嘘の匂い。金の匂い。   作:レルクス

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【閲覧注意】です。
主人公のトラウマを強く刺激するシーンが出てきます。食事中の閲覧は控えてください。


第7話 再現ドラマ『銀行強盗の悲劇』

 真刃はタクシーで家に帰ってきて、シャワーを済ませて、Tシャツと短パンを着てリクライニングチェアに座る。

 

 そのままデスクに向かい、パソコンを立ち上げて、キーボードをカタカタと入力する。

 

 ……真刃は、ドキュメンタリー映像を拾ってくる。という手順をあまりしたことがない。

 

 しかし、その嗅覚は、直感は、正確に、最短でたどり着く。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 呼吸が安定しない。

 

 だが、手は止まらない。

 

 ほとんど彼の意思とは関係なく、マウスで目的の再現ドラマを選ぶ。

 

 すぐに……再現ドラマは始まった。

 

「んっ……」

 

 喉が渇いてきたのか、ペットボトルを取って、チビチビ飲む。

 

 映像は、ごく一般的な銀行の風景だ。

 そこまで広くもない。地方にある、何処にでもあるような銀行。

 

 次々と、登場人物が説明されていく。

 

 今回、『人質になった子供』に目を向けているのか、そこに付随する情報が多い。

 

 ……椅子に座って、待っている少年。

 五歳くらいで、好奇心のある目で周囲を見ている。

 

 その、隣には……黒川あかね……いや、

 

「か……母さ」

 

 月影朝子(つきかげあさこ)が、そこにいる。

 キョロキョロと周囲を見渡す子供、『晴斗(はると)(仮名)』の頭を優しい手つきで慣れている。

 

「あっ……ああっ……」

 

 少し傾けていたペットボトルから水があふれて真刃のシャツを濡らす。

 真刃は、気にしていない。

 

 画面の中で……いろいろなところが映される。

 

 そして最後に映ったのは、『融資担当』の窓口だ。

 

 フードを深くかぶった男が、落ち着きのない様子で受付の人に話しかけている。

 

『すみません。融資担当ですよね』

『はい。すみませんが、アポは取っていらっしゃいますでしょうか』

『取ってねえよ』

『……も、申し訳ございません。本日は詳しい話ができる方が一人しかいないんです。その一人が、現在対応中で……』

『はっ? 知るかよ。中断して俺に順番回せよ』

『す、すみません。それは出来ないんです』

『あのさぁ。こっちは一億狙える計画考えてんだよ。俺に回せよ! なあ!』

『面会時間はあと十分です。申し訳ございませんが、席の方でお待ちください』

『はっ? 一億だぞ一億。わかってんのか!』

 

 男は興奮した様子で騒ぎ立てる。

 

 ……こう言ってはなんだが、とても質の高い演技だ。

 

「はぁ、はぁ、うっ……」

 

 汗を流して、左手で口を押える真刃。

 右手からペットボトルが離れて床に落ちて、そのまま中身が床に広がっていく。

 

『いいからさっさと――』

 

 男がそこまで叫んだ時、男のパーカーのポケットからアラーム音が鳴った。

 スマホを取り出すと、白けたような……それでいて愉悦のような表情になる。

 

『あーあ。タイムリミットだ。これでもう間に合わねーわ』

『お、お客様?』

 

 雰囲気がおかしい男に、窓口の女性も困惑している。

 

 その時……。

 

『朝子。晴斗。待たせたな。やっと用意できたよ』

 

 温和な雰囲気の男性、テロップに『月影亮真(りょうま)』と記されている男が、ロビーに戻ってきた。

 

 ……短いセリフだが、かなり『良い役者』だと、真刃は思う。

 

『はっ?』

 

 男はそれを聞いて、ズカズカと亮真に近づく。

 

「お、おいやめろ。近づくな。離れろよ。出ていけ! 出ていけえええええええええええええっ!」

 

 ……真刃が叫ぼうと、ドラマに何を言っても無駄だ。

 

『おいアンタ。融資を頼んでたの?』

『え、ああ、そうだが……』

『何円貰ったの?』

『い、言うわけがないだろう!』

『うるせえ、書類見せろ!』

『ちょっ……』

 

 男は亮真の鞄を奪い取り、漁ると、契約書を見つけた。

 

『はっ? たった200万? こんなのどうせ大した利益じゃねえだろ』

『か、返せ!』

『はいはい返すよ』

 

 男の笑みが深くなる。

 パーカーの裏ポケットから……拳銃を取り出した。

 

『えっ……』

『鉛玉でな』

 

 至近距離から、左胸に発砲。

 

『あ……』

 

 亮真は胸をおさえて……すぐに、崩れ落ちる。

 

「あああああああああああああああああっ! と、父さ、う、うぐ、おえっ、げほっ、おええっ!」

 

 デスクに身を乗り出す。

 胃の中の物が出てくる。

 

 ……キーボードの真上に全てぶちまけて、それでも、止まらない。

 

 そして……真刃はそんな中でも匂いを嗅ぎ取り、彼が自己暗示の末に刻み付けた本能は、『見るのを止めるな』と要求する。

 

 画面の中では、拳銃で人が殺されて、騒然としている。

 

 そんな中、男は天井に威嚇射撃だ。

 

 銃声が鳴り響いて、辺りが静かになる。

 

『いいか? 俺を優先しなかったお前らの罰だ。俺は何も悪くねぇ。悪いのはお前らだ!』

 

 その時、男の近くにいたのは……朝子と、晴斗。

 

『チッ、人質は一人でいいか。ガキの方が使いやすい』

 

 そういって……男は、朝子に拳銃を向け――

 

「いやだ、いやだっ! やめろ、やめろおおおおおおっ!」

 

 三発。全て、真正面から体にあたる。

 

 朝子は血を流して、血を吐いて、苦痛に悶えながら、床に倒れた。

 

「か、母さん。げぼっ、おえっ、アアアッ……」

 

 全身が氷のように冷たくなっていく。

 胃の中のものが次々と上がってくる。

 ビチャビチャと濡らす、汚していく。

 

 涙をボロボロとこぼして、全身が痙攣し、滝のような汗を流し、顔色は真っ青。

 

『お、お母さ――』

『おいガキ。お前は人質だ!』

 

 男は晴斗を左手で捕まえると、右手に持った拳銃を、晴斗の右のこめかみに添える。

 

 画面では、当たっていない。

 

 だが……

 

「あ、はっ、ぐうっ、あ、あづい。げほっ、あああああ……」

 

 右手をこめかみにあてて、ぐしゃぐしゃと擦る。

 

 ……何発も撃った拳銃の銃口は熱い。

 

 銃にもよるだろうが、『当時使われた物』は、十分に、熱を帯びていた。

 

 ……画面の中の子役は泣いていない。

 

 だが……。

 

「ああ、あづい。はっ、そ、そうだ。あの時……熱さに、俺は泣いて……げほっ、おええっ」

 

 右手で頭を押さえて、涙がとまらない顔で、画面を見る。

 

『おい、ここに一億持ってこい。直ぐにだ。直ぐに持ってこい! こいつの頭を吹き飛ばすぞ!』

 

 男が叫ぶ。

 だが、そのころには、警備員や、近くの警察署から人が来ていたようで、もう逃げ場はない。

 

 ……拳銃まで用意しているが、杜撰だ。

 

『お、お母さ……』

 

 朝子は、倒れていたが、すぐに死んだわけではなかった。

 しかし、目から光が消えていき……。

 

「あ、ああっ、母さん、母さん。うぶっ、おえっ」

 

 目を閉じて、息を引き取る。

 朝子は、どう思っていただろう。

 

 拳銃で夫を殺されて、自身は銃弾を何発も受けて、子供は、こめかみに拳銃を突き付けられている。

 

 無理、無駄。

 そして、諦め。

 

 黒川あかねは、『月影朝子』がどんな人間なのか、このタイミングで何を考える人間なのか。全てわかっていた。理解していた。

 

 だからこそ……。

 

 画面に映るその顔は、『この世への失望』に満ちていて。

 

 朝子(あかね)は『最期』に、その顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うあああああああああああああああああっ! あああああああああああああああっ! いやだ、いやだいやだいやだいやだっ! いやっ、げぼっ、おえええっ!」

 

 同じ。

 

 真刃の十年前の記憶と、まったく同じ。

 

 実際の監視カメラの映像にも、真刃の記憶にも……『その顔』は、鮮明に焼き付いている。

 

 朝子とあかねの顔は違う。そもそもこの時あかねは15歳。朝子は当時27歳だ。

 

 違うはず。違うはずだが……そう、『同じ』だ。

 

『おかあ……さ……』

『なっ、く、クソっ、気絶してんじゃねえ!』

 

 晴斗はそれを目の前にして、意識を手放す。

 子供とはいえ、完全に意識のない人間をうまく扱うことはできない。

 

 捕まえられていても人間は反射であれこれ体幹を調節するのだ。それができなければ、『重し』にしかならない。

 

『今だっ!』

『なっ……がっ!』

 

 拳銃の柄で晴斗を叩き起こそうと、振りかぶった時。

 

 その腕は二人がかりで押さえられて、拳銃は取り上げられた。

 

 この時、こういう判断をするのが正しいのか、それは今も昔も分からない。

 

 ただ、被害だけで言えば。

 

 銃弾による死者が二人。

 そして、こめかみに火傷を負った幼児が一人。

 

 月影家という家族が、ボロボロに壊れたという。それだけのことだ。

 

「あ……あぁ……」

 

 虚ろな目で、画面を見る真刃。

 

 事件の再現ドラマは終わり、コメンテーターがいるスタジオに変わっている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 叫ぶ体力も残っておら――

 

『犯行に及んだ男性ですが、父親は『森崎鉄工』という会社の社長でしたが、経営不振の末に自殺。彼の兄は、ある投資家を殺害し、刑務所の中で亡くなったとされています』

「……もりかわ……てっこう……?」

 

 呼び起される記憶。

 

 そう……前世で、自分を刺したのは……。

 

「あっ、あうっ……」

 

 お腹をおさえる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 焦点が定まらない。

 

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。

 

「ち、違う! 違う! 悪いのは『僕』だ。『俺』じゃない! 刺したんだろうが! それがお前たちの正義だろうが! それで済んだはずだろ! なんで、なんで『俺』まで引きずるんだよ!」

 

 前世で、罪は犯していない。

 だが、自分のせいで死んだ人間がいることくらい、わかっていた。

 

 だが、死とは絶対ではないのか。

 死があれば、途切れてもいいはずだ。

 

「違う! 俺は俺だ! 『僕』じゃない! 俺は、『僕』のような選び方はしない! 違う! 違うんだよ! ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアっ!!」

 

 大金を得る。といっても、大きく二通りある。

 

 今あるパイを多くとり、相手を潰すか。

 

 新しいパイを作り出し、競争させるか。

 

 前世では、潰してきて。

 今は、競争させている。

 

 不幸な人間は、前世の時より、少なくなったはずだ。

 

 しかし、その程度で、運命は彼を放さない。

 

 真刃は知らなかった。目を背けていた。

 

 真刃は、『良い匂い』を避けて通ることが、身近な人間の不幸につながると考えていた。

 前世でもその傾向があったから、銀行強盗事件が起こった十年前、良い匂いを嗅ぎ取り、進むことに決めた。

 

 十年前に決めて、それ以降、大きな問題は起こっていない。

 それで大丈夫だと思っていた。

 

 だからこそ、『前世』と『今』の因縁など、考えもしなかった。

 

「無理だ。無理だ! 背負えない。『僕』が、どれだけ多くの人間を……うぶっ、おええっ、はぁ! はぁ! 出来ない。そんなこと、無理だ。無理だよ!」

 

 前世の業を、今も背負わなければならないなど、考えもしなかった。

 

「前世で、『僕』は、18歳の時に、力を……5歳でできるか! 俺は背負えない。無理だ。嫌だ! うああああああっ!」

 

 ボロボロと涙をこぼす。

 

 ……力は、それを納める器がなければ意味がない。力を制御できず、器がすぐに壊れてしまう。

 

 前世で、彼は18歳の時に、自分の力を理解した。

 

 まだまだ若いが、それでも、教養はあるし、男性らしい体格もしっかりあった。

 

 しかし……今回、彼が背負うと決めたのは、5歳。

 

 幼児期健忘で記憶の定着だって難しく、金もなく、体はひどく弱弱しい。

 

 それでも、彼が選ぶのは『未来』なのだから、その分、そう、『俺』の分は、背負って生きる。責任は取る。

 

 だが……『前世』の分まで、背負えない。

 

 

 金の匂いを辿る。などという、言ってしまえば摩訶不思議な直感に身を委ねてきた真刃は、『運命論者』だ。

 

 過去と未来にはつながりがある。

 しかし、『死』をもって断ち切ることは可能。

 前世の業が深いのは重々承知している。

 

 だが、『今』は、それを背負う必要はない。

 

 そう、思っていた。

 

 そう、思っていたかった。

 

 

 

 

「……………………クソっ」

 

 最後にそう言って、真刃は床に倒れた。

 

 

 ★

 

 

 ……別に、死んではいない。

 

 浅くだが、呼吸はしている。

 

 だが、無様で、悲惨だ。

 

 眼は虚ろで、顔は真っ青で、滝のように流れた汗が、髪を、服をその冷え切った体に張り付かせる。

 

 

 

 

 ただ……

 

 だからといって、彼が過去に刻んだ本能は、彼を止めることはない。

 

 今も本棚に何十冊と置かれた自己暗示の本。

 

 それによって刻み付けた『良い匂いを辿れ』という自己の本質は、トラウマを刺激され、心がボロボロになろうと、彼の歩みを前に進める。

 

 明日、彼が匂いを嗅いで、『元気にふるまうのが良い匂いにつながる』とわかれば、彼の体は、内側がどれだけボロボロだろうと、笑顔でニコニコしているだろう。

 

 残酷……いや、残念だが。

 月影真刃は、そういう『人間』だ。

 

 

 

 

 

 彼が住む一軒家の傍で、一羽のカラスが飛び立つ。

 

 それまで何をしていたのかはともかくとして。

 

 彼が倒れた部屋の窓の前を通り……一目見ることすら、なかった。

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