「さすがに戻ってきたらお通夜状態になってるとは思わなかったよ」
「……アンタ。わかってたんじゃない?」
「俺も真刃さんはわかってたと思うけど」
「君たちは俺を何だと思ってるんだ? まあなんでもいいけど」
白紙に戻った脚本。
原作サイドと交渉して、新しい脚本が出来上がらないと次に進めない。
稽古も休止となり、次が決まるまで解散である。
「……てか、変なメンツだな。俺と有馬先輩とメルト君って……」
近くのホテルにあるレストランの個室。
真刃の子会社が経営するホテルだったので、電話一本で個室を用意してもらって、そこに真刃、有馬、メルトの三人で入った。
なお、有馬は投資で資産を作っており、メルトが所属するソニックステージは大手事務所。真刃は持株会社の会長ということで全員が金を持っているが、ここの支払いは真刃である。なんなら接待交際費ですらなく、普通に自腹だ。
「……そんなもんじゃない?」
「そういうもんかね? まあ、アクア君とあかねさんはデートで……」
そこまで言った真刃だが、有馬の表情が曇り始め、メルトは首を横に振って『それ以上は言わない方が良い!』と視線で訴えてきた。
「……急に暇になるメンバーを集めたらこうなるってことなのかな?」
「それ、私が暇って言いたいの?」
「暇でしょ」
「……そりゃそうね。この舞台のために、B小町のスケジュールを調整してもらったし」
「俺も調整してもらった。この舞台の役者は俺よりも凄い奴ばかりで、集中しないとヤバいから」
「……まあ、暇なのは俺もなんだけどね。ちょっと、それぞれの子会社が研究に取り組んでるところで、俺に報告書を出すまでに時間がかかるからさ。まあメールがないわけじゃないけど」
というわけで、時間があるやつを三人集めたらこうなったのだ。
アクアとあかねはデートに行ったので、それを除くとこうなります。
「……にしても、大変なことになったわねぇ」
「あんまり過去を
「あんまり抉らないでくれ」
有馬とメルトは『今日あま』でも、今回の『東ブレ』でも共演だ。
しかも、どちらにおいても主役級の扱いである。
「別に責めてるわけじゃないさ。思ったより仕上げて来てるし」
「……」
「まあ、原作者と脚本家の問題っていうけど……俺からは、正直に言って『窮屈』だと思ったけどね」
「窮屈?」
「今回の東ブレ。キャスティングは正直に言って高いレベルで揃ってる。なんか、そこに合わせきれてないというか……なんだろう。デカい器の中にわざわざ小皿を置いて、その中で無理矢理盛り付けてるみたいだ」
「まあ、言いたいことは分かるわ」
「姫川さんなんて物足りなさそうにしてたしねぇ……まあ、『今日あま』は小さい器を飾り立てまくってたけど」
「うっ……」
「漫画と演技の間って、いろいろあるのよ」
有馬は『珍しい事ではない』というかのように言った。
鏑木が目を付けて有馬を使っていたが、もっぱら調整役であり、そう言う現場をよく見てきたのだろう。
「何処まで意見を通すかって大事だよなぁ……ただ、あの二人は特別下手っていうか、アビ子先生は『今日あま』時代にアシスタントで吉祥寺先生のところにいたって話だから、エンタメを叩き込んだのは吉祥寺先生ってことになるのかな?」
「原作漫画読んだ限りだと、感じられたわね」
「そうだったのか……」
メルト君の口からとぼけた声が漏れた。
「仮にだけどさ。『今日あま』のドラマ化をララライが担当して、『東ブレ』のあの時のメンツでやったら、どうなると思う?」
「エ゛ッ……」
「脚本家が変わらないって前提だと、『今日あま』のドラマ化は成功するけど、原作ファンと吉祥寺先生はちょっとモヤっとする結果に終わって、『東ブレ』はアビ子先生がブチ切れて企画自体が潰れそう。みたいな想像が俺はできる」
「まあ、たられば言っても仕方ないけど、私もそう思うわ」
「と、東ブレをあのメンツでって……え、俺が『ブレイド役』か? ……流石に無理だって」
現在、東ブレの舞台の主役である『ブレイド役』は姫川大輝。
その演技力を目の当たりにして、『俺がやり遂げて見せる!』とは、メルトの口からは言えない。
「まあでも、脚本を見てて窮屈って思ったのは変わらないかな。こういっちゃなんだけど、鞘姫の心情がどうこうって話。演じるの『黒川あかね』だぞ。セリフじゃなくて動きで、なんとかやれそうな感じはするけどなぁ」
「まあ、そこが一番大きな変更点よね」
「あー、えーと、『尺』と『原作の展開』を重視した結果、『キャラクター』がないがしろにされてるってことか?」
「まあそうだねぇ」
うちの子はこんなに馬鹿じゃない。
こんな事言わない。こんなことしない。
『キャラを変えるのは無礼』
アビ子先生の主張は、終始コレだ。
「多分、伝言ゲームの間に、尺の話ばかり出てきたんだろうね。原作の展開に準拠しつつも、『ブレイド』の活躍シーンが多めだ。多分これは意図的でしょ」
「うんうん」
「それで、ブレイドに尺を取る必要が出てきて、代わりに渋谷クラスタの掘り下げが浅くなったのか」
「掘り下げを浅くするなら、そりゃトップの判断は単純になるっていう……うーん。なんだろ。『この手の舞台の企画書』を前提にすると、『この脚本』は上手く出来てる。ただ、アビ子先生の意見が濾過されてるね」
事実を言えば。
とあるシーンに対してアビ子は
『ここが見せ場なのに全然エモくない! 道端で心情をぺらぺら喋ってきっしょいかまってちゃん集団になってる! ここどうにかして!』
と編集部に要求。
これが紆余曲折を得て、脚本家マネージャーにいくと、
『原作者の意図としては心情の出し方を情緒あふれる形にしてほしいそうです』
にまで変換されている。
そもそも、アビ子の要求は『現状のシーンへの否定』であって、『こういうシーンにしろ』ではなく『なんとかして』であり具体性はない。
マネージャーが使った『情緒あふれる』という表現だが、あえて言えば、『エモくない!』を改善するために、感情の動きをもう少し表現してほしい。という意味になる。
それに対し、脚本家のGOAがとった手段は『元々は少なかったセリフを追加することで溢れる情緒を表現する』である。
ブレイドに使う尺、セリフを増やすというものだ。
要するに。
『道端で行われる最低限のやり取り』で、キャラクターの心情を説明している場面にセリフを追加し、主人公の活躍を増やす方針ゆえに『ブレイドがペラペラ喋るようになった』のだ。
『見せ場』だが、道端で話し合っている以上、戦闘シーンほどのスピード感のある展開ではない。
仲間と決意を固めているシーンだろう。
そんな状況で、ブレイドが構ってちゃんのようにベラベラ喋るようになった。
そりゃ『さらにキショくなってる!』となる。
ブレイドというキャラクターは、少年マンガとしては王道の熱血キャラだからだ。
今回の役者は全員、原作と脚本を両方確認して稽古に臨んでいるが、このシーン一つとっても、ここまでめんどくさい『移植』が脚本の作成に当たって発生している。
こんなめんどくさい脚本で『ブレイド』を完成度高く演じる『姫川大輝』は化け物といって過言ではない。
もちろん、有馬がそれに適応できるから。ということもあるだろうが。
「原作者の意見が濾過……そういえば、原作者が脚本を書くって言ってたけど、どうなっちゃうんだろうな」
「今回の舞台がステージアラウンドだから、それを活かしきれない……それ以前の話だね」
「それ以前?」
「アクア君とあかねさんが、鞘姫について金田一さんとGOAさんに聞いてたけど、話、ちょっとは聞こえてた?」
「え、ああ……」
「GOAさんが言ってた通りさ。シンプルに整理されていない。全てのシーンが散漫になった、お客に伝わらない分かりづらい作品になる。これはきっとGOAさんの経験則だと思うし、多分そうなると思うよ」
「そんな……」
「鞘姫の葛藤を表現しきれない。または表現した結果尺を取りすぎて他の時間が足りない。シーン一つとっても『そういうこと』が起こりえる。それが作品全体で発生するだろうね」
料理を食べながらため息をつく。
「なんでそんなことが起こるんだろうな……」
「多くの立場があり、中には『仲介すること』が仕事の人もいる。原作者と脚本家がリアルタイムで作品を作りこめるなら話は速いけど、それだとプロデューサーがないがしろになるからね」
ただ……と続ける。
「超人気漫画の原作者と、売れっ子脚本家だ。どちらも時間に追われて、まともに休めてない、寝れてない可能性がある。魂は込めてるだろうさ。ただ、『楽しそうに作ってる姿』を想像できないよね」
「……で、アンタはどうするの?」
「俺は何も。俺の役割は金を出すことだ。アレコレ言い始めたらまとまらないからね。俺はブレイドの尺を増やせなんて一言も言ってないし」
「無責任な……」
「つべこべ言わずに金を出す以上の責任の取り方はないさ。それに……まあ、アクア君。多分初めてステージアラウンドの演劇を見ると思うし……『感動代』で小突くことくらいはするんじゃない?」
「小突く?」
「『今日あま』の最終話。『あんな感じのこと』さ」
真刃はニヤッと微笑む。
美しい顔でそういうことをすると、『よからぬことを企んでいる女神』みたいな雰囲気が出るが……そういうことを言うと面倒な話になるので、有馬とメルトは何も言わなかった。