ぺら……ぺら。
報告書の内容を吟味しながら、幾つかの道筋が浮かんでくる。
一つ、短期的に解決は可能だが、後々面倒であり万が一の危険が伴う武力行使。
一つ、正道ではなく国家そのものを少しずつ追い詰めていき、非合法の手段も辞さない下種な方法。
一つ、あくまでも自滅に追いやるべく、隣国の恐怖を常に感じさせて、疲弊させる方法。
すぐに思いつくだけでも、東ヘルマン帝国を滅亡させる方法はある。
しかし、魔王ランスはもういない。
最早国が成り立つ理由は存在していないのだ。
「まあ、今はまだ国として成り立ってるけどねえ」
リアは考える。
東ヘルマン帝国なぞリーザスの敵ではない。しかし人の心に染みついた恐怖はそう簡単に拭えることはないし、自分の大事な人達を傷つけようとする輩に遠慮する気も無い。
だが悪名をわざわざ増やす必要も無ければ、相手してやる義理も無い。
それに東ヘルマン帝国を滅亡させたとしても、リーザスにとって何が何でも欲しいものもない。
「寧ろどうにかしたい気持ちが大きいのはヘルマンだから、高く売りつけてやんないとねえ」
ランス・ザンス・マリスといる時のリアは女王というより、ちょっとしたアホの子みたいにもなる。
他のランスの子供達に関しては、リアはそれなりの親愛の情はあるが、あくまでもリーザス女王としての顔になる。
女として、女王として、母親としての顔を使い分ける。
だがリアの本性は残虐であり、粘着質であり、気に入ったものは絶対に手放さない。しかし手放す時になればリアの記憶からはすぐに消えうせる事になるであろう。
「くすくす、いい子ちゃんのシーラは今後どうするかしらねえ。まあダーリンやザンスだけならぶっ飛ばすの一択だろうけどね♪」
その心は愉悦。
愛する家族が求めるなら、リアは自分の全てを捧げる。
ランスに対しては情熱を、ザンスに対しては愛情を。その為なら有象無象の事なぞどうでもいい。
スシヌに関しては、ザンスが欲していると分かるから、一応政略結婚込みでゼスに伝えているのだ。同時にザンスの精神性はまだ幼い。
本来ならもう少し王族の黒い所も見せるべきだろうが、リアとしてはまだ今のザンスを愛でていたいのだ。
「リア様。その顔はまだザンス様に見せるには早いです」
そしてリアが絶対の信頼を置くマリスにそういわれてしまえば、
「もーマリスったら。冗談よ、冗談」
あっさりと表情を変えるリア。だがマリスにとってもザンスは息子の様に可愛がっているのだ。
「ですが……そういった方面を担当できる人間を、ザンス様に心服させることも考えねばいけませんが」
「そうねえ、リーザスに忠であって王家への忠義とかはまた別物だしねー」
「機会さえあれば問題ありません。ザンス様を知れば仕えようとする人材もピックアップしております」
「さっすがマリス。頼りになるわー」
こうして次代のリーザス王を支える人材は増えていく。
国を支えるのは人であり、その人材を多く抱える国こそが栄えるのだ。
そしてヘルマンでは、
「……う~ん。もう私より他の候補の方のほうが相応しいとは思うんですが」
「シーラ大統領の言い分は理解できますが、これまでの実績を考えると国民の大半は引き続き大統領を務めて頂きたいのです」
これまで大統領を長年務めてきたシーラ。
革命以来、ずっとヘルマンを良くするために様々な功績を積み、私心無く公平に働いてきた事はヘルマン国民どころか他国でさえ理解している。
そしてシーラ自身はまだまだ若くその手腕は今後も信頼できる。
となれば、安寧を願う国民としては大統領が変わるより、今後もシーラに大統領を務めてもらうのが一番いいことは明白であった。
その為、シーラ派の政治家を務める人間としてはシーラに何とか立候補してもらいたい。
一度立候補しなかったのに、蓋を開けてみれば国民のほとんどがシーラを記入したことが、それだけシーラが愛されている証拠でもあるのだ。
「ですが、一人の人間がずっと政権を握り続けるのも問題があります。
勿論国政を司る人が悪い事を考えるのは言語道断とも言えますが、時代の流れは刻一刻と変わりますから、違う考えを持った人が大統領を務める事も重要なんです」
「しかし、今後の外交や国政は世界全体から見れば、シーラ大統領の長年続けてきた政策は今後の時代の流れに合致しております。
だとすれば、もし同じ政策を掲げる候補者が大統領になったとしても、ヘルマンの外交の信頼関係は圧倒的に下がってしまいます。
そして各国もそうですが東ヘルマンを帰依させるには、現時点での新しい大統領には不可能です。
それには魔王ランス時代から、再三会談要請を出し続けたシーラ大統領の人柄こそが、東ヘルマンの態度軟化に必須と私は言わせていただきます」
こんなやり取りは、大統領任期の終わりが近づくたびに行っている。
最後の皇帝としてパットンが王権制度を終わらせ、国民こそが国の代表者を決めることにしても、やはりどこかで今迄の価値観から簡単には抜け出すことは出来ない。
だからこそ、元から国民からの人気が高かったシーラが選ばれ、そしてシーラはその期待に十二分に応えてくれた。
またシーラ自身の人柄に惚れた政治家達は清廉潔白な人間が多く、何より議会でもそのシーラ派が圧倒的に議席を獲得しているので、シーラが大統領で無くなれば確実に議席が減ることも懸念している。
そうなればまともに国の為に働く議員が減ると言う事は、また昔の腐敗政治が蔓延ったヘルマンに戻るかもしれないという恐怖観念が呼び起こされてしまう。
「大丈夫です。確かに大統領という立場から離れても、私はヘルマンの為にまだまだ働きますから」
「だとしてもです。確かにこれまで大統領として働いたのですから、一度大統領という立場を手放し外からの立場で働くことも今後の為になるでしょう。
ですが、今はその時期ではないと言わせていただきます」
「……どうしてもですか?」
「どうしてもです」
お互い平行線にしかならない会談となるが、政治家側はシーラの裏にある想いも理解している。
「……確かに人間に戻られたランス殿の傍に行きたいのは分かりますし、気軽に会いに行ける立場になりたいでしょう。でも本気でお願いします。本当にでシーラ様じゃないとこの政局乗り切れないんです!」
シーラ。
理解はしているが、奴隷としてはランスに会いたくてたまらない日常であった。
またJAPANでは、
「……うむ」
もきゅもきゅと32個目のお握りを頬張りながら、縁側でくつろぐ謙信。
その横には五十六がお茶を飲みながら、目を閉じている。
「平和……ですね」
息子である乱義は国主として多忙を極めている。その手伝いをしたいという想いはあれども、もう自分の足で歩いている息子に余計な口出しをするのは良くないと理解している五十六。
同様に隠居している謙信も、政治の世界など愛にずっと任せていたので、ある意味二人は似たような立場でもあった。
「そうだな。世界から武器が不要というわけでは無いが、必要な場所は減ってきている。
それは良いことだ」
「……謙信様はランス殿に会いに行かれないのですか?」
そう、今でも謙信はランスの事が好きで、30半ばでもその美貌は失われていない。
「会いたいという気持ちはある。だが今はその時ではないだろうな」
ランスに係った人々は知っている。
15年以上死に別れていた筈のシィルが戻ってきたことを。
それはランスがどれだけシィルを愛していたかを知っている人間にとって、大きな出来事であるか。
五十六にとっては乱義を授かることが出来ただけで、これ以上望むことなど出来ない。
だがもう一度愛してほしいという気持ちは残っている。
ならば愛していれども、子を授かれなかった謙信の事を考えてもしまう。
「ランス殿の傍にはシィル殿がいる。
そしてシィル殿こそがランス殿の唯一無二の存在であり、今はそれを取り戻す時間でもあるのだ」
そう言って34個目のお握りを頬張る。
「それに……あの方は……またどこかを冒険をするだろう。その時もしかしたら供に加えていただけるかもしれない。そう思うだけで私は充分だ」
その表情は少し寂しいのかもしれない。
されどその表情もまた綺麗と五十六は思ってしまうのだった。
そうやってランスが愛してきた女性達は各々の時間を過ごしながら、またランスに会いたいと願うのだった。