宇宙ホタルの件が過ぎ去った後でも相変わらず〈ヤマト〉艦内での乗組員と空間騎兵隊のトラブルは少なからず発生していた。
「いったい、いつになったら着くんだ!」
と斎藤もこの暴れっぷりである。それに対して
「そんな簡単に着くわけないだろ。これまで知りもしなかった古代遺跡みたいな惑星にあっという間に着けるなら、白色彗星なんて既に迎撃できてるだろうさ」
と島が言い返し睨み合いが続くのが3日以上は続いていた。そこに加えて敵国の捕虜までいるのだから艦内の空気感は明らかに良くない方向に向かっていた。そのことを森はかなり懸念していた。
ある日、事態を重く見た森は一度主計科の方に立ち寄った後に艦長室へと向かう。ギーンとエレベータとエレベータの筒の間の空気が擦れる音が籠のなかに響く。間もなく艦長室のある甲板に到達し、扉を軽くノックした。土方が入れ、と言うので森は頭を軽く下げて入室した。
「おじさま」
「ああ、雪か」
土方はそう言うと直ちにインスタントのお茶のパックを開け、給湯器から湯飲みにお湯を注ぐ。
「あ、申し訳ありません…」
「気にするな。俺の勝手でやっているだけだ」
土方の手早い茶の用意に森はやや驚きながらも席に着いた。
「こうやって話すのは久しぶりだな」
「確かに、そうですね。ガミラス戦役以後は暫く、話せてませんでしたね」
「ああ…それより、何を言いに来た。こんな雑談をするためじゃないんだろ」
「はい。おじさま、出来れば餅つきを開催することを許可願いたく思います」
「餅つき?」
土方はいつもの何処か不機嫌そうな眉を上げ驚いたような表情をする。突拍子もないその案は全くの予想外だったのだ。
「はい。このところ空間騎兵と乗組員の軋轢やガトランティスの捕虜に対する恨みなど、艦内の空気があまりよろしくありません。正月はわずかに過ぎてしまってはいますが、これで少しは艦内の空気を和らげられるのではないでしょうか?」
うむ、と土方は少し悩むような顔をする。1年間同居していた時期があったとは言え土方の表情が何を考えているのか、未だに森には掴めなかった。そうこうする間もなく、土方は少しばかり緑茶を飲むと、意外にもあっさりした結論を出した。断る理由がないので許可する、とのことであった。
それから15分と経たないうちに食堂では食卓を並び替えて中央に大きなスペースを作り、急遽技術科の材料を拝借して作られたセラミック製の臼にOMCSで無理やり作った木製の杵…即席にしては十分な用意ができたようである。そして何も知らない古代からして見れば、明らかに怪しい光景であった。
「平田さん、これは?」
「あれ、古代さん。もしかして、何も聞いてない感じですか?」
「はい、そんな情報は全く…」
平田から餅つきの件の説明を受けた古代は面白そうだ程度の漠然な構えをしていたが、ふと彼の頭に1つの考えが浮かんだ。そう言うと古代は艦長室へ向かうエレベータへと直行するのであった。
それから暫く、艦内放送で集められた乗組員は自身の目を疑った。そこには例の緑の肌を持った、ガトランティスの捕虜がいたのだ。
「古代、てめえ何考えてんだ!」
と怒鳴り込んできたのは案の定、斎藤であった。
「艦長の許可は得ている」
「そういう問題じゃねえだろ!」
引く様子のない古代に対し、斎藤も噛みつかんとばかりに張り合う。しばらく膠着し、誰も手の施しようがないとあきらめていたところに割り込んできた足音の主はキーマンであった。
「なんだてめぇ、なんの用だよ」
無言で近づくキーマンに威圧の意味を込めた質問をぶつける。
「貴様こそ、捕虜の扱いを弁えていないとはな。所詮はテロンの野蛮人か」
「てめぇ!」
「斎藤、よせ」
「古代戦術長、貴官はまるで部下の統制が出来ていない。まだ我々の親衛隊の方がマシだ」
「っ…」
「彼らも最低限、デスラー総統には絶対の忠誠を誓っている」
古代も思わず喧嘩腰の悪意の前に拳を握ってしまうが寸手のところで振り上げるのを抑えた。
「ったく、ガミ公ってのは嫌な奴だぜ。そう思うだろうよ、なあ?古代戦術長」
「斎藤、お前もお前だ」
「へいへい。しっかし、何の関係もねえくせに『デスラー』なんて大層な名前を例に挙げやがって。腹が立つぜ」
その言葉にキーマンは軽く眉をひそめたが、誰一人としてそれに気づく者はいなかった。
この様ないざこざがあった為に餅つき大会は最初、どこか気まずげな空気で充満したところから始まったが次第にそんな空気も和らいでいった。ガトランティス語対応の自動翻訳機を取り付けた彼は古代に連れられる形で、その奇妙な白い塊に興味を示していた。
「これは…?」
「あぁ、これは地球の一地方に伝わる『餅』っていう伝統的な食べ物だ」
「モチ…?」
「そうだ。食べるか?」
古代は皿に僅かずつ、様々な味付け用の粉末や液体を垂らし捕虜の好みの味付けを選ばせた。捕虜が選んだのは醤油であった。恐らく、オムシスのような技術があれば容易に得られるような糖とは異なりそれなりの核融合で作り出さねば人工的には得られないナトリウムの方が貴重だと本能的に選んだのかもしれない。
メーザーは餅を何か、宝物か子供のおもちゃのように四方を手にとって眺めてみせる。そして、その餅を口に入れようとした。
「そう言えば、喉に詰まりやすいから気をつけ」
古代がそう忠告したと同時にメーザーは餅を一気に飲み込んだ。
「あっ」
「ゲッ…ゲホッ、ゲホッ!!!」
古代はメーザーの肩を担いで佐渡の元へと急いで連れて行った。
「佐渡先生!」
「何じゃ、こっちはようやく落ち着いて酒と餅を嗜んどるんじゃ!」
「それが…」
事情を説明する古代。その隣でも捕虜は苦しさに藻掻いていた。
「捕虜が餅を一気に食べて喉を詰まらせとる?なんだ、そんなことかい。そんなら話は早い」
「ちと痛いぞ、せい!!」
餅はまだ出てこない。
「もういっちょ!」
どうにか捕虜は気管に詰まりかけていた餅を吐き出し、胃の方へと戻すことに成功した。
「すまない…そんな目に遭わせるつもりはなかったんだ」
「いや、気にせずとも良い」
捕虜は深呼吸をして調子を整えようとしていた。どうやら、話を聞くに自分の食べ方が誤っていたことを自覚しているようにも思えた。
その後、これと言ったこともない雑談を繰り広げる中で古代は今だと確信し、本来は尋問でやる質問を挟んだ。
「しかし、君たちは一体どこから来たんだ」
だが、先ほどまでの表情を保ったまま捕虜は無口を貫いた。
「あの巨大クエーサーとは何か関係があるのか?」
もう一度聞いてみる。だが、無駄に終わった。彼は武士であった。捕虜の身になろうとも、保身に走ることなく帰属する集団の利益を考える漢であった。古代はそんな彼の姿勢に驚いた。
「…そうか、すまない」
「いや、気にせずとも良い」
餅つきが終わり、他に方法もないのでとりあえず古代は捕虜を営倉に入れておくこととした。土方の賛同も得た行為で問題はない筈だが、古代にとって何か釈然とするものではなかった。
それからどれ程時間が経っただろうか、いつもの様にメーザーが古代が営倉に差し入れた地球の詩集を徒然に読み漁っていると耳奥が妙に震えるような感覚に見舞われた。
「ん…?」
「妾の声が聞こえるようだな」
聞き慣れた甲高い声。それは帝星ガトランティス丞相、シファル・サーベラーの物に違いなかった。
「丞相!」
「お主、恐らくあの〈ヤマッテ〉とかいう船の内部にあろう」
「申し訳ありませぬ!このガトランティスの戦士ともあろうものが、囚われて屈辱の身に…」
「本来ならば死してその誉れを果たさんとするべきだが、此度はそのような説教をするためではない」
話が掴めずメーザーは軽い唸り声を上げながら黙ってしまう。彼が戸惑っていることを察したサーベラーは話を進めることにした。
「その方、大帝の御役に立ちたいとは思わぬか?」
「はっ!そのようなことが出来れば、我が身一生の光栄であります!」
「ならば大帝の興に付き合うといい」
「興、でありますか?」
サーベラーから興について一通り聞かされたメーザーは意欲こそあるものの、果てして自分にできるか疑問を抱かずにはいられなかった。
「私はこの船についてまるで知らず、その様なことを実行できるかは…」
「潜入者が内部の人間関係についてある程度把握しておる。貴様はそれに従って彼らに選ばせれば良いのだ」
「…!」
(あの古代という男の期待を裏切るのは残念だが…戦士たる者、やむを得ん)
メーザーには少し躊躇いもあったが、ガトランティスの戦士としての定めを果たす為ならば他所の星の者を裏切るなど容易いことにも思えた。彼は大帝に忠誠を今再び誓ったのだ。
それから暫くすること1日、レーダーで西条は異常な重力帯を観測した。だが、それは既知のデータに酷似していた。
「前方100skmに小規模なクエーサーを確認。恐らく、例の要塞かと」
「了解した。真田副長、デコイの製造は?」
「あれ以降量産を進めていたため予備を抜いたとしても15個ほどは使用可能です」
「ならば苦労もしなさそうだ。航空隊に伝達、全機はっか…」
土方が発艦命令を出そうとしたその時だ。
「艦長、格納庫のハッチが既に開いています!」
「パネルに映像を回せ」
「例のガトランティス兵!?しかも誰かを抱えている…?」
それと同時に艦橋に駆け込んで来たのは加藤であった。彼は息を切らし、非常に慌てていた。
「おい、俺のスワローが盗まれてるぞ!どういうことだ!」
「コスモスワロー隊、緊急発進だ。加藤はその場で待機、隊の指揮は山本に任せる」
「了解!」
すると古代が席から立ち上がり土方の前に向かった。
「土方艦長、自分も行かせてください。捕虜の責任はこの私にあります」
「無論そうさせるつもりだ、捕虜の責任は取ってもらう」
返事を聞くと同時に古代は走ってコスモゼロの格納庫へと向かった。カタパルトへと持ち上げられたゼロは勢いよく投げ出される。
「古代進よ、汝この声を聞かば…」
「メーザー、どういうつもりだ!?」
古代の視線の先には強奪された加藤のコスモスワローのコックピットに向けられていた。加藤機は月面から発進してきた際に教導隊のものを流用していたために、複座となっている。前部座席に座っているのがメーザーなのは言うまでもない。そして、後部座席には古代の最愛の人である森雪が乗っていた。
「我が機体に貴様の愛する者が乗っているのは見ての通りだ。では、興を始めよう」
「何?」
「ヤマトには現在機関部に爆弾が仕掛けられている」
通信を傍受している〈ヤマト〉艦内で艦橋要員は全員が驚きを浮かべる。すぐさまに徳川は艦内電話で機関室に呼びかける。
「機関室!…おい機関室、応答せんか!」
「機関長、艦内の一部通信回路が切られています」
相原の焦った声が響く中、真田は妙な違和感を覚えていた。
「いや、これは、、、内部からの犯行か?」
『古代進よ…貴様は今、選ぶことが出来る。この女を宇宙の藻屑とすることを選べば、ヤマッテを救う。或いは、ヤマッテを鉄塊にするのならばこの女を救うことを約束しよう。さあ、選べ』
メーザーがぺらぺらとしゃべる後ろで森雪は覚悟を決めていた。
(古代君、あなたは選んでしまったらきっと自分を許せなくなる、、、だから)
ヘルメットのバイザーを下げた彼女は座席のプラグを勢いよく引いた。それから瞬きするよりも早くコックピットが開き後部座席が射出された。宇宙での座席射出による脱出は遭難を防ぐために射出直後に制動用のスラスターが自動で作動することを考慮しても、デブリとの衝突や戦闘空間内ゆえに脱出直後にプラズマに分解されることも決して珍しくない、まさに万事休すの際に取る賭けに近い行動である。
「貴様よくも‼」
すかさずFCSをオフにした古代はメーザーの乗機に銃弾を放った。風防が空いて丸見えとなったコックピット内部となってはメーザーの最期の表情がよく見えた。彼の顔は絶望、そして何より二人の行動それぞれが理解ができないという表情を浮かべていた。
その様子をズォーダーはゴレムの天守閣内でうかがっていた。
「感覚共有信号、途絶えました」
「所詮は囚われの身となった恥ずべきそ存在、微塵ほどでも命を永らえさせて頂いたことに感謝せねば無礼というものでありましょう。そうですよね、大帝」
相変わらずサーベラーは嫌味で高飛車な声で大帝に同意を求める。だが、大帝はそんなことなどどうでもいいように悩んでいた。
「あれらが下等人種だとしても、末端の輩までが独自の思考を働かせるとは、、、いや、下等ゆえか?しかし、、、」
「大帝?」
宇宙を彷徨い、戦い、星を砕き進む。己の道もなすべきことも先祖代々から決められた道を進めば迷いなどいらない。定まった覇道を行くことこそガトランティスのあるべき姿であった。迷いとは弱さであり、弱き者は殺される。だが、ズォーダーは迷い持つはずの野蛮人がガトランティスの民を倒すのを初めて見てしまった。「選択」などどいう余計なひと手間を加えねば生きていけない野蛮人が、だ。
「サーベラーよ、此度の星は少し楽しめそうだぞ。フフフフフ、ハハハハハハハハ!」
「まあ、それなら良かったですこと、オホホホホ」
彼らの母星が宇宙を席巻するように、玉座の間に高笑いが響いていた。