「……炎上中だねぇ。君が言った『金の匂い』っていうのは、今回の炎上は関わってるのかい?」
「さあ?」
夜の高級鮨屋で、真刃は鏑木と話している。
ちなみに、代金は真刃が全額自腹である。
「鏑木さんもなんとなくわかってると思うけど、俺は匂いを辿ってるだけ。その間に何があるのかはわからない。ただ、強い弱い。良い悪いの区別はつく」
「強いっていうのは大金につながる。良いか悪いかは……ルール、モラル両方かい?」
「そうだよ」
「君が金を『多く』出すとき、綺麗なまま企画が終わることが多いし、今回もそうだと、契約書を作るときに思ったよ」
「俺の鼻が狂ったことはない。着地点は『良い物』になるはず」
「……とはいえ、それほどの『金の匂い』を、単なる恋愛番組一つで『強烈な話題性』が発すると考えれば、スキャンダルくらいはないと達成できない。何か、予感はあったんじゃないかな?」
「あるともないともいえない。少なくとも、そこに俺の確信はないね」
真刃は溜息をつくと、マグロを食べて、お茶を飲む。
鏑木から見て、その仕草一つ一つに『高貴』を感じるが、彼が調べた限り、真刃の実の両親は他界しており、そしてそのどちらも、『町工場に勤務する父親と専業主婦』といった情報しかない。
明らかに叩き込まなければできない姿勢だが、それを教育する環境はなかったはず。
不思議には思うが……藪を突いて蛇が出てきたら目も当てられない。
突かず、話を進める。
「とはいえ、もともと悪い匂いはしなかった。ただ、ネットの方は過熱してる。一回、すごい冷水をぶっかけないと、どうしようもないね」
「すごい冷水?」
「俺もそれが何なのかはわかんないよ? 俺に計画を練るスキルはないからね」
「そうだったね」
「ただ……すこし危険だね」
「?」
「いや……あー、俺の感覚の話だから」
「そうかい。なら、聞かないでおくよ」
★
鮨屋から自宅に帰ってきた真刃。
軽く風呂を済ませて、上下黒ジャージでベッドに寝転がる。
眼鏡をかけてスマホを見ながら……
「飯の席でいうことじゃないよなぁ」
そう、呟く。
「『僕』の体から金の匂いがほとんど消えてすぐに、『僕』は刺されて死んだ。黒川あかね。彼女からも匂いが……刺されるとかじゃないな。そんなことを本当にできる大馬鹿野郎なんて、そういない」
スマホには、『今ガチ』に関するコメントがいくつも流れており……。
『終盤で巻き返そうっていう浅ましい必死さが透けて見えて本当にキツい。こんな事起こす前にさっさとOUTで良かった。なんで番組側はこんな女入れたんだ。』
『あかねって誰?お前居たっけ?wwwって感じ』
『この番組至上一番終わってる人間。急に出てきて周りに迷惑かけてあの態度って性格終わってんな。お前が居なきゃみんな幸せ。』
『今ガチみてて一番不快だった。さっさと辞めて。』
『最近今ガチつまんなくなってきたって思ったけど、考えたらお前が出しゃばり始めた時期からでした(笑) 早く消えればいいのにね!』
『女ってお前みたいなやつばっかだよな。義務も果たさず権利ばっか主張して自分の思い通りにならなかったら金切声あげるやつ。マジでキモイ。アイドルってこんなのばっかなんだろうな。』
『底辺アイドルが調子乗ってんじゃねえぞ。』
それはそれは、クソみたいな内容だ。
「人間はいつも承認欲求で動く。あかねが嫌いなんじゃない。あかねを嫌う自分が好き。だから、こうして『正義』のコメントをして、『いいね』を貰おうとしてる」
真刃は投資家として、いろいろなものを眺めてきた。
その中で特に思うのは、人間というのは、醜いものが嫌いなのではなく、醜いものを嫌悪するフリが大好きだということ。
もしそうでないなら、この世に『社会を皮肉った風刺画』など出てこない。それを見て納得などしないはず。
本当に嫌いなら、言葉というナイフではなく、本物のナイフを手に取る。取ってしまう。
それは決して『言いすぎ』ではない。『過言』でもない。
とある投資家の腹をナイフで刺した、あの男のように。
正義を語ってはいたが、彼の場合は正当化に使っていただけで、その中身は『相手が嫌い』が断然強かっただろう。
「人の悪口を言うな。なんて、子供のころに言われるはず。でも、『本当のことを言うのが正しい』って言い訳して、非難する。責め立てる」
スマホをホーム画面にして、メガネを外す。
「……人間らしいな」
そうつぶやいた時、着信音が鳴った。
見ると、『星野アクア』と表示されている。
ワンコールで通話に出る。
「もしもし」
「真刃。大体の事情は把握してるか?」
単刀直入。
アクアは一発目に、それを聞いてきた。
「もちろん」
「……なら、何もできないのか?」
「言ったはずだよ? 俺は匂いを辿って選択していると。正しい選択が匂って来たら、俺はやる」
「なら、放置でいいと?」
「うーん……ああ、アクア君。何か勘違いしてるね」
「?」
真刃は目を閉じて、鼻で息を吸った。
「煽っても、今の俺からは何も出てこないよ。煽ってきて、それに応えるべきって匂った時だけ、反応する」
「……」
「俺だって今回の件で、製作側にもネットの馬鹿共にも腹は立つさ。で、制作側にアレコレ『命令する』ことも、誹謗中傷してるやつを、『全員開示請求』できるくらいの金もある」
「でも、やらないのか」
「ああ。何を思うかと、何をするかは別。自分に課したルールだ」
「例外は――」
「ない」
今期の今ガチで一番大きなスポンサー。それが真刃だ。
要するに……今回、『鷲見ゆきが許している映像』が残っており、番組が隠しているとして、それを無理やり公表させることも出来る。
芸能界の御法度。
そもそも編集権を持っているのが製作側というもので、その裏側を無理やり公表しろというのは、はっきり言って暴論だ。
しかし、金。
その一点において、真刃は無敵であり、その牙城が崩れることはない。
その牙城の前提には、幼いころに自らに課した『ルール』が大前提だ。
「アクア君。高校に入学してから少しばかり経って、俺のことを理解したつもりになってる? 既に俺は、経済界で重要人物扱い。国税庁だって俺を敵にしようと考えてない。それくらいの立場なんだよ」
「……」
「俺を利用するのはいい。だけど、俺を『使える』とは思わないように。そういうのは、俺が嗅ぎ取れる匂いから外れかねない」
「……わかった」
「何が?」
「行動するかどうかがお前次第であっても、言うだけならタダだ。言うだけなら遠慮はしない」
「構わないよ。俺は逃げも隠れもしないさ」
その後も、アクアからはいろいろ言われたが、真刃は基本的に、どこ吹く風。
暖簾に腕押し……ではない。真刃もまた人間であり、言われることに対して思うところはもちろんある。
しかし、それ以上に、自分に課したルールを絶対とする。
……しばらく話した後、通話は終わった。
「……」
真刃はスマホをベッドに放り投げて、ため息をつく。
「すまんなアクア君。俺は、『僕』は、このルールから離れたら、いつも大切な人を失うんだよ」
真刃は近くの棚に近づく。
写真立てを見る。
そこに映るのは、幼い、五歳くらいの真刃と、彼の両親。
ただ……そこに映る真刃は、間違いなく、『黒髪』だ。
「……」
真刃は自分の真っ白な髪をつまんで、放す。
「まあ、俺のことは今はいいや」
棚から離れると、また、ベッドに寝転がる。
「気になる点があるとすれば……あかねにアクア君の匂いが上手く溶け込んだ時。いや、深くかかわったところって言えばいいかな。なんだか、不思議な匂いがするんだよねぇ」
真刃はボーっとした目つきで、そんなことをつぶやいた。