追放姫君転生忍者爆殺錬金術師TS魔族群像劇ファンタジー    作:お賃賃金・沈々残業

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(魔王の愛人と)ヤっちゃった

「.....」

 

 絶望とは、望みが絶たれる事。

 望みがあるが故に絶望あり。谷底にはじめからいる者に、崖先より滑落した者の気分は理解しえないであろう。

 現在――男は絶望を味わっていた。

 

「....わ、私は何という事を....」

 

 寝台の上、男は生まれたままの姿でシーツに包まっていた。

 己が首筋から鎖骨にかけて赤い筋が点々と連なり、鼻腔にはつんと突き刺さる様な体液と香水の匂い。

 窓からはいつまでも変わらない魔界の赤い光が差し込んでいた。

 恐らく昨晩一夜を共にした女は、もう既に部屋から逃げ出していた。

 男――ヘイゼルは。絶望を味わっていた。

 

 何故か?

 上級魔族、ヘイゼル。

 彼は――己が王たる魔王の愛人と、一夜の過ちを繰り広げてしまったからである。まる。

 

 

 魔界には、酒を嗜むという文化が無い。

 魔族の多くにとって食事と娯楽が結びついていない。故に食文化というものが存在しないのだ。

 多くの魔族が、食事は血肉をそのまま食らう。食欲には貪欲ではあるが、食事の在り方に関しては無頓着。

 そんな魔族の中においてヘイゼルは珍しく、食を道楽の一つとして認識している存在であった。

 

 彼は王城にて魔王に仕える執事の一人。

 ヘイゼルは魔王の愛人であり、吸血鬼でもあるラクテルの世話をしていたが。ラクテルはヘイゼルが酒を集めていると知り、飲んでみたいと言ったのだ。

 渋るヘイゼルを他所に、ラクテルは強引に彼の部屋に上がり込み。酒を飲み始めたのであった。

 

 それから、酒に酔ったラクテルの両瞳が紅に染まった瞬間より、ヘイゼルは記憶をなくしてしまっていた。

 己の中にある意識とか。肉体を司る理性だとか。そういう諸々が溶けていくような感覚だけが、脳裏に染みついている。

 溶けた理性が再度固まり、現実を凝視せし意識が立ち戻ってきた瞬間。ヘイゼルは己が犯した過ちを前にその身を竦ませた。

 

 吸血鬼、ラクテル。彼女の双眸には、魅了の魔眼が宿っている。

 酒に酔い、その力を抑える枷が外れてしまったのだろう。あの目を見てしまった瞬間から――ヘイゼルの理性は熱したバターよりも容易く溶けてしまった。

 

 その果てにあった、この状況。

 

 間違いない。今己は――王たる主の愛人に手を出してしまったのだ。

 己が未来が、暗澹たる泥沼に引き摺り込まれて行くのを感じていた。

 

 キィ、と。玄関口が開く音がした。

 

「――やあやあヘイゼル君。おはよう~」

 

 玄関口より、咥え煙草の男が一人。

 長々と曲がりくねった二本の角を生やした、優男風の男が――にこやかにヘイゼルの住処へ、敷居をまたいでいた。

 

「....ラ、ライエル」

「うむ。ライエルだ。いやはや、随分と面白い事をしていたようだねぇ、ヘイゼル君」

「これが楽しんでいられる状況だと思っているのか....!」

「他人事で眺める分には最高に楽しそうな状況だよ。――しかしどうだね?」

「あ?」

「バレたら間違いなくタダじゃすまない女を抱く気分ってのは?生き死にのリスクを抱えながらってのは中々に気持ちよかったのではないのかね?」

「ふざけるなぶち殺すぞ!何だ貴様、私の惨状をわざわざ笑いに来たのか⁉」

「いやはや。これでも同じ上級魔族で、王城勤めの同僚へとね。せめてもの忠告をしてやろうと」

 

 ライエルはにこにこと笑みを浮かべ、――楽し気ながらも、最期通牒を伝えるかの如き冷たさも同居させた声で、ヘイゼルに言う。

 

「ラクテルだけど。――魔王様に”無理矢理ヘイゼルに押し倒された”と泣きついたそうだ」

「.....」

「魔王様も愛人に請われちゃ黙っていられないようだからね。多分これから君の下に魔王様配下の処刑人が来るだろうから、頑張ってね~。頑張り方は君に任せるよ。逃げるにせよ説得するにせよ....ね」

 

 ライエルの言葉に――ヘイゼルは大きく目を見開き、膝が崩れ落ちる。

 

「ふざけるのも大概にしろ!人の酒を飲みくさって自分の力を抑えきれずにこんな状況になったくせに、全ての責を私に被せるつもりか!」

「まあまあ。魔王様に陳情申し付けたいのなら素直に連行されればよろしい。――泣きついてきた愛人よりも自分の言葉が通るという自信があるのならだがね」

「クソ....!」

 

 ヘイゼルは即座に術式を空間に刻み付け、部屋の奥に隠した何本かののボトルを手に取り、術式内に投げ入れる。

 

「これからどうするんだい、ヘイゼル?」

「逃げるに決まっているだろう!こんな事で死んでたまるものか!」

「そうか。それじゃあさようなら~」

 

 ぐえええええ!と絞め殺された家畜の様な叫び声をあげ、ライエルが軽く手を振る姿を背後に、ヘイゼルは己が家から飛び出していった――。

 

 

 ここは、魔界。魔族が住まう場所。

 赤黒い空が拡がる荒涼とした大地。魔力の密度が恐ろしく高い世界であり、この環境に適応し生き残り続けてきた生命体こそが、魔族と呼ばれる。

 

 かつては、魔界と次元を隔たりし別の世界と、種の存亡をかけた戦争を繰り返していた。

 魔族と人間。

 魔王と勇者。

 魔族は己が領域を拡げんと戦を仕掛ける事もあり。人間もまた、魔力に満ちた大地を奪わんと戦を仕掛けた。

 

 だが、幾度目かの戦いの中。幾世紀にも及ぶ戦争にて互いに疲弊していく状況にしびれを切らした両陣営は、互いの次元の連なりを、互いの合意の下断ち切った。

 そうして――魔界と、人間界。双方共に、相互不可侵の関係を築いた。

 

 これが、大まかな魔界と人間との関係における歴史。

 互いの世界に干渉しない。その取り決めが決められた瞬間から――大きな変化があったのは、人間界の方であった。

 

 王族や貴族といった既存の権力層に加え。魔法を用いた産業の勃興によりその勢力を強めていった存在がいた。

 それは、企業という名であるらしい。

 魔法による産業体系を形成し、利潤を得、――より純然たる”金”の力により人間界の支配層の一角に昇りつめた存在。

 

 彼等は、個ではなく群体。血脈という個体の力により形成された力ではなく、産業体という環境下にて育まれた群体が、金という循環物を血液に一つに纏まった存在。

 

 そんな”企業”という名の組織は――最近、長らく閉ざされていた魔界との次元間封印へ干渉する術式を手に入れた。

 その目的は、かつてのような魔界への侵攻ではなく。やはりというか、彼等の至上目的――”金儲け”の為であった。

 

 要は――人間界には存在しない魔界だけの代物を求め、長年閉ざされてきた魔界と繋がり、取引を始めたのでした――。

 

 

「――大丈夫だ。私ならば、やれる!」

 

 ヘイゼルは走る。

 彼は――ただあてどなく逃げている訳ではない。

 

 ヘイゼルは、魔界から逃げるべく――走っている。

 

「こんな所で死んでたまるものかァ!」

 

 現在、魔界では人間界と取引を行っている。――魔界と人間界との間を阻む強力な封印結界を、一時的にこじ開ける事によって。

 人間界からわざわざ嗜好品を取り寄せているヘイゼルには、企業の人間が魔界に到来するタイミングを知っている。

 彼等は貨物列車を用いて魔界への”ゲート”から出入りを行っている。基本的に魔界から人間界への逃亡は封印結界の存在により難しいが、その列車に乗り込む事で逃亡が出来るはずだ――!

 故に走る。走り続ける。

 

 眼前に、ゲートへと伸び上がる線路を見つける。

 

 このゲートに向け貨物列車が来る。その瞬間に――列車に密航するなり、

 

「――ピッピッピ~!そこの馬鹿、止まりなさい。警告です。愚かにも主の女を手籠めにしたそこのクソ馬鹿、止まりなさい~。魔王様からの通告です~」

 

 走るヘイゼルのその背後。――翼竜に乗った女から、気の抜けた声が聞こえてくる。

 この声にも、聞き覚えがあった。

 

「――アンゼ!追手は貴様か!」

 アンゼ、と呼ばれた魔族は――翼竜の上で仁王立ちしながら、ニッと笑みを浮かべている。

 口元以外を鎧で身を包んだ女騎士。その手に長尺のランスを手に、綿菓子のような軽さの声を振り撒いている。

 

「イエ~ス。魔王直下六角星の一角、アンゼですよ~。まあまあひとまずそのちょこまかと小賢しく走り続けているその足を止めて素直に王城に連行されては如何かね~?魔王様は、君を殺すつもりまではないみたいだよ~」

「そんな戯言、私は信じぬぞ!あの権力欲と性欲と食欲の坩堝そのものの化物が、愛人に手を出されて黙っている訳がないだろう!」

「ほんとほんと。その上で魔王様からのお言葉を拝聴しな~。”安心するがよい。貴様がラクテルにやらかしたように、我が貴様をバッチバチに抱いてやろう”だ、そうだよ~」

「は?」

「喰らえ~」

 

 アンゼの左手に握られしランスの先端。そこから術式が刻み込まれる。

 術式は二つ。

 一つは、”反転”。もう一つは――ヘイゼルも知らない術式であった。

 

 刻み込まれた術式より光が漏れると同時――ライトアップされたかのように、ヘイゼルの肉体に降り注ぐ。

 

「なんだこの魔法は....!」

「魔王様製、魔道具、流転の魔槍の術式だよ~。――生命としての運命や在り方に変化をもたらす、特殊な魔法が内在している。今君が受けた術式は”反転”と”性”だね」

 

 その説明を受けた瞬間。

 ヘイゼルの肉体が――蠢くように変化していった。

 

「まさか....貴様....!」

 肉体が己が意思を無視し変化していく様を、何も出来ず見せつけられる。

 この変化の行く先を――アンゼはにこやかに、かつ冷然と呟く。

 

「うん。要は――これから君は、女になるのだよ~」

 

 

 縮む背丈。凹凸が生まれ行く体形。肉と骨が蠢き、肉体の輪郭が変形する。破壊と再生が、己の命をもってして行使されている。

 

 

「ぐええええええ!き、きさ、きさま....!」

「恨むなら――魔王様を恨んでね。生粋の女好きだからね~」

「あの変態アバズレクソレズボケ野郎がァ――!こんな仕打ち、まだ死んだ方がマシだァ――!」

 

 ヘイゼル。下級魔族の子として生を受け、二百年余り。

 不断の努力と執念をもって上級魔族にまで這い上がってきた男である。

 

 男として生き、這い上がってきた己が人生や尊厳。そういった諸々が――ただ一つの過ちと、その制裁によって粉々に打ち砕かれた瞬間であった――。

 

 

「ありゃりゃ。随分と美人さんになっちゃってまあ~」

「うるせぇ~!」

 

 ヘイゼルは自らに叩きつけられた仕打ちにキレ散らかしながらも、理性は強かに計算を行っていた。

 背後より、汽笛の音と車輪が軋む音が響いていく。

 

 ヘイゼルもまた――二つの術式を編み込む。

 

「無駄だってヘイゼルちゃん。魔王様がわざわざ君に私を遣わした理由は解るでしょう?君の魔法と私の戦い方は相性が絶望的に悪いんだから」

「そうだな。そこは私も解っているさ....!」

「うわ。魔王様慧眼だわ。女になった君の声、無茶苦茶艶があるわ~。これは女の子にしたくなる気持ちも解る~」

「うるせぇ~畜生!――だがなぁ。相性差があれども、本気を出せば倒せずとも少しの間五分に持っていくことくらいは出来るのだよ!」

 

 術式を行使した瞬間。ヘイゼルの足下にある大地は――枯れ、ひび割れていく。

 大地にある水分を術式にて蒐集。それらをもう一つの術式に通した瞬間――集められた水分は、鮮やかな”血液”となりヘイゼルの周囲を取り囲んでいく。

 

 大地から吸い上げた水分を血液に変化させ、それらを――ヘイゼルはアンゼの前方へと展開する。

 

「こんな事してそうするのさ?そんな大規模な魔法使ったところで、先に魔力を尽きるのは君の方よ~」

「魔力が尽きる前に――逃げ出せれば私の勝利だ!」

 

 アンゼの手にあるランスより術式が構築され、光弾が発射される。

 光弾にヘイゼルが構築した血液がぶつかり合うと共に。血液は光弾を呑み込み、凝固し、消滅させていく。

 これは、ヘイゼルの防御術式。

 血液の膜を作り出し、相手の魔法を凝固により防ぐ。

 

 されど――光弾がぶつかる度血液の層は薄くなり、いずれは消滅する運命。

 

 だが。

 ヘイゼルは――背後から迫りくる汽笛の音に向け、左手を向けた。

 

「あ。成程~君の狙いはそれか!」

「ではさらばだ!――魔王に伝えておけ!私は絶対、元の肉体に戻ってみせるとなァ!このままやられっぱなしで終わってたまるものかァァァァァ!」

 

 ヘイゼルは己が左手に血液を纏わせ、己が背後を通過する貨物列車の外枠へ放つ。

 外枠に血液が巻き付くと共に。ヘイゼルは、それを命綱に跳躍を行う。

 

 アンゼは光弾を放ち血液の綱を破壊するが――その瞬間には、ヘイゼルは列車の天井へと着地を果たしていた。

 

「私はこれより――人間界へ潜伏する!それではさらばだこのクソ馬鹿共がァァァァァァァァァァァ!」

 

 

 ――上級魔族、ヘイゼル。

 魔王からの制裁により女体化の魔法を喰らうものの、密航により人間界へ逃亡。

 

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