シェリルとの食事が終わり、俺はシェリルと共に部屋にいた。
既にシェリルは1時間程貸し切りにして貰った温泉を堪能し、浴衣を着ているという事もあって、どこか色っぽい印象を受ける。
本来なら、ここは俺と美鶴の部屋なのだ。
ただ、シェリルが泊まるのはこの部屋だし、ここにシェリルがいるのはおかしな話ではないだろう。
「ねぇ、アクセル。そろそろ12時だけど……」
「そうだな。準備をするか」
窓の外を確認すると、そこでは雨が降っている。
稲羽市、雨、12時……ここまで条件が揃えば、これから何をするのかは分かりやすい。
通信機の映像スクリーンを展開する。
ちなみにこの通信機は、UC世界に行く前にペルソナ世界に置いていったのとは別の奴だ。
何しろ俺の通信機から出る映像スクリーンからTVの中の世界に入った場所にある公園は、ある意味で拠点……というのは少し違うが、それでもそんな感じのような場所になっている。
そんな訳で、俺は新しい通信機を使っている訳だ。
同じ通信機なので、別にそれで困るという事もなく……
「多分、マヨナカテレビに映るとすれば、久慈川だと思う」
「そうなの? アクセルが言うんだから、間違いではないと思うけど」
何らかの根拠があって、久慈川がマヨナカテレビに映ると口にした訳ではない。
……いや、ある意味で原作のある世界だからという、これ以上ない根拠はあるが。
マヨナカテレビの一件で騒動になっているところに、偶然アイドルの久慈川が帰ってきたのだ。
これで事件に巻き込まれると思うなという方が無理だろう。
そして、やがて時間は12時となり……
「来た」
その瞬間、空中に浮かぶ映像スクリーンが一瞬瞬き、次の瞬間にはそこに1人の姿が映し出されていた。
顔までははっきりと映らないが、水着……それもビキニを着てマヨナカテレビに映し出される女。
顔が分からない以上、はっきりとは分からないが、これは多分……
「久慈川か」
「違うわね」
「……え?」
俺の言葉をシェリルが即座に否定する。
同時に、マヨナカテレビも消えた。
それを確認してからシェリルに視線を向けると、そこには真面目な顔をして映像スクリーンに視線を向けているシェリルの姿。
「違うのか? 俺は久慈川だと思ったけど。……いやまぁ、久慈川が映るだろうと思っていたから、そういう風に見えたのかもしれないけど」
「そうかもしれないわ。水着じゃないと私もあれがりせだと思ったかもしれない。けど……水着だったから、違うと分かったわ」
そこまで言われれば、俺にもシェリルが何を言いたいのかは理解出来る。
水着と普通の服。
その違いは、露出度……つまり、久慈川の体型をしっかりと確認出来るというのがある。
世の中には信じられないくらいに着痩せをする者もいる。
だがシェリルにしてみれば、それくらい見抜くのは訳がないのだろう。
何しろシェリルは、マクロス世界では多数の芸能人を見てきた。
それだけに、女の身体を見る目には自信があるらしい。
「つまり、身体付きから久慈川じゃないと判断したのか?」
「そうね。私の予想だと、マヨナカテレビに映ったりせの胸は本物より少し……いえ、大分盛られていたわ」
盛られていた、か。
何かで見た記憶があるが、水着とか下着では贅肉を寄せて上げて、胸を盛るという方法があるらしい。
あるいは単純にパッドとかいう胸を盛る為の道具もあるとか。
それで男と夜にそういう行為をする時はどうするのかとか、そんな疑問はあるが、女にとって譲れない一面というのもあるのだろう。
ともあれ、今この場で大事なのはマヨナカテレビに映ったのは久慈川ではない。
つまり、久慈川はまだ足立によってTVの中の世界に入れられていないという事だろう。
桐条グループの警備員がいるので、そう簡単に何かが起きたりはしないと思うが。
「取りあえず、大広間に行くか。向こうでもマヨナカテレビは見ていた筈だ。それを見て、久慈川がTVの中に入れられたと考える者が出てくる可能性がある」
マヨナカテレビに映ったのが本物の久慈川ではないというのは、シェリルだからこそ分かった事だ。
もし俺だけでマヨナカテレビを見ていたのなら、原作の流れを考えて本物の久慈川だと判断しただろう。
……あるいはニュクスとの戦いで原作知識が失われていなければ、もっと的確にこの事件について解決する事も出来たかもしれないが。
ともあれ、大広間の方に事情を知らせる必要があるので、シェリルと共にそちらに向かう。
幸いなことに、もう夜12時を回っているという事もあってか、廊下で他の客や従業員とすれ違うような事はない。
もしそのような事があっても、一応シェリルは帽子だけは被っているので、すれ違う程度ならシェリルをシェリルではないと誤魔化せるだろうが。
見つかっても、建物の中という事で受ける印象は大分違うだろうし。
それでも誰にも見つからないのが最善なのは間違いなく、そして幸運な事に特に誰と会う事もないまま大広間に到着する。
「だから、あれはりせちーだって!」
「けど、りせちーが家にいるのは美鶴さんが警備員に連絡をして確認したんでしょ?」
「それはそうだけど、別に警備員もりせちーの家に住んでる訳じゃなくて、外にいるんだろ? なら、足立がTVから出て来たりしたら、対処出来ないだろ!」
「そもそもマヨナカテレビが足立の仕業とは考えられない訳で……」
大広間に入ると、そんな会話が聞こえてくる。
どうやら大広間でもマヨナカテレビを見ていたのだが、そこに映った人物が久慈川であるかどうかという事で言い争いになっているらしい。
「アクセル、シェリルも来たか。今ここにこうして来たということは、やはりマヨナカテレビを見たのだな?」
「ああ、見た。ただ、その件でシェリルが気が付いた事があってな」
「気が付いた事?」
俺の言葉に、美鶴がシェリルに視線を向ける。
その視線を向けられたシェリルは、笑みを浮かべて口を開く。
「どうやらさっきのマヨナカテレビに出てたのがりせかどうかで迷っていたようだけど、あれは本物のりせじゃないわ」
そんなシェリルの言葉がもたらした効果は大きい。
マヨナカテレビに映ったのが久慈川じゃないと主張していた者達は喜び、そうでない者は何故? といった視線をシェリルに向ける。
もっとも、そんな視線を向けつつもシェリルを間近で見る事が出来るのを喜んでいたりするのだが。
一応、食事の時にもシェリルは一緒にいたし、食事が終わった後も温泉に入るまでは大広間で会話をしたりしていた。
実際、現在ここにいるシャドウワーカーの面々は、恐らく全員が最低1回はシェリルと話している筈だ。
だが……それでもやはりシェリルと会話をしたいと思う者は多いのだろう。
シェリルにしてみれば、その辺りについてはそこまで気にした様子もなかったが。
「その、シェリル。何故そう思ったのか聞いてもいいか? 私もここで見ていたが、久慈川りせだと言われればそうかと納得するくらいの様子に見えたのだが」
「美鶴は……分からなくても仕方がないかしら。長い間芸能界にいた私だから、もしかしたら分かったのかもしれないし。もっとも、世の中にはそういうのを関係なく見抜く目を持ってる人もいるけど」
「……シェリル? 一体どういう事なんだ?」
「簡単に言えば、さっきのマヨナカテレビに映ったりせの体格……というか、胸の大きさね。あれは本物のりせより大分盛られているわ」
その言葉に、何人かのシャドウワーカーの男が鼻を押さえるような真似をしたのだが……一体、何を考えたんだろうな。
取りあえずその辺には触れないでおいてやろう。
美鶴も俺と同じ考えだったのか、鼻を押さえた男達に呆れの視線を向けたものの、すぐにシェリルに向かって口を開く。
「なるほど。では、まだ久慈川りせは無事だという事だな?」
「どうかしら。私に分かるのは、あくまでもあのマヨナカテレビに映ったのは本物のりせじゃなかったというだけで、今もりせが無事かどうかと言われても……ちょっと分からないわね」
「もし久慈川が今は無事でも、マヨナカテレビに映ったという事は足立に狙われているのは確実だという事になるよな?」
シェリルの言葉にそう続ける。
今までもそうだったが、マヨナカテレビに映った者が足立に狙われるのは間違いない。
だとすれば、久慈川が狙われるのはそうおかしな話ではないだろう。
「丸久豆腐店の護衛を厳しくした方がいいかもしれんな。明日にでも手を回しておこう」
「そうした方がいいだろうな。幸い、今までの経験からすると、マヨナカテレビに映るのがまだ誰なのかはっきりしない状況では、足立に襲われるまでにはまだ少し余裕がある筈だ。そうである以上、今夜中に襲われるという事はないと思う」
そういう風に話をしたのだが……
「は? 嘘だろ……? マジで?」
翌日、シェリルをホワイトスターまで送って戻ってきた俺を待っていたのは、久慈川が行方不明になっているという報告だった。
「事実だ。……くそっ、足立の奴……」
堂島が、苦々しげな様子で吐き捨てる。
堂島にしてみれば、自分の元相棒だ。
もっとも、堂島と足立が組んでいた時間そのものは、そこまで長い訳ではない。
それでも堂島にしてみれば、元相棒という認識があるのだろう。
だからこそ足立は自分が捕らえる必要があると考え、TVの中の世界で自分のペルソナにも覚醒し、五飛に訓練をつけて貰い、鳴上達と共にTVの中の世界で活動している。
山野真由美、早紀、雪子、巽……それに続けて今度は久慈川か。
幸い、早紀はTVの中に入れられる寸前で助け出せたが。
それでも何人もを足立はTVの中に連れ込んでいる。
死人は今のところ1人だけだが、それはあくまでも俺達が動いた結果だ。
もし俺達……というか、鳴上達が動かなければ、雪子や巽は死んでいただろう。
いやまぁ、巽の件は俺は全く関わっていないので、実際にはどうなのかはちょっと分からないが。
「そもそも、どうして久慈川が行方不明……というか、TVの中の世界に連れ込まれたんだ? 久慈川の家……正確には久慈川の婆さんの家のTVは人が出入り出来る程に大きくはないだろう? 見た事がないから正確には分からないが」
久慈川が現在丸久豆腐店にいるのは、実家という訳ではなく親類の家だからだ。
父親の方の祖母なのか、母親の方の祖母なのかは分からないが。
そして祖父は既に死んでおり、丸久豆腐店は久慈川の祖母が1人だけでやっている。
そのような店だけに、TVはジュネスにあるような大型のTVではなく、小型のTVの可能性が高い。
……あるいは年齢のせいで視力が悪くなったから、大型のTVがあるという可能性も否定は出来ないが。
ただ、それでも可能性としてはそこまで高くはない筈だ。
「そうだ。久慈川りせが足立によって連れ去られたのは、早朝に久慈川りせが出掛けた時だ」
「……いや、でも桐条グループの警備員がいただろう?」
桐条グループの警備員が守っていたのは、丸久豆腐店そのものでも、あるいは久慈川の祖母でもなく、久慈川りせ本人だ。
そうである以上、久慈川が早朝に出掛けるという事があれば、護衛としてついていくのは間違いない。
「どうやら、久慈川りせが護衛に見つからないように抜け出したらしい」
「……マジか」
それは俺にも予想外だった。
いや、でも……考えてみれば、そんなにおかしな話でもないのか?
久慈川が芸能界で一体何があったのかは、俺には分からない。
だが、何かがあって休養という事にしたのは明らかだ。
まさか何となく休養する事にしたというのは、さすがにないだろうし。
実際、俺が久慈川と会った時の様子からすると、とてもではないがりせちーとしてアイドルをしていたとは思えない程に大人しい……いや、暗い様子だった。
そんな久慈川だ。
1人になりたくて、護衛から隠れるようにしてどこかに行ってもおかしくはない。
ましてや、久慈川は足立について知らないし、何よりそういう意味で自分が狙われるとは思ってもいなかっただろうし。
しくじったな。これならいっそ、久慈川にお前は狙われるかもしれないと言っておけばよかったか?
あるいは、熱狂的なファン……それこそストーカーとかに襲われる可能性があると言っておいた方がよかったかもしれない。
前者の場合……TVの中の世界について言っても、恐らく久慈川が信じるのは難しいだろうが、ストーカーの襲撃は実際に何人もが丸久豆腐店の前にいたのだから、可能性としては十分にある。
というか、寧ろ足立よりもストーカーに襲われたと考えた方が可能性は高くないか?
何しろ久慈川は、芸能界でもかなり人気があったアイドルだ。
もしストーカーが1人でいる久慈川を見つけたりしたら……それこそ殺す、あるいは強引に連れ去るといった事をしてもおかしくはない。
とはいえ、マヨナカテレビの事もあるし……
「危険だな。どうにかして見つけないと」
俺の言葉に、堂島は頷くのだった。