「アクセ……いえ、ムウ特務少佐、ようこそオーガスタ基地へ」
マオがそう言い、敬礼をしてくる。
その顔には疲労の色が濃い。
恐らくジオン軍残党との戦いの連続で休む暇もなかったのだろう。
にしても、この場合はやっぱり敬礼が正しいのか?
特務少佐という階級はあるが、それは表向きのものだ。
その表向きのカバーストーリーを隠す為だったりするのかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺も敬礼を返す。
「ああ、久しぶりだな。随分と疲れているようだが、大丈夫か?」
「ムウ特務少佐が来てくれましたので、戦力的な心配がなくなったのは大きいですね。それにオーガスタ基地の戦力もありますし」
そう言い、視線を基地に……MS用格納庫に向けるマオ。
現在俺達がいるのは、オーガスタ基地にある滑走路だ。
そこにはファット・アンクルが着地し、そこから俺が出て来るとマオが出迎えに来た形となる。
「そうだな。……ちなみに、何でジオン軍残党がオーガスタ基地を狙っているのかの情報は?」
「いえ」
俺の問いに首を横に振るマオ。
本当にまだジオン軍残党の狙いを掴んでいないのか、それとも既に知ってはいるが、それを俺に……連邦軍ではない者に話すのはまずいと思ったのか。
その辺については俺も分からないが、俺が予想したようにあのイフリートを使っている部隊はキシリア派で、連邦軍にニュータイプの研究をさせない為に行動しているという可能性も否定は出来ないだろう。
「そうか。そうなると、狙いが分からない分、しっかりと戦力を用意する必要があるな。……そんな訳で、ハワイから俺以外にも戦力を連れて来た」
その言葉にマオは驚きの表情を浮かべる。
まさか俺がそのような事をするとは思っていなかったのだろう。
「その……本当ですか?」
「ああ。とはいえ、安心しろ。ハワイの代名詞であるMAはない」
オーガスタ基地は海沿いという訳ではないので、水陸両用MSや水中用MS、あるいはグラブロのようなMAを連れてくることは出来なかった。
アプサラスは……うん、ギニアスは実はかなり乗り気だったりしたのだが、そちらについてもなんとか止めることが出来た。
ただし……今回重要な事として、連れてきたメンバーが関係している。
「降りて来てもいいぞ」
そんな俺の言葉に、2人の男が姿を現す。
その姿を見たマオは、驚愕に顔を歪める。
「ソロモンの悪夢に……荒野の迅雷……」
そう、マオが口にしたように、姿を現したのはガトーとヴィッシュだ。
ベルファストに向かった時はノリスが一緒だったから……という訳ではないが、今回はガトーとヴィッシュが俺と行動を共にする事になる。
ノリスが護衛とか言っていたが、こんな有名人2人に護衛されるってのは、一体どんなVIPなのやら。……シャドウミラーを率いる立場なんだから、十分にVIPなのは間違いないが。
そんな異名持ち2人は、マオに向かって敬礼する。
マオもそんな2人を見て慌てて敬礼を返す。
普段冷静なマオにしては、こうして慌てた様子を見せるのは珍しい。
それだけマオにとってもガトーとヴィッシュがいるのは驚きだったのだろうが。
だが、そのマオは敬礼を止めると俺に向かって不満そうな視線を向けてくる。
「アクセル代表、本気ですか? こんな有名人2人を」
ムウではなくアクセルと呼んでいるからだろう。
小声で不満そうな様子を見せるマオ。
まぁ、無理もないか。
ガトーのソロモンでの戦いやヴィッシュのオーストラリアでの戦いは、連邦軍の士官学校でも教科書に載ってるらしいし。
当然ながらガトーとヴィッシュの顔は多くの者が知ってるだろう。
ましてや、ここはオーガスタ基地という連邦軍の中でも屈指の規模を持つ。
何しろこのオーガスタ基地、北米にあるにも関わらず1年戦争中はジオン軍の侵略を跳ね返していたらしいし。
ジオン軍にしてみれば、このオーガスタ基地は北米に残った連邦軍の最大の砦……喉に刺さった小骨といった感じの存在だろう。
そうである以上、かなり強引に攻撃を仕掛けたのは容易に想像出来る。
だが、それでもオーガスタ基地は耐え抜いたのだ。
……それだけではなく、アレックスを開発したり、基地に隣接する研究所においてはニュータイプ研究すらしていた。
ジオン軍残党にとっては、色々な意味で厄介な場所なのは間違いない。
「本気だ。そして最新鋭のMSも持ってきている。生憎と、メカニックもこっちで用意したから、連邦軍のメカニックに機体を触らせることは出来ないがな」
ファントムスイープ隊の面々ならそれなりに信用は出来るが、それがオーガスタ基地所属のメカニックとなると、ちょっと信用するのは難しい。
強硬派の協力者がいれば、どういう手段に出るか分からないし。
あるいは強硬派の手の者ではなくても、メカニックであればルナ・ジオンの最新鋭機は興味を持ってもおかしくはない。
特にオーガスタ基地はアレックスを開発したのを見れば分かるように、非常に高い技術力を持ってるんだし。
今更だけど、クリスを連れてくればよかったな。
元アレックスの開発陣の1人だけに、オーガスタ基地についても詳しいだろうし。
知り合いとかもいるだろうし、クリスの人当たりの良さを考えれば情報収集も十分に期待出来るだろう。
「そんな事を言われても……」
「もしマオに難しいようなら、ゴップの方から連絡を入れて貰うか?」
そう言うと、マオは少し考えてから首を横に振る。
「いえ、ゴドウィン准将の方から手を回して貰います」
マオにしてみれば、ここでゴップに頼るようなことになると不味いと判断したのだろう。
派閥的な意味で。
とはいえ、それは俺には関係ない。
こっちの要望が叶えられるのなら、ゴップでもゴドウィンでもどっちでも構わない。
「分かった。じゃあ、すぐに連絡をしてくれ。こっちはいつでもMSを出せるから」
そう言い、ファット・アンクルに視線を向ける。
ファット・アンクルはジオン軍が開発したMS輸送機で、普通の大きさのMSならちょうど3機輸送出来る。
つまりあのファット・アンクルの中にはギャン・クリーガーが3機揃っている訳だ。
地球で使いにくいシェキナーは持ってきてないが。
「分かりました。では、すぐに連絡をしてきます。アクセル代表達は基地の中にある部屋を1室用意しますから、そこでお待ち下さい」
「ああ、ゆっくりとさせて貰うよ。ファット・アンクルの方は一応コバッタに警護させるけど、構わないよな?」
こういう時、コバッタは使いやすい。
量産型Wでもよかったんだが、コストとして見た場合はどうしてもコバッタの方が上なんだよな。
もっとも、そのコストはシャドウミラーにしてみればキブツを使ってどうとでも出来るし、エネルギー的な問題も関係ないのだが。
「連邦軍の軍人が信用出来ないと?」
「ジーラインやジム・コマンドを俺が受け取る事になった理由を忘れたのか?」
そう言うと、マオも反論出来ない。
表向きには色々と理由があるが、実際には強硬派のやらかした事の謝罪としてのMSの譲渡だったのだから。
「そんな訳で、ファット・アンクルには基本的に近付かないでくれ。……珍しいと思うかもしれないが」
コバッタはルナ・ジオンでは量産型Wと共に広く使われている。
街の治安維持であったり、迷っている相手を案内したりとか、それ以外にも諸々と。
結果として、月での犯罪の発生率は著しく低くなっている。
そしてハワイもまたルナ・ジオンの領土である以上、コバッタは普通に使われていた。
ハワイに住んでいる者達にとって、コバッタは非常にありがたい存在だ。
スパイとして行動してるとか、そういう事がなければの話だが。
だが、そんなコバッタだが、連邦においては基本的に使われていない。
連邦政府もコバッタの労働力や治安維持能力については魅力的に思ったらしいが、そのコバッタがシャドウミラーと繋がっているのが原因だろう。
連邦の領土内でコバッタを好きに活動させると、それこそどんな情報がルナ・ジオンやシャドウミラーに奪われるか分からない。
その為、現在のところ連邦はコバッタの派遣を認めていなかった。
ファット・アンクルの周囲にコバッタがいた場合、それを珍しいと思って近付いてくる者がいるかもしれない。
技術的にコバッタのような無人機に興味を抱いたり、あるいは単純に珍しいから。……もしくはハワイに行った経験があれば、珍しいからという理由でコバッタに近付く者がいるかもしれない。
何だかんだと、ハワイは今でも地球で屈指のリゾート地なのは間違いないのだから。
……1年戦争で地球上が荒れている以上、他のリゾート地も大なり小なり被害を受けており、結果としてルナ・ジオンの領土となった影響で戦争の被害がなかったハワイはリゾート地としての価値が以前よりも上がってすらいる。
連邦の軍人、政治家、役人……その他諸々、リゾートを楽しむ為にハワイに来る客が多くなっているのは、ハワイでギニアスと話した時に世間話として出ていた。
「分かりました。上の方に連絡をしておきます。ただ、それでも連絡が行く前に近付いてしまう者がいるかもしれません。その時は、出来るだけ怪我をさせないようにして欲しいのですが……」
「どうだろうな」
これがバッタなら、火器の類を使ったりせずに手足で……場合によっては身体で相手を――勿論押し潰さないように注意しながら――下敷きにしたりも出来る。
だが、コバッタがそのような事をしても、少し力に自信があれば持ち上げられる程度の重量でしかない。
つまり近付かれる前に火器を使って相手を攻撃するしかない。
「出来るとすれば、それこそ牽制程度だな。ただ、それでも牽制を無視して近付いてくるような事があったら命中させると思う。とはいえ、ジオン軍残党が攻めてくるという事でピリピリしてる中で発砲音とかがあったら、それこそ大きな騒動になりそうだが」
「それを分かってるのでしたら……」
「コバッタに……というか、ファット・アンクルに迂闊に近付かなければ、それでいいだろう?」
そう言うと、マオは少し難しい表情を浮かべて数秒考え込み、それから口を開く。
「では、信頼出来る兵士を警備としてこの辺りに残します。その兵士達がファット・アンクルやコバッタに近付く相手を止めるというのはどうでしょう?」
「それなら問題はない。ただ、その兵士達もファット・アンクルやコバッタに近付きすぎれば警告の後に攻撃される事になると思うから、気を付けてくれ」
「分かりました」
マオにとってはそれが妥協点と判断したらしく、頷いてくる。
「では、すぐに兵士や倉庫の用意をします。アクセル代表達は、先程も話しましたが部屋を用意してあるので、そちらでお待ち下さい」
そうして話は決まるのだった。
「客人をもてなす部屋というには、少し豪華すぎるように思えますね」
部屋の中に入ったガトーがそう言う。
実際、その言葉は決して間違っていない。
いわゆる上流階級と呼ばれるような者達が使うような、相応に豪華な部屋だ。
「俺とガトーはともかく、アクセル代表がいると考えれば、このような部屋というのはそう珍しくはないだろう」
ヴィッシュの言葉に、ガトーが完全に納得したといったようには思えない表情を浮かべる。
一応ガトーもアイナとの関係もあって、名家のサハリン家での生活については理解している筈だ。
その生活を思えば、この部屋もそこまで行きすぎた豪華さという訳ではないと思うんだが。
「オーガスタ基地は、ジャブロー程ではないにしろ連邦軍の中でも有数の基地だ。そうなると俺達に限らず、お偉いさんが来ることはあるんだろうな。この部屋はそういう連中が使う為の部屋なんだろう」
俺の言葉に、ガトーもようやく完全に納得した様子を見せる。
ガトーは基本的に華美な暮らしを望まない。
それこそ豪華な……常人ならとても購入出来ないような高額な家具とか、そういうのは嫌う傾向にある。
ただし、アイナとの関係もあって、そういうのに慣れる必要があるのも事実。
名家というのは、見栄とかもあるがそういう豪華な家具とかを使う必要があるのだから。
あるいはそういう豪華な家具を購入する事によって、経済を回す為にとか。
もっともサハリン家の場合は家があるのがハワイだ。
ハワイにも相応に豪華な家具とかは売ってるだろうが、ギニアスが好むような家具があるかどうかは微妙なところだろう。
あくまでもイメージ的なもので、実際に確認した訳ではないが。
「取りあえず、色々と話が決まるまではもう少し時間が掛かる筈だ。ガトーもヴィッシュも、折角なんだからこういう部屋でゆっくりとしておいたらどうだ?」
そう言うと、2人もソファに座る。
沈み込むその感触にヴィッシュが驚きの表情を浮かべる。
ガトーの方は、アイナとの関係でそれなりに慣れているのか、あまり驚いた様子はない。
荒野の迅雷の異名を持つヴィッシュの驚く様子を、俺は面白く思うのだった。