……全部って! 流石にそれは……もうこの脚本でOK頂いて稽古にも入ってるんです! 本番まであと20日ですし……」
「私は何度も直してくださいって言いましたよ」
先ほどまでの緊張しきっていたのとは違う。
愛が籠る。熱が籠る。
怒りが籠る。
「でも『実際動いてる所を見ればこの脚本で良いのが分かる』って言うから、本当にいいならOKですけどって言いました。でも良くないからOKじゃないですよね?」
「~~~~~!!」
言葉にならない雷田。
流れがまずいと感じたのか、GOAが話す。
「先生……ご希望に沿わない脚本を上げてしまったことをまず謝らせてください。もちろん今からでも直せるところは直すつもりです」
「しかしですね……」
「事前に何度かやり取りさせて頂いて……私としては最大限意図を汲んだつもりです」
やりとり。
そう……様々な人間が入り混じった、ヤリトリ。
「ここからどう直せば良いのでしょう」
「貴方がこの脚本書いた人なんですね……修正したいところは事前にお伝えしたはずですけど……読み取れてないんですね。どう直せば良い? 本当に『東京ブレイド』読んでくれてますか?」
「勿論読ませて頂いてます! その上で原作の魅力を引き出すための脚本を……」
GOAの言葉に嘘はない。
紛れもなく彼はこの作品のファンであり、魂を込めて書き上げた。
「読んだ上でコレなんですか? 貴方が上げてくる脚本……このキャラはこんな事言わないし、こんなことしないってのばっかり……」
フツフツと、怒りが沸き上がる。
「別に展開を変えるのは良いんです。でもキャラを変えるのは無礼だと思いませんか?
「それは演劇というメディアの性質上……」
「メディアの性質上? アニメも映画も、アレも、凄く良い物にしてくれましたよ。だから演劇も良いって言ったんです」
チラチラと、アビ子の視線が吉祥寺に移る。
「全部です。どれだけ言っても直ってないんですよ! 私がナメられてるだけなのかなと思ってたら、脚本家の方が純粋に理解できてないみたいですね。ちゃんと原作読んだうえでこれって言うなら……」
踏み越えていいのだろうか。
「この人ちょっと製作者としてのセンスが……」
「先生!」
「アビ子先生一旦ちょっと!」
怒り狂うアビ子を、編集部の男と吉祥寺が抑えて引き離す。
……その間、雷田がGOAをフォローしているが……。
「正直……この脚本家の人。私の作品に向いてないんじゃないですか? ほらココの修正とか、聡明さが消えて馬鹿な女にしか見えない!」
鞘姫のことだろう。
一人のキャラから、『尺の都合』で舞台装置となった。
それが一番、『愛』を感じられないという解釈は、原作者からすれば当然。
「センス無い。修正も的外れ。エンタメを理解してると思えない。もう私に全部脚本書かせてください」
「いやちょっとそれは……! 編集部的にもアレでしょう?」
「いやもう本当に……」
「絶対やります。じゃなきゃこの劇の許諾取り下げます」
その言葉に、編集部は『うわ――!!』と内心絶叫。
「先生それやったら色々と……」
「違約金て何千万でしょ。良いですよ私が出します」
お金は持ってます。と強気。
「そういうワケにはいかないんです! 結局会社が出すことになるんですよ!」
「じゃあ出して」
どっちでもいい。と強気。
「アビ子先生の意向がこうらしいので……そういう形には出来ませんか?」
「いやでも脚本家の立場も……」
「私ギャラいらないんで。名義もそのままで脚本家さんには普通にギャラ払ってください。でももう関わらなくて良いです」
……本当の本当に、ここまで言う性格だろうか。
忙しい人間の視野狭窄を過小評価してはならない。
ゆっくり、演劇というものを少しでもいいから勉強して、その上で脚本を読めば、『工夫』が見えるはずだ。
しかし、そんな時間はない。
「……子供みたいな人だな」
アクアがポツリとつぶやく。
「漫画家はこだわり強くて社会性に著しくかけてる人多いから……もちろんアビ子先生は極端な方だけど……」
「良いんですか。好き勝手言ってますけど、このままだと降ろされますよ」
「仕方ないよ。脚本家の地位って君たちが思ってるよりずっと低いんだ。上の人がなんか言ったら簡単に首をすげ替えられる。こんなのはね。よくある事なんだ」
立場がある。
その上で、相手のところまで踏み込んでも許される人間もいる。
そんな中で揉まれる人もいる。
「良いもの作ろうと真面目にやっても、原作者の趣味と少し違えば憎まれ嫌われ……
つまらなかったらファンから戦犯のように晒し上げられて、面白かったら全部原作の手柄。
プロデューサーの趣味をねじ込まれて、大手事務所には
それでも作品として成立するように作らなくちゃいけない」
金のかからない二次創作なら、だれも見向きをせず終わるだけ。
しかし、メディアミックスは、そうはいかない。
「リライティングってのは地獄の創作だよ」
それに何より……。
「ただそれ以上に……僕は、原作もアニメも映画も、アレも、全部目を通した。楽しかったし、面白かった。僕もファンとして、脚本家として、みんなが喜ぶものを作りたかった」
しかし、頷かせることはできなかった。
すでに、漫画原作を、『自分の土俵』で再構築し、完成させ、成功している者がいる。
それに、続けなかった。
「悔しいなぁ……」