「さて、それじゃあ色々と話を聞かせて貰おうか」
俺の目の前には、クリストとシェリーの兄妹がいる。
そして部屋の中には、俺以外にハワイを任されているギニアスと、その護衛としてノリスがいた。
また、クリストとシェリーの側には2機のコバッタも待機している。
この2機のコバッタは、クリストとシェリーがハワイで生活する上でサポートをするのと同時に、何か怪しい行動をしようとした場合はそれを阻止する役割もあり、クリストやシェリー達は当然ながらそれを聞かされていた。
「その前に聞かせて欲しい。アデン基地はどうなった?」
クリストが真剣な様子で聞いてくる。
自分達と共に戦った者達がどうなったのか気になるのはそうおかしな話ではない。
本来ならインビジブル・ナイツがどうなったのかを聞きたいのだろうが、インビジブル・ナイツが乗っていたHLVは既に発射したのは確認されているので、その辺の心配はいらないのだろう。
……もっとも、宇宙に上がったインビジブル・ナイツや他のジオン軍残党がどうするのかは少し気になるが。
とはいえ、クリストもシェリーもその辺について話すことはないだろうし。
普通に考えれば、ギレン派かキシリア派と合流すると考えられる。
とはいえ、インビジブル・ナイツはキシリア派だ。
だとすれば、合流するのは恐らくキシリア派だろう。
ただし、キシリアは1年戦争後は火星に潜伏している筈。
実際に連邦軍もその情報を入手したからこそ、火星に艦隊を送ったのだろうが……その艦隊も全滅したという話だしな。
キシリアは正直なところ、有能か無能かちょっと判断出来ない。
いや、MSの有用性を見抜いたり、情報の有用性を理解してキシリア機関を作ったり、MSの特性を活かすべく特殊部隊を多数作ったりと、有能なのは間違いない。
間違いないんだが、だからといってア・バオア・クーにおいてギレンを暗殺すればどうなるのかは分かっていただろうに、それを実行してる。
結果的に、それが1年戦争におけるジオン軍の敗北を決定的なものにしたのだ。
「降伏したか、戦死したか、逃亡したか。具体的にどうなったのかは俺には分からないが、そんな感じだな」
「そうか」
予想通りの言葉だったのか、クリストの表情は複雑だ。
自分達が生き残ってしまったことに思うところがあるのか、それとも死んでいった者達に思うところがあるのか。
その辺については、俺にも分からないが。
「で、そっちが聞きたいことはそれだけか? なら、俺の方に話を戻してもいいか?」
「構わない。……とはいえ、言える事は多くないが」
「そちらの女性はどうなのかな?」
今まで黙って聞こえていたギニアスが、そう尋ねる。
その言葉を聞いたクリストは、ギニアスに鋭い視線を向けて口を開く。
「タチアナは、1年戦争の時に既にインビジブル・ナイツを離れていた。今回の作戦についても詳しいことは知らない」
「兄さん……」
妹を庇う兄か。
何も知らなければ素晴らしい光景なのだろうが、だからといって俺の立場としてそのままという訳にもいかない。
「話をしたくないのならそれもいいが、それはお前達のこれからに大きく関係してくるぞ? 現在のお前達の今後は、そう選択肢は多くはない。1つ目はジオン軍残党として連邦軍に引き渡す。……まぁ、これが一番悪い選択なのは間違いないな」
その言葉に、クリストとシェリーの表情が厳しいものになる。
この状況で自分達が連邦軍に引き渡されれば、どのような扱いになるのか大体予想出来ているからだろう。
それこそ尋問……いや、拷問すらあってもおかしくはない。
ましてやシェリーは若く美しい女である以上、貞操の危機もあるだろう。
「2つ目が、このまま放り出す。……ジオン軍残党として活動するのならそれもいいが、インビジブル・ナイツが宇宙に行ってしまった以上、お前達が頼れる相手は少ない」
言葉には出さないが、クリストの片足が使えない以上、兵士としては問題があるというのもある。
……実際にはイフリートを操縦してユーグと渡り合ったように、MSパイロットとしては相応に高い技術を持っている。
とはいえ、ユーグとやり合えたのは本人の実力もあるが、それ以上に仲間をHLVで脱出させるまでの時間稼ぎという事が、良い意味でクリストに力を与えていたのは間違いない。
そういうのがない状態で、クリストがユーグと戦った場合、互角に戦えるのかは……正直、微妙なところだろう。
ユーグは仮にも北米の英雄と呼ばれるような実力の持ち主なのだから。
それに歴とした軍隊ならまだしも、残党という扱いになればMSパイロットだけをやっていればいいという訳ではない。
MSパイロット以外にも多数の仕事をやる必要があり、それはクリストには難しいだろう。
また、残党の中にはそれこそ質の悪い者達……囚人兵とかもいるだろうし、そういう者達と合流するとシェリーの身の安全も保証出来ない。
インビジブル・ナイツのように、きちんと軍人として活動しているような者達と合流出来れば、また話は別だが。
「そして3つ目が、ジオン共和国に戻る事だ。お前達の仲間の中にもジオン共和国に潜伏してる連中もいたし、今のジオン共和国は決して暮らしにくい訳じゃない筈だ ジオン共和国に戻るのなら、こっちでも多少手を貸してもいい」
これはベストではないがベターといった選択肢か?
とはいえ、ジオン共和国に戻れば1年戦争終了後もジオン軍残党として活動していた事から、何らかのペナルティを課せられる可能性は否定出来ない。
具体的には、懲役となるとか。
「最後の4つ目……これが俺的にはお勧めだ。ルナ・ジオンに亡命する。これなら連邦軍に追われたり、裁判で戦争犯罪について裁かれたりもしない。それに……これがお勧めな理由は、クリストの足を治せる事だ」
「本当ですか!?」
即座に反応したのは、シェリー。
まぁ、兄の足が治ると聞けば、そういう反応になってもおかしくはないのだろう。
「本当だ」
そう断言したのは、俺……ではなく、ギニアス。
「私は子供の頃に宇宙線を浴びた影響で、いつ死んでもおかしくはなかった。しかし、シャドウミラーの技術のお陰で完治し、今では完全な健康体だ」
ギニアスの言葉は、自分が直接治療されたからというのもあるだろうが、強い説得力がある。
そんなギニアスに、シェリーは縋るような視線を向ける。
シェリーにしてみれば、兄の足が治るというのは非常に大きな意味を持っているのだろう。
「ちなみに他にも、シャドウミラーの治療で本来ならもう手遅れの状況から命が助かった者は多数いる。……ただし、当然だがその回復は誰にでもやってる訳ではない。シャドウミラーに利益になる何かを持っているか、もしくはシャドウミラーに所属する者だけだな」
そう言うと、シェリーの視線がギニアスに向けられる。
ギニアスはルナ・ジオンに所属している人物だけに、今の条件に当て嵌まるか疑問に思ったのだろう。
もっとも、ギニアスはルナ・ジオンに所属しているものの、自分の身体を治してくれたシャドウミラーに強い忠誠心を持っている。
それこそ、もし俺がルナ・ジオンを裏切れと言えば、ギニアスはそれに従うだろう。
もっともそんな事をしても俺に利益はないので、やるつもりがないが。
セイラがギニアスにハワイを任せてるのは、その辺も関係しているのかもしれないな。
UC世界最高のニュータイプであるセイラは、当然ながらギニアスの忠誠心がルナ・ジオンよりもシャドウミラーに向けられているのは分かっているだろう。
だからこそ、もし万が一ギニアスが裏切っても、ルナ・ジオンにとってダメージが少ないハワイを任せた……そんな可能性は十分にある。
勿論、ハワイはルナ・ジオンが地球に有する唯一の領土だ。
そういう意味では大きな意味を持つが……結局のところ月が本拠地のルナ・ジオンにしてみれば、非常に惜しい場所ではあるが、最悪切り捨てても構わない場所であるのも事実。
「ちなみにギニアスは卓越した技術者だ。ルナ・ジオンで使われているアプサラス……ジオン軍残党なら知ってるな?」
クリストに視線を向けると、すぐに頷く。
ちなみにシェリーについては、その辺を聞く必要はない。
そもそも、水天の涙というのはハワイにあるアプサラスの奪取計画の可能性も考えていたのだから。
……今にして思えば、あの時シェリーが水天の涙というのがアプサラスの奪取計画かもしれないと言った時に積極的に賛成したのは、本当の水天の涙がどういう作戦なのかを知ってたからだろうな。
「それ以外にルナ・ジオンに所属した場合に大きな特典がある」
「何ですか?」
兄の足の治療以外にも特典があると聞いたシェリーは、真剣な表情で俺に聞いてくる。
この様子だと、今の時点でもシェリーはルナ・ジオンに所属するというのに魅力を感じているのだろう。
なら、ここで仕上げにするか。
「インビジブル・ナイツを受け入れてもいい」
「……え?」
「本気か?」
シェリーは俺の言葉の意味が理解出来ないといった様子で、そしてクリストは驚き……いや、半ば驚き、半ばこちらの言葉を信じていないといった様子か。
1年戦争末期から連邦軍に潜入していたシェリーと違い、クリストはジオン軍残党として活動してきたからこそ、俺の言葉を素直に信じることが出来ないのだろう。
「本当だ。ルナ・ジオン軍は知っての通り建国したばかりの国だ。人材というのは、多ければ多い程にいい。特に腕の立つ者達ならな」
インビジブル・ナイツは、正直なところ精鋭ではあってもそこまで腕が立つという訳ではない。
一般的な意味では精鋭ではあるが、同じ特殊部隊の闇夜のフェンリル隊やサイクロプス隊、ましてや黒い三連星と比べれば明らかに格下なのは間違いなかった。
だが、それでも腕利きなのは間違いない。
クリストの前にイフリートを操縦していたパイロットは、北米の英雄と呼ばれるユーグと互角以上に戦った実力を持つのだから。
そのパイロット……インビジブル・ナイツのエースだろうその人物だけは、ルナ・ジオンの中でも一線級の実力を持ってるとは思うが。
「だから受け入れると? ですが、そのような事をしたら、連邦が黙っていないのでは?」
「そっちはゴップに手を回して貰う。それに別に大々的にインビジブル・ナイツを仲間にしたとか公表するつもりもない。それで連邦が気が付かないのなら、それはそれで問題ないだろう?」
「ですが、それでも連邦に知られたらどうするのですか?」
真剣な表情で聞いてくるシェリー。
クリストも交渉は妹に任せているものの、真剣な表情で話を聞いている。
「別にどうもしない。それで連邦が遺憾の意を発表するのならそれは仕方がないと思うし、貿易とかで制裁してくるのなら、それもそれで構わない。そのくらいは受け入れてもいいだろう。もっとも、貿易に関してはルナ・ジオンの場合はシャドウミラー経由で異世界との貿易も行っているので、多少面倒にはなるだろうが、実際にはそこまで問題はないと思うが」
ただ、連邦側としても面子の問題があるだろうから、その辺については受け入れてもいい。
ハワイは基本的に観光で豊かになっている場所なので、経済制裁の一環として渡航禁止という事にでもなれば、それなりにダメージはあるかもしれない。
ただ、こちらも物資はペズン経由でHLVを降下させればいいので、多分問題はないだろう。
「けど、もしそれ以上……具体的には物理的な意味で攻撃してきた場合、こっちも相応の対処を取るけどな」
「……何故、そこまで?」
説明を聞いていたシェリーは、理解出来ないといった様子でこちらに視線を向けてくる。
「インビジブル・ナイツが優秀なのは理解出来ます。ですが、連邦という巨大国家を敵に回してまで必要な人材なのかと言われれば、素直に頷くことは出来ません。そこまでして手に入れる価値があるのかと」
普通に考えれば、シェリーの考えは当然だろう。
このUC世界において最大の国家である連邦を敵に回して、手に入れるのが腕が立つとはいえ、特殊部隊1つ。
普通に考えた場合、それは完全にメリットよりもデメリットの方が多い。
だが……それはあくまでも普通に考えた場合の話だ。
シャドウミラーという存在が、そしてシャドウミラーを後ろ盾にしている存在が普通と考えるのは、普通ならちょっと……いや、かなり難しい。
「そうだな。普通ならそう思う。だが、シャドウミラーとルナ・ジオンにしてみれば、連邦の件はそこまで問題じゃない。それよりも有能な人材を確保するのが先決だ。……とはいえ、有能な人材なら誰でもいい訳じゃない。有能でも性格的に問題があるような相手は論外だしな。そういう意味でインビジブル・ナイツは問題ないと判断した有能な面々だ。……すぐに答えろとは言わないが、そう時間はない事も憶えておけ」
そう言う俺の言葉に、クリストとシェリーは真剣な表情で頷くのだった。