「休暇を楽しんでいるところ、申し訳ありません。ですがファントムスイープ隊のマオ少佐から連絡が入りましたので」
ハワイにあるルナ・ジオン軍の基地。
そこにある部屋で、俺はノリスと会っていた。
ホテルを出ようとした俺に丁度連絡をしてきたノリス。
そのノリスから、少し会いたいと言われて待ち合わせをしたのがこの基地だった。
ちょっとした話題なら、それこそ通信で行ってもいい。
それが駄目……それもレストランとかそういう場所ではなく、軍事基地で会いたいと言ってきたのだ。
何か重要な用件があるのは間違いなく……それを示すように、ノリスの口からはファントムスイープ隊とマオの名前が出た。
その2つの名前が出た以上、どういう連絡なのかを予想するのは難しくない。
「ジオン軍残党について何か分かったのか?」
「はい。まず第1にですが……アクセル代表にとっては残念な事だとは思いますが、連邦軍が入手した情報によると、水天の涙というのはジオン軍残党の秘密兵器たる、MSやMAといったものではなく、何らかの作戦だという事です」
「……そうか」
ノリスの言葉に、正直がっくりとくる。
今までずっと、水天の涙というのはジオン軍残党の秘密兵器のMSやMAだとばかり思っていたのだ。
それだけに、実はそれが違ったと言われると……うん。それにがっくり来るなという方が無理だろう。
「なら、その作戦は? やっぱりアプサラスの奪取作戦とかそういうのだったりしないか?」
そう尋ねるも、ノリスは首を横に振る。
「マオ少佐から聞いた話によれば、どうやらオーガスタ基地の壊滅作戦だとの事です」
「……それはまた、随分と派手な作戦だな」
例えばこれが、オーガスタ基地を攻撃する作戦だと言われれば、俺も納得……は出来ないが、取りあえずそういう事もあるだろうと納得は出来る。
だが、それが壊滅作戦となると疑問がある。
何故わざわざ、オーガスタ基地を狙う必要があるのか。
俺が知ってる限りだと、オーガスタというのはアレックスを開発した基地だ。
MSの開発技術は高いだろうが、だからといってわざわざオーガスタ基地を狙う必要があるのかと言われれば、それは疑問だ。
そう言えば、シェリーは以前オーガスタで新型のジム……アレックスの技術を流用したという機体のテストパイロットをしたとか何とか言っていたのを聞いた覚えがあるな。
アレックスは1年戦争中に開発された複数のガンダムの中でも最高峰の性能を持っている。
それ以外にも全天周囲モニタとかが使われている点も大きい。
ガンダムを開発し、その余計な部分……オーバースペックな部分を取り除いて開発されたのがジムだ。
アレックスでも同じようにその突出した部分を取り除いて新型のジムを開発するというのはそう珍しい話ではない。
シェリーはそんな新型のジムのテストパイロットをやっていたらしい。
しかし、オーガスタ基地での目立った成果はそれくらいだ。
……いや、違うな。確かオーガスタ基地に隣接しているオーガスタ研究所では、1年戦争で俺達が鹵獲したペイルライダーのパイロットだったクロエに対して行われていたように、薬物投与とかそういう研究もしていたらしい。
その薬物投与についても、ホワイトスターの設備を使ってレモンが治療したが。
だとすれば……
「オーガスタ基地を狙うのは、オーガスタ研究所を狙うついで、あるいはカモフラージュか?」
「どういう意味です?」
ノリスが俺の呟きを聞き咎め、そう尋ねてくる。
ノリスにとっても、オーガスタ基地が襲撃されるというのは思うところがあるのだろう。
その件について出来るだけ情報を欲していてもおかしくはない。
「これはあくまでも予想。……いや、予想の上に予想を重ねた、本当に何らかの証拠があったりする訳ではない……それこそ、俺の妄想と言われてもおかしくはない予想だ。それを承知の上で聞いてくれ」
前もって断っておく。
実際、俺が思いついた内容は説得力という点ではそれなりにあるとは思う。
思うのだが、だからといってそこまでやるかは疑問なのだから。
ただ、可能性としては十分にある。
俺にはそのように思える内容だった。
「分かりました。それでも何らかの可能性があるのなら、知っておきたいと思います。場合によっては、ギニアス様もルナ・ジオン軍を動かす必要が出てくるでしょうから」
「そこまで大きな騒ぎには、出来ればなって欲しくないけどな。……1年戦争の時に捕らえたペイルライダーのパイロットのクロエを覚えているか?」
その言葉に、ノリスの表情が厳しく引き締められる。
どうやらクロエについてはしっかりと覚えているらしい。
ノリスの性格を考えれば、クロエに……あんな子供に薬物による強化処置を施すなど、とうてい許せない事なのだろう。
「そのクロエだが、どうやらオーガスタ基地に隣接しているオーガスタ研究所で強化処置を施されたらしい。そしてフラナガン機関においても、薬物によってニュータイプの能力を人為的に再現出来ないかという研究も行われていたらしい。もっとも、こっちはフラナガン機関の中では少数派だったらしいが」
「そうなのですか!?」
どうやらこちらについては知らなかったらしい。
まぁ、フラナガン機関の件はあまり公になっていない。
そう考えれば、そこまでおかしくはないのか。
「ああ。つまり連邦軍はジオン軍より遅れていたとはいえ、1年戦争中からニュータイプ研究をしていた事になる。そしてジオン軍の残党は主にギレン派とキシリア派だ」
実際には無派閥とか、ガルマ派、ドズル派、デギン派、ダイクン派の中でも何らかの理由で残党になっている奴とかもいるんだが、割合としてはやはりギレン派とキシリア派が多数派なのは間違いない。
そしてギレンはともかく、キシリアはニュータイプの研究に熱心だった。
ジオン軍残党の中でもキシリア派にしてみれば、連邦軍がニュータイプの研究を行うというのは決して許せる事ではない。
あるいはそこに、ノリスと同じようにクロエのような少女に薬を使った強化処置をしたのが許せなかったという思いもあり、その研究所を壊滅させようとして水天の涙という作戦を考えた可能性も十分にあった。
ここでギレン派が出来てこないのは、ギレンはそこまでニュータイプ研究について熱心ではなかったらしいからだ。
ギレンはジオン・ズム・ダイクンに心酔していたという話もあるが、ジオン・ズム・ダイクンが口にしていたニュータイプについては懐疑的だったのかもしれないな。
あるいは、キシリアとギレンではニュータイプという存在に対する考え方そのものが違った可能性もある。
そもそもキシリアがニュータイプ研究に手を出したのは、1年戦争の序盤の1週間戦争やルウム戦役においてMSパイロットがメガ粒子砲を回避したかららしい。
つまりキシリアの言うニュータイプとジオン・ズム・ダイクンの言うニュータイプは言葉こそ同じだが違っていた可能性もある。
……X世界のDOMEで俺達が接触したファーストニュータイプも、実際にはニュータイプと同じような能力を持っているだけで、その本質はあくまでも1人ずつ違うみたいな事を言ってたし。
勿論、X世界のニュータイプとUC世界のニュータイプが同じとは思えない。
ともあれ、オーガスタ基地を襲撃……それもただの襲撃ではなく壊滅を狙っているという事で俺が思い浮かべたのはそういうものだった。
その辺りについて分かりやすいように説明すると、ノリスは難しい表情になる。
「正直なところ、アクセル代表の意見は可能性としてはない訳ではない……そんなところかと」
「だろうな。俺も他に理由があるのならそっちかもしれないとは思う。……ともあれ、オーガスタ基地か。MSをどうするかだな」
ファントムスイープ隊と一緒に行動していた時はジーラインを使っていたものの、そのジーラインは現在ギニアスを始めとした技術者達によって解析されている。
分解されている場所もそれなりに多い以上、すぐ元に戻すといったことは難しいだろう。
無理矢理元に戻しても、しっかりと性能を発揮するかどうかも生憎と分からない。
ジム・コマンドは……うん。こっちはより本格的に解体されている。
アムロの回避データもそうだが、そのデータを運用する上でMSのどの部分を強化するのかといったのを調べる為に。
つまり現状ではゴップから入手したMSを出す訳にはいかない。
「ギャン・クリーガーをお使い下さい。ギニアス様は元々そのつもりだったようですから」
「……いいのか?」
そう言いつつも、ギニアスならそういう事をするかもしれないとは思う。
というか、いつマオから連絡がくるのか分からなかったというのに、代替機もなしでジーラインやジム・コマンドを解析するような事は普通しないだろう。
……しないよな?
ともあれ、ジーラインやジム・コマンドの代わりにギャン・クリーガーを用意しておいてくれたのは助かった。
ヴィッシュとの模擬戦とか、実は機種転換訓練の一種だったのかもしれない。
とはいえ、ギャン・クリーガーはルナ・ジオンの中でもエースや指揮官だけが乗る事を許されている機体だ。
俺にその資格はない……とは言わないが、それでも大々的にルナ・ジオンの中でも高性能機のギャン・クリーガーに乗ってもいいのかは微妙なところだろう。
勿論、連邦もルナ・ジオン軍の最新鋭機……それこそMSでは正真正銘の最高性能機のギャン・クリーガーの存在については知ってる筈だ。
しかし、オーガスタ基地でギャン・クリーガーを使った場合、それは連邦軍にギャン・クリーガーの性能の多くを知られるという事を意味している。
MSの整備とかそういうのはルナ・ジオン軍で用意するにしても、装備している武器や機体の動きで色々なデータを収集されるのは間違いない。
とはいえ、別にギャン・クリーガーは秘密兵器といった訳ではない。
ガルバルディβと共に、普通に宇宙で訓練を行っている以上、ある程度の情報はもう流れていると思ってもいいだろう。
であれば、わざわざギャン・クリーガーの性能を隠す必要はない……か?
「ギャン・クリーガーの性能でも、アクセル代表にとっては十分ではないでしょう。ですが現時点においては、ギャン・クリーガーがこの基地にある中で一番性能の高いMSですから。また、ギニアス様から、もしアクセル代表が希望するのであればハワイから戦力を出してもいいと聞いております」
「それは助かるけど、ちょっと難しくないか?」
俺1人だけなら、ある程度の隠蔽も可能だろう。
一応ムウ特務少佐という階級を臨時で貰ってる訳だし。
だが、ハワイのルナ・ジオン軍が一緒にとなるとさすがに難しい。
特にアプサラスなんかを連れていったら……うん。間違いなくオーガスタ基地は混乱するだろう。
その戦力は非常に魅力的だが、アプサラスはある意味でルナ・ジオン軍……正確にはハワイの象徴とでも呼ぶべきMAだ。
その巨体から隠れて移動するといった事も出ない。
堂々と戦いに参加したら、それこそ国家間の問題となってもおかしくはない。
また、強硬派にしてみればアプサラスの破壊力は魅力的だろう。
どうにかしてアプサラスを入手しようと企んでもおかしくはなかった。
「うん。やっぱり止めておく。アプサラスを持っていったりしたら、それこそジオン軍残党と戦うよりも前に、連邦軍と戦うといった事にもなりかねないし」
「そうですな。ですがギニアス様も、さすがにアプサラスを派遣するといった事はしないと思いますが」
そう言うノリスだったが、ギニアスはたまに予想外な行動をする。
ある意味、シャドウミラーの技術班に通じるものがあるのも事実。
というか、ギニアス程の才能があれば技術班に入っても全くおかしくないんだよな。
そのような事をしないのは、ギニアスにとってはサハリン家の存続や名家としてのプライドとかがあるんだろう。
何しろ現在のサハリン家は、ルナ・ジオンが地球に唯一持つ領土のハワイを任されているのだ。
これはつまり、それだけルナ・ジオンの中でサハリン家が重要視されているという事でもある。
ギニアスはジオン公国において必死になってサハリン家を没落させないように頑張ってきた。
そんなギニアスにしてみれば、サハリン家を投げ捨てて技術班に行くという選択肢は存在しないのだろう。
あるいは後継者が出来てサハリン家の心配がなくなったら、技術班に所属するという選択肢もあるかもしれないが……ギニアスが独身である以上、それは無理だ。
アイナとガトーの子供に家督を譲るという選択肢もあるが。
「とにかく、アプサラスを連れていくのは難しい」
「分かりました。では……MSを数機護衛としてつけるのはどうでしょう?」
「……その辺が妥協点か。分かった、それでいい」
こうして、俺はオーガスタ基地に向かう事になったのだった。