私、こと桐藤ナギサは聖園ミカ様とトリニティの商店街に来ていました。
先日に開催されたトリニティの重鎮が数多く出席された晩餐会……フィリウス分派の跡継ぎとして相応しい姿でいなければ、と肩肘を張っていた私に声を掛けてくださったのがミカ様でした。彼女は私を見つけるやいなや、「私と同じ年くらいの子が貴女ぐらいしかいなかったんだよー!」とその綺麗なお顔を近づけ、私の目を見つめてきました。大理石の様に艶やかな肌、すらりとした鼻筋に、百鬼夜行連合学院で見かけた桜の散り際を思い起こさせる儚げな髪。それらを全て調和させるかのようにはめ込まれている深い金の瞳が私を写していて、私は思わず生唾を飲み込んでしまいました。
「…お初お目にかかります聖園ミカ様、私は
「ナギサちゃん。でしょ?堅苦しいのは抜きにして、もっと肩の力抜いていこうよ〜♪」
まさか自己紹介を遮られ、堅苦しい事扱いされるとは思わず、閉口してしまいます。普通だったら失礼と捉えられかねない行動。しかし、それを私は全く不快に思わなかったのです。彼女の天真爛漫さ、とでも申し上げましょうか……あまりにも悪意の無いその無垢さに心を奪われてしまったのです。
その日から私とミカ様との交流が始まりました。同年代でこの先のトリニティを担う私達は、定期的に大きな会に連れて行かれ、そこで色々な人に挨拶をした後、では後は子供達だけで、と放置されることが多かったのです。ミカ様とは色々な話をしてきました。習い事が面倒だとか、最近の化粧品のオススメだとか、ミカ様だと堅苦しいからもっと砕けた名前にしてとか、他愛のない話を続けていって。私にはない明るさで。私にはない無邪気さで。彼女は私の初めての友達になってくださいました。
そして今日、始めて彼女と一緒に遊ぶ約束をしました。トリニティのごく普通の商店街。私とミカさんは石畳の町並みを並んで歩いています。彼女に手を引かれるがまま、人混みを抜け、ショーウィンドウに並ぶ服を眺めたり、オシャレな喫茶店に入ってみたり、全部全部始めての経験で。ずっとこんなに楽しんでても良いのかと感じっ放しで。
昼過ぎに、小さな装飾品店に訪れた時、一つの指輪に目が止まりました。ミカさんの瞳と同じ深い金の指輪。とっさに欲しいなと思いましたが、ミカさんにこんなにも色々な事を教えてもらって、楽しんで、それ以上の贅沢は欲張りであると思って。
「ナギちゃんはその指輪がほしいの?」
「っミカさん……いえ、少し、気になっていただけですから……」
そうして、その指輪を商品棚に戻しました。
そして夕暮れが訪れる頃。ミカさんがお花を摘みに行って来ると言い残してからしばらくして。私はスケバン達の襲撃を受けました。恐らく派閥争いなどとは関係の無い、ただの金銭目当ての襲撃者達。最低限の護身術ではどうしようもなくて。ミカさんがいるから大丈夫、二人水入らずで楽しんで来てほしいと送り出されたため護衛もおらず。
「少し大人しくしてて貰おうか。」
差し向けられた銃身に、痛みを覚悟し眼を瞑ったところで。
「私のナギちゃんに何をしているの?」
いつの間にかミカさんが横に立っていました。
「なっ」
「遅いよー。で、何してたか聞きたいんだけど?」
彼女は咄嗟に振り向いたスケバンの腕を掴み無理矢理銃身を変えさせるとそのままその腕を絞め上げました。
「大方、ナギちゃんを攫って身代金請求とかでしょ?今回は見逃して上げるからさっさと立ち去ってくれないかな?」
そういった彼女は夕日を背に針で刺す様な圧を放っていて、スケバン達は直ぐ様散り散りに撤退して行きました。
彼女らが去って直ぐに、ミカさんが圧を掛けるのを辞めると、体が軽くなって息がしやすくなった様に感じて。そしてミカさんが振り返ります。
「遅くなってごめんね、ナギちゃん。怖かったでしょ。」
「……はい。怖かったです。でもミカさんを待つ事ができなくなる事の方がもっと怖かったです。」
「あっ、そっちの方が怖いんだ……」
当たり前です。私にとって銃弾の痛みも、誘拐への恐怖よりも、ミカさんに別れを言えずに今日を終える事のほうがずっとずっと怖いんですよ?
「でも、少し遅くありませんでしたか?そちらで何かトラブルでも…?」
私の問いかけにミカさんは少し困った様な表情を浮かべました。
「あー、実は……その……ちょっとしたお買い物っていうか……」
そう言って彼女は小さな袋を取り出した。私を引きずり回した時の様に、きっと目に付いた物を衝動買いでもしたのだろうか?そう考えたそのとき彼女が袋の中身を私に渡して来た。
「はい、これっ!ナギちゃんにあげる。」
「これは……あの時の……」
彼女が渡して来たのは金の指輪。私があの装飾品店で諦めてしまった物。
「……受け取れません。私は、これ以上貴女に返せるものなど無いのです……」
私はミカさんに沢山の物を貰いました。今日という素敵な思い出も、貴女という存在そのものも。私はまだ返しきれていないのに。
「……そっか。……ナギちゃん、私ナギちゃんの事、かなり気に入ってるんだ。お話してて楽しいし、初めての同年代の友達だし。だから、この指輪はおまじない!ナギちゃんとずっと仲良くできますようにっていうおまじない!だから、受け取らないなんて認めないんだからね!」
そうしてミカさんが私の指に指輪をはめて。私が諦めた物をいとも簡単に拾い上げて。
「……はい。そういうことなら。」
ずっと仲良くできるように。そんなおまじないを、私は叶えてみせます。私は何があっても彼女を裏切らない。そう決めたのです。
「ミカさん、これからもよろしくお願いしますね?」