「で、どうだった?」
来た時と同じように俺の腕を抱いて歩くシェリルに尋ねる。
……カツラと帽子サングラスといったように変装をしても、顔の半分以上は出ているので、シェリルの顔立ちが整っているのは容易に想像出来る。
そんなシェリルと腕を組んでいるだけに、街中にいる者達……それこそ久慈川のファンであったり、そういうのとは関係のない営業の仕事中なのかサラリーマンだったり、もしくは特に何をするでもなく歩いている者達から嫉妬の視線を感じる。
とはいえ、俺の恋人達は全員が魅力的な女だ。
そんな面々と街を歩いていれば、当然ながらこのような視線を向けられる事は多いので、この手の視点については既に慣れているというのが正直なところだ。
そんな訳で、俺とシェリルは丸久豆腐店から天城屋旅館に向かって歩く。
「可愛いものじゃない、色々とね。……それにしても随分と人通りが多くなってきたわね」
「学校が終わる時間だしな」
何だかんだと結構な時間、俺達は丸久豆腐店にいたらしい。
既に午後3時すぎで、高校の授業が終わる時間だ。
八十神高校の生徒以外にも、他の高校の生徒が結構周囲にはいる。
……そんな高校生達の視線も当然のように向けられるが、絡んでくる様子はない。
以前東京に行った時は、月光館学園の生徒に絡まれた事があったんだが。
そう言えばあの学生は退学になったらしい。
俺の一件だけではなく、どうやら他にも色々と問題を起こしていたらしく、今までにも何度か停学にはなっていたらしいので、そういうのが積もりに積もって……といった感じなのだろう。
退学になった生徒が現在どのような状況にあるのかは、俺にも生憎と分からない。
どこか他の高校に行ったのか、就職したのか、フリーターにでもなったのか……あるいは働かないでチンピラ仲間とつるんでいるのか。
どうなっているのかは分からないが、だからといって俺がわざわざ気にする事でもない。
俺に絡んで来た男には、それなりの人生があり、その人生が俺と交わる事は……絶対にとは言わないが、それでもまずないと思って間違いなかった。
「え……?」
天城屋旅館に向かう途中の坂道。
そこを進んでいると、不意にそんな声が聞こえてきた。
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは雪子。
学校帰りなのだろう。制服姿の雪子はどことなく新鮮な感じだった。
そんな雪子が、俺を見て……いや、正確には俺とシェリルを見て驚きの表情を浮かべていた。
シェリルは変装しているので、シェリル・ノームだとは気が付いていないだろう。
……そもそも以前聞いた話によると、雪子は学校が終わればすぐにでも旅館の手伝いをしており、芸能人とかそういうのにはあまり詳しくないという話だ。
もしかしたら、シェリル・ノームについても知らない可能性はある。
「雪子、学校帰りか。すぐに旅館の手伝いに行く予定なのか?」
「え? あ……はい。そのつもりですけど。その、アクセルさんの隣にいる人は?」
「私? 私はアクセルの恋人よ」
笑みを浮かべ、そう言うシェリル。
シェリルの言葉に、何故か雪子は驚いた様子を見せる。
ん? 何でここで雪子がここまで驚く?
雪子は美鶴やゆかりから、俺が2人と付き合ってるという話を聞いている筈だ。
そうである以上、そこで更に追加で恋人が出て来たところで、そんなに驚くようなことはないと思うんだが。
「あ……そ、そうなんですか。いけない、急がないと手伝いに間に合わなくなりそうなので、これで失礼しますね」
そう言うと、慌てたように天城屋旅館に向かう。
何だかおかしいと思っていたら、遅刻しそうだったからなのか。
そう考えると、納得出来た。
「老舗旅館の若女将として活動するとなると、ちょっとした遅刻も許されなかったりするんだろうな」
「……アクセル、あんたって……」
「シェリル?」
何故かシェリルが呆れたような視線を向けてくる。
今の俺と雪子のやり取りに何か問題があったか?
「俺は今、何か不味い事でもいったか?」
「いえ、そうね。……その辺はあの子が自分で決める事だもの。私からは特に何もないわね。一般の人から見れば、私達が特殊な存在なのは間違いないでしょうし」
「何がだ?」
「ううん、何でもないわ。それより、私達も行きましょう。いつまでも外にいるのはどうかと思うし」
「……まぁ、虫とか出てくるしな」
6月……それも山の近くだ。
当然ながらそろそろ虫……特に蚊とかも出てくるだろう。
俺の場合は混沌精霊なので、蚊に刺されても意味はない。
だが、シェリルは魔力による身体強化が出来るとはいえ、普通の人間だ。
蚊に刺されれば当然のように痒くなる。
あるいは魔力による身体強化で身体を頑丈にして、蚊が刺そうにも刺せないようにするとか、そういうのは……どうだろうな。
もしくは技術班なら蚊とかを近づけないフィールドを生み出す装置とか、そういうのも出来るかもしれない。
いや、蚊以外にも虫はいるから、そういう虫が近付かないようにする……虫除けスプレーとか、そういうのの強力な奴でもいいかもしれないな。
何気に蚊というのは世界で一番人を殺した虫と呼ばれている。
これはTVか何かで見た話なので、実際に正しいのかどうかは分からない。
だが、フィールドを作るような特殊な物ではなく、スプレー系、もしくは蚊取り線香のように置いてあるだけのタイプの奴とか、そういうのはどうだ?
何気に結構な売れ筋商品となると思う。
……とはいえ、当然ながらそのような商品を売る場合、きちんと効果があるかどうかを確認する必要がある。
そうなると、何か特殊な技術が使われていると気が付かれる可能性は十分にあった。
そこまで強力な効果だと、それこそライバル会社とかも確認するだろうし。
そして何かがあると考えれば、公的機関に届けるといった事をしてもおかしくはない。
公的機関で調べても理解出来ない場合、桐条グループに詳細について報告するように求めてくる……シャドウ研究の副産物の一環とかにすれば誤魔化せるか?
「取りあえず旅館に入るか」
「そうね。私は温泉に入りたいわ」
「……今更だけど、泊まっていくのか?」
「そのつもりよ」
一応俺の部屋は以前美鶴とゆかりの3人で泊まっていたので、シェリルが泊まっても問題はない。
あるいはまだシーズンギリギリ前なので、他の部屋を借りる事も可能だろう。
だが……シェリルが泊まるとなると、当然のように大きな騒動となる。
シャドウワーカーも含めて俺の身内と呼ぶべき者達だけなら、まだシェリルについて知られる可能性は少ない。
だが、現在の天城屋旅館はシーズン前だとはいえ、極端に客がいない訳でもない。
特に温泉とかになると、変装をする事は出来ない。
いっそエヴァを連れてきて幻影魔法で別人に見せ掛けるか、もしくは年齢詐称薬を用意するか。
難しいかもしれないが、シェリルの……あるいはシャドウワーカー関連の者達で温泉を貸し切りにして貰うのもいいな。
「何よ。もしかしてアクセルは私と一緒に泊まるのが嫌なの?」
「そんな事はない。シェリルとはマクロス世界で一緒に暮らした事もあったし、ホワイトスターでも一緒に暮らしている。だが、こうして旅行に来たという事はなかったしな」
「……これを旅行と言ってもいいのかどうかは、微妙だと思うけど? 寧ろこの場合、単身赴任じゃない? 美鶴がいるから正確には違うんでしょうけど」
「否定は出来ないな。ただ、その単身赴任先に良い温泉があるのも事実だし、宿も最高級の老舗旅館で、食事も美味いんだから十分楽しめると思うが?」
「まぁ、そうかもしれないけど」
そうして話ながら、大広間に向かう。
最初に部屋に戻ってもよかったのだが、部屋に戻っても特に何かする事はない。
少し休憩をするといったくらいか。
途中で何人かの従業員や、俺達以外の数少ない客ともすれ違ったが、今のシェリルは変装をしているのでシェリル・ノームだとは見破られない。
シェリルを直接知っている者がいれば話は別だが、元々メディアの露出も少ないシェリルだ。
変装を解かない限り、今のシェリルを見てシェリル・ノームだと見抜く事は不可能だろう。
そんな訳で、特に何の問題もなく俺達は大広間に到着し……そして、中に入る。
『おおおおおお』
するとその瞬間、そんな声が上がった。
一体誰が? と周囲を見てみれば、シャドウワーカーの者達の上げた声だ。
ただし、それはシェリルが最初に大広間に入った時にいなかった面々。
まだ夕方にもなってないのに、街に出ている面々がかなり多く集まってきてるな。
何故……というのは、考えるまでもなく明らかだろう。
間違いなくシェリル・ノームの存在だ。
シェリルの知名度を考えれば、こうして一目でも見たい、会話をしたい、出来れば握手をしたい……そんな風に思う者達がいてもおかしくはない。
それも男女問わずだ。
シェリルはその美貌から男の人気が高いが、歌声から同姓の人気も高い。
それを示すように、シャドウワーカーの面々も男女問わずシェリルに憧れの視線を向けている。
「あら」
そんな視線に、シェリルは笑みを浮かべる。
ただ、俺もそうだが、美鶴もそんなシェリルを見て呆れと感心が混ざっているような表情を浮かべていた。
それは、シェリルが素の姿を見せているのではなく、猫を被っていた為だ。
……あるいはここがペルソナ世界である以上、ペルソナを被っていると表現すべきか。
「私の事で喜んでくれているようで何よりね。ただ、出来れば仕事以外の時に歓迎して欲しかったのだけれど。今はまだ仕事中でしょう? 今日は私もこの天城屋旅館に泊まっていくわ。食事の時にでもゆっくりとお話をしましょう」
「だ、そうだ。しっかりと仕事をしない者は、シェリルに嫌われるぞ?」
「そうね。自分のやるべき仕事をやる人は好印象ね」
そう言いつつ、シェリルは変装を解いていく。
サングラス、帽子、カツラ……それらがなくなると、そこにいるのはシェリル以外の何者でもない。
そんなシェリルに視線を向けられると、シャドウワーカーの面々は急いで自分の仕事に戻る。
「あれ、堂島はどうしたんだ? そろそろこっちに戻ってきても……いや、来たな」
噂をすれば何とやら。
堂島について話をしたところ、ちょうどそのタイミングで堂島の気配がこちらに近付いて来ているのが分かる。
そして堂島と一緒に、菜々子の気配も。
なるほど、今日は特に何もない……久慈川の件は桐条グループの警備員が対処したので、何もないと言ってもいいだけに、堂島は菜々子を迎えに行ったのか。
実際、これまでの足立の行動から考えると、堂島の娘でもある菜々子が狙われる可能性というのは決して低くはないと思う。
堂島にとって唯一の肉親……いや、鳴上も甥という意味では肉親なのか?
ともあれ、菜々子は堂島にとって重要な相手なのは間違いないのだから。
それだけに今回の件が解決するまで、菜々子の登下校をしっかりとやるのは堂島にとって絶対に必要な事だった。
堂島が無理な時は、誰か他の相手……堂島に恋する早紀辺りが菜々子と仲良くなる為に送り迎えをしているが。
そもそも堂島がこの天城屋旅館で寝泊まりしているのも、菜々子を守る為というのが大きい。
……普通に考えれば、天城屋旅館のような老舗旅館で寝泊まりをするというのは、数日程度ならまだしも、何ヶ月もとなると経済的な負担が大きい。
その辺はシャドウに関係するという事で、警視庁であったり桐条グループからの援助があっての事だが。
そんな堂島が大広間に入ってくると、戸惑った様子を見せる。
大広間の中の雰囲気がいつもと違うからだろう。
実際、それは正しい。
現在の大広間はシェリルの存在もあってかなりテンションが上がっている者達が多いのだから。
大広間の中を見回した堂島は、そこでようやく俺達……というか、俺の隣にいるシェリルの存在に気が付く。
だが、訝しげな表情を浮かべるだけだ。
……ん? あれ、ちょっと待った。これってもしかして堂島はペルソナ世界において世界的な有名人であるシェリルの存在を知らないのか?
いや、幾ら何でもそんな事はないと思うんだが……ただ、堂島の様子を見るとそんな俺の予想は決して外れているようには思えない。
「あー! シェリルだ!」
堂島には分からなかったシェリルだが、堂島と一緒に大広間にやってきた菜々子はシェリルを知っていたのだろう。
シェリルの姿を見て歓声を上げる。
そして堂島もシェリルがどういう相手かは分からなかったらしいが、名前については覚えていたのだろう。
シェリルという名前を聞いて、驚きの表情を浮かべる。
「おい、アクセル。その……シェリルってもしかして……」
恐る恐るといった様子で尋ねてくる堂島に、頷く。
「世界的な歌手のシェリルの事を意味してるのなら、当たりだ」
「ふふっ、シェリル・ノームよ。よろしくね」
そう言い、シェリルは笑みを浮かべるのだった。