「新宿クラスタ。厄介な奴等みたいだな」
ある意味、『大揉めの諸悪の根源』と呼べるシーンが始まる。
「何も考えてない馬鹿の集まりですよ。全員倒せばそれで良いと思ってる」
東京ブレイドのストーリーは、21本の刀を奪い合う争奪戦。
しかもただ奪うのではなく、刀から『強者と認められること』が必要だ。
姑息な手段を使えば盟刀を手に入れることはできるし、多少の力を手に入れることは可能。
しかし、それでは盟刀から『強者』とは認められない。
よって、力と力のぶつかり合い、言い換えれば『殲滅戦』が最も『証明』になる。
「どうします? あいつ等攻めて来ますよ」
「俺は姫の懐刀だ。持ち主の指示に従うだけ」
「君に意見を求めたのが間違いでしたね。少しは人間味と言うものを持ったらどうですか……」
感情の起伏が乏しい鉄仮面に意見を求めても、帰ってくる答えなど決まっている。
匁の言い分も慣れた様子があり、『こういった会話はよくあること』なのだろう。
ただ……。
強大な組織が、自分たちに向かって攻めてくる。
そんなとき、何かを決めるべき人間は決まっている。
開いた幕。
そこでは、鞘姫が座り、静かに目を閉じている。
客側から見てその右隣りには、『ちょこん……』という擬音が聞こえそうな様子で、白蘭が正座している。
白蘭はトップである鞘姫の『養子』であり、こういう場では、鞘姫の隣に座ることになる。
「『鞘姫』……決断を」
原作なら、大ゴマ一つ。
最初の脚本では、『皆殺しにしてやりなさい!』だ。
脚本リテイクの間で、『長いセリフ』で葛藤を表現する案も出たが、結局、セリフは大幅カット。
黒川あかね。
十七年しか生きていない少女に対して、『大きな武闘派組織のトップ』としての威厳を求める。
「刀を抜けば……血が流れる」
普通なら、厚みが足りない。器が狭い。覚悟が伝わらない。
だが、それは平凡な役者の話。
伝わってくる。
一つ一つの動き。いや、動いていなくても。
喋っていても、無言でも。
その思いが、葛藤が。
客席に届く勢いで。
そんな鞘姫の葛藤は、横にいる白蘭に届く。
彼はパチパチと瞬きをして、横に座る鞘姫の方を向く。
彼は小さな右手で、鞘姫の袖をつかんだ。
「……母上?」
首をかしげて、鞘姫を見上げて、白蘭は訴える。
鞘姫はそれを見て、一度、目を閉じた。
鞘姫の手が、ゆっくりと、刀に触れる。
重厚な、厚みのある、深みのある。
言葉にしようとすればいくらでも並べられる。
どうも言語化できない、無理矢理言えば、そう、『ボス』という『迫力』だ。
覚悟を決めた。
なんて陳腐な表現だろうか。
しかし、この鞘姫を表現するうえで、それ以上は必要ない。
圧倒的な迫力が、圧力を伴い、強烈な説得力を発揮する。
「ですが、戦わなければ守れないものもあるのでしょう」
刀を握る。
なんと、強い演技か。
「ならば刀を抜きましょう。合戦です」
湧き上がる渋谷クラスタ。
刀を手に、攻め込んでくる新宿クラスタを迎え撃つために。
「よーし! ぼくも頑張るぞ! 新宿から、盟刀を手に入れてやる!」
白蘭も元気そうだ。
鞘姫はそれをチラッと見て……その後、匁を見る。
匁は、ため息を押し殺したように、フード越しに頭をガリガリとかいて……。
「白蘭。腹が減っては戦はできませんよ。『いなり寿司』と『きつねうどん』ならたくさん作ってますから、まずは腹ごしらえです」
「おおおおっ!」
感動している様子の白蘭と、そんな彼を連れて移動する匁。
この劇中で既出設定の『匁は白蘭の教育係』という要素が、二人の距離の近さと、親密さをブーストし、良い雰囲気を出している。
……当然、このシーンの前に、新宿クラスタの方でも、ブレイド、つるぎ、キザミの三人による決意を固めるシーンはしっかり描かれている。
主人公側である新宿クラスタ。
敵側である渋谷クラスタ。
誰一人として、悪い奴などいない。
争いに導かれる運命のような、どこか息苦しくも、熱い何かを、客席に訴えかける。
★
暗転。
舞台の上が暗くなり、湧き上がっていたステージを冷ますように、静寂が訪れる。
……これには、イグストをプレイしている者も驚く。
こんなシーンは、原作にもアニメにも、ゲームにもない。
そんな中、白蘭の舌足らずな声が聞こえた。
「むにゃぁ……んっ、んん……あれ、寝すぎちゃった? ……え、ええっ! ここどこ!?」
ステージが照らされる。
そこに映るのは、真夜中の森だ。
白蘭は起き上がり……傍に置いてあった自身の刀を拾うと、辺りを見渡す。
「こ、ここって……屋敷近くの森? でも、どうして……」
キョロキョロと、意味が分からないと言った様子で辺りを見渡す白蘭。
そんな彼のもとに……。
「妙な予感がして来てみたら……やっぱり君は、普通とは違いますね」
「え、も、
フードを被り、どこかおどおどした様子の剣主、匁が現れる。
「も、匁。一体どういう事? どうしてぼく、こんなところで……」
「君が食べたものに睡眠薬を入れました。そして眠った君を、ここに運んでもらったんです」
「そ、そんな……どうして!」
戦いの場に向かう前に、睡眠薬を入れる。
意味が分からない。
白蘭には、わからない。
「鞘姫は、覚悟を決めました。新宿クラスタと戦うことを。ただ、君が行くことを良しとしなかった」
「どうして! ぼくも剣士だ! 拾ってくれた母上に恩を返すために、盟刀を手に入れてやるんだ!」
「君が、大切な子だからですよ」
「は、母上は――」
「鞘姫だけではなく、僕等全員の意思。君以外の全員が、睡眠薬の保管場所を知っているし、僕が睡眠薬を取り出すところを何人も見ていましたが、誰も止めなかった」
「み、みんなが……」
体が震える白蘭。
「君が渋谷に来てから、いいことばかりだ。皆、表情が明るくなったし……そういえば、食べるのに困ることもなくなった。そして、君は強い。本当なら、鞘姫はボスとして、君を戦場に立たせるのは正しいでしょう」
「それなら……」
「ただ、連れていけない。だからここで、朝まで眠ってもらうことにした。もしも僕等が負けたら屋敷を包囲される。戻る必要がないように、刀も一緒にね」
「ぼ、ぼくは……」
「ただ、相当入れたはずなんですが、まさか起きるとは……確認に来てよかった」
匁は、盟刀を抜いた。
「!」
「朝まで眠ってもらいますよ。そのために、僕はここに来た」
刀を構える匁に対して、白蘭も二刀を構える。
「君がどうしても戦いの場に行きたいなら、僕を倒すことだ」
「なら……勝ってやる!」
白蘭は、すぐさま突撃。
そのまま、盟刀を構える匁に、連撃を仕掛ける。
しかし、匁は、二刀流で攻める白蘭の攻撃を、易々と受け止める。
……そもそもの、力の差を考えれば。
白蘭よりもキザミの方が強く、そしてキザミよりも匁の方が強い。
単純な比較をするならば、白蘭が匁に勝てる道理はない。
「うおおおおっ!」
「ふぅ、いつもより激しい」
真夜中。
月が綺麗な夜に、白蘭は映える。
白く長い髪が、白い肌が、光を反射してキラキラと輝く。
髪と衣装が揺れて、とても幻想的だ。
幼くも、真剣な顔で、舞うように回り、剣を振る。
「ぐっ、くそっ!」
「君に剣を叩き込んだのは僕ですよ。それじゃあ、僕には勝てない」
キザミ戦では、匁は強者でありながら、キザミの見せ場なので少し『下げて』いた。
だが、目の前にいるのは、真刃が演じる白蘭。
遠慮する必要はない。
匁を演じる鴨志田も、この追加された殺陣のシーンを楽しみにしつつ、『戦場に出るため全力で戦う白蘭』を相手にするため、稽古には本腰を入れた。
ゴリッゴリの和風ファンタジーを現実に描く2.5の舞台。
小さいながらも驚異的な身体能力を持つ真刃の相手は、楽しい。
真刃は白蘭と言う役に超集中状態。
鴨志田も、匁と言う役にどっぷり入り込んでいる。
そんな二人が、月下で繰り広げる戦いは、とても、綺麗だ。
「無駄ですよ。盟刀を持たない君では」
「ぼくの刀は、お父さんとお母さんが遺してくれた形見だ!」
「だからと言って――」
「馬鹿にするな! 匁のことは尊敬してる。鍛えてくれたことは感謝してる。でも……親から剣を貰って、それで戦いたくないなんて……」
大切な師だ。だがしかし……
「そこだけは、大っ嫌いだ!!!」
その宣告に、匁は顔をしかめる。
「ッ! ……言うようになりましたね」
匁は強者ではあるが、それと同時に、親から剣を無理矢理与えられ、戦わなければならなくなった『時代の被害者』だ。
白蘭は両親がクラスタの抗争で亡くなった戦災孤児であり、両親が遺した形見である二本の刀で戦っている。
刀を手にした事情も心情も違う。
だが、親から与えられたという点では同じ。
白蘭は渋谷クラスタが大好きで、匁のことも尊敬しているし感謝している。
しかし、そこだけは。
戦いたくないというその言葉だけは。
白蘭にも認められない。
「うおおおおおあああああああっ!」
「……」
吠える白蘭。
それに対して、冷静な匁。
連撃の一瞬の隙をついて、白蘭の背後に回り……
「シッ」
「あがっ……」
首筋に加減した峰打ちを叩き込む。
数々の連撃を繰り出した白蘭に対し、匁は一撃。
それで、決着はついた。
白蘭は地面に倒れ、刀は手から離れ……気絶している。
「ふぅ……防御力という課題は相変わらずだ」
刀を納める匁。
「戦いの後で僕が生きていたら、守る剣術を仕込んであげますよ」
匁は刀を拾って白蘭の傍に置くと、その場から去っていった。
★
鴨「あの、姫川さん? なんでそんなウズウズしてんの?」
姫「いやぁ……俺も欲しかったなって、板の上に俺と真刃しかいない状態でガチバトル」
鴨「『つるぎ』よりも
真「滲み出てない鴨志田さんの峰打ち、めっちゃ痛かったんだけど。寸止めって言ってたじゃん」
鴨「あー、そこはごめんって」
真「まあそこはいいけど、滲み出てる姫川さんだと、俺、首の骨、折られかねないんだけど」
姫「大丈夫だ。加減する」
真「当てるって言ってるのと同じだからね?」
舞台裏で、そんな会話があったそうな。