星野Dによる汗と魂の結晶。
そう、今ガチメンバーによる動画がアップされた。
そもそも今回のメンバーはかなり性格が良い……いや、あえて言えば『普通』の子が集まっている。
加えて、自分の仕事への導線のために来ている人がほとんど。
それぞれの職業は、役者、女優、モデル、ユーチューバー、ダンサー、バンドマンと。かなりばらけており、今ガチ視聴者で彼らに今まで興味を持っていなかった人たちを呼び込むのに適している。
作られた動画はバズった。
長年培ってきた編集スキルを持つアクアと、事務所とか関係なく『自分たち』の意見をこれでもかと通す四人。
純粋だ。
それぞれが『自分のため』ではなく、今ガチの現場が大好きだからこそ、『お互いのため』に意見を言える。
綺麗だ。
一気に大量の冷水を流し込まれ、どっちに流れれば良いのかわからなくなっていたネット民は、この動画によって、『今回の今ガチは尊い』という感想を持っている。
もちろん、炎上騒動において『口を出すのが早すぎた者』が、『手のひら返しを非難する者』になったりと、完全に火が消えることはない。
ただ……そもそもマスコミというのは、『バランス感覚がない人の正義感』を利用してカネを得るための戦略を練る環境なのだから、むしろ『そういう馬鹿』がいないと困る。
火は完全には消えないが……それでも、これなら、人は前に進める。
「だけど……うん。次の収録から復帰する」
「よかったぁ」
今ガチの楽屋。
そこでは、アクア、あかね、ゆき、真刃が喋っていて、あかねが入ってきた。
「でも無理して出なくてもいいからね……あっ、今の無理して出なくてもってのはヤな意味じゃないからね! 私としては無理してでも出てほしいんだから!」
「わかってる」
「言葉が難しい世の中になったなぁって思う。今のツイッターで言ったら軽く燃えるんだろな。ほんと気を付けないと」
とはいえ、一つの言葉を、良いように解釈するのも悪いように解釈するのも個人で差が出る。
ただ、騒ぎ始めた一人の馬鹿の悪意によって、燃えるもの。
隙を見せてはいけない。それがこの業界で一番難しい事でもあるが。
「これからはさ。あかねもちょっとキャラ付けた方が良いんじゃない? やっぱ素の自分で出て叩かれるとダメージ大きいし」
「そうだな。何かしら演じてたらその『役』が鎧になる。素の自分を晒しても傷つくだけだ」
役を演じたとしても、時々『貫通する』ことはあるが、いずれにせよ完璧な方法はない。個人差がある以上、本人のやり方にあった方法を選ぶしかない。
「これは別にリアリティショーに限った話じゃない。社交術としても重要な概念だ」
「アクたんも何重にも演じてるもんねぇ。もう少し奥底見せてくれてもいいんだよぉ?」
「断る」
「アクア君の素ってなんだろうね……まあ陰キャか」
「後で徹底議論してやるから覚悟しておけ」
……ちなみに、シレっと混ざっている真刃だが、『番組関係者かつアクアの友達』ということをごり押しして入り込んでいる。
一応男子高校生であり、外見は全くそう感じないが、とても可愛らしい顔立ちで茶番もできるので入り込むのは造作もない。
「私……演技は得意だし……やってみようかな」
「そうだよね。あかねって地味に女優だし」
「むしろそれしか取り柄ない……でもどんな役演じればいいんだろ?」
「んー……」
MEMはちょっと考えて……アクアを見る。
「アクたんはどういう女が好み?」
「なんで俺に……」
「今、男キミだけだから」
ゆきもアクアにずいずい迫っていく。
ただ、その理由が理由だ。
アクアは部屋の隅の椅子に座って、上を向いて、顔に本を置いている真刃を見た。
「すぴー、すぴー」
何故だろう。今ならしばき倒しても許される気がする。
と四割くらい本気で思ったアクアだが、場の流れ的に、自分が言った方が良いのは事実だ。
事実だが……芸能人相手に『あえて』へたくそな寝ているふりをするのはどうなのだろう。
「理想の女性像を教えてあげてよ」
「理想……」
アクアの脳裏によぎるのは、当然……。
「顔の良い女」
「うっわ最悪」
「ルッキズムの権化出たな」
「太陽みたいな笑顔。完璧なパフォーマンス。まるで無敵に思える言動。吸い寄せられる天性の瞳」
「難しい事いうなぁ」
「抽象的です……」
「んーでもあれかな? B小町のアイみたいな?」
「「!」」
MEMの言葉に反応したのは、アクア……と、寝ているフリをしている真刃だ。
というか、もう寝ているフリをしている意味もない。
本を顔から持ち上げて、部屋を見る。
「アイって昔死んじゃったアイドルの人?」
「そそ。今画像さがす~。違う?」
「……いやまぁ。だいたい合ってる」
アクアの呟きに、あかねはメモを取り、ゆきとMEMは『あーこういう系スキなんだ~』『メンクイだ~』と盛り上がっている。
「アクアくんの好みの女の子やってみるね」
「やれやれー!」
「アクアを落とせー!」
「ふん」
大盛り上がりである。
「……ふと思ったんだが」
「ん?」
「この部屋に男が俺だけだからって話を振られたけど、それって、真刃が寝てたから話さなかったのか、真刃が女だと思ってたからなのか。どっちだと思う?」
「なんでそんな急に流れ弾飛ばしてくるんだよ」
「「「えっ……」」」
女子三人が真刃を見る。
「あれ、もしかして三人とも知らなかった? 俺は男だよ」
「えええええっ!?」
「世にも珍しい『俺っ
「さらに希少な男の娘!?」
「女の視点でもめちゃくちゃかわいい!」
「うっせえわ!」
ネタに困らない男である。
★
その後。
撮影のタイミングで、真刃は『まああんなことがあったわけで、一番大きいスポンサーとしては、現場でちょっと見ておくよ』ということで、裏方に入っている。
ただし、可愛らしさがとても溢れる真刃が画面に映りこむと面倒なことになるので、編集で消すしかない。
ありのままを出すコンセプトの番組で『そういう編集』を入れると、気が付く人は気が付く。
炎上騒動で製作側が注目されているのもあって、それは避けたいということで、あまり前には出ないようにということになっている。
「本日からあかねちゃん復帰になります」
「皆さんご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。頑張りでお返ししたいと思っています。よろしくお願いします!」
頭を下げてしっかり謝るあかね。
周囲もしっかり『安心した顔』で拍手して、しっかり受け入れる。
番組の雰囲気を作るのだから、まずはそこからだ。
「それではカメラ回しはじめまーす」
撮影開始だ。
「行くぞ」
あかねが元気になって、今ガチメンバーが全員そろった。
これからどうなるのか、不安はあるかもしれないが、そこは全員で協力するという雰囲気ができた。
だから、みんな安心……いや。油断した。
「うん。そうだねアクア」
……真刃は息をのむ。
彼の視線は、黒川あかね……黒川あかね? くろかわあかね? クロカワアカネ? に……………………………。
???
「……っ」
彼の視線は、『星野アイ』に固定された。
「ふぁっ……眠いんだよね~。収録早すぎてさー。あ、もうカメラ回ってる?」
その瞳は、すべてを魅了する。
「てへっ☆!」
完璧で究極のアイドルからは、誰も逃れられない。
「ア……あかね?」
「アクアどしたの? 幽霊とか見たような顔して」
「いや……」
「あかねおかえり!」
メンバーが集まる。
「皆待たせてごめんね」
「ほんとだよ待ってたぞぉ」
「また楽しくやろうね!」
「なんか元気そうでよかったけど……もう大丈夫なのか?」
「えっ、何が?」
奇麗で純粋。
この番組が、今までどうであったか。関係ない。
「何がって……そりゃ」
「あー。結構盛大に燃えちゃったからね! もしかしてその話? やっちゃったなぁとは思うけど、あれくらいよくある話でしょ! 私は全然!」
あははー。と笑うあかねは、まるで別人のよう。
「あかね……なんか雰囲気変わった」
「んー。ちょっとそうかも?」
「ゆきはこういう私……嫌い?」
問いかけにゆきは首をフルフルと横に振った。
ゆきの頬は少し赤みが出て、ポカーン、と、呆然としている。
これまで、この番組は、彼女がゲームメイクしていたと言って過言ではない。
自分の中にある本物の感情を、少し膨らませる。
そう、嘘ではない。
ただ、あかねは、嘘すらも超える。
「アクア。今日は一緒に居ようよ」
「……うん」
ウインク一つで、星が瞬く。
……正直に言おう。格が違いすぎた。
ここにいる面々は、言ってはなんだが、鏑木にアレコレ誘導されて入った面々が多い。
各々に実力がある。これからも、磨けば光る。
だが……黒川あかねは、もう、格が違う。
もとより、役者としては『天才』と称するレベルにある。
それが、『一等星』を宿した。
一瞬で持っていく。
キャストも、スタッフも、カメラマンも。
メール一つで、数十億を簡単に動かす投資家ですら。
圧倒的なカリスマ性。
空を浮かぶ無数の星の中でも、ひときわ輝く一等星。
(前世でも思ったことだけど……大昔の人が、『占星術』に大真面目にやってた理由が、なんとなくわかるよ)
真刃はそんなことを内心でつぶやく。
彼は匂いを辿るだけで、道中に何があるのかが具体的にわからない。
言い換えれば、ナビのルートだけが見えている状態。
他の全てが真っ黒。
ただ、ナビの通りに歩いていたら、いつの間にか、大量の金にたどり着いている。
そんな状態。
すべて真っ暗。
すべて真っ黒。
だが……そんな中でも、『星野アイ』は、よく見えた。
(訳が分からなかったね。『僕』のメール一つで、何億って金が飛び交うのに、そんな『僕』よりも、星野アイが『格上』なんだって……意味が分からなかった)
真刃はあかねを見て、内心で呟く。
(前世で死ぬ直前。一等星が見えていたら、何かが変わっていたかもしれないと思いつつ。『僕』はそれを否定した)
あの日の、ナイフの感触は、時々思い出す。
(おこがましかったのは、厚かましかったのは……傲慢だったのは、『僕』の方だったのか)
真刃は息を鼻で吸い込む。
「っ!」
彼の脳裏に、選択肢が生まれた。
金の匂いはいくつかのルートをいつも示す。
その中から、一番、気分が良くなるルートを選択する。
それが、真刃の歩き方。
ルートの共通点は……。
「……先に上がるよ」
「えっ……」
ディレクターがとぼけたような声を出した。
「一応、どうなるかわかんないから見に来たけどさ。もう、俺がいるいないは関係ないや。メールもたまってるし、お先に上がるよ」
ルートの共通点は、『俺はここに要らない』だった。
アクアとあかね。二人が一緒に居ることで生まれる匂いもまた、それを助長させる。
「……黒川あかね。か」
役に対する高い理解と考察。
それを完璧に演じ切る天才的なセンス。
正直に言って、『もともと完成している』とすら言える。
自分から意見を言えない性格であり……そう、もっと言えば、『星野アイ』レベルの、強烈な役が与えられれば、それだけで一世を風靡できるだろう。
ただそれは、キャスティングの話であり、お金の話だ。
「……ちょっと調べてみるか」
タクシーで帰っている間、黒川あかねで検索する。
今の時代、芸能人なら、だれがどの番組に出ていたのかなんて全てネットに載っている。
名前を突っ込めば、調べるのは簡単だ。
……もちろん、どんな舞台でどんな役をやっていたとしても、『ピンとくる』ものはない。
そもそもやっていたとしても脇役になることだって多い。
題名と役名だけで、わかることなど少ない。
ただ……。
『銀行強盗の悲劇。(人質の子供の母親役)』
……その『再現ドラマ』の名前と、役名を見て、真刃は、鼻で息を吸った。