嘘の匂い。金の匂い。   作:レルクス

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第9話 筋肉だ。筋肉は全てを解け……俺ないわ。

 アクアは有馬と学校をサボって、感情の整理ができたようだ。

 

 黒川あかねは黒川あかねでしかなく、アイの雰囲気を模倣できるとしても、本人ではない。

 

 幻影を見ているだけだと判断している。

 

 それだけなら、番組が終われば、黒川あかねとの関係は終わりだっただろう。

 

 しかし……黒川あかねが持つ『能力』は、数多くの天才が集まる芸能界であってもなかなか見られない。

 プロファイリングの勉強をしているからといって、その道で高いスキルを発揮できるかどうかは人によるだろう。

 

 そもそも『人を解き明かす』と言っていることに等しい。

 

 アクアが芸能界に身を置く理由は、ある意味で『調査』に分類される。

 そんな中で、あかねの能力はきっと役に立つ。

 

 そういう判断のもとで、キスと、カップリング成立が番組で放映された。

 

 その後、真刃は鏑木から『JIFにB小町を出したいからその交渉のため』とかなんとかいって金を催促されたわけで、電話でモロに『俺の金かよ!』と突っ込んだ。というやり取りもあった。

 ただ、真刃は金のある場所まで歩いて手に入れることは得意ではあるが、手に入れる方法も使い方も理論(ロジック)はない。

 

 言葉だけである程度修正可能な範囲であれば、降って湧いたフレーズでなんとかすることはあるが、基本的には『既にそこに在る物』から選ぶという形となる。

 

 鏑木はB小町を有望な『投資先』として見ているわけで、真刃の鼻もそれに対して賛成である。

 

 そういうわけで金は出す。

 

 ゴリゴリのコネ参入ではあるが、新生B小町は三名で、全員に確かな実力がある。

 前評判は少し悪いかもしれないが、本番でそう言った意見を全部ぶち抜けるだけのポテンシャルがあるのだ。

 

 というか、そろそろこういう『話題』を作っておいた方が良い。

 何故かと言えば、B小町が関わる動画で一番伸びているのは『ぴえヨンブートダンス』だからだ。

 

 さすがにこれを超える話題を用意しておかないと、『凄く体を張っているアイドル』という印象にしかならない。

 

 センターも無事……無事? に有馬かなに決定し、B小町の形は定まった。

 

「アイドルに必要なのは体力! 坂道ダッシュあと10本!」

「「「「ヒィーっ!」」」」

 

 坂道を駆けあがるのは、先頭にぴえヨン。そして有馬、ルビー、MEMちょ、真刃と続く。

 

 ……繰り返す。

 

 先頭にぴえヨン、そして有馬、ルビー、MEMちょ、真刃と続く。

 

 B小町のメンバーでもないしアイドルでもないし、というかそれ以前に芸能事務所に所属していない真刃が何故混ざって走っているか。

 

 答えは単純。

 

 B小町をぴえヨンが指導するということで、坂道でダッシュするだろう。ということは想定できる。

 真刃はそんな特訓現場に電動自転車で現れて、最初の一本目は『頑張れ~』と追いかけながら応援していたわけだが。

 

 一本目が終わった後、有馬からもうそれは凄いレベルで煽られたのだ。

 

 なお、体格だけの話をするならば、MEMと真刃はどちらも身長は155センチである。

 

 が……見た感じ、真刃の方が細そうである。というか細い。

 

 MEMも真刃も大まかに言えば『ロリ』だが、MEMの方は『ゆるふわ系』で、真刃は『神秘系』である。

 

 真刃の外見は、幼いながらも『幻想的な美しさ』というのだろうか。美人や可愛いでも間違いではないが、『現実離れした雰囲気』という方が正しい。

 

 どこか光沢すら感じる真っ白な長い髪と、透き通るような白い肌を持っており、『微笑を浮かべて空を見上げているだけで、一枚の絵画になる』といったもの。

 

 今は汗だくになりながら走っているわけだが、それでも見苦しさを一切感じさせないもの。

 

「ぜーっ! はーっ! ぜーっ! はーっ!」

 

 と言いきれたらよかったなぁ。

 

「そして疲れ切った後にセットリスト通しで3回! ヘトヘトでもパフォーマンス落とさない体力がまず大事! 笑顔も忘れずに!」

 

 何故か坂道ダッシュの後にダンスもしている。

 

 なお、真刃の動きにブレはほとんどない。

 

 体力には問題があるが、運動神経は悪くない。と言ったところ。

 

 いろんな交渉の席で笑顔を振りまくこともあり、表情もしっかり調整されている。

 

 ……内心では『ちくしょおおおおっ! 来るんじゃなかったああああっ!』と絶叫しているだろうが、まあ、それはそれだ。

 

 ★

 

 特訓初日の夜。

 

「……疲れた」

「大丈夫?」

 

 アヒル声でぴえヨンが話しかけてくる。

 ちなみに、稽古室ではあるが、すでに解散しており、アイドルの三人はすでに退室済み。

 

「あー……俺さ。金の匂い云々だけじゃなくて、物理的に嗅覚が良いんだよ。で、実際のぴえヨンの体臭も知っている。言いたいことはわかるね?」

「あの三人にチクるなよ」

「声ひっくいな! どうやって使い分けてんだよ!」

 

 というわけで、ひよこマスクを外して、アクアは顔を晒した。

 

「ふう……」

「よくそんなの被ってあんな運動できるね」

「まあ普通にキツイ」

「さいですか」

 

 酸素どうすんだろ。と思わなくもないが、まあ、こればかりは被って見ないと分からない。

 

 ただ、真刃の場合はぶっ倒れるだけでは済まないだろう。

 

「くっそー。あの400夫婦の事務所の稼ぎ頭がこれって、世の中分からんよなぁ」

「なんだ400夫婦って」

壱護(15)ミヤコ(385)を足したら400」

「なるほど」

「過去のデータ見たよ。壱護さんのプロデュース能力と、ミヤコさんのマネジメント能力がうまくかみ合っていたということはね。まあ……壱護さんは人の気持ちに疎い部分がある匂いはするけど」

「……」

 

 アイの死と共に失踪した苺プロダクションの前社長。斎藤壱護。

 

 アクアも、彼が何をしているのかはわからない。

 

 ただ、現実として、ミヤコがこの事務所の社長として運営しており、配信にかかわる事務所として軌道に乗っている。

 

 とはいえ……妻を一人、会社に残して失踪というのは、確かに人の気持ちに疎い。

 

「……まあいいや。そういえば、訓練メニューって誰が考えたの?」

「休暇先にいるぴえヨンさんから助言してもらってる」

「なーるほど。キツイわけだ」

「そんな調子で大丈夫か? 『明日からも参加してやる』って言ってたけど」

「男には撤回してはいけない場面があるのさ」

「今じゃないだろ」

「その通り」

「じゃあなんで?」

「うーん……わからん。まあ傾向からすると、『体力をつけておいた方が良い』っていう予感があるんじゃないかな?」

「聞いてもよくわからないな」

「でしょうね」

 

 運動することに慣れていないと出来ないことだって当然ある。

 

 見た感じ運動神経は良い。

 

 ただし、激しい動きをするとすぐに疲れる。

 

 見た目通りではあるが、それで困る日が来るから、体を動かしているということらしい。

 

「……しっかし、覆面筋トレユーチューバーかぁ。インパクトがデカいけど、プライベートでもなかなかの存在感だね」

「確かに……」

「正直思うんですよ。『○○にぴえヨンをぶち込んだような感じ』って定型文。何かの界隈で流行りそうじゃない?」

「掲示板で使えそうなフレーズだな」

「例えば……『今日あまにぴえヨンをぶち込んだ感じ』ってなったら、凄いでしょ」

「凄いな」

 

 実際に想像したのか。笑いをこらえているアクア。

 

 まあ、実際にそうなったらメルト君は泣く。有馬だって開いた口が塞がらないはずだ。作者の吉祥寺先生はおそらく血を吐いて倒れるだろう。

 

 たった一人。

 

 たった一人で、その場の空気を作り上げてしまう存在。

 

 それがぴえヨンである。

 

「アクア君関連で言うと、『今ガチにぴえヨンをぶち込んだような感じ』とかになるかな?」

「あんな高い声の変質者が入ってきたら誰もどうしようもないぞ」

「俺は鏑木さんが困る顔が見たい。B小町をJIFに入れるからってアホみたいな金額催促しやがって」

「やっぱり関わってたのか」

「やっぱりってなんだよ……まあ、俺がいるいないにかかわらず、有望な投資先としてねじ込んだと思うけどね」

「……俺もそう思う」

「でしょ?」

 

 有馬がまだ、センターを務めることそのものにネックを感じている様子だが、普段は腹の立つ煽りを入れてくるわりに、責任感が強い。

 

 ほぼ生まれたときから役者だった経験値を考えれば、上手くまとめてくれる……はず。

 

 ただ、それはスキルの話だ。

 

 何をやってもうまくいかず、仕事も人も離れていった感覚が残っている。

 

 MEMは現在、ファンがいる状態。

 ルビーはこれからだ。しかも抜群のルックスを持つ。

 

「ちょっと、有馬先輩から『不安』の匂いを感じるけど……本番までにさ。ヲタ芸っていうのかな。教えてくれない? あと白いサイリウムも手に入れておかないと」

「任せろ」

 

 がんばっている若者を応援するのは、転生者(おっさん)の使命のようなものである。

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