アベンチュリンを通じて対面会議に臨むトパーズは、ある人物から驚きのビジネスを提案される。
胴元はジェイド、ディーラーはアベンチュリン。
バニーガールはトパーズだ!
カンパニー本部のとある秘密会議室。
暗黒の中、スポットライトで照らされた円卓のみが浮かぶその空間に満ちる異様な緊張感に、トパーズは誰にも気づかれないように固唾を飲んだ。足元ではカブが大人しくしているが、落ち着かない様子を見せている。
卓についた者たちが、互いの腹を探り合うように目配せを交わす中、目を細めて唯一気楽に構えた男へ呼びかけた。
「それで……一体なんのつもりなの、アベンチュリン。十の石心全員を集めたりなんかして。いつも通りの会議じゃダメなの?」
「安心してくれ。理由もなく、銀河を股にかけて活躍する同僚たちを呼びつけたりはしないさ」
話を振られたアベンチュリンが、ハットの下から不可思議な色彩の瞳を見せる。
彼は自分たちのリーダー、「ダイヤモンド」に視線で許可を求めると、立ちあがって話し始めた。
「まずは、忙しい中招集に応じてくれたみんなに感謝しよう。決して退屈させないから、そこは安心してくれ。今回の議題は……我が友人から提案された、ある画期的なビジネスモデルについてだ」
アベンチュリンを除く九人の反応は、三つに分かれた。興味、懐疑、無反応。スターピースカンパニーにビジネスモデルなど掃いて捨てるほど存在する。新しい形のビジネスモデル……それも戦略投資部の幹部全員を集める必要があるほどのものなど、そうは見つかるまい。星神に謁見し慈悲を賜る方が遥かに簡単なはずだ。
その場の誰もが思っていながら、口には出さない。アベンチュリンはビジネスで悪ふざけをするタイプではないと、全員良く知っているからだ。彼が賭けに出る時、そこには必ず勝算があるということも。
ギャンブラーはショーをするかのように腕を振ると、背後の暗黒に進み出た。光の外に出たというのに、彼の姿はハッキリと誰の目にも映ったままだ。
「では、早速提案者本人に解説してもらうとしよう。この場を借りて紹介するよ。星穹列車のナナシビト……偉大なる開拓者のひとり!」
バッとアベンチュリンが手を差し出した先で、新たなスポットライトが灯る。
光の円の中に立つのは、灰色の髪を肩まで伸ばした黒衣の少女。トパーズが思わずあっ、と声を上げて腰を浮かせた。知らぬ仲ではない。
少女は目を開き、堂々と名乗りを上げた。
「名乗る必要はないと思うけど、敢えて名乗らせてもらうよ。私は……そう、銀河打者!」
―――アベンチュリンの初黒星か?
腕組み仁王立ちの少女を見て、数名はそう思った。
ジェイドは面白そうに微笑みながら首を傾げ、ダイヤモンドは変わらず肘をつき、手を組んだまま無表情。トパーズがゆっくりと腰を下ろすと、アベンチュリンが白けた空気を和らげた。
「ハハ、マイ・フレンド。こういう畏まった場ではちゃんと名乗るものだよ」
「アンタたちだって、コードネームで呼び合ってるのに?」
「おっと、それもそうだ。それじゃあ、我が同僚たちに解説してくれるかい、星核ちゃん。君の持ってきたビジネスモデルを」
「ふ……っ」
銀河打者は得意げに鼻を鳴らし、指を鳴らす。彼女の背後に空間投射型ウィンドウが表示され、勿体つけたアニメーションが流れ始めた。
「私があんたたちに提案する新プロジェクト。その名は……“トパーズアイドル化計画”!」
「……は?」
デデーン、と派手なファンファーレと共に提示された題名を見て、名指しされたトパーズが口を開く。
アベンチュリンとジェイドが帽子を目深に下げて肩を震わせた。
「つ、続けてくれ」
「あんたたちも知っての通り、トパーズは以前、ベロブルグでの借金取り立てに失敗してるよね。その負債がとんでもなく大きくて、トパーズが色々ペナルティを食らったことも知ってる。どうしてそうなったと思う? それは……ベロブルグがトパーズを“信用”できなかったから!」
「ちょちょちょ! ちょっと待ってよ!?」
固まっていたトパーズが円卓から乗り出して抗議した。が、銀河打者はなぜか偉そうな態度で鼻を鳴らす。
「会議中だよ、トパーズ君。静粛に」
「できるわけないでしょ!? アイドル化計画って何!? 大体、あの場には君もいたんだし、事の顛末は把握してるはずだよね!?」
「もちろん。ブローニャが決断した瞬間にも居合わせたよ」
「だったら……」
「だからこそ、知っている。ブローニャが“大守護者として、未来を不確定なギャンブルに任せるわけにはいかない”と言ったことも!」
待ち構えていたようなサウンドエフェクトとともに、画面が切り替わる。
そこにあったのは、カンパニーが手掛けてきた惑星再生計画の一覧とその成功率だ。
成功率は約60%。トパーズが手掛けたもののみに言及すれば、約80%。死にかけの惑星が環境ごと息を吹き返す確率としては、かなり高い方ではないだろうか。
「勝率80%……星核でボロボロになったヤリーロ=Ⅵにとって、これは決して悪い数字ではないはず。700年分もの借金を帳消しにした上で、寒波と裂界の影響を綺麗さっぱりなくせるなら、それに越したことは無い。実際ブローニャもそれで悩んでたし、ベロブルグの人々の意見も半々で、偉い人たちの会議でもなかなか決着がつかなかった。でもブローニャは、賭けに乗らない方を選んだ」
「……で? 私の過去の失敗を掘り返して、それがどうかしたの?」
あからさまに不機嫌になったトパーズが、銀河打者を睨みつける。
珍しい。トパーズがここまで敵対心を露わにするとは。ジェイドの物珍しそうな視線が、ふたりの若者を注視する。
銀河打者は怯まない。やや無表情気味の瞳を挑戦的に細め、言葉を重ねる。
「あの時、あんたは間違いなく誠意を尽くしていたと思う。姫子がカンパニーのプロジェクトの成功率を伝えなければ、確実に勝ってたと思う。だけどもし、プロジェクトの成功率を加味した上で、あんたを信用するという選択を取らせることができるとしたら?」
「それがそのアイドル化計画と、なんの関係があるわけ?」
「大アリだよ。トパーズアイドル化計画……それはつまり、カンパニー戦略投資部の支持率を目指したものだから!」
銀河打者が再度指を鳴らして画面を切り替えた。今度は小難しい用語と簡単な解説が一列に並ぶ。
「これは星穹列車のアーカイブ、つまり銀河中を渡って蓄積してきたデータの中から抽出した心理学の論文だよ。詳しい理論と文献は、アベンチュリンを通じてあんたたちに送っておくけど……これらの理論に従ってトパーズが大人気のアイドルになれば、支持率が上がる。惑星復興プロジェクトと合わせて宣伝し、信用度を上げることができる!」
「ろ、論理の飛躍でしょ!? そんなことで上がるわけ……!」
「そんな簡単に否定できると思う?」
投げられた言葉のボールは、変化球。トパーズをすり抜け、送りつけられた文献を速読する他の十石たちへと送られた。
彼らは答えず、しばし無言だったが、やがてジェイドが手を挙げる。
「なるほど、理には適っているわね」
「ジェイド!?」
「けれど銀河打者さん、それはトパーズが……例えばロビンのような、大人気のアイドルになることができれば、の話でしょう? そこまでどうやってお膳立てするのかしら。何より、トパーズでなくてはいけない理由は?」
「初歩的な質問だね。二つ目の質問から答えるよ。トパーズでなくてはいけない理由、それは当然、トパーズが可愛いから、マスコット枠のカブを連れているから」
「ぶぅ?」
「そして何より、トパーズ自身が自ら現場に赴き、プロジェクトを遂行する人だからだよ!」
突然名を呼ばれたカブが円卓にひょっこり顔を出す。
どこにあるのかもわからない次元プーマンの瞳は、自信満々にトパーズを指差す開拓者の姿を目の当たりにしていた。
「重要なのは、トパーズが自分でプロジェクトを遂行する人だってところ。寂れた惑星に大人気のアイドルが降り立ち、惑星再生プロジェクトを実行する。人気と支持、故郷の復興というメリット、トパーズ自身の実績が組み合わされば、80%の賭けであることを考慮してもトパーズの提案を呑む確率は高くなる。何より、民衆を味方につけやすくなる。半々だったプロジェクトへの賛否を、賛成に傾かせやすくできるということ!
加えて見ず知らずのカンパニーの借金取り立て人と、大人気のアイドル……どっちに現地視察をさせたいか、考えるまでもない!」
「そ、それは論理の飛躍だよ!」
「じゃあ聞くけど……あんたたちが今回招集に応じて、私の話を聞いているのはなぜ?」
「それは……アベンチュリンに言われて、ダイヤモンドが……」
「じゃあ、私がダイヤモンドに直談判したとして、この会議は開かれたと思う? ナナシビトだからといって、見ず知らずの人間に割く時間はない。アベンチュリンという“信用”がこの場を開かせ、私をこの場で喋らせている。
トパーズアイドル化計画は、この“信用”を全銀河に広く行きわたらせるためのプロジェクト!
カンパニーは好きでしょ、信用」
トパーズは奥歯を噛み締めて反論を探した。
無情なビジネスマンはそれを待ってはくれないが、無名の開拓者に容赦することもしなかった。
「お膳立ての話に移ろう。アイドルというのはよく知らないが、衣装と歌とステージが必要なことぐらいわかる。何より、知名度を上げるための最初の一歩は?」
「愚問だね。あんたたちもよく知ってるピノコニーで全部調達できるよ。アイリス家が既に衣装デザインを出してくれてる。作曲家についてもアテがあるし、特許と舞台の使用についてはアベンチュリンが交渉済み」
「広告の手段はどうするのかしら」
「憶泡を使う! ガーデン・オブ・リコレクションも協力に前向きだし、私は仙舟羅浮の金人港に伝手を持ってる。天舶司の舵取と、羅浮のSNSに通じたインフルエンサーにもね」
ビジネスにおいて百戦錬磨の戦略投資部の面々から投げつけられる疑問を、銀河打者は淀みなく打ち返していく。
ズブの素人にしか見えないと、最初はどこか侮りを見せていた十石のメンバーは、認識を改めざるを得なかった。
ナナシビトとして積み上げてきた人脈と信頼に裏打ちされた自信。オール・オア・ナッシングが信条のアベンチュリンが、賭けに出ようとするわけだ。
正式なビジネスの会話に、トパーズは私情だけで割って入るわけにもいかず、ホロウィンドウに映し出された衣装を茫然と見上げる。バニーガール風の衣装を着た自分の三面図を。
露出は少ないし、赤と黒をメインカラーに据えたとても良いデザインだ。他人事ならば、惜しみなく褒めたたえたであろうクオリティ。だが、自分がそれを着て歌って踊り、その様が銀河中に配信されるとなれば、話は別である。それぐらいの恥じらいは持っているのだ。
顔を赤くして立ち竦んでいるうちに、質疑応答の時間は終わった。銀河打者はトドメの一撃を放り込む。
「同じ失敗は、二度繰り返せない。トパーズがアイドルになって名を上げ、戦略投資部……ひいてはカンパニー全体の信用を底上げすることができれば、これからの仕事もスムーズに進められると思う。そうなれば、カンパニーでの地盤作りももっと楽になるんじゃない? その程度のことをやってないとは思わないけど、やりやすいに越したことは無い。でしょ?」
「……決議に移行する」
ダイヤモンドが厳かに告げ、審判の刻が始まった。
賛成、全員。反対、ゼロ。
トパーズアイドル化計画は可決された。
⁂ ⁂ ⁂
「信じられない! ほんっっっとーに信じられない!!!」
星穹列車に乗り込んで来たトパーズは、顔を真っ赤にして怒り散らしていた。
ラウンジのソファにどっかりと腰かけた星が、アベンチュリンのハットとサングラスを身に着けてグラスを揺らした。中身はパムからもらったジュースだ。
「ふっ、私にかかればこの程度……」
「ははははははははは! まさか本当にみんなやり込めるとは思わなかったよ、マイ・フレンド!」
「この裏切り者ぉ!」
腹を抱えて大笑いするアベンチュリンに、トパーズは涙目を向ける。
「なんでよりによって私を売り渡すわけ!? アイドルごっこならその子でも構わないじゃない!」
「議事録を見直してみるといい。君じゃなきゃいけない理由がいくつも転がってる」
「アベンチュリン、このプロジェクトにいくら投資した?」
「無論、オール・インだ」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
呑気に会話するふたりに反論もできない。それがなおのことトパーズを苛立たせた。
ベロブルグで星に説得を試みられたことはある。その時はなんてことはなかった。一蹴するのは容易かったし、トパーズ側の理論武装も完璧だった。それがこんな形で逆襲されるとは。
「でも、最後はトパーズも賛成したし。乗り気じゃん」
「私情以外に反論できなかったのよ!」
トパーズは頭を抱えてしゃがみこんだ。カンパニーの戦略投資部に属する以上、ビジネスにおいそれと感情を持ち込むべきではない。ベロブルグの時は、初代大守護者アリサ・ランドの残した造物エンジンを見逃すという、自らの失態のことも顧みてのことである。
騒ぎを横から眺めていたなのかが頭の痛そうな顔をして、ヴェルトが首を横に振る。
「まあ、その、なんだ……。うちの乗員が迷惑をかけた」
「そう思うなら手伝ってほしいんだけど~……!」
「カンパニーの幹部級が集まる会議での決定だ。俺が口を差し挟む余地はないだろう。……アイドルというのは、案外面白いものだ。楽しむといい」
「えっ、ヨウおじちゃん、アイドルしたことあったの!?」
「昔の話だ」
なのかから顔を背け、眼鏡を押し上げる。
ようやく笑いのツボを抜け出したアベンチュリンが、ヴェルトを見つめた。
「はぁ~……。しっかし、星核ちゃんがここまで口達者だとは思わなかった。面白いものを見せてもらったよ」
「ふっ、金人港では、あんたたちの手先をやり込めたことだってある。論破王銀河打者とは私のことだ」
「ははは、いいね! どうだい、もういっそウチに加入するっていうのは。トパーズの上司として十石入りできるかもしれないし」
「絶対に嫌!!」
「ウチもやめた方がいいと思うな……100%変なことを考え出すもん。ゴミ箱とか」
星はムッとして言い返した。
「今のところ、ゴミケーキをマスコットにして売り出そうとしか考えてないよ」
「考えてるじゃん! っていうかゴミケーキって何!?」
「前に、なのそっくりの子を見せたでしょ。あれのゴミ版」
「……ごめん、何言ってるのか全くわかんない」
もはや理解を諦めたなのかは、列車の床でカブを抱いて這いつくばるトパーズを気の毒そうに見た。
後に、星はさめざめと泣く彼女をピノコニーに連れて行き、初ライブを開催。
クロックトリックで楽しい気持ちになってトパーズのパフォーマンスは、ピノコニーを震撼させることになるのだが……。
それはまた、別のお話。