久慈川による自分のシャドウの否定。
それは、本来はやってはいけない事だった。
何故なら、今までの経験から考えてシャドウはその本来の持ち主に否定される事によって、本性を露わにする……つまり、シャドウが本物を殺そうとするのだから。
とはいえ、そうしてシャドウと戦い、受け入れる事によってそのシャドウを自分のペルソナに出来るのも事実。
そういう意味では、自分のシャドウの否定というのは必須の出来事なのだろう。
……もっとも、それはあくまでもペルソナ使いとなる場合に限っての話だ。
ペルソナ使いとならず、TVの中の世界から助け出されて一般人――久慈川の場合は元アイドルという時点で一般人ではないが――として生きていく事も出来る。
とはいえ、原作の流れを考えると元アイドルの久慈川は、間違いなく鳴上達の仲間になったと思う。
そう考えると、久慈川がペルソナ使いになる為の試練として、今回の件は避けがたかったのかもしれないな。
あるいは……本当にあるいはの話だが、もし久慈川が自分のシャドウを否定する事なく受け入れていれば、戦いになるような事もないまま、久慈川のシャドウはペルソナになっていたかもしれないが。
「ぐふぅっ!」
「ぐ……畜生」
「う、危なかった」
……何だ?
花村と巽が鼻血を出しながら床に倒れ、鳴上は少量の鼻血をなんとか押さえながらもその場に留まる。
そして……
「なるほど。甘い」
一瞬の違和感。
そこに先程までのビキニの久慈川だけではなく、様々な服装の久慈川が大量に姿を現したのだが、その瞬間に俺は白炎を放って手を振るう。
すると幻影が白炎によって燃やしつくされる。
「きゃっ! もう、アクセルったら情熱的なんだから」
久慈川のシャドウがそう言うが、ダメージを受けた様子はない。
どうやら幻影そのものを燃やしても、そこには意味がないらしい。
……まぁ、考えてみればそれもおかしくはないと思うが。
「きゃはははは! どう、楽しんでる!? 特等席にいる皆には、メッチャキツイのを特別サービスしてあ・げ・る!」
その言葉と同時に、久慈川のシャドウは変形する。
それこそシャドウという表現が相応しい、そんな外見に。
舞台の上にまず出来たのは、1本のポール。
それはポールダンスとかそういうので使われるようなポールで、それを示すかのようにポールに絡みつく感じで人型のシャドウが姿を現した。
久慈川のシャドウが変身したそのシャドウは、その名残なのか女のボディラインを持っている。
ただし、その皮膚は極彩色というか……うん。まぁ、そんな感じだったが。
また、頭部は久慈川の顔は一切なく、そこにあるのは……パラボナアンテナ? 形がちょっと違うが、全体の印象としてはそんな感じのシャドウだった。
「ふんっ、今日の相手はそれなりに強そうだな」
ムラタが日本刀を手に、前に出る。
そのムラタの隣には青竜刀を手にした五飛と、こちらも日本刀を手にした堂島の姿がある。
そう言えば、堂島の持っている日本刀……以前俺が見た奴とは違うな。
そんな風に思っている間に、里中とくまも前に出る。
唯一雪子だけが後衛として待機していた。
……前衛後衛のバランス、悪すぎないか?
あるいは花村と巽は後衛……いや、花村のペルソナも前衛系だったし、巽のペルソナは分からないが、巽の性格を見る限り前衛であるのは間違いない。
「となると、俺が後衛に回るか」
「え?」
ビクリ、と。
隣に立った俺を見て、雪子が驚く。
シェリルの件からこっち、雪子の態度は相変わらずだな。
「俺に色々と言いたい事があるみたいだけど、今はこの戦いに……久慈川のシャドウを倒して、久慈川を救うのを優先しろ」
そう言うと、雪子は少し驚き……だが、しっかりと頷く。
数秒前の、俺を見て驚いた様子は既にない。
久慈川のシャドウをしっかりと見ていた。
そうして戦いが始まったものの……
「ちぃっ! 俺の攻撃が何故こうも簡単に回避される!?」
瞬動と虚空瞬動を使い、そこら中を跳ね回りつつ青竜刀で攻撃をする五飛だったが、久慈川のシャドウはその攻撃を悉く回避し……それだけではなく、反撃の一撃すら行っている。
また、攻撃を回避しているのは五飛だけではない。
他の者達も全員が攻撃をしているものの、その攻撃の全てが回避されている。
鳴上が召喚したペルソナのジャックランタンによるマハラギオンも、広範囲の攻撃であるにも関わらず、その効果範囲から素早く回避していた。
「ちょっ、これどうなってるのよ!」
里中のトモエによる攻撃は、特に対個人のものが多く、その一撃は久慈川のシャドウに次々と回避されていた。
他の面々もそれは同様で……驚いた事に、ムラタの攻撃すら回避していた。
「こっちを分析してるくま!」
その様子にくまが鋭く叫ぶ。
なるほど、分析を上手い具合に使って、こっちの攻撃がどういう風に放たれるのかを把握し、回避している訳か。
厄介なのは間違いない。間違いないが……
「甘いな」
ゲイ・ボルクを手に、そう呟く。
先程の幻影の時もそうだったが、久慈川のシャドウは確かに非常に厄介な能力を持っており、それを使いこなしているのでかなり強い。
もし久慈川がこのシャドウを受け入れ、そして使いこなしたらかなりの強さを持つのではないかと思う程に。
だが……そう、だが。
それでも甘い。
いや、あるいは俺達が存在せず、鳴上達だけなら圧勝した可能性もあるだろう。
しかし、ここには俺がいる。
瞬動。
技術という点では同じ言葉で表現されるが、その実態は人によって違う。
俺のように魔力で瞬動を使う者もいれば、五飛やムラタのように気で瞬動を使う者もいる。
そして瞬動を何とか使える、それなりに使える、使いこなす……技術の取得度によって違う。
ゲーム的に言えば、熟練度の違いか。
そして同じ瞬動という技術でも、熟練度によって性能は大きく違ってくる。
……瞬動の熟練度が高いのは、当然ながら実働班だ。
だが……技術班も、実は実働班に負けず劣らず瞬動の熟練度が高かったりする。
勿論それは、あくまでも瞬動についてだけだ。
戦いという事になれば、本職の実働班の方が圧倒的に強い。
そして技術班の面々が瞬動による熟練度が高いのは、言うまでもなく、エキドナや茶々丸、セシル……それ以外にも色々な者達から逃げるというのが影響している。
普段、どれだけ技術班の面々が逃げる事に心血を注いでいるのかというのを示しているな。
ともあれ、瞬動という技術は熟練度によってその性能に大きな違いがあり……
「え?」
久慈川のシャドウが、突然目の前に現れた俺に……そして俺の振るったゲイ・ボルクの一撃が自分の身体を貫いたのを見て、そんな声を上げる。
「俺との相性は最悪だったな」
呟き、久慈川のシャドウの身体に突き刺さったままのゲイ・ボルクを横薙ぎに振るう。
身体をゲイ・ボルクで貫かれた状態でそのような事をされたら、どうなるか。
その答えは、ゲイ・ボルクの穂先を強制的に抜かれて吹き飛ぶ。
「な……何で!」
ポールから大きく吹き飛ばされた久慈川のシャドウが、傷口を癒やしながら叫ぶ。
魔法かシャドウとしての能力なのか。
その辺は生憎と分からないが、それで再生能力の類を持っているのは間違いないが。
「簡単な話だ。お前は俺がどういう行動をしようとしてるのかが分かる。それは確かに厄介な能力だろう。けど……」
再びゲイ・ボルクを構えつつ、口を開く。
「それならお前が反応出来ない速度で攻撃すればいいだけだ」
相手がこちらの攻撃を読んでいるのなら、それを知っても無意味な速度で……あるいはさっきの鳴上のペルソナが使った魔法ではないが、回避出来ないくらいに広範囲に魔法を使えばいいだけの話だ。
そして今のを見れば分かるように、俺には久慈川のシャドウが行動を読めても反応出来ない速度で攻撃出来るし……
パチン、と。
右手の指を鳴らすと同時に手は白炎となり、そこから大量の……数十どころか数百の炎獣が生み出されていく。
小さいのは小鳥やネズミ、大きいのは虎や獅子。
そんな大量の炎獣が、久慈川のシャドウに向かって襲い掛かる。
「う……うわあああああああっ!」
久慈川のシャドウとは思えないような、そんな声が周囲に響く。
まさか向こうにしてみれば、自分がこうもあっさりと追い詰められるとは思っていなかったのだろう。
戦いを楽しみにしていたムラタや五飛には悪いが、今回の久慈川のシャドウは俺にとって相性が良すぎた。
これでもっと普通の……それこそ単純に強力なシャドウとかなら、俺にとっても厄介な相手になった可能性も高い。
いやまぁ、それでも結局俺が勝つ事になったのは間違いないが。
ともあれ、久慈川のシャドウは次々と俺の炎獣によって蹂躙されていく。
そんな光景を見ながら、少し離れたところで呆然としている久慈川を見る。
芸能界にいた久慈川だが、それでもこのような現象は久慈川にとって完全に予想外のものだったのだろう。
それこそ目の前で一体何が起きているのか理解出来ないといった様子の久慈川に近付く。
「久慈川」
「……アクセル。私、一体何を見てるのかな? 夢?」
「違う。これが現実だ。……もっとも、お前が望むのなら夢という事にしてもいいけどな」
「どういう事?」
「そのままの意味だ。この件が終わったら今日の事は忘れて、普通に……というのは元芸能人としてはちょっと難しいかもしれないが、とにかくこういう出来事、いわゆるファンタジーな出来事については気にしないで生活をするという道とかな」
「それは……」
俺の言葉に戸惑う様子の久慈川。
久慈川にしてみれば、俺の言葉を素直に信じられない。
あるいは信じても、本当にそのままでいいのかどうかという思いがそこにはあるのだろう。
「まぁ、その辺については今すぐに決めなくてもいい。だが……お前のシャドウについては、今すぐに決める必要がある」
「シャドウ?」
理解出来ないといった様子の久慈川だったが、その視線が炎獣によって蹂躙されている自分のシャドウに向けられているのは、本能的にその辺について理解していたからだろう。
俺も久慈川の視線を追ってそちらに視線を向けると、久慈川のシャドウは必死になって炎獣から逃げようとしているものの、炎獣はそれを許さない。
あるいは久慈川のシャドウは炎獣の心を読むといった事は出来ないのかもしれないな。
もしくは心を読んでも大量の炎獣がそれぞれに襲い掛かってくるので、対処のしようがないとか。
「お前が見ているのが、お前のシャドウだ。……シャドウ。もう1人のお前」
「違う……違う、違う、違う! あんなの私じゃない!」
俺の言葉を聞いた久慈川は、大声でそれを否定する。
頭に手を当て、大きく横に振る。
まぁ、無理もない。
今の戦いの状況はともかく、ストリップをしようとしていたり、それを抜きにしても自分の嫌なところ……それこそシャドウが言う、ベッタベタなキャラ作りとか、そういうのを突きつけられたのだから。
「あれは久慈川じゃない……か。本当にそれがお前の答えでいいんだな? もしあれが本当に久慈川じゃない、自分に関係ないと言うのなら、俺はこれからあのシャドウを……久慈川のシャドウを殺す」
ビクリ、と。
俺の言葉を聞いた久慈川が動きを止める。
久慈川にしてみれば、どう反応すればいいのか分からないのだろう。
「その……死んだら、どうなるの?」
「さあな」
「ちょっと、ここまで来て誤魔化す気!?」
そう叫ぶ久慈川に対し、俺は首を横に振る。
「いや、誤魔化すとかじゃなくて、本当にどうなるのか分からないんだ。……今まで、俺が知る限りだと全員が自分のシャドウを受け入れている」
あるいは、山野真由美が自分のシャドウを受け入れなかった結果死んだのかもしれないが、それだって自分のシャドウに殺された可能性が高い。
自分のシャドウを倒して、その上で受け入れなかった場合、どうなるのかは生憎と俺にも理解は出来なかった。
「他の人って……アクセルと一緒にいた人達?」
「そういう連中もいる」
俺と五飛、ムラタの3人はペルソナを使わずに戦ってるので、その中には入らないし。
そもそも、俺達のシャドウが出てくるような事もない。
「……じゃあ、受け入れた方がいいの?」
「その辺は、それこそ久慈川の判断次第だろうな。ただ……受け入れるにしろ、受け入れないにしろ、時間はそうない」
既に久慈川のシャドウに勝機はなく、今はひたすらに負けるのを伸ばしているだけだ。
その言葉に、久慈川は決意を込めた視線を自分のシャドウに向ける。
そして……
「何よ……何よ、何よ、何よ! りせちーは凄いんだから、本当の私を見て? それでも私を、りせちーを見て喜ぶ人、元気になる人もいるんだから! りせちーは……りせちーは凄いんだから! そんなの、私が一番よく知ってるんだからああああああああっ!」
不意に叫ぶ久慈川。
その言葉が響いた瞬間、久慈川のシャドウは一瞬動きが止まり……炎獣の波に呑み込まれるのだった。