「とりあえず来てよっ」
「え、ええっ。よく分からないけど、大変なことになっているのは確かよね。でも、猫って……?」
アルは頭の中で想像する。
しなやかな身体に鋭い目つきにしては愛らしい顔つき。猫という生き物は知っているが、あれは
そしてアルが信頼を寄せている三人の社員の中でも、特に知略に富んでおり、仕事では参謀役を務めることが多い鬼方カヨコは、もちろん小動物などではなく、ゲヘナ学園の最上級生である。
そんな彼女が猫になってしまったという。
(まぁ……雰囲気はどことなく猫に似てるかもしれないわね……)
元々カヨコは口数が少なく、非常に冷静でミステリアスな一面を持っている。彼女の考えを全て理解できる者などはいない。常に共に行動している自分達ですらも。
「ほら、急いで!」
「そうね、今すぐ向かうわ」
ムツキに催促され、社長室を出る。社員が集まる部屋は階段を降りて一つ下の階にある。先に現場に戻っていたムツキを追いかける形で部屋に向かっていく。
すると部屋に向かう途中で騒がしい声が聞こえてきた。
どうやら本当に異変が起きているようだ。部屋の前までたどり着く。扉は開いていた。
「カヨコ! 何があったの――――ん?」
部屋の中に入り目の前の出来事を確認すると、アルはパチパチと瞬きを繰り返し、きょとんとした顔で首をかしげた。
部屋の中には三人の姿があった。先ほど自分を呼びにきた室長のムツキ、日々の雑務や依頼遂行時には特攻隊長を務める平社員の伊草ハルカ、そして課長のカヨコ。
そこには猫などはいないし、問題の張本人は部屋の角で座り込んでいる。そんな彼女に対しじりじりと距離を詰めようとしているハルカとムツキ。一体何が起こっているのか、現状は全く分からない。
「カヨコ課長……そこでじっとしていて下さいね……」
「ふっふっふ、ようやく追い詰めたよ、カヨコっちぃ」
どうやら、遊んでいるだけのようだ。もしかして三人とも空腹が過ぎておかしくなってしまったのかもしれない。
確かにここ最近はまともな食事を取れていなかった気がする。肉体的にも精神的にも限界だったのだろう。
「……シャーッ!」
カヨコはまるで猫みたいに
(みんな疲れてるのね。仕方ないわ、今日は私の緊急用に残しておいたへそくりを少し
定期的に社員にご褒美をあげるのも社長である自分の役目だ。アルはおままごとを続けている三人の輪に入ろうと近づいていく。
「いくよっ、カヨコちゃん!」
「はい!」
そんなアルの事など全く気にせず二人はカヨコに向かって地面を蹴る。
息を合わせて同時にカヨコを捕獲せんと飛び付こうとするムツキとハルカ。抜け道は無い――――はずだった。
なんとカヨコは壁側に視線を向けると同時に飛び上がり、軽やかな身のこなしで壁を伝い、二人の包囲網を抜け出してしまった。
「「ええっ!?」」
二人はすっとんきょうな声を上げる。
そして、カヨコはそのまま後ろにいるアルへ突撃していく。
「ちょっ、まっ、きゃあ!」
このままでは押し潰されてしまうと、その場から飛び退いたアルは転がりながら受け身を取り体を起こす。
視界に写ったのは、両手を地面に合わせ、猫のように座るカヨコの姿。周囲をキョロキョロと見渡し、口を大きく開けて
「アル様! だだだ大丈夫ですか!?」
アルの存在に気づいたハルカは、即座に動き出し起き上がるためのサポートに入る。
「え、ええ……」
未だに信じられない。しかし、確実に目の前で異変が起こっている。
「みゃあ」
普段の
納得はしたくはないが、実際に眼前で起こっているのだから、認めざるおえない。
「一体何がどうなったらこうなるのよ……」
アルは口端を引きつらせながら立ち上がる。
相対するカヨコは片手を上げて拳を作り、手の甲をペロペロと舐めていた。