状況は最悪だ。
人の話が届かない奴ばかりだからだ。
炎上に乗って騒ぎ立てる人たちも。
自分に寄り添う声すら聞こえなくなった黒川あかねも。
当然、『聞かない』と『聞こえない』には絶対的な違いがある。
しかし、絶対的な違いがあれど、それで行き着く結論は変わらない。
真刃にとって、厚かましいし、おこがましい。
黒川あかねには黒川あかねの取るべき『立場』があり。
ネット民にはネット民の『弁え方』がある。
あかねは叩かれているだけで、強く何かを発信していないし、できない。
ネットの方は、正義を振りかざして、あかねの心に土足で踏み込んで荒らしている。
事実を言えば。
真刃が言う、『炎上に参加してるネット民は、あかねが嫌いなのではなく、あかねが嫌いな自分が好き』というのは、紛れもない事実だ。
指摘された時、受け入れるかどうか、自覚するかどうかは別。
絶対に、全員がそうだ。
叩く奴は『遊び』でやってるのだ。
スマホに入れたゲームのログボを拾うような、そんな感覚で。
だからこそ、誰かを『攻撃』するという、『高度な社会性』を持つ人間にとってストレスになる行為を平気で行う。
そしてそれを、限界まで自分を追い詰めることができてしまう少女は、『本気』で見ている。
「……黒川あかねの匂いがヤバい。この辺りのはずなんだけどなぁ」
どりゃぶりの雨。
そして強風。
レインコートを着た真刃は、そんな夜の街を駆けていた。
眼鏡をかけて、遠くを拡大して観れるゴープロで周囲を見ながら、小さな体で駆けていく。
そうすべきだという……『寒気がするほどの匂い』を感じたから。
「チッ、全然見つかんねえ」
スマホを取り出して、電話で『星野アクア』を選択。
すぐにつながった。
「真刃か。今、どこで話してる?」
「ちょっと台風の中でうるさくてごめんね。端的に言えば、黒川あかねの匂いが薄れていく。俺でも寒気がするほど。それで今、外を走り回ってるわけさ」
「! ……メムの奴が、台風の中あかねが出かけたって。俺も探しに出るところだ」
「あー、どっか候補はある?」
「食べ物を買いに行ったらしい。おそらくコンビニだ。そのあたりのルートだろ」
「わかった」
この辺りで、アクアの方から聞こえる音にも雨と風の音が混ざる。外に出たのだろう。
「……あまりこういうことは言いたくないが、今更か」
「ん? ああ、本当にヤバいことになる前に、ルールを破って関わればよかったって? フフッ、そうさせてくれない経験があるってわけさ」
「何も思わないわけじゃないんだろ?」
「それがストレスになってるからこそ、体が全然成長しないわけさ」
「……悪い」
「別に。じゃあ、コンビニに行ったんだね。俺もそれで探すよ」
そういって、真刃は通話を終了させた。
「……自分から出た鎖が、一度未来を通って、自分に戻ってきて縛り付ける。縛られた体の中身は、悲鳴上げてるに決まってんだろ」
真刃はわかっている。
自分が金を得ている裏で、その分のパイを奪われた人間が多くいることくらい。
だが、決めたのだ。
外から見るだけじゃだめで、踏み込んでいくと。
裏からこそこそ言うのはだめで、逃げも隠れもしないことを。
「……『一番ひどいのは、残酷なのは、俺なんだ』よ。それくらいわかってるさ」
地図アプリを呼び起こして、再び、真刃は走り出す。
★
「おっ、アクア君!」
「真刃!」
どしゃぶりの中、真刃とアクアは道路で会った。
「あかねは?」
「見かけてない。ただ、薄れていくけどこの辺りのはず……あっ!」
見渡していた真刃は、歩道橋を指さした。
アクアもそっちを見る。
そこには……歩道橋の柵に足を掛けようとしている、黒川あかねが。
「っ!」
次の瞬間、アクアは走り出した。
「速すぎんぜアクア君」
真刃もついていく。
だが、体格がいいアクアと小柄な真刃では、その速度に差がありすぎる。
「俺がすべきなのは……っ! あっ、そこの警官さん。こっちこっち!」
台風の中、声を出して、台風の中で見回りしている人を見つけた。
「えっ、な、何かな?」
「言葉は後! あれっ! あれっ!」
真刃は歩道橋を指さす。
歩道橋では……既に、あかねが柵の上に立っている。
「い、いかん!」
警官も困惑しつつ走り出した。
「……んー、あ、アクア君。間に合いそうだね」
走り回って乱れた呼吸を整えつつ、真刃はつぶやく。
そんな中、アクアが身を乗り出したあかねの体を掴んで、無理矢理引っ張っていた。
「……ここからだぞ。アクア君」
★
警察署に行って、調書を作っている。
ドア越しでもあかねの泣き声が聞こえてきて、感情の動きが見える。
そんなあかねの悲鳴が聞こえる廊下で……。
真刃は、壁に押さえつけられていた。
アクアは両手で胸倉を掴んでおり、真刃の足は床から浮いている。
扉一枚の先にあかねがいるからだろう。怒鳴るような雰囲気はないものの、険しい表情だ。
「真刃。正直に答えろ。こうなるってわかってたのか」
「わかっている。わかっていないは関係ない。金の匂いを辿りながら行動する。選択する。何度もそう言ったはずだ」
真刃の表情も真面目なものだ。
どうあがいても『可愛らしい』にしかならない顔つきのはずだが、今の真刃は、誰がどう見ても『真面目』な顔。
彼が言っていることに嘘も冗談もない。
いや、嘘を言った方が金の匂いを辿れると考えればそうするが、どう言い換えてもそれだけだ。
「でも、恥ずべき正義が振るわれ、誰かが傷つくことに、何も思わないわけでもない。それと同時に……君も、あかねも、俺を非難する権利はあるし、遠慮する必要もない」
「……狂ってる」
「なにをいう。あかねが死ぬかもしれない可能性は、君も考えていたはずだ。違うかい?」
「……その、通りだ」
アクアの顔がゆがむ。
彼は、人間が簡単に死ぬことを知っている。
気が付いたら手を出さないと、手遅れになることを知っている。
「それに、言ったはずだ。俺を利用するなら好きにすればいいけど、俺を使おうだなんて考えるな。言い換えれば、俺の存在を利用すればよかった。名刺、渡してるだろ?」
「それで俺が行動したら、お前は止めたんじゃないのか」
「その時次第。止めるか止めないかは、今の俺だってわからない。アクア君はやらなかったんだろ?」
アクアの腕の力が強くなる。
それと共に、真刃の顔も歪むが、抵抗はしない。
何度も何度も言うが、真刃は『ルール厳守』だ。
直感とも言い換えられる『金の匂いを辿る』という選択を繰り返すに過ぎない。
それはとても残酷であり、冷酷であり、薄情なもの。
あまりにも異常すぎて……そう、『転生』したアクアでも、まだわからない領域だ。
「……確認だ。お前にも普通の人間の感情はあるんだな?」
「ある。言い換えれば……アクア君が今回の件で解決の手段を取るとき、俺が諸手を挙げて協力するパターンもある」
喜んで協力するか。
仕方なく協力するか。
仕方なく協力しないか。
喜んで協力しないか。
その四通りだ。それ以外はない。
「……クソっ」
アクアは手を放した。
「げほっ、げほっ……はぁ、ふぅ……」
解放された真刃は服を直しながら、呼吸を整える。
「そうやって嫌われ者であることに慣れると、いつか潰れるわよ」
「ミヤコさん……」
警察から事情を聴いたミヤコが来た。
「長い付き合いだけど、そこのところだけは、私も呑みこめないわ。いつか直しなさい」
「……」
「あんたはなんとなく道がわかるだけで、予言者じゃない。本当に何が正しい選択なのか、人に説明できない。それだけは事実なんだから」
「……何回、その説教を聞いたかなぁ」
真刃は溜息をついた。
「それとアクア」
「ん?」
「呼ばれた時はいろいろ覚悟してたけど、よくやったわ。誇らしいわよ」
「……」
「他人に興味なさそうにして、ちゃんと見てたのね」
「別にそんなんじゃない。真刃に言われなかったら、全力で走ってなかった。ただ……人は簡単に死ぬ。誰かが悲鳴を上げたらすぐ助けないと手遅れになる」
アクアの脳によぎるのは、冷たくなったアイの姿だ。
「それだけさ。タクシー代はあかねに請求する」
「ケチね」
「それくらい俺が出すって……ん?」
扉が開いてあかねが出てきた。
「あかね!」
横から走ってきたのは、残る今ガチのメンバーだ。
ゆきが真っ先に走ってきて、あかねに近づいて、その頬を張る。
「っ!」
「このば……! なんでこ……ん! しんぱいさせて……!」
涙を流して訴える。
そもそも……今回の炎上騒ぎ、ゆきは、自分にも原因があると考えているからだ。
「なんでもぉ! 相談してよぉ!」
「ごめ……」
抱き着くゆきに小さな声で応えるあかね。
まず間違いないのは……人の声が届く程度にはなった。ということだ。
「あかね」
そんなあかねに、アクアが問い掛ける。
「お前、これからどうしたい?」
「どうって……」
「このまま番組を降りるって選択肢もあるってことだ」
「でも契約とか……」
「これは番組側が未成年者を扱う上での監督責任に問われる問題だ。こういう状況になった以上、辞めるって言われてもとやかく言わないだろ」
「……」
「黒川あかねって本名晒して活動してるんだ。引き時はちゃんと自分で見極めろよ」
降りるにしても、続けるにしても、自分の意思で。
「……私、もっと有名な女優になって、これからも演技続けるために頑張ってきた……皆にもいっぱい助けてもらって……でもこんな事になっちゃって……」
「あかね……」
「怖いけど、すごく怖いけど……」
一度は本当に死のうと考えるほどの炎上だ。
怖いに決まっている。
いや……むしろ普通の人間でありたいというのなら、それを怖いと思う心を、これからも持つ必要がある。
そもそも恋愛リアリティショーは、世界各国で有名だが、自殺者を50人も出している。
そう……『自分たちが、これまで自殺者を出してきた企画に参加している』という自覚を持たなければならない。
人間は誰だって弱い。芸能人だろうがネットで正義面する奴らだろうが、それは変わらない。
それでも……。
「続ける。このまま辞めたくない」
強く弱い。
ただ、前に進む顔になったあかねは、そう言った。
「……わかった」
アクアはそれを聞いて、何かを決めたようだ。
「だってさ。問題ないよな?」
「当たり前だろ」
「最初からそう言ってるんだけどなー」
「私たちもできる限りフォローするから……」
今ガチメンバーがあかねによりかかる。
「仲が良い現場なのね」
「まぁ同年代だけの現場だからな。多分みんなで協力して、いろいろ言われながらも番組やりきるんだろうよ」
アクアの中で、グツグツ煮える。
「でもこのままってのも気分悪いよな」
「アクア君……」
「煽った番組サイドも、好き勝手言うネットの奴らにも……」
黒い星が、浮かぶ。
「何より、甘えてた自分自身に、腹が立ってしょうがないんだ」
アクアは定義する。
月影真刃という少年は、大きなものを手に入れる力を持っているだけの、子供だと。
真刃は大きな力だ。しかし、彼は彼で、自分の立場を何度も明示した。それを、『アクアにとっての普通や常識』で今まで考え、判断していた。
それが間違いだったと。
月影真刃というルール。それは超えられない。
だが、乗りこなすしかない。
アクアは決めた。
アクアにとって、月影真刃は、『ただの友人』だ。
「行くぞ。真刃」
「そうだね。アクア君」
だからこそアクアは、ただの友人に声をかけるように、真刃を呼ぶ。
それは使うということではない。利用するということ。
向かう先は、当然……。
★
『炎上中の未成年女優が自殺未遂(渋谷区)』
トレンドだ。
日々、多くの情報が飛び交う世の中で、『トレンド』という以上、その認知度は日本有数レベルになるだろう。
さすがにSNSをやっていない人間には通じない……というわけではない。
持っていったのは記者クラブだ。
あかねを擁護するコメンテーターを呼んで、ニュースが飛び交うはず。
「一応言っておこうか。アクア君。俺を電話一本で呼べる人なんて、日本でそういないからね?」
「真刃は『ただの友人』だろ。電話するだけならタダだ」
「良い面構えになったなぁ。これだからイケメンは得だねぇ」
真刃にとってルールとは何なのか。アクアにとって、そのルールはどういうものなのか。
炎上という状況になったことで、アクアは、ふざけた茶番を演じる真刃が、『普通の人間』に見えなくなっていた。
ただ、もともとそうではない。
アクアだって、この番組をいい方向に導く動機がある。
アイの情報を手に入れるためだ。
そのために、アクアは、真刃を利用する。
……で。
「データ……いやまぁ、あるにはあるけどね?」
Dと話すことになった。
今回の今ガチにおいて一番大きなスポンサーである真刃が隣にいるわけだが、このDも、真刃の立ち位置ややり方は知っている。
この業界で長いことやっていると、真刃の特異性に触れるものだ。
だからこそ、合わせる必要はない。
相手する必要があるのは、目の前の星野アクアだ。
「映像データは持ち出し厳禁。流石に渡せないぞ」
「そうですね。表に出れば出演者を悪役に仕立て上げる演出をしたって白状するようなものですから」
「……」
「この注目されてる中そんなことをすれば、あかねへのバッシングが番組へ向かいかねないですもんね」
「……理解が早くて助かるよ。僕等がやっているのは『リアリティショー』というエンタメだ。みんなリアリティのあるイザコザが楽しみで番組を観ている」
イザコザ。
言い換えれば、そこに生まれた対立構造に、人間は興味を持つ。
『この先はどうなるのか』ということが気になる。
自分を出すというコンセプトの番組であるゆえに。
「僕等はあかねに何も強制していない。それはあかねの選択で、僕等は視聴者に向けわかりやすく演出してるだけ。嫌ならNG出せば良かった。そうすればこっちだって使わなかった。違うかい?」
「あかねは責任感強いんですよ」
「知ってるよ。ずっと撮ってるんだし。あかねはプロで、僕等も仕事でやっている」
あくまでも、番組というものは、視聴者を満足させる演出を加えることで成り立つ。
番組側というのも無敵ではない。
どんな現場だろうと、『芸能事務所』を敵に回して、良い事など何一つもないからだ。
だからこそ、NGを出す。『使われると都合が悪いから使うな』と主張する権利がある。
……ただの、環境の話だ。
仮にこの番組を観る者が、『何かあっても、謝って、許して、それで友情を育てること』を求める者ばかりであるならば、ゆきがあかねを許しているシーンは使われただろう。
しかし、それでは『満足』させてしまう。
満足は『停止』だ。
人の『正義感』を刺激する『話題性』にはならない。
だからこそ、今回の編集が行われた。そう言う加工をすることが、『最適解』だと判断された。
それだけのことだ。
ただし……。
「プロね……Dは今いくつですか?」
「35だけど」
「あかねは17だ」
「まあ、この番組は高校生が参加するし、いずれにしても、Dの半分くらいしか生きてないよね」
「プロだろうとなんだろうと、17歳なんて間違いばっかのクソガキだろう。大人がガキ守らなくて、どうすんだよ」
仕事をしてお金をもらっているからと言って、子供に何をしてもいいわけではない。
という意見を無視するのは製作側の権利だ。
これは間違いない。
しかし……そう、今回の『編集ルール』を決める製作側も、『人間』だ。
「それ……言えてるなぁ」
「ふふっ、とはいえ、番組一つとっても、すんごい色々なパワーバランスで成り立ってるのは、俺等だって重々承知さ」
真刃はニヤニヤと微笑む。
「ここから、ここからだ。この番組の『良い匂い』が漂うのはね。炎上騒ぎとかどうでもよくなる『良い事』が、これから起こる。ここは俺の顔を立ててくれないかな?」
「……わかったよ。というより、『金の話』を僕にするって、やっぱり真刃さんも大概だ」
「よく言われます」
基本的に
「……データはいろいろ渡すよ」
「ありがとうございます」
「……そもそも、この番組を『うまく利用してくれ』って、出演者の皆に言い続けてきたからね。僕には僕の立場が、ルールがある。まあ今回は、ギリギリ、片足ツッコむだけって思っておくよ」
まだその程度なら、『大人』は許せる。許そうと思える。
「まあ、俺が言うのもアレですけど、『お金にとっての最適解』って、残酷なことが多いですからね」
「本当に真刃さんが言ったら駄目なやつだね」
ため息をつく。
「データは後で渡すよ。それじゃ、僕も僕で仕事があるから」
「ええ」
ディレクターは歩いていった。
「というわけでアクア君。ここからは君が『
肩をポンっと叩く。
「編集。頑張ってね♪」
「……………………………………………………………」
忘れてたというか、忘れたかったというか。
動画編集ができる人間は今回の六人の中にまだいる。具体的に言えばMEMちょだ。
ただ……なんかこう……アクアが一人でやっている未来が見えるのだ。
何故だろう。
アクアは真刃の顔を見る。
とても可愛らしい顔でニコニコの笑顔だ。
そう……『ただの友人』として、ものすごくムカつく。