第四話「大海原、再び」
「長官、ヤマト周辺に不穏な動きがあります」
「不穏な?」
防衛総省大臣室に芹沢はやや慌てた様子を見せながらも、一見何事もないかのように入室した。藤堂は眉を細めて話を続けさせた。
「はい、0600現在、旧乗組員が職場を放棄して続々とドックに集結し始めています。おわかりでしょう?直ちに退艦命令を出します」
「待ち給え、芹沢幕僚長。まだ彼らが反乱すると決まったわけではないだろう」
「断固として阻止しなければ!」
「いや待て」
ヤマトを抑えんと意気揚々とする芹沢を一刀両断するように、藤堂はただ掌を見せつけて止める仕草をした。
「彼らは地球を救った英雄だ、乱暴な真似は断じて避けねばならない」
「無論、その点に関しては問題なく。ですが、放置しておけば我軍の秩序を乱すことになります」
「うむ…やむを得まい…」
「では、よろしいですね?」
芹沢の押しに藤堂は食い下がる事となった。
「わかった…退艦命令を出したまえ」
その頃、ヤマトでは発進に向け次々と準備が行われていた。その時、艦橋内に通信要請の旨の音が鳴る。相原は直ちに内容を確認した。
「艦長代理、司令部から緊急通信です」
「繋げ」
相原がスイッチをオンにする。パネルには芹沢の顔が映し出されていた。第一艦橋にいる者でそれを注視しない者はいなかったが、内容は聞かずとも察しがついた。
『ヤマト乗組員に次ぐ、長官命令だ。諸君の行為は地球連邦政府に対する反逆である!直ちに退艦せよ!命令に従わない場合は反逆罪で逮捕する!』
古代は相原にこの通信を艦内全域に流すよう指示する。相原は戸惑ったが、とりあえず古代の命令に従った。
『もう一度繰り返す!直ちに退艦せよ!よく考えたまえ、今からでも遅くはない!』
反逆者に対する常套句を芹沢は述べた後に通信は途切れた。だが、古代に迷いはなかった。
「皆、これが地球の現状だ。だがヤマトは予定通り出航する。平和を願う人がいる限り、ヤマトはそこに向かねばならない。退艦する者は早くしろ。残るものは十分覚悟してくれ。これが我々の旅立ちなんだ。去るも残るも皆の自由だ」
古代の言葉の傍ら、次々と各部署からの通信を受け取る相原はモニターの内容に瞳孔を開かせる。
「古代さん、乗組員退艦者なし。降りるものはいません!」
「そうか…!」
ヤマトから人が降りる様子がないことに芹沢は痺れを切らす。藤堂はそれに対して何処か焦っているようにも見えた。
「ヤマトめ、命令を無視して発進するつもりだな。ゲートを閉じろ、戦闘衛星を太平洋上に展開、何としてでもヤマト発進を阻止する!」
「芹沢くん、まさか全員揃ったわけでもあるまい。まだ彼らへの説得を試みるんだ」
「長官、いささかヤマトに甘すぎやしませんかね」
「試みるのだ、説得を」
芹沢に対し、藤堂は一歩として譲ることはなかった。訝しさを覚える芹沢ではあったが、文民統制のご時世では仕方ない。ただ、防衛総省大臣である藤堂に従うほかなかった。
その頃、真田は彼にしては珍しい落ち着かない表情で厳しそうな顔を浮かべた。
「しかし、森君はともかくとして島が来ないな…」
「…タラップ上げろ」
古代は真田の不安を含む疑問に対し、冷たい命令で回答した。つまるところ、残留希望者扱いである。
「古代!」
「…やむを得ません」
真田は古代の悲しげな、諦めた目を見て彼自身もまた俯きながらタラップをあげさせた。遂に、廃艦寸前であったはずのヤマトが再び宇宙の大海原に飛び立たんとしているのだ。
「船台ロックオープン」
「艦内全機構異常なし、エネルギー正常」
「補助エンジン内圧力上昇、始動10秒前」
徳川がモニターをすっかり慣れた手つきで確認する。
『補助エンジン、動力接続』
ふと、古代の耳元に島の声が聞こえた気がした。古代はふと、航海長の席を見るが依然として人はいなかった。だが、古代にはもしかしたら島がこの船に乗っているのではないか、という希望を捨てられなかった。気を取り直した古代は本来、航海長の仕事である機関関連の号令を行う。
「補助エンジン動力接続」
「補助エンジン動力接続、スイッチオン。補助エンジン低速回転1600。両舷バランス正常パーフェクト。対水圧ドーム注水、後部ゲート閉鎖」
今まさに発進しようとしていたその時、船渠の内部ゲートが金切り声を上げながら閉じられるのをヤマト乗組員は目の当たりにした。南部が悔しそうに舌打ちをする。
「いよいよ本格的な妨害に来たか…」
「どうする?」
確認すると、注水ドームも開かなくなっていた。注水が機能するならゲートを吹き飛ばす選択肢もあったが、注水しないままに破壊すればヤマトが水圧で押し流され、激突するのは明らかであった。真田がいつになく険しい表情をして腕組みをしながら考える。一応の考えは出たらしく、口を開くがどこか望ましくはなさそうな表情であった。
「一つの方法としてはゲートの制御室に直接乗り込むということだ。だが、それでは地球に誰かが取り残されることになるだろう…」
ヤマトの乗組員は半分家族のようなものであった。既に乗り気でない島や森、怪我をしている新見が取り残されているというのにこれ以上の欠員は出したくない。イスカンダルへの16万8000光年の旅路をした者にとって、誰かを地球に置き去りにするというは避けたいことであった。また、ここで残せば保安部の者に捕らえられ、尋問を受ける可能性が高いだろう。それだけに、どうしたものかと考えていたところ通信で新米が真田に呼びかける。
『真田さん!』
「どうした新米?」
『どうやら協力者がまだ地上に残っています!その人に頼んでコントロール室からの制御を、僕はヤマト艦内からのハッキングを働きかけてドックのハッチを開けてみます!』
「協力者が誰なのか知るよしはないが…早速仕事をしてくれるじゃないか、流石だな」
真田だけでなく、第一艦橋の面々も無論、感心していた。
「流石小さい頃から真田さんと関わっていた人だ」
「いや、あれは彼の生粋の性格だよ。あの純粋な探究心には私も目を見張るものがある」
真田はひたすら新米への感心にふけていた。その時、ドックの注水ドームとハッチのキーが解放され、緑色のランプが光るのを確認できた。
「真田さん、ドックに注水できるようになりました!」
ドックの方の制御室を見ると、見覚えのある女性が敬礼をしていた。眼鏡をかけ、頭や片目は包帯で隠れており、右腕も骨折しているため左腕で敬礼しているが、間違いなく彼女であった。
「あれは!」
「新見さん!」
彼女は何らかの手段を用いてこちらに急行したのだろう。やや病床に何日もいたこともあって、疲れ気味のようにも見えた。
(守、あの子は本当にあなたの弟ね…)
真田は新見に敬礼をする。角度の問題から彼女から真田の姿は確認できないだろうし、逆も然りだが誰よりも心の籠もった敬礼にも見えた。
「ドーム注水」
「水位、5,6,7…」
その時、再び司令部からの緊急通信が届く。再びパネルを起動すると、今度は藤堂の顔が映し出されていた。
「長官…」
『古代…どうしても行くつもりか?』
「…はい」
藤堂の悲しげな目は古代にとって酷く刺さった。だが、今更引き返すなどできるはずもなかった。
「水位上昇。12,13,14…」
『君たちはそこを出た時から反逆者として追跡されるだろう。かつての栄光を担った君たちを想うと残念でならない…古代、思いとどまってくれ』
真田は引き続き、水位のカウントを淡々と行う。
「水位、艦橋を越えます」
古代は長官の願いを蹴る他なかった。彼にとっての使命を果たす以外にやるべきことがあるとは思えなかった。
「長官、我々はヤマトの、沖田艦長の栄光を忘れてはいません。だからこそ行くのです」
「注水完了」
真田が古代の方を鋭い眼差しで見る。古代はそれに応えるように決断を下した。
「長官…発進します!」
『古代…』
「ガントリーロック解除」
瞬間、艦は僅かに横揺れを起こした。水中なのでたいしたものではないが、揺れは決して小さくはなかった。航海長の枠が欠けている今、水中での操舵に慣れていない古代が操艦せざるを得ないのでやむを得ないことであった。他の航海科要員もいるが、古代のほうが宇宙防衛大学校での操艦の成績が優秀であり彼のほうが適任なのである。
「微速前進0.5」
「微速前進0.5」
古代の指示に徳川が復唱する。古代は自身が艦長代理であるという重い立場を感じずにはいられなかった。
「ゲートオープン」
「ゲートオープン」
「ヤマト海中へ進入」
やがて、ヤマトは徐々に船体を海へと露わにし、さながら潜水艦のように海の中を這って進んでいく。
「波動エンジン内エネルギー注入」
徳川が号令をかける。これが我々の船出だ、古代はもう一度自分にそう言い聞かせた。島や雪を置いてきてしまった、藤堂長官の命令にも背いた。戻ればヤマトは解体される。我々は逮捕される。ここから先はどうやら一方通行に他ならないらしい。
「補助エンジン第二戦速から第一Sノットまであと30秒」
「波動エンジンシリンダーへの閉鎖弁オープン、波動エンジン始動5分前」
徳川の言葉に、古代は焦りを感じる。いよいよ宇宙へと旅立つのだ。その舵を自分が握っていることに不安を覚えた。やはり、この艦の舵は彼でなくては落ち着けたものではなかった。
(島、お前がいてくれたら…)
そう思いながら、古代は額に汗を垂らすが必死に隠そうとする。
「波動エンジン内圧力上昇、エネルギー充填90%」
「揺れが大きいぞ、落ち着け古代」
真田は古代の焦りに勘付いていた。
「すみません、水中での操作があまり慣れてなくて…」
「良いか、海面へ出ると同時に波動エンジンに点火してジャンプするんだ」
「補助エンジン最大戦速、上昇角40,海面まであと2分」
「波動エンジン内圧力上昇エネルギー充填100%、波動エンジン点火2分前」
その時、第1艦橋の扉が開きある一人の男が入ってきた。かた、かたと一歩一歩と迫る。そして、彼は古代の肩にポンと左手を置くと、古代の握る操艦舵を上から手を重ねるような格好で握った。何事かと古代は後ろを振り向く。
「島!」
古代の強張った顔は真夏の太陽のもとにある蝋人形のように緩み、笑顔で溢れんばかりであった。
「古代、上出来だよ」
「島…!」
「ほほほ、驚いたのぉ」
真田や相原といった多くのメンバーが驚いている中、徳川と「偶然」付き添ってきたのかドア前にいる佐渡はさも乗っていたのを知っているかのような表情をしていた。
「話はあとだ、俺がやろう」
古代は自身のあるべき戦術科の配置に戻り、島が航海科の座席に座り舵をとる。先程までのやや不安な雰囲気が嘘であるかのように船は安定して水を切り裂き始めた。すっかり古代も安堵の笑顔を浮かべて戦術長の任に戻っていた。
「フライホイール始動10秒前」
「海面まであと30秒、現在補助エンジン出力最大」
「波動エンジン内エネルギー充填120%、フライホイール始動!」
「フライホイール始動!」
徳川の号令に合わせて島が復唱し、レバーを引く。波動エンジンのタービンがガクでガクと超テクノロジーとは似ても似つかぬ古く、懐かしさを感じさせさへするような音で回りだす。それは徐々に轟音となり、遂に滑車の如く凄まじい勢いで回りだした。
「波動エンジン点火10秒前」
「5,4,3,2,1……」
艦橋が、砲塔が、そして艦首が…伝説の戦艦が海を割ってその姿を現す。
「フライホイール接続、点火」
島が更にレバーを引く。波動エンジンにいよいよ火がつき、水面をかき分けた。
「ヤマト、発進!」
古代の言葉に合わせ、ヤマトは空へと舞い上がった。朝日に祝福され輝く船体から水が滴り落ちる。波動エンジンから吹く火はその巨体を宇宙へと押し上げるべく轟々と声を出す。
「上昇角40度、全艦異常なし。大気圏内、備翼展開」
船体側面から翼がぴしりと生える。そのままかつての英雄は、「英雄の丘」の沖田艦長の像の遥か上空を羽ばたき、宇宙という果てなき大海原を目指した。藤堂は司令部のモニターに映し出されているヤマトをただただ見つめていた。
(沖田の子供たちが往く…)
ヤマト艦内で、ヤマトの逆探反応に船務科の西条未来は気づく。
「逆探に反応あり、これは…戦闘衛星です!」
「なに!」
「いよいよ本気で止めるつもりだってのか…」
島もさすがにまずいなあ、とレバーの上で人差し指を幾度か動かす。真田も少し考える素振りをするが、僅かに案はありそうな様子でもあった。
「防空目的の戦闘衛星だ。不幸にもヤマトは廃艦扱いだ、故にFCSが機能しないので実弾発砲もそう難いことではない‥どうする艦長代理?」
「…そうだ、月だ!」
「月?本気か古代」
古代の返事に島は驚かすにはいられなかった。月は国連宇宙海軍の最大の母港だ。最新鋭のアンドロメダを旗艦とした第1艦隊を始めに多くの波動砲を搭載した戦艦や巡洋艦、俊敏な駆逐艦が配備されている。
「ああ、司令部の裏を掻いて月方面を目指す。このルートなら戦闘衛星も少ないはずだ」
「しかし、月には大規模な宇宙港が…」
「それも問題ない。現在、月面の第1、第3艦隊は木星沖にて演習中だ。しかも、第2艦隊の一部は現在、アケーリアス文明の調査航海に出ている」
「西条さん、もし月経由での脱出を試みる場合に何機の戦闘衛星と遭遇する?」
「およそ8機です」
「その接触を最小限にできる航路を策定、航海長に送れ」
「了解しました!」
「しかし、いくら少なくても撃たれてしまってはどうしようも…」
「まぁ、それはそうだが…」
詰まってしまった古代に真田が助け舟を出した。
「それなんだが、彼らはFCSの都合で味方を撃つことができない。うまく射線上に別の戦闘衛星が来るように仕向けるんだ。宙域を抜けたら波動防壁を艦尾に展開、一気に逃げるぞ」
「衛星に発砲反応!」
「艦首、波動防壁展開!最大戦速で突っ込む!」
幾度かの砲撃を受けたヤマトだが、流石に惑星間弾道弾の爆風を防いだ波動防壁である。この程度は何ともないのだ。
「現在、戦闘衛星の展開された宙域を航行中」
「本当だ、撃ってこないぞ」
「よし、このまま月軌道へ向かう」
月軌道へ舵を切ったヤマトを芹沢は思い詰めた表情で見つめていた。
「仕方あるまい。月面の航空隊と木星沖で演習中のアンドロメダに対処させる」
「芹沢君、このまま彼らを行かせても良いのではなかろうか」
「…如何せん、情報が不確実過ぎます。ヤマトが厄災を招く、長官も本意ではないでしょう?」
黙り込んだ藤堂を横目に芹沢はその命をアンドロメダに下した。
その頃、ヤマトは地球近海の戦闘衛星群を抜けて月面沖を航行していた。
「ようやく月か…」
安堵する相原に対し、真田は咎めるように警戒を促す。
「油断はできない。場合によってはどこかに展開中の艦隊を差し向けてくる可能性もあるからな」
その時、古代は艦橋の向こうに何か鳥の群れのような何かが見えた。だが、無論、宇宙に鳥などいるはずもない。
「9時の方向、距離60000!航空機、多数!?西条さん、レーダーは!」
「レーダーに感なし…ステルスです!」
「コスモスワローだ」
「コスモスワローって、コスモタイガーⅱの…」
「ああ、改良型だ」
2式空間戦闘攻撃機コスモスワロー。2201年にロールアウトしたアメリカ製のコスモタイガーⅱを独自に改良した多目的戦闘機である。
元々、コスモタイガーⅱにはアクティブステルスが搭載されていたがブラックボックスになっているのを気に入らなかった日本がその設計図を元に改良したのだ。ガミラス戦役という人類の存亡がかかった戦争を経験しても尚、埋まらない国家間の対立の象徴と言えよう。
「攻撃を仕掛けてくるつもりか…?」
「おい、あれを見ろ、機体を左右に振っている…?」
「そのようだ、あれは味方の合図だ」
古代と島の疑問は間もなく、一本の通信によって解かれた。
「こちら国連地上軍元810飛行隊隊長、加藤三郎!ヤマトへの着艦を許可されたし!」
「加藤の声だ!」
「加藤!」
「あいつが来てくれたのか」
更に追加の通信も来る。
「こちら月面第1航空教導隊の山本、ヤマト戦闘隊に参加したし」
「だけじゃないですよ!」
沢村、西川、袴田…次々と集結する元ヤマト航空隊の面々、月面で教導任務に当たっていた彼らもヤマトが反乱すると聞いて駆けつけずにはいられなくなったのだろう。多くの者が喜びの声を上げていると、加藤も冗談めかしたように
「なあにモタモタしてんだ、着艦口を早く開けろ!」
と嬉しそうにも声を張り上げた。間もなく、艦底部のハッチが開き、レボルバー式に次々とコスモスワローが収容される。そして一機、山本玲のコスモゼロのみ艦尾の第三主砲直下の格納庫に収容された。
まもなく出迎えに向かった古代はコックピットから降りた加藤と固い握手を交わした。
「ひどいぞ古代、俺たちを置いてこうだなんて!まさか3年前のコスモゼロの件をまだ恨んでるんじゃないだろうなぁ」
「ははは、まさか!突然のことで、すまない」
「月面で大騒ぎですよ、『ヤマトが謀反を起こした』って。今頃、私が行方不明で更に騒いでいるかもしれませんね」
「そうか…とにかく、よく来てくれたな皆!」
ヤマトは再び星の海への第一歩を踏み出した。反逆者の汚名を着ようとも、地球人が平和を愛する者であることを証明するために…そして、この先に何が待ち受けているのか、一人たりとも答えてくれる者はいなかった。