「無駄な抵抗はするな」
ジオン軍残党の司令部を守っていたMSは、全て撃破した。
残っているのは、それこそ歩兵くらいだが、その歩兵も目の前でMSが破壊された事に驚き、混乱している。
これが例えば、MS数機で戦いを挑んで、双方共にそれなりに被害が出た上で負けたのなら、ジオン軍残党の兵士達も納得出来ただろう。
例えば、ファントムスイープ隊の方がそんな感じになりそうだが。
だが、この場所での戦いは連邦軍の最新鋭MSのジーラインとはいえ、1機でこちら側の戦力の大半を潰したのだ。
司令部を守っていたMS隊も、ろくな抵抗も出来ずに全機破壊された。
ジオン軍残党にしてみれば、それこそ何故かエース級が襲ってきたと思って混乱してもおかしくはない。
ジオン軍残党は、1年戦争時代にエースがどれだけの力を発揮するのか、知っているからこそ混乱も酷いのだろう。
1年戦争中のエース……異名持ちは、その大半がジオン軍だ。
白い悪魔や白い流星と呼ばれたアムロのような例外もいるが、それでも連邦軍側に異名持ちは多くない。
……まぁ、ジオン軍でも、青い巨星、黒い三連星、ソロモンの悪夢、荒野の迅雷といった異名持ちがルナ・ジオンに所属していたし。
宇宙の蜉蝣は……まぁ、この異名はシーマがルナ・ジオンに来てからの異名だしな。
あ、でもそうなるとソロモンの悪夢もガトーがルナ・ジオンに来てからの異名だな。
ともあれ、そんな異名持ち並の実力を持つ俺に襲われたのだから、ジオン軍残党にしてみればこの状況で出来る事は決して多くはない。
結局ジオン軍残党の中でもこちらの方を指揮していた人物は、諦めて降伏するのだった。
「嘘だろ?! マジかよ!?」
ブリーフィングルームにヒューの声が響き渡る。
その声はまさに驚愕……というより、信じられないといった様子の声。
そんな声を発するヒューに、俺は笑みを浮かべながら口を開く。
「賭けは俺の勝ちだ。約束通り、ヒューには美味い料理をご馳走して貰うから、そのつもりでな」
「うげぇ……信じられねえ。こっちはMS6機にバックアップとしてマオ少佐もいたんだぜ? なのに、アクセルに負けるって……一体何がどうなればそうなるんだよ」
「さすが月の大魔王の異名を持つだけはあるな。1年戦争時代から比べても、明らかに技量が上がっている。勿論、MSの性能とかもあるんだろうが」
ヒューの言葉にユーグがそう言う。
それは別に慰めといった訳ではない。
1年戦争時代、多少ではあるが俺と一緒に行動した事があった経験からの話だろう。
……とはいえ、実際にはステータス的な意味で今の俺と1年戦争時代の俺はそう違いはない。
それでもユーグがそのように思うという事は、俺が強くなっているのはステータスとかそういう事ではなく、純粋に経験を積んだからだろう。
俺は今まで多くの……それこそ普通の人間なら一生で経験する以上の戦いを経験してきた。
だが、そのような経験をした上で、更に多くの経験を積んできたのだ。
その経験によって、俺は1年戦争当時よりも明らかに上の実力を手にした……という可能性は十分に有り得る事だった。
「とにかく、この基地の周辺で奢って貰うのは難しいだろうし、後で別の基地に向かってからヒューに奢って貰う事にするけど、構わないな?」
ニューヤークを占領していたジオン軍残党は壊滅した。
だが、その戦闘の影響でニューヤークにも少なからず被害が出たし、建物とかにも被害が出ている。
その辺の状況を考えると、ここでヒューに奢って貰うような店は……うん。多分ない。
あるいはキッチンカーや屋台の類はあるかもしれないが、どうせヒューに奢って貰うんだから、どうせなら高級な料理の方がいい。
幸いと言っていいのかどうかは分からないが、ファントムスイープ隊の給料は一般的な軍人と比べてもかなり高額だ。
それは常にジオン軍の残党と戦っているからこその危険手当が大きいからだ。
それでいて、ジオン軍残党の情報があれば色々な場所に向かうので、その高い給料も使う機会はあまりない。
勿論基地の中には店……いわゆるPXとかそういう場所でなら金は使えるが、そういう場所では基本的にはリーズナブルな物が多い。
あるいはそれなりに高価な物も売っていたりするらしいが、それでもファントムスイープ隊の給料からすればそこまで躊躇するような商品ではない。
それに品揃え的な意味もあるしな。
あ、でもPXとかによっては取り寄せとかも出来るらしいから、そういう意味では金を使おうと思えば使えるのか?
ただし、ファントムスイープ隊は世界中を行ったり来たりするので、どこかの基地にずっといるという訳にもいかず、そういう意味ではPXの取り寄せは難しいだろう。
そんな訳で、PXや食堂での豪華な料理というのは期待出来ない。
ジオン軍残党のテロ行為がなければ、大都市のニューヤークにはそれなりに人も戻ってきていて、豪華な料理とかも期待出来たのだろうが。
「あーあーあー、分かったから好きにしてくれ。ったく、なんだって俺はアクセルと賭けなんかしたんだろうな。……もう絶対にアクセルと賭けはしないからな」
「俺は別にいつでも歓迎するけどな」
賭けである以上、絶対に勝てるとは限らない。
だが、その賭けの内容によっては、俺が勝てる可能性は十分以上にあった。
……もっとも、その賭けの内容が酒の飲み比べだったり、いわゆる利き酒の類であった場合、賭けが成立するしない以前にとんでもない騒動が起きそうなので、絶対に受けるつもりはなかったが。
そうして話をしていると……
「皆、いるな!」
マオが急いだ様子で近付いてくる。
普段は冷静な指揮官といったマオだけに、ここまで驚いているのは嫌な予感しかしない。
間違いなく何かあったのだろう。
そう思ったのは俺だけではなく、他の者達も真剣な表情でマオを見る。
そんな視線を向けられたマオは、しかしそれどころではないといった様子で口を開く。
「地球全土、合計12ヶ所でジオン軍残党の蜂起が確認された」
「嘘だろ……」
ヒューがマオの言葉にそう呟く。
俺を含めて他の面々も、その言葉には驚き以外にない。
今のこのUC世界の状況で、そこまで同時多発的にジオン軍残党の蜂起が起こるというのは、完全に予想外だった。
「考えられるとすれば、それが全て水天の涙に何か関係している事か?」
今までの流れからして、恐らくその可能性は高いと思いつつ、そう告げる。
実際にハワイやベルファストの襲撃を思えば……そして一連の流れがニューヤークの占拠に繋がっていると思えば、各地で同時多発的に行われているジオン軍の蜂起も同じような流れになると考えるのは、そう珍しいことではないだろう。
とはいえ、ここまでの流れからしても少し大袈裟……大きな動きだと思っていただけに、それに加えて今回の件もとなると、水天の涙というのは俺が予想していた以上に……いや、あるいは……
「アクセル? どうしたんだ?」
俺が考え込んでいると、そんな俺の様子に気が付いたのかユーグがそう尋ねてくる。
ユーグにしてみれば、何でもない行動だったのだろう。
だが、そんなユーグの行動にこの場にいた皆がこちらに視線を向けてくる。
「いや、今まで俺は、水天の涙というのはジオン軍残党にとって大きな戦力となるMSやMAだと思っていた」
そう言う俺の言葉に、話を聞いていた他の面々も頷く。
これに関しては、俺も常々口にしているので、それを聞いても特に疑問を抱くような事はなかったのだろう。
だが、ここまでの大規模な行動を起こした上でMSやMAを入手したとして、それはどうなんだ? という思いがある。
ジオン軍残党が水天の涙というコードネームのMSやMA、あるいはハワイからアプサラスを奪取するような事が出来たとして、それからどうするのかという問題がそこにはあった。
ジオン軍残党にまだこれだけの戦力が残っていたのは少し予想外だったが、しかしそれを込みで考えても今回の件はジオン軍残党にとって非常に大きなダメージとなるのは間違いない。
そこまでしてMSやMAを入手してどうするのか。
ジャブローを攻撃?
まぁ、アプサラスならそれも可能かもしれないが、それでも最新鋭のアプサラスⅢであっても、実弾はルナ・チタニウム合金の装甲でどうにかなるかもしれないが、ビームの対処は出来ない。
そして連邦軍にはビームライフルとかの技術でジオン軍よりも優位に立っていた。
その辺を考えると、まだビームライフルがそこまで数が揃えられなかった1年戦争時代はともかく、それが終わって多種多様なジム系統の機体を統合しつつ、ビームライフルについても1年戦争以上に発展している今とはなっては、ジャブローを守るMSにビームライフルが標準装備されてもおかしくはない。
ジーラインのライトアーマーが装備しているビームライフルも、狙撃用の大きめのものだし。
このビームライフルを量産してジム……ジム改やジム・コマンドとかに装備させてジャブローに配備したら、アプサラスⅢは大型メガ粒子砲を撃つよりも前に撃破される可能性が高い。
あるいは大型メガ粒子砲を撃って相手もビームライフルで狙撃してきて相打ちになるか。
もっとも、だからこそギニアスはアプサラスⅣの開発においてはビグ・ザムが使ったIフィールドを採用しようとしてるらしいが。
ただ、この辺については色々と問題もあるので、実際に開発が終わって完成するまでは結構な時間が掛かりそうだが。
とはいえ、その辺については問題がない。
今のところはUC世界でそこまで大きな戦いが起きるとは思えないし。
ジオン軍残党が多数の地区で蜂起したのは……うん。まぁ、連邦軍的には問題であっても、ルナ・ジオンとしてはそこまで問題でもないし。
この一斉蜂起がハワイやその周辺で起きていれば、また話は別だったが。
「とにかく、ファントムスイープ隊は各方面軍と協力してジオン軍の蜂起を鎮圧していく事になる。各員、これから忙しいという言葉では言い表せない程に厳しい毎日になるだろうが、気を引き締めていけ。この後、すぐにこの基地を出立する事になるから、準備をしておくように」
そうマオが言うと、ユーグ達はそれぞれ準備を始める。
マオの言葉から、本当に今は急がないといけないと思ったのだろう。
そのような部下達を一瞥したマオが、次に俺に視線を向けてくる。
「アクセル代表、少しよろしいでしょうか?」
そう言い、マオは俺を少し離れた場所……ユーグを含めた他の者達に会話が聞こえない場所まで移動する。
「先程他の者達にも言ったように、これからファントムスイープ隊はかなり忙しくなります。それこそ休む暇は移動中や機体の整備をしているくらいになってもおかしくないくらいに。それで、ここまで私達と一緒に行動してきたアクセル代表はどうするのかお聞きしたいのですが」
ああ、なるほど。
これからファントムスイープ隊は、マオが言うように忙しい……いや、そんな言葉では言い表せないような忙しさを経験する。
俺がファントムスイープ隊と行動を共にしていたのは、ジーラインの使い勝手を確認するという意味が大きい。
ジオン軍残党のMSを収集するといった目的もあったが。
ただ、その前提としてそこまで忙しくないというのがあった。
それこそ連日のように出撃をするような事になった場合、そこにシャドウミラーを率いる俺を投入するのは問題になると判断したのだろう。
だが、ジオン軍残党が一斉蜂起した事により、その前提は崩れた。
マオとしてはそのような状況である以上、これからどうするのかを俺に聞かない訳にはいかなかったのだろう。
あるいはこれがロブ達が合流する前なら、3機のMSしかいなかったので、何としても俺にはいて欲しいと思ったかもしれない。
だが、今は6機のMSがいる。
勿論、それでも敵は12ヶ所で蜂起したジオン軍残党だ。
あるいは今は12ヶ所だが、場合によってはもっと増える可能性もそこにはある。
そうである以上、マオとしては純粋に戦力として欲しい筈だ。
……ニューヤークの一件で、少なくてもユーグ達12機と同等の働きをするというのは証明されたし。
もっとも俺の戦闘能力はそれこそ1年戦争時代には月の大魔王という異名で証明されていたが。
「どうするか、か。マオの希望としてはどうなんだ?」
「軍人として言わせて貰えば、アクセル代表という戦力は非常に頼もしいです。ただ……上からの命令では、出来ればアクセル代表は一時的にハワイに戻って貰いたいとの事でした」
なるほど。今まではそこまで忙しくなかったから、俺がいても問題はなかった。
だが、ここまで忙しくなるとそうも言ってられないか。
「分かった。ならハワイに戻ろう。……ただし、条件が1つある」
「何でしょうか?」
「水天の涙について分かったら、即座に知らせろ」
そう言うと、俺の言葉にマオは少し考えた後で頷くのだった。