嘘の匂い。金の匂い。   作:レルクス

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第21話 度肝全抜

 原作では、『キザミ』と『匁』の対決は、『キザミ』に強者感があった。

 

 しかし、メルトの演技に、強者感はない。

 

 更に言えば、直前の『キザミ』VS『白蘭』の戦い。

 

 真刃が持つビジュアルと身体能力と集中力を、フルに使いこなす『掛け算』によって、『白蘭』がそこにいた。

 

 二刀流の天才剣士にして、とにかく動きが激しい。

 

 ゲーオリキャラではあるが、『東京ブレイド』で検索すれば、主要キャラの名前と共に絶対に検索に引っかかる『人気キャラ』である。

 

 脚本にも『白蘭の魅力』がこれでもかと盛り込まれており、初登場シーンである『キザミ』VS『白蘭』は超重要シーン、かつ、白蘭の見せ場だ。

 

 メルトの演技力は足りていない。これは事実。

 

 しかし、それを補って余りあるほど……そう、『メルトが演じるキザミ』を、『白蘭を魅力的にするための舞台装置』とばかりに、真刃は演じていた。

 

 それで何も問題はない。

 

 白蘭はゲームで超人気キャラ。

 可愛らしく、綺麗で、強く、その戦闘はとても映える。

 

 そんな白蘭の『見せ場』なのだから、そこまで全力でやっても問題はない。

 

 しかし、『キザミ』VS『匁』は、『キザミ』の見せ場だ。メルトが活躍するシーンだ。

 

 『匁』がやりすぎてしまうと、キザミの魅力が下がる。

 

 しかも、一つ前に『キザミ』VS『白蘭』……いや、ここまでの流れで、メルトの演技力が低いことは、観客も分かり始めている。

 

(ったく、マジで素人に毛が生えた程度の演技じゃねーか。こっちがレベル合わせなきゃ駄目か……?)

 

 鴨志田は2.5で重宝される役者だ。

 様々な現場を経験しており、『こういう流れ』では、自分が『下げる』ことが求められると、理屈ではわかっている。

 

 理屈では(・・・・)、わかっている。

 

(うぜぇ。マジで消えてくれよ。何の苦労もしねえで……顔だけで仕事取ってるヘタクソはよ!)

 

 鴨志田の演技に、怒りが、混ざり始めた。

 

 ……そんなこと、メルトにとっては、重々承知だ。

 

(分かってる。俺がヘタクソなのはわかってる。あの演技を見た時から)

 

 今日あまの最終話の収録。

 今でも、彼の目に焼き付いて離れない。

 

(周りが俺のレベルに合わせて演技してた事も、それで作品を台無しにしてた事も)

 

 恥ずべき歴史。途切れることのない後悔。

 

 目をそらすことはない。

 

 自分が『今日あま』で晒した醜態は、何度も何度も見てきた。

 

 それを見ながら、何度も思った。

 

 ――俺……こんなヘタクソな演技してたのか。

 

 ――違ったんじゃねぇの?

 

 ――俺が最初から本気で臨んでたら、この作品はもっと……

 

 ――良いものに……

 

 『ち』という言葉は、『ぎてから』と書く。

 後悔先に立たず。

 

 そして、その自分の後悔で、どれほどの人間を失望させたか。

 

 それを想像すると、震える時もある。怖くて仕方がない時もある。

 

 それを乗り越えるための、努力はしてきたはず。

 

(……)

 

 鴨志田は、プロとして、メルトが嫌いだ。

 

 だが、それでも見えるものはある。

 

(結構大きいアクションしてるし、VS白蘭やって二連戦な割に、息も上がってない)

 

 激しい動きを繰り返していれば、体力も集中力も使う。

 

 そういうものだ。

 

 だが、メルトはしっかり、剣を構えている。

 

(思ったよりはちゃんと稽古してたみたいだけど……見ろよ客の反応)

 

 視線を客席に向けている余裕はない。

 視界に入っていたとしても、目の前にいる匁から視線を外せるほど、メルトは優れた役者ではない。

 

 だが、感じるのは事実。

 

「キザミの人ちょっとさ」

「ね……」

「あんまし……」

 

 そう、紛れもなく……。

 

(客はお前をヘタだと思ってるぜ)

 

 言葉は、酷いものも交じってくる。

 

 『白蘭に負けてればよかったじゃん』と言う意見すら出てくる。

 

 そもそも、ここでキザミは匁という強者に負ける。

 

 そんなキザミに勝つのが、匁から白蘭に変わるだけ。

 

 そう思う人も、チラホラ……。

 

(アクアから、エンタメってやつを聞いた。ナメてるってことは、油断してるってことだって)

 

 ヘタクソなのは分かってる。

 

 周りとはレベルが違うことも分かってる。

 

 その中で、『キザミの見せ場』で、客の度肝を抜く方法。

 

 ……ネットには、転がっていた。

 

 キザミで検索すると、サジェストに『再現不可』と出てくる。

 

 スマホ一台あればだれでも動画が取れて、それをネットにアップできる時代。

 

 超人気マンガである東ブレはアニメ化もされているし、どんなシーンも、どんな部分も切り取られて使われている。

 

 あの動き。

 誰もができない……出来たとしても、

 放り投げる高さを下げたりだとか、

 あまり回転させないだとか、

 剣じゃなくて短い棒にするだとか、

 そういう、『再現度を限りなく低くする』ことでしか、出来ないとされたあの動き。

 

 Youtubeで『キザミ』と検索すれば、MADで、キザミのキャラソンに合わせて、アニメシーンが切り取られて、かっこよく演出されている。

 

 歌のサビ前に、『アレ』が使われていて、メルトは、『度肝を抜かれた』のだ。

 

 なら……

 

やってやろうじゃねえか!

 

 上に放り投げられる剣。

 

 匁も、ゲラでもリハでもなかった動きに、そして、脳裏によぎるそれに、思わず、剣を見る。

 

 回転する剣。

 

 勢いよく落ちてくるそれを。

 

 ――パシッ!

 

 メルトは間違いなく、しっかりつかんだ。

 

 

 

 歓声だ。

 客席に、歓声が響き渡った。

 

 そう、白蘭の登場は『サプライズ過ぎた』ゆえに、反応が追い付かなかった。

 

 だが、『この動き』は、漫画で、アニメで、何度も見た動き。

 

 舐めていた。

 油断していた。

 

 そこに、ぶっささった。

 

 度肝を、全部抜いた。

 

「いまの」

「ね!?」

 

 思わず、口にせずにはいられない。

 

原作通り(・・・・)だ!」

 

 東ブレをよく見ている人。

 それも、キザミが好きな人にとって、これは、たまらない。

 

「すごいすごい!」

 

 ぱああぁぁ。とキラキラした目で、アビ子も感動。

 

「実際に出来ると思って描いてないのに! ちゃんと原作通りやってくれるなんて……原作再現凄い!」

 

 アニメでしか、漫画の中でしか不可能とされるそれを、リアルでやる。

 

 これが、2.5という舞台の醍醐味。

 

 そしてその感動は、舞台裏にも伝わる。

 

「あんたの入れ知恵?」

「別に。俺は演技が下手でもそれをうまく使えば良いって言っただけ。それを仕上げてきたのはあいつの努力だ」

「ふーん」

「まあ、真刃も茶々を入れてたけど」

「え?」

「メルトの前で何度も何度も失敗して、『こりゃ無理だわ』って言ってた」

「茶々ってことは……」

「メルトが居なくなった瞬間、一発で成功させてた。メルトは気付いてるかどうか怪しかったけどな」

「さすがね。墓場まで持ってくわ」

「そうだな……」

 

 今もフラフラしながら立つ白蘭を見る。

 表情を崩してはいないが、アクアからは、『本当にやりやがったコイツ』という、雰囲気を感じた。

 

「ま、ギャップってのは皆好きなんだよ」

 

 客席に伝わる感動は、裏からも分かる。

 

「驚いてる人間の感情っていうのは驚くほど脆い。予想外の出来事が起こった時に情報収集能力が活性するのは人間の本能。客はこの後の演技に何倍もの意味(・・・・・・)を汲み取ろうとする」

 

 メルトを見る。

 

「刺すならここだ」

 

 歓声が沸き起こる客席に反して、鴨志田は、イライラしていた。

 

(……妙な大道芸覚えてきやがって、ズレてんだよ。客が求めてるのは演技だろ! そこが出来なきゃ意味がねぇんだよ!)

 

 匁……いや、鴨志田朔夜もまた。

 

 度肝を抜かれたのは、間違いないらしい。

 

 

 

 メルトは、心の中で吠える。

 

 ――ちゃんとレッスンを受けてきたものの、ここの役者たちはレベルが違いすぎる。キャラの心情をしっかり理解し、その上で強く感情を乗せるという事が当たり前にできている。台本をそれっぽく読むだけじゃ通用しない。

 

 表面的。

 付け焼き刃。

 その場しのぎ。

 

 いずれも、浅く、理解が及んでいない事も意味するが、メルトにとってキザミは、そういう存在だ。

 

 ――俺は馬鹿だからよ。黒川みたいに考察したりとかは出来ねえ。「キザミ」というキャラが……どういう人間なのか、なんとなくしか分かりゃしねえ。

 

 空いた時間は、漫画をしっかり読んだ。

 

 ――お前はどう言う人間なんだ? 突っかかってきたやつを倒したと思ったら、舐めてた相手に散々やられて、みっともなく足掻いて負けて、かっこわり。

 

 白蘭に勝ったが、匁に負けて……。

 

 ――どうしてそんな、俺みたいにしみったれたカオしてんだよ。俺みたいな……

 

 ふと、メルトの中に、キザミが入ってくる。

 

 ――ああ……そうか。お前悔しいのか。

 

 稽古場に来て、最初の顔合わせの日。

 真刃に言われたことを思い出す。

 

『「キザミ」はそんなタイプじゃないよ? それ相応に自信家さ。前の君と同じようにね』

 

 アレが、全てだった。

 

 ――つえーと思ってた自分が、本当は全然よえー事に気付いて、情けなくて、みっともなくて、悔しいのか。

 

 恥ずかしい。と言っても間違いではない。

 

 だが違う。

 

 『自分がここに居るべきではなかった』ではなく、『自分はもっとすごいことができていたはず』という思いがあるからこそ。

 

 悔しい。

 

 ――それなら、すげーよくわかるよ。

 

 湧き上がる。

 

 ここだ。

 ここで出し切れ。

 

 ――悔しい!

 

 ――全然、周りの役者に追いつけない自分が。

 

 ――みっともない姿を晒す自分が。

 

 ――余計な茶々を入れてきて、それでも何も言い返せなかった自分が!

 

くやしくてくやしくて、たまらない!!!

 

 

(こいつ! 感情が乗ってる!!)

 

 それは、目の前にいる匁に伝わる。

 

 眼から、

 

「ああああああ!!」

 

 指先の一つまで、

 

 悔しいって感情が、

 

「ああああああ!!」

 

 客席に届くほどの強さで!

 

「おぅれは、誰にも負けねぇ!!!」

 

 ――稽古期間の殆どを使ってこの気持ちを掘り下げ続けた。この一か月をこの1分のために注いだ。そっちが演技10年やってようが知った事じゃねえ。

 

 ――この1分は、誰にも負けねぇぞ!!

 

 客席……いや、違う。

 

 全てに届くほどの……。

 

 

 

 ……チラッと、鏑木は横を見る。

 

「ほら、僕の目に間違いはなかった」

 

 感動する一人の女性の涙を目にして、そう、呟いた。

 

 

 みっともなく足掻いて負ける。

 それがキザミだ。

 

 だが、無駄ではない。

 

「よくやったわ。後は私たちに任せなさい!」

 

 つるぎとブレイドの乱入。

 

 それも……そう、『こんな演技』をされた後だ。

 気分は、すこぶるいい。

 

「よくも私の身内を痛めつけてくれたわね。一兆倍にして返してあげる!」

「これ以上先に攻め入ると言うなら我々渋谷クラスタも黙っては……」

 

 途中、効果音が入ってほぼ聞こえない。

 

(チッ、効果音とセリフが被った。言い直すか)

 

 少し汗を流す匁。

 

「ごちゃごちゃうるさいわね! 只の肉塊になればその口も静かになるのかしら!?」

 

 つるぎのアドリブ。

 

「渋谷クラスタなんて知った事じゃない! 全員切り倒して私達がこの國を盗る!」

 

 高らかに剣を掲げて……。

 

「この剣でね!」

 

 匁は、内心で苦笑するしかなかった。

 

(こいつ……圧倒的に『受け』が上手い。効果音で被って聞こえなかった渋谷クラスタという初出ワードを口にしつつ、原作の「つるぎ」が言いそうなセリフとして再構築。間の取り方もまるで最初からそうであったかの様な深みがある)

 

 これでは、冷や汗も流し損だ。

 

(年齢=芸歴の役者は違うな。どんな無茶をしても受けてくれそうな安心感がある。こんなに演りやすい相手は初めてだ)

 

 これが、有馬かな。

 

「流石に2体1では分が悪いですね」

「に、2体1!? けほっ、ぼ、ぼくも……」

「さっきのダメージがまだ残ってるでしょう。それに、相手はキザミよりも強い盟刀持ちが二人。良いからさっさと帰りますよ」

 

 匁は白蘭の首根っこを掴む。

 

(真刃君も真刃君だ。ずっとここに居たのに、居ないんじゃないかと思うほど雰囲気が小さいときがあった。こんなに目立つよう仕上がってるのに、雰囲気まで弄るって……)

 

 そう、白蘭を演じる真刃も、いろいろな意味で化け物だ。

 

 そもそも、ダメージを受けていたとしても、時間が経てば戦えるようになる。

 

 漫画なら、アニメなら、アングルを調整すればキザミと匁だけを映すことも出来る。

 

 だが、板の上で、一度も引っ込むことなくずっとここに居る脚本だ。

 

 それを踏まえて、『いたっけ?』となるほど、気配が薄いときがある。

 

(まあ、役者じゃないけど、修羅場ならいくらでも潜ってるか。気配くらい弄れるのかなぁ。俺もそこまではよくわからんね)

 

 内心溜息をついて。

 

「では、また日を改めてお会いしましょう」

「こらぁ! 逃げるなボケナス! このタルタルチキン!」

 

 口が悪い。

 

 ★

 

 裏に引っ込んだ役者たち。

 タオルを受け取ったメルトに、水を飲んでいる鴨志田が近づいた。

 

 そして、肩をバシッと叩く。

 

「んだよ! やるじゃんか。ゲネん時と全然ちげーな!」

 

 プロして、彼はメルトが嫌いだった。

 だが、もうそれはない。

 

 いや、演技自体は無限に言えることがあるだろう。

 

 しかし、プロとして、鴨志田は、メルトを『良い役者』と思ったのだ。

 

「良い感じに感情乗ってんじゃん。次もこの調子で頼むぜ」

 

 そういって、鴨志田は離れていった。

 

 そんなメルトの傍には、アクアと真刃が。

 

 メルトはアクアの顔を見て思い出す。

 

『やっぱ演技は感情ノッてなんぼだよな』

 

 ……そうだ。その通り。

 

「あん時お前が言ってた言葉の意味がやっと分かった」

 

 すごく、良い笑顔で……。

 

「楽しいわこれ」

 

 アクアはふっと微笑んで。

 

「……そうかよ」

「良い役者になったね。メルト君」

「真刃もやっぱすげえな。あの連撃。途中でどうなるかと思ったよ」

「いやぁ、幼さと迫力を同時に出すのもなかなかね。上手く受けてくれてよかったよ」

 

 ただ……。

 

「俺のこと、良い役者だって思ってくれたんなら、余計な茶々は、これからは勘弁してくれ。ちょっとキツイんだ」

「あり? 気付いてたんだ」

「真刃に出来ないわけないだろ」

「……あはは! いいね」

 

 いつの間にか、真刃のことを呼び捨てにしている。

 

 最初は『さん付け』だったが……どうやら、いい感じに調子が付いたようだ。

 

 

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