嘘の匂い。金の匂い。   作:レルクス

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第3話 『今ガチ』の推移と現状

「ちょっと煽りすぎたかな。有馬先輩の加入まで速すぎない?」

「まあ、『このままじゃいじめられる』って焦ってたのは事実だ」

「そりゃ悪かったね。ただ、ルビーと有馬先輩だと導線がねぇ……アクア君。フリーのインフルエンサーに知り合いとかいないの?」

「いたらすでに話しかけてる」

「だろうね。君はそう言うタイプだ」

 

 自宅で苺プロダクションのホームページを見ている真刃は、アクアと電話している。

 

 Tシャツに短パンと、白い肌がかなり見えており、だらしなさと儚さが同居する不思議なものになっている。

 しかし、ロリ顔を楽しい笑みで歪ませているので、それでプラマイゼロと言ったところか。

 

「まあでも、苺プロは配信者を抱えてるところだし、コラボでもやればそっちから引っ張れるか」

「……ああ」

「歯切れ悪いな。筋肉ひよこの匂いがしてきたけど、深く突っ込まないでおこうか?」

「……知ってるのか?」

「あの体に仕上げるためにお金を出したのは事実さ。まあ、あんな汗臭い金の匂いは初めてだよ」

 

 ははは、と乾いた笑い声が出る真刃。

 

 彼の金の出す先は基本的に直感で判断しており、そこにロジックはない。

 

 そのため、匂いがするなら、自分の思惑はともかくカネは出す。そういう自分ルールだ。

 

 そしてロジックがなく、経営も政治もないゆえに、金を出す際に思わぬ衝撃に見舞われることもある。

 

 筋肉ひよこは、それはまあ、すごい。

 

「話を変えよう。そういえば『今ガチ』に出るんだってね」

 

 『今からガチ恋♡はじめます』という番組がある。

 鏑木Pが良い感じの高校生を呼んでイチャコラさせる番組だ(偏見)。

 

「ルビーちゃんは大丈夫? 兄が恋愛番組って……」

「……『超複雑』以外の感情はないだろ」

 

 自分が出る番組ではあるが、どこか客観的だ。

 

 アクアの目的を考えるならそれも当然といえば当然。

 

 別に役者として売れたいわけではなく、芸能界で伝手やコネを広げて、『本人に接触する』ことが目的であり、芸能活動は手段でしかない。

 

 必要だから番組に出る。ということなのだろう。

 

「ですよね~……確かに気まずいわ」

「あと、真刃は今回も出してるんだな」

「ん~……そうだね。鏑木さんとはちょっと付き合い長くてさ」

「付き合いが長い。か……真刃も、何かの番組に誘われたりしないのか?」

 

 真刃は芸能事務所に所属していないし、芸能人になる気はないだろう。

 

 ただ、莫大な金を持っている真刃は、税理士も弁護士も自由自在であり、なんなら芸能事務所を立ち上げるのもたやすいだろう。

 

 芸能人としての立場も、選択肢にできないわけではない。

 

「誘われるねぇ。まあこういう外見だからさ」

「ちょっと身長が高い小6でも通じそうだからな」

「やかましいわ! 身長は155センチで体重43キロだからマジで小学生みたいな軽さだけどな!」

「自虐に困らないな。いや軽すぎだろ。ちょっと平均データ見たけど、155センチって中学二年か? その時の平均がほぼ48キロだぞ」

「がふっ……」

 

 余計な自爆をした真刃。

 

 正直、普段の調子なら、『自虐に困らないとかお前が言うな!』と『アクアマリン連呼』しているだろうが、データまで言われて何か変なものが刺さった様子。

 

「ぐぎぎ、鏑木さんが子供のランドセルを買うからって連れていかれたことを思い出したぜ」

「乗るお前もお前だろ」

「そりゃそうだ……で、何の話だったっけ?」

「俺が今ガチに出る」

「まあとりあえずそこまで戻ろうか。しかし大丈夫? アクア君、中身がおっさん臭いけど、若者特有の会話ってダルいと思うよ?」

「……まあ、そこは上手くやる」

「さいで。まあ頑張ってな」

 

 へらへら笑う真刃。

 

「……真刃はあまり、スポンサーって感じがしないな」

「まあ普通のスポンサーとは、金の考え方が違うからね。別に金を出したところが失敗したって、大した収益がなくたって、僕は別に気にしない。でもさ。番組に出る人にはわかんないからね」

「俺も聞いていてよくわからない」

「でしょ? それに僕が金を出した時、そのプロジェクトの中で一番金を出す金額が大きいことも多々あるから、委縮させることも少なくない」

「……」

「付き合いがある事務所のお金関係の人とかは、僕のことがわかってる人が多いし、鏑木さんもその一人だね」

「初対面の交渉人を委縮させないために、普段から元気に茶番をやってるってことか」

「大体、そんな感じさ」

「……」

「まあお金なんて、困ったらベガスから引っこ抜けばいいからさ」

「ラスベガスを財布呼ばわりって……出禁にならないのか?」

「ならない境界線をかぎ分けるのも得意なんだよねこれが」

「……お金に関しては本当に無敵だな」

「そういうことさ。アクア君も欲しかったらいいな」

 

 ニヤッと笑って……。

 

「DNAを調べてもらうのは金がかかるからね」

 

 そういって通話を切った。

 

 電話の向こうでアクアが妙な表情になっていることは想像に難くない。

 

「フフッ、さーて、メールを処理しとかないと……」

 

 傍に置いてあったメガネをかけて、パソコンを開き、メールを見ていく。

 

「……ふーむ……はぁ、商品をどう作って紹介するか。そのあたりの匂いははっきりしてるしわかりやすい。僕のいうことを聞く人も多い。ただ……芸能界っていうのは魔物が住んでるねぇ。まったく」

 

 ふああ……と欠伸をしてメールを返信する真刃は、つまらなさそうな目でそう言った。

 

 ★

 

 ……で。

 

『めっちゃ緊張するわ~。みんなよろしくね!』

「「いや、誰!!」」

「あひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 真刃は苺プロの事務所で、『今ガチ』を見ていた。

 

 横には有馬とルビーが絶叫し、少し離れたところでミヤコが『そりゃそうなるよなぁ』と言った表情をしている。

 

 そして真刃は大笑いしていた。

 

 役者の仕事というのは『自分以外になること』であり、アクアも役作りのスキルは高い。

 

 で、演じた自分以外が、『自分』と離れる場合、その自分を知る人間からは『キモい』という感情を持たれがちだ。

 

 今のアクアのように。

 

「キャラ作りすぎでしょ! お兄ちゃん陰のオーラ発してる闇系じゃない!」

「メディア用とはいえ作りすぎ!」

「キラキラアクア君は初めて見るね。これはちゃんと保管しておかないと」

 

 もうボロカスである。

 そして言いたい放題の三人の内、一番ひどいのは真刃である。

 

『ええ~かっこぃ~っ。役者さんってあこがれるぅ』

「あーあ、お兄ちゃんこういうぶりっこタイプに厳しいからなぁ。この子はないなぁ」

『MEMちょも可愛いね。めっちゃ照れる……』

 「「は? 死ね」」

「横にいるアイドル二人から純粋な殺意を感じる」

 

 寒気がするほどハイライトが消えた目で死ね宣告は隣で聞いていて心臓に悪い。

 

「なんだあいつ……私には可愛いなんて勧誘の時しか言わなかったくせに……」

「女に囲まれてうかれてんな……帰ったら説教だわ。結局お兄ちゃんもオスなんだね」

「チョロそうなメスみつけたらすぐコレだよ」

「みやえもん。そろそろ止めましょう。オタクの事務所のアイドルがめっちゃ黒いです」

 

 場を引っ掻き回す茶番を普段からしているタイプの真刃では止められない。

 

「二人とも、これメディア用だから落ち着いて」

 

 というわけで、ミヤコさんも止めるハメに。

 

「そうしないと番組が成り立たないでしょ? 身近な男が女にデレデレしてる所見ると腹立つのは分かるけれどね」

「俺は苺プロに結構金を出しててミヤコさんとも付き合い長いけど、俺が誰かとデレデレしてたら腹立ちます?」

「怒りより驚愕ね」

「なるほど」

 

 男性ホルモンが全く足りない体である真刃。

 

 付き合うというか、仮に付き合ったとして、どんなふうになるのかよくわからない。

 

 『男の娘』というカテゴリに一定の需要があるのは間違いないが、恋愛までいくか? と言われるとかなりマニアックなゾーンだ。

 

「はぁ、アクアも役者。そういう男を演じる気持ちでそこにいるんじゃないかしら」

「演技……」

「わかってるけど。これ最後本当に告白して、恋人になったりするんですよね」

「そうね。形式だけでもそこの筋は通すことになるでしょうね」

「告白成功したらキスとかするんでしょ」

「まぁ定番ね」

「……こんな番組。なんで受けたんだろ……」

 

 有馬としては思うところしかないだろう。

 好意を寄せているのだから、そりゃそうなる。

 

「でも……貴女だって女優を続けるなら、いずれキスシーンとかも求められる。ここを割り切るのも仕事の内。この業界でガチガチの貞操観念持ったままだと後々つらいわよー」

「わかってるけどさ……」

「慣れないことをさせられるケースなんてこの業界だと珍しくないでしょ。まあ、いろいろ俺も紆余曲折の末に女子中学生の制服着て写真撮ったことがあるし」

「はっ!?」

「ちなみにその時の写真がこれ」

「「ぶふっ!」」

 

 スマホを取り出して写真を見せる。

 

 そこには、女子中学生の制服……しかもスカートはミニを改造してもっと短くしている。

 

 オマケにローアングルだ。下着が見えるかどうかのギリギリを責めているアングルだ。

 

「何をどうしたらこんなの撮んのよ」

「言ったでしょ? 紆余曲折って。この業界はいろいろあるからね」

「……」

「まあ、今のアクア君の心境はともかくとして。だけどね」

 

 多分思っているはずだ。

 

 端的に言えば、『ダルぅ』と。

 

 ★

 

 ドラマは進むが、それは収録と編集の積み重ねである。

 

 よくあるフィクションのように、一日で大幅に何かが進んだりはしない。

 

 収録は週一回。

 進んでいくドラマの合間の学業で、真刃はアクアとよく絡む。

 

「アクア君が出てるシーン見てるけど、なんかやり過ごそうって感じに見えるね」

「わかってただろ?」

「ま、そうだね。アクア君が出てる理由は目的のための手段だし」

 

 学校の敷地内のベンチで弁当を手に話す。

 

 教室で食べることも多いし、そもそも真刃は授業以外はメールの確認と返信に追われることが多いので、言うほど話すタイミングは多くない。

 

 ただ……思うところがあれば、多少はメールの返信をサボってでも……より正確には、『サボっても大丈夫な匂い』があれば、普通に喋ることもある。

 

 すでに入学してからそれ相応の日数が経っているので、接し方も固まってきた。

 

 アクアの方も、真刃はメールの返信と確認で忙しいが、『話しかけてきたときは問題ないタイミング』と理解している。

 

「しかしアレだね。兄が恋愛番組出てる間に、妹がブートダンスとは……」

「一時間やってたな。驚いた」

「ん? なんかその内容までちゃんと知ってるっぽいね」

「字幕付けたのは俺だ」

「なーるほど……」

「そっちこそ、妙な雰囲気を出してどうした?」

「いやー。一時間ばっちり踊ってたじゃん」

「ああ」

「撮影が終わった後、『死屍累々だね』って言ったらさ。まあ有馬先輩に煽られてねぇ」

「で、やったのか」

「そうさ。体の貧弱さを五分で証明した残骸が一体出来上がったよ」

 

 体の大きさは、保有できるエネルギー量に直結する。

 

 ちょっと大きい小学生。レベルの体格しかない真刃では、ダウンも速い。

 

「その後、有馬先輩に煽られまくったわけで、オマケに残骸になって白目向いてる俺が記録されたという出来事があったわけさ」

「……体張るんだな」

「有馬先輩は冗談になるレベルで煽ってるときに調子が出るタイプだし、この方が向こうも手を出しやすいでしょ」

「そうか」

「このレベルの弱点ならいくらバレたって変わらないからさ。フフッ」

 

 可愛らしい顔で微笑む真刃。

 

 ……とはいえ、疲れたのは事実だろう。

 

「あとアクア君。字幕付ける編集したならわかってると思うけど、まあ二人とも死屍累々で汗だくだったじゃん?」

「そうだな」

「あの筋肉ひよこ。息は乱れてないし汗もほとんど出てないんだけど。どういう体の構造なの?」

「……さあ?」

 

 人間の体って、不思議。

 

「で、今ガチ。見てる範囲だと……モデルさんかな。あの人がゲームメイクをして、上手く中心になってるね」

「そうだな。最初から『やってる』とは思ったけど、うまい人だ」

「そういう人が一人いると、やらせがほとんどない番組なら一気に軸になる。バンドの人も目立ってなかったけど、モデルさんの争奪戦に巻き込んでるね」

「俺もそう見える」

「で、その軸が出来上がってる横で、アクア君と配信者の人がくっついて当たり障りのないことをやってる。ただ……あの女優さん。向いてないね。この番組」

「ああ」

 

 ネットの反応はわかりやすい。

 

 『今ガチ 黒川あかね』で検索すれば、目立っていないということがよくわかる。

 

 なんなら『あかねを降ろして男の新メンバー増やせ』といった意見もあった。

 

 ネットで何かをつぶやく時、基本的には『賛成してほしい』という承認欲求であることが多い。

 

 自分の呟きが、誰かの心を動かした。その事実が欲しい。

 

 いいねボタン一つで、価値が変わる。そういう世界だ。

 

 要するに、一度、『黒川あかね要らなくね?』というコメントが出て、それに『いいね』が付いて、返信も連なると、『黒川あかねが要らないと呟くこと』が、『自分の承認欲求を満たすコンテンツ』に変わる。

 

「……真刃は、アンチコメントとか、どう思うんだ?」

「俺の意見じゃなくて、知り合いの作家の『愚痴』だけど。『書けることが羨ましい』って言ってたね。そういう文章を書けるのも『才能』の一つなんだとさ。なんせ、『作家』っていう、『文章のプロ』なのに、その辺で転がってるような一般人(ドパンピー)に、『文章力で負けてる気がする』から、羨ましいんだと」

「……そういう『捉え方もある』ってことか」

「当然だけど、その作家さんも、アンチコメントを見て傷つかないわけじゃない。だけど、面と向かって言われてるわけじゃないし、それを自分の中にどう落とし込むかってところになる」

「だから、自分の心に届く前に、『相手の才能を認めることで受け入れる』わけか」

「まあ、そういう人もいるってだけさ」

 

 人間は、『許す』という経験を積むことで器を大きくしていく。

 

 そして、『許せない』という感情によって、器の中身を、スキルを高めていく。

 

 コントロールは非常に難しい。

 

 そもそも、『アンチコメントを書けることも才能の一つ』というのも、『普通なら持たない想像力』が必要になる。

 

 それもまた才能であり、誰もが真似できることではない。

 

「ただ、それで解決はしない」

「それと同時に、この世界からアンチコメントが消えるわけじゃない。誰も彼もが、『慣れてない環境』に入る可能性が、『身の丈に合わない環境』に入る可能性がある限りはね」

 

 要するに……。

 

「黒川あかねの才覚を考えるなら、正直こんな番組に出てるような場合じゃないけど、それでも事務所の意向で『慣れてない環境』に入れられた。そんなところかな」

「……」

「ただ、俺は今期の『今ガチ』で一番大きいスポンサーだけど、製作サイドにアレコレいう立場ではない。俺が言い始めたら、誰も前に進めなくなるからね」

「……俺に、何を求めてるんだ?」

「そうだねぇ……」

 

 真刃はアクアの顔を見て、真正面から言った。

 

「誰かが悲鳴を上げたら、直ぐに助けないと手遅れになる。それを、アクア君が『わかっている』と、俺は思ってる」

「……」

「本当にヤバいときは強引に手を突っ込んでくれ。記者が必要なら、俺の伝手も出す」

「……」

「俺はほとんど直感で動いてる。自分の選択に後悔はしないけど、『技術』は持ってない。既に存在するモノの中から、金になりそうなものを選ぶだけ。俺はそういう人間だからさ」

「そうか」

「黒川あかね。彼女に関しては、俺もまだ匂いきれない。でも、君が俺の手を借りたくなった時、手を貸すべきだという匂いはする。だからこんなことを、君に言ってるんだ。まあ報酬は……鏑木さんに、もうちょっとアクア君に優しくするように言っておくよ」

 

 弁当を食べ終わった真刃は、ベンチから降りると、そのまま歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 

『次回予告 ゆきに手を上げてしまったあかねは……』

 

 弱者と敗者の楽園(インターネット)は、燃え上がる。

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