約束の時間となり、俺はジーラインに武器を持たせると模擬戦用の場所に移動する。
ベルファスト基地の中には模擬戦用のフィールドがある。
とはいえ、本格的な……それこそ、ビルとかがあったりするような場所ではなく、荒野というかグラウンドというか、そんな場所だが。
つまりここで行われる模擬戦においては地形を利用しての戦闘ではなく、純粋に操縦技術……そしてMSパイロット同士の駆け引きで行われる戦いとなる。
個人的には宇宙での戦いの方が俺は好きなんだが。
宇宙では三次元の行動が出来るが、地球上だと基本的には二次元だ。
スラスターを全開にして高く跳躍したりとか、そういう事も出来るので絶対という訳ではないのだが。
『では、これより模擬戦を始めます。審判は私、マオ・リャン少佐が務めます』
映像モニタにマオの顔が映し出される。
俺の操縦するジーラインの向かいにいる、もう1機のジーライン。それも同じスタンダードアーマーに乗っているユーグもそんなマオの顔が映った映像モニタを見ているのだろう。
『勝敗についてはシステムの方で判断されます。また、双方ともくれぐれも相手に致命的なダメージを与えるような攻撃は控えて下さい』
そうマオが言うのは、結局のところこれがMS同士の模擬戦であっても危険だからだろう。
ビームは設定で模擬戦用の弱いものになっているし、実弾はペイント弾になっている。
だが、それでも盾の先端にある尖った部分……打突部位を使ってコックピットを攻撃すれば潰せるだろうし、手足を使った攻撃でもコックピットを狙えば一撃では無理でも、それなりの回数攻撃すれば潰せてしまう。
マオが危険視したのは、その辺りの事だろう。
勿論、俺はそんな事をするつもりはない。
また、もしユーグが何らかの理由で俺に向かってそういう攻撃をしてきても、そもそも魔力や気を使った攻撃でもない以上、俺にダメージを与えられない。
……このジーラインを傷物にしたくはないので、そんな攻撃があっても回避するなり、防ぐなりするが。
『では……始め!』
マオのその言葉と共に、ユーグのジーラインはスラスターを使って後方に下がりつつ、ショートビームライフルを撃ってくる。
近接戦闘ではなく遠距離戦闘を選択したのは、マオからの忠告があったからか、それとも単純にユーグが射撃戦を得意としているからか。
そんな風に思いつつ、俺はスラスターを使って機体を動かしてビームを回避しつつ反撃としてこちらもショートビームライフルを撃つ。
放たれたビームはあっさりとユーグのジーラインの右腕に命中し、模擬戦用のシステムによってダメージ判定が出る。
まさかいきなり自分が攻撃を食らうとは思ってなかったのだろう。
ユーグは一瞬動揺した様子を見せるも、まだ自由に動く左手でビームサーベルを引き抜き、頭部バルカンを発射しつつ間合いを詰めてくる。
このままショートビームライフルのトリガーを引けばこっちの勝利は間違いないが、今の状況で重要なのは勝利に拘る事ではなく、このジーラインをしっかりと使いこなす事だ。
その為、俺はショートビームライフルをその場に落とし、ユーグに対抗するようにビームサーベルを引き抜く。
牽制としてこちらに放たれる頭部バルカンは可能な限り回避し、どうしても回避出来ないのはシールドで防ぐ。
このシールドは打突武器として使えるという点で優れ物だが、同時に純粋に防具としても高い性能を持つ。
ルナ・チタニウム製のシールドだけに、敵の攻撃がビームではない限り問題なく防げる。……いや、ヒートホークとかなら命中すればルナ・チタニウム製のシールドであっても斬り裂けるのだが。
ともあれ、ジーラインの頭部バルカン程度なら数発どころか、10発くらい当たったところでダメージを受けたという判定にはならない。
その為、シールドで敵の攻撃を防ぎながら俺はジーラインを前に出す。
当然ながら、向こうが頭部バルカンを撃ってきたのならこちらもそれをしないという手はない。
頭部バルカンが連射され、ユーグのジーラインに何発もペイントが付着していく。
右手がまだ動くと判断されていれば、あるいは右手にビームサーベルを持つ事も出来ただろう。
だが、残念ながらユーグのジーラインはショートビームライフルの一撃によって破壊されたという判定を受けている。
実際には右手は存在しているが、模擬戦のシステム上では破壊されたという事になっており、だからこそ今の状況では右手でビームサーベルを持つ事は出来ない。
ビームサーベルは左手で持っており、それはつまりシールドを持てないという事を意味していた。
結果として、頭部バルカンのペイント弾が連続してユーグのジーラインに命中し、ユーグの機体がビームサーベルの間合いに入った時は既にかなりのダメージ判定が出ており……
斬、と。
俺のジーラインの振るったビームサーベルが、動きの鈍くなったユーグのジーラインを斬り裂くのだった。
いや、実際にはビームの出力が模擬戦用になっているので、命中しても被害はなかったのだが。
『そこまで!』
その瞬間、映像モニタにマオの姿が映し出され、模擬戦の終了を宣言する。
少し……本当に少しだけだが、マオの表情に悔しそうな色があるのは、自分の部隊のエースがあっさりと負けてしまったからか。
とはいえ、エースだからといって負けていけない訳ではない。
いや、どうしても負けられない戦いというのは存在するが、今回のはあくまでも模擬戦だ。
ここでの負けは、ユーグにとっても決して悪い事にはならないだろう。
ユーグがエースという事で調子に乗っているのなら、この戦いで伸びた鼻が叩き折られ、自信を失うかもしれない。
だが俺が見た感じ、ユーグはそういう風な性格ではないように思える。
それこそ今回の戦いでも自分の悪かった場所を冷静に見つめ直し、それによってこれまで以上に強くなるといったそんな感じだ。
……これが調子に乗っていた時のモンシアとかだったりすれば、数日はショックを受けているんだろうが。
ヤザンとかなら、自分よりも強い相手がいるという事で嬉々として追加の模擬戦を挑んで来てもおかしくはない。
今回のユーグとの模擬戦は決して悪くなかったのは間違いない。
そんな風に思っていると、映像モニタにユーグの顔が映し出される。
『アクセル代表、月の大魔王の異名の実力……しっかりと体験させて貰いました。1年戦争の時よりも腕が上がってるようですが、凄いですね』
模擬戦で負けたのは少しショックだったようだが、こうして見た感じではそこまで大きなショックを受けているようには思えない。
だとすれば、今の言葉もお世辞とかそういうのではなく、本心からの言葉なのだろう。
俺にしてみれば、それはそれで色々とやりやすくて助かるのは間違いないので、こういう態度は歓迎だ。
「そうか。今回の模擬戦の経験が、ジオン軍残党との……」
役に立つ事を祈る。
そう言おうとしたのだが、その言葉を遮るかのように警報音が周囲に響く。
ヴィー、ヴィーという、そんな警報音が。
「何の音だ? まさか、またジオン軍残党が襲ってきたのか?」
一度襲撃したばかりである以上、再度ここに襲撃をする必要性は感じられない。
だが、意表を突くという意味ではありなのか?
一度襲撃した場所に再び襲撃してくるとは思っていないだろうと。
勿論、襲撃されたという事で……それにプラスし、ゴップやコーウェンといったお偉いさんや、シャドウミラーを率いる俺が来るという事もあり、護衛はかなり厳重になってはいるが。
『どうやらそのまさかのようです。基地のレーダーが海から接近してくるMSや……これはMA? も確認しました』
ユーグに代わり、マオが映像モニタに表示され、そう言ってくる。
マジか。まさかとは思ったが、どうやら本当にジオン軍残党が襲撃してきたらしい。
しかもMAって、海中用MAとなるとグラブロだろう?
グラブロはハワイでも運用されているMAだ。
ビグロをベースに短期間で開発されたMAだが、海中という限定された戦場においては非常に大きな効果を発揮する。
特に潜水艦や船といった相手にしてみれば、最悪の敵だろう。
だが……コスト的な問題であったり、あくまでも試験機的な意味というのもあって、基本的にグラブロが開発された数は少ない。
ハワイに配備されているのは、MIP社がルナ・ジオンに協力するようになってから追加で生産されたものだ。
もっとも、ハワイを守る上ではグラブロのような水中用MAよりも、水中用MSや水陸両用MSの方が効果的という事もあってか、数はかなり少数なのだが。
そんなグラブロを、ジオン軍残党が有しているのは、正直なところ違和感がある。
オデッサ作戦やジャブローの大規模襲撃、それ以外にも諸々があってジオン軍が地球上では戦えないと判断し、宇宙に撤退する時に地上用MSや水中用MSを破棄していったのは知っている。
そして何らかの理由……単純に宇宙に戻るのに間に合わなかったとか、怪我をしていて置いていかれたとか、地球に愛着が湧いたとか、恋人が出来たとか。
ともあれ宇宙に戻れなかったジオン軍残党がそのようなMSを確保して戦力とし、ゲリラ活動をしているのも知っている。
だとすれば、グラブロを入手していてもおかしくはない。おかしくはないのだが……MSと違い、巨大なMAだ。
部品についても、MSなら統合整備計画によって共通する部品が多いし、統合整備計画前のMSでも全く共通する部品がない訳でもない。
だが、MAというのはそういう種別の兵器体系ではあるが、部品の共通性については全く考えていない。
アッザムやアプサラス、グラブロ……そんなのを見れば、分かりやすいだろう。
ああ、でもグラブロはビグロをベースに開発されたので、ビグロとの共通部品は……うーん、どうだろうな。宇宙用MAと水中用MAとなると。
これがビグロとビグロの改修機であるビグロマイヤー、あるいはビグロの発展機でああるヴァル・ヴァロであれば、それなりに部品の流用が出来たりするのだが。
……いや、今だからこそグラブロを使えるのか?
補充部品を用意出来ない以上、ジオン軍残党がグラブロを使える期間はそう長くない。
しかし、1年戦争が終わってからまだそこまで……それこそ5年も10年も経っていない今なら、まだグラブロを動かせる。
そのグラブロをここで使うというのは、そう難しい話ではない。
『アクセル代表、至急MSから降りて下さい。避難をするのは難しいでしょうが、基地にいれば……』
マオがそう言ってくる。
これは別におかしな事ではない。
普通に考えれば、他国のトップが戦場となった場所にいるのだから、避難するなり、基地の安全な場所に向かわせるなりするのは当然の話だろう。
……あくまでも普通であればの話だが。
「いや、俺も迎撃に協力しよう」
『……へ?』
俺はマオと会ったのは今日が初めてで、会話もあまりしていない。
しかしそんな俺でも分かるのは、本来のマオがこんな間の抜けた表情を浮かべ、声を出したりはしないだろうという事だった。
もっとも、マオのそんな様子は理解出来る。
俺について詳しく知らなければ、そんな態度になってもおかしくはない。
普段は凛とした様子のマオだけに、こんな驚きの表情はもっとゆっくりと見ていたいと思う。
思うのだが、現在の襲撃の警報が鳴っている以上、いつまでもこのままにしている訳にはいかない。
「忘れてるのかもしれないが、俺は異名持ちだ。しかも乗ってるのが連邦軍の最新鋭MSのジーライン。この状況で負けるとは思わないだろう?」
『いえ、ですが!』
「模擬戦でジーラインの性能については大体理解出来た。なら、次は模擬戦ではなく実戦でその能力を試してみたい」
『……』
俺の言葉が意外だったのだろう。
マオが沈黙する。
普通なら、到底信じられない事だしな。
とはいえ、何度も繰り返すが俺は普通じゃない。
……俺の行動が普通だという世界を、一度見てみたいとは思わないでもなかったが。
そこら中に混沌精霊がいて、ニーズヘッグがいて、ハーレムを築いて……それが普通の世界というのは、一体どういう世界なんだろうな。
一瞬そんな光景を思い浮かべるが、間違いなく混沌としている世界でしかないだろう。
「いいな?」
『お、お待ち下さい! せめてゴップ大将に……』
「ゴップなら、それこそ問題はないと言うと思うぞ」
ゴップにしてみれば、俺について理解している。
連邦軍的には俺をここで戦わせるのは不味いと判断するかもしれないが、このベルファスト基地の重要性を考えると、最終的には俺を戦わせた方がいいと判断するだろう。
ただ、ジーラインの実戦テストの場を与えたという事で、借りを作った形にはしないと思うが。
実際にはゴップもこれが明らかな借りだというのは分かっているだろう。
だが、それでも連邦軍に所属する者としては、そうするしかない。
それは別に構わない。
個人的にはこの件で貸しにしようとは思っていないのだから。
……ルナ・ジオンとの交渉でどういう流れになるのかは、俺には分からなかったが。