嘘の匂い。金の匂い。   作:レルクス

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第24話 そして、幕は降りる。

「ふう、楽しかった」

「アンタねぇ……」

 

 白蘭を『あしらう剣術』ではなく、『やる気のある剣術』で勝つ。

 

 姫川としては、舞台の上で真刃を相手にするのに『手加減』などやってられないので『めちゃくちゃやってやるか』と言ったノリで突っ込んだアドリブだ。

 

 彼個人としては大満足。

 

 しかし……そう、『自己主張が強すぎた結果、仕事を亡くした元天才子役』である有馬は、思うところがある。

 

 もちろん、劇団ララライの看板役者として、抜群の実績がある姫川がやる分には、それで構わない。

 

 真刃も楽しそうだったし、アドリブに応えられるという想定があったからこそ姫川もめちゃくちゃやったわけで、『大きな問題がない』のは事実。

 

「さてと……」

 

 エアメガネをしながら台本を確認し始める姫川。

 

「そういえば、さっきのシーン、乗るべきだったんじゃないのか?」

「……」

 

 有馬としては、モヤっとする場所を突かれた。

 

 受けが上手い。

 

 それが、有馬が編み出したこの業界を生き残る方法だ。

 

 もちろん、自分でやっておきながら、思うところはある。

 

「……アンタは自分が主役って演技するし、黒川あかねも主役食ってやるって演技するし。真刃だって、脇役って言えば脇役だけど、全部引きずり込むような……いや違うわね。思わず手を伸ばしたくなるような演技してる」

 

 思うところはあるが、それを抑え込むのが、今の、彼女のやり方だ。

 

「皆が好き勝手やったら舞台は纏まんないでしょ。一人くらいは調整役やらないと」

「……ふぅん」

「ところで何してんの?」

 

 眼鏡をかけずに手で持って、台本を覗く。

 

 すごく、奇妙ではある。

 

「台本読みたくてメガネかけようとしたらメイクさんに『メイク取れちゃう!!』って言われてエアメガネしてる」

「当然でしょうに……コンタクトしてないの?」

「うん」

「しなさいよ相手の演技見えないでしょ」

「動きは大体見えるから良い」

「いやいやそれじゃ表情とか」

「表情って見る必要あるか? 遠い席の人はそもそも表情なんて見えないだろう。俺は客に見えてない者を前提に演技しない。だったら最初から表情なんて見えない方が良いってのか俺の考え」

 

 手袋を直しつつ……。

 

役者同士は動きだけで語り合える

 

 それが、姫川の主張。

 

「……と、月影に言ったら、『近い席に座るために頑張って予約した人もいるんだから、コンタクトくらいしたら』って言われたけど」

「そりゃそうよ。コンタクトしないのはやりすぎ」

「でも怖いし」

「そっちが本音でしょ」

 

 有馬は『一流の人間は総じてどこかしら変なのよね』と、自分のことを棚に上げて思っていた。

 

 いや、有馬は『変』というより、『めんどくさい』の方が近いかもしれないが。

 

「で……なんで今更台本チェック?」

「月影と黒川がノッててこのままだと舞台の雰囲気が渋谷クラスタに食われるからな。ここのシーンアドリブ入れるぞ」

「えーっ……そういうのはもっと事前に……」

「お前ならどんなアドリブだろうと合わせられるだろ?」

「私を誰だと思ってるの?」

 

 負けず嫌い。

 煽られたら、そりゃ応えるしかない。

 

 ★

 

 主要キャラが舞台に上がってくる。

 

 ただ、そこでは、そんじょそこらの戦士に抑え込まれている白蘭がいるわけだ。

 

 鞘姫としては『強烈に思うところがある』わけだが、そこは、匁に『ヤバそうになったら直ぐに手を出しに行け』と視線を送り、匁は『わかりましたよ……』と言った様子でうなずく。

 

 そんな流れがありつつも、匁は『どうしてここに……』となったわけだが、まあ仕方がない。白蘭が思ったより頑丈と言うだけの話だ。

 

 脚本は、ブレイドVS刀鬼。

 

「さあ語ろうぜ。俺達の刃でよ」

 

 アクアとしては、思う部分のある相手だ。

 姫川大輝。『劇団ララライ』の看板役者。

 

 一つ一つの所作に感情が乗っている。

 

 まるで情報量の塊。

 

 これが、感情演技。

 

 ――ほら、どうした

 ――楽しもうぜ

 

 ――悪いけど

 ――役者として格上の相手と同じ土俵で戦うつもりはない。

 

 苛烈に攻めるブレイドに対し、刀鬼は上手く流す。

 

「ほう、無感情、対比構造ですか」

 

 みたのりおが、アクアの演技につぶやく。

 

「対比?」

「感情をむき出しにする姫川に対し、アクアくんは感情を押し殺した演技をすることで、どちらが良い悪いの比較じゃなくなっているんですよ」

 

 合戦の場であり、お互いに譲れない者があるのは間違いない。

 しかし、そこでどのようにふるまうかは、『役者次第』だ。

 

「姫川が熱い炎の様な演技をすればするほど、アクアくんの冷たい氷の様な演技が際立つ。頭の良いカウンターですよ」

「ふーん……じゃあ、真刃君はどうなの?」

「姫川が熱い炎のような演技。それは変わらず、そうですねぇ……『妖しい月光』とでもいう演技。言い換えれば、『静かな演技』でしょうかね」

「『静かな演技』?」

「白蘭と言うキャラクターは感情を表に出す。しかしブレイドの様な『炎』ではない。『月光』と言うべきでしょう。アクアくんが『冷たい演技』は、直前の『静かな演技』によって棲み分けがされている」

 

 みたのりおは、自分で話しつつ情報をまとめて、頷く。

 

「ですが、姫川はそんな簡単に対処できる役者じゃないですよ」

 

 ――つまんねえな

 ――もっと楽しもうぜ

 

 メラメラと燃えるような、炎の演技。

 

 ただ……そろそろだ。

 

(そろそろ例のアドリブ入れるシーンだけど、いつ来るの?)

 

 姫川の様子を伺いつつ、有馬は立ち位置を調整している。

 

 そんな有馬の背後から、何も知らないあかねが剣を振り上げ……。

 

「避けろ『つるぎ』!!」

 

 剣をキイイン。と音を立てて弾きつつ、ブレイドが有馬を押しのけて……有馬はアクアのもとへ!

 

 あかねは『あれぇ?』と驚き、真刃も『何してんのあの人!』と言った表情。

 

 有馬も『アドリブってこっちに全振りかい!!』と、ちょっとイラっとしている。

 

(アクア! 私が上手く繋げるから合わせなさ……むぐっ!)

 

 有馬の口をアクアが抑える。

 

「女。遊んでる場合か?」

 

 アクアが『丁度いい』とばかりにセリフを口にする。

 

「命を賭して死に合うのは男だけで良い。男に守られなければ戦場に立てないようならば、今すぐこの場を去れ」

「わっ、私は戦える!!」

「こんなに柔らかい体をしてか? もう少し鍛えたらどうだ」

「ちょっ、あんた! 乙女の魅惑ボデーになにすった!」

 

 やり取りを見ていて、真刃は『有馬先輩。セリフの組み立てかた上手過ぎぃ!』と頬が引きつりそうになっていた。

 

「お前は女だという事だ。男は女を命を賭して守るものなのだろう。俺は絶対に負けるわけにはいかないのだ」

 

 ここで台本に合流。

 

 後々長い因縁になる『つるぎ』と『刀鬼』の初会話シーンに綺麗につながった。

 

 ……まあ、ゲーム版だと、ちょっと扱いは異なるが。

 

 そもそもゲームディレクターは『刀×鞘』推しなので。

 それに、刀鬼とつるぎがくっつき始めたら、白蘭が『刀鬼が浮気してるううっ!』と興奮するので。

 

 ……そう、否定でも驚愕でもない。興奮である。まあそれはそれだ。

 

(アクア君も上手いねぇ。すごいや)

 

 姫川といい、アクアといい。

 

 この舞台は、人を引っ掻き回すのが得意な連中が多い。

 

 ここまでお膳立てされて、何も思わない人間はいない。

 

 少なくとも、有馬かなは、ここまでされて抑え込めるほど、おとなしくはない。

 

 

 そして、この舞台に、

 

 

 

『太陽が昇る』

 

 

(っ!!!! ……うわ、すごっ、これ、俺も溶ける!)

 

 真刃も驚愕した。

 

 有馬かなが演じる『つるぎ』

 

 とても楽しそうで。

 

 とても輝いている。

 

 紛れもなく、彼女が、一番だ。

 

 姫川の熱く燃えるような演技も。

 あかねの周りを食べてしまうような演技も。

 アクアの冷たい氷のような演技も。

 真刃の妖しい月光の様な演技も。

 

 関係ない。

 全部、関係ない。

 

 圧倒的な、絶対的な光を放つ、太陽のような演技で、全てを照らす!

 

「……そうだったね」

 

 客席で、思わず、鏑木がつぶやく。

 

「商業的に分かりやすい泣き演技がクローズアップされがちだったけど、有馬かなはこういう演技で一世を風靡した」

 

 泣き演技。

 それができることもまた、確かに優れている。

 

 だが、それだけで。

 それだけで『天才子役』を名乗れるほど、この業界は甘くない。

 

 誰も表現できなかっただけ。

 彼女の輝きに、名前を付けることができなかっただけ。

 

 泣き演技など、有馬の演技の一端に過ぎない。

 

「目を焼く程にまばゆい太陽の様な、巨星(スター)の演技。今まで便利な役者だから使っていたけど……枯れていなかったのか。わからないものだね」

 

 そう、これが。

 

 これが見たかった。

 そう、誰もが、強く願った。

 

 ――ほら、見たかったんでしょ私の演技。

 

 

――もっと私を見て!!!

 

(あー。これは……)

(かなちゃん! かなちゃん! 有馬かな!!)

(呑まれちゃったねぇ……)

 

 真刃はあかねの表情をチラッと見て、全てを察した。

 

 

 

 そう、あかねは。

 

 こんな、有馬に。

 

(勝ちたかったな。私は……)

 

 剣を弾かれ、刀鬼の身に、ブレイドの太刀が迫る。

 

 それを庇うように、鞘姫が出て……斬られて、倒れた。

 

「うあああああああっ! ど、どいて、そこをどいてよ! 母上が、母上があああっ!」

 

 絶叫する白蘭。

 

 自分を拾ってくれた鞘姫に、盟刀を渡す。

 

 そのために剣を握ってきた白蘭にとって、『重傷を負った鞘姫』というのは、あまりにも刺激が強すぎる。

 

 そして……。

 

「お前は、いい加減にしろ!」

「うわっ!」

 

 剣を弾かれ、手から離れる。

 

 ……盟刀も持たず、ダメージを負って精彩を欠き、そして不安定な精神でどうにかなるほど、戦場は甘くない。

 

 そのまま蹴り倒されて、立ち上がれなくなる。

 

 しかし、それは、子供の話だ。

 

「刀を抜け。女を斬られて、黙って引き下がるのか」

 

 ブレイドは刀鬼に問い掛ける。

 

「もういい」

 

 鞘姫の傍で……。

 

「俺は鞘姫の為に戦っていた。鞘姫を守れなかった今となっては、戦う理由がない」

「……それだけか? あるんじゃねぇのか? お前の中にも――」

 

 刀鬼も白蘭も、戦うのは鞘姫の為。

 

 そう、ボスとして、渋谷にいる戦士たちをまとめ上げる存在として、鞘姫はとても大きな存在だ。

 

 それがよくわかるシーンであり……。

 

 一人の戦士を、怒りと悲しみで塗りつぶす。

 

「うおおおおおっ!」

 

 剣を手に、激昂する刀鬼。

 

 救えなかった。

 

 助けられなかった。

 

 そんな母の姿が、目に焼き付いて離れな――いや、アクアが逃がさない。

 

 苦しい。

 辛い。

 

 懺悔が自分の心を焼く。

 後悔が自分の心を塗りつぶす。

 

 だが、それでいい。

 

 アクアにとって……。

 

 ――そこを退け。姫川大輝。

 ――有馬かな

 ――黒川あかね

 ――月影真刃

 

 ――お前らを下して、俺はこの業界から『評価』を手にする。

 ――他は何も要らない。

 

 ――俺にとって演じることは復讐だ。

 

 ★

 

 主人公に、勝てはしない。

 

 どれだけ怒ろうと、悲しかろうと、それは実力になりはしない。

 

 刀鬼は、負けた。

 

「戦いは終わりだ。けが人は医者に連れてけ!」

 

 ブレイドが太刀を掲げて宣言する。

 

「遅いよ。失血が多すぎる。鞘姫は助からない」

 

 匁は呟く。

 

「うっ、うああぁ、ははうえぇ……」

 

 顔を手で覆って、白蘭も唸る。

 

「……まだ、この子の剣は傷移しの鞘。自分が負った傷を配下に移し替える事の出来る支配者の力。それをこの子は、仲間の傷を自分に移し替える事に使っていた」

「!」

「心当たりはあるでしょう。私にもあるのよ。戦いが終わって身体のどこも痛くないのは初めて。敵にここまで情けを駆けられたのは初めてなのよ」

「もしかしてはじめからこうして戦いを治めるつもりで……」

「まったく……この鞘の本当の使い方は」

「こういう事だろ!!」

 

 ブレイドとつるぎが、傷移しの鞘の力を使う。

 

 それと同時に、鞘姫の傷がなくなっていき、ブレイドとつるぎが傷ついていく。

 

 鞘姫の傷が、癒えていく。

 

 

 白蘭……いや、真刃の脳裏によぎる。

 

 失いたくなかった。

 

 普通に、ありふれた日常を。

 

 そこで注いでくれる母の愛を。

 

 普通の家族だったからこそ得られた、打算のない。普通の愛情。

 

 あの拳銃が全てを奪い、もうこんな思いをしないために、道を選んだ。

 

 だが、その歩みのために、心がボロボロになることは多かった。

 

 十も生きていない子供の、論理も理屈もない言葉。それで、組織の方針を弄ろうなどと、認めてくれない。

 

 どれほど罵詈雑言が降ってきたか。

 どれほど門前払いがあったか。

 どれほど引きずり出されたか。

 

 前世から何も引き継げず、強くなっていない心が、どれほど砕けそうになったか。

 

 

 どれほど、『普通に戻りたい』と願っただろう。

 どれほど……月影朝子の、元気な姿を、望んだだろう。

 

「うあああああああああっ! 母上えええええええええええっ!!!」

 

 そんな、かなうはずのない夢を……。

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