「これが、ルナ・ジオンの本拠地クレイドル……か」
エリクの呟きが聞こえてくる。
その呟きは、エリクが意図せず出たものだったのだろう。
しかし、それだけに本心が現れていた。
他の面々もクレイドルの様子を見てそれぞれ感心した様子を見せていた。
特に印象的だったのは、インビジブル・ナイツの中でも気の強そうな性格をしている女……ヒルデ・ニーチェだったか? その女の表情がいつもよりどこか緩んでいたことか。
「ちなみに、このクレイドルの天気というのはどうなっているのだ? コロニーと同じように天候もコントロール可能なのか?」
「ん? ああ、そうだな。その辺についてはコロニーと同じと考えて間違いない」
そう言うも、実際にはそれは微妙に違う。
天候をコントロールする事が可能なのは間違いないが、その技術はUC世界のものではなく、マクロス世界の技術だ。
その為、結果は同じでも過程は違うといったところだろう。
とはいえ、その辺についてはクレイドルで暮らしている者達はそこまで気にしていないが。
快適に生活出来るのなら、問題はないと。
ちなみにクレイドルで農作業が有名なのは、その辺の理由もある。
地球では天候のコントロールは無理……いや、一応人の手で雨や雪を降らせる事も可能なので、全く天候のコントロールが無理という訳ではないのだが、それでもクレイドルやコロニーと違って微々たるものでしかない。
ましてや、UC世界の地球は環境破壊がかなり進んでおり、農作業を行うのに向いている場所も大分少なくなってきている。
そういう意味では、宇宙で農業をやるというのは決して悪くない選択肢なのだろう。
「クレイドルに興味があるのは分かるが、まず向かうのは農場だろう? ……いやまぁ、どうしてもクレイドルを見学したいのなら、それはそれで構わないけど。どうする?」
その言葉に、エリクを始めとする他の面々は俺に視線を向ける。
「クリストとタチアナに会うのを優先させて欲しい」
そういう事になり、量産型Wに指示をしてバスを用意する。
ホワイトスターで使われているのと同じタイプのバスがクレイドルでも使われている。
エアカータイプのバスは、エリク達にしても珍しいのだろう。
とはいえ、現在連邦ではジオン軍が開発したワッパというホバーバイクを接収し、それを解析して軍や民間でホバー系の乗り物を開発してるらしいので、こういうバスの類もそのうち使われるようになるかもしれないな。
そんな訳で、このUC世界においてホバー系はジオン軍が元祖……という訳でもないか。
実際、連邦軍が地上で移動司令所として使っているビッグ・トレーとかもあるし。
そういう意味では、それなりにホバー系の技術は進んでいたと思ってもいいのか。
そんな風に考えている間にも、バスは街中を走る。
クリストやタチアナと会うのを優先すると言ったエリク達だったが、それでもこうしてバスで移動してる間に、クレイドルの街中に興味を惹かれて視線がそちらに向けられている。
「うわ、あれってコバッタって奴だろ? 噂に聞いてはいたけど……かなりいるな」
「そうね。こうして見た感じでは違和感があるわ。とはいえ、ここに住んでる人達は特に違和感とかはないようだけど」
そんな会話が聞こえてきた。
ホワイトスターやクレイドルの住人でなければ、やはりコバッタは珍しいのだろう。
コバッタは色々な手助けをしてくれる。
そういう意味では非常に便利な存在なのだが、同時にコバッタが得られたデータはルナ・ジオンに……そしてシャドウミラーに集められる事になる。
ルナ・ジオンのように、既にシャドウミラーの下部組織といった場所ならともかく、それ以外……連邦とかでは、コバッタの存在はあまり好まれないだろう。
ちなみにジオン共和国の方では、大量にではないにしろ、それなりに使われているのだが。
ジオン共和国も一応建前上は独立国なので、ルナ・ジオンやシャドウミラーに知られると困るデータとかはあるんだろうが、その辺は特定の場所にコバッタが出入り出来ないようにする事で対処してるらしい。
何しろ1年戦争で結構な戦死者が出ているし、ギレン派やキシリア派のように1年戦争が終わってもジオン共和国に戻らず、ジオン軍残党としてゲリラ活動をしている者達もいる。
結果として、ジオン共和国の住人は激減した形になった。
……いやまぁ、ぶっちゃけ戦死者はともかく、ジオン軍残党よりもルナ・ジオンに移住してきた者がかなりの数になるというのも、ジオン共和国の住人が減少したのに大きく影響してるのだが。
そんな訳で、人口の減ったジオン共和国ではそれなりにコバッタは使われている。
ただ、当然ながらジオン共和国でコバッタが使われ出したのは1年戦争終了後だ。
1年戦争終了後、ジオン軍残党として活動していたインビジブル・ナイツがそれを知らなくてもおかしくはない。
「ちなみにジオン共和国でもコバッタは使われているぞ」
「え?」
何人かが、俺の言葉を聞いて視線を向けてくる。
そんなインビジブル・ナイツの面々に、ジオン共和国でコバッタが使われている理由を説明すると……多くの者達が微妙な表情となる。
無理もないか。
自分達の存在が関係していると言われたのだから。
そんな風に会話をしている間にもバスは進み、やがて市街地を出る。
「ちなみに市街地も興味深かったと思うが、市街地の外には異世界の植物や動物がいるから、そういうのに興味があるのならこっちもお勧めだ。ジオン、連邦を問わず……そして生物学者とかに限らず、多くの学者がやって来ているし」
明確に異世界の存在をその目で見る事が出来るのだから、多くの者が興味を持ってもおかしくはない。
今は学者や裕福な者達くらいしか来られないが、戦後復興が落ち着いたら本格的に観光業をしても面白いかもしれない。
実際、インビジブル・ナイツの面々も俺の言葉を聞いて窓に張り付いているし。
……エリクまでそうなってるのは、ちょっとどうかと思うが。
意外と異世界の植物や動物に興味津々なんだな。
あるいはジオン軍残党として活動してきたストレスから、それを発散出来る場所を知らず知らずのうちに求めているとか?
ともあれ、今までのエリク達の事を考えれば、こういう風になってもおかしくはない。
バスが進み続け、次第に周囲の景色が変わってくる。
「あれは……メギロートか」
窓の外に存在するメギロートを見たエリクの口から、若干苦々しげ様子の声が聞こえる。
もしかしたら、1年戦争の時にルナ・ジオン軍が連邦軍と協力してジオン軍と戦った時の戦場に、インビジブル・ナイツもいたのかもしれないな。
それならメギロートとその戦場で遭遇していてもおかしくはない。
そしてメギロートは今のUC世界では圧倒的な力を持っている。
それこそアムロのような一握りの腕利きが、ガンダムのような高性能MSに乗ってどうにか対処出来るといった具合に。
インビジブル・ナイツの面々はそれなりに腕利きではあるが、あくまでもそれなりだ。
中の上、もしくは上の下といったような者達が多い。
それだけに、メギロートと戦った経験があった場合、それこそ間違いなく倒すことは出来なかっただろう。
撃墜されずに無事に逃げ延びたというだけでも、それなりに評価されるべきことなのだが。
「言っておくけど、これからルナ・ジオンに所属するんだ。月は勿論だが、ハワイとかでもメギロートのような無人機は多数ある。普段の生活で無人機はバッタくらいしか見る事はないが、お前達が軍人としてルナ・ジオンで生活するのなら、自然とメギロートとかを見る機会は多くなる。……まぁ、軍人ではなく別の仕事につくのならそういう事はないかもしれないが」
そう言うも、インビジブル・ナイツはルナ・ジオン軍に所属して貰うつもりでスカウト……スカウト? ちょっと違うか。ともあれ引き込んだのは間違いない。
これで実はルナ・ジオン軍ではなく民間の会社でサラリーマンとして働くとか言われたら……うん。正直なところ、どう反応していいのか分からないな。
あるいは、このUC世界でこれから特に大きな騒動――それこそ戦争とか――が起きないのなら、あるいはそれを受け入れてもいいのかもしれない。
だが生憎と、今回の水天の涙の一件から考えても……そして何より俺の勘でも、これから先、まだ大きな騒動が色々と起きそうなんだよな。
「分かっている。私は軍に所属するつもりだ。だが、他の者達の中でもし軍に所属するのではなく他の道に進みたい者がいた場合は、その点も考慮して欲しい」
「検討はするが、完全に満足させる答えをだせるかどうかは難しいだろうな」
そもそも、その辺は俺が考えるのではなくルナ・ジオン軍の上層部が考える事だ。
であれば、ここで俺が安請け合いをする訳にもいかなかった。
そんな風に考えていると、やがてバスの外の景色が大量の野菜が植えられた畑となる。
どこまでも広がる……という程に広大な訳ではないが、それでもかなりの広さを持つ農場。
その様子を見たエリク達は、農場の様子に目を奪われる。
「凄いな……」
ポツリ、と呟かれたエリクの言葉。
何人かがその言葉に気が付いたのか、我知らず頷いている。
それだけ目の前の光景は驚きだったのだろう。
ジオン軍残党として活動している時、畑くらいは見てもおかしくないと思うんだが。
あるいはそんな余裕がなかったとかか?
実際、ジオン軍残党は行動するのもかなり大変だったようだし。
それならそれで、畑をこうしてじっくり見る機会がなくてもおかしくはないと思う。
「畑に目を奪われてるのはいいけど……そろそろ到着するぞ」
俺の視線の先には、この農場で働いている者達がいる建物が複数存在してる。
当初は建物は一つが二つでもいいのではないかと思われていたのだが、実際にはスパイを始めとして、色々な罪で捕まる者が多く。多数建物が建造された形だ。
例え囚人であっても、狭い建物の中に多数で生活していた場合、どうしてもストレスを溜め込むだろうし。
囚人なんだから、ストレスくらいならいいだろうと思わないでもなかったが、それによって育てている野菜に影響が出るのは避けたい。
そんな訳で、1人1つの建物とはいかないが、1つの建物で1人1部屋にする感じになったのが今の状況だった。
そんな建物の1つが、バスの向かっているところだ。
本来ならこの時間は農作業をしている筈なんだが、きちんと前もって連絡をしておいたので、今日はクリストもシェリー……いや、もう偽名を使う必要はないからタチアナでいいか。そのタチアナも、建物の中で俺達を待っている筈だった。
正確には俺達というか、エリク達インビジブル・ナイツの面々をだが。
ちょうどそのタイミングで扉が開き、タチアナが姿を現す。
その後ろからは、杖を手にしたクリストの姿もある。
これは偶然そうなった……といった訳ではなく、バスの音が聞こえたから急いで外に出て来たのだろう。
今日来るというのは知らせてあった……というか、だからこそクリストやタチアナは楽しんでいた農作業を休んで、こうしてここにいたんだろうし。
「ほら、お待ちかねだ」
そう言うと、エリクは俺の視線の先を見て……そこにいる2人の姿を見て、息を呑む。
俺がクリストやタチアナを保護したという言葉を、決して信じていなかった訳でないだろう。
いやまぁ、もしかしたら半分以上信じておらず、一縷の希望に縋ったとかそういう可能性もあったが。
とにかく、それでももしかしたらと思っていたところで、こうして実際に2人の姿を見たのだ。
感激するなという方が無理だろう。
やがてバスが停まると、最初にバスから出たのはエリクだった。
バスから降りると、1歩、2歩とクリスト達に近付いていく。
他のインビジブル・ナイツの面々は、エリクの行動をじっと見守っている。
どうやらクリストとタチアナと一番親しいのはエリクなので、最初はエリクが行動するのを見守っていようという事らしい。
「クリスト……タチアナ……よく無事で……」
「心配を掛けたようだな。ただ、見ての通りこうして無事でいるよ。妹のタチアナもこうして一緒にいる」
「久しぶりね。少し痩せたかしら。けど、兄さんから色々と聞いてるから、それも仕方がないのかもしれないわね」
その言葉に限界が来たのだろう。
今までは2人の話を聞いていたエリクは、突然駆け出して2人に抱きつく。
「よく……よく無事で……」
エリクの顔はここからは見えないものの、その言葉から泣いている……もしくは涙ぐんでいるのは間違いない。
そしてクリストはそんなエリクの頭を強引に撫で、タチアナは再会を喜ぶ笑みを浮かべていた。
エリクにしてみれば、クリストは地上に残してきた時点で死んでしまった筈の相手だったし、タチアナは戦場で再会した相手だ。
こうして3人揃って無事な状態で再会出来たのは、まさに奇跡と呼ぶに相応しい出来事だったのだろう。