場面は、新宿クラスタと渋谷クラスタの合戦に移る。
気絶して参戦していない白蘭を除き、一見、『全員に平等な展開』と言える。
ただ……その中でも突出している存在がいる。
黒川あかねが演じる、『鞘姫』だ。
そこには、有馬かなに勝つために、『役者』として、『黒川あかね』として、積み上げたものや、学んだことが詰め込まれている。
彼女が最も変わるきっかけとなったのは、『今ガチ』だ。
あの恋愛リアリティショーで、多くのことを学んだ。
特に、鷲見ゆきの『自分が目立つように動く』というゲームメイク技術。
全てを騙し、
あの番組の時は、黒川あかねは『アイ』を演じていたが、雰囲気や行動を再現しつつ、少しゲームメイク技術を取り入れただけで、『戦術』と呼べはするが『戦略』というには及ばない。、
それでよかった。
あの場にいた高校生達よりも、アイを演じているだけのあかねが、圧倒的に魅力的だったから。
しかし、今は違う。
『鞘姫』という役を理解し、演じると同時に、有馬への対抗心を増幅……いや、『誇張』を加える。
引き付ける。ではない。
周りを食べてしまうような、主役すら食べるような。
そんな演技だ。
……それこそ。
そう、それこそ、白蘭がいないことも拍車をかけている。
幼さと可憐さがありながらも神秘的。
背徳感を追求したかのような、危険な匂いがするような。
鏡に映った美しい花のような、水に映った美しい月のような。
そんな妖しく、幻想的な存在が居ないからこそ。
今、舞台にある魅力は、全て実態があるからこそ。
周りを食べてしまうような演技は、映える。全てを魅了する。
(ゲームだと、白蘭は合戦に最初から参加していた。ただ……ここで参加しないことによる『バランス』は、凄く良いね)
裏から舞台を見ながら、真刃は内心で呟く。
直前で行われた白蘭VS匁は、ゲームでは存在しない。
いや、仮にあったとしても、気絶するなどという展開にはならず、合戦に最初から出ていただろう。
そもそも白蘭はイグストのオリジナルキャラクターにして、渋谷抗争編のPVを出しただけで超絶人気となったのだ。増やせそうな、割り込めそうな部分には積極的に突っ込んでいる。
だが、舞台は舞台。ゲームはゲーム。
この舞台はゲームをある程度軸とするが、白蘭に忖度するというワケではない。
アビ子もGOAも、全てのキャラクターが大切なのだから。
「……さて、そろそろか」
つるぎが、『受け』に回った。
一瞬、何か奮い立つような『匂い』を真刃は感じたが、自我を捨てたかのように、引いた。
「……はぁ、なんていうか、『つるぎ』のファンには申し訳ないね」
鞘姫、刀鬼、つるぎが舞台裏に引っ込む。
主要キャラではないが、それでもまだ、戦っている人はいる。
そして……主役が、ブレイドが、残っている。
「……やろうか。姫川さん」
二刀を握って、真刃は……白蘭は出る。
★
「はぁ、はぁ、やっと、やっと追いついた」
「……」
舞台に上がる白蘭。
息を切らし、肩を揺らし、二刀をしっかり握って、ブレイドの前に立つ。
「……そうか、キザミが言ってたのはお前か」
「ぼくも、お前を知ってるぞ! 新宿クラスタのリーダー。ブレイドだな!」
切っ先を向けて、ブレイドの名を叫ぶ白蘭。
その眼に宿るのは、置いて行かれたことに対する『焦り』だろうか。
強ければ、戦場に立てる。
戦場に立つことができれば、盟刀を奪うことができる。
そうすれば、鞘姫への恩返しができる。
……白蘭が戦う目的は、いつもそれだけ。
戦災孤児となった自分を拾ってくれた鞘姫に恩を返すために、渋谷以外から名刀を奪う。
ただ、それだけ。
「お前を倒して、盟刀を貰う!」
「……そういえば、森に置いてきたってアイツらが言ってたが、どうしてここに?」
「起きた!」
「……そうかよ」
呆れるブレイドを前に二刀を構える白蘭。
それに対しブレイドは……盟刀を構えているが、あまり本腰な印象はない。
「行くよ。ブレイド」
ブレイドは何も言わず、左手でクイクイと招く。
次の瞬間、白蘭は突撃。
そのまま、二本の刀で攻めていく。
白蘭を演じる真刃の方が、演技の中で白蘭を演じるという事に対して理解が追い付いており、その殺陣も精錬されている。
長い白髪と、衣装を揺らして、スポットライトと合わせて華やかさを演出する。
揺らすために、動きは大振りだ。
しかし、自分を大きく魅せるためのものではない。
大きい動きだが、無駄な動きが一切ない。
空気を押しのけながら動くのではなく、スー……っと流れるような演技。
恐ろしいほど綺麗で美しい。
ブレイドはそんな白蘭を、あしらうような剣技で翻弄し、一度もその身に受けることはない。
……ただ、この場面において、そもそも白蘭がブレイドをどうにかすることなど、出来はしない。
仲間を集め、そして合戦の地だ。
主人公であり、とてつもなく脂の乗った時期であり、それを、盟刀すら持たない子供がどうにかできるものではない。
「くっそぉ。全然、当たらない」
「どうした。その程度か?」
煽るブレイド。
そこに熱意はない。
……この時点で、ブレイドは、白蘭を戦士として見ていない。
天才『剣士』ではある。剣を振るう者として、確かな実力がある。
しかし、『戦士』ではない。
剣は、焦燥ではなく、殺意を持って振るう物。
盟刀の争奪戦の中で、決闘で相手を殺すこともある。
そんな時代に、『焦燥』で剣を振るうなど、戦士ではない。
加えて。
ここまでの流れで、渋谷クラスタという組織が、どれほど白蘭に愛情を注いでいるかが分かるからだ。
「母上のために、お前に勝つんだ!」
「……鞘姫のため。か」
「そうだ! クラスタの争いで両親を失ったぼくを、母上は拾ってくれた。その恩に報いるために、盟刀を手に――」
「違うと思うぜ」
「えっ……」
本当に驚いたような顔をする白蘭。
そう……これは『アドリブ』だ。
脚本では、『盟刀を手に入れる!』と言い切って、それでブレイドに突撃するが、敵わず負ける。
立てはするが、全力は出し切れない。この舞台だと脇役となるキャラクターで十分抑え込める戦闘力まで落として、『刀鬼VSブレイド』につながる。
「ただ、なんとなく生きてるだけで、人を幸せにしてることだってある。確かにお前の剣の腕はすげえけど、剣を握ってる時と握ってない時、どっちの方が、周りが笑顔なんだ?」
「そ、それは……」
真刃はそこまでゲーム映像を見てないので内心では『知らんわ!』と絶叫中である。
第一、ゲームはシナリオなんてただの立ち絵なのだ。周囲の人間の表情なんぞ分かるか! というのが本音だろう。
「俺はこの國を盗る。その野望のために戦う。誰かのためじゃねえ。自分のために剣を振れよ」
「ぐっ……」
「お前は……なんだ?」
ニヤッと笑いながら煽るブレイド。
「ぼ、ぼくは……」
白蘭は、覚悟を決めた顔つきで、二刀を構える。
「ぼくは白蘭! 渋谷クラスタ所属の。戦士だ!」
「いいねぇ。良い面構えだ。なら、ちょっと本気で相手してやるよ!」
ブレイドは良い笑みを浮かべて、盟刀・風丸を構えた。
……舞台の面々は思った。
((((コイツ、真刃とガチでやりたいからって、
間違いない。
そもそもこの白蘭VSブレイドというマッチングだが、ブレイドは彼をあしらう剣術で戦っている。
ただ、それだと姫川が面白くない。
完全に私情。
真刃とガチでやりたいという、ただそれだけのために。
姫川は引っ掻き回した。
「うおおおおおっ!」
「うあああああっ!」
吠えながら接近する二人。
……別に、本気になったからと言って、演技のスタイルが変わるわけではない。
ブレイドは熱く燃えるような演技。
白蘭は怪しい月光のような演技。
ここまでキャラを理解し、掘り下げ、体に叩き込んできたそれが変わることはない。
ただ、『お互いに前のめりになる』というだけ。
しかし。
そう、しかしだ。
そもそもこの場面は『熱い衝突』ではない。
なんと、動きは完全アドリブ。
スポットライトを当てる照明担当に真正面から喧嘩を売るような、そんな激しく、妖しい、そんな動きだ。
というより、真刃はある程度、『盟刀を手に入れる』と言い切ったあとの展開や動きに持っていこうとするが、姫川の方がそれをあらかじめ防いで、『苛烈』な方に持っていく。
真刃も一端の役者であり、その『意図』は理解できる。
(マジで知らんからな!)
(後で俺と一緒に頭下げてくれ)
(なんで俺もなんだよ! 一人で下げに行けや!)
(お前も楽しそうだろうが。お互い様だろ)
(はっはー! 言うようになったな演技ができるだけのポンコツめぇ!)
まあ、内心で大笑いしている辺り、同類も同類。
そう、要するに。
『危険なものを曝け出すような芝居は、楽しい』
少なくとも、姫川と真刃にとって、芝居とは、そういうものだ。
展開に茶々を入れたとしても、『その後』に変化はない。
「十分楽しめたが……そろそろ仕舞いだ」
「えっ」
「ふっ!」
「おぐっ!」
足を振り上げるブレイド。
それは、白蘭を正面からとらえて、彼を蹴り飛ばした。
ゴロゴロと転がって、白蘭は地面に倒れる。
「ぐっ、くそぉ……」
そのまま立ち上がろうとするが、かなりフラフラだ。
「これくらいで勘弁してやるよ」
ブレイドはそう言って、舞台裏に引っ込んでいった。
「ま、待てっ、うわっ!」
この舞台だと脇役。
そういうキャラが割り込んできて、白蘭を抑え込む。
白蘭は盟刀持ちにこそ後れを取るが、それ以外のメンツなら余裕で勝てるほどの実力者だ。
しかし、万全ではない状態で戦えるような、そこまでの経験はない。
『精彩を欠いた動き』の演技に移行し、白蘭もまた、剣を振った。