嘘の匂い。金の匂い。   作:レルクス

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第17話 母の面影

「姫川」

「なんです?」

「月影と()るの久しぶりだろ。どう思った?」

 

 台本を渡された初日。

 その稽古の後、金田一は姫川を誘って飯を奢っていた。

 

 ただ、やりたい話は、真刃について。

 

「……一緒に仕事するのは二年ぶり。本当に変わった」

「どこが?」

「端的に言えば、以前の月影は『幼く可愛らしい』に寄ってた。ただ今は、『美しい』というか、幻想的な絵画から飛び出てきたというか、そんな雰囲気がある」

「まあ、俺も見ていてそう思った。ただ、『あれ以降』だな」

「ええ、黒川は『今ガチ』で、あのカリスマ性を手に入れた。あの後。業界の人間から聞く月影の雰囲気は変わった。『幼い』じゃなくて『美しい』って言葉を良く聞くようになった」

「……それで、今回の白蘭は『美しい』よりも『幼い』か。この業界はいつも流れがおかしい」

「……まあ、今回ほど、流れがおかしい舞台もないけど」

「そうだな」

 

 脚本が出来上がっているのに原作者が頷いておらず、稽古場に来たと思ったら大揉め。

 雨降って地固まったと思ったら、そもそもストーリーが微妙に異なるゲーム版が顔を出した。

 

 そして出来上がったのが、『脚本家と原作者の趣味全開で作った癖強(くせつよ)脚本』である。

 

「鴨志田もそうだが、白蘭の参入を最初から期待してたのか?」

「ええ、月影みたいな身体能力と演技はなかなか共演できないし」

「そうだな。間近で見るのは初めてだ。あそこまで『集中』という言葉の本質に近い演技はそうそうない」

「……ただ、レッスンを受けていないから、節々でボロがある。その部分で言えばメルトの方が上でしょ」

「確かに。ただ、あれほど集中力があるなら、少なくとも一つの台本をこなすだけの学習には十分だ」

 

 劇団ララライの代表である金田一と、看板役者である姫川から見て、真刃には演技の才能が確かにある。

 

 いや、もっと言えば。

 

 そもそも『才能』という言葉の本質は、『集中』や『没頭』であると。

 

 真刃の演技を見ていると、そう思う。

 

「おっさんが言った『上書き』って言葉、本当にしっくりきた」

「読解でも理解でもなく、ただ自分に被せる……『演技』というより『モノマネ』か。入り込み方は異常だが」

「二年前の仕事の時も同じ。モノマネとか上書きとか……月影本人の人格がほとんど見えない」

「少し話を振っただけで、あれほど泣きながら叫べると考えれば、集中力が理性を貫通している。ふむ……刺激にはなるが参考にはならんな」

「極僅かの、本当に一握りの人間にしか教えられない。ただ……」

「そう、ただ、白蘭は鞘姫との絡みが多いが、その時だけ、『月影の人格』が混ざる。何かあるな」

「まあ、あるでしょうね」

 

 金田一はいろいろ考えて……。

 

「『欠けてるやつ』の演技……か」

 

 そう、呟いた。

 

 金田一と姫川。

 

 演技において、超一流の視線と感覚の持ち主にしか見えないものがある。

 

 それを踏まえると、月影真刃(つきかげしんは)は、異質だ。

 

 様々な才能が集まる芸能界においても、稀有な分類。

 

 もちろん、今回、観客から『白蘭』を見るという点で、現状問題はない。

 アクアがバランスをとれるほど感情を出せるかどうかはやや不安だが、それはこれからの稽古の話。

 

 そもそも、ララライ看板役者の姫川や、2.5次元役者で芝居が上手い鴨志田が『期待していた』と言えるレベルの演技力を考えれば、不安ではない。

 

 金田一と姫川の脳裏にあるのは、『疑問』だ。

 

 別に解決する必要はない。確かに鞘姫との絡みで『真刃』が入るが、長いこと役者をやっている人間が見分けられるという程度だ。

 

 そう……『余裕』があるからこそ、『疑問』が出てくる。

 

 ……その答えを知る人間は、意外と、近くにいるかもしれないが。それはそれだ。

 

 ★

 

「……真刃君の演技。凄いね。アクア君は舞台初挑戦だし、しばらくはバランスが取れないかもしれないけど、ちょっとずつ合わせていけば……」

「甘やかしちゃダメ」

 

 稽古の後。

 

 真刃は『ちょっと仮眠』といって、長椅子に寝転んで、スマホのアラームを設定して、スヤスヤ寝ている。

 

 薄着で汗をかいて、スヤスヤ寝ている真刃の姿。

 

 正直日本人離れした雰囲気ではあるが、こうして寝ているところを見ると、やはり真刃も一人の高校生男子……いや、怪しい。

 

 ただ、これから白蘭を演じていく上で、相当な『集中』を発揮しているのは確定であり、抜き切れていない。

 

 役者全員から『美しい』といえる容姿をしている真刃だが、寝ている仕草は『幼い』と感じる。

 

 まあようはめちゃくちゃかわいいということだ。真刃が聞いたらキレ散らかすかもしれないが。

 

 そんな稽古場で、アクアとあかねは話していたが、有馬が割って入る。

 

「アクア。アンタ感情演技したことないでしょ?」

「ああ……」

「演技って結構人格が出るのよね。アクアは普段から感情を表に出さない。だから演技にも感情が出てこない。どこかで見た見本を、見本通りに再現することしかしてきてない。これはアクアの性質の問題」

 

 白蘭の追加によって、脚本が原作からゲーム寄りになっている。

 

 原作からの追加、変更事項を考慮しつつ、重要なシーンに関してはゲームでもアニメーションが用意されているので、それを再現することは可能。

 

 というより。

 

 そもそも『刀鬼』というキャラクターは、『人間味』というものが、感情が薄いキャラクターとして設定されている。

 

 だからこそ、漫画原作で鞘姫が奇跡的に目覚めるシーンを演劇で再現すると、『感情が薄い』となる。

 

 言い換えれば読者に『感動』が伝わりきらない。

 そこに、感情豊かな戦闘狂である『つるぎ』が割り込めば、そりゃカップリングも人気になると、そういうことだ。

 

 まあ、そこは、キャラの設定準拠で、『振れ幅』を描けなかったアビ子先生のイメージでしかないので、今さら何を言っても仕方がない。

 

「分かった様な事言うんだね」

「そりゃそうよ?? この中でアクアと一番付き合い長いの私だし? そりゃもーちーーちゃい頃からの知り合いだし? 実質幼なじみみたいな? 最近知り合ったどこぞのビジネス彼女とは話が違うのよ」

 

 ゴリゴリに煽る有馬に対し、あかねは『プクーッ!』と怒っている。

 

「いうて再開したのここ最近の話だろ」

 

 アクア。ツッコミが遠い。

 

 ただし、アクアにもわかっている。

 

 感情を高ぶらせて、涙と流すなど、以ての外。

 ただ……隣でアレほど号泣して、鞘姫の復活に感動する白蘭を演じる真刃が横にいるならば、そうもいってられない。

 

「有馬はどうやって泣き演技をしてるんだ?」

 

 演技のことを聞く。

 それも、『10秒で泣ける天才子役』の通り名がある有馬なら、何かしらコツがあるだろう。

 

「んー……感情泣きとか体泣きとか手法はいろいろあるけど……子役の世界でよく使われてるのは……」

 

 有馬は続ける。

 

「アクアくん。もしお母さんが死んじゃったらどうする?」

 

 それは明るい声でいう話題ではない故に、少し、アクアを寄せるために、普通ではない声色で、有馬は説明する。

 

 実際、その方が、人の心に効く。

 

「ってやつ! 目の前の物を大切なものと思い込んで泣く手法ね! 今回の場合、『刀鬼』は生きてる『鞘姫』を見て喜びに包まれるわけだから、まぁ嬉しかったことを思い出しながら演技すればいいわけよ」

 

 感情を表に。

 

 それが喜びという表現になるのは、決して間違いではない。

 

「アンタだって嬉しかったことの一つや二つあるでしょ」

 

 それを『感動』に昇華させるのが、演技力だ。

 

 ただ、それ以前の問題。

 

 それは……壊れていない者の、演技の話だ。

 

「うっ、あっ……」

 

 冷める体。

 

 流れる大量の汗。

 

 冷たくなっていくアイの体の感触が、アクアの全身を覆いつくす。

 

「アクア!?」

 

 吐き気をおさえるように口元をおさえて、うずくまるアクア。

 

「……大丈夫。ただの立ちくらみです……落ち着くまでちょっと休んできて良いですか……」

 

 少しフラフラしながら、稽古場を出ていった。

 

「アクアくん大丈夫かな……」

 

 明らかに様子がおかしい。

 あかねから見ても普通ではなかった。

 

「貧血?」

「二日酔いじゃねーの?」

「雷田Pじゃないんだから。彼はまだ高校生よ」

 

 よく観察していないと、今のアクアはわからない。

 

「彼女だろ。傍に居てやんなって」

「はい」

 

 あかねも稽古場を出ていった。

 

「……便利な設定」

 

 ポツリとつぶやいた有馬。

 

 その時、ピピピッとアラームが鳴った。

 

「……ん? むう……」

 

 真刃が目を擦りながら起きて、スマホのアラームを解除。

 

「ふう、ちょっと休めた。で、なんか変な空気だけど」

「アクア君が体調が悪くなって、休みに行ったの」

「……まあ、分かった」

 

 寝ていたので話を聞いていなかった真刃だが……彼も彼で、アクアに対していくつも推測を重ねている。

 

 それを踏まえるならば、『体調が悪くなる』……もっと言えば、それが表に出てくる条件も分かる。

 

 もっとも、赤裸々に話す内容ではない。

 

「そういえば、真刃ってどうやって演技してるの?」

「ん? ああ、まあ、すっっっっごく集中してる」

「そ、それだけ? すごく集中するって……」

「違う、すっっっっっっっっごく集中するんだよ。なんていうかな。楽しくて没頭するとか、ゾーンに入ったとかそう言うんじゃなくて、ただただ白蘭という役に集中するんだ」

「そ、そうなると、『ああなる』んだ」

「そう、あんな感じになる。ただ、エネルギーの消費がすごくてね。マジで疲れます。だから、半月で、ある程度自然にできるように稽古をする予定」

 

 いずれにせよ、時間はない。

 

「まあ、確かに、半月でいきなりって考えると、一からくみ上げる時間はないし、演技は真刃君の得意分野でやるしかないよね」

「そういうこと。というわけで頑張ります」

 

 ★

 

「姫川と有馬に勝つ方法ね……」

 

 体調が悪くなったアクアだが、その日の稽古は終わっているので、帰っても問題はない。

 

 あかねと一緒に五反田監督の家で落ち着いていた。

 

 アイとアクアの関係に対して、あかねが色々と『気付いたこと』があったり、アクアが背負っているものを一緒に背負うと決めたり。

 

 ……あかねの『有馬かな』に勝ちたいという目標のため、アクアは動く。

 

「出来れば感情演技を使わずに」

 

 何ができるのか。何ができないのか。

 アクアが抱える問題も考えるなら、『感情演技』は出来ない。

 

「んー台本読んだが、規模のわりにトガッてるつうか、けっこーチャレンジングな構成だな」

 

 実力のある監督から見ても、今回の脚本はおかしい。

 

 長いセリフをカットして動きで表現しているということは、言い換えればそれだけ詰め込んだ内容だ。

 

 演技力が追い付かない場合、それこそ、『全てのシーンが散漫になった、お客に伝わらない分かりづらい作品』になる。

 

 脚本を作る際、GOAが最初に危惧した通りの結末が待っている。

 

「ゲームも少し確認した。戦闘シーンや重要なシーンはアニメーションが付いてるが、シナリオ部分は立ち絵とセリフって感じだな。当然『立ち絵』に動きのパターンは少ない。それを『動き』の脚本に落とし込んでる……まぁ脚本家の意図は明白だ」

 

 五反田は脚本を見ながら……。

 

「俺はお前に、凄い演技じゃなくて、ぴったりの演技ができる役者になれと言った。それを踏まえて、舞台演出家の要望、脚本意図を、星野アクアはどう読み取る? この舞台においてのピッタリとは何だ?」

「……強烈な感情演技」

「じゃあやるしかねえな? 感情演技」

 

 そもそもの演技がつぎはぎ型をうまくまとめたもの。

 

 そんなアクアには、『凄い演技』ができるほどのスキルはない。

 

 加えて、同じ現場に姫川、有馬、あかねという超一流が揃っているとなれば、付け焼刃では一瞬で呑まれてしまう。

 

「明日から稽古が終わったらここに来い。1から叩き直してや――」

 

 その時、インターホンが鳴った。

 

「誰だ、こんな時間に……あっ!」

 

 何かを思い出したのか、五反田は慌てた様子で玄関に向かう。

 アクアとあかねは『一体どうした?』と言った様子で、玄関に向かった五反田を追った。

 

 五反田はインターホンで相手の顔を確認すると、『やっちまった』といった顔をしつつ、ドアを開ける。

 

「すまねえ雲行(くもゆき)。ちょっと話し込んでて」

「五反田が? 珍しいな」

 

 ドアの前に立っているのは、五反田とほぼ同年代の男性だ。

 顔は髭をしっかり剃っていて清潔感はあり、黒髪は安い散髪屋で短くしたもの。

 顔だちは優しそうで、メガネとトレンチコートが似合っている。

 

「そりゃどういう意味だ……」

「まあそれはいい。ほい、シナリオ仕上げてきたぞ」

 

 そういって封筒を見せる。

 

「おお、助かる」

「あわててたのか? 舞台の脚本なんて持って」

「えっ……あっ!」

 

 五反田だが、慌てていたのか、『東京ブレイド』の舞台の脚本を持っている。

 

「まったく……って、東ブレか。ああ、今度あるって話だな」

「あり? お前、興味あったか?」

「言ってなかったか?」

 

 雲行(くもゆき)というらしい男は、眉を寄せて……。

 

「東ブレのゲームシナリオ……それも『百鬼夜行編』を仕上げたのは私だぞ」

「「「!」」」

 

 驚いたのは五反田だけではない。

 様子をうかがっていたアクアとあかねも驚いた。

 

「それに、ウチのしん……いや、アレはサプライズか」

 

 追加で何かを思い出している雲行だが、現状、東ブレの舞台において『サプライズ』など、一つしかない。

 加えて、言いかけた名前。

 

 あかねの中で、確定する。

 

「あの……」

「ん? ……って、黒川あかねか?」

「はい。あの、月影真刃君とは、どんな関係なんですか?」

 

 サプライズの内容まで知っているとなると、相当近しい人間だ。

 それに、『ウチの』と言っているのでなおさらである。

 

「……私の名前で検索したら直ぐに出てくるが、私は真刃の、『未成年後見人』だ」

「!」

「じゃあ、真刃君のこと、昔から知ってるんですか?」

「ああ」

 

 なら、何か、知っているかもしれない。

 

 真刃があの演技で見せた、『強烈な違和感の正体』を。

 

「お、おい……」

 

 五反田も『流れがおかしい』と思ったのか、止めようとして……。

 

「……気になって仕方がないなら、『没入型』の君にはキツイだろう。明日は予定が空いてるから、その時で良いかな?」

「ありがとうございます」

「ちょっ、雲行……」

「ん?」

「あんまり役者を引っ張りまわすなよ。大変な時期だぞ」

「それ、彼女の眼を見ても言えるか?」

「えっ……」

 

 五反田はあかねの顔を見る。

 

 その瞳は、強く、本当に強く、何かを訴えるような……。

 

「……はぁ、わかったよ」

「というわけで、明日は空けておく。まあ、第三者がいる場所で話すことでもないし、住んでるマンションに来てくれ。そこのレストランの個室を使う」

「はい」

「星野アクア。君も来るといい。気になるんだろう?」

「まあ、それは……」

「というわけで、五反田、二人を借りるぞ。『稽古は明後日から』な?」

「……勘のいいやつだ」

 

 というわけで、五反田が折れることになった。

 

 ★

 

 マンション『オッド・プレミア』

 

 60階建ての超高層マンションで、一階から三階に様々な施設が用意されており、四階から上は人が住むエリアとなる。

 

 経営は『月影ホールディングス』の子会社であり、圧倒的な資本力を元に設計、建設された。

 

 その一つのラウンジの個室に、アクア、あかね、雲行が集まっている。

 

 その中でも安い……といっても一般的な価値観で見るとかなりお高い飲み物を注文して、席に着いた。

 

「さて……何から聞きたい?」

 

 優しい表情で、雲行はあかねに問う。

 

「真刃君が今回の舞台に参加するんですけど、その中の演技で気になることがあって……」

「東ブレの舞台だね。ゲーム版のストーリーが使われるからと、私のところにも確認のメールが来た。秒で返したのは記憶に新しい」

「その最後の最後に、彼がすごく、違和感のある演技を……」

「真刃は『白蘭』役か?」

「はい」

「だろうね……」

 

 雲行は少し考えて……あかねに言った。

 

「あかね君。君にはこういえば分かるかもしれない。十年前の銀行強盗事件。人質になった子供は、当時五歳の真刃だ」

「……」

「なっ、ぎ、銀行強盗!?」

 

 アクアは驚愕している。

 

 あかねは険しい顔ではあるが、驚いている様子はない。

 

「そうだ。十年前。真刃とその両親はとある銀行にいて、拳銃を持った男が来る事件があった。死者は、真刃の両親の二名。町工場に務める父親と、専業主婦だったはず。軽傷者は、発砲後の銃口を右のこめかみに当てられた真刃が、やけどを負っている」

「そ、そんな事件が……」

「二年前にはとあるドキュメンタリー番組で再現ドラマが作られ、あかね君。君は母親役だった」

「……はい」

 

 アクアはあかねの方を見る。

 真剣な顔でうなずくあかねは、当時の自分の演技を思い出しているのだろう。

 

「実は、あの事件現場には私もいてね。当時のことは今でも思い出せる」

「雲行さんも?」

「ああ」

 

 真刃が巻き込まれた銀行強盗事件。

 

 拳銃で二名が亡くなり、当時、ざわついたものだ。

 

「再現ドラマは私も見た。そう……あかね君の演技は、当時の母親にそっくりだった。年齢が一回り違う上に、顔だちも違う。それなのに、私には『まったく同じ』に見えた」

「……」

「そしておそらく、真刃もその再現ドラマを見ている」

「!」

 

 アクアの表情が変わる。

 

「最近、真刃と会っているときに、妙な仕草はあるかな?」

「私と……目を合わせてくれません」

「確定だな。真刃は、君と母親を重ねている。しかも……台本は養母と養子の関係だ」

「……じゃあ、真刃が『母上』ってセリフを言う時、かなり集中してるのは……」

「おそらくそうしないと、『白蘭』にならない。『真刃』になる。それを防ぐために、白蘭という役に集中している。そういうことだ。君たちが感じている『違和感』は、そこだね?」

「はい」

「その通りです」

 

 アクアにも経験はある。

 

 今ガチの収録の時、あかねが、『アイ』に見えた。

 

 もちろん、気持ちの整理はつけている。

 

 アクアはあかねに『アイの幻影』を見ているだけ。

 

 そして付き合っているのは、彼の復讐計画に、あかねが『使える』と思っているから。

 

 だが、真刃は違う。

 

 真刃も、あかねと母親を重ねて見てしまい……その上で、真刃は整理がついていない。

 

「……私は真刃の後見人になったのは、彼の希望だ」

「え?」

「それまで何の接点もなかったが、真刃は『直感』で選んだと言っていた。どういうことなのかは今も分からないが、当時はいろいろな事情があって、あれよあれよと決まってね」

「……」

 

 アクアは、真刃の『ルール』を知っている。

 

 『良い匂い』がする方に向かって歩く。それに例外はない。

 

 だが、後見人である雲行にも話していないとみると、相当、話す相手を選んでいるようだ。

 

「……正直、そこからは信じられないことの連続だ。いろんな会社に話しかけに行って、あれこれ経営に口を出しては、それらを発展させ、莫大な報酬を得て、その金をまた別のことに使い、今では持株会社まで立ち上げた」

「……」

「そう、そうだ。確か『今ガチ』だったかな。あの時、あかね君と真刃に接点ができたはず。そのあたりから、真刃の雰囲気も変わったよ」

「……俺も思います。入学したばかりの時は、『幼い』とか『可愛らしい』とか、そういう印象だったのに、最近は『美しい』に変わった」

「私も最初は、『可愛い子』だと思ってました。今は違いますけど」

「真刃の中で何が起こったのかはわからない。ただ、再現ドラマを確認したのはそのあたりだろう」

 

 雲行と真刃は、こう言ってはなんだが赤の他人だ。

 

 当然、真刃の未成年後見人になった後は、真刃のことを観察していただろうし、それは今も続けているのだろう。

 

 だからこそ、真刃の変化にも敏感だ。

 

「わ、私のせい?」

「いや、再現ドラマを見ると決めたのは真刃だ。君の演技力を考えれば、ドラマがどうなっているのかを推測することは十分に可能。何故見たのかは私にもわからないが、君が原因であっても、責任を感じる必要はない」

「……」

「もっとも、個人的に、不可解なことはあるが」

「不可解?」

「あかね君の演技は、彼の母親にそっくりだった。ただ、そうだとしても、真刃の執着が強すぎる」

「執着、ですか?」

「真刃も頭は悪くない。君に母親の幻影を見ているだけということは理解しているはず。ただ……そう、母親が亡くなる前から、母親に強い執着があったような、そんな気もする」

「……それだけ、大切にしていたと?」

「いや、それだけじゃないな。どういえばいいのか……」

 

 雲行は少し考えて……。

 

「そう……『とても欲しかった物を手に入れて、それが壊れた時』……そう言う感情に近い。再現ドラマを見て、それが再び目の前に現れた。そんな感覚だ」

「……」

「作家としていろいろな感情について調べているが、私の観察と分析ではそうなる。ただ、当時五歳の真刃が、何故、母親という最初からいる存在を、『強く欲していたのか』がわからない」

 

 アクアは、雲行の分析を聞いて、思い当たること……というか、実感が一つある。

 

 真刃もまた、アクアやルビーと同じ……。

 

「まあ、そこまで考えたが、私が真刃について『解き明かしている』のはそこまでだ」

 

 雲行は一息ついた。

 

「……ただ、アクア君」

「なんですか?」

「君のことについて話すときの真刃は、とても楽しそうだ。どういった関係なのかな?」

「真刃と俺は……」

 

 アクアは考える。

 

 ただ、答えはすでに決まっている。

 

 今ガチでの騒動の時、決めたのだ。

 

「……『ただの友人』です」

「そうか。なるほど……真刃が気に入るわけだ」

「どういう意味ですか?」

「私は作家で、プロットを真刃に話す時がある。彼が好印象を持っているのは、『普通』だ」

「普通?」

「どこにでもあるような、ありふれた日常。それを描いているプロットを見る真刃は、とても機嫌がよさそうでね」

「……」

「ただ、真刃は立場と資産額の関係で、同年代とそういう関係を築きにくい。打算も何もなく、『ただの友人』と言い切る君を、彼が気に入るのもうなずける」

 

 アクアは思う。

 

 それほど『普通』を欲している。ありふれたものを欲している。

 

 なら、真刃の『前世』は……。

 

「それなら、俺のすることは変わりません。真刃の、ただの友人で居続けます」

「私はどうしたら……」

 

 あかねを母親に重ねる以上、どうすればいいのだろうか。

 

「感情は理屈ではない。どのように作戦を立てても博打になる。まだ、答えを出すには早計だ」

「まだ、何もできないと……」

「彼の人生の第1章、『幼年期の事件』は、今も彼を縛り続ける。『同時上映』すべきだった第2章、『ありふれた日々』は、撮影開始(クランクイン)はおろか、企画すら立ち上がっていない」

 

 真刃には真刃の物語がある。

 それは進んでいない。

 

「……まだ、出来ることはない。ただ……」

 

 雲行はアクアを見る。

 

「真刃が再現ドラマを見ても『心が砕けなかった』のは、アクア君。君がいたからだと、私は思う」

「俺が……」

「真刃を救いたいという私のエゴを、君たち二人がどう思うかはともかくとしてだ……まだ、必要な物は揃っていない」

「……大切なんですね。真刃のこと」

「ああ……」

 

 雲行は優しそうな表情で……。

 

「大学からの友人が居てね。彼は重病を患った。根本的な治療は不可能で、副作用の強い薬を使い続ける必要があるというのが、近くの病院の診察結果だった」

「……」

「ただ……真刃が、とある大学に莫大な投資をしていて、そこの医学部で研究が進んだ結果、本来なら完成するはずがなかったスピードで治療法が確立。友人の病気も治った。その時の関係者の笑顔と、うれしくて泣いている姿を見て……多分、似たようなことが、日本中で起きていると思った」

「……」

「作家としての取材がてら、私はいろいろな場所に行くが、その時に聞くよ。真刃が投資した結果、豊かになったものや救われたものをね」

「だから、真刃を救いたい」

「そうだ。だが、まだ『それを解決できる段階ではない』んだ。私には考えがあるから、その時まで、ただの友人でいてやってほしい」

「……わかりました」

 

 雲行は笑顔でうなずいた。

 

「実は……この話は、五反田の奴も少し知っていてね」

「監督も?」

「ああ、彼とは十五年くらいの付き合いになるからね。君たち二人がここで私と話すことに、どこか反対していた雰囲気だっただろう? アレは、こういう『めんどくさい話』を、私がすると予測していたからだろうね」

「……」

「さて、私から話せることは終わりだ。いずれ必ず、私の『作戦』の全てを話す時が来るかもしれないが……」

「上手くいかなさそうだったら、愚痴も聞きますよ」

「私も聞きます」

「優しい子達だ」

 

 朗らかに話す。

 

 ただ、アクアは、考えていた。

 

 雲行……ペンネーム『雲行怪(くもゆきあやし)』の話を聞く限り、真刃には前世がある。

 

 そして、その前世が過酷だった可能性が非常に高い。

 

 まだ、真刃の心を救うことはできない。

 

 第1章『幼年期の事件』

 第2章『ありふれた日々』

 

 それでは足りない。

 

 第0章『魂の傷』

 

 とでも呼ぶべきだろうか。

 前世という、扱いが非常に難しいこれを、どう扱うのか。

 

 少し気になってはいたが……いずれにせよ、前世というピースが欠けた雲行の作戦は行き詰まるはず。

 その時に、ヒントを投げようということで、彼の心では整理をつけた。

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