ジーラインの説明を聞き終わった俺は、ゴップに視線を向ける。
「それで、ジーラインにはスタンダードアーマー、ライトアーマー、アサルトアーマーがあるって話だが、俺はその全ての換装パーツを貰えるんだよな?」
「勿論だとも、アクセル代表を騙すような事を私がすると思うかね?」
「予備機の件を考えると、俺が心配してもおかしくないと思うがな」
そう言うと、ゴップはそっと視線を逸らす。
コーウェンは少し困った様子を見せるだけだったが。
「それはだね、ほら。ジム・コマンドの件で帳消しだろう?」
「まぁ、そうだけどな」
ゴップの言葉にそう頷いておく。
ちなみに一連の取引の結果については、ノリスも知っている。
ただ、そのノリスは取引について特に何を言うでもなく、黙っていた。
ノリスにしてみれば、ジーラインを貰うという事よりも俺の無事の方が大きな問題なのだろう。
何しろギニアスから直々に俺の護衛をするように言われているのだから。
そこまでする必要はないのだが、ギニアスにしてみれば俺は恩人だしな。
「ともあれ、あの機体がスタンダードアーマー……でいいんだよな?」
尋ねる俺にメカニックが頷く。
スタンダードという名称がある以上、つまりこの状況が標準なのだろう。
ジーラインを譲渡する際にそういう標準状態で渡すのだと考えれば、おかしな話ではない。
「はい、そうなります」
「ライトアーマーに換装出来るか?」
「え? その……出来るかと言われれば出来ますが、そうなると半日程度の時間が必要になりますが」
「……そうか。だとすれば、模擬戦はスタンダードアーマーでやるのがいいか」
ライトアーマーという名称からして、恐らくジム・ライトアーマーと同じように装備とか装甲とかを削った形だろう。
ピクシー系列の方が実際に乗っていた俺にとっては分かりやすいが。
個人的にはそっちの方が使いやすいんだよな。
勿論、ピクシーのように武器の威力に問題があるのなら微妙なところだが。
何しろピクシーは頭部バルカンと90mmサブマシンガン、そして唯一のビーム兵器となるビームダガーだけなのだから。
頭部バルカンはいい。連邦軍系MSの標準装備だし、使い勝手も悪くない。
だが、主力の射撃武器が何故90mmサブマシンガンなのか。
ビームライフルでもいいだろうし、そこまでいかなくてもジムの使うビームスプレーガンでもいいだろう。
そしてビームダガー。……何故ビームダガー?
ビームサーベルの方が射程は長いのに。
重量的な意味でもビームダガーもビームサーベルも刃はビームで形成されるのだ。
であれば、普通にビームサーベルを持たせた方がいいと思うんだが。
まぁ、武器に関してはともかく、純粋な機体性能という点では気に入っている。
連邦、ジオン含めて1年戦争中最速のMSとも呼ばれているのだから。
そんな訳で、ジーラインのライトアーマーはピクシー系で武器もビームライフルとかを標準で装備してるので、俺にとっては悪くない。
悪くないが、今日これから模擬戦をやるのにスタンダードアーマーからライトアーマーにするのに半日近く掛かると言われれば、俺として無理にそうしろとは言えない。
「ありがとうございます」
頭を下げるメカニックだが、この状況で別に頭を下げる必要はないと思うんだが。
無理を言ったのは俺だし。
そんな風に思っていると、格納庫に何人かが入ってくる。
俺がそれに気が付いてから少し遅れ、ノリスがそちらに視線を向けた。
護衛としての反射的な行動だろう。
そしてノリスから少し遅れ、コーウェンとゴップもそちらに視線を向ける。
「おや、来たようだね」
ゴップのその言葉に、格納庫に入ってきた集団は急いでこちらにやって来た。
先頭を進むのは、黒髪の……有能そうなキャリアウーマンといったような女。
今のエリナではなく、ナデシコ世界で会った時のエリナを連想させる。
その後には数人のMSパイロットと思しき者達やメカニック達の姿がある。
それが誰なのかは考えなくてもすぐに分かった。
ファントムスイープ隊の面々に間違いはない筈だ。
そう考えれば、先頭を進む女のすぐ後ろにいる男が、恐らくファントムスイープ隊のエースにして、北米の英雄と呼ばれる男、そして俺の模擬戦の相手でもあるユーグなのだろう。
うん、やっぱり。
顔を見て思い出した。
1年戦争の時に少し一緒に行動した事がある男だな。
「マオ・リャン少佐、参りました」
そう言い、敬礼をするマオ。
その名前から、やはりファントムスイープ隊だったかと納得する。
「うむ。よく来てくれた。そしてベルファストの防衛、ご苦労だった。お陰で大きな被害もなくジオン軍残党を撃退出来たのは悪くない戦果だ」
「ありがとうございます。ファントムスイープ隊として、任務を果たせた事を嬉しく思います」
そうして話が一段落すると、マオがファントムスイープ隊について紹介していく。
予想通り、マオの後ろにいたのがユーグだったらしい。
それに、シェリー、ヒュー、ボブ、ロブ、カマル、ハイメ。
勿論紹介されたのはここに来た面々で、ファントムスイープ隊は他にもまだ何人もいるのだろうが。
ここに来たのは、ファントムスイープ隊を代表する者達だけと考えた方がいい。
「それで、マオ少佐。既に知っていると思うが紹介させて貰おう。こちらはルナ・ジオンの上位組織であるシャドウミラーを率いる、アクセル・アルマー代表だ」
「月の大魔王……」
ゴップの言葉に、マオは口の中だけで小さく呟く。
まさかその呟きが俺に聞こえているとは思いもしないのだろう。
ちなみに月の大魔王というのは俺の異名だ。
……青い巨星や黒い三連星、荒野の迅雷、宇宙の蜉蝣といった面々と比べると、月の大魔王というのはちょっと異名の方向性が違うように思わないでもないが。
この異名は、1年戦争中に月を占領していたジオン軍を俺だけで倒したとこからきてる。
キシリア率いる宇宙突撃軍は、その戦いで月から追い出される事になってしまったのだ。
つまり宇宙突撃軍を相手に1人で勝利した事から、月の大魔王という異名になったらしい。
大魔王というのは他の世界やホワイトスターでも色々と言われていたので、そういう意味では俺にしてみれば特に珍しいものでもなかったので、そのまま気にせずにいたら異名になった感じだ。
「アクセル代表、よろしくお願いします!」
敬礼をしてくるマオに頷く。
「ああ、よろしく頼む。今日の模擬戦は俺にとってもジーラインの操縦に慣れるのにいい機会だ。1年戦争の時と違って、北米解放の英雄と呼ばれる程になった相手と模擬戦をするんだし、十分に楽しませて貰うよ」
そう言うと、マオの後ろにいたユーグがピクリと反応する。
何だ? もしかして北米の英雄と呼ばれるのをあまり好んでないのか?
ああ、でもそう言えばゴップが上層部がどうこうって言ってたな。
「では、模擬戦についてですが」
マオがユーグの件から話題を逸らすようにそう言ってくる。
逸らすようにではなく、実際に話題を逸らしたいと思っての事なんだろうが。
俺も別にユーグの件についてこれ以上突っ込むつもりはない為、特に気にした様子もなくその話題に乗る。
「そうだな。まだジーラインについては乗ってないから、機体に慣れる必要がある」
そう口にすると、ユーグではない男のパイロットが驚きの表情を浮かべる。
その気持ちは分からないでもない。
1年戦争時代であっても、ジオン軍のパイロットが機種転換訓練をするのはそれなりに時間が掛かっていた。
それを少しの時間でやると言うのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
とはいえ、俺は今まで数え切れない程のMSに……そして人型機動兵器に乗ってきた。
それこそMSではない人型機動兵器にも乗ってきたし、MSはMSでもSEED世界やW世界、X世界といったように全く違う世界のMSにも乗ってきたのだ。
そんな俺にしてみれば、1年戦争で連邦軍のMSに乗っていたのだからジーラインに乗るのはそう難しい話ではない。
……いやまぁ、そういうのが出来るようになったのは、それこそ数え切れない戦場を戦い抜き、それ以外にもPPによる強化や混沌精霊になった事によって身体能力とかが強化されているのも影響してるのだろうが。
「分かりました。模擬戦は3時間後という事で構わないでしょうか?」
「ああ、それでいい」
マオにそう返す。
実際には2時間もあれば十分だったりするんだが、それでも今の状況を思えば何かあった時の事を考え、3時間後という事にしておいた方がいいだろう。
「では、月の大魔王の異名を持つアクセル代表の胸を借りたいと思います」
そう言い、敬礼したマオはゴップやコーウェンに挨拶をした後で格納庫を立ち去る。
その際、ユーグが何か意味ありげな視線をこちらに向けていたものの、結局それ以上は特に何かを言う様子はなかった。
ユーグにしてみれば、今回の模擬戦には色々と思うところがあったのかもしれないな。
それが何なのかは分からないが、何となく……本当に何となくだが、どこか鬱屈した様子が感じられた。
本人にその自覚があるのかどうかは分からないが。
それが北米を解放した時の上層部とのやり取りが原因なのは、恐らく間違いないだろう。
「さて、じゃあそんな訳で……ジーラインを色々と弄ってみるか」
「模擬戦を楽しみにさせて貰うよ。月の大魔王と北米の英雄の戦いなのだから。それも、双方共に同じMSを使っての模擬戦だ。そうだな、この模擬戦を映像として残しておきたいのだが、構わないだろうか?」
話している途中で思いついたのか、ゴップがそう尋ねてくる。
模擬戦を映像に残すか。
多分ゴップにしてみれば、その言葉通りの意味であると同時に、俺がMSを操縦する時の癖とかそういうのを知りたいというのもあるんだろうな。
今はゴップと……そしてこれからはコーウェンもいるので、ルナ・ジオンと連邦が大々的にぶつかる可能性はそう高くはない。
強硬派が何かをやっても、今回のように手打ちをするという事も出来る。
しかし、それはあくまでも今だけだ。
ゴップもいつまでも連邦軍にいるとは限らないし、あるいは連邦軍にいても派閥争いで負けたりするかもしれない。
それはコーウェンも同様だ。
そうなった時、ゴップやコーウェンの代わりに強硬派がその枠に入ったらどうなるか。
これまでの経験から考えると、間違いなく強硬派と月はぶつかるだろう。
そうなった時、月と……あるいは俺と連邦軍の関係は修復不可能になってもおかしくはない。
そのような状況になれば、当然の話だが月と連邦がぶつかる可能性があり、そうなれば俺も戦場に出るだろう。
そうなった時、どうにかして俺を倒す。
もしくは倒せなくても俺を一ヶ所に留めて被害を広めないようにする。
その為に、少しでも俺がMSを操縦する際のデータを欲しているのだろう。
「ああ、そのくらいは構わない。俺とユーグの模擬戦が参考になるのならな」
ゴップの思惑は分かっているが、それに関しては特に気にしない。
そもそもの話、俺がMSを使った戦闘の映像データというのは、それこそ1年戦争中の奴が幾らでも残っている。
であれば、映像データの1つや2つ、今更増えたところで問題はないだろう。
「感謝するよ」
ゴップの性格や能力を思えば、自分の狙いが悟られた事は承知の上で、それでも俺に向かってそう聞いてきたのだろう。
それを承知の上でこのような会話を行っているのが、ゴップの老獪さを現していた。
「ノリスは待機していてくれ。……何かやる事があるとは思えないけど」
「護衛ですからな」
そうして言葉を交わし、俺はジーラインに向かう。
コックピットに乗り込むと、そこにあったのは旧式のコックピットだ。
ルナ・ジオン軍では正式採用され、ギャン・クリーガーやガルバルディβに使われている全天周囲モニタやリニアシートといった、1年戦争後期にアナハイムが開発した新技術は使われていない。
ジーラインの開発が具体的にいつ始まったのかは分からないが、現在の連邦軍において最新鋭MSなのは間違いない。
であれば、全天周囲モニタやリニアシートくらいは搭載してもいいと思うんだが。
……まぁ、ガンキャノンやピクシー、ガンダム7号機といったMSに乗っていた時もこのタイプだったのを考えると、それなりに慣れたコックピットだというのは悪くない。
機体を起動させ、ジーラインを歩かせる。
1歩、2歩、3歩……特に問題はない。
スタンダードアーマーだけに、標準の武装なので機体のバランス的な意味でも問題はないのだろう。
そう考えると、最初に俺が希望したライトアーマーではなく、標準仕様のスタンダードアーマーのジーラインを操縦したのは悪くなかったのかもしれないな。
『どうですか、アクセル代表。何か問題があったりしませんか?』
映像モニタに先程のメカニックが表示され、聞いてくる。
その口調が少し心配そうなのは、俺というVIPが乗っている機体だからだろう。
シャドウミラーを率いる俺に何かあったら、このメカニックの将来にも関わってくるだろうし。
実際には混沌精霊なので、整備の問題で何かあっても俺が被害を受ける事はないんだが。
「ああ、問題ない。いい仕上がりだ」
その言葉に安堵した様子のメカニック。
そんなメカニックから視線を逸らし、俺は機体を格納庫から出すのだった。